参考資料2

吉村委員提出資料






平成17年5月19日

医師の需給に関する検討会への提言 ―大学病院の立場からー

全国医学部長病院長会議会長
北里大学医学部長
吉村博邦

1.かねてより、(1)医師の地域の偏在(特に僻地の医師不足とともに、都道府県内でも都市部と郡部の偏在など)、(2)専門性の偏在(特に、小児科、産婦人科、麻酔科、救急医など)、(3)夜間などの特定時間帯での医師不足などが指摘されている。

2.医師不足が顕在化した要因。
 (1)医療の専門分化、高度化による細分化の影響。
 (2)インフォームドコンセントなど患者への説明時間の増加。
 (3)医療安全、危機管理などへの対応。
 (4)女医の増加。
 (5)勤務医のQOLの低さと若年医師の開業医志向。
 (6)旧労働省(現厚生労働省)による、医師の勤務条件、労働環境改善への指導。
 (7)新医師臨床研修制度の導入による大学医局の新入医局員の減少と、これに伴う、専門医養成システムならびに医師の派遣システムの崩壊。

3.現状では、地域医療を担う、特に、僻地、あるいは、地方の自治体病院などのプライマリケアを担う診療医の極端な不足とともに、一方では、高度医療を担う専門医の慢性的な不足が深刻な状況にある。専門医については、かねてより指摘されている、小児科医、産婦人科医、麻酔医、救急医以外に、癌治療専門医、癌診断専門医、心臓カテーテル専門医、内視鏡治療専門医、心臓外科医、呼吸器外科医、脳神経外科医、内視鏡外科医など、あらゆる診療領域で高度医療を担う専門医が不足しており、国民の医療ニーズに充分に答えられない状況にある。
 プライマリケアを担ういわゆる家庭医あるいは総合診療医はもちろんのこと、高度医療を担う専門医は、2年、3年で育成されるものではなく、5年、10年をかけて、充分な研修と臨床経験を経て育成されるべきものである。また、かかる専門医は、一施設のみで養成できるものではなく、大学病院、専門病院、地域の基幹病院、第一線の医療機関などをローテイトしながら、また、場合によっては、海外留学や大学院などの高等教育機関を経験しながら、育成されてゆくべきものである。

4.新医師臨床研修制度については、制度導入の趣旨(研修医の幅広い分野における基本的臨床能力の習得と経済的身分保障)には賛同するものであるが、研修医の研修先については、専門医療が中心の大学病院から一般市中病院へシフトさせることが優先課題の一つとされた経緯もあって、研修病院の指定条件が著しく緩和され、平成16年度2,168施設が研修病院として登録されている。その結果、大学病院では、研修医の処遇についての経済的な限界やプライマリケアに対する教育への対応の遅れなどの諸要因が重なって、初年度(平成16年度)の研修先の割合が大学病院70%、研修病院30%だったものが、今年度(平成17年度)は臨床研修病院が50.8%と大学病院を僅かながら上回っており、本制度を導入した厚生労働省は、制度の導入が順調に推移していると評価している。
 しかし、大学病院の立場から見ると、医師の研修は決して2年間で終了するものではなく、その後の5年、10年にわたる地域の専門病院、総合病院等との連携によるプライマリケア研修を含む長期の専門研修が不可欠であり、かかる長期的視野を欠いた今回の研修システムでは、将来の専門医の養成、qualityの確保に大きな危惧を抱かざるを得ない。
 医療にとって人材の育成とその確保は最重要課題であるが、多くの大学病院では、今回の新医師臨床研修制度の導入に伴い、結果として研修医としての入局者が2年間にわたり途絶えたこととなり、従来から大学病院が担ってきた医師の研修と専門医の養成とその課程での地域の医療機関との連携(派遣)システムが破綻するという深刻な結果をもたらしている。この傾向は特に地方の大学病院で著しく、全国各地の多くの大学病院は崩壊の危機を迎えているといっても過言ではなく、ひいては、周辺の地域医療に対しても極めて深刻な影響をもたらしている実情にある。

5.診療科別の医師の偏在、医師不足については、単に医学部入学定員を増やすことで解決される問題ではなく、上述のとおり、むしろ、新たに誕生する新卒医師の研修、専門医教育の課程で解決すべきである。すなわち、経験と実力を兼ね備えた真の意味の専門医の養成を目標とし、かつ、長期間(5年〜10年)にわたる地域医療を包含した研修システム、ネットワークの構築こそが、医師不足解消の抜本的解決策となるものと考える。
 今回の新医師臨床研修制度導入の結果としてもたらされた大学病院の衰退傾向のさらなる進展は、将来の医療の質の確保と医師養成システムの基盤を根底から崩壊させる結果となることが強く懸念される。医療機関同士が医師の確保合戦を展開するのではなく、かねてより医師養成の中核を担って来た大学病院の研修環境および施設と指導医体制の一層の充実を図りつつ、地域・僻地の医療機関を包含した新たな研修システムを再構築し、また、病院の集約化による専門医の効率的運用、勤務医の処遇の改善、不足領域の専門医へのインセンティブの導入、必要専門医の定数の設定などの諸施策を国家レベルで推進すべきことを強く提言する。

以上

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