資料


「標準的電子カルテ推進委員会」

最終報告(案)





平成17年3月30日



I.はじめに
 電子カルテについては、医事会計システム等の医療機関を構成する部門内の業務を効率的に処理するためのシステム、検査や処方等の指示と確認を関係する部門間でオンラインで実施するオーダー・エントリー・システムといった医療情報システムの発展段階を経て、患者の病状や治療経過等の多様な診療情報を電子的に保存し更新するとともに、保存された情報の検索・分析、閲覧等の機能を有するシステムとして、実運用されるに至っている。
 しかしながら、電子カルテの開発側の企業における技術的な進展、学術分野における電子カルテ構築と運用管理方法等に関する知見の蓄積がみられる一方で、電子カルテの導入を行った医療機関等の関係者から、システム導入・維持等に要する高額な費用等の問題にあわせて、システム間の相互運用性の不足等の標準化に関連した問題が提起されるようになってきた。
 また、個別の医療機関内で完結する電子カルテは発展してきたが、地域医療の連携への活用は十分ではなく、適切な医療施設間の情報連携を進めるためにも、標準化の推進が必要となっている。
 このような背景の下、厚生労働省では、平成15及び16年度の厚生労働科学研究費「医療技術評価総合研究事業」において、わが国の医療現場等で得られた知見や経験を体系化し、今後の効果的かつ効率的なシステム標準化等の推進に寄与するため、標準的電子カルテ開発に重点化して研究事業を採択し、標準的電子カルテの開発と環境整備に向けた研究プロジェクトを進めることとした。
 また、厚生労働省医政局長の私的検討会として平成15年8月に設置した「標準的電子カルテ推進委員会」(以下、本委員会)においては、上記の標準的電子カルテ関連の研究事業の成果を踏まえながら、標準的電子カルテに求められる共通の機能や基本要件、運用管理のあり方、今後の適切な普及方策等の検討を行ってきた。
 本委員会が、平成16年8月までに取りまとめた中間論点整理メモにおいては、電子カルテの現状と普及のための課題とともに、課題解決に向けた検討の視点と方向性等を整理しているが、その主要な検討項目ごとに引き続き検討を深め、電子カルテが継時的・段階的に円滑に発展していくための枠組みや基盤等について、委員会としての考え方を取りまとめたところであるので、ここに報告する。


II.電子カルテの現状と普及のための課題
1.医療の情報化に向けた取組の動向
(1)厚生労働省等の取組
 医療機関が電子カルテを導入するための環境整備のため、平成11年4月の厚生省通知「診療録等の電子媒体による保存について」により、医師法及び歯科医師法に規定する診療録等について、一定の要件(真正性、見読性、保存性の3基準)を各施設の責任において担保することで電子媒体に保存することを容認している。
 また、内閣府「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)」の「e-Japan重点計画」策定を契機に、平成13年3月に「保健医療情報システム検討会」を設置し、情報技術を活用した今後の望ましい医療の実現を目指して、医療分野の情報化推進の目標や方策等の検討を行い、同年12月に「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」(以下、グランドデザイン)を公表した。
 グランドデザインには、平成14年度から概ね5年間の医療の情報化の達成目標とともに、産官学の役割分担と戦略的に情報化を推進するためのアクションプランが提示されているが、その中で、医療情報システムにおける標準化の推進の重要性が強調されている。また、電子カルテについては、電子的診療記録等の保存システムとしての役割だけでなく、医療の質の向上や医療組織の経営効率化の支援を図る有力な手段としても位置づけられている。
 電子カルテの普及策としては、医療機関の導入コスト等の負担軽減のため、平成13年度、14年度と補正予算の機会に病院への電子カルテ導入の予算措置(241病院)を講じてきた他、IT投資促進税制による税制上の優遇措置、(独)福祉医療機構による低利融資、医療施設の建替え等の整備に併せた病院内情報化の補助等の経済的支援を行っている。
 電子カルテ推進の基盤となる標準的な医療用語やコード体系については、(財)医療情報システム開発センターが、社会保険診療報酬支払基金等と連携し、平成15年度までに、病名、医薬品、検査等の9分野のマスター表の一定の整備を行っている。同マスター表については、インターネット上で無償で公開すること等により、医療現場での利用に供しつつ定期的なメンテナンスを実施し、普及に努めている。
 電子カルテを基盤とした地域医療ネットワークについては、平成14年度より、個人情報保護を前提とし、実際の診療に係る情報を地域の関連する医療施設や患者等の間で、専用回線等を通じて電子的に交換や共有するモデル事業を実施しており、成功事例等について関係者に広く情報提供してきたところである。
 こうした取組とも相まって、情報セキュリティ確保への要請が高まっており、「医療情報ネットワーク基盤検討会」を設置して、国民の医療を受ける際の利便性の向上や医療の質の向上等の観点から、今後の望ましい医療情報ネットワークの構築に向けた制度基盤等について検討を行い、平成16年9月に、保健医療福祉分野の公開鍵基盤、書類の電子化及び診療録等の電子保存の主要検討課題を中心に、最終報告を取りまとめたところである。

(2)学会・企業等の取組
 平成15年2月に日本医療情報学会が公表した「電子カルテの定義に関する見解」においては、電子カルテの機能を軸に論点整理がなされており、最低限のシステムからペーパーレス電子カルテまでの機能要件を整理することで、必要な情報の電子化と標準化等、電子カルテ構築の方策や今後の電子カルテのあり方の検討にとり意義深い内容となっている。
 医療情報分野における標準化案の策定に関わる関連団体が標準化施策について協議するための場として医療情報標準化推進協議会(通称HELICS)が関連6団体*によって平成13年5月に設立された。そして、標準化規約等のうち安定的に維持がなされひろく採用が推奨されるものをHELICS標準化指針として採択し公表することによって、その標準化が普及することを推進している。これまでに、標準医薬品マスター、HL7に準拠した臨床検査データ交換規約、DICOM規格、標準病名マスターが標準化指針として採択されているところである (*(財)医療情報システム開発センター、(社)日本医学放射線学会、日本医療情報学会、(社)日本画像医療システム工業会、(社)日本放射線技術学会、保健医療福祉情報システム工業会) 。
 医療機関における情報化をより一層推進するには、医療知識と情報技術の両方に明るい人材の育成が重要である。日本医療情報学会では平成15年度から、医療情報技術の専門的人材を養成し医療情報技師として認定する医療情報育成事業を開始した。
 HL7(Health Level Seven)については日本支部である日本HL7協会が、日本でのHL7の普及に力を入れており年に数回のセミナーを開催したり、ニュースレータを発行するなどして啓蒙を続けている。
 保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)は、医療情報関連業界の唯一の業界団体として医療情報の標準化策定事業等を積極的に推進し、平成15年度から標準的電子カルテ関連の厚生労働科学研究班に協力するとともに、平成16年度経済産業省の医療情報システムにおける相互運用性の実証事業において医療情報システムにおける相互運用性推進普及プロジェクトを実施、相互運用性普及のためのロードマップを作成するなどしている。
 IHE(Integrating the Healthcare Enterprise)の日本版であるIHE-Jでは、(社)日本画像医療システム工業会(JIRA)が管理事務局となって運営委員会のもとに放射線部門情報システムの相互接続性の推進だけでなく、病理、内視鏡、超音波、循環器分野への適用も着実に進めているところである。相互接続性確認試験に相当するコネクタソンは平成16年2月、17年2月に実施され成果を上げている。

(3)医療の情報化に向けた諸外国の動向
 国際標準化機構(ISO)においては、技術委員会(ISO/TC 215)が設置され、医療情報の標準化の様々な領域について加盟各国からの参加を得て議論が行われている。医療情報全般のHL7、画像情報のDICOM(Digital Imaging and Communications in Medicine)は、代表的な情報交換のための標準的規格であり、産業界や医療情報学界の識者が参画する形での自主組織による取組として標準化の活動が進められてきている。
 電子カルテのメッセージ交換のインフラとしては、HL7 をベースとする情報システム開発プロジェクトが先進国で進行しており、HL7 Ver.3では参照情報モデルRIM(Reference Information Model)やドキュメント交換アーキテクチャーのCDA(Clinical Document Architecture)を開発する等、電子カルテに向けた拡張を推進している。
 電子カルテの機能モデルの開発については、HL7が米国医学院(IOM:Institute of Medicine)の報告を受けて、HL7 Information Infrastructure HER-S Functionsを策定中である。
 IHEについては、HL7やDICOMのシステムへの実装に止まらず、相互運用性の確保に向けた取組、医療現場の業務フローのモデルの検討等、企業や情報学会の識者を中心に標準化の活動が進められているが、医療機関側からも高い関心が寄せられつつある。
 医学用語と概念のコード化の分野では、米国CAP(College of American Pathologists)の1部門であるSNOMED Internationalが、SNOMED-CT(Clinical Terms)を開発し、米国では国立医学図書館(NLM:National Library of Medicine)が5年間で3240万ドル負担することによって米国内で使用権を確保し普及を図っている。

2.電子カルテの普及状況と課題
(1)普及状況
 全国の87.8%の二次医療圏で少なくとも1施設において、また、全国の400床以上の病院の11.7%(99施設)において、電子カルテが導入されている(平成16年4月現在)。診療所については、2.6%が導入済みとなっている(平成14年10月厚生労働省医療施設静態調査)。

(2)普及に向けた電子カルテ標準化等に関連する諸課題
 本委員会の中間論点整理メモでは、下記の6つの課題を指摘している。 また、新旧のシステムを含む異なるシステム間の情報の可用性や相互運用性の確保等の課題が指摘されており、マルチ・ベンダーの環境下においても部門システム間の円滑な接続が可能となるような枠組みの検討等が必要となっている。
 さらに、国際的な医療情報分野の標準化の活動が急速に展開しつつあり、システム開発に係る基盤等の調和を図っていくことが必要となっている。
 (1)電子カルテの医療における役割や守備領域が明確化できていない。このため、個々の医療機関においてシステムへの要請が多様化しがちであり、これに対応していくとシステムの大規模化や固有機能の開発など経費の高額化を招きやすい。
 (2)電子カルテの果たすべき機能を整理し、システムの単位ごとに部品化を図ることにより共通利用化が進むことが望まれるが、こうした取組が十分になされていない。
 (3)標準化された用語・コードのマスター構築やデータ交換規格標準化などの基盤整備が進みつつあるが、より上位のレイヤー(応用層)についての標準化が、今後重要である。
 (4)電子カルテを含む診療情報システムのセキュリティ基準が明確でなく、さまざまなセキュリティレベルで運用されており、潜在的なリスクをはらんでいる可能性がある。また個々にセキュリティ対策をはじめから構築することで導入経費を押し上げている可能性もある。
 (5)診療録等の電子保存のガイドライン等については、医療現場での誤解等が多い事が指摘されてきており、電子カルテのシステムにより実現する機能と、その運用により実現する機能との切り分けと組み合わせ方法の分かりやすい指針が必要である。
 (6)現場の電子カルテユーザーにとって、インターフェイスを含む電子カルテの機能は十分なものとは言えない。


III.課題解決に向けた検討の視点と取組の方向性
1.標準的電子カルテが備えるべき機能等
(1)標準的な電子カルテの目的や目標の明確化
 標準的な電子カルテは、標準化されたひとつの電子カルテシステムの仕様書を作成し開発することが目的ではなく、備えるべき機能、装備すべき標準化仕様、考慮すべき他システムとの整合性などを明確に示すことがその目的である。そのための研究開発は、平成15年度からの厚生労働科学研究において着手され一定の成果を上げつつあるが、より具体化していく研究開発を今後も継続的に進めていく必要がある。
 標準的な電子カルテを示していくには、そもそも電子カルテの導入目的と達成すべき目標を明確化することが重要である。具体的には、個々の患者に提供される医療サービスの質の向上、医療機関における医療情報の管理と利活用の効率性と経済性の向上、日本全体の医療提供システムのさらなる発展、医学的知見の集積と新たな医療の開発への貢献、などが期待されることから、電子カルテは今後の医療の基盤的な位置を占めるものであることを再確認されるべきである。

(2)電子カルテが備えるべき共通の機能と構成、これらの機能を満たすためのシステム要件
 電子カルテが備えるべき共通の機能は、患者への医療サービス提供で発生する情報の、記録、編集、保持、管理、検索、出力、加工、通知、転送等に集約される。またこれらの各機能は、アクター、起動条件、使用場所、対象情報、操作対象、目的、手段、アクションなど主として8つの視点から階層的に分類し記述できることが示されている。このような方法で、電子カルテが備えるべき機能を記述しモデルとして提示することが進められており、その成果物を今後の電子カルテ導入および開発にあたって活用していくことが求められる。
 実際の活用にあたっては、地域医療機関の規模や役割による必要とされる機能等の差異を考慮する必要があり、これらの差異が医療機関の規模や役割とどのように関係するのかさらに分析と提示を進める必要がある。
 また、米国IOMの委託に基づいて進められているHL7における電子カルテの機能モデルとの整合性の調査などを今後進めていくことも重要である。

(3)優れたマン・マシンインターフェイスのモデル化
 電子カルテのマン・マシンインターフェイスの良し悪しは、電子カルテが診療中に使用されるものであることから、診療の円滑さに直接的に影響を与える。とりわけ医療者の診療上の思考の流れと整合性を持ったマン・マシンインターフェイスが実現されることが非常に重要であり、単にグラフィカルインターフェイス部品の配置だけでなく、画面やメッセージの展開順序といった高次のマン・マシンインターフェイスが慎重に検討される必要がある。そのためには、マン・マシンインターフェイスの開発者が医療者の診療上の思考プロセスを理解すべく、医療者と十分なコミュニケーションをとって設計を進めることが望まれる。この場合において、開発・導入のたびに個々の医療者と協議するのではなく、大多数の医療者が円滑と考える優れたマン・マシンインターフェイスがあるはずであり、既存システムにおけるそのような優れたマン・マシンインターフェイスをモデル化して示すことが、効率的で優れたシステムを提供できることにつながる。今後こうした視点での研究を発展させていくことが望まれる。
 優れたマン・マシンインターフェイスの実現は、それ自身が操作上の過誤を防止する効果がある点で医療安全上も重要である。また、優れたマン・マシンインターフェイスを標準として示すことによって、新旧システム移行期や、同一医療者が異なる医療機関において異なる電子カルテシステムを扱うことにおける操作事故を防止する効果があると考えられる。

(4)システム上の共通の機能に対応するソフトウエア部品の標準化のあり方 1)ソフトウエア部品の流通と安全な利用手法の検討
 電子カルテシステムにおけるソフトウエア部品の標準化においては、各部品が提供する機能と入出力情報が一定程度標準化されていることが重要であり、各部品を技術的にどのように開発するかについては開発ベンダーに任されてよい。しかし流通するソフトウエア部品が、どのような機能を提供し、どの部品と安全な互換性があるかをわかりやすく示す手法のあり方を業界が検討して提示しておくことが必要である。
 一方で、安全な部品を集めて組み立てただけで安全なシステムとなるわけではないことに留意し、個々の部品が装着されるプラットホームのあり方の検討と、システム全体としての安全性を確認する手法を提示することも今後重要な課題となる。
2)既存の情報システムとのコネクティビティとラッピング
 IHEの考え方は、個々の標準化を部品として提供するだけではなく、さまざまな業務シナリオを一連の流れとして遂行する上で必要となる、部品やシステムの相互接続性を実現するために、ガイドラインを示すことである。ソフトウエア部品あるいは部品化されたサブシステムを新規に開発することは負担が大きくソフトウエアバグの危険性もある。従って、既存の情報システムにおいて安定的に稼動している部品やサブシステムに、標準に基づいた相互接続性を提供できるように一定のソフトウエア・ラッピング(包み込みソフトウエア)を施すことによって実現することも推奨される。その場合に、システム性能の低下などをきたすことがないように技術選択には十分な配慮が必要である。

(5)医療安全確保の視点からの電子カルテの機能
1)標準的電子カルテシステムが医療安全確保に寄与できる領域
 医療安全確保のために医療情報システムが積極的に寄与できる視点として、対象患者の取り違い防止、使用する医薬品が器材の取り違い防止、医薬品使用時の用量や用法の間違い防止、処方や検査・処置の指示内容の間違い防止、検査結果等の患者状態の把握間違いの防止など、多岐にわたるものが考えられる。こうした医療安全確保に関する機能を標準的電子カルテの基本機能として提示し、日常診療業務フローに取り込むことによって、医療安全確保に寄与できると考えられる。
 一方、操作性が個々に異なる電子カルテシステムにおいて、それを操作する医療者の操作ミスを誘発する危険性が指摘されている。さらに、電子カルテシステムの共通マスターや計算ロジックに容易には発見しがたい瑕疵(バグ)が内在することによって、思いがけない医療事故を誘発する危険性が指摘されている。このような、電子カルテシステム自体の医療安全にかかわる内在的問題を解決する手法としても、標準的電子カルテシステムの考え方が重要である。
2)システムと人(利用者)の役割分担の明確化
 一般に医療安全の確保において、情報システムが貢献できることは多岐にわたるが限定的であり、人による過誤をチェックすることが主である。従って、医療安全確保に関する情報システムの機能は、その機能が前提としている利用方法あるいは人の役割分担とをセットで検討される必要がある。
3)今後のシステム開発、運用管理の方向性
 情報システムが医療安全に寄与する度合いが増すほど、安全でバグの少ない情報システム開発が医療の安全性確保に重要となってくる。そのためには、安全性が確認され使用実績のあるソフトウエア部品の蓄積とその利用が重要である。またそうしたソフトウエア部品の詳細な仕様の文書化の蓄積と公開も必要である。
 一方、たとえば体表面積計算式や心拍出量計算式のような生体パラメータの計算ロジックが電子カルテシステムに組み込まれる場合に、システム間で採用される計算式が異なるといったことがないように関連学会などの協力で標準的な取り決めを提示していくことなども望まれる。

(6)共通の機能の実装に当たっての安全で適切なシステム運用指針の整備と利用
 現行の「法令に保存義務が規定されている診療録及び診療諸記録の電子媒体による保存に関するガイドライン等について」(平成11月3月)が技術的中立を徹底したために、抽象的でわかりにくいという指摘を踏まえ、利用可能な技術にも言及し、運用管理及び技術的対策を適切に組み合わせた具体的な対策等の提示が必要である。
 また、現行ガイドラインでは、診療自体に影響を与えない可用性の維持と医療専門職等の守秘義務の達成等に軸足を置いた安全対策を提示していたが、個人情報保護法の全面施行を踏まえ、個人情報保護の視点からの医療情報システムの一般的なセキュリティ対策にも対応が必要である。
 このため、「医療情報ネットワーク基盤検討会」の最終報告(平成16年9月)提言を踏まえ「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」が作成・公表されたところであり、今後、関係者が同ガイドラインを遵守するとともに、常に自己の安全対策を評価し適切に見直すことが求められる。
 なお、こうした指針については、技術的な進展等に対応した継続的な改訂等の体制を確保することが必要である。

2.標準的電子カルテを普及させるために必要な基盤整備
(1)医療用語・コードの標準化マスターの普及と改善
1)病名等の整備された標準マスターの官民一体となった普及
 医療用語・コードのなかでもとりわけ病名コードや手術処置コードは、電子カルテシステムで医療データが蓄積されていく過程において、早急に標準化を普及させ実際にそれがシステムに導入されることが必要である。一般に標準マスターの採用は、個々の導入システムでの利点がすぐには体感しがたい一方で、最初の導入時には既存のコード体系との変換表を用意しなければならないなど作業コストがかかることが多い。従って、標準マスターの導入に一定の技術的・人的・経済的支援等を行うほか、導入にあたってなんらかのインセンティブを導入推奨ベンダーあるいは導入医療機関に与えることも検討が必要である。
2) 適切なメンテナンス体制と安定的に自由に利用できる仕組みの構築
 標準マスターは継続的にその内容を維持管理していく体制が必要である。また、標準マスター等は公共知財の意味合いが強いため、維持管理に必要な費用を確保する仕組みが出来ていない。これらの標準マスター等は、デジタル公共知財としてコンピュータで利用可能な形態で、広く安価に安定的に利用可能でありつづけることが非常に重要である。従ってそれが将来にわたって担保されるためにも、国・標準化開発維持管理団体・利用者が一体となって、安定的供給・維持管理の枠組みの構築が強く望まれる。

(2) 新旧システム間での円滑なデータ移行や異なるシステム間での互換性確保
1)異施設間等の情報連携
 画像・臨床検査結果等のデータは、すでに開発され供給されている臨床検査項目コード、放射線部門コード(JJ1017)等の各種標準コードと、DICOM、および HL7に準拠したJAHIS臨床検査データ交換規約の採用により今後の安定的で施設互換性のある情報連携が可能である。処方等の情報連携においても、標準医薬品コード(通称HOTコード)、HL7に準拠したJAHIS処方データ交換規約V2の採用により日本特有の1日量や食事と関係づけた処方指示なども可能であり、円滑に施設間情報連携が可能となっている。
 退院時要約等の医療用の定型文書情報は、前述のHL7、DICOM等に加え、ISO化されたHL7 V3のRIM(Reference Information Model)にJ-MIX(電子化された診療録情報の交換のための項目セット)を準拠させる作業が進められており、これにより情報の構造、タグ、データタイプを規定することが可能になりつつあるため、この採用が今後推奨される。
 所見、経過等の各種詳細内容は、今後、標準的形式による記述指針の策定が必要である。
2)個々の新旧システムのデータ移行
 ISO化される予定となっているHL7 CDA R2(Clinical Document Architecture Release 2)などの標準的形式で旧システムの電子カルテデータを出力し、新システムに移行することが可能であるように詳細を設計していくことが必要である。
 前述したように旧システムに蓄積された検査結果や処方はHL7準拠、画像はDICOM準拠で新システムにデータの移行が可能であると考えられる。所見など他の電子カルテを構成するデータとりわけ文章データは、HL7 RIM準拠のJ-MIX(開発中)を用い、HL7 CDA R2に準拠する形式での移行を検討することが推奨されるが、カルテの所定書式やその他の文書について、これによる記述の指針の作成が必要である。
 新旧システム移行時にそれまで使用されていた独自コードがある場合には、その機会を捉えて各種の標準用語コードマスターへ移行する措置をとることを強く推奨するほか、そのインセンティブのあり方についても検討が必要である。

(3)標準化を推進するためのインセンティブについて
 標準化の導入はその効果が短期的には個々の医療機関で体感しにくい。それどころか現時点では既存の導入資産がある場合には、それから移行するための費用負担が発生することも多く、そのようなケースでは負のインセンティブ要因のほうが強い。
 少なくとも既存資産がなく新規に導入する場合には、一定の強制力をもって、標準化されたシステムが導入されるように制度等の整備を行うことが期待される。また、既存資産がある医療機関においても、新たに標準化されたシステムが導入されることにより結果として大きな利点があるように、診療報酬上の措置等の方策の検討が望まれる。

3.標準的電子カルテ導入による効果や影響等の評価について
 電子カルテ導入の効果及び影響等に関しては、医療機関の機能を高め、患者の信頼等を得る上で有効な手段であるとの個別事例報告が行われてきたが、医療機関の経営主体の性格、導入前の状況や導入の契機等も相違する等により、一般化が可能な研究成果を得ることが困難であった。
 平成15年度からの実施された研究班の報告により、電子カルテが医療機関の戦略的な運営に広く関わっている状況とともに、その導入の具体的な影響と効果を明らかにし、医療機関における目標管理及び自己評価の手法として、バランスト・スコアカード(Balanced Score Card:BSC)の4つの視点(患者視点、財務視点、病院機能視点、人材育成視点)や各視点の重要業績評価指標(KPI :Key Performance Indicator)による評価モデルの有用性が示されたところである。
 こうした具体的な評価指標等の抽出については、標準的な電子カルテの機能との関連からもさらに検討し、標準的な評価手法や指標等の選定とその検証を行っていくことが必要である。

4.電子カルテシステムの適切な普及のための方策
 電子カルテ導入のメリットとしては、医療安全の推進を含む医療の質の向上や効率化、患者への情報提供、医療機関内外の連携の促進等が挙げられており、電子カルテを導入すること自体が目的化されることは好ましいことではないと考えられる。
 IT戦略本部評価専門調査会第三次中間報告(平成16年12月)においては、電子カルテには様々な意味と期待が混在していることもあり、普及によってどのような成果が見込めるのかが見えにくくなっており、利用者の視点で成果目標に基づく普及状況の評価を行うべきであると提言している。また、上述の日本医療情報学会が公表した「電子カルテの定義に関する見解」でも、完全なペーパーレス、フィルムレスの電子化に限らず、医療機関で求められる機能に応じた電子カルテのあり方を提示しており、今後の普及状況の評価等においては、このような考え方を取り入れていくことが必要である。
 なお、電子カルテにより望ましい診療行為や診療体制が実現される等、国民の理解を得られる条件を満足する場合等においては、さらなる効果的な経済的支援策等の普及策を講じることも積極的に検討するべきである。


IV.おわりに
 電子カルテの開発者、利用者である医療機関、学会、行政機関等は、本報告書の趣旨を踏まえ、それぞれの役割を認識して、標準的電子カルテを推進していくべきである。
 国際的調和という観点からは、学会や国内外の標準化団体等の一層の連携が必要であり、国際標準である情報技術等との整合性の確保に向けて各団体等が協調して取組む必要がある。しかしながら、世界の医療分野の情報化のリーダーとして、標準化の推進に係る知見を公表しつつ、日本独自の情報モデル等を確立し、それを国際標準へ反映させていくという姿勢が必要である。
 産業界においては、標準的電子カルテの目的と目標等を十分に理解し、安価で有用性の高い電子カルテの開発が持続的に発展するように、保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)を中心とした一層の努力が必要である。
 医療界においては、標準的電子カルテの利用者として、望ましい医療の業務フロー等を自ら点検しつつ、電子カルテで取り扱う情報の範囲や不可欠な固有機能を決定し、地域で構築された医療情報ネットワークへの主体的な関与等により、電子カルテ利用の費用対効果を高めていくことが必要である。
 行政機関は、医療専門団体や個々の医療機関における取組と調和を図りながら、標準的電子カルテの目的や目標に資するモデル事業等を推進していく他、産業界や学会等の協力を得て、適切なシステムの研究開発や運用面での合意形成を促進しながら、国民的な理解を前提とした普及支援策を推進することによって、標準的電子カルテの普及に向けた基盤を整備していくべきである。

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