「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」中間取りまとめ(抄)
(労働関係の成立)

第2  労働関係の成立

 採用内定
(1)  採用内定の実態と労働基準法との関係
 新規学卒者の採用に当たっては、多くの企業で採用内定が行われている。
 新規大学卒業者の採用内定を行っている企業は、従業員300人以上1000人未満の企業で6割以上であり、企業規模が大きくなるほどその割合は増加し、従業員5000人以上の企業では9割以上となっている。
 これに関して、大日本印刷事件最高裁第二小法廷判決(昭和54年7月20日)において、採用内定はその実態が多様であるため法的性質を一義的に論断することはできないが、採用内定通知のほかに労働契約締結のための特段の意思表示が予定されていなかったとの事情の下で、使用者の採用内定通知により、労働者の誓約書の提出とあいまって、解約権を留保した労働契約が成立したとする判断が示されている。
 以下では、就労開始前の労働契約の成立を「採用内定」、労働契約成立後就労の開始までの間における使用者による労働契約の解消を「採用内定取消」と呼ぶこととする。
 これについて、中途採用者の場合における採用内定については、新規学卒者とは別に考える必要があるのではないかとの意見があった。

 採用内定の際に労働基準法第15条の労働条件の明示をどこまで行わせるかなど、採用内定時の労働基準法の各条文の適用について、実態も踏まえてその取扱いを検討する必要があるとの意見があった。このうち、労働基準法第20条の解雇の予告については、現在、採用内定期間中においても適用があることとされているが、試の使用期間中の者については14日を超えて引き続き使用されるまでは同条の適用がないとされていることとの均衡から、採用内定期間中についても第20条の適用を除外することの是非について、引き続き検討することが適当である。
 このほか、採用内定と労働基準法との関係については、採用内定取消事由は明示させたほうがいいことは確かだが、これを「解雇の事由」として労働基準法第15条等の枠組みで取り扱うかどうかは別問題であるとの意見があった。
 また、採用内定後のどの時点から就業規則が適用されるのかという問題があるとの意見や、採用内定時に就業規則が明示されなかった場合にはどの事業場に適用される就業規則が適用されるのかという問題があり、採用内定期間中に実習等をさせる場合には何らかの手当が必要ではないかとの意見があった。
(2)  採用内定取消
 上記大日本印刷事件最高裁判決は、解約権留保の趣旨は、採用決定当初は労働者の適格性の有無について適切な判定資料を十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保することにあるとした上で、採用内定取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限ると判示している。これは、採用内定取消についても解雇権濫用法理を適用して使用者による採用内定取消を制約する一方で、解約権が留保されている場合には、その趣旨及び目的に照らして通常の解雇とは異なる基準による解約が認められる場合があることを示している。
 したがって、留保解約権を行使する事由(留保解約事由)が採用内定者に対して書面で通知されている場合には、当該留保解約事由に基づきなされた留保解約権の行使については、当該解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当と認められるものであれば、権利の濫用には当たらないことを法律で明らかにする方向で検討することが適当である。
 ここで、留保解約権の行使を書面で明示された留保解約事由に基づくものに限ることとするのは、そのような解約権が留保されているか否かが労働者に対し明らかになっていることが必要と考えられることや、「新規学校卒業者の採用に関する指針の策定について」(平成5年6月24日付け労働省発職第134号)により、事業主は採用内定を行う場合には文書により採用内定取消事由等を明示するものとされていることによるものである。
 なお、一般にいわれる「採用内定取消」には、上記のような留保解約権の行使と、その行使につき特段の留保がなされていない通常の解雇があり得るが、書面で通知された留保解約事由以外の理由による採用内定取消が行われた場合には、通常の解雇権と同様の判断がなされるべきこと(特別な留保解約権は認められないこと)についても、併せて指針等により明らかにする方向で検討することが適当である。

 さらに、採用内定当時に使用者が知っていた事由又は知ることができた事由による採用内定取消は、無効とする方向で検討することが適当である。

 また、三菱樹脂事件最高裁大法廷判決(昭和48年12月12日)においては、使用者は、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由に採用を決定することができるとされているが、採用の自由といっても、社会的身分による採用差別等を認めることは疑問であり、仮に採用差別の問題等を労働契約法制で取り扱うとすれば、何らかの規定が必要であるとの意見があった。

 試用期間
 労働者の採用に当たっては、試用期間を設けて本採用前に労働者の仕事の適性等を判断することが多くの企業で行われており、正規労働者の採用に当たって試用期間を設けている事業所は約7割となっている。
 試用期間中の労働契約は、上記三菱樹脂事件において、解約権留保付き労働契約と解され、通常の解雇よりも「広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきもの」であるが、留保解約権の行使は、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されるものと解するとされている。

 上記のとおり、我が国では判例法上、採用内定期間及び試用期間においても労働者が解雇について保護されている。しかし、諸外国では解雇制限法の保護を受けるためには一定期間の勤続が要件とされていること、また、雇用の流動化に伴い中途採用者の増加が見込まれるところ専門的な能力を期待して採用する中途採用者については実際に就労してみないと期待どおりの能力があるかどうかわからないことから、現時点において試用期間の意義をもう一度考える必要があるのではないかとの意見があった。
 その際、試用期間については、通常の解雇よりも広い範囲における解雇の自由が認められることから、著しく長い試用期間を定めることは労働者を長期間不安定な地位のままにおくこととなるため、労働契約において試用期間を設ける場合の上限を定める方向で検討することが適当である。

 また、このような試用期間の適用を受けるか否かが労働者に対し明らかになっていることが必要と考えられることから、試用期間であることが労働者に対して書面で明らかにされていなければ、通常の解雇よりも広い範囲における解雇の自由は認められないとする方向で検討することが適当である。
 なお、試用を目的とする有期労働契約(試行雇用契約)については、下記第5の3(1)において検討する。

 労働条件の明示
 労働契約締結時の労働条件の明示は、労働基準法で対応すべき問題であるのか、本来は労働契約法制の問題であるのかという点について議論が行われ、労働条件を明示すべきことを刑罰法規や行政監督で担保するのが労働基準法の目的であるのに対し、労働条件を明示した場合にそれが契約内容になるかどうかが労働契約法制の問題であるとの意見が出された。
 一方、実際の紛争は、労働条件が明示されていない空白の部分について、どのように解釈するかに関するものが大半を占めているのではないかと考えられることから、これを労働契約法制で補充することについても検討すべきであるが、難しいとの意見があった。
 そこで、例えば、実際に適用される労働条件が、労働契約の締結時に労働者に明示された労働条件に達しない場合には、労働者は、明示された労働条件の適用を使用者に対して主張することができることを明確にする方向で検討することが適当である。
 なお、労働者が募集時に示された労働条件の適用を主張できるかどうかについても問題となるが、これについては、募集時に示された労働条件をもって労働契約の内容とする意思が当事者に認められるか否かの意思解釈によって個別の事案ごとに解決すべきであると考えられる。

 また、労働契約は長期間継続するものであり、労働条件も当然に変更されることが予定されているものであることから、契約締結時の労働条件の明示とは別に、労働条件の変更時に当該変更内容の明確化を図ることについても検討すべきではないかという意見が出された。

 さらに、仮に労働契約締結時に将来の労働条件の変更に関する事項の明示を充実させることとした場合には、使用者は広範に使用者の権限、労働者の義務を明示することが考えられる。このため、これに当然に労働者が拘束されるとすることが必ずしも適切とはいえず、労働条件明示の本来の目的である労働者の将来の処遇に関する予測可能性の向上の問題(労働契約の効力要件としての必要条件)と、労働者を労働契約の効力として拘束できるか否かの問題(労働契約の効力要件としての十分条件)とは区別すべきであるとの意見や、明示された文言に厳密にとらわれず実情に即した合理的な限定解釈が必要になるとの意見があった。

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