厚生労働省提出の「生活保護及び児童扶養手当に関する問題提起」
に対する意見

石川県知事  谷本 正憲

I 生活保護に関する問題提起

 生活保護業務における国と地方の役割分担についての意見
 『昭和25年の法制定当初から、国が生活保護の基準や処理基準等制度の枠組みを定める一方で、保護の認定や保護費の支給など具体的な保護実施については地域住民に直接接する地方自治体にお願いし、国と地方が協力して実施してきたもの』という、現行の役割分担を見直すことは憲法上疑義がある。
<理由>
 ・  生活保護制度は、憲法第25条の理念に基づき、国が国民の健康で文化的な最低限の生活を保障するという、いわゆる「ローカルオプティマム」の実現ではなく「ナショナルミニマム」を確保するという制度。

 ・  したがって、生活保護制度においては、最低限の生活を保障される機会や最低限の生活の内容について、地域あるいは個人によって実質的な差が生じることはあってはならない。

 地方分権の流れと生活保護業務についての意見
 生活保護事務については、平成12年の地方分権一括法の施行により、機関委任事務から法定受託事務に分類され、国の包括的指揮監督権は廃止されたが、是正の指示や代執行といった強い関与が残っており、実質的に地方の裁量は拡大していない。
 <理由>
 ・  地方分権一括法により、機関委任事務が廃止され、国の包括的な指揮監督権が廃止されたことは、国と地方が法律上、対等・協力の関係になったもの。

 ・  法定受託事務は「国が本来果たすべき役割にかかるものであって、国においてその適正な事務処理を特に確保する必要があるもの(地方自治法第2条第1項)」であり、国が責任をもって制度設計を行い、適正な事務処理に必要な処理基準等をきめ細かく定めるべき事務であり、地方自治体は国が定めた認定基準への当てはめ、事実認定という実施機関としての役割を担うもの。

 ・  法定受託事務は、自治事務とは異なり、国においてその適正処理を確保できるよう、地方自治体の事務処理が法令に違反しているときは、是正の指示」(地方自治体はこれに従う義務)、「代執行」(地方自治法第245条)といった強い関与が予定されている。

 問題提起

(1)生活保護事務実施に当たっての地方自治体間の地域間格差についての意見
 保護率の地域間格差については、社会・経済情勢の違いによって生じているものであり、『国が一般的・包括的な基準を定め、地方自治体の判断に委ねられる部分が多く、その実施状況には相当の幅が生じている現状』との主張は不適切である。
 <理由>
 ・  生活保護事務の実施にあたっては、国が定めた認定基準である「保護基準」「保護の実施要領」「医療扶助運営要領」「介護扶助運営要領」その他通知等に基づいて厳正に執行しており、地方自治体の判断に委ねられる余地はなく、実施状況に幅が生じることは論理的にも現実的にもない。

(2)今後の生活保護業務における国と地方の役割分担についての意見
 保護基準における級地区分については、生活保護制度が憲法25条に基づく「生存にかかわるナショナルミニマムを確保するため、全国一律に公平・平等に行う給付金の支給等に関する事務」であることから、厚生労働大臣が市町村毎に決定しているものであり、これを地方自治体の裁量に委ねることは、公平・平等を確保すべき「ナショナルミニマム」の観点からみて、憲法上疑義がある。
 また、要保護者の自立に向けた指導・助言に関する事務については、これまでも、自治事務として、地方自治体が既に自主・自立的に実施しているものであり、国の指示によって自治体の裁量を拡大するとの立場には与しない。
 <理由>
 ・  生活保護制度においては、国民の最低限の生活を保障される機会や 最低限の生活の内容について、地域あるいは個人によって実質的な差 が生じることはあってはならない。

 ・  要保護者の自立に向けた指導・助言に関する事務のみならず、高齢者や障害者に対する指導・助言に関する事務についても、これまでも自治事務として実施している。

(3) 地方自治体の裁量の拡大に伴う、生活保護負担金の在り方の見直しについての意見
 生活保護費国庫負担金の負担率の見直しは、「三位一体の改革」に名を借りた地方への負担転嫁であり、地方の自主・自立につながらず断固として受け入れられない。
<理由>
 ・  生活保護事務については、平成12年の地方分権一括法の施行により、機関委任事務から法定受託事務に分類され、国の包括的指揮監督権は廃止されたが、是正の指示や代執行といった強い関与が残っており、実質的に地方の裁量は拡大していない。

 ・  生活保護事務の実施にあたっては、国が定めた認定基準である「保護基準」「保護の実施要領」「医療扶助運営要領」「介護扶助運営要領」その他通知等によって詳細な基準が示され、実施機関はこうした基準に基づき厳正に執行。

 ・  生活保護制度においては、国民の最低限の生活を保障される機会や最低限の生活の内容について、実質的な差が生じることはあってはならなず、実施機関の裁量はありえない。

 ・  法定受託事務である生活保護事務は、その事務の性格上、地方6団体が「三位一体の改革」において主張している、地方の自己決定・自己責任を拡大し自由度を高め創意工夫に富んだ施策を展開するために「地方自治体の裁量を拡大する」に相応しいものではない。



II 児童扶養手当に関する問題提起についての意見

 児童扶養手当の国庫負担金の負担率の見直しは、地方への単なる負担転嫁であり、断固として受け入れられない。
<理由>
 ・  児童扶養手当の認定基準は実質的に収入のみであり、かつ現金給付のみであることから、地方自治体の裁量はない。

以上


参考:厚生労働省社会・援護局長通知:法定受託事務処理基準

 災害時の被服費支給の取扱い(局第6-2-(5)-(ウ))
 災害にあい、災害救助法が発動されない場合において、当該地方自治体等の救護をもってしては災害によって失った最低生活に直接必要な布団類、日常着用する被服をまかなうことができない場合

  金額
世帯人員別 夏季(4月から9月まで) 冬季(10月から3月まで
2人まで 17,900円以内 31,900円以内
4人まで 33,600円以内 54,100円以内
5人 43,400円以内 68,400円以内
6人以上1人増すごとに加算する金額 6,600円以内 9,400円以内
* この基準によりがたいときは、厚生労働大臣に特別基準の設定を求める必要がある。

 農業収入の取り扱い(局第7-1-(2))
 ア 農作物の収穫量は、本人の申立て、市町村の調査又は意見及び品目別作付面積に町村別等級地別平均反収を乗じたものを勘案して決定するものとし、三者の数字に著しい相違がある場合は、さらに農業組合、集荷組合、実行組合、農業改良普及員、民生委員等について調査のうえ、決定すること。
 イ 保護開始月における保有農作物は、収穫量と同様の取扱いを行うこと。
 ウ 農業収入を得るための生産必要経費のうち肥料代、種苗及び薬剤費については、次に揚げる比率(農林水産省農作物生産費調査による。)に準拠して各福祉事務所ごとに比率を認定したうえ、これをエによる収穫高に乗じて認定すること。
 玄米(水稲)9%  玄米(陸稲)26%  小麦 23%
その他の 農産物20%
 エ 農業収入は、次の算式により認定すること。
(ア)主食(米、小麦、裸麦、大麦、そば等当該地域の食生活の実態によること。)
 収穫高=販売価格×収穫量 収穫高―生産必要経費=収入
(イ)野菜
 販売価格×売却量+自給量を金銭換算した額(別表「金銭換算表」の野菜の自給割合に乗じて得た額をいう。)―必要経費=収入
(以下省略)

 被贈与資産の取扱い(局第7-2-(2))
 被保護者に対して現物が給与された場合は、被贈与資産として取り扱い、処分すべきものがあれば、売却させてその収入を認定すること。ただし、就労の対価として現物が給与されたときは、その物品の処分価値により金銭換算のうえ、500円を控除した額を就労収入として認定すること。

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