「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」中間取りまとめ(抄)
(労働関係の終了)


第4 労働関係の終了

1 解雇
(1) 解雇権濫用法理について
 労働基準法第18条の2として法制化された解雇権濫用法理については、予測可能性を高める観点から要件をより具体化すべきであるとの意見が出された。そこで、解雇は、労働者側に原因がある理由によるもの、企業の経営上の必要性によるもの又はユニオン・ショップ協定等の労働協約の定めによるものでなければならないことを明らかにすることについて、検討する必要がある。
 ここで、解雇権濫用法理は「合理的な理由があること」と「解雇に社会的相当性があること」の二段構えの要件であることを明確にした上で、それぞれの要素を抽出・整理すべきとの意見があった。
 その際、社会的相当性の判断に関して、解雇に際して労働組合や労使委員会への事前協議など一定の手続を踏んだ場合には解雇権濫用の判断の際に考慮されるという手続的な規定が必要との意見があった。また、解雇予告、解雇理由の明示など労働基準法に定められた手続についても、権利義務関係にどのような影響を与えるかという視点からの検討が必要であるとの意見があった。
 そこで、解雇に当たり、使用者が講ずべき措置を指針等により示す方向で検討することが適当である。
 使用者が講ずべき措置としては、例えば、労働者の軽微な非違行為の繰り返しを理由として解雇を行う場合には、事前に一定の警告が必要であるとすることが考えられる。
 一方、解雇に当たって労使委員会からの意見聴取を必要とすることも考えられる。しかし、これについては、当該労使委員会の委員に解雇される労働者の解雇の事実や非違行為等が示されることとなるため、解雇される労働者の個人情報の保護、名誉の保持等の観点から、労使委員会が当該事業場の全労働者の利益を公正に代表できるような仕組みを確保し、かつ、委員の守秘義務を法律によって担保する等の措置が併せて必要となる等の問題があり、引き続き検討することが適当である。
 なお、特に企業の経営上の必要性による解雇の判断基準については、下記2で検討する。

 このほか、裁判において解雇が無効とされた場合、使用者は労働者に解雇の時点以後の賃金を支払わなければならないことは当然であるが、これを周知することが適当である。

(2) 解雇の意思表示前における紛争の予防
 解雇の事前手続の問題に関連して、使用者がいったん解雇の意思表示をすると、労働者は職場から排除され紛争解決にも時間がかかることから、このような労働者は解雇すべきだと使用者が考えた場合に、事前に労働者に対してその意向を伝え意見を聴くなど、解雇の意思表示以前の段階で、紛争を予防する方策を検討できないかとの意見があった。
 例えば、解雇をするかどうかで紛争が起きた場合の仲裁の活用を推進することや、解雇をするかどうか、解雇対象者を誰にするか等の紛争を労働審判に持ち込めるようにすることで審判に紛争の予防的機能を持たせることが考えられるのではないかとの意見があったが、これについては、仲裁制度、労働審判制度の活用状況等を踏まえて慎重に検討する必要がある。

(3) 出訴期間の制限
 我が国においては、労働者が解雇の効力を争う場合に出訴期間の定めがないことから、法律関係の早期安定の観点から、これについても検討する必要があるとの意見があった。
 労働者が解雇の効力を争う場合の出訴期間を制限することについては、労働者が裁判所に訴えることに慣れていない現状があることから、労働者が訴えを提起するまでの間に出訴期間が徒過してしまい、労働者の裁判を受ける権利を侵害することになりかねないという問題がある。
 しかし、一方で、個別労働紛争解決制度や労働審判制度など労働者にとって身近と考えられる紛争解決方法も増加してきており、労働者がこれらの制度を利用することが考えられる。現在、これらの紛争解決制度においてはそれが不調となり後日訴訟を提起した場合の、賃金請求権等の時効の中断について法的に手当がなされている。そこで、仮に労働者が解雇の効力を争う場合の出訴期間を定めた場合には、解雇の出訴期間についても同様の措置を講じることにより、労働者の裁判を受ける権利を保護することができると考えられる。
 もっとも、これは個別労働紛争解決制度や労働審判制度が十分に活用しやすいものとなっていることが議論の前提となることから、出訴期間の制限については、これらの制度の普及状況を見つつ引き続き検討することが適当である。

(4) 労働基準法第18条の2の位置付け
 労働基準法第18条の2の規定は、法違反の問題を生ぜず、罰則や労働基準法第104条の申告の対象となる性質のものではなく、解雇の民事的効力について定めているものであるので、第18条の2の民事的効力を定める規定としての今後の発展を視野に入れた場合、これを労働基準法から労働契約法制の体系に移す方向で検討することが適当である。

(5) 有期労働契約の契約期間中の解雇
 有期契約労働者の契約期間中における解雇については、下記第5の3(3)で検討する。

 整理解雇
 使用者の経営上の必要性による解雇すなわち整理解雇の合理性の判断基準について、いわゆる「整理解雇四要件」((1)人員削減の必要性、(2)人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性―解雇回避措置の余地のないこと、(3)解雇対象の選定の妥当性―選定基準が客観的・合理的であること、(4)解雇手続の妥当性―労使協議等を実施していること)がある。これをどのように考えるかについて、裁判例の動向は、かつてはこれらの四要件の一つでも欠ければ解雇は無効となるとの立場(四要件説)をとっていたと解される(東洋酸素事件東京高裁判決(昭和54年10月29日)など)が、最近ではこれを解雇権濫用を判断する四つの重要な要素であるとする立場(四要素説)に収斂してきている(労働大学(本訴)事件東京地裁判決(平成14年12月17日)など)との意見があった。
 これについて、裁判所は事件ごとに、四要件説をとったり四要素説をとったりして柔軟な対応を図っているが、仮にこれを法律で明らかにする場合には、どの程度規定を明確にすることができ、また規定をどの程度厳格、あるいは柔軟にすべきであるのかを検討する必要があるとの意見が出された。
 ここで、四要件説を採ったとしても各要件の認定を柔軟に行えば解雇は認められやすいこととなり、また、四要素説を採ったとしても各要素の認定を厳格に行えば解雇は認められにくいこととなるから、必ずしも両説の対立が大きいとはいえないと考えられる。
 いずれにしても、整理解雇について労働基準法第18条の2にいう解雇権の濫用の有無を判断するに当たっては、予測可能性の向上を図るため、考慮事項を明らかにする必要があり、具体的には、人員削減の必要性、解雇回避措置、解雇対象者の選定方法、解雇に至る手続等を考慮しなければならないことを明らかにすることについて議論を深める必要がある。あわせて、これをどのような方法で明らかにするかについても検討する必要がある。
 また、整理解雇に当たり使用者が講ずべき措置として次の事項を指針等で示すことについて検討することも考えられる。
 (1) 整理解雇に当たっては、これが経営上の必要性に基づき、不当な目的があってはならないこと。
 (2) 配置転換、労働時間の削減、一時休業等の手段を尽くし、又は、このような手段によって対処することができないため、整理解雇によるべき合理的な理由があること。なお、いわゆる非正規労働者の解雇をしていないことをもって、正規労働者について直ちに整理解雇の必要性がないものとは解されない。
 (3) (2)による解雇回避措置が困難である場合に、退職金の加算、再就職の支援などの適切な負担軽減措置を講じ、又は、負担軽減措置を講じることができない合理的な理由があること。
 (4) 客観的に合理的な整理解雇対象者の選定基準を定め、実際の選定も当該選定基準に照らして合理的に行うこと。
 (5) 労働組合がある場合には当該労働組合との協議、労使委員会がある場合には当該労使委員会における協議を尽くし、これらのいずれもない場合には労働者全員に対する説明を尽くすこと。かつ、整理解雇対象者に対しても経営上の必要性、整理解雇によるべき理由、負担軽減措置の有無及び内容、対象者の選定基準と当該対象者の選定の理由等について説明を尽くすこと。

 解雇の金銭解決制度
 現在の解雇権濫用法理の下では裁判上解雇は有効か無効かの解決しかないところ、金銭解決制度は柔軟な救済手段を認めようとするものであり、解雇の実態に即した柔軟な解決と紛争の迅速処理に資するのではないかとの意見があった。また、諸外国においても、金銭解決を原則とし復職も認める例、復職を原則としつつ金銭解決も認める例等、金銭解決を含めて多様な救済制度が設けられているとの指摘があった。
 一方、労働者の原職復帰が困難な理由の一つには、紛争解決までに時間がかかることがあるため、紛争の早期解決を図ることは重要であるが、これと併せて金銭解決を認めることについては、相当慎重に考えるべきであるとの意見があった。
 また、金銭解決制度については、紛争解決手続と解雇規制の双方を整合的に検討する必要があり、ドイツの例ではあるが、金銭解決制度が存在することが早期の金銭的な和解に影響することはあり得るとの意見があった一方、金銭解決の規定があるから和解が行われることが論理必然的とは必ずしもいえないとの意見があった。
 さらに、労働審判制度においては、これが非訟事件手続として位置付けられていることから、解雇が無効と判断される場合にも、審判手続における当事者の意思に反しない場合には事案の実情に即して金銭解決を示し得るとの見解があり、今後の運用が注目されるとの意見があった。

 本研究会においては、解雇紛争の救済手段の選択肢を広げる観点から、仮に解雇の金銭解決制度を導入する場合に、実効性があり、かつ、濫用が行われないような制度設計が可能であるかどうかについて法理論上の検討を行うものである。
 仮に解雇の金銭解決制度を導入する場合には、裁判手続上、解雇の有効・無効の判断と金銭解決の申立てとを二段階とすると、迅速な解決という本来の趣旨からは問題があるとの意見があった。
 紛争の迅速な解決の観点からは、解雇の有効・無効の判断と金銭解決の判断とを同一裁判所においてなすことについて検討すべきである。

(1) 労働者からの金銭解決の申立て
 解雇無効を争う訴訟においての労働者からの金銭解決(雇用関係の解消と引換えの金銭給付による解決)の申立てについて、現状では、解雇について労働者が原職復帰を求めずに損害賠償請求をする場合、労働関係を継続する意思がないことから損害も認められないとして賃金相当額が損害賠償として認められないという下級審判決があることから、労働者側に解雇の金銭解決のニーズがあるとの意見があった。
 労働者からの解雇の金銭解決の申立てを導入する場合には、解雇無効の主張と金銭解決による雇用関係の解消との関係に係る理論的問題や、特に中小零細企業の問題として金銭額の水準を一律に定めることの弊害の問題について、整理する必要がある。

 一回的解決に係る理論的考え方
 解雇無効を争う訴訟(従業員としての地位の確認訴訟など)においては、原告である労働者は、例えば従業員としての地位の確認を求めることとなるが、一方で、同一の法廷において従業員としての地位の解消を主張するのは一見矛盾するように思われる。
 これについては、労働者は、例えば、従業員たる地位の確認を求める訴えと、その訴えを認容する判決が確定した場合において、当該確定の時点以後になす本人の辞職の申出を引換えとする解決金の給付を求める訴えとを併合したものと整理することも考えられるので、紛争の一回的解決に向け、同一裁判所での解決の手法について検討を深めるべきである。

 解決金の額の基準
 解雇が無効である場合の解決金の額については、ヒアリングの際に、解雇の態様、労働者の対応、使用者の責任の程度などのほか、各企業における支払能力にも左右されるので、企業横断的に一律には決められないとの意見が、使用者団体や中小企業の人事労務担当者から出された。
 これについては、現在でも、各個別企業においては、事前に労使間で集団的に希望退職制度を取り決め、退職金の割増率等を定める事例が多くあること等にかんがみ、解雇の金銭解決の申立てを、各個別企業において労使間で集団的に解決金の額の基準について合意があらかじめなされていた場合に限って認めることとし、その基準をもって解決金の額を決定するなどの工夫をすることも可能であると思われる。

(2) 使用者からの金銭解決の申立て
 使用者からの金銭解決の申立てについては、解雇は無効であっても現実には労働者が原職に復帰できる状況にはないケースもかなりあることから、使用者側の申出にも一定の意味があるとの意見があった。
 他方で、労働者は自分の仕事自体をライフワークとしてこれにこだわりを持っている場合もあり、使用者側からの請求を認めることは慎重に考える必要があるとの意見もあった。また、ヒアリングにおいても、使用者団体や企業の人事労務担当者、使用者側弁護士からはこれを認めるべきであるとの意見があった一方、労働組合や労働者側弁護士からは、制度の導入について強い反対が示された。
 使用者からの解雇の金銭解決の申立てについては、指摘が予想される問題一つ一つについてどのような解消方法が可能か、検討する必要がある。

 「違法な解雇が金銭で有効となる」、「解雇を誘発する」等の批判について
 解雇の金銭解決制度に関しては、使用者から解雇に際して金銭の支払がされた場合にこれを解雇権濫用の判断要素とするかどうかという論点もあるが、金銭を支払えば解雇が有効になるという考え方は妥当ではないとの意見があった。
 使用者からの金銭解決の申立てについては、例えば、労働者からの申立ての場合と同様、解雇が無効であると認定できる場合に、労働者の従業員たる地位が存続していることを前提として、解決金を支払うことによりその後の労働契約関係を解消することができる仕組みとして、違法な解雇が金銭により有効となるものではないこととすることが適当である。
 また、いかなる解雇についてもこの申立てを可能とするものではなく、思想信条、性、社会的地位等による差別等の公序良俗に反する解雇の場合を除外することはもとより、使用者の故意又は過失によらない事情であって労働者の職場復帰が困難と認められる特別な事情がある場合に限ることも考えられる。
 これらの工夫により、安易な解雇を誘発するおそれはなくなるものと考えられる。

 使用者による解雇の金銭解決制度の濫用の懸念について
 アの措置を適切に講じれば多くの懸念は払拭できると思われるが、さらに、そもそも使用者の申立ての前提として、個別企業における事前の集団的な労使合意がなされていることを要件とすることが考えられる。
 これにより、労使対等の立場であらかじめ合意した内容に沿った申立てのみが可能となるため、多くの懸念が払拭できるものと考えられる。

 解決金の額の基準
 解決金の額の基準については、労働者からの申立ての場合と同様に、企業横断的な一律の基準を適用した場合には中小零細企業を中心として実施が困難となる問題がある。この解決方法についても、仮に検討を加えるのであれば、労働者からの申立ての場合と同様に、個別企業において労使間で集団的に解決金の額の基準の合意があらかじめなされていた場合にのみ申立てができることとし、その基準によって解決金の額を決定する方向で検討することが適当である。
 しかし、使用者からの金銭解決の申立ての場合に定められている金銭の額の基準が、労働者からの金銭解決の申立ての場合に定められている金銭の額の基準よりも低い場合に、使用者からの金銭解決の申立てによって労働契約関係を解消することは均衡を欠くものと考えられるため、このような場合には使用者からの金銭解決の申立てができないこととすることが適当である。
 また、解決金の額が不当に低いものとなることを避けるため、使用者から申し立てる金銭解決の場合に、その最低基準を設けることも考えられる。

(3) 双方の申立ての関係
 金銭解決の申立てを認めるかどうかについては労使間の自主的な交渉により定められるべきものであることから、ある企業において、労働者からの金銭解決の申立てを認めつつ使用者からの金銭解決の申立てを認めないとすることについては、労使間の自主的な交渉の結果として問題はないと考えられる。
 しかし、労働者からの金銭解決の申立てを認めないにもかかわらず使用者からの金銭解決の申立てを認めることは、著しく労使間の均衡を欠くものと考えられるため、許されないこととすべきである。

4 合意解約、辞職
(1) 使用者の働きかけに応じてなされた労働者の退職の申出等
 労働者からの退職の申出については、使用者の働きかけによって労働者が退職届を提出したものの、その後冷静に考えたときに後悔し、その効力を裁判で争うという事例が少なからずあることから、労働関係における意思表示の帰結の重大性にかんがみ、使用者の働きかけに応じてなした労働者の退職の意思表示を一定期間は無条件に撤回できるようにすることは有意義であるとの意見があった。
 労働者が合意解約の申込みや辞職(労働契約の解除)の意思表示を行った場合であっても、それが使用者の働きかけに応じたものであるときは、民法第540条の規定等にかかわらず、一定期間はその効力を生じないこととし、その間は労働者が撤回をすることができるようにする方向で検討することが適当であり、その期間の長さについては特定商取引に関する法律等に定めるクーリングオフの期間(おおむね8日間)を参考に、検討すべきである。

(2) 書面による退職の意思表示等
 退職の意思表示が一方的な解約の意思表示か、合意解約の申込みかの判断をする基準を明確にすることが必要であるとの意見があった。これに対して、退職の意思表示に関する争いを避けるために、退職の意思表示を書面で行うことを要件とすることを検討すべきであるとの意見があった。
 退職の意思表示の解釈については、労働者がこの意思表示をするに至った経緯や事業場の慣行等により異なると考えられ、一律の判断基準を示すことは困難であって、個別具体的な事案に応じて判断する以外にないと考えられる。また、退職の意思表示を書面で行うことを必要とすることは、これを行わなかった労働者が退職できず、その間に懲戒等の処分がなされるなど不利になることも考えられるため、慎重に検討すべきである。

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