後天性免疫不全症候群に関する
特定感染症予防指針見直し検討会
報告書
平成17年6月13日
−後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針見直し検討会報告書目次−
はじめに
I. |
我が国におけるHIV・エイズの発生動向及び問題点 |
おわりに
注釈
後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針見直し検討会名簿
はじめに
我が国におけるエイズ対策の方向性は、「後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針(平成11年厚生省告示第217号、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号。以下「感染症法」という。)第11条第1項の規定に基づく。以下「指針」という。)」に示されており(※1)、厚生労働省は、本指針に基づき、HIV感染者・エイズ患者(以下それぞれ「感染者」、「患者」という。)の人権に配慮しつつ、HIV・エイズの予防及びまん延の防止対策に取り組むとともに、医療提供体制の確保を進めるなど、各種施策を総合的・体系的に講じてきたところである。
しかしながら、アジア地域においては感染者・患者とも急増してきているように、我が国においても、厚生労働省エイズ動向委員会のエイズ動向調査報告(以下「エイズ動向調査報告」という。)によれば、この5年間、感染者・患者の継続的な増加傾向が続いており、平成16年の1年間に新たに報告された感染者・患者は合計1,165件と、初めて1,000件を突破するなど、感染者の爆発的な増加に繋がりかねない、予断を許さない状況が続いている。
このため、指針に基づき講じてきた各種施策を網羅的に見直すとともに、改めて、HIV・エイズに係る(1)普及啓発及び教育(2)保健所等における検査・相談体制の充実を中心としつつ、併せて(3)医療提供体制の確保等の取組を充実・強化し、感染の拡大を抑制することが急務となっている。
本検討会は、こうした状況を踏まえ、指針に基づき講じてきた各種施策を専門的な観点から検討することを通して、今後予定されている指針の見直しに際し、参考とすべき基本的な考え方等を明らかにするため、平成17年2月に、健康局長の私的検討会として設置されたものである。
検討会においては、我が国におけるHIV・エイズの発生動向及び問題点を踏まえながら、主として、指針に基づき講じてきた各種施策をどのように見直すべきかという観点から、基本的に指針に掲げられている各種施策分野に沿い、関係団体からの意見聴取も行いつつ、今日まで7回にわたる議論を重ねてきた。
今般、これまでの議論・検討の結果を取りまとめたので、ここに報告する。
I. |
我が国におけるHIV・エイズの発生動向及び問題点 |
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我が国における新規感染者・新規患者の報告件数は、1985年に第1例のエイズ患者が確認されて以降増加を続け、2005年4月3日現在において、累積感染者・累積患者は合計10,000件を超えたところである。
エイズ動向調査報告によれば、近年の特徴としては、新規感染者の増加率(※2)が上昇を続けていること、治療法が進んだ今日でも、診断時には既にエイズを発症している患者がエイズ動向調査報告の全体の約30%を占めていること等が挙げられる。 |
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新規感染事例を分析すると、地域的に見た場合、従来は東京都をはじめとした関東地方を中心に増加傾向が見られたが、特に2000年以降は、地方の大都市においても増加傾向が見られ、感染の拡大が地方においても進んでいる。
新規感染者を年齢別に見た場合、この5年間に感染した者のうち、20歳代以下の者が全体の約35%、30歳代の者が約40%を占めており、比較的若い世代を中心に、感染の拡大が進んでいる。
また、感染経路別に見た場合、感染経路が不明なものを除き、性交渉による感染がほとんどを占めている。特に、男性同性間の性的接触が全体の約60%を占めていることに留意すべきである。
なお、近年、高校生の性交経験率が上昇しているという調査報告(※3)が一部にあること、この5年間の女性の性器クラミジア感染症罹患率が上昇しているという報告(※4)があること、10歳代から20歳代前半の年齢層における人工妊娠中絶率が上昇しているという報告(※5)があること等からは、我が国における性行動の早期化、活発化等の傾向を見て取ることが可能である。
こうした状況からは、特に、感染の危険性に曝されている国民への対策が、今後のHIV・エイズの感染の拡大を抑制する鍵を握っていると言える。若い世代を中心に、新規感染者の拡大に繋がりかねない状況が生じていることに、国民全体が目を向けるべき時を迎えている。 |
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こうした状況の中、我が国におけるエイズ対策は、近年の発生動向の特徴を十分に踏まえたものとなっていなかったり、感染者・患者の継続的な増加に、必ずしも対応しきれていない面があり、様々な課題が生じているところである。検討会においては、今後解決を図っていくべき問題点として、特に次のような指摘がなされた。
@) |
診断時には既にエイズを発症している事例が約30%を占めている |
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エイズ動向調査報告によれば、近年、HIVに感染しているにも関わらず、そのことに気付かないまま無症候期間(潜伏期間)(※6)を経過し、「エイズを発症した後、初めて自分が感染していたことに気付く」という事例がエイズ動向調査報告の全体の約30%を占めているところであり、早期発見、早期治療、発症予防の機会を逸している感染者が多くいることを意味している。
主な原因としては、(1)国民の間にHIV・エイズに対する他人事意識や差別・偏見があり、普及啓発が個々人の自発的なHIV抗体検査の受検等の予防行動に十分に繋がっていないこと、(2)検査・相談体制の在り方が、検査・相談を受けられる機関や場所及び日時等についての情報が十分に周知されていないことを含め、利用者の利便性を十分に満たしていないため、検査・相談を受ける機会を減少させていること、(3)利用者への対応が必ずしも十分ではなく、検査の結果、陽性であった者に対する医療機関への紹介が適切に行われていない場合があること等が挙げられる。 |
A) |
若い世代や同性愛者における感染の拡大への対応が十分ではない |
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新規感染者の中、若い世代に属する年齢層や同性愛者においての継続的な増加傾向が続いている主な原因としては、(1)従来の普及啓発が、「感染のリスクを避けられる行動への変容(以下「行動変容」という。)」に繋げることを意識した十分な内容とは言えないこと、(2)予防及びまん延の防止対策の実施において、衛生主管部局等と、教育委員会、企業、感染者・患者団体を含む非営利組織又は非政府組織(以下「NGO等」という。)との連携が十分に図られていないこと、(3)検査・相談の利便性等の問題(学生、勤労者等が利用可能な体制が十分に整えられていないこと等。)等が挙げられる。 |
B) |
一部の医療機関への感染者・患者の集中が生じている |
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この5年間、感染者・患者が増加し、感染の拡大が地方においても進んでいるにもかかわらず、地方ブロック拠点病院(※7)とエイズ治療拠点病院(※8)との間等に診療の質の格差等が存在するため、感染者・患者の増加に伴い、国立国際医療センターエイズ治療・研究開発センター(以下「ACC」という。)や地方ブロック拠点病院をはじめとする一部の医療機関への感染者・患者の集中が生じている。
主な原因としては、(1)医療提供体制の量的な確保を優先したため、感染者・患者と医療従事者等の間の信頼関係を構築できるような診療の質の確保が遅れたこと、(2)感染者・患者が医療機関を選ぶ上で必要な情報提供が十分でなかったこと、(3)各地方における、地方ブロック拠点病院とエイズ治療拠点病院間の連携、具体的には地方ブロック拠点病院等の支援によるエイズ治療拠点病院の診療の質の向上等が、制度の発足当初に想定したようには機能しなかったこと等が挙げられる。 |
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指針に掲げられている、各種施策分野における国と地方公共団体(都道府県及び市町村をいう。以下同じ。)との役割分担は、互いに期待されるものが必ずしも明確に示されておらず、そのために国と地方公共団体においては、互いの比較優位性を十分に踏まえることなく、各種施策を実施してきたきらいがある。
その一方で、指針に掲げられている各種施策の具体性が乏しいこと、国から自治体に必ずしも十分な情報が提供されていないこと等により、地方公共団体が主体的に各種施策を企画、実施することが困難となっているという意見もある。 |
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国と地方公共団体ともに、施策の実施状況等の評価が十分ではない。
主な原因としては、(1)施策に適切な目標設定がなされていないこと、(2)施策の企画立案段階から、計画・実行・評価(Plan・Do・Check・Action)の一連のサイクルを意識した取組が十分になされていないため、施策の実施状況等を評価するという姿勢に乏しいこと等が挙げられる。 |
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(1) |
発生動向及び疾患特性の変化を踏まえた施策の展開 |
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I.においてふれたとおり、我が国における発生動向は、感染者・患者の継続的な増加傾向に加え、感染の拡大が地方においても進んでいることを示しているところであるが、こうした感染の拡大は、性交渉によるものがほとんどを占めていることから、各種施策分野において「性感染症対策の一環」として対応することが重要となる。
また、我が国における性行動の変化等に伴い、感染のリスクは増加しつつある一方、「多剤併用療法」の進歩により、死亡率は著しく減少(※9)したことから、いわば、「不治の病」から「コントロール可能な病」へ、「特別な病」から、誰もが感染のリスクを有しうる「一般的な病」へと変化しつつある。「不治の特別な病」から「コントロール可能な一般的な病」、即ち慢性感染症へと変化しつつあると言える。
国及び地方公共団体においては、今後、このような発生動向及び疾患特性の変化を踏まえた施策の再構築を行い、展開していくことが求められる。 |
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国と地方公共団体が、互いの比較優位性を十分に踏まえた上で施策を実施していくために、互いの役割分担を可能な限り明確に整理することが必要である。
現在の我が国における発生動向と、HIV・エイズの疾患特性が「コントロール可能な病」、即ち慢性感染症へと変化しつつあるという事実を踏まえれば、基本的に、地方公共団体が中心となってエイズ対策の実施に当たることが求められる。
具体的には、都道府県等(都道府県、保健所設置市及び特別区をいう。以下同じ。)は、保健所等における検査・相談体制の充実及び医療提供体制の確保を中心に担い、普及啓発の実施に当たっては、市町村と相互に連携を図ることが求められる。一方、国においては、これらの役割に関し、地方公共団体が適切に対応できるよう、先導的立場の下に、必要な技術的支援を強化することが求められる。 |
(3) |
予防及びまん延の防止に係る施策の重点化・計画化 |
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HIV・エイズの継続的な増加傾向を抑制し、いずれは減少傾向へと繋げていくために、地方公共団体は、指針に掲げられている各種施策分野のうち、とりわけ、予防及びまん延防止の対策に係る施策を中心に、感染症予防計画(※10)等の策定又は見直しを行う際に、地域の実情に応じて具体的な目標等を記載し、重点的かつ計画的に取り組むことが望ましい。
予防及びまん延防止の対策に係る施策とは、具体的には、(1)普及啓発及び教育、(2)保健所等における検査・相談体制の充実が挙げられる。また、上記(1)及び(2)に重点的に取り組むことにより、感染者の早期診断が進み、短期的には、新規感染者が大きく増加することが予想されることから、(3)医療提供体制の確保についても、所要の取組を行う必要がある。 |
2. |
各論:指針に掲げられている各種施策分野の見直しの方向 |
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1.を踏まえ、指針に掲げられている各種施策分野に関し、今後5年間の方向性を示した上、具体的な推進策等についてふれる。 |
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HIV・エイズに係る現行の発生動向報告は、医師に届出義務を課し、感染者・患者が診断を受けた医療機関の最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届け出る仕組みになっているところ、個々の患者に着目した強権的な措置の対象でない五類感染症の届出義務及び報告事項には、人権の保護に配慮して感染者・患者の居住地に係る情報が含まれていない。
しかしながら、都道府県等が、普及啓発、検査・相談体制の充実、医療提供体制の確保等の施策を主体的かつ計画的に実施するためには、地域における発生動向を正確に把握する必要があることから、国は、感染者・患者の人権及び個人情報の保護に最大限配慮した上で、地域における発生動向を正確・適時に把握することが可能な仕組みを検討する必要がある。なお、都道府県等は、医療従事者等に対し、改めて報告制度の意義を周知すべきである。
一方、個別施策層に対する調査研究については、国が中心となって、一定の方針の下に体系的かつ継続的に調査研究を実施し、その成果を都道府県等に十分かつ適切に提供することにより、個別施策層に対する取組を支援すべきである。 |
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HIV・エイズについては、近年の発生動向及び疾患特性の変化を踏まえた上で、感染の危険性に曝されている国民への科学的根拠に基づく普及啓発及び教育を実施することが重要であるとともに、そうした国民に対し行動変容を促すには、感染の危険性に曝されている国民へ向けた働きかけのみならず、それらを取り巻く家庭、地域、学校、職場等へ向けた普及啓発及び教育についても積極的に取り組み、行動変容を起こしやすくするような社会的環境を醸成していくことが必要である。
特に、青少年に対する社会教育においては、感染を予防する観点から、無防備な性行動を低減する必要があり、そのためには、無防備な性行動を抑制するとともに、必要に応じコンドームの使用の普及を図ることが重要であるが、それらの前提として、お互いの身体や心を思いやる心の醸成を図るとともに、豊かな人間関係を構築できるコミュニケーション能力の向上を図っていくことが大切である。
具体的には、例えば、家族と日常会話の頻度が高い若者ほど初交年齢の遅延や性交経験比率が低いという調査研究結果(※11)からは、家族間のコミュニケーションを促進する普及啓発や対策が必要と考えられる。また、地域的繋がりの中での教育という意味では、医師、教師、PTA等、色々な人々の関わりが重要であり、特に、地域の保健所等による相談の充実も有効と考えられる。 |
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普及啓発及び教育のアプローチについては、(1)国民一般を対象に、HIV・エイズに係る基本的な情報・正しい知識を提供するものと、(2)個別施策層等、対象となる層を設定し、具体的に行動変容を促すものが考えられる。
後者については、特に、対象となる層の成長段階又は行動段階等の対象の実情に適した行動変容を促す内容とする必要がある。
国は、国民一般を対象にする場合については、中心的な役割を担う必要がある。具体的には、政府広報、各種イベント、テレビCM、エイズ予防情報ネット(※12)等の方法により、引き続き、HIV・エイズに係る基本的な情報・正しい知識へのアクセスを確保することが求められる。
この場合においては、上記の方向性を踏まえ、保健所等における検査・相談の利用を呼びかけるなど、行動変容を呼びかけることや、医療機関を選ぶ上で必要な情報を提供すること等、ひろく国民に伝えるべき内容についても盛り込むことが効果的である。また、地方公共団体が行う普及啓発を支援するため、効果的な手法等の開発や、関係機関等が連携して行う普及啓発の要となる、指導的な人材の育成支援を積極的に行っていくことが求められる。
一方、地方公共団体は、住民を対象とする普及啓発及び教育を行うとともに、対象となる層を設定し、具体的な行動変容を促す場合については、地域の実情に即して、中心的な役割を担う必要がある。この場合には、上記の方向性を踏まえ、地域における発生動向(地域の実情に応じて、性感染症等の発生動向(※13)を利用することも有効である。)を踏まえた上で、(1)普及啓発の対象を設定し、(2)対象の実情を把握した上で、(3)対象に期待する行動変容の内容等を明らかにし、訴求する上で効果的な内容、方法等を検討し、重点的かつ計画的に実施することが重要である。更に、対象を取り巻く家庭、地域、学校、職場等へ向けた普及啓発及び教育についても積極的に取り組むことが望ましい。なお、実施に当たっては、都道府県等保健所運営協議会の場を積極的に活用することが望ましい。
さらに、地方公共団体は、個別施策層に対する普及啓発及び教育において、関係機関等の連携を可能とする、要となる職員等の育成についても、地域の実情に応じて、取り組む必要がある。
なお、普及啓発の対象に、青少年や同性愛者等の個別施策層を設定する場合においては、上記の方向性を踏まえ、行動変容を個々人の自己決定にのみ期待するのではなく、行動変容を起こしやすくするような社会的環境を醸成していくことが必要不可欠という認識に立つべきである。このため、地方公共団体は、厚生労働省が文部科学省と連携して取り組んでいる「青少年エイズ対策事業」や、同性愛者に対する普及啓発の拠点を確保する「コミュニティセンター事業」等を活用し、普及啓発手法のマニュアル化などによって効果的な普及啓発事業活動の定着を図る必要がある。とりわけ、青少年対策に当たっては、都道府県等を中心に関係機関が連携し、青少年を取り巻くマスメディア、家庭、地域、学校等の社会的環境を改めて見直す必要がある。具体的には、先ずは地方公共団体における衛生主管部局と教育委員会が連携し、適宜、学校医等の専門家の支援も得ながら保健所等と学校・PTA等が役割分担しつつ協力することにより、地域における総合的な予防教育や、保護者向けの講習会等を実施するなどの取り組みが考えられる。
一方で、HIV・エイズを含め、性感染症に係る正しい知識の普及啓発及び教育の推進においては、国と地方公共団体の取組だけではその効果に限界があることに留意する必要がある。このため、地方公共団体は、上記の方向性を踏まえつつ、関係者等に対する社会教育にも取り組むことが望ましい。また、財団法人エイズ予防財団においては、各地域のNPO等の民間団体等と一層の連携を図り、それらの支援の核となって機能できるような体制を確保していくことが求められる。 |
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HIV・エイズの予防及びまん延の防止並びに個々人の病状の重症化防止のためには、可能な限りの早期検査による早期発見が望ましく、陽性者に対しては適切な相談の機会と医療機関への適切な紹介による早期治療・発症予防の機会を提供することが極めて重要である。
国及び都道府県等は、保健所における検査・相談体制の充実を基本とし、重点的・計画的に取り組むとともに、検査・相談の機会を、個々人の行動変容を促す絶好の機会と位置付け、利用者の立場に立った取組を積極的に講じる必要がある。 |
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検査・相談体制の充実については、上記の方向性を踏まえ、国と都道府県等が連携し、(1)検査・相談の利用に係る情報の周知、(2)利用者の立場に立った検査の利便性及びサービスの向上、(3)相談(カウンセリング)体制の確保、に一体的に取り組むことが必要である。相談体制の確保に当たっては、陽性者に対しては適切な相談と医療機関への紹介を、陰性者に対しては行動変容を促す相談を可能とする必要がある。
このため、国においては、上記(1)〜(3)の点について、都道府県等が適切に対応できるよう支援を行うことが求められる。特に、迅速検査の導入に対しては、実施方法やカウンセリングに係るマニュアル等を整備し、検査・相談時のサービスの向上を支援するとともに、検査・相談の利用に係る情報につき、各種イベント等集客が多い普及啓発の機会を利用し、積極的に国民への周知を図ることを通じ、都道府県等を支援すべきである。
一方、都道府県等においては、地域における発生動向に即し、感染症法に定める予防計画等に、年間の検査・相談体制の充実に関する計画を盛り込むこと等により、計画的に充実を進める必要がある。また、機会をとらえて検査・相談の利用に係る情報の周知を図るとともに、夜間・休日検査、迅速検査等を追加的に導入することにより、引き続き利便性及びサービスの向上に努めていく。また、地域の実情に応じ、都市部においては、適宜、都道府県医師会等の協力を得ながら、「HIV感染者等保健・福祉事業」等により保健所外の検査・相談の場(※14)を活用することにより、利用機会の確保に努める。 |
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国及び都道府県は、感染者・患者の増加に伴い、一部の医療機関への集中が生じている現状を踏まえ、各都道府県内における総合的な医療提供体制の構築に重点的・計画的に取り組むことが必要である。
また、良質かつ適切な医療の提供のためには、人材の育成による治療の質の向上も重要であり、医療機関の連携や各種研修の充実により、知識や経験の交流を通じて、医療従事者更なる資質の向上を目指していく。 |
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国及び都道府県は、地方ブロック拠点病院とエイズ治療拠点病院との間に診療の質の格差等が存在し、一部の医療機関へ感染者・患者が集中している状況を改善するため、感染者・患者が医療機関を選ぶ上で必要な情報提供に努めることに加え、新たに「中核拠点病院」制度を創設し、中核拠点病院を中心に、都道府県内におけるエイズ治療拠点病院間の機能分化を含めた医療提供体制の構築を図るべきである。
国は、中核拠点病院制度の創設に当たっては、感染者・患者の利便性等に配慮し、原則、都道府県内に1カ所設置することとし、原則としてACCの支援を受ける地方ブロック拠点病院は中核拠点病院を、中核拠点病院はエイズ治療拠点病院を、それぞれ支援するという位置付けを明確化し、都道府県内における総合的な診療体制の確保と診療の質等の向上を図るべきである。
また、総合的な医療提供体制を確保するべく、各種拠点病院の外来診療体制の充実のため、チーム医療・ケアの在り方についてのマニュアル等を作成すべきであることに加え、感染者・患者の行動変容のための手法の開発も進める必要がある。
一方、都道府県は、地域における発生動向に即し、今まで以上に重点的・計画的に医療提供体制の確保を図る必要がある。具体的には、医療法に定める医療計画等において、医療提供体制の確保について盛り込むこと等が考えられる。
また、総合的な診療体制の確保のためには、地域における各種拠点病院の機能を把握した上で、院内の他科診療との連携はもとより、中核拠点病院とエイズ治療拠点病院等との連携を図っていくことが重要であり、そのための連絡協議会を設置すること等、所要の支援を行うことが必要である。更に、感染者・患者に対する歯科診療を確保するために、診療に協力する歯科診療所と各種拠点病院等との連携を併せて図っていくことが必要である。そのため、都道府県等歯科医師会と連携しながら、研修会等を通じ、HIV・エイズに対する正しい知識と感染防止対策の周知徹底等を図っていくことが求められる。
このように、感染者・患者の利便性等に配慮し、都道府県内において、病院医療を中心とした医療提供体制の確保を図っていくが、病院の入院機能、専門外来機能がより効果的に発揮できるよう、国は、医科診療所との連携のあり方について検討する必要がある。
一方、HIV治療の質の向上を図るためには、人材の育成も重要であるため、国及び都道府県等は、引き続き、医療従事者に対する各種研修を実施する必要がある。具体的には、中核拠点病院の診療の質の向上を図るため、その診療体制や治療内容等の改善が可能となるよう、地方ブロック拠点病院等による出張研修等によって支援することが必要である。
なお、外国人に対する医療の対応については、都道府県は、地域の実情に応じて、拠点病院等において通訳や外国人に対応できる医療ソーシャルワーカーを配置するなどにより相談窓口を確保することが必要である。その際、都道府県で対応が困難な事例に対する相談については、母国や国内での治療の橋渡しに繋がるような情報提供等、適切に対応できるような体制の確保について検討を行う必要がある。
また、母子感染予防対策については、市町村が実施している母子保健事業の一環として、保健指導の際、HIV・エイズを含む母子感染の可能性のある疾患予防のための検査を勧奨するなどの取組がなされているところであり、引き続き適切な保健指導が望まれるとともに、都道府県等においては、厚生労働省がとりまとめている「母子感染予防ガイドライン」(※15)を関係機関に周知徹底するなど、所要の支援を行うことが必要である。 |
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国が実施している、HIV・エイズに係る各種研究については、一定の成果が得られている一方、研究の目標や成果が必ずしも明確とは言えないものがあるなど、戦略的に行われているとは言えないものが一部に見られるところである。
研究の目的は、感染の拡大の抑制や、良質かつ適切な医療に繋がるような成果を出すことにあることから、国は、研究課題の募集等に当たっては、各研究課題の目標や期待する成果を、可能な限り具体的に示すとともに、研究課題が類似しているものの統廃合を含め、各研究班に対しても、専門家の関与等により、目標の達成度合いや成果に基づき評価を行う必要がある。
また、適切なマニュアル等の作成など、普及が見込める成果を上げた研究のうち、施策上の必要性、有効性や実現可能性等があるものについては、モデル事業化等により、国は、成果の定着に向けた取組について検討すべきである。 |
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国は、国連合同エイズ計画(UNAIDS)の報告等において、アジアにおけるHIV・エイズの拡大が懸念されていることや、全世界の新規感染者数の約90%がアジア・アフリカ諸国で発生している事実にかんがみ、引き続き、アジア・アフリカ諸国等への協力を進める必要がある。 |
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HIV・エイズに対する偏見・差別の撤廃については、普及啓発及び教育を通じて取り組むことが効果的である。その際、国及び地方公共団体は、患者等を取り巻く地域、職場等へ向けた普及啓発等にも取り組み、偏見・差別が防止されるような社会的環境を醸成していくことが必要である。また、国、地方公共団体、企業及び医療機関等は、共生の理念に基づき、感染者・患者等の人権を尊重した、社会的な受け入れに努めることが望まれる。
その他に必要な取組として、各種個人情報保護法の施行に伴い、職員に対する研修等、所要の措置等を講じることにより、引き続き、感染者・患者の個人情報の保護を徹底することが重要である。 |
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国は、「関係省庁間連絡協議会」の場等を活用し、関係省庁が講じている主要な施策の実施状況等について、定期的に報告や調整等を行うことにより、関係省庁間の連携を一層進め、総合的なエイズ対策を推進していくべきである。
さらに、厚生労働科学研究等により、国や地方公共団体が実施する主要な施策の実施状況等をモニタリングするとともに、厚生科学審議会感染症分科会感染症部会エイズ・性感染症ワーキンググループ等の場において、定期的に報告していく必要がある。
なお、国においては、定期的に地方公共団体が講じている主要な施策の実施状況等をまとめ、地方公共団体へ提供するとともに、感染者・患者の数が全国水準より高い地域や著しく増加している地域等に対しては、必要な技術的助言等を行うことが求められる。
また、地方公共団体においては、感染症予防計画等の策定又は見直しを行う際に、地域の実情に応じて、普及啓発及び教育、保健所等における検査・相談体制の充実及び医療提供体制の確保については、(1)施策の目標を記載するとともに、(2)定期的に、各種主要施策の実施状況等を評価することが重要である。
具体的な目標の設定に当たっては、施策の実施に係る計画・実行・評価の一連のサイクルを意識した計画的な取組を促すべく、基本的には、定量的な指標に基づく目標を設定することが望まれるところであるが、地域の実情、施策の性質等に応じて、地方公共団体の取組は異なることから、必要に応じ、定性的な目標を設定することも考えられる。なお、定量的な指標の例として、HIV・エイズに係る正しい知識の理解度、保健所等における検査・相談件数等の意見が出された。 |
(2) |
NPO、NGO等との連携及び財団法人エイズ予防財団の機能の見直し |
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個別施策層を対象とする施策を実施する際には、感染者・患者団体を含むNPO、NGO等の民間団体等と連携することが有効である。エイズ対策を今後も長期にわたって展開していく必要性にかんがみれば、こうした団体等における人材確保が重要であり、財団法人エイズ予防財団は、人材育成、活動支援等において、こうした団体等を支援する核となって機能すべきである。また、どの都道府県等地域で、どのような団体等がどのような活動を行っているのかという情報を、地方公共団体に提供できる体制を確保することが望まれるとともに、支援するに相応しい団体等を評価するための手法の確立が必要である。 |
おわりに
感染者・患者の増加傾向が続く現状にかんがみ、エイズ対策は喫緊の課題との認識から、今後5年間に重点的に取り組む具体策をまとめるとともに、指針(案)を作成した。
今後、厚生科学審議会感染症分科会感染症部会において現行の指針が見直されることとなっているが、本検討会の成果が十分に活かされることを期待するとともに、新たな指針の策定を受け、引き続き感染者・患者の人権に配慮しながら総合的なエイズ対策が講じられるよう、国及び地方公共団体においては、診療報酬の活用を含め、所要の経費の確保に努めることを要望するものである。
注釈
※1 |
指針の構成
第一 |
原因の究明 |
第二 |
発生の予防及びまん延の防止 |
第三 |
医療の提供 |
第四 |
研究開発の推進 |
第五 |
国際的な連携 |
第六 |
人権の尊重 |
第七 |
普及啓発及び教育 |
第八 |
関係機関との新たな連携 |
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国内初の新規HIV感染者報告から10年後の1997年に年間報告数が390件を超え、その後、7年で倍の780件(2004年新規HIV報告数)となっている。 |
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東京都幼稚園小中高心障性教育研究会「児童・生徒の性<1999年調査>東京都幼・小・中・高・心障学級・養護学校の性意識・性行動に関する調査報告」による。 |
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厚生労働科学研究「日本における性感染症(STD)サーベイランス-2002年度調査報告-(主任研究者 熊本悦明)」及び感染症法に基づく発生動向調査による。 |
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HIVに感染してから、平均10年の症状のない時期のこと。 |
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エイズに関する高度な診療を提供しつつ、全国8ブロック内のエイズ治療拠点病院等の医療従事者に対する研修、臨床研究、医療機関及び患者・感染者からの診療相談への対応等の情報提供を通じ、ブロック内のエイズ医療の水準の向上及び地域格差の是正に努めることを目的として設置された病院。平成17年6月現在、全国8ブロックに計14病院がある。 |
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エイズに関する総合的かつ高度な医療の提供、情報の収集と地域の他の医療機関への情報提供及び地域内の医療従事者に対する教育を行うことを目的として設置された病院。平成17年6月現在、全国に計369病院ある。 |
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Hammer SM, Squires KE, Hughes MD, et al. A controlled trial of twonucleoside analogues plus indinavir in persons with human immunodeficiencyvirus infection and CD4 cell counts of 200 per cubic millimeter or less. N Engl J Med 1997;337:725-33.
Palella FJ Jr, Delaney KM, Moorman AC, et al. Declining morbidity and mortality among patients with advanced human immunodeficiency virus infection. N Engl J Med 1998;338:853-60.
Gortmaker S., et al. Effect of Combination Therapy Including Protease Inhibitors on Mortality among Children and Adolescents Infected with HIV-1 N Engl J Med 2001;345:1522-1528による。 |
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感染症法第10条に規定される、厚生労働大臣が定める「感染症の予防の総合的な推進を図るための基本的な指針」(平成11年厚生省告示第115号)に即して、都道府県知事が定める感染症の予防のための施策の実施に関する計画 |
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厚生労働科学研究「HIV感染症の動向と予防モデルの開発・普及に関する社会疫学的研究(主任研究者 京都大学大学院教授 木原正博)」による。 |
※12 |
エイズ予防情報ネット ホームページアドレス |
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http://api-net.jfap.or.jp/ |
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感染症法で定められる五類感染症のうち、淋病、性器クラミジア感染症、陰部ヘルペス、尖圭コンジローマといった性感染症に係る発生動向をいう。 |
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各自治体が、各種イベントや保健所以外の場所(繁華街等)でHIV抗体検査を実施することにより、利用者の立場に立った検査・相談時のサービスの向上を図っている。東京都、名古屋市、大阪市などで実施されている。 |
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「HIV母子感染予防対策マニュアル第3版」平成16年3月厚生労働科学研究「HIV感染妊婦の早期診断と治療および母子感染予防に関する基礎的・臨床的研究(主任研究者獨協医科大学産科婦人科学教授 稲葉憲之)」による。 |
後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針見直し検討会 名簿 〔五十音順〕
いけがみ ちずこ
池上 千寿子 |
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特定非営利活動法人ぷれいす東京代表 |
いしい みちこ
石井 美智子 |
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明治大学法学部教授 |
いちかわ せいいち
市川 誠一 |
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名古屋市立大学看護学部教授 |
おおひら かつみ
大平 勝美 |
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はばたき福祉事業団理事長 |
きはら まさこ
木原 雅子 |
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京都大学大学院医学研究科社会疫学分野助教授 |
きはら まさひろ
木原 正博 |
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京都大学大学院医学研究科社会疫学分野教授 |
きむら さとし
木村 哲 |
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国立国際医療センター エイズ治療・研究開発センター長 |
しまみや みちお
島宮 道男 |
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(社)全国高等学校校長協会理事(都立芦花高等学校長) |
しらい ちか
白井 千香 |
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前:神戸市保健所主幹(現:神戸市兵庫区保健福祉部主幹) |
たましろ ひでひこ
玉城 英彦 |
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北海道大学大学院医学研究科教授 |
ふじい ひさたけ
藤井 久丈 |
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(社)全国高等学校PTA連合会長 |
まえだ ひでお
前田 秀雄 |
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前:東京都福祉保健局健康安全室感染症対策課長(現:新宿区保健所副所長) |
みなみ まさご
南 砂 |
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読売新聞東京本社解説部次長 |
やまもと なおき
山本 直樹 |
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国立感染症研究所エイズ研究センター長 |
ゆきした くにお
雪下 國雄 |
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(社)日本医師会常任理事 |
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(オブザーバー) |
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はせがわ ひろし
長谷川 博史 |
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日本HIV陽性者ネットワークジャンププラス代表 |
ふじはら りょうじ
藤原 良次 |
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大阪HIV薬害訴訟原告団理事 |