1 | 解雇 |
(1) | 解雇権濫用法理について 労働基準法第18条の2として法制化された解雇権濫用法理については、予測可能性を高める観点から要件をより具体化すべきであるとの意見が出された。そこで、解雇は、労働者側に原因がある理由、企業の経営上の必要性又は労働協約の定め(例えば、ユニオン・ショップ協定)によるものでなければならないことを明らかにすることについて、検討する必要がある。 ここで、解雇権濫用法理は「合理的な理由があること」と「解雇に社会的相当性があること」の二段構えの要件であることを明確にした上で、それぞれの要素を抽出・整理すべきとの意見があった。 その際、社会的相当性の判断に関して、解雇に際して労働組合や労使委員会への事前協議など一定の手続を踏んだ場合には解雇権濫用の判断の際に考慮されるという手続的な規定が必要との意見があった。また、解雇予告、解雇理由の明示など労働基準法に定められた手続についても、権利義務関係にどのような影響を与えるかという視点からの検討が必要であるとの意見があった。 そこで、解雇に当たり、使用者が講ずべき措置を指針等により示す方向で検討することが適当である。 使用者が講ずべき措置としては、例えば、労働者の軽微な非違行為の繰り返しを理由として解雇を行う場合には、事前に一定の警告が必要であるとすることが考えられる。 一方、解雇に当たって労使委員会からの意見聴取を必要とすることも考えられる。しかし、これについては、当該労使委員会の委員に解雇される労働者の解雇の事実や非違行為等が示されることとなるため、解雇される労働者の個人情報の保護、名誉の保持等の観点から、労使委員会が当該事業場の全労働者の利益を公正に代表できるような仕組みを確保し、かつ、委員の守秘義務を法律によって担保する等の措置が併せて必要となる等の問題があり、引き続き検討することが適当である。 なお、特に企業の経営上の必要性による解雇の判断基準については、下記2で検討する。 このほか、裁判において解雇が無効とされた場合、使用者は労働者に解雇の時点以後の賃金を支払わなければならないことは当然であるが、これを周知することが適当である。 |
(2) | 解雇の意思表示前における紛争の予防 解雇の事前手続の問題に関連して、使用者がいったん解雇の意思表示をすると、労働者は職場から排除され紛争解決にも時間がかかることから、このような労働者は解雇すべきだと使用者が考えた場合に、事前に労働者に対してその意向を伝え意見を聴くなど、解雇の意思表示以前の段階で、紛争を予防する方策を検討できないかとの意見があった。 例えば、解雇をするかどうかで紛争が起きた場合の仲裁の活用を推進することや、解雇をするかどうか、解雇対象者を誰にするか等の紛争を労働審判に持ち込めるようにすることで審判に紛争の予防的機能を持たせることが考えられるのではないかとの意見があったが、これについては、仲裁制度、労働審判制度の活用状況等を踏まえて慎重に検討する必要がある。 |
(3) | 出訴期間の制限 我が国においては、労働者が解雇の効力を争う場合に出訴期間の定めがないことから、法律関係の早期安定の観点から、これについても検討する必要があるとの意見があった。 労働者が解雇の効力を争う場合の出訴期間を制限することについては、労働者が裁判所に訴えることに慣れていない現状があることから、労働者が訴えを提起するまでの間に出訴期間が徒過してしまい、労働者の裁判を受ける権利を侵害することになりかねないという問題がある。 しかし、一方で、個別労働紛争解決制度や労働審判制度など労働者にとって身近と考えられる紛争解決方法も増加してきており、労働者がこれらの制度を利用することが考えられる。現在、これらの紛争解決制度においてはそれが不調となり後日訴訟を提起した場合の、賃金請求権等の時効の中断について法的に手当がなされている。そこで、仮に労働者が解雇の効力を争う場合の出訴期間を定めた場合には、解雇の出訴期間についても同様の措置を講じることにより、労働者の裁判を受ける権利を保護することができると考えられる。 もっとも、これは個別労働紛争解決制度や労働審判制度が十分に活用しやすいものとなっていることが議論の前提となることから、出訴期間の制限については、これらの制度の普及状況を見つつ引き続き検討することが適当である。 |
(4) | 労働基準法第18条の2の位置付け 労働基準法第18条の2の規定は、法違反の問題を生ぜず、罰則や労働基準法第104条の申告の対象となる性質のものではなく、解雇の民事的効力について定めているものであるので、第18条の2の民事的効力を定める規定としての今後の発展を視野に入れた場合、これを労働基準法から労働契約法制の体系に移す方向で検討することが適当である。 |
(5) | 有期労働契約の契約期間中の解雇 有期契約労働者の契約期間中における解雇については、下記第5の3(3)で検討する。 |
2 | 整理解雇 使用者の経営上の必要性による解雇すなわち整理解雇の合理性の判断基準について、いわゆる「整理解雇四要件」((1)人員削減の必要性、(2)人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性―解雇回避措置の余地のないこと、(3)解雇対象の選定の妥当性―選定基準が客観的・合理的であること、(4)解雇手続の妥当性―労使協議等を実施していること)がある。これをどのように考えるかについて、裁判例の動向は、かつてはこれらの四要件の一つでも欠ければ解雇は無効となるとの立場(四要件説)をとっていたと解される(東洋酸素事件東京高裁判決(昭和54年10月29日)など)が、最近ではこれを解雇権濫用を判断する四つの重要な要素であるとする立場(四要素説)に収斂してきている(労働大学(本訴)事件東京地裁判決(平成14年12月17日)など)との意見があった。 これについて、裁判所は事件ごとに、四要件説をとったり四要素説をとったりして柔軟な対応を図っているが、仮にこれを法律で明らかにする場合には、どの程度規定を明確にすることができ、また規定をどの程度厳格、あるいは柔軟にすべきであるのかを検討する必要があるとの意見が出された。 ここで、四要件説を採ったとしても各要件の認定を柔軟に行えば解雇は認められやすいこととなり、また、四要素説を採ったとしても各要素の認定を厳格に行えば解雇は認められにくいこととなるから、必ずしも両説の対立が大きいとはいえないと考えられる。 いずれにしても、整理解雇について労働基準法第18条の2にいう解雇権の濫用の有無を判断するに当たっては、予測可能性の向上を図るために考慮しなければならない事項を示す必要があると考えられる。 そこで、整理解雇における解雇権の濫用の判断に当たっては、人員削減の必要性、解雇回避措置、解雇対象者の選定方法、解雇に至る手続等を考慮しなければならないことを明らかにすることについて議論を深める必要がある。 また、整理解雇に当たり使用者が講ずべき措置として次の事項を指針等で示すことについて検討することも考えられる。
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3 | 解雇の金銭解決制度 現在の解雇権濫用法理の下では裁判上解雇は有効か無効かの解決しかないところ、金銭解決制度は柔軟な救済手段を認めようとするものであり、紛争の迅速処理に資するのではないかとの意見があった。 一方、労働者の原職復帰が困難な理由の一つには、紛争解決までに時間がかかることがあるため、紛争の早期解決を図ることは重要であるが、これと併せて金銭解決を認めることについては、相当慎重に考えるべきであるとの意見があった。 また、金銭解決制度については、紛争解決手続と解雇規制の双方を整合的に検討する必要があり、ドイツの例ではあるが、金銭解決制度が存在することが早期の金銭的な和解に影響することはあり得るとの意見があった一方、金銭解決の規定があるから和解が行われることが論理必然的とは必ずしもいえないとの意見があった。 さらに、労働審判制度において、解雇が無効なのに金銭解決を示し得るかどうかは議論の対象であったことから、今後の運用が注目されるとの意見があった。 本研究会においては、解雇紛争の救済手段の選択肢を広げる観点から、仮に解雇の金銭解決制度を導入する場合に、実効性があり、かつ、濫用が行われないような制度設計が可能であるかどうかについて法理論上の検討を行うものである。 仮に解雇の金銭解決制度を導入する場合には、裁判手続上、解雇の有効・無効の判断と金銭解決の申立てとを二段階とすると、迅速な解決という本来の趣旨からは問題があるとの意見があった。 紛争の迅速な解決の観点からは、解雇の有効・無効の判断と金銭解決の判断とを同一裁判所においてなすことについて検討すべきである。 |
(1) | 労働者からの金銭解決の申立て 解雇無効を争う訴訟においての労働者からの金銭解決(雇用関係の解消と引換えの金銭給付による解決)の申立てについて、現状では、解雇について労働者が原職復帰を求めずに損害賠償請求をする場合、労働関係を継続する意思がないことから損害も認められないとして賃金相当額が損害賠償として認められないという下級審判決があることから、労働者側に解雇の金銭解決のニーズがあるとの意見があった。 労働者からの解雇の金銭解決の申立てを導入する場合には、解雇無効の主張と金銭解決による雇用関係の解消との関係に係る理論的問題や、特に中小零細企業の問題として金銭額の水準を一律に定めることの弊害の問題について、整理する必要がある。
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(2) | 使用者からの金銭解決の申立て 使用者からの金銭解決の申立てについては、解雇は無効であっても現実には労働者が原職に復帰できる状況にはないケースもかなりあることから、使用者側の申出にも一定の意味があるとの意見があった。 他方で、労働者は自分の仕事自体をライフワークとしてこれにこだわりを持っている場合もあり、使用者側からの請求を認めることは慎重に考える必要があるとの意見もあった。また、ヒアリングにおいても、使用者団体や企業の人事労務担当者、使用者側弁護士からはこれを認めるべきであるとの意見があった一方、労働組合や労働者側弁護士からは、制度の導入について強い反対が示された。 使用者からの解雇の金銭解決の申立てについては、指摘が予想される問題一つ一つについてどのような解消方法が可能か、検討する必要がある。
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(3) | 双方の申立ての関係 金銭解決の申立てを認めるかどうかについては労使間の自主的な交渉により定められるべきものであることから、ある企業において、労働者からの金銭解決の申立てを認めつつ使用者からの金銭解決の申立てを認めないとすることについては、労使間の自主的な交渉の結果として問題はないと考えられる。 しかし、労働者からの金銭解決の申立てを認めないにもかかわらず使用者からの金銭解決の申立てを認めることは、著しく労使間の均衡を欠くものと考えられるため、許されないこととすべきである。 |
4 | 合意解約、辞職 |
(1) | 使用者の働きかけに応じてなされた労働者の退職の申出等 労働者からの退職の申出については、使用者の働きかけによって労働者が退職届を提出したものの、その後冷静に考えたときに後悔し、その効力を裁判で争うという事例が少なからずあることから、労働関係における意思表示の帰結の重大性にかんがみ、使用者の働きかけに応じてなした労働者の退職の意思表示を一定期間は無条件に撤回できるようにすることは有意義であるとの意見があった。 労働者が合意解約の申し込みや辞職(労働契約の解除)の意思表示を行った場合であっても、それが使用者の働きかけに応じたものであるときは、民法第540条の規定等にかかわらず、一定期間はその効力を生じないこととし、その間は労働者が撤回をすることができるようにする方向で検討することが適当であり、その期間の長さについては特定商取引法等に定めるクーリングオフの期間(おおむね8日間)を参考に、検討すべきである。 |
(2) | 書面による退職の意思表示等 退職の意思表示が一方的な解約の意思表示か、合意解約の申込かの判断をする基準を明確にすることが必要であるとの意見があった。これに対して、退職の意思表示に関する争いを避けるために、退職の意思表示を書面で行うことを要件とすることを検討すべきであるとの意見があった。 退職の意思表示の解釈については、労働者がこの意思表示をするに至った経緯や事業場の慣行等により異なると考えられ、一律の判断基準を示すことは困難であって、個別具体的な事案に応じて判断する以外にないと考えられる。また、退職の意思表示を書面で行うことを必要とすることは、これを行わなかった労働者が退職できず、その間に懲戒等の処分がなされるなど不利になることも考えられるため、慎重に検討すべきである。 |
第5 有期労働契約
1 | 有期労働契約をめぐる法律上の問題点 有期労働契約の在り方については、平成15年に労働基準法の改正により有期労働契約期間の上限を延長した際に、衆参両院の附帯決議において、有期労働契約の在り方について検討を行い必要な措置を講ずべきことが指摘されている。これについては、改正法の施行状況も踏まえて更に検討が行われる必要があるが、有期労働契約をめぐる法律上の問題点は以下のように整理できると考えられる。 |
(1) | 有期労働契約の効果と労働基準法第14条の関係 有期労働契約については、(1)期間中は労働者はやむを得ない事由がない限り退職できないという効果、(2)期間中は使用者はやむを得ない事由がない限り労働者を解雇できないという効果、(3)期間の満了によって労働契約が終了するという効果の三つの効果がある(民法第626条第1項は、有期労働契約であっても5年経過後は(1)、(2)の効果を失わせることとしたものと考えられる。)。 ここで、労働基準法第14条の立法趣旨は長期労働契約による人身拘束の弊害を排除するものであり、本来、(1)の効果についての規制であって他の二つの効果について規制しようとするものではないが、規定の上ではこれが明らかとなっていない。 また、使用者が有期労働契約を締結する場合は、同条に抵触しない契約期間を定める契約を結びこれを反復更新するケースが多い。これに関して問題となる(3)の効果については、東芝柳町工場事件最高裁第一小法廷判決(昭和49年7月22日)において、一定の場合の雇止め(更新拒否)について「雇止めの効力の判断に当たっては、その実質にかんがみ、解雇に関する法理を類推すべきである」との判断が示されており、結果として期間の満了による労働契約の終了という有期労働契約の効果が制限されている。ただし、この判例法理については、雇止めが制限される場合の予測可能性が非常に低く、使用者が判例法理の適用を避けるために有期労働契約を更新しない等の行動を取っていることから、労働者にとって雇用機会が狭まっていると同時に使用者にとっても人材が有効に活用できず問題であるとの意見があった。 |
(2) | 見直しの考え方 上記(1)を踏まえ、労働基準法第14条の規定は、労働者の退職の制限((1)の効果)に対する規制であることを明確にすることが考えられる。 次に、上記(3)の効果については、労働基準法で罰則をもって担保するまでの規定を設ける必要はないと考えられる。ただし、判例法理で一定の場合に雇止めが制限されており、その判断に当たっては契約の締結・更新の際の手続が考慮されている場合が多いことにかんがみ、予測可能性の向上を図るためにも、雇止めの効果については下記2(2)で述べる有期労働契約の手続と併せて検討することが適当である。 上記(2)の効果については、労働者より有利な地位にある使用者が自らの解約権を制限する契約を結ぶことを規制する必要はないと考える。なお、契約期間中の解雇については下記3(3)において検討する。 いずれにしても、上記については、労働者の退職の制限の実態や雇止めの実態など有期労働契約に関する実態を調査し、調査結果を踏まえて検討する必要がある。 また、上記附帯決議において指摘されている「有期雇用とするべき理由の明示の義務化」や「正社員との均等待遇」についても、有期契約労働者に関する実態調査の結果等を踏まえて検討する必要がある。 |
2 | 有期労働契約に関する手続 |
(1) | 契約期間の書面による明示 労働契約の期間に関する事項は、労働基準法第15条により使用者が労働契約の締結に際し書面で明示しなければならないこととされている。ここで、使用者が契約期間を書面で明示しなかったときの労働契約の法的性質については、これを期間の定めのない契約であるとみなす方向で検討することが適当である。 |
(2) | 有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準 平成15年の改正労働基準法に基づき制定された「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」(厚生労働省告示)により、使用者は、有期労働契約の締結に際し更新の有無を明示しなければならず、更新する場合があると明示したときはその判断の基準を明示しなければならないこと、一定の有期労働契約を更新しない場合には、契約期間満了日の30日前までにその予告をしなければならないこと等が定められている。そこで、労働契約法制の観点からもこれらの手続を必要とすることとし、これを履行したことを雇止めの有効性の判断に当たっての考慮要素とすること等についても検討する必要がある。 その際には、契約を更新することがあり得る旨が明示されていた場合には、有期契約労働者が正当な権利を行使したことを理由とする雇止めはできないこととする方向で検討することが適当である。 ただし、この場合、使用者がこのような雇止めの制限を免れるために、実際には契約の更新を予定しているにもかかわらず更新をしない旨を明示しつつ実際には更新を繰り返すことや、有期契約労働者を長期間継続して雇用すること、中でも反復継続して更新を繰り返しつつ最後の一回のみ更新はない旨を明示して雇止めをすることが考えられる。そこで、このような場合における対応についても検討する必要がある。 |
3 | 有期労働契約に関する労働契約法制の在り方 有期労働契約に関する労働契約法制の在り方については、基本的に期間の定めのない契約による労働者と同様に考えるべきものであるが、次の事項については特に留意する必要がある。 |
(1) | 試行雇用契約 試用を目的とする有期労働契約(試行雇用契約)は、企業が労働者の適性や業務遂行能力を見極めた上で本採用とするかどうかを決定することができ、また、労働者も自己の適性を見極められること等から、常用雇用につながる契機となって労使双方に利益をもたらすものとして近年活用されている。 しかし、神戸弘陵学園事件最高裁第三小法廷判決(平成2年6月5日)において、試用的な雇用の期間について、期間の満了により雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、期間の定めのない契約における試用期間であるとの判断が示されたことから、有期労働契約によって試用の機能を果たさせることがやりにくくなっているという問題が指摘されている。 これについては、有期労働契約に関する手続として、上記2で検討したもののほかに、契約期間満了後に期間の定めのない契約に転換する可能性がある場合(有期労働契約が試用の目的を有する場合)にはその旨及び転換の判断基準を併せて明示させることとして、試用の目的を有する(契約期間満了後に期間の定めのない契約に転換する可能性のある)有期労働契約の法律上の位置付けを明確にする方向で検討することが適当である。その際、転換の可能性がある旨を明示した場合には、有期契約労働者が正当な権利を行使したことを理由とする本採用の拒否はできないこととする方向で検討することが適当である。ここで、「本採用の拒否はできない」こととすることの法的効果については、損害賠償を認めることとするか、本採用されたものとみなすこととするか等、更に議論を深める必要がある。 |
(2) | 雇用継続型契約変更制度(再掲) 有期労働契約における雇用継続型契約変更制度については、契約期間中の解除について民法第628条によりやむを得ない事由が必要とされていることから、契約期間中の労働契約の変更についても、自ずからこれが認められる場合は制約されることに留意する必要がある。 |
(3) | 解雇 有期契約労働者の契約期間中における解雇については、民法第628条に基づきやむを得ない事由が必要であるが、必ずしもこの規定が周知されておらず、かえって非正規労働者ということで簡単に解雇が行われているという実態があると考えられることから、これを周知することが必要である。ここで、当該やむを得ない事由が使用者の過失によって生じた場合には使用者は労働者に対して損害賠償の責任を負うことについても、併せて周知する必要があるほか、同条に基づき労働者が使用者に対して損害賠償請求をする場合に、使用者の過失についての立証責任を転換することについても、引き続き検討することが適当である。 また、労働者と使用者の間において、やむを得ない事由以外の事由による契約期間中の解雇を認める個別の合意又は就業規則の規定がある場合がある。これについて、裁判例(安川電機八幡工場事件福岡高裁決定(平成14年9月18日))においては、「会社は、(中略)次の各号の一つに該当するときは、契約期間中といえども解雇する」とする就業規則の規定がある場合に、「(当該就業規則所定の)解雇事由の解釈にあたっても、当該解雇が、3か月の雇用期間の中途でなされなければならないほどの、やむを得ない事由の発生が必要である」としていることから、これを周知する必要がある。 |
第6 仲裁合意
1 | 仲裁法附則第4条の立法経緯 |
(1) | 将来において生ずる紛争に係る仲裁合意を無効とする趣旨
仲裁法附則第4条においては、当分の間、仲裁法の施行(平成16年3月1日)後に成立した仲裁合意であって、将来において生ずる個別労働関係紛争を対象とするものは無効とされている。 この趣旨は、将来において生ずる個別労働関係紛争について労働契約締結時の合意に委ねることとすると、労使当事者間の情報の質及び量、交渉力の格差から対等の立場での合意が期待しがたく、公正でない仲裁手続が合意されるおそれがあること、また、そのような格差がある中で労働者の裁判を受ける権利の制限にもつながるという問題があることへの懸念からこのような取扱いとされたものである。 |
(2) | 消費者契約の場合との比較 仲裁法附則第3条においては、同じく交渉力等に格差があると考えられる消費者と事業者との間の契約についても、将来において生ずる紛争に関する仲裁合意の効力についての例外が定められているが、個別労働関係紛争に関する仲裁合意とは異なり、将来において生ずる紛争に関する仲裁合意も有効としつつ、消費者からの解除を広く認めるものとされている。これは、消費者契約については、仲裁法制定以前より建設工事紛争審査会において、事前の仲裁合意に基づく仲裁判断が一定数活用されていたこと等による。 |
2 | 検討の方向 個別労働関係紛争についても、労働者に不利益にならない形での仲裁は、簡易迅速な紛争解決方法として意味がある。そこで、将来において生ずる個別労働関係紛争を対象とする仲裁合意の効力については、個別労働紛争解決制度や労働審判制度の活用状況、労働市場の国際化等の動向、個別労働関係紛争についての仲裁のニーズ等を考慮して労働契約上の問題として引き続き検討すべきであり、このことを法律上明確にする方向で検討することが適当である。 |
第7 労働時間法制の見直しとの関連
第1で述べたとおり、労働契約法制の整備が必要となっている背景として、近年の就業形態の多様化、経営環境の急激な変化があるが、これは、同時に労働者の創造的・専門的能力を発揮できる働き方への対応を求めるものであり、これに対応した労働時間法制の見直しの必要性が指摘されている。
例えば、「規制改革・民間開放推進3か年計画(改定)」(平成17年3月25日閣議決定)においては、「米国のホワイトカラーエグゼンプション制度を参考にしつつ、現行裁量労働制の適用対象業務を含め、ホワイトカラーの従事する業務のうち裁量性の高いものについては、改正後の労働基準法の裁量労働制の施行状況を踏まえ」「労働者の健康に配慮する措置等を講ずる中で、労働時間規制の適用を除外することを検討する」(平成17年度中に検討)とされている。
したがって、労働契約に関する包括的なルールの見直しを行う際には、併せて、労働者の働き方の多様化に応じた労働時間法制の在り方についても検討を行う必要がある。
また、仮に労働者の創造的・専門的能力を発揮できる自律的な働き方に対応した労働時間法制の見直しを行うとすれば、労使当事者が業務内容や労働時間を含めた労働契約の内容を実質的に対等な立場で自主的に決定できるようにする必要があり、これを担保する労働契約法制を定めることは不可欠となるものである。