第23回研究会(6/29)における指摘事項

 労働関係の展開
〈就業規則の変更による労働条件の変更〉
 就業規則の変更について、過半数組合の合意などの手続的な要件を中核として合理性を推定するスキームについては、立証責任の転換を伴う非常に強い効果を伴うものであることから、そのような規定を設ける合理性についてはなお慎重に検討すべき必要があるのではないか。しかし、仮にそのような方向での取りまとめをするならば、一部の労働者に著しい不利益のみを与えることについてはそれが立証された場合には合理性が推定されないこととする方が望ましいのではないか。資料2に追加された部分についてはその限りで賛成したい。
 前回、「著しい不利益」といった抽象的な要件を推定の前提事実とすることについては必ずしも適当ではないのではないかとの発言をした。しかし、仮にそれを推定の前提事実とせずに、合理性が推定された後に合理性がないことを証明する一つの評価根拠事実に過ぎないと位置付けてしまうならば、資料2の3頁に記述されている問題が生じる。問題がないわけではないが、著しい不利益のみを与えるものでないことについては、推定の要件として位置付けた方が適当ではないか。
 なお、前提として、このような推定規定を設けることの合理性については意見を留保したい。(筒井参事官)
 「一部の労働者に著しい不利益のみを与える、あるいは与えることが明らかな場合」について、みちのく銀行事件最高裁判決が多数組合の合意があるにもかかわらず合理性を否定した趣旨は、労働組合が労働者全体の利益を公正に配慮すべきであるにもかかわらず、一部の労働者に不利益を押し付けたことによるのではないか。
 それであれば、法律の規定としては、むしろ、過半数組合が適切に組合員の利益を代表していることを実質的な要件とする方がわかりやすいのではないか。一部の労働者に著しい不利益のみを与えることだけを取り出すことに違和感がある。(村中先生)
 そうすると非常に不明確になるのではないか。推定要件の段階では、やはり絞る必要があるのではないか。(菅野座長)
 例えば「一部」や「著しい」といった言葉も抽象的である。(村中先生)
 裁判例が積み重ねられていることから、「一部の労働者」については、例えば高齢層など類型的にはかなり明確に浮かび上がってきている。一般的に「公正に代表すること」などとすると、ありとあらゆる類似型が入ってくることになる。(菅野座長)
 みちのく銀行事件最高裁判決は非常に例外的なケースであるにもかかわらず、その判示の部分だけが突出した形で法文の中に出てくることは、法文の在り方としてよいのだろうか。(村中先生)
 あくまでも推定要件としてそれだけを取り出しているのであって、推定を覆す段階においては、過半数組合が組合員の利益を公正に代表しているかどうかについて問題となるありとあらゆる類型が出てくる可能性がある。
 一部の労働者に著しい不利益のみを与えることを取り出している場合としては、みちのく銀行事件のように多数組合と締結した労働協約を就業規則化する場合において就業規則の合理性を否定するときのほか、労働協約の一般的拘束力を否定する場合もある。いずれも多数組合によって利益調整がなされているとの推定は働かないという趣旨である。(菅野座長)
 過半数組合が労働者全体の利益を公正に代表することを要件とすることは、確かに判例とは異なるかもしれないが、法律にするためには一般化した形で書かれている方がよいのではないか。(村中先生)
 どのような場合に推定が覆されるのかについてはいずれ説明が必要になる。その説明の中では、過半数組合が労働者全体の利益を公正に代表すべきとの考え方に基づいたいろいろな類型が当然出てくることとなるのだろう。(菅野座長)
 そうであれば、逆に、推定の要件としてはあえて書かずに、すべて反証の中で考える方が、法文の在り方としてわかりやすのではないか。(村中先生)
 そうすると、推定段階においてチェックして欲しいと考えられることから個々に書いている事情が考慮されないこととなる。(菅野座長)
 推定の要件としている事項は、極めて重要な事項であり、ある程度明確性が必要であることから、このような形にすべきではないかということか。(村中先生)
 推定要件として手続しか書かないということになれば、手続さえクリアしていれば、実質面でのチェックは反証が認められるかどうかに委ねられることとなり、実質面でのチェックがされにくくなるのではないかといった問題がある。(村中先生)
 個々の裁判官がどう考えるかよりも、条文をどのようにするかを考えるべきではないか。一部の労働者に著しい不利益のみを与えるものでないことを要件とした上で、労使委員会の5分の4以上の賛成があれば合理性が推定されると条文に規定すれば、それ以外に推定を覆す要素はないものと考えられるおそれはあるのではないか。そうではないと読めるように条文化しなければならない。(曽田先生)
 例えば、一部分とは言い切れない労働者に非常な不利益をもたらす変更であるにもかかわらず、労使委員会の5分の4以上の賛成はあるような場合において、推定を覆すために、その変更は不合理であると立証することは現実問題として難しいのではないか。(曽田先生)
 変更の必要性や経営状況などの最高裁判例において挙げられている要素をすべて条文に書くわけにはいかないが、必ず何か解説が必要である。解説においては、過半数組合が労働者全体の利益を公正に代表していることについても要素として入ってくるため、書く必要がある。条文上にすべてを網羅して掲げなければ完成しないわけではない。条文上にすべてを網羅して書くならば、非常に長い条文になってしまう。(菅野座長)
 多数組合がその事業場の労働者全体の利益を考慮したことを推定の前提事実にするならば、前提事実が証明されるような場合は既に合理性があるのではないか。そのような証明が難しいために、このような推定規定を作ることを考えているのではないか。(春日先生)
 実体的な内容が全く推定の要件に入っていないことは問題ではないか。(村中先生)
 変更は一部の労働者に著しい不利益のみを与えるものでないことを使用者側が証明することになっていることから、実体的な内容が推定の要件になっているのではないか。(春日先生)
 それは、実体的なもののうちから、一部だけを取り出しているだけである。なぜそれだけが推定要件とされるのかがよくわからないし、法文の在り方としても色々と誤解を生じる可能性がある。確かに推定規定を設ける意味が小さくなる側面はあるものの、推定の要件としてより広い実質面のチェックを入れておくのも一つの考え方である。(村中先生)
 多数組合の合意又は労使委員会の5分の4による決議という多数決主義を一つの合理性判断のメルクマールにしようとする提案と理解できる。そうすると、多数決主義を濫用して、少数者に不利益を皺寄せして、多数者が利益を得るような場合には、そのような判断は妥当しないだろう。同様に、意見集約の適正さについても、多数決主義が妥当しない場合を書いていると考えられる。そうするとこの二つを多数決主義による合理性推定の要件とすることも納得できる。そのほかの様々な実質的な合理性を否定する要素については、推定を覆す反対事実として位置づけることができるのではないか。(荒木先生)

〈懲戒〉
 書面通知の対象となる懲戒処分を減給、停職、懲戒解雇のように不利益が大きい措置に限定し、その理由として、使用者の負担への考慮を挙げているが、懲戒はそれほど日常的な処分でないことを考えると、これらに限定すべき合理的理由は十分とは思われない。あるいは、客観的に見て、説得力が十分とは考えられない。懲戒全体を対象とすることについて議論すべきではないか。(土田先生 ※)
 懲戒の書面通知について、懲戒の理由と処分の内容を書面で通知しなければならないこととしても、それほど使用者に負担にならないのではないか。また、書面通知ができない場合もあり得ることから、書面通知ができない場合は除いておく必要があるのではないか。(曽田先生)
 どこまでが懲戒処分かが明確でない場合もある。(菅野座長)
 多くの場合、就業規則において懲戒について規定されている。このことから、どの懲戒事由に該当するため、どの懲戒をするということについては通知できるはずである。就業規則に規定がない口頭注意などは懲戒ではないことになるのではないか。例えば、訓告や戒告などが懲戒なのかどうかは曖昧である。しかし、労働者が不利益を被るような懲戒については、書面による通知を要求した方がよいのではないか。(曽田先生)
 懲戒である以上、例えば戒告であっても、それが積み重なった場合には具体的な不利益が発生するであろう。譴責や戒告として人事記録に残る処分であれば、その処分自体から具体的な不利益が発生しなくても、懲戒として位置付けられるのではないか。記録に残らないものは懲戒処分ではなく注意ではないだろうか。いずれかを明確にさせるという点については、労働者への人事記録の開示の問題として対処可能かもしれない。懲戒がなされたことを明確にするために書面通知をそのような懲戒にまで求めるか、具体的な大きな不利益が発生するもののみに限って書面による通知を求めるかについては選択の問題ではないか。(荒木先生)
 懲戒をする場合には書面で通知することが必要とすれば、口頭での戒告はできないことになるのではないか。そのような戒告についても要式性を必要とする必要があるのだろうか。(菅野座長)
 懲戒に書面を要求する趣旨が、例えば戒告を書面でしなければならないということなのか、労働者にとってそのような処分がされたことが明確になればよいということなのかで変わってくるのではないか。戒告が懲戒処分であることが、事後的にでも労働者本人にわかった方がよいという議論はあり得るのではないか。(荒木先生)
 労働者にとって戒告されることは不名誉であるため、自分のどの行為が就業規則のどの条項に該当して処分されたかが明確にわかることは、労働者にとって利益である。ただし、それが必ず書面でなければならないかという問題はある。(村中先生)
 懲戒処分にするかどうかは企業が選ぶことができるため、すべての懲戒処分に書面性を要求することまで必要だろうか。(菅野座長)
 書面通知をしなかった場合においては懲戒が無効となるとするならば、書面提示を怠った場合に再度の懲戒はできるのだろうか。(荒木先生)
 再度手続を踏めばできるという解釈もあるだろうが、有用な手続ならばそれを踏んでいなければ再度手続を踏んだとしても無効となるとの解釈も十分あり得るだろう。(菅野座長)
 書面による通知を怠ったため、懲戒解雇が一切できなくなるならばバランスが取れないのではないか。(荒木先生)
 労働基準法における解雇理由の通知は有効要件ではなく、罰則によって担保されている。契約法ならば罰則による担保がないことから、書面通知をしなかった場合の効果を無効とし、その対象を重要な懲戒である減給、出勤停止、懲戒解雇に限るのが妥当ではないか。(菅野座長)

〈労働契約に関する権利義務関係〉
 労働契約に関する誠実義務に関して、一般的に使用者は労働者の利益を全般的に保護すべきであるといったことや、労働者は使用者側の利益にできる限り配慮しなければいけないといったことを強調しすぎるべきではないのではないか。本来、契約で合意した内容を達成する範囲内において、お互いのことを考慮しなければならないという趣旨であるにもかかわらず、日本の従来の雇用の在り方を見るに、契約の目的から離れて誠実義務の範囲が広がっている。このため、一般的に「誠実義務」という言葉を使うことは危険ではないか。(村中先生)

 兼業の禁止がやむを得ない場合について、兼業の性質や時間によって、本来の業務への悪影響が生ずる場合(本来の業務に集中できないなど)を挙げる必要があるのではないか。(土田先生 ※)

 競業避止義務の要件について考える場合は、「使用者の正当な利益を侵害すること」と同時に、「労働者の正当な利益を侵害しないこと」(職業選択の自由)も、基本的要件とすべきではないか。資料2で具体的な考慮要素として挙げられているもののうち、「必要性」は使用者の利益から生ずるものであるが、職種、期間、地域、代償は、「労働者の利益」から生ずる要素であると考えられる。(土田先生 ※)
 退職後の競業避止義務を考える場合においては、労働者の職業選択の自由や勤労権という視点も必要ではないか。競業避止義務を否定するものではないが、実態として競業避止義務を課している企業は少ないことも考慮した上で、競業避止義務の必要性について労働者の職業選択の自由とのバランスを考えなければならない。時期、地域的な範囲、職種といった点から競業避止義務の合理性を求めることが必要ではないか。(曽田先生)
 使用者の正当な利益を侵害することを競業避止契約の有効要件とすべきであるという意見は、それだけが有効要件だという意味ではなく、競業は使用者の正当な利益を侵害することがなければやってよいという前提から出発している。また、競業避止義務により競業を制限する範囲をできるだけ限定すべきというところからも出発している。(菅野座長)
 労働者の正当な利益に配慮していることを基本的要件にすべきとの意見は、競業避止義務を有効とする要素として代償措置を要求すべきとの趣旨ではないのか。業種、職種、期間、地域について考慮すべきとする趣旨は、使用者の正当な利益を守るために必要十分な程度で止めるべきであるとのことであろう。しかし、使用者の正当な利益という要件からは代償措置は出てこないのではないか。競業避止義務は労働者の正当な利益に配慮したものでなければならないこととしなければ、労働者の職業選択の自由を侵害していることから、代償措置が必要であることとならないのではないか。
 そのような趣旨であれば、どのような場合に労働者の正当な利益を考慮した措置が取られているといえるかという観点からも吟味すべきこととすればよいのではないか。(荒木先生)
 これについては、労働者と使用者の利益の均衡を考慮すべきとの趣旨が現れるような表現を工夫すべきである。(菅野座長)

 競業避止義務を一律なものと捉えて議論をしているように感じる。競業避止義務違反に対して、退職金を没収するなどの金銭的な不利益を課す場合と、差止めを請求する場合がある。それぞれの場合において、競業避止義務の要件・効果が変わる可能性があるのではないか。
 実際の訴訟においても、競業の差止めを請求する場合と、競業に就いたことを理由として退職金の半減を求める場合とで競業避止義務違反の成立が認められるかどうかが変わることがあり得る。
 その際、判断をする上での考慮要素は同じなのだろうが、考慮の仕方が変わってくる点に注意する必要があるのではないか。(荒木先生)
 競業避止義務を規定すればその効果は自ずと出てくることから、さらに具体的な効果について規定する必要はないのではないか。(曽田先生)

 労働関係の終了
〈解雇権濫用法理〉
 「解雇が濫用に当たらないためには最低限これらの類型に該当していなければならない」とあるが、客観的に合理的な理由となり得るようなものを類型として示すとした方がわかりやすいのではないか。(菅野座長)
 「解雇に当たって使用者が講ずべき措置」とあるが、使用者に作為義務があるような印象を受ける。このような考慮をした措置を取れば解雇権の濫用に当たらないと判断されるという趣旨ではないのか。(荒木先生)
 解雇が権利濫用とされない方向でプラスに考慮されるような考慮要素ごとの措置という趣旨ではないか。
 外資系企業において、転職を援助するための費用を企業が負担することは、解雇に当たって使用者が講ずべき措置に入るのだろうか。(菅野座長)
 労働組合や過半数代表者から説明・協議を求められた場合にこれを尽くすことは行き過ぎではないかとあるが、例えば、労働者が積極的に労働組合や過半数代表者と協議することを望んだ場合についてはどうか。そういったことは、講ずべき措置として示していくこととなるのだろうか。(村中先生)

〈解雇の金銭解決制度〉
 「公序良俗に反する解雇」とは、具体的にどのようなものが想定されるのか。(曽田先生)
 強行法規違反という趣旨ではないだろうか。(菅野座長)
 強行規定違反では、労働基準法第20条など様々な解雇が含まれることとなるのではないか。差別的解雇、報復的解雇といった書き方の方がわかりやすいではないか。(荒木先生)


 御欠席された土田先生から事前にいただいた御意見を事務局から紹介したもの

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