中間とりまとめで示された方向性等に対する指摘と考え方について(労働関係の展開)


1(1)イ 就業規則の効力発生要件
中間取りまとめで示された方向性 考えられる指摘 各指摘に対する考え方
 就業規則に労働者を拘束する効力を認めるための要件としては、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するとの判例法理を、法律で明らかにすることが適当である。  就業規則の交付を拘束力の発生要件とすべきではないか。    労働者が就業規則の内容をいつでも知ることができることが重要であり、それが実現できるのであれば、使用者の負担を考慮して、交付ではなく周知を要件とすることが適当ではないか。
 行政官庁への届出を就業規則の拘束力が発生するための要件とする方向で検討することが適当である。    行政官庁への届出は、労働者に対して行われる行為ではないため、労使間の合意の推定には影響せず、その要件とならないのではないか。  行政官庁への届出によって、就業規則の内容に法律違反があれば変更命令が出されるため、その合理性が確保され、労働者の就業規則への信頼感も高まることから、届出を推定の要件とすることは適当である。
1(1)エ 就業規則で定める基準に達しない労働条件
中間取りまとめで示された方向性 考えられる指摘 各指摘に対する考え方
 就業規則の最低基準効を認めるための要件については、実質的な周知が必要であるとする方向で検討することが適当である。    「実質的な周知」とは、労働基準法に定める周知手続と同等のものが必要と考えるべきではないか。  労働者が就業規則の内容を実際に知り得ることが重要であり、「実質的な周知」は労働基準法に定める周知手続よりも広く認められる。
1(2)就業規則を変更することによる労働条件の変更 ア 判例法理の整理・明確化
中間取りまとめで示された方向性 考えられる指摘 各指摘に対する考え方
 就業規則による労働条件の変更が合理的なものであれば、それに同意しないことを理由として、労働者がその適用を拒否することはできないという就業規則の不利益変更に関する判例法理を法律で明らかにすることを検討する。  就業規則を使用者が一方的に不利益に変更すること自体に合理性が見出せないのではないか。    労働契約は継続的な関係であることから、事情の変更に応じてある程度労働条件が変更され得ることはお互いが前提としているものと考えられる。また、変更が合理的なものである場合は、継続的な関係を希望する双方にとってメリットがある。
 さらに、労働条件の変更の過程において労働者の集団的な意思が反映されるようにすることが適切である。
 このような観点に立って、就業規則変更法理を法律で明らかにする必要がある。
1(2)イ 就業規則の変更による労働条件の不利益変更
中間取りまとめで示された方向性 考えられる指摘 各指摘に対する考え方
 例えば、一部の労働者に対して大きな不利益のみを与える変更の場合を除き、労働者の意見を適正に集約した上で、過半数組合の合意または労使委員会の委員の5分の4以上の多数により変更を認める決議があった場合には、変更後の就業規則の合理性が推定されるとすることについて、更に議論を深める必要がある。  少数組合の意見が反映されなくなるため、過半数組合の合意は推定の要件とすべきでないのではないか。  就業規則の変更の効力が明確でないことは労使双方にとって望ましいものではないため、過半数組合の合意があれば合理性を「推定」するのではなく、合理的なものと「みなす」べきではないか。  就業規則の変更の合理性の推定は、過半数組合が全労働者の意見集約をすることが前提となっているので、少数組合の労働者にも意見表明の機会が与えられる。
 「みなす」ことは労使にとって不明確な状況を解消する効果があるとしても、就業規則の変更の内容の如何を問わずこれに拘束されることとなる労働者の不利益を考えれば、過半数組合の合意等がありさえすれば反証を認めないことは行き過ぎである。
 労使委員会については、労働者委員に対する使用者からの支配介入の余地があるため、変更の合理性を担保する組織としては問題があるのではないか。    労使委員会に関しては、法令で規定する委員の選出方法、意思決定方法等が遵守されている場合に限って推定が働くとすることで、対処できるのではないか。
 また、そもそも労使委員会は、労働組合のない事業場においても労使間の協議を促すメリットがあるので、労使委員会の要件を規定して一定の効果を与えることが適当である。
 労使委員会に一定の効果を与えるならば、労使委員会の委員の意見が十分に反映される必要があり、労使委員会の全会一致の決議が必要ではないか。    労働者委員の意見は一致していることが理想であるにしても、現実に多様な労働者がいる中で常に意見が一致することは現実的でない。全会一致を要件とすることで、労使委員会制度が利用しにくいものとなるおそれも強い。
 労働者委員の過半数でも合意できれば、労働者の多くの意見を民主的に集約したものといえる。
中間取りまとめ以降の論点 考えられる指摘 論点・各指摘に対する考え方
 過半数組合の合意や労使委員会の委員の5分の4以上の多数により変更を認める決議がある場合の合理性の推定について、合理性の推定が働かない場合及び推定が覆される場合について、それぞれどのように考えるか。  「合理性の推定」は労働者の不利に働く場合が多いことから、推定が働く場合を限定すべきではないか。
 例えば、「全部又は一部の労働者に著しい不利益のみを与える場合」には合理性の推定が働かないこととすべきではないか。
 経営環境に応じた迅速な対応ができるようにするためには、「合理性の推定」が働きやすくするべきではないか。
 例えば、過半数組合の合意や労使委員会の決議さえあれば、推定が働くこととすべきではないか。
 経営環境に応じた迅速な対応の必要性と、推定が労働者にとって不利に働くといった事情を考慮すると、合理性の推定が働く場合はある程度制限すべきである。
 過半数組合の合意や労使委員会の決議があることのほか、過半数組合や労働者委員が労働者の意見を適正に集約したことや、変更が一部の労働者に著しい不利益のみを与えるものでないことは、推定の要件とする。
 一方、過半数組合や労働者委員が変更の内容を承知していると考えられる場合であっても、その変更が労働者に過大な不利益を与えるときは、推定を覆すための反証を認めることが適当である。
2 雇用継続型契約変更制度
中間取りまとめで示された方向性 考えられる指摘 各指摘に対する考え方
 労働契約の変更に関して、労働者が雇用を維持した上で労働契約の変更の合理性を争うことを可能にするような制度(雇用継続型契約変更制度)を設けることを検討する。  雇用継続型契約変更制度は、労働者に提訴を強いるか、労働者が解雇を恐れて労働契約の変更を受け入れざるを得なくなるかであって、結局、使用者にのみ利益を与えるのではないか。
 また、労働者に不利益をもたらさないためには安易な変更は認めないこととし、やむを得ない場合でも就業規則の変更法理で対応すれば足りるのではないか。
 労働者が雇用を維持したまま労働契約の変更を争うことができるという今までにない大きなメリットがあるのではないか。  労働契約の個別化が進展する中で、労働条件が個別の合意によって決定されることが増えており、そのような場合には労働条件の変更が必要となっても就業規則の変更では対応できない。このような場合に、労働者が雇用を維持したまま、契約内容の変更を行おうとする使用者に対してその変更を争うことができる制度が必要である。
中間取りまとめ以降の論点 考えられる指摘 論点・各指摘に対する考え方
 労働者が雇用を維持したまま労働契約の変更を争うことができるようにすることは、労働者にとって、また、使用者にとって、どのような意味を持つか。
 これを踏まえ、案(1)(2)のそれぞれにおける労働契約の変更に必要な具体的な手続について、どのように考えるか。また、労働契約の変更が経営上の合理的な事情に基づき、かつ、変更の内容が合理的である場合とは、どのような場合か。
     雇用を維持したままで、労働契約の変更を争うことができるようにするための手続としては、労働者に変更の内容とその必要性の十分な情報提供、熟慮期間の付与、一定の協議期間の保障等が必要である。
 また、労働契約の変更の合理性については、一定の判断基準を示した上で、判例の集積を待って逐次整理・追加してその充実を図ることとする。
3 配置転換
中間取りまとめで示された方向性 考えられる指摘 各指摘に対する考え方
 配置転換に関する権利濫用法理については、法律で明らかにすることについて議論を深めることが適当である。
 また、配置転換の際に使用者が講ずべき措置について、指針等で定めることについて引き続き検討することが適当である。
 現在の配置転換に関する権利濫用法理を法律で明らかにする場合は、労働者にとって不利にならないよう厳格な規制とすべきではないか。
 特に転居を伴う配置転換については、配置転換の要件や配置転換の際に使用者が講ずべき措置を法律で定めるべきではないか。
 配置転換は使用者が経営上の必要性を踏まえつつ行う人事管理上の事項であって、かつ、使用者の専権事項であるから、法律による規制はなじまないのではないか。  特に転居を伴う配置転換が労働者に大きな影響を与えることと、配置転換は使用者の経営上の必要性等に基づき様々な態様で柔軟に行う必要があることの両者を考慮すると、権利濫用法理を一般的に法律で規定しつつ、具体的な使用者の講ずべき措置は指針で対応することが、最も適切である。
中間取りまとめ以降の論点 考えられる指摘 論点・各指摘に対する考え方
 配置転換の目的と労働者に与える影響を踏まえ、配置転換に当たって、使用者はどのような措置を講ずべきか。      使用者は、転居を伴う配置転換を行おうとする場合には、本人の意向の聴取、家族の状況に関する配慮等をすべきこと等を指針で示すことが適当である。
4 出向
中間取りまとめで示された方向性 考えられる指摘 各指摘に対する考え方
 使用者が労働者に出向を命ずるためには、少なくとも、個別の合意、就業規則又は労働協約に基づくことが必要であることを法律で明らかにする方向で検討することが適当である。  出向は、労務提供の相手方が変更され、また、労働条件が低下する場合も多いことから、使用者の申入れが具体的なものであるとする必要があるとともに、労働者の個別の同意を得る必要があるのではないか。    出向は、雇用の維持や労働者のキャリアの形成・発展を目的として行われる場合もあり、出向中の労働条件に配慮がなされている場合も多く、一律に労働者の個別の同意が必要とすることは適当でない。
 むしろ出向の可能性の有無があらかじめ労働者に対して明らかになることがより重要である。
 例えば、出向労働者と出向元との間の別段の合意がない限り、出向期間中の賃金は、出向を命じる直前の賃金水準をもって、出向元及び出向先が連帯して当該出向労働者に支払う義務があるなどの任意規定等を置く方向で検討することが適当である。    出向の際に賃金が低下する場合もあることや、出向労働者は出向先で就労し出向元のために就労していないことから、出向元が出向直前の水準で賃金の支払に連帯責任を負うとするのは、負担が大きすぎるのではないか。
 そもそも出向の目的・実態は多様であり、出向期間中の権利義務関係について法律で規定を置くことは不適当ではないか。
 個別の合意や就業規則等の定めがない場合に限って効力を発揮するような規定にするならば、使用者の負担は大きくならない。
 また、このような規定は、使用者自身による出向期間中の労働条件の明確化を促す効果が期待できる。
 当該任意規定と異なる別段の定めについては、単に労働者と出向元との合意で足りることとするか、労使協議等何らかの手続を踏んだ上でのみ認めることとするかについては、引き続き検討が必要である。  出向労働者の保護を図るため、法律の規定と異なる合意を労使が行う場合には、労使協議等の集団的な手続を関与させるべきではないか。  法律の規定と異なる労使の合意は労使協議等の手続を踏んでいなければ認めないとすることは、出向中の権利義務関係を一律に法律で決めてしまうことに等しく、多様な態様で行われている出向の実態にそぐわないのではないか。  出向元・出向先と労働者との間の権利義務関係を明確にし、紛争を予防するためには、純然たる任意規定で足りる。
 出向労働者の保護は、任意規定と異なる個別の合意や就業規則等に対する一般的な権利濫用法理や就業規則法理によってある程度図られる。しかし、これでは不十分であるとの指摘がなされた場合には、その段階で検討することが適当である。
中間取りまとめ以降の論点 考えられる指摘 論点・各指摘に対する考え方
 出向期間中の出向労働者と出向元・出向先との間の権利義務関係についてどのような問題があるかを踏まえ、出向中の賃金に関する規定のほか、任意規定を置くべき事項があるか。  例えば、次のような事項について、規定を設けるべきではないか。
 出向先が出向労働者を懲戒解雇できるかどうか
 出向期間が出向元の退職金の算定に当たって勤続年数として通算されるかどうか
 出向先で退職する場合に出向元・出向先のどちらの退職金規定に従って退職金が支払われるのか
 出向の目的・実態は多様であり、出向期間中の権利義務関係について法律で規定を置くことは不適当ではないか。  懲戒制度や退職金制度は、その制度の導入の有無も含めて各企業において実態が様々であるので、出向の際の取扱いをさらに検討した上で、大部分の企業において行われている取扱いがあれば任意規定を定めることも考えられる。
5 転籍
中間取りまとめで示された方向性 考えられる指摘 各指摘に対する考え方
 使用者は、労働者を転籍させようとする際は、転籍先の名称、所在地、業務内容、財務内容等の情報及び賃金、労働時間その他の労働条件について書面を交付することにより労働者に説明をした上で労働者の同意を得なければならず、書面交付による説明がなかった場合や転籍後に説明内容と現実とが異なることが明らかとなった場合には転籍を遡及的に無効とする方向で検討することが適当である。    転籍先の財務内容まで転籍元に明示させることは、新たに労働契約を締結する際の労働条件明示義務との均衡を失し、転籍元に過重な負担を課しているのではないか。  転籍は、転籍元が一方的に転籍先を指定するものであって、労働条件の他律的な変更を余儀なくされるものであるから、労働基準法の労働条件明示の趣旨にかんがみると、転籍元は転籍に当たって労働条件等を十分に説明する必要がある。
 なお、会社分割の場合にも、労働契約承継法によって分割会社等が負担すべき債務の履行の見込みがあること等の明示が義務付けられていることも考慮の上で、転籍元が説明すべき事項を決定する必要がある。
7 懲戒
中間取りまとめで示された方向性 考えられる指摘 各指摘に対する考え方
 懲戒が権利濫用に当たる場合は無効となることを法律で明らかにする方向で検討することが適当である。  懲戒は労働者に対して大きな不利益を与えるから、懲戒が認められる場合を法律で限定すべきではないか。  企業秩序を維持するための懲戒制度の内容は企業の実態に合わせて柔軟かつ適正に運用されるべきものであり、権利濫用法理を明文化するまでもないのではないか。  恣意的な懲戒が行われないようにするために、一般的な権利濫用法理を法律で定める必要性は高い。
 また、懲戒に関する権利濫用法理のうち最も重要なものは、非違行為と懲戒の内容との均衡と考えられるため、その旨を法律で明らかにする必要がある。
 減給、停職(出勤停止)、懲戒解雇のような労働者に与える不利益が大きい懲戒処分について労働者の非違行為や適用する懲戒事由等を書面で労働者に通知することについて議論を深める必要がある。  減給、停職、懲戒解雇以外の懲戒処分についても、その後の昇進・昇給や賞与等に影響を与えることが多く、労働者の不利益が大きいから、同様に書面通知をしなければならないこととすべきではないか。    懲戒手続の厳格化という観点から広く書面通知が行われることが適当と考えられるものの、使用者の負担を考慮するならば、労働者に与える不利益が大きい懲戒処分に限って書面通知を求めることが適当である。
 懲戒は労働者に大きな不利益を与えるものであるから、労働者の弁明を聴取した後でなければ行えないこととすべきではないか。    懲戒の対象となる労働者は所在不明の場合もあり、また、弁明を聴取すると処分に時間がかかって、その間に労働者が退職してしまうことなどに対応できないという弊害がある。
 まずは書面通知で、懲戒の理由等に納得がいかない労働者が自ら使用者に対して不服申立をしたり紛争解決制度を利用したりするための材料を提供することが重要である。
中間取りまとめ以降の論点 考えられる指摘 論点・各指摘に対する考え方
 懲戒処分が労働者に与える影響を踏まえ、減給、停職(出勤停止)、懲戒解雇のような労働者に与える不利益が大きい懲戒処分について労働者の非違行為や適用する懲戒事由等を書面で労働者に通知することが必要とした場合に、使用者が当該通知を行わなかったときには、どのような効力を及ぼすこととすべきか。  使用者が書面通知を行わなかった場合の懲戒は無効とすべきではないか。  使用者が書面通知を行わなかった場合の懲戒を無効とすることは、非違行為を行った労働者を利するものであって不適当ではないか。  使用者が懲戒事由等の書面通知を行うことは、労働者が懲戒に納得できない場合に不服申立等をできるようにするためにも、また、使用者が慎重に懲戒事由等を検討するようになることからも、非常に重要であり、かつ、労働者の不利益に比較して使用者の負担はあまり大きくない。そこで、使用者が書面通知を行わなかった場合の減給、停職、懲戒解雇は無効とすることが適当である。
 懲戒解雇を理由とした退職金の減額・不支給は、労働者にどのような影響を与え、これについてどのように考えるか。  退職金の減額・不支給は、影響を受ける金額も大きく、長年勤続してきた労働者に対して著しい不利益を与えるため、「懲戒解雇の際の退職金の減額・不支給は、労働者のそれまでの勤続の功を抹消・減殺するほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られる」旨の規定を法律で設けるべきではないか。  そもそも退職金は、支給の有無やその内容も使用者に任されている任意的なものであるから、これが適正に運用されることが重要であるとしても、法律で規制するのは適当でない。  退職金の減額・不支給は、特に問題のある事例については就業規則の合理的な限定解釈で対応が可能であり、これに対応する規定を設けるとすると、現在特段の問題が生じていない昇給、賞与などの他の任意的な手当についても改めて同様の規定を設ける必要が生じることから、適当でない。
 退職金の減額・不支給は、それが労働者に与える影響と労働者の非違行為との均衡を考慮して決定すべきことを、使用者の講ずべき措置として、指針で規定すれば足りる。
8 昇進、昇格、降格
中間取りまとめで示された方向性 考えられる指摘 各指摘に対する考え方
 昇進、昇格、降格については、一般に、使用者の広範な裁量権が認められるとされているが、人事権の濫用は許されないことを明確にすることが適当である。
 さらに、職能資格の引下げとしての降格については、就業規則の規定等の明確な根拠が必要であるとする方向で検討することが適当である。
 使用者が労働者を公正に評価しなければならないことや、評価結果を労働者に通知すべきことを法律で定める必要がある。  昇進、昇格、降格制度の内容や運用については、各企業の実情に合わせて労使で自主的に決定すべき事項であり、法律で規制を設けることは不適当ではないか。  昇進、昇格、降格は前提となる人事制度が極めて多様であるので、細部にわたって一々規制することは困難かつ不適切である。したがって、制度内容の合理性や権利濫用法理によるルールにとどめるべきである。
 なお、職能資格の引下げについては、すでに裁判例において就業規則の規定等の明確な根拠が必要とされており、これについては法律でルールを明確化することが適当である。
9 労働契約に関する権利義務関係 (2)労働者の付随的義務 ア 兼業禁止義務
中間取りまとめ以降の論点 考えられる指摘 論点・各指摘に対する考え方
 兼業禁止規定はどのような目的のために設けられ、また、労働者にどのような影響を与えるか。
 これを踏まえ、労働者の兼業の禁止はやむを得ない場合を除き無効とすることの必要性や、その際、兼業の禁止がやむを得ない場合とはどのような場合であるかについて、どのように考えるか。
 複数の使用者と労働契約を締結することは本来労働者の自由であり、兼業を禁止することは労働者の職業選択の自由の侵害ともなるのではないか。  兼業を制限しないことで、一の企業における業務に専念する妨げとなったり、企業秩序に悪影響を及ぼす場合は制約する必要があり、企業の利益を著しく害する兼業を禁止する必要性は高く、その範囲を制限すべきではないのではないか。  使用者にとって事業運営上兼業の制限が必要といえる場合であっても、労働者には職業選択の自由があることを考慮するならば、兼業の禁止は、やむを得ない場合に限るべきではないか。
 ここで、兼業の禁止がやむを得ない場合としては、兼業が不正な競業に当たる場合、労働者の働きすぎによって人の生命又は健康を害するおそれがある場合のほか、兼業の態様が使用者の社会的信用を傷つける場合等も含まれることとすべきである。
 兼業を禁止することには一定の目的があるとしても、その目的を達成するために禁止されるべき兼業は峻別すべきであり、一律にすべての兼業を制限することには問題が多い。
 使用者の命令による複数事業場での労働の場合を除き、労働時間を通算しないこととした場合に、複数就業労働者の健康確保に対する配慮について、どのように考えるか。  労働時間の通算規定の適用を行わないこととすると、労働者の過重労働を招き、結果として社会的なコストが増大するのではないか。    労働時間を通算して個々の使用者の責任を問うのではなく、国、使用者の集団が労働者に対して配慮し、労働者自身の健康に対する意識も涵養していくことが、より妥当ではないか。
9(2)イ 競業避止義務
中間取りまとめ以降の論点 考えられる指摘 論点・各指摘に対する考え方
 労働者に退職後の競業避止義務を課すことによる労働者の不利益と、これを課さなかった場合の使用者の不利益とは、それぞれどのようなものか。
 これを踏まえ、労働者に退職後も競業避止義務を負わせる個別の合意等が有効となる要件について、どのように考えるか。
   労働者の競業は、使用者がそれまで投資して得た技術や顧客を奪うものとなりかねず、労働者が競業避止義務を負うことは、企業の投資意欲を保持し、競争力を維持するために不可欠である。
 在職中の労働者が競業避止義務を負うことはもとより、秘密保持義務等についても法律で規定すべきではないか。
 競業が使用者の利益を損なうかどうかはその使用者の業種や労働者の地位、職務内容等によって異なり、一律に労働者が競業避止義務を負うと規定することは適当でない。
 ここで、競業避止義務や秘密保持義務等は、労働者が使用者の正当な利益を不当に侵害しないように配慮し、誠実に行動すべきことから生じるものであり、一般的に労働者及び使用者双方が誠実に各々の義務を履行しなければならないことを、法律で明らかにすることが適当である。
 退職後の競業避止義務は、労働者の職業選択の自由を侵害する。
 また、雇用の流動化が進む中で転職を重ねる労働者も多いが、その際、同種の事業に転職し、経験を重ねて職業能力を向上させることが、労働者の行動としても合理的であり、社会全体の利益ともなるにもかかわらず、退職後の競業避止義務はこのような転職を制約するため、デメリットが大きいのではないか。
   契約に基づく退職後の競業避止義務を無制限に認めると、交渉力の弱い労働者が過度の義務を負わされることがあり得る。
 しかし、契約に基づく退職後の競業避止義務を一切認めないとすると、競業しない代償に使用者が金銭を支払うような契約もできず、労働者にとっても不利益となりかねない。
 そこで、契約による退職後の競業避止義務は認めつつ、一定の要件を課すことが適当である。
 ここで、競業避止義務を認めるためにはその必要性があることが大前提なので、「使用者の正当な利益を侵害すること」を契約の有効要件とすべきである。
 その判断の考慮要素としては、上記競業避止義務の必要性のほか、業種、職種、期間、地域、代償の有無及び程度がある。
 退職後の競業避止義務の内容が明確でないことは、労働者にどのような影響を与えるか。
 これを踏まえ、退職後の競業避止義務の対象となる業種、職種、期間、地域を退職時に書面により明示することが必要とした場合に、使用者が当該明示を行わなかったときには、どのような効力を及ぼすこととすべきか。
 労働者が、自らがどのような競業避止義務を負っているかがわからなければ、必要以上に就労を抑制することになりかねないことから、退職後の競業避止義務の範囲を使用者が書面で明示しなかった場合には、退職後の競業避止義務は直ちに無効とすべきではないか。    退職後の競業避止義務の範囲を明確にすることは非常に重要であるが、競業避止義務の内容は、秘密保持義務の内容である個々の情報(秘密)とは異なり、より大きなまとまりである「事業」であるから、ある程度その範囲が明確といえ、退職時に明示がなくても労働者がその範囲を承知している場合もあるのではないか。
 このため、退職時の書面明示がない場合に、退職後の競業避止義務を直ちに無効とするのは行き過ぎである。
10 労働者の損害賠償責任(2)留学・研修費用の返還
中間取りまとめで示された方向性 考えられる指摘 各指摘に対する考え方
 一定期間以上の勤務を費用の返還を免除する条件とする場合には、民法第626条との均衡を考慮して当該期間は5年以内に限ることとし、5年を超える期間が定められた場合には5年とみなすこととする方向で検討することが適当である。  労働基準法において、契約期間の上限は原則3年とされていることから、留学・研修費用の返還を免除する条件とする勤務期間も3年までとすべきではないか。  返還免除の条件となる期間を制約することは、使用者が留学・研修制度を設ける意欲を阻害するのではないか。  留学・研修の成果は労働者本人の利益ともなり、使用者が留学・研修制度を設ける意欲を阻害することは適当でない。しかし、留学・研修後の勤続によって労働者の留学・研修の成果は使用者に一部還元されることや、返還免除の条件となる期間中は労働者が退職しにくく感じることも事実であり、あまりに長い期間を返還免除の条件とすることは、適当でないのではないか。
 もっとも、本来労働者が負担すべきであった費用を返還すれば退職できる期間と、労働基準法第14条の定める契約期間とは趣旨が異なり、また、実態においても返還を免除する条件とする期間を5年としている企業が多いことを踏まえて、その期間は5年以内に限ることが適当である。
中間取りまとめ以降の論点 考えられる指摘 論点・各指摘に対する考え方
 業務とは明確に区別された留学・研修費用に係る金銭消費貸借契約は労働基準法第16条の禁止する損害賠償額の予定には当たらないこととする場合、「業務とは明確に区別された」とは、どのようなものをいうか。    金銭消費貸借は違約金の予定とは異なるはずであり、労働基準法第16条違反に当たらない場合を、「業務とは明確に区別された」留学・研修費用に限る必要はないのではないか。  業務遂行に必要で本来的に使用者が負担すべき費用を使用者が負担しても金銭消費貸借が成立することはあり得ず、退職する労働者にその費用の返還を請求するとすることは、金銭消費貸借に名を借りた労働契約の不履行を理由とする違約金の予約であって、労働基準法第16条に違反する。
 そこで、「業務とは明確に区別された」との要件は必要であり、その判断に当たっては、留学・研修への参加が労働者の自発的な意思に基づくものであること、留学・研修期間中は基本的に業務上の指揮命令を受けないこと、留学・研修の内容が今後継続して勤務するに当たって不可欠なものでないこと等を基準とし、これを労働基準法第16条の解釈で示すことが考えられるのではないか。
 金銭消費貸借契約で留学・研修後の勤続年数に応じて返還すべき額を逓減させることについて、どのように考えるか。  留学・研修を終えた労働者は、勤続に応じてその成果を企業に還元しており、5年間は費用の全額を返還しなければならないとすることはおかしいのではないか。    留学・研修後の勤続年数に応じて返還額を逓減させることは、労働者の立場からは望ましい。
 しかし、実態として5年間継続勤務するまでは全額の返還を求めている場合が多いこと、そもそも業務とは明確に区別された留学・研修についての費用であって、成果は企業に一部還元されてはいるものの勤務に不可欠ではないこと、また、労働者自身が留学・研修の利益を受けていること等から、5年間が経過するまでは費用全額の返還を認めて差し支えなく、これによって労働者が大きな不利益を被るとは考えられない。

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