平17.4.25

女性の坑内労働に係る専門家会合報告書スケルトン案


1 はじめに
 ・ 女性の坑内労働については、昭和22年に制定された労働基準法において禁止の規定が設けられた。その後、昭和59年の婦人少年問題審議会の建議において、「一時的に入坑する者等我が国が既に批准しているILO第45号条約において入坑の認められている者については、禁止を解除すること」とされたことを受け、これまでに、幾度かの法令改正によって、若干の規制緩和がなされてきたところではあるが、現在においても、一定の例外を除き、原則として、女性の坑内労働は禁止されているところ。
 ・ 一方、男女が共にその持てる力を十分に発揮できるような社会の実現に向け、昨年9月から、男女雇用機会均等の更なる推進について、労働政策審議会雇用均等分科会において幅広い検討が行われており、このような中、女性の坑内労働に関しては、女性技術者が監督業務等に従事できるようにする等の規制の見直しが要望されているところ。
 ・ こうしたことを踏まえ、当専門家会合は、女性の坑内労働の規制の在り方について、現在の坑内労働の作業態様、坑内労働が女性の健康等に与える影響等について、専門的見地から検討を行ったもの。


2 坑内労働の概況と特徴
(1) 坑内労働の概況
 坑内労働には鉱山におけるものとずい道工事等鉱山以外におけるものがあり、坑内労働を行う労働者数の大半は鉱山以外のずい道工事等におけるものとなっているがその概況は以下のとおり。
  (1)鉱山における坑内労働
 鉱山数は昭和39年と平成15年とを比較すると4分の1,鉱山労働者数は約20分の1に減少。坑内労働を行う者の数も大きく減少。
 現在稼行している主な坑内掘鉱山は19カ所(石炭鉱山1カ所、金属鉱山2カ所、非金属・石灰石鉱山16カ所)である。
 なお、金属鉱山2カ所についてもそのうちの1カ所は閉山の予定と報じられている。
 鉱山における採掘法については、切羽内での掘削・運搬機器の発達等により筋肉労働の比率は低下している。
  (2)ずい道工事等鉱山以外における坑内労働
 最近のずい道工事等を用途別に見ると、道路41%、鉄道24%、水路21%、洞道管路6%、地下街等1%、その他7%で、道路、鉄道、水路で全体の8割以上を占めている。近年、全体の傾向としてはずい道工事等は請負額、工区数ともにやや減少傾向であるがその中で道路の割合はやや増加傾向。
 建設業に従事する労働者のうち、坑内労働に従事する労働者の数についての統計的なデータはないが、今後も引き続き一定数が従事すると見込まれている。
 施工法の比率で見ると、山岳工法44%、シールド工法28%、推進工法17%、開削工法10%、その他1%。このうち、坑内労働を伴うのが山岳工法及びシールド工法、推進工法である。
 ずい道工事等においてもNATMやシールド工法といった施工方法の進化・発展等技術の向上、機械化の進展等により筋肉労働の比率は低下している。

(2) 坑内労働の特徴と労働災害の状況
  (1)坑内労働の特徴
(鉱山、ずい道工事に共通に見られる特徴)
 他の作業場における労働と比べ、自然環境に左右される面が大きく、掘削する地層によりガスや地下水の流出、落盤等の可能性がある。
 掘削する断面の大小や、工法の相違により、坑内環境や機械化が可能な範囲が異なる。
 坑内での作業は重機を用いた作業がほとんどであるが、小さい断面になると重機が入らないため支保工の組立て等、人力による作業が必要となる。
(鉱山に見られる特徴)
 特に石炭鉱山においては常に可燃性ガスが発生している状態であるため、バッテリーやマスクに加え、ガス検知機など様々な装備を装着した上での作業になる点が特徴的。
 金属鉱山の中には、掘削直後の岩盤が非常に高温であるため、坑内温度が非常に高温である等作業環境が厳しい鉱山もある。

  (2)労働災害の状況
 近年のずい道新設事業及び鉱業における労働災害の発生は、なお、発生率は産業平均より高いものの、昭和30〜40年代に比べて大幅に減少。


3 坑内労働に係る規制について
(1) 我が国における坑内労働規制について
  (1) 坑内労働に係る女性に特有の規制
(ア)現行規制
 労働基準法第64条の2は女性一般の坑内労働(鉱山・ずい道工事等)を原則として禁止し、例外的に、「医師・看護師の業務」「取材の業務」「高度の科学的な知識を必要とする自然科学研究の業務」について臨時的入坑のみを許容している。
 なお、坑内の施設の状況等が妊産婦の身体の安全・衛生にとっては好ましくないと考えられるので、母性保護の観点から、妊婦、産後1年以内であって申し出た者については、上記の例外も認められない。
(イ)規制が置かれた趣旨及びこれまでの改正の経緯
【労働基準法制定前から労働基準法制定まで】
 現在の労働基準法第64条の2の前身にあたる規定が鉱夫労役扶助規則(後に鉱夫就業扶助規則)に挿入される昭和3年(1928年)までは多くの女性が鉱山の坑内労働で働いていた。大正11年(1922年)には坑内労働者20万4500人中女性が5万5000人を占めていたとの記録もある。
 しかし、当時の鉱山における坑内労働の内容は、つるはし、スラ、カゴ、及び炭車等を使用した人力による筋肉労働が主である等厳しい作業条件であった。
 同規則はそのような厳しい作業条件の下で、検討が進められ規定されたものであるが、法令により一定水準の保護を確保しようという意図があったとされている(業界が機械化促進のため女性の就業制限をかけようとしたという記録と賃金が安い女性労働者の就業制限がかかると困るとして炭坑資本が反対したという記録も残されている。)。
 しかし、その後、制限が次第に緩和され、第2次世界大戦中は昭和18年、19年の特例により、20歳以上の女性の坑内労働も認めることとされたが、終戦後、昭和21年に特例は廃止され、昭和22年の労働基準法制定時においては、これに特殊な作業環境による風紀上の問題も指摘され、肉体的、生理的に特殊性を持つ女性について適当な労働とはいえないとの考え方にたって女性の就業は全面的に禁止された。
【ILO条約批准】
 わが国は昭和31年(1956年)にすべての種類の鉱山の坑内作業における女子の使用に関する条約(ILO第45号条約)(昭和10年(1935年)採択、昭和12年(1937年)発効)(後述)を批准。
【規制の一部見直し】
 1975年(昭和50年)国際婦人年以降、男女の機会均等に際して妊娠・出産以外の女性保護規定はむしろ男女の機会均等を阻害するもの、との考え方が一般的となり、その考え方は1979年(昭和54年)に国連総会において採択された女子差別撤廃条約において明確にされた。
 わが国も同条約批准のための雇用の分野における法整備を検討し、昭和59年の婦人少年問題審議会(現在の労働政策審議会雇用均等分科会に相当)の建議において公労使一致した見解として「一時的に入坑する者等我が国が既に批准しているILO第45号条約において入坑の認められている者については、禁止を解除すること」とされた。
 その当時、特に要請の強かった医師・看護師の業務、取材の業務について臨時的に女性が入坑することができるよう例外規定が設けられた。
 さらに平成6年にも臨時の場合に、高度の科学的な知識を必要とする自然科学研究の業務に従事する女性については入坑することができることとされた。
 なお、労働基準法においては、女性の坑内労働の規制の他にも、女性保護規定として、女性に対する時間外、休日労働、深夜業の規制が設けられていたが、上記の考え方に沿い、平成9年の改正時に廃止された(なお、平成14年3月末までは激変緩和措置が設けられていた。)。
  (2) 坑内労働に係る男女共通の規制
 昭和22年に労働基準法が制定され労働時間についても1日8時間までとされ、労働安全衛生関係の規定も置かれたことのほか、昭和24年に鉱山保安法、昭和35年にじん肺法、昭和47年に労働安全衛生法の制定がなされ、それぞれ充実が図られてきている。
  (3) 坑内労働以外の労働にも適用される女性特有の規制
 母性保護の見地から、労働基準法64条の3が、妊産婦の妊娠、出産、哺育等に有害な業務への就業を制限するとともに、そのうち、女性の妊娠及び出産に係る機能に有害な業務として、重量物を取り扱う業務及び有害ガス等が発散する場所における業務への就業も制限している。同条は坑内労働の場面においても、適用される。

(2) 諸外国における坑内労働規制の状況
 諸外国における女性の坑内労働に係る規制等に関して、国際労働機関(ILO)、欧州連合(EU)、イギリス、オランダ、フィンランド、フランス、ドイツ、アメリカについて文献調査及び各国政府に対するヒアリングを行ったところ、以下の情報が得られた。
  (1) ILO第45号条約について
 ILO第45号条約は、年齢の如何を問わず、女性の鉱山における坑内作業を禁止しており、例外的に、(ア)管理の地位にあって筋肉労働をしない場合、(イ)保健及び福祉の業務に使用される場合、(ウ)実習の課程において坑内で訓練を受けている場合、(エ)筋肉労働の性格を有しない職業のため随時坑内に入る必要がある場合については、入坑を許容している。
 ILOがこうした条約を制定した意義としては、安全衛生上の理由としているところ。すなわち鉱山の坑内労働は最も困難な労働の1つであり、こうした著しく過酷な条件から女性を保護するために設けているものであるとされ、それが故に筋肉労働を行わない作業に女性が就労することが可能となるよう例外を設けているものとされている。
 ILO第45号条約については、「鉱山における坑内労働」を対象としており、ずい道工事等鉱山以外の坑内労働については、対象外。
 調査対象国中、現在ILO第45号条約を批准している国はフランス、ドイツ、現在批准していない国はイギリス(1988年廃棄)、オランダ(1998年廃棄)、フィンランド(1997年廃棄)、アメリカ(未批准)。
  (2) 諸外国における規制の概況
 鉱山以外の坑内労働について、女性の就業を規制している国はない。
 鉱山における坑内労働については、フランス、ドイツは女性の就業を規制。イギリス、オランダ、フィンランド、アメリカは女性一般に係る特別の規制はない。
 以前は、鉱山における坑内労働は非常に危険な重労働であり、このような労働は女性には適さないとして、多くの国において、規制が置かれてきた。しかし、国際婦人年以降、雇用における男女の均等な機会の確保の観点から女性保護規制を見直す動きが活発になってきており、イギリス、オランダ、フィンランドを含む各国においてILO第45号条約の廃棄や国内規制の撤廃が行われている。
  (3) 各国における規制の考え方等について
 調査対象国に対し、坑内労働が女性に与える影響等についての科学的知見に関する政府の報告書の有無について照会したところ、いずれの国からも、そのような報告書はない旨の回答、又はその存在を確認できないとの回答であった。
 なお、女性が実際に鉱山において坑内労働を行っているアメリカにおいて、アメリカ労働省鉱業安全衛生局の担当者によれば、女性が坑内労働を行うことに関して問題は生じていないとの回答であった。
 ILO第45号条約を廃棄し、国内規制を改正した国の廃棄・改正の理由は、(ア)雇用における男女の均等な機会の確保の観点から適当ではないこと、(イ)安全技術が向上し、労働環境が改善したこと、(ウ)鉱山の坑内労働において女性が曝されるリスクと男性が曝されるリスクは同様であること、等が挙げられている。
 なお、これらの国についても、妊娠中や授乳期の女性労働者を保護するための規制を設けている。
 一方、女性の坑内労働の実態について統計を有している国は殆どなく、正確な数値の把握はできなかったが、(ア)イギリス、オランダについては、坑内労働に従事する女性はほとんどいないとのこと、(イ)フィンランドについては、鉱山、採石場、ずい道工事、水道工事等を含む建設業で働く労働者のうち約1割程度が女性であるとのこと、(ウ)アメリカについては、男女別の統計調査はないが、鉱山における坑内労働者の5〜10%は女性であるとのこと。
  (4) 国際機関の動向
【ILOの動向】
 ILO第45号条約については、なお84カ国(平成17年3月現在)が批准をしている。
 一方、ILO理事会法令問題および国際労働基準委員会(LILS)は、1996年に基準の見直しに係る作業部会報告をとりまとめているところ、同報告では45号条約について、この条約を公式に改定した条約ではないが新たな条約である176号条約(鉱山における安全及び健康に関する条約)を批准することを推進し、あわせて古い条約を廃棄することを勧めている。(地下労働就労禁止は古いアプローチ。新たな基準はリスク評価とリスク管理に照準を合わせ、地上、地下労働を問わず性によらず鉱山労働者に十分な保護・防止策を提供するもの。)
【EUの動向】
 EUにおいては、欧州委員会が、地下の鉱山業における女性の就業を禁止しているオーストリア政府を均等待遇指令(76/207/EEC)に違反しているとして欧州司法裁判所に提訴。
 オーストリア政府は、坑内労働は運動器官系への恒常的負担を伴い粉じん、窒素酸化物、一酸化炭素が多く、温度湿度ともに高い環境であるところ、女性は平均的に男性より筋力、肺活量、酸素吸入量、血液量、赤血球数が少なく、脊椎が小さく重い荷物を運ぶ際のリスクが大きいこと及びILO第45号条約を批准しておりこれに拘束されることを理由として反論。
 欧州司法裁判所は、(ア)均等待遇指令は、女性と男性が同様に曝され、かつ同指令に明示されたような女性特有の保護の必要性とは無関係な危険から女性をより保護すべきとの理由のみにより、特定の種類の雇用から女性を除外することを許容しない、(イ)オーストリア政府は均等待遇指令に違反しないためには、EC設立条約の規定に沿ってILO第45号条約を廃棄することが求められるとしたが、直近の廃棄の機会の時点では、未だ均等待遇指令違反か否かが明確ではなかったため、加盟国として義務を果たさなかったとはいえないとしている。


 女性の肉体的、生理的特殊性と坑内労働との関係
 当専門家会合においては、以上を踏まえて、女性の肉体的、生理的特殊性と坑内労働との関係について専門的見地から検討を加えたところ、以下のような結論が得られた。

 ・ 坑内労働の主なリスク要因として、典型的には落石、落盤、出水、ガス爆発等があげられるが、これらは男女双方が等しく遭遇しうるリスクであり、その防止のための措置は法令等において規定された結果、労災が減少しているところ。
 また、特に男性に比して、女性に対して影響を与える可能性が高いと推測されるリスク要因として、(1)有害化学物質等による影響、(2)高温や気圧、粉じんなどによる影響、(3)(1)、(2)と筋肉労働が重なったことによる影響が考えられるが、
 (1)については、女性に対する影響が男性に比べ強い場合があるが、労働基準法第64条の3により、妊娠及び出産に係る機能に有害な化学物質等が発散している場所における業務は坑内、坑外を問わず規制されており、当該リスク要因について坑内労働に特有の問題として考慮する必要はないと考えられる。
 (2)については、熱、気圧が女性により高い負荷を与える可能性や、また、粉じんについて、より低い濃度で女性にじん肺が起こる可能性については、現段階では完全には否定できない。
 現在の法制上、労働基準法第64条の3により、高熱や異常気圧の下での業務については妊婦及び産後1年を経過しない女性(以下「妊産婦」という。)に対しては規制が置かれているところであるが、妊産婦以外の女性については特段の規制は設けられていない。また、粉じんについては鉛等の有害物の粉じんを除き、妊産婦も含め女性全般についての規制は設けられていない。しかし、これまで坑内労働以外の業務で、高熱や異常気圧の作業環境下での妊産婦を除く女性の就労及び有害物の粉じんを除いた粉じん作業への女性の就労は認められているが、これらについて女性の健康や安全面で男性と比較して特別に問題が生じるとの明らかな知見は得られていない。
 一方、これら既に女性の就労が認められている坑内労働以外の労働に比べて坑内労働の安全衛生管理の水準が劣っていれば、その違いが女性に特有の問題を招く可能性も残るものである。
 しかし、現行の労働安全衛生法令等の下で、熱についてはクーラー、風管の設置等により、また、粉じんについても散水、風管の設置、マスクの装着等により管理がなされているところであり、実際、ずい道工事等におけるじん肺の新規有所見者数は大きく減少し、年間数件となっている。これらの管理が適切になされていれば、通常女性が熱による健康障害やじん肺を発症することは想定されない。
 なお、気圧については最近ではシールド工法以外でも圧気工法は一部を除きほとんど採用されていないため、リスク要因自体が格段に少なくなってきている。
 (3)については、熱、気圧、粉じんなどによる負荷と、筋肉労働による負荷が、男性と比べて、女性により高い負荷を与える可能性は完全には否定できない。
 しかし、女性の坑内労働が禁止され、ILO45号条約が採択された当時のような筋肉労働は今日では存在しておらず、作業内容は機械化・工法の進展により坑内労働で想定すべき作業は重機操作等が主要な作業内容となり、若干ありうる筋肉労働といっても坑内労働にのみ特殊とはいえない内容になっている。また、労働基準法第64条の3により、女性が一定の重量以上の重量物を取り扱う業務に就くことは禁止されており、さらに、(1)(2)で記載したように安全衛生法令等の規制もあり、作業環境の水準自体が向上していることも考慮すれば、これを理由としてその他の労働との間に特段の区別を設ける必要はないと考えられる。

 ・ 以上から、総じて坑内労働については、自然環境に左右される面があるが、作業環境及び作業態様は施工技術の進歩、法規制の充実等に伴い格段に高い安全衛生の確保が図られるようになってきており、それが守られている状態を前提とすれば、現在では、女性の就労を一律に排除しなければならない事情は乏しくなってきているのではないか。
 ・ ただし、妊産婦については、入昇坑時に時間を要するなどの特殊性もあり、坑内の施設の状況等は妊産婦の安全・衛生にとっては好ましくないと考えられるので、母性保護の観点から、十分な配慮が必要なのではないか。


5 坑内労働に係る規制の課題
 ・ 男女雇用機会均等法が施行されてから20年を経て、女性が様々な職域に進出している。従来、女性労働者があまり多いとはいえなかったいわゆる技術系の職場にも、女性の進出が予想される。
 ・ 女性が意欲、能力に応じて幅広い職業分野に進出しようとする際、合理的理由のなくなった特別措置を存続させることは、女性の保護というよりは、かえって女性の職業選択の幅を狭める結果となる。
 ・ 今般の検討結果を踏まえ、女性の坑内労働に係る規制の在り方の検討にあたっては、適切な対応、措置を講じることが望まれる。

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