第21回研究会(5/19)における指摘事項

〈採用内定期間における解雇予告〉
 解雇予告の制度は、その期間中における賃金を保障し、突然の解雇による失職という脅威から労働者を保護するところに意義がある。
 採用内定期間は労働関係が展開しない期間であり、その期間における解雇の予告について論じる意味はあるのだろうか。採用内定取消の場合においては、年度を超えて試用期間が始まってから解雇をするなどということはもってのほかであって、予告期間をおくことよりもむしろ、できる限り早く労働者に伝えることが重要ではないか。(西村先生)
 中間取りまとめにおいては、採用内定取消を留保解約権行使であると性格づけ、通常の解雇とは別のものとして整理している。すると、採用内定取消は労働基準法上の解雇とは別だから、労働基準法第20条の適用がないという議論もできる。(土田先生)
 書面で通知された留保解約事由以外の理由による採用内定取消は、通常の解雇と同様と整理している。このため、その場合にはより厳格な判断がなされるのだろう。しかし、採用内定取消について、一定の予告期間を置くことの意味はほとんどないのではないか。(西村先生)
 例えば、休職期間中の解雇など、働いていなくても労働基準法第20条の適用があることはあり得る。しかし、まだ全く就労も開始していないにもかかわらず労働基準法第20条を適用することはどうか。(菅野座長)
 採用内定期間は極めて特殊な期間なのだろう。休職期間中は労務の提供はないが、社会保険の被保険者資格の問題と関係することから、単純には比較できない。(西村先生)
 労働基準法第20条の趣旨の問題ではないか。つまり、労働基準法第20条の趣旨が、労働者が賃金を受け取りながら再就職活動をできるようにするとの趣旨だとすると、賃金が支払われる状態を前提にした規定であることになる。賃金が払われているか否かにかかわらず、労働者に再就職までの余裕を与えるという趣旨の規定だとすると、採用内定期間中であっても早めに予告をするべきとなることもあり得る。
 労働基準法第21条第4号は、採用内定に関する判例法理のできていない段階で立法された規定であることから、採用内定段階で労働契約が成立することを想定していないのではないか。中間とりまとめの整理とは逆に、労働基準法第21条第4号を見直すことも論理的にはありえなくはないが、その点は別としても、このように労働基準法第20条の趣旨をどう考えるかによって、結論が違ってくるのではないか。(山川先生)

〈労働契約の成立の判断要素〉
 これまでの裁判例においては、採用内定通知を、それによって契約が成立したと見るか、契約の申込みと見るかが違うだけではないか。その意味では、それほど不明確でもないと思う。(菅野座長)
 採用内定通知と誓約書の提出によって労働契約が成立したと考えるべきであって、その後の事実を契約成立の判断の考慮要素とすると、かえってわかりづらくなるのではないか。従来の実務がやっているように、会社が正式の内定の決定を出したことと、労働者が誓約書を出したことによって労働契約が成立したと見ておかしくもないのではないか。(西村先生)
 正式の採用内定がある場合においては、通常はそれによって労働契約が成立する。だからこそ、中間取りまとめにあった留保解約権の行使という話になってくる。もちろん、労働契約が成立したと判断される要素を整理することは、それはそれで有意義だが、基本的には採用内定通知によって労働契約が成立すると考えてよいのではないか。 さらに、それより前の採用内々定がどのような意味を持つのかということは別の論点ではないか。(土田先生)
 そこが必ずしも明確でないのではないか。企業が採用内定通知を出し、それに対して求職者が誓約書を出したとしても、二つの企業に誓約書を出している場合においては、これまでは他の就職を断って一社に決めたという事実を重視し、その相手方との間で労働契約が成立したものとしていた。仮に採用内定通知と誓約書により労働契約が成立すると考えた場合、それが複数ある場合にはどのように考えるのかという問題が残る。実態は多様であることから、採用内定が採用と呼んでよいものなのか、採用内々定なのか自体が議論の対象にはなり得るのではないか。(荒木先生)
 今のような場合は、複数の労働契約が成立していて、あとは解約の問題であると整理するのだろうか。(菅野座長)
 複数の企業との間において、そのようなやり取りを行っているうちはまだ採用内定には至っていないとする考え方もある。(荒木先生)
 労働者と労働者が選んだ企業との間で労働契約が成立した時期としては、採用内定に対して労働者が承諾した時期しかないのではないか。(菅野座長)
 すると、労働者が一社に絞ったことはあまり意味がないと評価されることとなる。(荒木先生)
 契約の原則に立ち返れば、申込みと承諾で意思表示が合致したときに契約が成立することが基本となるのではないか。
 採用内定と採用内々定の区別は、それ以後特に申込みと承諾と見られるようなプロセスが存在しないかどうかによるのではないか。承諾があった場合、その後の健康診断などについては取消事由の問題となるのではないか。
 企業が文書を出したとしても、それが採用内定のつもりで出した場合と、採用内々定のつもりで出した場合があり、その文書をどう解釈するかという問題がある。おそらく、採用内々定の場合はまだ何かのプロセスがあるつもりで出しているのではないか。しかし、その文書がどのような趣旨のものであるかは画一的には決まらないのではないか。(山川先生)
 採用内々定であっても、労働者に書面を交付したり、採用内定と同じ効力を有しているものと考えているならば、労働契約法において採用内々定が採用内定に当たることがあり得るため、そのような意味ではどの時点で労働契約が成立するか曖昧になることがあり得る。遅くとも採用内定通知のときまでには労働契約が成立するという意味ではそれほど不明確ではないのだろうか。(菅野座長)
 どの段階で労働契約が成立するかは事案により異なるため、こうなったら契約が成立すると条文で規定することは無理ではないか。(曽田先生)
 採用内定通知によって労働契約が成立すると一律には規定できない。(菅野先生)

〈労働基準法第15条と採用内定との関係〉
 労働基準法第15条における「労働契約の締結に際し」を厳格に解釈し、採用内定時と解釈するならば、必ず問題は出てくる。例えば、賃金について翌年の賃金はまだわからないことからその年の実績額を明示した場合、労働契約を締結する際に明示された労働条件に達しない場合には明示された条件の履行を請求できることとすると、問題があるのではないだろうか。(土田先生)

〈試用期間の上限〉
 試用期間に上限を設けるならば、試行雇用契約と、期間の定めのない労働契約だが試用期間が長い契約とを比べた場合において、後者が有利だと考える労働者に対して、その道を閉ざすことになるのではないか、という疑問についてはどのように考えるか。(菅野座長)
 試用期間の上限をかなり短く設定すると、それよりも長く労働者の適性を見る期間が必要と考える使用者は有期労働契約を用いることになる。 求職する側としては、試用期間を大過なく過ごせば本採用が保証されている契約と、新たに試行期間が終わった後に改めて採用されない限り雇用関係は終了する契約であれば、長い試用期間であっても期間の定めのない契約が有利だと考えるのが通常ではないか。(荒木先生)
 試用期間に上限を設けることは、強行規定的に考えることになるのだろうか。あとは例外を認めるかどうかではないか。(山川先生)
 試用期間の上限を設けるとしても、労働基準法第14条のように何か特別の理由がある場合は別とすることはあり得ないではない。(菅野座長)
 試用期間に上限規制を設ける必要性はどのぐらいあるかという費用対効果の問題がある。実態としては、6か月の試用期間を定めている企業が非常に多い中で非常に長い試用期間を定めた企業がわずかにあり、試用期間から本採用になる際には業務の内容は基本的に変わらない企業が多い。要するに、期間の定めのない契約を前提としてテストをしている。ただし、例外的に非常に長い間労働者を不安定な地位に置いているケースも確かにあるのかもしれない。 試用期間の上限を規制することで逆に試用期間の代わりに有期労働契約が利用されるデメリットがあること、さらに、労働契約法制として「著しく長期にわたる期間」を明確な基準として設定できるのかという疑問などを考えると、そもそも上限規制を契約法制に盛り込む必要性があるのか。(土田先生)
 資料6を見ると99%の企業が試用期間を6か月以下としていることから、原則は6か月が上限と決めた上で、特殊な場合に対応する余地を考えるという在り方もあるのではないか。(荒木先生)

〈採用内定取消及び試用期間中の解雇〉
 中途採用者の採用内定や試用期間についてどのように考えるかということは重要な論点ではないか。
 大日本印刷事件最高裁判決のように、採用内定期間を資料を収集して調査する期間だとする趣旨を重視すれば、そもそも中途採用者について採用内定期間を設定できるかという問題もあるのではないか。実際に企業では中途採用者に対して採用内定が行われているから、採用内定があることは認めるとしても、客観的に合理的な理由や社会通念上の相当性の判断は新規学卒者の場合よりも厳しくなってしかるべきではないか。
 雇用の流動化が進んでいることから、中途採用者の採用内定において、留保解約権の行使が認められる場合を広くして、雇用の流動化を阻害するような政策は、とらないほうがよいのではないか。
 採用内定期間における留保解約権の行使について、具体的な事例を整理することにより予測可能性を向上させることについては、指針で対処してよいのではないか。その際、労働者を類型化して中途採用者についても一定の指針を示すとすれば、これらの点に留意すべきではないか。(土田先生)
 中途採用者について試用期間が実質的に機能しているとすれば、この場合においても留保解約権の行使が認められる範囲は新規学卒者の場合と違ってくるのではないか。 試用期間中の解雇は、通常の解雇よりも認められる範囲が広いとよく言われているが、それがなぜかは整理されていない。現実的な必要性があることは明らかであり、法体系上どのように整理し、どのような性格を持たせるかは決めなければならない。(土田先生)
 留保解約権の範囲や条件が普通の解雇とどのように異なるかは、できるだけ明らかにする必要がある。また、それをどのような方法でやるのかという問題がある。(菅野座長)

〈労働契約法制における指針〉
 指針については、あったほうがよいということにはあまり異論はないのではないか。(山川先生)
 指針には行政機関が法を実施する場合の通達や行為規範として出てくるものや、解釈指針といろいろなものがあり得るのではないか。指針の性格を整理してはどうか。(山川先生)
 労働契約法制は民事法であることから、そこにおける指針の位置付けをどう考えるかという問題がある。 指針よりむしろ法律で規定すべきとの批判については、いずれの手法が適当かという選択の問題ではないか。 しかし、民事法制で行政的な指針を活用しすぎるのは問題であり、作るとすれば解釈指針のような形がよいのではないか。
 試用期間においては、通常の解雇よりも広い範囲における解雇が認められるとしても、どのような場合に解雇が認められるかの予測が困難であることに対して、一律の基準を定めることは困難だとしても、指針で一定の効果をあげることはできるのではないか。そういう意味で指針は非常に有用ではないか。(土田先生)
 法律上に根拠条文を作った上で指針を書いた場合、その指針は裁判所を拘束するのだろうか。行政が解釈指針を作ったとしても、どのような理屈によってその指針が裁判所を拘束するのだろうか。 労働者概念について、労働基準法研究会の報告書を尊重して判断している裁判例がある。例えば労働契約法制について当研究会が、専門家の見解として条文の妥当な解釈をまとめた報告書を出せば、それはもちろん裁判所を拘束しないが、裁判所が尊重することはあるのではないか。指針であっても裁判所を拘束しないのであれば、指針にこだわる必要もないのかもしれない。(荒木先生)
 指針が裁判所を拘束するためには、委任立法の形式をとらないと難しいのではないか。そうでないならば、原案を作った行政や審議会の意思を示すことにより、裁判所に対して、法律を適用する際に参考となるメッセージを送ることが考えられる。その際、形式はいろいろあり得るだろうが、原案を作った者の意思が現れ、なるべく目につきやすい形態が何かあり得ないか。指針という形は比較的正式なものというイメージがある。(山川先生)
 指針を当事者における事前の行為規範として紛争の防止に役立てることも考えると、周知されやすい形で作ったほうがよいのではないか。(土田先生)
 都道府県労働局長が個別労働紛争解決制度において助言・指導する際には、指針に従うこととするという方法は最低限あるのではないか。(山川先生)
 解釈指針自体がどういうものかといったことや、行政指導についてもどこまでが指導といえるのかといった議論はあり得るのではないか。(山川先生)
 労働契約承継法における指針のようなイメージになるのではないか。(土田先生)
 指針の性格を含めて、労働契約法の全体像、理念、性格などをもう一回議論する必要があるのではないか。(菅野座長)

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