資料4 |
胸部エックス線検査対策検討委員会報告書(平成17年4月 社団法人 全国労働衛生団体連合会)で示された胸部エックス線検査有効性の論拠について
帝京大学医学部衛生学公衆衛生学
教授 矢野 栄二
教授 矢野 栄二
1. | はじめに |
2. | 有効性と有用性 |
さて、いかに有効な検査も、検査に伴う侵襲が大きかったり、検査・診断の結果が治療に繋がらなかった場合、有用ではない。かつて、染料工場で膀胱がんの一次健診で全員に膀胱鏡を施行したことがあったが、以後誰も健診を受診しなくなったという。すなわち、膀胱がん一次健診で用いる検査として、膀胱鏡検査は有効であっても有用でない。
このように検査の有効efficacyと有用effectivenessは異なり、科学的な議論においては、両者は区別して用いられなければならない。また言葉の選択はそれぞれの考え方があって別の表現がありえるにしても、少なくとも概念上の区別は必要である。
3. | 全衛連報告書における有効性及び有用性について |
まず全体として本報告書の中に、有効性すなわち胸部エックス線検査の感度、特異度を調べたものはない。資料4(「胸部エックス線有所見者の健診後の追跡調査による確定診断病名別件数」)、資料7(「事業所健診における胸部X線検査要精密検査者の追跡結果について」)の(1)、(2)、(3)に、いわゆるスクリーニング検査陽性者の追跡結果はあるが、いわゆるスクリーニング検査陰性者の追跡は行われておらず、検査による見落とし(図1のc部分)がわからないため、感度を求めることができない。従ってこれらは有効性の論拠として用いることはできない。ここで特に注意すべきことは、検査の有所見率は対象集団の有病率の影響を受け、有病率の高い集団で検査を行えば有所見率は高くなる。従って有所見率は検査の有効性の指標とはならないことである。有病率の高い集団で検査が行えるかどうかは、検査の有用性の問題である。有用性の観点からは、有所見率が低いときは自ずとそういう検査をすることの有用性を低くするが、たとえ非常に有所見率が高くても、それが治療できない疾患であったり、治療の必要のない状態であれば、一般健診の検査としては有用とならない。このように、有所見率はそれだけでは有用性の根拠ともならない。
<有用性>
それでは学術的な定義の有効性ではなく、日常会話用法の「有効」、すなわち有用性はどうか。全衛連報告書の第I項に示された資料等に示された有効性(有用性)の根拠としているものについて検討した。
a. | 資料1. (弁護士意見:胸部エックス線検査の廃止に関する法手続き上の問題点について) |
ここでは「胸部エックス線検査・・・の廃止は労働基準の不利益変更・・」という裏返しの表現ながら、労働者の基本的な権利として、利益があると主張しているように読み取れる。労働者の利益の基礎には医学的有用性があるはずであるが、それは法律家の判断にゆだねる前に、医学的に検討すべきと考える。またさらに労働者の利益となる検査を実施すべきと主張するなら、医学的により利益が明らかな検査を要求するべきでないか。
b. | 資料7(1)(事業所健診における胸部X線検査要精密検査者の追跡結果について) 資料7(2)(職域健診における胸部X線検査の現状とその意義について) 資料7(3)(職域健診における胸部X線検査の現状とその意義に関して) |
これらの資料は有所見率と発見疾患の多彩さを示しているが、有所見率が有用性の根拠とならないことはすでに述べた。なお細かく見ると、資料7(1)では疾病の発見率は低く、検査が有効・有用とする記述はなく、今後の評価の必要性を説いている。資料7(2)では、受診者70,388例中、要医療は56例、要観察は77例であり、資料7(3)では受診者47,640例中、陳旧性病変など医療の対象にならないものも含め182例で、いずれも決して多くない。
c. | Iの3(3ページ)日本呼吸器学会と日本肺癌学会の見解 資料8 米国専門委員会の評価 |
全衛連報告書で示された範囲では、日本呼吸器学会と日本肺癌学会の見解は「廃止反対」という意見だけであり、有効または有用であるとの主張ではなく、これにより有効有用の根拠が示されたわけではない。資料8の米国専門委員会の評価については英文原文が示されているので、その冒頭部分を見ると、肺癌のスクリーニング検査を実施すべきとする証拠は不十分ということである(I recommendation)。
4. | 健診対象疾患について |
5. | まとめ |
現実の職場は、過重労働や雇用形態の多様化の中で疾患を持つ労働者の数が増えるとともに、急速な技術革新により多種多様な健康問題が生じている。これに対し産業保健専門職が職場に入り込み、丁寧に個々の職場や労働者の問題を把握していくことが求められている。また、医学の進歩や疾病・医療状況の変化の中で、最適な医療内容も刻々と変化してきている。従って、時代と職場の現状に合わせ、個々の検査の可否を判断し、最も適切な予防活動を行っていくという高度な判断が必要である。いまや胸部エックス線検査に関しても全員一律ということではなく、高い専門性を持った医師が必要性を判断し、実施していくべき時代に来ているのではないだろうか。
図 検査の評価の指標
病気 | 計 | |||
有り | 無し | |||
検査 | 陽性 | a | b | a+b |
陰性 | c | d | c+d | |
計 | a+c | b+d | a+b+c+d |
感度 | = | a | /(a+c) | : | 病気が有る者を検査で陽性とする割合 |
特異度 | = | d | /(b+d) | : | 病気が無い者を検査で陰性とする割合 |
陽性適中度 | = | a | /(a+b) | : | 検査陽性者中の病気有りの割合 |
陰性適中度 | = | d | /(c+d) | : | 検査陰性者中の病気無しの割合 |
有所見率 | = | a+b | /(a+b+c+d) | : | 受診者全員中の検査陽性者の割合 |
有病率 | = | a+c | /(a+b+c+d) | : | 受診者全員中の病気がある者の割合 |