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定期健康診断と労働条件の法的関係
労働安全衛生法に定める定期健康診断は、今日では結核予防という公衆衛生上のものとは次元が異なるものとなっており、憲法上の労働者保護基準としての最低労働条件の一項目となっている。すなわち、胸部エックス線検査は、立法当初はその主目的が結核予防であったとしても、その法的根拠は現在ではそれと異なる労働者保護基準としての最低労働条件の一項目となっている。(第2回検討会資料4の全衛連報告書に添付した安西弁護士意見参照)
したがって、冒頭に「I 胸部エックス線検査のあり方の検討における前提条件について」で述べた事由に加えて、この労働法の解釈からも、結核予防法が改正されたからといって直ちに定期健康診断の胸部エックス線検査の見直しを行う必然性はないと考えられる。 |
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健康の保持増進のための健診コストの医療費抑制効果については、胸部エックス線検査を省略して事業者の費用負担を軽減する旨の考え方が行政側から示されているが、予防医学分野に一定の経費投入をして医療費抑制効果をあげていこうということが国を含めた国民的合意となっている。
むしろ、事業者に義務付けている定期健診における胸部エックス線検査を廃止ないし縮小して、今国会に提出中の労働安全衛生改正法案が成立した場合に医師による個別の面接指導に要する財源確保を図ろうとしているのではないか。(平成17年2月22日中災防主催都道府県労働基準協会等連絡会議、同年5月23日日本労働安全衛生コンサルタント会総会において、安全衛生部長がこのような趣旨の発言をしたと聞いている。) |
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わが国の将来労働人口の推計から大幅な雇用者減少が見込まれ(2025年には現在の約15%780万人減、2050年には現在の約36%1,850万人減)、労働力不足の大半を開発途上国からの労働力移入に頼ることになると、外国人労働者数は現在の数十万人(1%程度)のオーダーから数百万人以上(10%以上)のオーダーとなることが予測される。
雇入時の健康診断(安衛則第43条)により感染症等の疾患の予防を測ることはもちろん必要であるが、この水際健診に随伴する受診率の問題のほか、例えば肺結核の潜伏期間(2カ月〜1年)を考慮すると定期健康診断(安衛則第44条)の胸部エックス線検査の存続がますます重要になってくる。 |
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結核予防法の改正に伴って労働安全衛生法に基づく定期健康診断項目の胸部エックス線検査を廃止することには、健診業界のみならず、日本医師会も反対している。また、日本呼吸器学会、日本肺癌学会、日本産業衛生学会も重大な関心を払っていると聞いている。
また、これまで永年にわたって積み上げてきた労働衛生行政施策(例えば、労働省労働衛生課編「一般健康診断ハンドブック」(前出)に基づいて胸部エックス線検査の指導が行われている)のほか、大学、学会、民間企業において蓄積してきた産業保健活動の継続性という観点からも検討することが必要ではないか。 |
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第2回検討会でも申し述べたように、性急な規則改正が行われると健診業界にとって大きな経済的な打撃となり、診療放射線技師等の雇用管理上の問題が生じるおそれもある。
それのみならず、これまで資本投入と技術レベルの向上によって培ってきた、極めて優れたものであり、巡回健診に見られるようにきめ細かく実施できる健診システムが崩壊してしまうことを恐れる。
代替措置なしに定期健康診断の胸部エックス線検査を廃止すれば、特に中小企業における受診率は低下し、職域における健康管理水準の低下は火を見るよりも明らかである。また、いったん崩壊したシステムの再構築は不可能となる。
この影響は決して中小企業にとどまらず、日本の産業構造からみて、間接的には大企業にも及ぶことを銘記すべきと考える。 |