生活習慣病健診・保健指導の在り方に関する検討会
第3回会議 津下委員提出資料


「メタボリックシンドロームの考え方
  〜判定と生活習慣支援のイメージ〜」


 平成17年度厚生労働科学研究
地域保健における健康診査の効果的なプロトコールに関する研究(主任研究者:水嶋春朔 国立保健医療科学院)」

 健康対策指標検討研究班
 (班長:渡邊 昌 国立健康栄養研究所)検討資料より


(1) なぜメタボリックシンドロームに注目するのか?
 メタボリックシンドロームは、心血管疾患予防を第一義の目的としてハイリスクグループを絞り込むために定義された疾患概念であり、内臓脂肪の蓄積によりインスリン抵抗性(耐糖能異常)、動脈硬化惹起性リポ蛋白異常、血圧高値を合併する病態である。
 WHO、NECP(米国)は2002年に健康対策として重視する方針をうちだし診断基準を発表しているが、日本人においてもこれらのリスクファクターが3個以上合併した場合の心血管疾患危険率はコントロールの30倍以上に達することが報告されている。したがってリスクの高い対象者(ハイリスク者)を効率よく抽出し、実効性のある生活習慣病改善支援を行うなどの対策として重要な概念であると考えられる。
 飽食と運動不足による過栄養を原因として内臓脂肪(腹腔内脂肪)が蓄積すると、脂肪細胞よりさまざまな生理活性物質、アディポサイトカインの分泌異常をきたし、糖・脂質代謝異常、高血圧、さらには心血管疾患を惹起する。単に偶然リスクファクターが集まったものではなく、これらの代謝異常の上流に内臓脂肪蓄積を共通の基盤としてもつことが重要である。言い換えれば、メタボリックシンドロームは体重減量、とくに内臓脂肪減量により確実な予防効果が期待できる症候群であるといえる。過栄養の是正や運動習慣獲得による内臓脂肪減少により代謝状態が改善することについては、すでにいくつかの有効性に関する事例が報告されており、対象とする集団をしぼった効果的な保健指導(生活習慣改善支援)プログラムの作成が可能となる(図1)。

 また、本症候群の診断基準に採用されている腹囲の測定はセルフモニタリングも可能であり、「腹囲を数センチ減らすことが検査データの改善につながり、脳卒中や心臓病の予防につながる」という考え方は、一般の人にとっても理解しやすいと考えられる。
 肥満を伴わない糖尿病、高血圧、高脂血症などでは遺伝要因等他の要因の影響が大きく、減量指導では改善効果が得られにくい。これまでの保健指導は個々の検査データに基づき判定し保健指導されてきたため、病因の異なる病態を同じように指導してきた。このため「がんばっているけれど改善しない」という状況もみられ、実効性があがりにくいという問題点が指摘されている。非肥満生活習慣病に対する対応は(4)メタボリックシンドロームの範疇にない糖代謝異常、脂質代謝異常、血圧高値の考え方で触れる。

図


(2) メタボリックシンドロームの診断基準
 日本動脈硬化学会、日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本肥満学会、日本循環器学会、日本腎臓病学会、日本血栓止血学会、日本内科学会が合同でメタボリックシンドローム診断基準検討委員会を構成して検討を重ね、発表された診断基準を表1に示した。
 内臓脂肪蓄積を疾患の上流と考えるため、内臓脂肪量の測定を原則としている。内臓脂肪量測定には腹部CTによる判定が正確であるが、一般の健診の場で広く用いられるよう腹囲を採用し、BMI25Kg/m2未満であっても腹囲が基準値を超えれば内臓脂肪型肥満と判定することになる。

 表1. メタボリックシンドロームの診断基準(2005)
内臓脂肪(腹腔内脂肪)蓄積
ウエスト周囲径(腹囲)
(内臓脂肪面積 男女とも≧100cm2に相当)
男性≧85cm
女性≧90cm
上記に加え以下のうちの2項目以上
高トリグリセライド(TG)血症
 かつ/または
低HDLコレステロール(HDL-C)血症
≧150mg/dl

<40mg/dl (男女とも)
収縮期血圧
 かつ/または
拡張期血圧
≧130mmHg

≧85mmHg
空腹時血糖 ≧110mg/dl
 ウエスト径は立位、軽呼気時、臍レベルで測定。臍が下方に偏位している場合は肋骨下縁と前上腸骨棘の中点の高さで測定。
 高TG血症、低HDL−C血症、高血圧、糖尿病に対する薬物治療を受けている場合は、それぞれの項目に含める。


(3) メタボリックシンドロームとしての生活習慣病に対する保健指導・治療のあり方
 健康対策に資する指標を策定するためには、保健指導等の対象となる集団を絞り込 む必要がある。そのため、生活習慣病者及びその予備群をどのように定義し、保健指導を行っていくべきかについて検討を行った。今後、別途検討されている生活習慣病健診・保健指導の在り方等の検討の中で、これらの考え方が整理された場合、その考え方に沿って、対象者を絞り、それに応じた指標を策定していく必要がある。

 (1) メタボリックシンドロームに対する保健指導の考え方
 メタボリックシンドロームの診断基準では高TG血症、低HDL血症を採用しているが、高LDL血症については、メタボリックシンドロームと判定された場合には一定期間減量を目的とした保健指導を実施して効果を確認、日本動脈硬化学会診療ガイドラインに基づき、薬物治療の適応について判定していく。
 糖代謝異常では空腹時血糖が採用されているが、診断の精度を上げるためには糖負荷試験にて境界型を判定することが望ましい。空腹時ではない随時採血時に耐糖能の評価のためにHbA1cを検査項目として採用している場合には、現在の「要指導」(≧5.6%)を採用する。
 速やかに薬物治療を開始したほうがよいレベルを明確にし(表2ではD2)、減量指導の場合も一定期間(3か月程度)の生活習慣改善支援後に評価し、コントロール不良な状態を長引かせないことも大切である。

 (2) メタボリックシンドローム予備群の位置づけ
 メタボリックシンドロームの診断基準には達しないが、減量によりリスクが  改善する肥満を「メタボリックシンドローム予備群」と位置づけ、同シンドロームに移行させないように生活習慣改善を促す必要がある。
 具体的には
 a. 腹囲は基準値以上だが、糖代謝、脂質代謝、血圧の異常が1項目までのもの。
 b. 腹囲は基準値以下だが、BMI25以上で、上記リスクを1項目以上有するもの を予備群(境界型)として整理した(表2)。

表2. メタボリックシンドローム 判定と保健指導
  糖尿病・高脂血症・高血圧症リスクの数と重症度
(BL:境界型 D1:確定診断・食事/運動療法で可 D2:薬物治療を要する)
肥満の有無・タイプ 0 1 2 3
  BL D1 D2 BLのみ D1まで D2あり BLのみ D1まで D2あり
 内臓脂肪型肥満

 腹囲 ≧85cm(M)
  ≧90cm(F)
MS予備群
情報提供
MS予備群
動機づけ支援
MS予備群
動機づけ支援
MS予備群
薬物治療
積極的支援
MS
生活習慣積極的支援
MS
生活習慣積極的支援
MS
薬物治療
積極的支援
MS
生活習慣積極的支援
MS
生活習慣積極的支援
MS薬物治療
積極的支援
 内臓脂肪型とは断定できない肥満
 BMI ≧25 かつ
 腹囲 <85cm(M)
  <90cm(F)
肥満に注意するが、ほぼ異常なし MS予備群
情報提供
MS予備群
動機づけ支援
MS予備群
医療管理
MS予備群
動機づけ支援
MS予備群
動機づけ支援
MS予備群
医療管理
MS予備群
積極的支援
MS予備群
積極的支援
MS予備群
医療管理
非肥満

BMI <25 かつ
腹囲 <85cm(M)
  <90cm(F)
生活習慣病
異常なし
固有疾患の情報提供 固有疾患の情報提供
経過観察
医療管理 固有疾患の情報提供
経過観察
情報提供
個別相談
医療機関にて経過観察
医療管理 固有疾患の情報提供経過観察 情報提供
個別相談
医療機関にて経過観察
医療管理
生活習慣積極的支援 :行動変容型個別プログラムによる支援(継続型)
動機づけ支援 :集団型教室等による情報提供、個別相談(単発)
情報提供 :パンフレット、イベント等の勧奨

 D1について  現状では医療機関での管理は十分にできていない状況と考えられる。
 (DMと考えられる人740万人に対し、治療中は250万人程度)
 保健・健康増進機関での行動変容支援と医療機関での定期的な検査が望ましい。
 D2について  医療機関のみで行動変容支援が困難な場合、保健・健康増進機関と連携して行動変容支援をおこなう

表2の説明: メタボリックシンドロームおよび固有疾患 判定表(案)
肥満(内臓脂肪型)および糖尿病・高脂血症・高血圧症リスクの数と重症度
(BL:境界型 D1:確定診断・食事/運動療法で可 D2:薬物治療を要する)

D2: 食事・運動療法も大切ではあるが、近々薬物治療を要すると考えられる状態または薬物治療中。
どの医療機関でも概ね「医療」の対象とみなして 対応することが多い。
D1: 診断基準では「疾患」と判定されるが、薬物療法よりも生活習慣改善を優先するもの。
医療機関においても初診時すぐに薬物処方をされない場合が多いと考えられる範囲
現状では「まだ軽いから・・」と放置されることも多い。ぜひ積極的な支援を行いたい対象
BL: 境界型、高値正常など
有病率の算定には D1+D2
予備群以上の算定には BL+D1+D2を用いる。

糖尿病
空腹時採血が確実な場合は空腹時血糖を採用。採血条件が一定しない場合はHbA1cを用いる。
  N(正常) BL(境界型) D1 D2
HbA1c(%) 〜5.4 5.5〜6.0 6.1〜6.9 7.0〜
FPG 〜109 110〜125 126〜139 140〜

高血圧
  収縮期
拡張期
〜129 130〜139 140〜159 160〜
〜84 N BL D1 D2
85〜89 BL BL D1 D2
90〜99 D1 D1 D1 D2
100〜 D2 D2 D2 D2

高脂血症
メタボリックシンドロームの判定基準として HDL<40または TG≧150
固有疾患の判定には HDL、TGの他に LDLを採用し、TCによる評価は行わない。
 (LDL=総コレステロール−HDL−TG/5 で推定)
 LDL≧140mg/dlを高脂血症として取り扱う

(3) メタボリックシンドロームの範疇にない糖代謝異常、脂質代謝異常、血圧高値の考え方
 糖代謝異常はインスリン抵抗性とインスリン分泌能の低下を原因とする。日本人では遺伝的な背景等の要因により発症早期から分泌低下型を示す非肥満糖尿病が少なくない。この場合においても食事療法(飲酒制限を含む)、運動療法によって膵臓β細胞の負担を軽減するライフスタイルを指導していくことが必要であるが、腹囲やBMIで予備軍の範疇に入らない場合は減量による効果は期待しにくい。したがって、内臓脂肪減量によるインスリン抵抗性改善をめざす保健指導の適応ではなく、薬物治療のタイミングを見計らいつつ医療機関において管理していくのが適切であると考えられる。
 脂質代謝異常においても、家族性高脂血症等遺伝要因が大きい非肥満の高脂血症では減量による効果は証明されておらず、薬物治療の有効性が高いため、医療管理とすることが適切である。また更年期女性ではエストロゲン減少を背景にコレステロール値が上昇する。これまで基本健康診査等では総コレステロール値に注目して判定されてきたが、(1)220mg/dlをカットオフとした場合、50歳以上の女性の50〜60%が異常と判定されるが、心血管疾患との関連が明確でないこと、(2)HDLコレステロールが高いため総コレステロール値が上昇している場合が少なくなく、LDL値(推定式)が<140mg/dlとなる対象者に対しても保健指導を行ってきこと、(3)非肥満者の場合にはコレステロールを気にして過度のダイエットをおこなったために栄養障害に陥る事例も見られること、などの問題点が指摘されている。
 このため、総コレステロールでは判定せず、LDLを直接法または推定式
 (LDL=総コレステロール−HDL−TG/5)(ただしTG<400mg/dlの場合)によって求めて判定し、日本動脈硬化学会の基準にもとづいて保健指導の対象とすることが望ましい。
 肥満を伴わない高血圧の場合には、減塩や飲酒習慣の見直し、禁煙、ストレスマネジメントなどの立場からの保健指導の対象となりうるが、減量を目的とした保健指導の対象にはならない。高血圧診療ガイドラインに沿った対応をおこなう。

(4) 喫煙の影響
 メタボリックシンドロームに喫煙が合併した場合、心血管疾患のリスクが相乗的に高まることが指摘されている。メタボリックシンドロームにおいては喫煙している場合には、禁煙させることが重要な課題であると考えられる。

トップへ