資料No.5-1

最低賃金制度のあり方に関する研究会報告書




平成17年3月31日



《  目次  》


I 序

II 総論
 1 最低賃金制度の意義・役割
 2 最低賃金制度の変遷
 3 意義・役割に照らした現行の最低賃金制度の問題点
 4 最低賃金制度を取り巻く環境変化に伴う問題点
 5 我が国の最低賃金制度に求められる役割

III 各論
 1 最低賃金の体系のあり方
(1)地域別、産業別、職業別といった設定方式のあり方
(2)産業別(職業別)最低賃金のあり方
(3)審議会方式と労働協約拡張方式、国の関与のあり方
 2 安全網としての最低賃金のあり方
(1)決定基準のあり方
(2)水準及びその考慮要素のあり方
(3)減額措置及び適用除外のあり方
(4)履行確保のあり方
 3 その他
(1)最低賃金の設定単位のあり方
(2)就業形態の多様化に対応した最低賃金の適用のあり方



I 序

 最低賃金制度は、国が法的強制力をもって賃金の最低限度を定め、使用者に対してその額未満の賃金で労働者を雇用することを禁止する制度である。
 我が国における最低賃金制度は、昭和34年の最低賃金法制定以来業者間協定方式を中心として次第に適用拡大が進んだが、昭和43年の最低賃金法改正により業者間協定方式が廃止され、産業別あるいは地域別に最低賃金の設定が進み、昭和51年には全都道府県に地域別最低賃金が設定され、すべての労働者に最低賃金の適用が及んだ。さらに、その後も、目安制度の改善や産業別最低賃金の再編など運用面を中心に着実に改善が重ねられてきた。
 しかしながら、産業別最低賃金については、従来から中央最低賃金審議会の報告において、制度のあり方を含めた検討を行うべきとされ、「規制改革・民間開放推進3か年計画」においても、制度の見直しについて指摘を受けているところである。
 さらに、最低賃金制度を取り巻く状況をみると、サービス経済化など産業構造の変化やパートタイム労働者等の増加による就業形態の多様化の進展などの環境変化がみられるところであり、このような中で最低賃金制度が安全網として一層適切に機能することが求められている。
 このため、本研究会においては、昨年9月以降最低賃金制度のあり方全般について10回にわたって検討を行い、今後の労働市場において、最低賃金制度が一層的確に機能していくよう、その改善の方向性をとりまとめたものである。


II 総論

 最低賃金制度の意義・役割
(1) 最低賃金制度の目的
 現行の最低賃金法は第1条において目的を規定しているが、そこでは、「この法律は、賃金の低廉な労働者について、事業若しくは職業の種類又は地域に応じ、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」とされている。
 これによれば、最低賃金法の第一義的な目的は、低賃金労働者に賃金の最低額を保障し、その労働条件の改善を図ることであり、第二義的な目的として労働者の生活の安定、労働力の質的向上、事業の公正な競争の確保を掲げ、究極的には国民経済の健全な発展に寄与しようとするものであるとされている。
 この最低賃金制度の第一義的な目的は、労働需要曲線と労働供給曲線がともに右下がりであり、労働供給曲線の傾きが労働需要曲線の傾きより緩やかな労働市場において生じるおそれがある賃金の際限のない下落を防止するため、一定限度の賃金規制を労働市場の外部から加え、賃金の下支えの役割を果たすという経済的理論からも裏付けられるものである。
 なお、最低賃金制度は、需要独占的な労働市場においては、買い手企業における買い叩きを防止し、望ましい賃金及び雇用量を達成するという効果も有している。

(2) ILOのスタールの整理による最低賃金制度の意義・役割
 最低賃金制度の意義・役割について講学的に整理したものとして、ILO事務局のジェラルド・スタールによる整理があるが、それによれば、おおむね以下のとおりである。なお、このうちア、イは産業別(職業別)最低賃金と関連があるものであり、ウ、エは一般的最低賃金と関連があるものである。
 弱い立場にある集団の保護
 その労働者集団の特殊な性格のために労働市場において交渉上弱い立場にあるもの(一般的には有効な団体交渉能力の欠如と低賃金の双方によって特徴づけられる)を保護することを目的として最低賃金を決定するもので、最低賃金制度の初期の考え方であり、ILO第26号条約はこの考え方に近い。
 いわゆる苦汗労働の排除を目的とするものであるが、団体交渉に類似した手続により最低賃金を決定することにより、団体交渉の自発的な発展を奨励するという目的も併せ持っているとされる。
 公正な賃金の決定
 個々の産業や職業の最低賃金を決定するものであるが、その適用範囲は少数で未組織の労働者に限定される必要はなく、比較的高い賃金の労働者を含むすべての労働者にまで及ぶ可能性がある。
 また、労働者の賃金の不当な切下げによって競争することを防ぐという公正競争の確保という役割や、労使紛争を減少させ安定した団体交渉関係の発展を促進させるという役割も有しているとされる。
 賃金構造の底辺の設定
 あらゆる産業に従事する労働者を容認しがたいと考えられる低賃金から守るために一般的に適用できるような最低限度を定めるもの(いわゆる「一般的最低賃金」)であり、ILO第131号条約はこの考え方に立つ。
 マクロ経済政策の手段としての最低賃金
 賃金の一般的な水準と構造を国家の経済的安定、成長、所得分配といった目的と調和のとれたものに変えるという役割である。特に開発途上国において重要な役割として考えられてきた。

 最低賃金制度の変遷
(1) 最低賃金法の制定及び業者間協定方式による適用拡大
 我が国の最低賃金制度は、昭和34年の最低賃金法制定後、当初は業者間協定方式を中心に産業別に最低賃金を設定し、できる限り適用労働者数の拡大を図っていった。この当時における最低賃金の役割は、基本的に1(2)アの役割(弱い立場にある集団の保護)及び1(2)ウの役割(賃金構造の底辺の設定)であり、また、業者間協定という性格から、一部には1(2)イの役割(公正な賃金の決定)も併せて有していたと考えられる。

(2) 最低賃金法の改正による業者間協定方式の廃止及び最低賃金の適用拡大
 昭和43年の最低賃金法改正により、業者間協定方式が廃止され、審議会方式による最低賃金の決定要件が緩和される(従来は他の最低賃金決定方式により決定することが困難又は不適当と認めるときに決定することができたが、賃金の低廉な労働者の労働条件の改善を図るため必要があると認めるときに、最低賃金審議会の調査審議を求め、最低賃金の決定をすることができることとされた。)とともに、国会修正により、審議会方式による最低賃金の決定、改廃に関する関係労使の申出手続に関する規定が追加された。
 そして、この法改正以後は、最低賃金はすべての労働者が何らかの形でその適用を受けることが望ましく、労働市場に応じ産業別、職業別又は地域別に最低賃金を設定することを基本とするとの考え方の下、適用拡大を計画的に推進していった。したがって、この段階では、産業別最低賃金も、一般的最低賃金としての役割が最も重視されていたと考えられる。

(3) 地域別最低賃金の全国設定
 その後、昭和46年からは「最低賃金の年次推進計画」に基づいて地域別最低賃金の設定を進め、その結果、昭和51年には全都道府県に地域別最低賃金が設定された。これによって、地域別最低賃金が、すべての労働者に適用されるに至り、一般的最低賃金としての役割を果たすこととなった。

(4) 最低賃金制度のあり方についての検討と目安制度の導入
 昭和50年には、労働4団体及び野党4党が全国一律最低賃金を要求し、働きかけを行い、中央最低賃金審議会において、全国一律最低賃金制度の問題を含めて「今後の最低賃金制度のあり方について」検討が行われた。その結果、昭和52年の中央最低賃金審議会の答申において、(1)最低賃金額の決定の前提となる基本的事項(地域別最低賃金と産業別最低賃金のそれぞれの性格と機能分担など)について、できるだけ全国的に統一的な処理が行われるよう、中央最低賃金審議会がその考え方を整理し、これを地方最低賃金審議会に提示すること、(2)最低賃金額の改定については、できるだけ全国的に整合性ある決定が行われるよう、中央最低賃金審議会は、目安を作成し、地方最低賃金審議会に提示することとされた。
 これを受けて、昭和53年度から地域別最低賃金額の改定について、目安制度が導入され、それ以来、今日まで毎年、中央最低賃金審議会が厚生労働省の実施した賃金改定状況調査結果等の各種関係指標の動向等を踏まえて目安を決定し、地方最低賃金審議会に提示している。また、目安制度については、その後定期的に運用面の見直しを行い、改善が図られてきているところである。

(5) 産業別最低賃金の再編
 産業別最低賃金については、従来一般的最低賃金の役割が最も重視されてきたが、昭和51年に地域別最低賃金が全都道府県に設定されたことにより、その役割が重複することから、地域別最低賃金と産業別最低賃金のそれぞれの性格と機能分担等を整理することが必要となり、昭和56年の中央最低賃金審議会の答申において、それまでの大くくり(日本標準産業分類の大分類又は複数の中分類)の産業別最低賃金が果たしてきた、最低賃金の適用の効率的拡大を図るという経過措置的役割・機能を見直し、産業別最低賃金は、関係労使が労働条件の向上又は事業の公正競争の確保の観点から地域別最低賃金より高い最低賃金を設定する必要があると認めるものに限定して設定することとされた。そして、昭和57年の中央最低賃金審議会の答申により、新産業別最低賃金は、産業の範囲を小くくり(日本標準産業分類の小分類又は必要に応じ細分類)とし、関係労使の申出を契機として、基幹的労働者について設定することとされ、申出の要件は、@)同種の基幹的労働者の相当数(2分の1以上)について賃金の最低額に関する労働協約が適用されている場合(労働協約ケース)、A)事業の公正競争を確保する観点から同種の基幹的労働者について最低賃金を設定することが必要であることを理由とする場合(公正競争ケース)の2つとされた。したがって、この新産業別最低賃金は、1(2)イの役割(公正な賃金の決定、公正競争の確保)を果たすことを目指したものであったと考えられる。
 さらに、昭和61年の中央最低賃金審議会の答申において、旧産業別最低賃金の整理については一定の経過期間を設け、その間は暫定的に存置させる一方、新産業別最低賃金として設定し得るものの選別等、新産業別最低賃金への転換のための必要な措置を、その期間内に計画的、段階的に実施するという基本的考え方がとりまとめられ、これに基づいて新産業別最低賃金への転換が進められた。

 意義・役割に照らした現行の最低賃金制度の問題点
 現在、我が国の最低賃金制度としては、
 ア 全労働者を対象とした審議会方式による地域別最低賃金(最低賃金法第16条)
 イ 関係労使の申出を契機とする審議会方式による産業別最低賃金(最低賃金法第16条、第16条の4)
 ウ 一定の地域内の同種の労働者を対象とする労働協約の拡張適用による最低賃金(最低賃金法第11条)
があるが、それぞれについて、意義・役割に照らした問題点をみると、次のとおりである。

(1) 産業別最低賃金
 産業別最低賃金は、昭和51年に地域別最低賃金が全都道府県に設定されて以後は、公正な賃金の決定(公正競争の確保)の役割を果たすものを目指すこととし、小くくりの産業において基幹的労働者を対象とするものとして設定することとされた。その現状をみると、
 ほとんどが都道府県内の特定の産業について決定されており(249件)、平成17年3月現在における適用労働者数は約410万人で地域別最低賃金の適用労働者数の約12分の1であり、全国加重平均額は758円で地域別最低賃金より約14%高い水準となっている。
 その申出の要件から労働協約ケースと公正競争ケースの2つがあり、徐々に労働協約ケースへの移行が進められているが、平成17年3月現在で労働協約ケースが89件、公正競争ケースが158件となっている。
 基幹的労働者の定義の仕方については、おおむね、(1)18歳未満又は65歳以上の者、(2)雇入れ後6月未満の者であって、技能習得中のもの、(3)清掃、片付け等の軽易な業務に主として従事する者を除くネガティブリスト方式によっている。
 以上のように、産業別最低賃金の現状をみると、基幹的労働者は大部分が一定の年齢の者や軽易な業務に従事する者などを除外するネガティブリスト方式によって定義されており、実態としては、当該産業の基幹的な業務に従事しているとはいえないような低賃金層の者までをも対象とするものになっているとともに、その水準は地域別最低賃金を14%程度上回っているにとどまり、比較的賃金水準の高い労働者の賃金の不当な切下げによる競争を防止するという本来の機能は果たしておらず、その役割も地域別最低賃金と重複している面が多くなっている。
 また、産業別最低賃金は、そもそも労使のイニシアティブによって設定するものとされているが、現行方式による国の関与は、これにかなうものとなっているのかという問題もある。

(2) 労働協約の拡張適用による最低賃金
 労働協約の拡張適用による最低賃金は、一定の地域内の同種の労働者及びその使用者の大部分(おおむね3分の2以上)に賃金の最低額に関する労働協約が適用されている場合で、労働協約の締結当事者である労働組合又は使用者(使用者の団体を含む。)の全部の合意による申請があったときに、厚生労働大臣又は都道府県労働局長が、最低賃金審議会の意見を聴いて、当該労働協約の定めに基づき、アウトサイダーも含めた同種の労働者及びその使用者の全部に適用する最低賃金を決定するものである。
 労働協約の拡張適用による最低賃金も、その役割は公正な賃金の決定と考えられるが、現在全国で2件が存在するのみでその適用労働者数も約500人にすぎないなど我が国の労使関係の実情からみて実効が上がっていない状況にあり、また、産業別最低賃金の労働協約ケースと役割的には重複している。

(3) 地域別最低賃金
 地域別最低賃金は、都道府県ごとに決定されており、産業や職種を問わず、原則としてその都道府県内のすべての使用者及び労働者に適用される。平成17年3月時点における設定件数は47件、適用労働者数は約5,000万人、全国加重平均額は665円となっている。
 地域別最低賃金は、最低賃金法第3条の決定基準(労働者の生計費、類似の労働者の賃金、通常の事業の賃金支払能力)に基づき、昭和53年からは目安を参考として改定が行われてきたが、目安の提示は、小規模企業における賃金改定率を重要な指標としつつ行われてきたため、一般的賃金水準と比較した最低賃金の比率や低賃金労働者の賃金水準と比較した最低賃金の比率については、地域的にみて不均衡がみられ、一般的最低賃金として適切に機能しているかという観点から問題があると考えられる。
 また、影響率(最低賃金改正後に、最低賃金額を下回ることとなる労働者割合)は、最低賃金の引上げ幅や賃金分布の形状の影響も受けるものではあるが、近年低下傾向にあり、影響率や未満率(最低賃金改正前に、最低賃金額を下回っている労働者割合)についても、地域的にみて不均衡がみられる。
 〔地域的不均衡の例〕
  ・一般労働者の平均所定内給与に対する最低賃金の比率(東京31.4% 青森45.3% 全国平均36.5% 「平成15年賃金構造基本統計調査」)
  ・所定内給与の第1・20分位に対する最低賃金の比率(東京87.2% 沖縄100.3% 全国平均94.6% 「平成16年最低賃金に関する基礎調査」)
  ・影響率(香川0.1% 沖縄6.2% 全国平均1.7% 「平成16年最低賃金に関する基礎調査」)
  ・未満率(香川0.1% 沖縄5.5% 全国平均1.6% 「平成16年最低賃金に関する基礎調査」)

 さらに、最低賃金と生活保護との関係についてみると、生活保護が健康で文化的な最低限度の生活を保障するものであるという趣旨から考えると、最低賃金の水準が生活保護の水準より低い場合には、最低生計費の保障という観点から問題であるとともに、就労に対するインセンティブが働かずモラル・ハザードの観点からも問題であると考えられる。

 最低賃金制度を取り巻く環境変化に伴う問題点
 現在の最低賃金制度については、最低賃金制度の意義・役割に照らして前記のような問題があるとともに、最低賃金制度を取り巻く経済社会の環境変化の中で、さらに以下のような問題が生じていると考えられる。

(1) 産業構造の変化
 産業構造が変化する中で、サービス経済化が進展しており、また、企業活動においても、研究開発、マーケティングなどの非生産部門のウエイトが高まり、直接生産部門のウエイトが低下している。さらに、国の内外を問わず企業間での競争が激化する中で、業種転換あるいは業種転換にまでは至らないものの新規事業への重点の移動などが頻繁に行われ、産業のボーダレス化が進展している。
 このような状況の中で、小くくりの産業についてしかも地域別に設定することになっている現在の産業別最低賃金では、本来対象とすべき労働者層のウェイトが減少の一途をたどったり、あるいは本来対象とすべき労働者が対象外となったりすることとなるなど、公正競争の確保という面においても、また、公正な賃金の決定という面においても、その存在意義が低下せざるを得ないのではないかと考えられる。

(2) 就業構造の変化、賃金格差の拡大、賃金制度の変化
 派遣あるいは請負といった就業形態が増加する中で、小くくりの産業における基幹的労働者を対象としている現在の産業別最低賃金の下では、同一産業内で同種の業務に従事しているにもかかわらず、就業形態が異なるというだけで適用される最低賃金が区々となるという事態が生ずるなど、従事する職務に応じた公正な賃金の決定すら困難になっている面がある。また、派遣労働者の増加により、地域別最低賃金についても、派遣先の事業場がある地域の最低賃金が適用されないという問題が一層顕在化している。こうした観点からも、最低賃金制度についての見直しは不可避となっている。
 また、時間当たり賃金ごとの雇用者の分布をみると、パートタイム労働者等の割合が高まるとともに、パートタイム労働者層と一般労働者層の賃金格差が拡大する傾向にあることなどにより、賃金の低い層の割合が高まり、分散の拡大がみられる。また、年収階級別の雇用者の分布をみても、パートタイム労働者の増加等により、年収階級の高い層と低い層との両極に分散する傾向が拡大している。このような状況からも、最低賃金制度は、低賃金の労働者層の安全網として、その真価を発揮すべき重要な時期にある。
 さらに、賃金制度についてみると、仕事給(職務給、職能給、業績給)の導入が進み、賃金の構成要素のうちでも、職務、職種などの仕事の内容や業績・成果に対応する部分が拡大し、労働者の処遇を決める重要な要素となってきている。このような中で、最低賃金の決定に際して、こうした要素をどのように考慮し反映させるかということも課題になると考えられる。

(3) 労働組合の組織率の低下
 労働組合の組織率は長期的に低下し、現在20%を割る状況となっており、賃金決定において団体交渉によってカバーされない労働者が増加している。最低賃金制度は、団体交渉によってカバーされない労働者にとっての最後の拠り所(安全網)であり、とりわけ労働組合の組織率が著しく低いパートタイム労働者にとっては、最低賃金制度が賃金に係る安全網として果たすべき役割は、ますます重要となっている。

 我が国の最低賃金制度に求められる役割
 以上から、我が国の最低賃金制度に求められる役割を整理すると、最低賃金制度の第一義的な役割は、すべての労働者を不当に低い賃金から保護する安全網(セーフティーネット)としての「一般的最低賃金」としての役割であり、また、この役割は最低賃金制度を取り巻く環境変化の中で、その重要性は一層増していると考えられる。
 これに対して、公正な賃金の決定という役割は、これを最低賃金制度に担わせるとしてもあくまで第二義的、副次的なものであると考えられる。
 したがって、こういった観点から、地域別最低賃金については、安全網としての役割を一層強化することが、また、産業別最低賃金については、その役割との関係を含め、抜本的な見直しが重要な課題となっている。


III 各論

 1 最低賃金の体系のあり方
(1) 地域別、産業別、職業別といった設定方式のあり方
 現行の最低賃金法第16条は、「(前略)一定の事業、職業又は地域について、賃金の低廉な労働者の労働条件の改善を図るため必要があると認めるときは、(中略)最低賃金の決定をすることができる」と規定している。
 しかしながら、最低賃金制度の第一義的な役割は、すべての労働者を不当に低い賃金から保護する安全網を設定すること(いわゆる「一般的最低賃金」)である。したがって、実態としては、現在すべての都道府県において地域別最低賃金が設定されているが、「国内の各地域ごとに、すべての労働者に適用される最低賃金(地域別最低賃金)を決定しなければならない」ことを法律上明確にすべきであると考えられる。
 また、これとの関係で、一般的最低賃金としては、地域別最低賃金のほかに多元的に産業別や職業別に最低賃金を設定することを前提としないことを明確にすべきであると考えられる。

(2) 産業別(職業別)最低賃金のあり方
 産業別最低賃金については、IIの3の(1)及び4でみたような問題点を踏まえ、そのあり方について、
 公正競争ケースについては、その必要性が分かりにくく廃止せざるを得ないと考えるが、労働協約ケースについては、賃金の最低額に関する定めが労働協約として具体化されている中で、これを尊重して最低賃金を定めるものであり、労使交渉、労使自治の補完、促進という積極的意義もあるので、最低賃金法上の制度として存続させることを前提に、より有効に機能させるための見直しを行うべきであるとの意見があった。
 また、労働協約ケースを存続させる場合は、産業構造の変化や就業形態の多様化、職務に応じた処遇がより重要となっていること等を踏まえるならば、現行の小くくりの産業ではなく大くくりの産業について設定するものに改め、基幹的労働者の定義についてもいわば産業を代表するような職務に就く労働者に限定するようなものに改めるべきであるとの意見があった。

 これに対して、
 最低賃金の第一義的な役割である賃金の低廉な労働者に対する一般的最低賃金については、地域別最低賃金があれば十分ではないか、
 産業別最低賃金は、労使自治や団体交渉の補完、促進という役割を果たしているとされているが、これは、本来的には労使が自主的に取り組むべきものであり、そこに最低賃金制度としての産業別最低賃金が担うべき役割があるとはいえないのではないか、
 産業別最低賃金が設定されていない産業についても保護されるべき労働者がいる中で、特定の産業についてのみ高い最低賃金を設定することについての理由が分かりにくいのではないか、
といった観点から、地域別最低賃金を一般的最低賃金として適切に機能するよう見直しを図りつつ、産業別最低賃金は廃止すべきであるとの意見があった。

 なお、産業別最低賃金を廃止する場合であっても、産業別最低賃金が賃金決定に及ぼしている影響力を考慮するならば、最低賃金制度としてではなく、産業を代表する職種ごとに公正な賃金を決定するための制度としてより有効に機能するよう国の関与を含め必要となる措置を講じるべきではないかとの意見があった。

 いずれにしても、現行の産業別最低賃金については、最低賃金制度としては、一般的最低賃金としての地域別最低賃金と比べてその存在意義が薄い上、公正な賃金の決定という本来の役割を果たし得なくなっていることから、その廃止を含め抜本的な見直しを行う必要があると考えられる。

(3) 審議会方式と労働協約拡張方式、国の関与のあり方
 最低賃金法第11条の労働協約の拡張適用による最低賃金は、公正な賃金決定の役割を担っているとしても、IIの3の(2)で指摘したように実効を期すことができないという問題があり、廃止しても差し支えないと考えられる。

 労働協約を基本とする方式については、最低賃金制度の中で生かすとしても、賃金の最低額に関するものであることから、労働組合法の体系下の方式と同じである必要はなく、審議会の意見を聴いて行政機関が決定するシステムを採用してもよく、また、その方が労使交渉、労使自治の補完、促進という趣旨に沿うのではないかとの意見があった。

 また、労働協約を基本とする方式については、仮に、労使のイニシアティブに基づき、地域別最低賃金よりは高いレベルで公正な賃金を決定するための制度として機能させるとしても、国が罰則をもってその履行を担保する必要性はないと考えられる。

 安全網としての最低賃金のあり方
(1) 決定基準のあり方
 地域別最低賃金については、これまで、最低賃金法第3条の「労働者の生計費、類似の労働者の賃金、通常の事業の賃金支払能力」のうち、目安制度によって類似の労働者の賃金の引上げ率を重視した改定審議が行われてきたが、安全網としての一般的最低賃金として適切に機能するよう、その決定に当たっては、様々な要素を今まで以上に総合的に勘案すべきであると考えられる。

 「類似の労働者の賃金」については、地域別最低賃金の決定に際して、これまで賃金改定状況調査による小規模企業の賃金改定率を重視してきたが、最低賃金の安全網としての機能を重視するとともに、賃金格差の是正という機能も考慮するならば、低賃金労働者の賃金水準のみでなく一般労働者の賃金水準も重視することが考えられるとの意見があった。

 「支払能力」については、最低賃金法第3条は「通常の事業の賃金支払能力」と規定しており、これは個々の企業の支払能力のことではなく、雇用に影響を与えない、生産性を考慮したといったマクロ的な意味での通常の事業に期待することのできる賃金の負担能力のことであると考えられる。なお、この点に関して、ILO第131号条約第3条には、考慮すべき要素として、「経済的要素(経済開発上の要請、生産性の水準並びに高水準の雇用を達成し及び維持することの望ましさを含む。)」と規定されており、また、「支払能力」という表現が個々の企業の支払能力との誤解を招きやすい面があることから、決定基準の経済的要素としては、生産性の水準や雇用の確保等といった趣旨が含まれることを明確化することが必要であるとの意見があった。

(2) 水準及びその考慮要素のあり方
 地域別最低賃金の水準については、一般的最低賃金という性格にかんがみ、安全網として適切な機能を果たすにふさわしい水準とすることが必要であると考えられる。

 地域別最低賃金については、最低賃金法第3条の決定基準(「最低賃金は、労働者の生計費、類似の労働者の賃金及び通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない。」)を基本としつつも、目安制度により、類似の労働者の賃金の引上げ率を重視して全国的な整合性を図りつつその引上げが行われてきたが、そもそも絶対的水準についての議論がされてこなかったのではないか、したがって、安全網本来の役割を考え、適切に機能するようにするために、絶対的水準についても議論すべきではないかとの意見があった。また、賃金分布や雇用への影響など様々な考慮要素をこれまで以上に勘案して改定審議を行うべきとの意見があった。

 これに対して、そもそも賃金は団体交渉で引上げを決めるものであり、最低賃金も賃金の引上げ状況等を踏まえながら、団体交渉を補完するものとして、労使を含む審議会の審議を経て決定されるものであるから、引上げという手法の枠内でも一定の改善は可能ではないかとの意見もあった。

 いずれにしても、地域別最低賃金のあるべき絶対的水準を具体的にどのように定めるかを明確にすることは困難な面がある。
 しかしながら、現在の地域別最低賃金については、IIの3の(3)でみたように地域的にみた不均衡がある中で適切に機能しているといえるのかという問題があり、地域別最低賃金の水準と地域の一般的賃金水準や低賃金労働者の賃金水準との関係が、地域的整合性を保ちつつ経年的にある程度安定的に推移するようにするために、一定の見直しが必要であると考えられる。

 最低賃金と生活保護との関係については、賃金は、労働市場において労使で決定されるものであり、労働市場における賃金水準からみて不当な切下げを防止するという最低賃金の性格も考えると、最低賃金の水準については、政策的に定められる生活保護の水準に直接にリンクして決定することは必ずしも適当とはいえない。しかしながら、IIの3の(3)でみたように、最低生計費という観点やモラル・ハザードの観点、さらには生活保護制度において自立支援がより重視される方向にあることを踏まえると、単身者について、少なくとも実質的にみて生活保護の水準を下回らないようにすることが必要であると考えられる。
 また、生活保護の水準との比較に当たっては、最低賃金の設定単位、比較の対象とすべき住宅扶助のとり方、課税等の関係などを含め技術的検討が必要であるとの意見があった。
 なお、生活保護受給から就労への移行がスムーズに行われることも重要であるので、最低賃金制度と生活保護制度については、安全網としての観点からお互いに目配りを行いつつ、生活保護については、より「自立しやすい制度へ」という方向での検討が必要であるとの意見があった。

(3) 減額措置及び適用除外のあり方
 諸外国では、生産性や雇用への影響等を踏まえ、若年者や訓練中の者を対象に最低賃金について一定の減額措置を採っている国が少なくないことも踏まえ、地域別最低賃金について、その水準の見直しを行いつつ、一定の年齢区分の者等を対象に減額措置を採用することが考えられるとの意見があった。なお、現行の地域別最低賃金の水準のままで減額措置を採用することは適当ではないとの意見もあった。

 また、減額措置を採用する場合には、対象者等についてさらに検討することが必要であるとの意見があった。

(4) 履行確保のあり方
 最低賃金法第5条第1項違反の罰則(2万円)については、昭和34年の最低賃金法制定時以来1万円とされている(平成3年4月の罰金等臨時措置法の改正により2万円とされている)が、最低賃金の安全網としての実効性確保等の観点から、地域別最低賃金に係る最低賃金法第5条第1項違反の罰則については、引き上げるべきであると考えられる。

 その他
(1) 最低賃金の設定単位のあり方
 現在、最低賃金は、基本的に都道府県単位で設定されているが、労働市場の領域は都道府県の境界を越えているものもある中で、近隣の都道府県で最低賃金額に大きな差がない地域もあるという状況を踏まえるならば、地域別最低賃金の設定単位については、審議会の運営の弾力化を含め、より労働市場の実情等を反映した単位で設定する方向で検討する必要があるとの意見があった。

(2) 就業形態の多様化に対応した最低賃金の適用のあり方
 派遣労働者に対する最低賃金の適用については、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律の施行時から、派遣元の事業場に適用される最低賃金を適用している。
 しかしながら、その後、適用対象業務が原則自由化され、物の製造の業務への派遣も解禁されたところであり、例えば、派遣先が産業別最低賃金が設定されている製造業であったとしても、派遣元の事業場である労働者派遣業はサービス業に分類されることから、派遣労働者には派遣先の産業別最低賃金は適用されないといった問題が生じている。
 また、派遣先の事業場がある地域と派遣元の事業場がある地域が異なる場合に、派遣労働者は派遣先の他の労働者と同じ場所で働いているにもかかわらず、派遣先の事業場がある地域の最低賃金が適用されないといった問題がある。
 派遣労働者については、現に業務に従事しているのが派遣先であり、賃金の決定に際しては、どこでどういう仕事をしているかを重視すべきであり、最低賃金の適用については、派遣先の地域別(産業別(職業別)最低賃金を存続するならば、産業別(職業別))最低賃金を適用することが適当であると考えられる。

 最低賃金の表示単位期間については、運用上時間額表示が進んでいるが、法律上は時間、日、週又は月によって定めることとされている。
 この点について、賃金支払形態、所定労働時間などの異なる労働者についての最低賃金適用上の公平の観点や就業形態の多様化への対応の観点、さらにはわかりやすさの観点から、最低賃金の表示単位期間を法律上も時間額表示に一本化し、併せて所定労働時間の特に短い者についての適用除外規定を削除することが適当であると考えられる。



「最低賃金制度のあり方に関する研究会」参集者


 石田 光男  同志社大学文学部教授

 今野浩一郎  学習院大学経済学部教授

 大竹 文雄  大阪大学社会経済研究所教授

 奥田 香子  京都府立大学福祉社会学部助教授

 橋本 陽子  学習院大学法学部助教授

 樋口 美雄  慶應義塾大学商学部教授

 古郡 鞆子  中央大学経済学部教授

 渡辺  章  専修大学法科大学院教授


(○印は座長 敬称略・50音順)

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