総論に関する諸外国の労働契約法制の概要

(労働政策研究・研修機構「諸外国の労働契約法制に関する調査研究」報告書から)

 総論
  ドイツ フランス イギリス アメリカ
法源 ○ 基本法(憲法)、制定法(法規命令を含む。)、労働協約、事業所協定、労働契約
※ 上記の順に法的序列を形成している。ただし、一定の場合に法定基準を労働協約によって引き下げることが可能(協約に開かれた強行法規)。労働契約は労働協約および事業所協定より有利な労働条件を設定することが可能(有利原則)。
○ 憲法・国際規範、制定法(デクレ、命令を含む。)、労働協約(労働協定を含む。)、労働契約、企業内慣行、使用者の一方的債務負担行為
※ 上記の順に法的序列を形成している。ただし、一定の場合に法定基準を労働協約によって引き下げることが可能(特例協定)。法律、労働協約、労働契約の関係については、規範相互の抵触が生じた場合には最も労働者に有利な規範が適用されるいわゆる有利性原則が妥当したが、近時その例外が認められつつある。
○ 制定法(規則、命令、行為準則を含む。)、コモン・ロー、雇用契約(労働協約、就業規則、雇用条件明細書、慣行)
※ 労働協約、就業規則、雇用条件明細書、慣行は雇用契約の内容となることによって、はじめて法的拘束力を持つ。
○ 制定法(連邦法・州法)、労働協約、コモン・ロー、労働契約
主要
根拠法
ア 基本法(憲法)上の規範として、職業の自由(12条1項)、協約自治の保障(9条3項)
イ 「労働契約法」として、民法典(特に「雇用契約」611-630条)、商法典(特に「商業使用人及び商業徒弟」59-65条、74-75h条、82a条、83条)、営業法(特に「労働者」105-110条)、継続賃金支払法、連邦年次休暇法、解雇制限法 等
※ 「労働(者)保護法」として、(安全衛生に関する)労働保護法(ArbSchG)、労働時間法、閉店法、母性保護法、年少者労働保護法等
※ 集団的労使関係法として、労働協約法、事業所組織法 等
ア 憲法規範として、1958年憲法、1946年憲法前文 等
イ 労働法典(Code du Travail。法律(Loi)のほか、デクレ(Décret)や命令(Règlerment)を含む。)
○ 1996年雇用権利法
○ 1999年雇用関係法
○ 1998年人権法
○ 1981年営業譲渡(雇用保護)規則
○ コモン・ロー
※ 「労働保護法」として、公正労働基準法、家族・医療休暇法、職業安全衛生法
※ 直接、労働条件規制を目的としたものではないが、一連の差別禁止法が重要な位置を占める。
 1964年公民権法第7編
 1990年障害を持つアメリカ人法
 1967年雇用における年齢差別禁止法
 1866年公民権法1981条 等
労働契約法の対象者 ア 統一的概念として理解されている「労働者」(Arbeitnehmer)への適用を基本としつつ、各法律ごとに必要に応じて対象の追加又は限定がなされている。
イ 「労働者」とは、私法上の契約に基づき、契約相手に雇用された状態で労働の義務を負う者と定義され、労務受領者への人的従属性(Persönliche Abhängigkeit)が必要(判例・通説)。
※一定の制定法で「労働者類似の者」を認め労働者以外の者も適用対象としている。
ア 「労働契約」(Contrat de Travail)に対して労働法典の諸規定を適用しており、「ある者が、他の者の従属下で、報酬を受けることにより自己の活動をその者に委ねることを約する合意」と定義され(学説)、従属関係の有無を主たる要素として判断。
イ 「労働者」(salarié)とは、労働契約の一方当事者と定義(判例・通説)。
○ 多くの場合、「被用者」(employee)を適用対象としており、「雇用契約の下に入った又はその下で働く(雇用が終了した場合には、働いていた)個人」と規定(1996年雇用権利法等)。雇用契約の存否・被用者性の有無は、(1)コントロール・テスト、(2)インテグレーション・テスト、(3)経済的現実テスト、(4)マルティプル・テスト、(5)義務の相互性テストにより判断(コモン・ロー)。
※ 一部の規定については、被用者よりも広い概念である「労働者」(worker)に適用対象を拡大。
○ コモン・ロー上の「被用者」(employee)は、(1)職務の管理権限の所在、(2)仕事の種類、(3)指揮監督の有無、(4)職務遂行に必要な技能水準、(5)道具・機材の負担、(6)関係の継続性、(7)対価支払方法、(8)事業統合性、(9)当事者意思、(10)専従性の要素を総合的に判断。
※ 公正労働基準法の適用は(i)個人適用(通商に従事する被用者又は通商のための商品の生産に従事する被用者)、及び(ii)企業適用(通商若しくは通商のための商品の生産に従事する「企業」の被用者)による。
※ 公正労働基準法等の「被用者」は、(1)事業統合性、(2)設備・機材の負担、(3)職務遂行の管理権限、(4)リスクの引受け、(5)職務遂行に要する技能、(6)関係の継続性の要素を総合的に判断。
規制の実効性確保の仕組み 1 裁判手続における紛争処理
※ 普通裁判所から独立した3審制((地区)労働裁判所、州労働裁判所、連邦労働裁判所)の労働裁判所が労働事件を専属的に管轄。裁判長となる1名の職業裁判官(連邦労働裁判所にあっては、加えて2名の職業裁判官)と労使の枠から各1名選出される名誉職裁判官による三者構成。
※ 第1審では和解手続が前置され、和解不調の場合には、争訟手続に移行。
2 監督機関
ア 連邦労働保護本局の労働保護法上の義務及び権限を代理する連邦災害金庫が、安全衛生に関する労働保護法(ArbSchG)及びこれに基づく法規命令が遵守されるよう監督し、使用者がその義務を履行するよう助言する。
イ 州法に基づき定められた監督官庁が、労働時間法、閉店法、母性保護法、年少者労働保護法等の法律及びそれに基づく法規命令が遵守されるよう監督を実施。
1 裁判手続における紛争処理
※ 労働契約の締結、履行、解消から生ずる個別労働契約紛争全般を労働審判所が管轄するが、その管轄外の集団的紛争等は通常裁判所(大審裁判所、小審裁判所)が管轄。
※ 労働審判所は、労使それぞれの集団から選出される同数の裁判官による二者構成。調停手続が前置される。
※ 労働審判所は、労働契約の(1)適用、(2)解釈、(3)正当性審査の役割を担っており、内容の補完が行われることはあるが、労働契約内容の形成又は修正をすることはない。
2 労働監督官制度
 労働法典及び法典化されていない労働法規の適用並びに労働協約の適用を監視する。
・ 労働監督官による監督指導と罰則適用
・ 労働監督官による援助(情報提供、仲介)
1 裁判手続における紛争処理
ア 裁判所(貴族院、控訴院及び高等法院又は郡裁判所)は、コモン・ロー上の雇用契約義務違反や労災に対する人身損害の訴えに対して、損害賠償、差止め、特定履行、宣言判決により救済。
イ 雇用審判所(雇用審判所・雇用上訴審判所)は、制定法により付与された管轄に基づき、当該制定法上の権利義務に関する訴えに対して、補償金の支払裁定、復職命令、再雇用命令等当該制定法の定める方法により救済。
※ 人身損害以外の、コモン・ロー上の雇用契約違反に対する25,000ポンド未満の損害賠償請求の訴えを管轄。
※ 雇用審判所は、法曹資格者たる審判長及び労使各側リストから任命された素人審判員の三者構成。
※ 雇用審判所への申立ての38%が行政機関たるACAS(助言斡旋仲裁局)の斡旋で解決(2003-2004年度)。不公正解雇その他の制定法上の申立てが雇用審判所になされると、申立書がACASにも回付され、ACASによる斡旋が試みられる。

2 監督行政機関
ア 雇用関係法上の権利の履行を監督し強制する権限を有する包括的な監督行政機関は存しない。
イ 労働安全衛生法及び労働時間規則については、安全衛生執行局の監督官が監督指導を実施。
ウ 全国最低賃金法については、内国税収入庁の係官が監督指導を実施。
1 裁判手続における紛争処理
 雇用契約違反に対する救済は、逸失利益の損害賠償が原則。ただし、根拠法によっては、裁判官の裁量により衡平法上の救済(差止め、特定履行)が与えられうる。
※ 特に、労働関係紛争に係る特別裁判所や特別の審理体制・手続きは設けられていない。
※ 差別禁止法(1866年公民権法1981条を除く。)に基づく救済は、
ア 雇用機会均等委員会への救済申立てが前置され、その解決が不調に終わった場合のみ民事訴訟の提起が可能。
イ 裁判所は、採用、昇進、復職、バック・ペイなどあらゆる方法を適宜組み合わせて柔軟な救済命令を発することができる。
ウ 年齢差別以外の差別事由について、意図的な差別が行われた場合には、損害賠償を命ずることができ、特に加害者側に積極的な悪意があった場合には、補償的損害賠償に加え、懲罰的損害賠償が認められる場合がある。
エ 年齢差別についてはバック・ペイに加えて付加賠償金の支払を命ずることができる。

※ ADRによる紛争処理
 (1)オープン・ドア・ポリシー、(2)ピア・レビュー、(3)オンブズマン、(4)ファクト・ファインディング、(5)調停、(6)仲裁、(7)ミーダブなど様々な類型のADRが存し、広く活用されている。

2 行政監督機関
ア 公正労働基準法及び家族・医療休暇法については、労働長官及びその下にある連邦労働省賃金・時間部が監督指導を実施。
イ 職業安全衛生法については、連邦労働省職業安全衛生局の地方支部に属する遵守監督官が監督指導を実施。
「労働契約法」の位置付け ア 公法上の義務を使用者(場合によっては労働者)に課し、行政監督と刑事罰をもって法目的の実現を図る「労働(者)保護法」に属する立法と労働関係における両当事者の権利義務を規定し司法機関を通じての権利実現の根拠となる「労働契約法」に属する立法とは区別して認識されている。
イ 「労働(者)保護法」に属する制定法として労働者の安全・健康保護に関する労働保護法(ArbSchG)、労働時間法、閉店法等が、あるが個別関係立法の大部分は「労働契約法」に属する。
○ 「労働契約法」と「労働保護法」は明確に区別されているとは言えず、むしろ混在した法体系となっている。 ア 「労働契約法」(雇用契約法)と「労働保護法」の区別は明確には議論されていない。
イ 公法的実効確保措置を伴う制定法(「労働保護法」)に属するものとしては、労働安全衛生法、労働時間規則、最低賃金法があり、コモン・ロー及びこれ以外の大多数の制定法はいわゆる「労働契約法」に属する。
○ 公法的実効確保措置を伴う制定法(「労働保護法」)に属するのは、公正労働基準法(最低賃金、時間外割増賃金、年少労働を規制)、職業安全衛生法、家族・医療休暇法、一連の差別禁止法(1866年公民権法1981条を除く。)であり、いわゆる「労働契約法」に属するのは、コモン・ロー、1866年公民権法1981条並びに秘密保持義務及び競業避止義務に係る州制定法である。

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