第26回科学技術部会 | 参考資料 4 |
平成17年7月13日 |
厚生労働科学研究費補助金の成果の評価
(平成16年度報告書)
厚生科学審議会
科学技術部会
平成17年6月23日
(平成16年度報告書)
厚生科学審議会
科学技術部会
平成17年6月23日
厚生労働科学研究費補助金の成果の評価(平成16年度報告書)
1.はじめに
2.評価目的
3.評価方法
1)評価の対象と実施方法
2)各研究事業の記述的評価
3)終了課題の成果の評価
4)評価作業の手順
4.評価結果
1) 厚生労働科学研究費補助金各研究事業概要
2) 各研究課題の記述的評価
<I.行政政策研究分野>
(1)行政政策研究事業
(2)厚生労働科学特別研究事業
<II.厚生科学基盤研究分野>
(3)先端的基盤開発研究事業
(4)臨床応用基盤研究事業
<III.疾病・障害対策研究分野>
(5)長寿科学総合研究事業
(6)子ども家庭総合研究事業
(7)第3次対がん総合戦略研究事業
(8)循環器疾患等総合研究事業
(9)障害関連研究事業
(10)エイズ・肝炎・新興再興感染症研究事業
(11)免疫アレルギー疾患予防・治療研究
(12)こころの健康科学研究事業
(13)難治性疾患克服研究事業
<IV.健康安全確保総合研究分野>
(14)創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
(15)医療技術評価総合研究事業
(16)労働安全衛生総合研究事業
(17)食品医薬品等リスク分析研究事業
(18)健康科学総合研究事業
3)終了課題の成果の評価
5.おわりに
1.はじめに
厚生労働科学研究費補助金は、昭和26年に創設された厚生科学研究補助金制度が発展した制度で、「厚生労働科学研究の振興を促し、もって、国民の保健医療、福祉、生活衛生、労働安全衛生等に関し、行政施策の科学的な推進を確保し、技術水準の向上を図ること」を目的としている。社会的要請の強い諸課題を解決するための新たな科学的基盤を得るために、競争的な研究環境の形成を行いつつ、必須で先駆的な研究を支援してきた。現在、厚生労働科学研究費は、我が国の代表的な競争的研究資金制度のひとつとして位置づけられている。
さらに、厚生科学審議会科学技術部会に設置された今後の中長期的な厚生労働科学研究の在り方に関する専門委員会は、平成17年3月に中間報告書をとりまとめた。その中には「厚生労働科学研究は、目的志向型研究(Mission-Oriented Research)という役割をより一層明確化し、国民の健康を守る政策に関連する研究支援に重点化していくことが必要」との基本的考え方が示されている。
科学技術基本法(平成7年法律第130号)に基づき策定された第1期科学技術基本計画(平成8年7月閣議決定)に続く第2期科学技術基本計画(平成13年3月閣議決定)において、優れた成果を生み出す研究開発システムの必要性が指摘されている。そのため「国の研究開発評価に関する大綱的指針(旧大綱的指針)」(平成13年10月内閣総理大臣決定)が改定され、総合科学技術会議においても「競争的研究資金制度改革について:中間まとめ(意見)」(平成14年6月19日)を公表し、公正で透明性の高い研究評価システムの確立を求めている。平成16年度には、旧大綱的指針のフォローアップに基づいて、この指針の改定がなされている(平成17年3月内閣総理大臣決定)。
以上の背景に対応し、厚生労働省は、『「厚生労働省の科学研究開発評価に関する指針」の策定について』(平成14年8月27日、大臣官房厚生科学課長)を通知するなど、研究開発評価の改善に取り組んできた。
特に、厚生科学審議会科学技術部会において、総合科学技術会議における競争的研究資金制度の評価の考え方に従って、厚生労働科学研究費補助金の制度及び成果を概観し、課題採択や資金配分の結果の適切性、および研究成果について評価を行った(平成15年5月30日)。この報告書は総合科学技術会議の競争的研究資金の有効性に関する評価の基礎資料となり、厚生労働科学研究費補助金制度に対して「資金配分の適切性や研究成果等について概ね適切に評価されている」との総合科学技術会議の結論を得るに至った(平成15年7月23日, <参考1参照>)。
ただし、総合科学技術会議からは、あわせて調査分析機能の整備等の必要性も指摘されており、成果の評価を継続しながら、引き続き研究評価システムの整備を進めることが求められている(<参考2参照>)。そもそも、評価は、競争的研究資金制度におけるマネジメントサイクルの一環であり、評価を「定着」(総合科学技術会議評価専門調査会)させていく必要がある。この点は、平成17年3月に改定された大綱的指針において、研究開発評価システムを「評価が研究開発の継続・見直しや資源配分、よりよい政策・施策の形成等に活用」される方向に改善するという基本的考え方を示したことからも明らかである(<参考3>参照)。
以上の経緯に鑑み、厚生労働省厚生科学審議会科学技術部会では、平成16年度の厚生労働科学研究費補助金の成果の評価を行うこととした。
2.評価目的
厚生科学審議会科学技術部会は、厚生労働科学研究費補助金について、行政施策との連携を保ちながら、研究開発活動と一体化して適切な評価を実施し、その結果を有効に活用して、柔軟かつ競争的で開かれた研究開発を推進しつつ、その効率化を図ることにより、一層優れた研究開発成果を国民、社会へ還元することを目的とし、評価を実施する。
評価結果については、研究費等の研究開発資源の配分への適切な反映等を行うことにより、研究開発の一層効果的な実施を図るものである。
特に、今回の評価では、総合科学技術会議から「政策支援的要素の強い研究課題では、学術的な側面に加え、行政への貢献を明確にし、研究者が納得する評価指標を導入することが重要である」(<参考1>参照)との指摘を受けていることから、「行政への貢献」を重点に評価する。
3.評価方法
1)評価の対象と実施方法
評価対象は、(1)厚生労働科学研究の各研究事業(4研究分野の18研究事業)、および(2)平成16年度に終了した課題の成果である。基礎資料は平成17年4月〜5月に厚生労働科学研究費補助金の各研究事業を所管する厚生労働省関係部局が大臣官房厚生科学課と調整の上収集した。
2)各研究事業の記述的評価
4研究分野18研究事業の各研究事業の評価は、これまでの事業の成果に基づいて各研究事業を所管する厚生労働省関係部局が作成したものを、評価委員会委員等外部有識者の評価を踏まえて作成した。「各研究事業の概要」を以下の項目に従って作成した。
(1) | 研究事業の目的 |
(2) | 課題採択・資金配分の全般的状況 |
(3) | 研究成果及びその他の効果 |
(4) | 行政施策との関連性・事業の目的に対する達成度 |
(5) | 課題と今後の方向性 |
(6) | 研究事業の総合評価 |
3)終了課題の成果の評価
各研究事業を所管する厚生労働省関係部局を通じて、平成16年度終了課題の主任研究者に対して調査を実施した。調査項目は、(1)専門的・学術的観点、(2)行政的観点、(3)その他の社会的インパクト、(4)普及・啓発活動件数から構成されている。
調査項目:
(1) | 専門的・学術的観点
| ||||||
(2) | 行政的観点 期待される厚生労働行政に対する貢献度等 | ||||||
(3) | その他の社会的インパクトなど(予定を含む) 発表状況 原著論文(件・発表誌)、その他論文(件)、口頭発表等(件) 特許の出願及び取得状況、施策への反映件数 | ||||||
(4) | 普及・啓発活動件数 |
4)評価作業の手順
各研究事業について、研究事業に設けられた評価委員等外部有識者のご意見を踏まえ、各担当課より提出された資料に基づいて評価を行った。なお、今回の評価を行うに当たっては、各研究事業の内容について、研究事業所管課評価を行う際の指針(<参考4>参照)で示されている観点等を参考にした。
<参考1> 「競争的研究資金制度の評価」(平成15年7月23日、総合科学技術会議) C.厚生労働科学研究費補助金−厚生労働省― 3.成果等の評価について 今回の厚生労働省における制度評価は、統一様式で事業担当課が外部評価委員の意見を聞き一次資料を作成し、これを厚生科学審議会科学技術部会で審議して評価結論を得たものであり、資金配分の適切性や研究成果等について概ね適切に評価されている。 なお、本制度は広範な研究開発を対象としていることから、課題の特性に応じて多様な評価指標が必要と考えられる。特に、政策支援的要素の強い研究課題では、学術的な側面に加え、行政への貢献を明確にし、研究者が納得する評価指標を導入することが重要である。また、政策支援的要素の強い研究課題の成果は、目標が明確に設定されれば比較的容易に評価できると思われるが、制度としての成果が明らかにあるまでには長期間を要するので、このための調査分析機能を整備してゆくことが重要と考えられる。 (以下略) | ||||||
<参考2> 「競争的研究資金制度改革について」(意見) (平成15年4月21日、総合科学技術会議)
II.改革のための具体的方策4.競争的研究資金の効率的・弾力的運用のための体制整備 (2)公正で透明性の高い評価システムの確立
| ||||||
<参考3> 「国の研究開発評価に関する大綱的指針」 (平成17年3月29日、内閣総理大臣決定)
4.評価システム改革の方向
| ||||||
<参考4> 「厚生労働省の科学研究開発評価に関する指針」 (平成14年8月27日、厚生労働省大臣官房厚生科学課長決定)
第2編 研究開発施策の評価の実施方法1.評価体制 各研究事業等の所管課は、当該研究事業等の評価を行う。 2.評価の観点 政策評価の観点も踏まえ、研究事業等の目標、制度、成果等について、必要性、効率性及び有効性の観点等から評価を行う。 研究事業等の特性に応じて柔軟に評価を行うことが望ましいが、「必要性」については、行政的意義(厚生労働省として実施する意義、緊急性等)、専門的・学術的意義(重要性、発展性等)、目的の妥当性等の観点から、「効率性」については、計画・実施体制の妥当性等の観点から、また「有効性」については、目標の達成度、新しい知の創出への貢献、社会・経済への貢献、人材の養成等の観点から評価を行うことが重要である。 3.評価結果 評価結果は、当該研究開発施策の見直しに反映させるとともに、各所管課において、研究事業等の見直し等への活用を図る。 |
4.評価結果
1)厚生労働科学研究費補助金各研究事業概要
厚生労働科学研究費補助金による研究事業は、平成16年度においては4つの研究分野に属する18研究事業に分かれて実施されている(表1参照)。これは、当時20を越える研究事業について、「これ程細分化した事業構造は外部から見て解りにくい」との総合科学技術会議の評価結果(平成15年7月23日)を踏まえて整理したものである。
表1.研究事業について
研究分野 | 研究事業 |
I.行政政策 | 1.行政政策 |
2.厚生労働科学特別 | |
II.厚生科学基礎 | 3.先端的基盤開発 |
4.臨床応用基盤 | |
III.疾病・障害対策 | 5.長寿科学総合 |
6.子ども家庭総合 | |
7.第3次対がん総合戦略 | |
8.循環器疾患等総合 | |
9.障害関連 | |
10.エイズ・肝炎・新興再興感染症 | |
11.免疫アレルギー疾患予防・治療 | |
12.こころの健康科学 | |
13.難治性疾患克服 | |
IV.健康安全確保総合 | 14.創薬等ヒューマンサイエンス総合 |
15.医療技術評価総合 | |
16.労働安全衛生総合 | |
17.食品医薬品等リスク分析 | |
18.健康科学総合 |
2)各研究課題の記述的評価
評価対象である4研究分野18研究事業の各研究事業の評価の概要を次の通りである。なお詳細な「各研究事業の概要」は資料として添付する。
<I.行政政策研究分野>
行政政策研究分野は、厚生労働行政施策の直結する研究事業である「行政政策研究事業」と、社会的要請が強く緊急性のある課題に関する研究を支援する「厚生労働科学特別研究事業」から構成されている(表2)。
表2.「行政政策研究分野」の概要
研究事業 | 研究領域 |
1.行政政策 | 政策科学推進 |
統計情報高度利用総合 | |
社会保障国際協力推進 | |
国際危機管理ネートワーク強化(平成16年度から) | |
2.厚生労働科学特別研究 |
(1)行政政策研究事業
行政政策研究事業は、厚生労働行政施策に直結する研究事業である。行政政策研究事業は、さらに厚生労働行政施策の企画立案に関する「政策科学推進研究領域」、その基盤となる統計情報高度利用のための「統計情報高度利用総合研究領域」、および国際協力あり方等の検討のための「社会保障国際協力推進院研究領域」に分類できる。なお平成16年度からは、「国際健康危機管理ネットワーク強化研究領域」が追加された。それぞれの研究領域の評価概要は次の通りである。
(1−1)政策科学推進研究領域
政策科学推進研究事業は、少子高齢化の進展や社会経済情勢の変化、人口減少社会の到来等の大きな社会変革の中で、社会保障制度に対する国民の関心がますます高まっていることを踏まえ、人文・社会科学系を中心とした、年金・医療・福祉及び人口問題に関する政策や社会保障全般に関する研究等に積極的に取り組むことにより、厚生労働行政施策の企画立案と施策の効率的な推進、国民への成果還元に資することを目的としている。
公募課題決定、研究採択審査、研究実施の各段階において意見を聴取する等、省内関係部局との積極的な連携に基づき、行政施策との関連性の高い課題を優先的に実施しており、「社会保障及び人口問題に係る政策、保健医療福祉における総合的な情報化や地域政策の推進その他厚生労働行政の企画及び効率的な推進に資する」ことを目的とする研究として、その役割を十分に果たしている。
幅広い視点、目的の研究も実施することで、中長期的観点に立った施策の検討を行う上で必要な基礎資料を蓄積する役割も担っており、本研究事業は社会的に重要な役割を果たしていると評価できる。今後とも事業の充実が必要である。
(1−2)統計情報高度利用総合研究領域
統計情報高度利用総合研究事業は、厚生労働行政に係る統計調査の在り方に関する研究及びこれまでの厚生労働統計調査で得られた情報の高度利用に関する研究を実施し、厚生労働行政の推進に資することを目的としている。
本研究事業においては、実際に統計調査に応用可能であるかという点に留意して、研究評価を実施している。
本研究事業は統計調査自体の充実・改善のみならず、統計調査高度利用の推進により省内関係部局にも研究成果が還元されうるという特徴もあり、有用性の高い研究事業である。例えば、患者調査は各種の衛生行政施策の検討等に用いられており、本調査の精度を向上することで、施策上のニーズにより適合したデータ提供が可能になる。
本研究事業は厚生労働行政の課題や「統計行政の新たな展開方向(平成15年)」に沿い、世帯機能の把握といった社会等の変化に対応した統計の整備、IT化に対応した調査・報告のあり方(オンライン調査・報告)、より活用しやすいデータ提供のあり方、データリンケージ等に基づく多面的な解析方法の検討、国際比較可能性を高めるための基本的な情報収集・共有化の推進等に活用できるような研究課題を設定し、一定の成果を得ているところである。今後の新規・継続課題についても、統計調査の更なる向上に寄与しうる成果が期待できると考えている。
(1−3)社会保障国際協力推進研究領域
本研究事業は、医療保険・年金、公衆衛生等を含めた広義の社会保障分野における国際協力のあり方の検証や、国際協力を効果的に推進するための方策等に資する研究結果を得ることを目的としている。平成16年度事業では、社会保障分野の国際協力について、人材、システム、コンテンツの多角的視点からの研究結果を得ることができ、今後の我が国の効果的な協力事業の推進へ大きな貢献が期待される研究成果となった。行政施策との関連において、社会保障分野での国際協力の課題と今後のあり方については、国際協力事業評価検討会等において議論されているところであるが、今年度の評価対象となる成果は、いずれも現在我が国が進めている国際協力事業に密接に関連するものであり、事業目的に対する貢献は大きい。今後の方向性としては、厳しい経済情勢の下、国際協力分野でもより効率的でパフォーマンス効果が高い資源配分が求められており、多国間協力事業における効果的な国際協力のあり方や、日本発の新たな戦略等について、現状分析を踏まえた提言型の研究が期待されている。
(1−4)国際健康危機管理ネットワーク強化研究領域
本研究事業は、SARS、鳥インフルエンザ、NBC災害、国際テロ案件等の国際的健康危機発生時の対応のあり方の基盤となる知見の整理、国内外における情報基盤整備並びに健康危機管理人材養成及びその有効活用に関する研究を行い、その成果を我が国の政策立案に反映させることにより、我が国の保健医療システムの強化を目指し、ひいては国民の健康に対する不安を軽減することにより、安心・安全な社会の確保に資することを目的とする。
本研究事業は平成16年度から開始された新たな事業であるが、初年度の成果として、健康危機管理に関するネットワーク構築と人材育成という2つの観点から研究結果が報告された。
ネットワーク構築分野においては、地域レベルにおける国際的な感染症情報ネットワーク、感染症アウトブレイク時のレスポンスに関する各国の情報交換、紛争地域や国際機関非加盟国など既存の国際的枠組みで連携困難な他国や地域との連携、国際機関、各国政府機関、非政府機関との連携・情報共有のあり方等について、基礎資料の収集及び現状分析等が行われた。
人材育成の分野では、国際健康危機対策に従事するために不可欠なスキルが、WHO、NGO、大学等で用いられている教材の分析等を通じ、分析・抽出された。
今回評価の対象となる成果はすべて初年度の研究結果であるため、現時点での成果の効果を適切に評価することは困難であるが、いずれも計画通りに進んでおり、次年度以降の成果に繋がることが期待できるものであった。
図1.行政政策研究事業の具体的な成果の例
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(2)厚生労働科学特別研究事業
社会的要請の強い諸課題に関する必須もしくは先駆的で緊急性のある研究を支援して、当該課題を解決するための新たな科学的基盤を得ることを目的とする。
研究は、たとえばスギヒラタケ中の有害成分の分析に関する研究、新潟県中越地震を踏まえた保健医療における対応・体制に関する調査研究、健康フロンティア戦略における科学的知見の集積に関する循環器疾患関連緊急調査研究、Webサイトを介しての複数の同時自殺の実態と予防に関する研究等、緊急性のある課題に対して行政施策と関連性ある成果が極めて効果的に出されている。
また、平成17年度から創設した新たな厚生労働科学研究の枠組みである戦略研究課題について、戦略的アウトカム研究策定に関する研究において、その枠組みと内容について研究がなされ、その成果は今年度の研究の基盤となっている。
今後とも、一層の予算確保に努めると共に、健康危機管理に関する継続的な情報収集等と組み合わせ、行政的に重要な研究を適宜実施する体制とすることが望ましい。
なお、本研究事業は、緊急性に鑑み、課題の採択に当たり、公募は行っていないものの、事前評価委員会による評価を行った上で配分額を決定し、研究を実施している。
図2.厚生労働科学特別研究事業の具体的な成果の例
<II.厚生科学基盤研究分野>
厚生科学基盤研究分野は、臨床に直結する成果が期待できる基盤研究に対し て補助することを目的としている。厚生科学基盤研究分野は、「先端的基盤開発研究事業」と「臨床応用基盤研究事業」から構成されている(表3参照)。
表3.「厚生科学基盤研究分野」の概要
研究事業 | 研究領域 |
3.先端的基盤開発 | ヒトゲノム・再生医療等 |
疾患関連たんぱく質解析 | |
萌芽的先端医療技術推進 | |
身体機能解析・補助・代替機器開発 | |
4.臨床応用基盤 | 基礎研究成果の臨床応用推進 |
治験推進 |
(3)先端的基盤開発研究事業
先端的基盤研究事業は、「ヒトゲノム・再生医療等研究領域」、「疾患関連たんぱく質解析研究領域」、および「萌芽的先端医療技術推進研究領域」、および「身体機能解析・補助・代替機器開発研究領域」から構成されている。
それぞれの研究領域の内容は次の通りである。
(3−1)ヒトゲノム・再生医療等研究領域
<ヒトゲノム分野>
今世紀初頭に達成されたヒト遺伝子の全解読等を受けて、ゲノム創薬、テーラーメード医療に代表される次世代医療の中心を担うヒトゲノム・遺伝子治療分野における研究競争が欧米諸国を中心に国際的に激化しているところである。このような状況において、本研究事業により、ヒトゲノム研究を強力に押し進め、幅広い分野での新産業の創出を図るとともに、バイオテクノロジーを活用したゲノム創薬につながる研究の推進及び強化が必要である。
このような国際的な状況を踏まえ、我が国において主要な疾患の遺伝子の解明に基づく個人の特徴に応じた革新的な医療の実現などに資するため、(1)我が国において主要な疾患に関連する遺伝子の同定・機能解明等に関する研究、薬剤反応性に関連する遺伝子の同定・機能解明等に関する研究(2)遺伝子治療に用いるベクターの開発及び遺伝子治療に用いるベクターの安全性・有効性評価方法に関する研究、(3)ヒトゲノム分野、遺伝子治療分野及び再生医療分野研究に関連する倫理に関する研究を推進する。
<再生医療分野>
再生医療は生物の発生・分化に関する知見に基づいた革新的医療技術として、これまで完治が困難とされている疾患への応用が期待されている。本研究事業はこれらの期待に応えるべく、新たな再生医療技術の開発について、骨・軟骨分野、血管分野、神経分野、皮膚・角膜分野、血液・骨髄分野、移植技術・品質確保分野を設定し、平成12年度より研究開発を実施してきている。現在までに、将来的に有望とされる基盤的技術から、臨床応用を含め実用化段階にある技術まで、国際的にも評価できる成果を挙げてきており、今後もより多くの疾患への応用と国民への還元が期待されるところである。また臓器移植、造血幹細胞移植等の移植医療の改良・高度化に関連した研究も実施され、医療現場において実際に活用される成果として結実している。今後は、本事業で生み出された成果が、治療法としてより安全に、より有効に臨床に応用されることが重要であり、そのために臨床応用に近い段階の研究に対する支援の重点化、安全・品質に配慮した技術開発の推進を図るとしているが、これらの取り組みは本研究事業の成果を有効に国民に還元していく方策として評価できる。
(3−2)疾患関連たんぱく質解析研究領域
欧米諸国では疾患からのアプローチに既に国家プロジェクトとしてその取り組みに着手しているが、我が国においては欧米のような大規模かつ集中的な疾患関連たんぱく質に関する研究はない。また、多額の費用を要するため企業単独で取り組むことも困難である。このため、我が国においても産学官の連携のもと、患者と健康な者との間で種類等が異なるたんぱく質を同定し、これに関するデータベースの整備を図ることで、画期的な医薬品の開発を促進する必要がある。
そのため、産学官が連携して、医薬基盤研究所(H16年度まで、国立医薬品食品衛生研究所)、国立高度専門医療センター等医療機関及び製薬企業等からなる共同研究体制を構築し、患者サンプルの提供からサンプル処理・解析・データ処理等までの一貫した体制を構築・運営する。それにより、大規模かつ集中的に疾患関連たんぱく質を解析し、疾患関連たんぱく質のデータベースを構築する。
(3−3)萌芽的先端医療技術推進研究領域
(1)ナノメディシン分野
超微細技術(ナノテクノロジー)の医学への応用による非侵襲・低侵襲を目指した医療機器等の研究開発を推進することにより、患者にとってより安全・安心な医療技術の提供の実現を図る必要がある。
そのため、超微細技術(ナノテクノロジー)を活用した医療機器、医薬品の開発技術を民間企業との連携を図り、発展させる研究であり、(1)超微細画像技術の医療への応用(2)微小医療機器操作技術の開発(3)薬物伝達システムへの応用(4)がんの超早期診断・治療システムの開発などを推進する。特に平成17年度からスタートした「(4)がんの超早期診断・治療システムの開発」については、NEDO(経産省)とのマッチングファンドによる府省連携のプロジェクトとしている。
また、本事業は、国として着実な推進を図る指定(プロジェクト)型、及び広く知見を集積する公募型で推進する。
(2)トキシコゲノミクス分野
ゲノム情報・技術等を活用した医薬品開発のスクリーニング法、副作用の解明等の技術に関する研究開発を推進することにより、医薬品開発の促進及び安全性確保の両面に寄与する基盤整備を図る必要がある。
そのため、ゲノム科学を活用し、医薬品の候補化合物等について、迅速・効率的に安全性(毒性・副作用)を予測する基盤技術(トキシコゲノミクス)に関する研究を実施する。
トキシコゲノミクスのデータベース確立の技術開発については、国として着実な推進を図る観点から指定(プロジェクト)型として製薬企業と共同研究を実施する。また、副作用回避の基本的手法の開発等萌芽的要素の強い研究開発については、様々な研究者が有する知見を広く集積することが望まれるため公募型で事業を推進する。
(3)ファーマコゲノミクス分野
高血圧、糖尿病、がん、認知症等の疾患を中心として、薬剤の効果や副作用の発現に密接に関連するSNPsを同定すること、さらにその成果を踏まえて、簡便で安価な各疾患用DNAチップ等の解析ツールを開発し、最新の検査機器を揃えた大病院だけではなく、一般的な診療所レベルにおいてもゲノムレベルでの個人差に応じた最適な処方を可能とし、患者にとってより安全・安心な医療技術の提供を実現する。
(3−4)身体機能解析・補助・代替機器開発研究領域
今後ますます高度化する医療への要求に応え、国民の保健医療水準の向上に貢献していくためには、最先端分野の医療・福祉機器の研究開発を進め、医療・福祉の現場へ迅速に還元することが重要である。このことを踏まえ、厚生労働省としても平成15年3月に「医療機器産業ビジョン」を策定している。本研究事業は、そのアクションプランの一環として平成15年度から開始された新規研究事業である。本事業は、近年のナノテクノロジーを始めとした技術の進歩を基礎として、生体機能を立体的・総合的に捉え、個別の要素技術を効率的にシステム化する研究、いわゆるフィジオームを利用し、ニーズから見たシーズの選択・組み合わせを行い、新しい発想による機器開発を推進することを目的としている。
本事業は、現在、国として着実な推進を図る指定(プロジェクト)型で進めており、H17年度からは、指定(プロジェクト)型研究に加え、公募枠を新設し、産官学の連携の下、画期的な医療・福祉機器の速やかな実用化を目指すこととしている。
先端的基盤研究事業における具体的な成果例を図3に示す。
(4)臨床応用基盤研究事業
臨床応用基盤研究事業は、「基礎研究成果の臨床応用推進研究領域」、および「治験推進研究領域」から構成されている。
それぞれの研究領域の内容は次の通りである。
(4−1)基礎研究成果の臨床応用推進研究領域
民間企業は研究開発の段階のうち、治験等の実用化直前の研究に多く投資する傾向があり、基礎研究成果の実用化の可能性を確かめる研究については投資が少ない。このため、基礎的な段階における研究成果が十分に活用されていないという問題が指摘されている。
このような状況において、基礎的な段階に留まっている研究成果について実用化を促進することにより、国民に有用な医薬品・医療技術等を提供する機会が増加することが見込まれる。
そのため、本事業は医薬品又は医療技術等の基本特許を活用して、治療法として研究期間中に探索的な臨床研究に着手しうる医薬品又は医療技術に関する研究を推進し、基礎研究成果を実際に臨床に応用することを目的としている。
本事業は、平成14年度より開始した事業であるが、すでに本研究事業により、癌ペプチドワクチンの第I相及び早期第II相臨床試験(試験終了。良好な臨床効果)、重症突発性肺胞蛋白症に対するGM-CSF吸入療法臨床研究の実施、国内初の自己骨髄細胞を用いた肝臓再生療法の第I相臨床試験の開始、虚血性疾患患者への血管内皮前駆細胞移植の臨床研究の開始等の数々の成果をあげており、基礎的な段階に留まっている研究成果について実用化を促進することにより、臨床現場への有用な医薬品・医療技術等を提供する機会が増加することが見込まれる。
平成17年度の申請状況では、70件の応募があり12倍弱の競争率であった。今後とも、研究者の需要に応えるため適切な予算額を確保すると共に、質の高い研究を採択出来るよう評価体制を強化充実する。
また、探索的臨床研究により、将来的な実用化が見込まれる研究成果が得られたものについては、その成果を確実なものとし、企業との共同研究への橋渡しを支援していく必要があるので、今後はその部分についても強化していく。
(4−2)治験推進研究領域
我が国での治験の実施数が減少しており、そのため、国内における医薬品等の開発が遅れ、優れた医薬品に対する患者のアクセスを遅らせる結果となっている。その対策として平成15年4月に「全国治験活性化推進3カ年計画」を策定したが、本事業はその計画の大きな柱のひとつであり、行政施策の実施に欠かせない事業である。
本事業は、治験環境の整備を行うため、複数の医療機関による大規模な治験ネットワークを形成し、このネットワークを使ったモデル事業として医療上必須かつ不採算の医薬品・医療機器に対して医師主導の治験を行うこととしている。
平成15年度から開始された事業であり、日本医師会に治験促進センターを設立し、991(平成16年度末)の登録医療機関から成る大規模治験ネットワークを構築した。平成16年度末までに8課題(医薬品)の医師主導治験課題が採択され、それぞれ医師主導型治験をモデル研究事業として実施すべく、実施計画書の作成、治験実施機関の選定が行われており、そのうち「がん」、「循環器」、「小児疾患」分野の3課題については平成16年度までに治験届が出された。このうち「がん」及び「小児疾患」分野の2課題について治験薬の投与が開始されている。
臨床応用基盤研究事業における具体的な成果例を図4に示す。
<III.疾病・障害対策研究分野>
疾病・障害対策研究分野は、個別の疾病・障害や領域に関する治療や対策を研究対象としている。具体的には、「長寿科学総合研究事業」、「子ども家庭総合研究事業」、「第3次対がん総合戦略研究事業」、「循環器疾患等総合研究事業」、「障害関連研究事業」、「エイズ・肝炎・新興再興感染症研究事業」「免疫アレルギー疾患予防・治療研究事業」、「こころの健康科学健康事業」、および「難治性疾患克服研究事業」から構成されている(表4)。
表4.「疾患・障害対策研究分野」の概要
研究事業 | 研究領域 |
5.長寿科学総合 | 長寿科学総合 |
認知症・骨折臨床 | |
6.子ども家庭総合 | 子ども家庭総合 |
小児疾患臨床 | |
7.第3次対がん総合戦略 | 第3次対がん総合戦略 |
がん臨床 | |
8.循環器疾患等総合 | |
9.障害関連 | 障害保健福祉総合 |
感覚器障害 | |
10.エイズ・肝炎・ 新興再興感染症 |
新興・再興感染症 |
エイズ対策 | |
肝炎等克服緊急対策 | |
11.免疫アレルギー疾患予防・治療 | |
12.こころの健康科学 | |
13.難治性疾患克服 |
(5)長寿科学総合研究事業
長寿科学総合研究事業は、「長寿科学総合研究領域」、および「認知症・骨折臨床研究領域」から構成されている。
(5−1)長寿科学総合研究領域
本事業は、老化メカニズムの解明及び各種老年病の成因の解明と予防・治療方法の開発、高齢者に適した各種リハビリテーション方法の確立及び看護・介護の効果的、効率的実施方法の開発等を目的としている。研究成果として、高齢者に特有の疾患・病態において認知症や骨折、摂食・排泄障害に関する診断法や治療法に関する研究が進み、老化のメカニズムや老化予防について、遺伝子的要因の解明が進んだ。また、介護・保健福祉分野において、高齢者に対する看護技術や在宅ケアの質の評価、高齢者の健康増進施策に関する研究が進んだ。
さらに、平成17年度から平成26年度までの10年間に健康寿命の概ね2年の延伸を目指す「健康フロンティア戦略」において「介護予防10か年戦略」が掲げられており、これを実現するため長寿科学総合研究事業を中心して研究開発を推進していくこととしている。また、効率的かつ総合的な研究事業の実施及び資金配分を目的として平成17年度から痴呆(認知症)・骨折臨床研究事業を統合した上で、老化・老年病等長寿科学技術分野、介護予防・高齢者保健福祉分野、認知症・骨折等総合研究分野に再編した。これにより、科学技術トレンドに柔軟に対応できる研究事業の構築が期待されるとともに、さらなる研究事業の進化を目指した、課題設定の重点化及び研究開発の戦略的実施を検討する必要がある。
(5−2)認知症・骨折臨床研究領域
本事業は、地域医療との連携を重視しつつ、先端的科学の研究を重点的に振興するとともに、その成果を活用し、予防と治療成績の向上を果たすための総合的な戦略である「メディカル・フロンティア戦略」の一環として、認知症及び骨折について、より効果的な保健、医療及び介護技術を確立するための臨床研究等を推進してきた。また、平成17年度からは本事業が発展的に長寿科学総合研究と統合された。
認知症分野においては、新たな経口治療薬の開発が霊長類における臨床研究に移行するとともに、認知症の進展予防のためのスクリーニングや介入の評価が実施され、認知症診療や介護に関するガイドライン等に反映されている。また骨折分野においては、骨粗鬆症の病態解明や早期診断法の開発に加え、骨折や脳卒中のリハビリテーションの連携システムに関する研究が進むとともに、転倒予防方法の開発や転倒時に骨折リスクを軽減させる装具の普及について大きな成果がみられた
さらに、平成17年度から平成26年度までの10年間に健康寿命の概ね2年の延伸を目指す「健康フロンティア戦略」において「介護予防10か年戦略」が掲げられており、これを実現するため本事業を統合した長寿科学総合研究事業を中心して研究開発を推進していくこととしている。これにより、科学技術トレンドに柔軟に対応できる研究事業の構築が期待されるとともに、さらなる研究事業の進化を目指した、課題設定の重点化及び研究開発の戦略的実施を検討する必要がある。
長寿科学総合研究事業における具体的な成果例を図5に示す。
図5−1.長寿科学総合研究事業の具体的な成果の例
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図5−2.長寿科学総合研究事業の具体的な成果の例
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(6)子ども家庭総合研究事業
子ども家庭総合研究事業は、「子ども家庭総合研究領域」および「小児疾患臨床研究領域」から構成されている。
それぞれの研究領域の内容は次の通りである。
(6−1)子ども家庭総合研究領域
先進国の中でも最も少子化の進んだわが国においては、急速な少子化の進行が社会や経済、国の持続可能性を基盤から揺るがすことも憂慮されている。このような危機的な状況を克服し、健康で活力ある社会を実現させるためには、「子どもが健康に育つ社会、子どもを生み、育てることに喜びを感じることができる社会」の社会基盤の整備を効果的に推進することが急務であり、子どもの心身の健やかな育ちを継続的に支えるための母子保健医療・児童家庭施策の基礎となる知見の集積、介入方法の開発やその評価体系の確立を含む、実証的かつ成果の明確な総合研究の推進が必要とされる。
子どもを取り巻く社会や家庭環境の変化により、取り組むべき課題も変化し、多様化してきているが、本研究事業においては、「健やか親子21」や「子ども・子育て応援プラン」などに基づく次世代育成支援の推進をはじめとして、今日の行政的課題の解決及び新規施策の企画・推進に資する計画的な課題設定が行なわれている。
また、行政ニーズに即応した検証研究及び政策提言型研究により汎用性のある成果が得られており、今後のさらなる研究成果が期待される。
(6−2)小児疾患臨床研究領域
(1)小児疾患臨床研究事業(若手医師・協力者活用等に要する研究)
我が国においては、治験を含めた臨床研究全般の実施及び支援体制が脆弱である。そのため、指導医師、若手医師及び治験コーディネーターで構成される臨床試験実施チームを配置することにより、根拠に基づく医療(EBM、Evidence Based Medicine)の推進に不可欠な人材の育成を行い、臨床試験の質の向上に努める必要がある。
そのため、臨床研究の拠点となる施設において、若手医師及び臨床研究協力者から構成される臨床研究実施チームを活用し、患者登録業務、データ入力、モニタリング、施設監査等を実施する体制を構築・運営し、臨床研究を推進することにより、我が国における根拠に基づく医療(EBM:Evidence Based Medicine)の推進に不可欠である人材の育成を行い、我が国の治験を含む臨床試験の質の向上を推進する。
(2)小児疾患臨床研究
現在、小児科領域の現場では、医薬品の7割〜8割が小児に対する適用が確立されていない状況で使用されているのが現状である。小児疾患のように企業が開発し難い疾患分野にあっては、行政的にその研究を支援していく必要があり、根拠に基づく医療(EBM=Evidence Based Medicine)の推進を図るため、倫理性及び科学性が十分に担保される質の高い臨床試験の実施を目指す必要がある。
そのため、本事業において、小児疾患に関する医薬品の使用実績の収集、評価を行うことにより治療方法を確立していくとともに、治験を実施していく上で最も基本となる臨床研究自体の質の向上を図り、日本人の特性や小児における安全性に留意した質の高い大規模な臨床研究を実施することを目指す。そして、小児疾患に関する医薬品の使用実績の収集、評価を着実に実施することにより治療方法を確立し、小児疾患分野において質の高い医療、医療安全の確保に貢献することとする。
子ども家庭総合研究事業における具体的な成果例を図6に示す。
図6.子ども家庭総合研究事業の具体的な成果の例
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(7)第3次対がん総合戦略研究事業
がん研究についてはこれまで、新規のがん遺伝子、がん抑制遺伝子を発見する等発がん機構の理解が進んだ。特に、遺伝子レベル、分子レベルでの解析が飛躍的に進んだ結果、がんが「遺伝子の異常によって起こる病気である」という概念が確立し、その遺伝子レベル、分子レベルでの理解が飛躍的に進んだ。しかし、がんは極めて複雑性に富んでおり、発がんの要因やがんの生物学的特性、がん細胞の浸潤能・転移能やがんと宿主免疫応答等の関係など、その全貌が十分に解明されているとはいえず、今後なお一層の努力が必要である。
このため、ヒトゲノムの解読完了を受け、ゲノムの機能解明(ゲノムネットワーク研究等)の一層の推進などにより、進展が目覚しい生命科学の分野とさらに連携を深め、学横断的な研究を推進することにより、がんの本態解明を進めるとともに、その成果を迅速にかつ幅広くがんの臨床研究に繋げるために、トランスレーショナル・リサーチを重点的に進め、一方で、臨床研究・疫学研究等の新たな展開により、革新的な予防、診断及び治療法の開発を推進する。また、その際、生命倫理に対し十分な配慮を行っていくことが必要である。
また、がん医療水準均てん化を推進し、医療技術等の格差の是正に資する研究を進めていく方針である。
具体的な成果例を図7に示す。
(8) 循環器疾患等総合研究
我が国の3大死因のうち、2位と3位を占める重要な疾患である脳卒中、心疾患及びその原疾患である糖尿病等の生活習慣病に対する予防・診断・治療法について研究を進める本研究事業は、厚生労働行政の中でも重要な位置を占めている。
これまでの研究で、糖尿病と生活習慣の関係や合併症予防に関する従来の通説とは異なる日本人の新たな知見が明らかとなり、今後、診療ガイドラインにも強い影響を与えるものと考えられる。また、家庭血圧において臓器保護のためにもコントロールする必要があることや高脂血症が脳卒中の危険因子となる可能性が示されるなどという重要な知見も得られた。今後、新しい高血圧治療や動脈硬化性疾患等の診療ガイドライン等の参考資料となることが期待される。これら成果は、厚生労働行政に貢献するところが大きく、医療経済的にも重要な成果が得られたと考えられる。今後はさらに糖尿病に関する研究の強化や、メタボリックシンドロームなど知見の集積に伴う新たな視点に基づく循環器系疾患の総合的な研究を強力に推進して行く必要がある。
(9)障害関連研究事業
障害関連研究事業は、「障害保健福祉総合研究」および「感覚器障害研究」から構成されている。
それぞれの研究領域の内容は次の通りである。
(9−1)障害保健福祉総合研究
障害保健福祉施策においては、障害者がその障害種別に関わらず、地域で自立して生活できることを目的に、今国会に提出している「障害者自立支援法案」による新しい障害保健福祉制度の枠組みを構築することが課題となっている。 本研究事業においては、障害の正しい理解と社会参加の促進方策、障害者の心身の状態等に基づく福祉サービスの必要性の判断基準の開発、地域において居宅・施設サービス等をきめ細かく提供できる体制づくり等、障害者の総合的な保健福祉施策に関する研究開発を実施している。これらは公募課題の決定時点から必要な行政施策を踏まえ戦略的に取り組んでおり、施策決定の上での基礎資料の収集・分析、研究成果に基づく施策への提言等大きな成果をあげている。
障害保健福祉施策は、今後、自立支援・介護のための人的サービス、就労支援、住まい対策、発達支援などについて総合的に取り組む必要があり、行政ニーズの一層の明確化を図るとともに、本研究事業の継続的な充実が必要である。
(9−2)感覚器障害研究
視覚、聴覚・平衡覚等の感覚器機能の障害は、その障害を有する者の生活の質(QOL)を著しく損なうが、障害の原因や種類によっては、その軽減や重症化の防止、機能の補助・代替等が可能である。そのため、本研究事業では、これらの障害の原因となる疾患の病態・発症のメカニズムの解明、発症予防、早期診断及び治療、障害を有する者にたいする重症化防止、リハビリテーション及び機器等による支援等、感覚器障害対策の推進に資する研究開発を一貫して推進している。
複雑な感覚器障害の全容解明には、まだ多くの課題があるものの、病態解明、検査法、治療法の開発、支援機器の開発に着実な成果をあげている。具体的には正常眼圧緑内障の疫学的研究、人工視覚システムの開発、難聴胎児の診断法、人工内耳の客観的評価法の開発などがある。
高齢化が進む中で、QOLを著しく損なう感覚器障害の予防、治療、リハビリテーションは重要な課題である。特に、失明の原因として増加しているといわれる糖尿病性網膜症や緑内障、突発性難聴などに対する疫学的調査を含めた対策の樹立は急務であり、専門家の意見を踏まえつつ、公募課題の重点化を図っていく。
障害関連研究事業における具体的な成果例を図9に示す。
(10)エイズ・肝炎・新興再興感染症研究事業
エイズ・肝炎・新興再興感染症研究事業は、「エイズ対策研究領域」「肝炎等克服緊急対策研究領域」、「新興再興感染症研究領域」から構成されている。
それぞれの研究領域の内容は次の通りである。
(10−1)エイズ対策研究領域
2004年の新規報告数は、HIV感染者780件、AIDS患者385件といずれも過去最高の報告数であり、危機的な状況となっている。感染者の特徴としては、性的接触による感染がほとんどで、男性同性間の感染が性的接触の約6割を占めているため効果的な介入・行動変容方法の開発が求められている。と同時に、近年の若年者における中絶者数やクラミジア感染者数の増加からは性の低年齢化・開放化を見て取ることが可能であり、青少年対策としてエイズ予防教育手法の開発ニーズが高まっている。
また、全てのエイズ患者・HIV感染者が、医療スタッフとの信頼関係のもとに安心して医療が受けられる体制の構築に関しても、拠点病院の現状把握とともに今後のあり方について考察・研究していくべきである。
一方で、HIV感染症の発症阻止や感染阻止、薬剤耐性につながる基礎的な研究についても、長期的な視点で推進していく必要がある。
これからも、「エイズ予防指針」に基づき、感染症の医学的側面や自然科学的側面のみならず、社会的側面や政策的側面にも配慮し、総合的に研究を推進していく。
(10−2)肝炎等克服緊急対策研究領域
肝炎等克服緊急対策研究事業は、肝炎ウイルスの病態及び感染機構の解明並びに肝炎、肝硬変、肝がん等の予防及び治療法の開発等を目的として、平成14年度に新設された事業である。
16年度までの3年間の主な成果としては、基礎研究分野においては、チンパンジーを用いた感染実験による感染成立に必要な最小のC型肝炎ウイルス量、感染初期のC型肝炎ウイルス増殖速度の解明、「日本固有株」と呼び得るE型肝炎ウイルス株の存在の証明、遺伝子発現パターンに基づく肝障害度のスコア化等が挙げられる。
また、臨床研究の分野においては、C型慢性肝炎の標準的治療ガイドラインの策定、進行性肝細胞がんに対するインターフェロン化学療法のランダマイズド・コントロール・トライアル、HCVキャリア妊婦とその出生児の管理指導指針の策定等が挙げられる。
行政研究の分野においては、肝炎ウイルスに感染した労働者の健康管理に関する提言等、社会的にもインパクトのある成果を挙げている。
C型肝炎のキャリアは全国に100万から200万人いると推定されており、本事業による、発がん予防、肝硬変・肝がんの治療向上等には、大きな期待が寄せられている。肝炎等克服緊急対策研究事業における具体的な成果例を下に示す。
(10−3)新興・再興感染症研究領域
近年、新たにその存在が確認された新興感染症や既に克服したかに見えながら再び猛威をふるいつつある再興感染症が世界的に注目されているが、これらの感染症は、その病原体、感染経路、感染力、発症機序、診断法、治療法等について不明な点が多い。
このため、平成9年度より、これらの感染症の病態及び感染機序等の解明並びに予防、診断、治療法の開発等を目的とした新興再興感染症研究事業を実施している。
これまでにも、生物テロに使用される可能性のある病原体の迅速診断法の開発や診断治療マニュアルの策定、動物由来感染症対策に有用なサーベイランスシステムの開発や輸入動物のトレーサビリティシステムの開発等、優れた成果が上がっている。
今後も鳥インフルエンザ、SARS等に対するワクチンの開発や、生物テロ対策としての診断法の開発及び動物由来感染症対策の確立等を目的とした研究が実施される予定であり、その成果に大きな期待が寄せられている。
新興・再興感染症研究事業における具体的な成果例を下に示す。
エイズ・肝炎・新興再興感染症研究事業における具体的な成果例を図10に示す。
図10.エイズ・肝炎・新興再新興感染症研究事業の具体的成果例
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(11)免疫アレルギー疾患予防・治療研究事業
花粉症、食物アレルギー、気管支喘息、アトピー性皮膚炎等のアレルギー疾患やリウマチ・膠原病等の免疫疾患を有する患者は、国民の30%以上に上りますます増加傾向にあるといわれている。また、一般的に免疫アレルギー疾患の病態は十分に解明されたとは言えず、根治的な治療法が確立されていないため、長期的に生活の質(Quality of Life: QOL)の低下を招き、一部のアレルギー疾患については不適切な治療法等の結果により致死的な予後をもたらす等、疾患毎に様々な問題を抱えている。そこでこれらの病気にかかりやすい体質と生活環境等の関係を明らかにすることで、疾病の予防、診断、治療法に関する新規技術を開発するとともに、免疫アレルギーの診断・治療等臨床に係る科学的根拠を収集・分析する。具体的な成果例を図11に示す。
図11.免疫アレルギー疾患予防・治療研究事業の具体的成果例 (新)
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(12)こころの健康科学研究事業
従来から精神保健福祉の重要な課題である統合失調症に加え、近年、高い水準で推移し、平成15年には過去最高となった自殺問題や、患者数の多いうつ病、睡眠障害等のこころの健康に関わる問題、社会的関心と需要の大きい犯罪被害者や災害被災者に対するこころのケアの問題、ひきこもり等の思春期精神保健の問題、自閉症やアスペルガー症候群等の広汎性発達障害等、精神保健福祉行政においては新たな課題が山積している。
特に行政的に大きな課題である、自殺関連や思春期保健関連、さらには、司法精神医学に係る研究など、行政施策に直接的に反映された研究も多く、本研究事業は一定の成果をあげているといえる。
神経・筋疾患分野においては、脳の役割という観点から、神経・筋疾患に関して病態解明から治療法予防法の開発まで、多くの成果が上げられ、その成果も着実に還元、活用が進んでいる。また、論文、特許等についても多くの成果が上がっており研究費が有効的に活用されているといえる。
今後とも、こころの問題、神経・筋疾患の多くの課題に対し、疫学的調査によるデータの蓄積と解析を行い、心理・社会学的方法、分子生物学的手法、画像診断技術等を活用し、病因・病態の解明、効果的な予防、診断、治療法等の研究・開発を推進していくことが重要である。
今後、国民の健康に占める「こころの健康問題」の重要性が更に高まってくることは間違いなく、本事業を強力に推進していく必要がある。
成果例を図12に示す。
(13)難治性疾患克服研究事業
根本的な治療法が確立しておらず、かつ後遺症を残すおそれが少なくない自己免疫疾患や神経疾患等の不可逆的変性を来す難治性疾患に対して、重点的・効率的に研究を行うことにより進行の阻止、機能回復・再生を目指した画期的な診断・治療法の開発を行い、患者のQOLの向上を図ることを目的とした研究を推進していく必要がある。
現在までに、特定疾患の診断・治療等臨床に係る科学的根拠を集積・分析し、医療に役立てることを目的に積極的に研究を推進している。また、重点研究等により見いだされた治療方法等を臨床調査研究において実用化につなげる等治療法の開発といった点において画期的な成果を得ている。
引き続き、災害時における難病医療提供等に関する研究、疫学研究、診断基準や治療指針の改訂を進めるとともに、各疾患の研究の進捗状況や対策の緊急性等を十分考慮した上でゲノム、再生、免疫等他の基盤開発研究の成果を活用した臨床研究を強力に推進していく必要がある。
具体的な成果の例を図13に示す。
<IV.健康安全確保総合研究分野>
健康安全確保総合研究分野は、「創薬等ヒューマンサイエンス総合」、「医療技術評価総合」、「労働安全衛生総合」、「食品医薬品等リスク分析」、「健康科学総合」の各事業から構成されている(表5参照)。
表5.「健康安全確保総合研究分野」の概要
研究事業 | 研究領域 |
14.創薬等ヒューマンサイエンス総合 | |
15.医療技術評価総合 | |
16.労働安全衛生総合 | |
17.食品医薬品等リスク分析 | 食品の安全性高度化推進 |
医薬品・医療機器等RS総合 | |
化学物質リスク | |
18.健康科学総合 |
(14)創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業
本研究事業は、画期的・独創的な医薬品等の創製のための技術開発、医療現場のニーズに密着した医薬品の開発及び長寿社会に対応した保健・医療・福祉に関する先端的基盤的技術開発のための研究を推進することを目的としている。
創薬等ヒューマンサイエンス総合研究では7つの分野で、エイズ医薬品等開発研究では3つの分野で、外部の評価委員による研究課題の評価を受けながら実施している。また、本研究事業の根幹は官民共同型研究であり、民間企業への研究成果の取り込みを図っている。
現在、多岐にわたる研究の中から、成果が実用化・事業化へ進み始めた研究も生まれてきており、そこまでは至らないまでも論文・特許等での成果は数多く得られている。
今後、社会へ還元できる研究成果を数多く生み出すために、民間企業の参加を一層促進するような方策が重要である。具体的な成果例を図14に示す。
図14.創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業の具体的成果の例
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(15)医療技術評価総合研究事業
良質な医療を合理的・効率的に提供する観点から、既存医療システム等の評価研究、医療安全体制確保に関する研究、根拠に基づく医療に関する研究を実施した。医療事故、院内感染等の報道が増加していることに伴って、特に、医療に対する信頼確保に係る研究テーマが採択されている。
研究の成果は、今後の制度設計に資する基礎資料の収集・分析(医療安全、救急・災害医療、EBM)、良質な医療提供を推進する具体的なマニュアルや基準の作成(EBM、医療安全、医療情報技術、看護技術)などを通じて、着実に医療政策に反映されている。
今後は、医療提供体制の改革ビジョン(平成15年8月)で示された医療提供体制の将来像のイメージが実現されるよう、また、社会保障審議会医療部会で論点となっている点について研究課題を公募し、採択する方針であり、体系的に位置付けられた研究を推進する。
図15.医療技術評価総合研究事業の具体的な成果の例
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(16)労働安全衛生総合研究事業
労働者の安全と健康の確保は国民的課題の一つであるが、労働者の安全と健康の状況を見ると、労働災害による被災者数は年間55万人にも及び1600人以上が亡くなっているほか、仕事や職場生活に関する強い不安、悩み、ストレスを感じる労働者の割合は6割を超え、過重労働による健康障害に関する労災認定件数は年間300件以上にも上るなど、その重要性は高まっている。
本研究事業は、労働者の安全と健康の確保を図る上で必要な基礎資料の収集・分析をはじめ、具体的な安全・健康確保手法の開発を行うことにより、行政施策に必要とされる重要な成果を上げている。
具体的な成果の例を図16に示す。
図16.労働安全衛生総合研究事業の具体的な成果の例
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(17)食品医薬品等リスク分析研究事業
食品医薬品等リスク分析研究事業は、「食品の安全性高度化推進研究領域」(平成15年度は「食品安全確保研究事業」として実施)、「医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究領域」、および「化学物質リスク研究領域」から構成されている。なお、それぞれの研究領域の内容は次の通りである。
(17−1)食品の安全性高度化推進研究領域
食品の安全性確保に対する国民の関心は高く、安心・安全な社会の構築を実現するため必須の課題である。
そのため、本研究事業では、健康食品、遺伝子組み換え食品、BSE、食品添加物及び汚染物質などの食品を介した人への健康影響を、科学的根拠に基づき最小限にするためのリスク管理に関する研究を行ってきたところである。その結果、国内における規格検査法の開発や国内・国際基準を策定するための有益なデータ収集等、食品安全行政の反映度が高い研究結果が得られたところである。
たとえば、「カドミウムを含む食品の安全性に関する研究」において推定したカドミウム摂取量は、FAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)が実施するカドミウムの摂取量推定に貢献した。また、「プリオン検出技術の高度化及び牛海綿状脳症の感染・発症機構に関する研究」による牛海綿状脳症(BSE)調査データ等の研究成果は、BSEの国際基準を策定する国際獣疫事務局(OIE)へ提供し、国際基準の策定等に貢献した。
今後は、さらに食品安全に資するための目的志向型研究(Mission-Oriented Research)として研究の充実・発展を行いながら、個別には食品(添加物・汚染物質対策、化学物質対策、残留農薬対策等)の安全性確保(規格基準策定、検査法の開発等)のための研究、BSE対策に関する研究、食品を介した危害要因等(食中毒、テロ・危機管理)に関する研究、輸入食品の安全性に関する研究、科学技術発展によるモダンバイオテクノロジー応用食品の安全性に関する研究など、社会ニーズに沿った研究も推進させながら、国民への食品に対する安全・安心確保を目指すこととする。
(17−2)医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス総合研究領域
医薬品・医療機器等の分野における安全性の向上及び安全対策、薬物乱用の防止対策、人工血液開発等の推進を通して、国民生活への質の向上等に資することを目的としている。
研究事業においては、科学的観点からの研究を行政的施策に生かしており、その中では緊急性の高い事案への対応から、幅広い視点に立った医薬品の副作用等の予防的対策まで、様々な観点から、その成果が法令等に数多く反映されている他、ライフサイエンスを主とした科学技術の進展にも寄与しており、本研究事業は、厚生労働行政及び社会に対し、極めて大きい貢献度を持つといえる。
今後も、バイオ・ゲノム等の科学技術の進展や、社会的な要請等を見据え、更には国際的動向も踏まえつつ、医薬品・医療技術の安全性・有効性・品質を確保するとともに、副作用の発生を未然に防ぎ拡大を防止する体制の構築、薬物乱用の防止等、常に国民的視野に立った貢献を視野に入れた総合的な研究展開が期待できる。
(17−3)化学物質リスク研究領域
現代の生活に不可欠であり、身の回りに数万種存在するとされる化学物質について安全性点検の実施が喫緊の課題となっている。このため、化学物質の効率的な安全性点検に不可欠なリスク評価法の高度化・効率化の研究を実施しており、OECD等を通じ、国際的な提案を行った。具体的な評価手法の開発等に向け、引き続き推進する必要がある。
内分泌かく乱化学物質等のヒトへの健康に影響が懸念される問題について、その作用メカニズムや体系的なスクリーニング試験法の開発、試料測定法、暴露と疫学調査等総合的な研究を行い、平成17年3月に研究の成果が取りまとめられた。依然、未解明な点も多く残されており、引き続き研究を促進する必要がある。
さらに、生活環境中の化学物質(家庭用品や室内空気汚染化学物質等)についても、安全対策の実施に当たって基盤となる科学的知見の蓄積を引き続き推進する必要がある。
近年、急速に開発が進んでいるナノマテリアルについては、社会的受容に当たって、健康や環境に与える影響の評価が不可欠と指摘されており、緊急に研究に着手する必要がある。具体的な成果の例を図17に示す。
図17.食品医薬品等リスク分析研究事業の具体的な成果の例
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(18)健康科学総合研究事業
地域保健・公衆衛生の基盤確保の基礎として「地域保健サービスに関する研究分野」及び「地域における健康危機管理に関する研究分野」の2分野、個別対策分野として、「健康づくりに関する研究分野」、「健全な水循環の形成に関する研究分野」及び「生活環境に関する研究分野」の3分野、計5分野から構成された公衆衛生に関する総合的研究事業である。
個々の研究結果については、地域保健法第4条に基づく地域保健対策の推進に関する基本指針の改正及び水質基準等の「法」、「指針」、「基準値」等の改正の科学的根拠として活用するとともに、「健康日本21中間評価」等の施策や対応策における具体的方法に活用されており、有効な活用が行われているものである。
今後においては、めまぐるしく変化する社会状況等に対応できる地域保健(公衆衛生)基盤の確立及び再構築に必要な研究の推進を行い安心・安全な社会形成の基盤整備を推進していくこととしている。
ただし、健康科学総合研究については健康危機管理に特化した研究とするとともに、他の研究事業との枠組みの見直しに関しても今後の検討課題となっている。
1 | 健康づくりに関する研究分野 健康増進法を基盤とする国民の健康の増進、生活習慣病に着目した疾病予防の推進のため、循環器病・糖尿病等生活習慣病の予防の研究に関する調査研究を進めるとともに、健康づくりに関する研究を実施した。 |
2 | 地域保健サービスに関する研究分野 地域保健サービスの基盤に関する研究であり、現在までに人材育成、地域診断、企画立案、保健事業運営、保健事業評価等に関する研究を実施し、地域保健の現場に対して地域保健の方向性や具体的対応策を提供してきた。今後は健康危機、市町村合併など地域保健に関する新たな潮流に即応できる組織、人材育成、事業等の研究の充実を図る必要がある。 |
3 | 地域における健康危機管理に関する研究分野 健康危機管理対策に共通して活用される基盤に関する研究を実施し、地域における健康危機管理対策に貢献してきたが、より多様化・高度化している健康危機管理に対応できるだけの基盤を確保するため、今後とも一層の充実を図る必要がある。 |
4 | 生活環境に関する研究分野 多様化、複雑化する生活衛生を取り巻く課題に対し、シックハウス対策等をはじめとした具体的な対応につながる成果をあげている。今後、未だ未解明な部分への重点化、新たな課題の適切かつ迅速な把握等をとおして、さらに研究を推進する必要がある。 |
5 | 健全な水循環の形成に関する研究分野 健全な水循環系の形成という、広範で横断的な行政課題のうち、水道・水利用の部分について、利用の安全性を確保するとともに、利用システムを最適化するために必要な研究を行い、当該課題の解決に貢献している。また、厚生労働省健康局が平成16年6月にとりまとめた「水道ビジョン」で掲げる政策目標の実現のための科学的な知見等の集積を進めており、事業目的に対する達成度は大きい。今後は、飲料水危機管理対策強化や水道水の総合的な安全性強化等の新たな課題に係る研究開発の一層の推進が必要である。 |
具体的な成果の例を図18に示す。
図18.厚生労働科学健康科学総合研究事業の具体的な成果の例 (健康づくりに関する研究分野)
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3)終了課題の成果の評価
(1)原著論文等による発表状況
今回個別の研究成果の数値が得られた432課題について、原著論文として総計12,853件、その他の論文総計12,743件、口頭発表等総計25,321件が得られている。表6に、研究事業毎の総計を示す。
厚生労働省をはじめとする、行政政策の形成・推進に貢献する基礎資料や、治療ガイドライン、施策の方向性を示す報告書、都道府県への通知、医療機関へのガイドライン等施策の形成等への反映件数および予定反映件数を集計したところ、609件が挙げられた。
表6.厚生労働科学研究費の成果集計表
表7.厚生労働科学研究費の成果集計表
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単位:件 |
表7.厚生労働科学研究費の成果集計表
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単位:件 |
課題毎の平均を示したのが表7である。原著論文29.8件、その他論文29.5件、口頭発表58.6件であった。
なお、本集計では、調査時点の報告延べ数(予定を含む)であり、「多数」「英文のみ」と記述されたものを除外している。また、研究の終了直後であり論文等の数については、今後増える可能性が高いこと、分野ごとに論文となる内容に大きな違いがあること、さらに研究課題毎に研究班の規模等に差異があることなども考慮する必要がある。
5.おわりに
1)研究成果に対する主な評価結果
厚生労働科学研究費補助金の成果を評価した結果、成果は学術誌に掲載されているとともに、行政的課題の解決に役立っていることが明らかになった。厚生労働科学研究費補助金では、厚生労働行政への政策支援的要素の強い研究課題が少なくない。そのため、公募する研究課題を事前に公表して申請を受け付けており、行政からの要請に各研究が的確に貢献しているのは、このような採択プロセスも関係しているものと考えられる。
2)厚生労働科学研究費補助金の「必要性」について
厚生労働科学研究費補助金において実施されている研究の多くは、厚生労働省の施策の根拠を形成する基盤であり、厚生労働省として実施する意義、行政的意義が極めて大きい。ただし、その行政的要請は、総合科学技術会議が指摘する通り、「科学技術的要素が強いもの」「政策支援的要素の強いもの」および「行政事業的要素が強いもの」など、いくつかの要素に分類できる。
厚生労働科学研究費補助金制度は、この指摘に対応して、それぞれの要素を考慮し、平成15年度から「行政政策分野」「厚生科学基礎分野」「疾病・障害対策分野」、および「健康安全確保総合分野」の4分野に分類することになった。たとえば「行政政策分野」は行政施策への政策支援が要請されており、また「厚生科学基盤研究分野」では政策的に重要で臨床に直結する学術的成果が期待されている。4つの研究分野においてそれぞれ要請されている要素を明確に整理して、それぞれの領域で行政的に「必要な」研究課題の公募がなされていると考えられる。
3)厚生労働科学研究費補助金の「効率性」について
厚生労働科学研究費補助金においては、1研究課題あたりの金額は23,996千円であり、他の研究制度に比べて金額的に多いものではない。しかし、研究班を構成する研究者らの協力により広範な症例が収集されるなど、研究は効率的に実施されている。厚生労働科学研究費補助金は、保健医療福祉の現場にある実践者らの関与により研究が実施され場合が多く、実践者の積極的な協力が、保健医療福祉分野の現状把握と課題の解決に大きな役割を果たしていると考えられる。
限られた予算の中で、研究課題を公募のうち31.1%の新規課題を採択し、研究を実施することにより、必要性、緊急性が高く、予算的にも効率的な研究課題が採択され、研究が実施されていると評価できる。研究期間は原則最長3ヵ年であり、研究課題の見直しに反映されるため、効率性が高いと考えられる。
また、評価方法についても適切に整備され、各評価委員会の評価委員がその分野の最新の知見に照らした評価を行い、その結果のもとに研究費が配分されていることから、効率性、妥当性が高いと考えられる。中間評価では、当初の計画通り研究が進行しているかの到達度評価を実施し、必要な場合は継続を変更・中止を決定することにより、効率的に研究費の補助がなされているのかについて評価している。
4)厚生労働科学研究費補助金の「有効性」について
いずれの事業においても、研究課題の目標の達成度は高く、行政部局との連携のもとに研究が実施されており、政策の形成、推進の観点からも有効性の高い研究が数多く実施されていた。また、成果は国際的な学術誌へも多数報告されており、治療等の開発を通じて国民の福祉の向上に資する研究が国際的な水準でなされていると考えられる。
さらに国際的に貢献する研究成果もあった。たとえばカドミウム摂取量の推定は、FAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)が実施するカドミウムの摂取量推定に、また日本の牛海綿状脳症(BSE)調査データ等の研究成果は、BSEの国際基準を策定する国際獣疫事務局(OIE)へ提供し、国際基準の策定等に貢献した。今後は、国際的な諸課題の解決やルール形成に貢献し、内外から日本に期待される役割を果たしていくためにも、国際的な貢献という観点から研究成果の評価を一層行う必要がある。
なお、成果は4つの研究分野でそれぞれ特徴がある。学術的な成果が多く見られる研究分野がある一方で、原著論文や特許が少ない研究分野においては施策の形成への反映において効果が高い研究事業があることが見受けられるからである。
このように、政策課題への支援、および治療等の開発を通じた学術研究の成果が、厚生労働科学研究は各研究分野ごとで適切になされていることは、この制度の「有効性」の一端を示している。
5)本評価の課題
今回の調査は、施策の形成等への反映件数について主任研究者及び所管課において内容と件数を記述した資料より作成したものである。成果の指標として、たとえば特許取得・申請数が適切な評価指標として妥当かなど、引き続きより適切な指標の開発を行う必要がある。
また、施策への反映は社会的な状況により大きく左右され、一方で研究補助期間を終了してから成果が出るまでに時間がかかる場合がある。研究補助期間終了後ある程度の時間を経過してから追跡評価を行うなど、より適切な評価方法の改善を引き続き検討していく必要がある。
厚生労働科学研究費補助金制度は、研究者がさらに高い研究目標を目指すことを勇気づけながら、研究開発の目標達成や成果の社会的還元の意義を研究者が一層自覚する仕組みを開発していく必要がある。研究規模を大きくするが同時に成果を問う研究事業をモデル的に検討するという方法も一案であろう。
研究機関が競い合って社会的な課題の解決に取り組む競争的環境を育むために、研究評価の具体的基準及び評価体制をさらに整備していく必要がある。厚生労働科学研究費補助金は、公募課題の設定等において研究の必要性に留意しつつ、研究者の独創的な発想による研究成果を期待できる競争的資金を活用した研究の活性化と成果の還元が今後も求められる。
6)おわりに
厚生労働科学研究費補助金は、「厚生労働科学研究の振興を促し、もって、国民の保健医療、福祉、生活衛生、労働安全衛生等に関し、行政施策の科学的な推進を確保し、技術水準の向上を図ること」を目的とする研究事業の総称であり、保健医療分野における国内および国際的な知的基盤の形成に関する研究、科学技術の成果を臨床に応用する研究など種々の研究を実施している。
厚生労働科学研究においては、学術的に成果が高い研究事業、特許等の成果が上げられている事業と行政的な成果が上げられている事業がある。それぞれの領域において行政的な貢献および学術的成果という2つの観点から評価した結果、その力点が異なることが明らかになった。このことは、評価の重点を調整しながら研究分野ごとで柔軟に評価する必要性を示唆している。今後も適切な評価指標の開発を進める必要がある。
参考文献
1. | 厚生科学審議会科学技術部会.厚生労働科学研究費補助金の成果の評価.平成15年5月30日. |
2. | 厚生科学審議会科学技術部会.厚生労働科学研究費補助金の成果の評価.平成16年6月1日. |
3. | 厚生科学審議会科学技術部会今後の中長期的な厚生労働科学研究の在り方に関する専門委員会.今後の中長期的な厚生労働科学研究の在り方に関する専門委員会中間報告書、平成17年3月29日. |
4. | 厚生労働省の科学研究開発評価に関する指針.平成14年8月27日(厚生労働省大臣官房厚生科学課長決定. |
5. | 国の研究開発評価に関する大綱的指針、平成17年3月(内閣総理大臣決定) |
6. | 総合科学技術会議.競争的研究資金制度の評価.平成15年7月23日, p18-22. |
7. | 総合科学技術会議.平成18年度の科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針、平成17年6月16日. |
8. | 総合科学技術会議基本政策専門調査会.科学技術基本政策策定の基本方針、平成17年6月15日. |