はじめに

 本報告書は、平成15年10月上旬に行われた第26例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果を取りまとめたものである。
 ドナーに対する救命治療、脳死判定等の状況については、まず臓器提供施設からフォーマットに基づく検証資料が提出され、この検証資料を基に、医療分野の専門家からなる「医学的検証作業グループ」において評価を行い、報告書案を取りまとめている。第20回脳死下での臓器提供事例に係る検証会議(以下「検証会議」という。)においては、臓器提供施設から提出された検証資料及び当該報告書案を基に検証を行った。その際、当該施設から提出されたCT写真、脳波等の関係資料を参考に検証している。
 また、社団法人日本臓器移植ネットワーク(以下「ネットワーク」という。)の臓器のあっせん業務の状況については、検証会議において、ネットワークから提出されたコーディネート記録、レシピエント選択に係る記録その他関係資料を用いつつ、ネットワークのコーディネーターから一連の経過を聴取し、検証を行った。その際、ネットワークの中央評価委員会における検証結果を踏まえながら検証を行っている。
 本報告書においては、ドナーに対する救命治療、脳死判定等の状況の検証結果を第1章として、ネットワークによる臓器あっせん業務の状況の検証結果を第2章として取りまとめている。


第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1 初期診断・治療に関する評価
 1.1 脳神経系の管理について
1.1.1. 経過
 本症例は平成15年10月5日3:20頃交通事故で受傷した。救急隊の到着時、意識レベルはJCS-300、右瞳孔散大(右5mm、左3mm)、呼吸は16回/分の状態であった。3:59に当該病院に搬入された。到着時、血圧197/103mmHg、脈拍68回/分、意識レベルは深昏睡(JCS-300)、両側瞳孔散大(7mm)、対光反射なし、呼吸は努力様かつ微弱で気管挿管が行われたが、まもなく自発呼吸は停止し、人工呼吸下にエックス線撮影とCT検査が行われた。その結果、頭部エックス線撮影で右頭頂―後頭―側頭骨接合部の離開性骨折が認められた。胸部エックス線では右第7肋骨骨折と右肺の透過性低下がみられるが、バイタルサインに影響を及ぼすほどの病変ではなかった。頭部CTではびまん性脳腫脹による脳室の狭小化、脳底槽の不明瞭化がみられ、左前頭部に7mm程度の薄い硬膜下血腫が認められたが、正中構造の偏位はなかった。血圧は5:00頃200/100mmHgと保たれていたが、5:30頃から低下し始め、86/46mmHgついで60/20mmHgとなり昇圧剤の点滴が開始された。また鎮静剤なしでもバッキングなどの反応はみられなかった。他の血圧低下の要因を除外するため腹部エコー検査が2回行われたが、出血など明らかな異常は見られなかった。7:45にICUへ入室した後、脳波検査が行われ平坦脳波であることが明らかになった。
 なお、頭部CTとエックス線で右前頭―側頭部頭蓋骨にコイン状の骨腫瘍が認められたが、同日17:40に組織片が採取され、良性の腫瘍(線維性黄色腫)と診断された。

1.1.2. 診断の妥当性
 本症例では、経過及び画像所見からも、交通外傷に起因する急性硬膜下血腫、びまん性脳腫脹と診断したことは妥当である。

1.1.3. 保存的治療を行ったことの評価
 本症例は救急救命センター到着時、すでに両側の瞳孔が散大し、対光反射もなく、呼吸は微弱で挿管後に自発呼吸は消失している。血圧は当該病院到着当初、高血圧状態であったが、しばらくして低下し、昇圧剤を必要とするようになった。本症例で神経症状悪化の主因はびまん性脳腫脹であり、左側大脳表面の薄い硬膜下血腫による正中構造の偏位は認められないため、これを摘出する適応はなかったと判断できる。また病院到着時すでに両側瞳孔が散大し対光反射も消失していたことから、外減圧術などの適応も無く、保存的対症治療を行うとした判断は適切であった。

 1.2 呼吸器系の管理
 受傷後16分で救急隊が到着し、自発呼吸下に酸素投与(10l/分)、頸椎固定(ネックカラー)、全身固定(バックボード)がなされ、28分後に当該病院に搬送されたことは適切かつ妥当であった。救急外来到着直後、自発呼吸下酸素マスク(10l/分)装着での血液ガス分析が施行された後、不規則かつ浅い呼吸パターンの故に直ちに気管挿管が施行され、人工呼吸器を装着し自発呼吸同期式間欠的強制換気が行われ、まもなく自発呼吸消失に伴い調節換気に切り替えられた。この状態で胸部エックス線撮影、頭部CTが施行された。以上の呼吸器系の検査治療は適切かつ妥当であつた。ICUにおいて胸部エックス線撮影で認められた肋骨骨折、肺挫傷に対して、適時の血液ガス分析により、呼気終末陽圧法による人工呼吸管理が行われたが、適切であった。

 1.3 循環系の管理
 救急車内では血圧200/99mmHg,脈拍50/分、来院直後は血圧197/103mmHg、脈拍68/分であった。しかし、来院後1時間以降から徐々に血圧低下傾向を呈したために、血圧が80/40mmHgと低下した時点からノルアドレナリン、ドーパミンの持続投与を開始し、血圧の維持がなされたことは適切であった。

 1.4 水電解質の管理
 循環管理のためのドーパミン、ノルアドレナリンの持続投与及び輸液が行われたが、電解質検査、時間尿量の測定及びその管理は適切かつ妥当であった。

 1.5 まとめ
 本症例は、離開性頭蓋骨骨折、びまん性脳損傷のため、外傷直後から高度の頭蓋内圧亢進状態であったと推定できる。当該病院に到着後、呼吸、循環動態の安定が図られたが、すでに不可逆的な脳腫脹状態に陥っていたもので、保存的な対症療法の選択やその後の治療経過は妥当である。

2 臨床的脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価
 2.1 脳死判定を行うための前提条件について
 本症例は交通事故で受傷し、救急隊の到着時、意識レベルはJCS-300、右側瞳孔散大の状態であった。事故40分後に当該病院に搬送された時には深昏睡、両側瞳孔散大、努力様微弱呼吸であり、気管挿管後しばらくして自発呼吸は停止した。CTではびまん性の脳腫脹と左側に7mm程度の正中構造の偏位を伴わない薄い硬膜下血腫をみとめた。血圧は受傷2時間後には60/20mmHgとなり、昇圧剤の点滴が開始された。他の血圧低下の要因を除外するため腹部エコー検査が2回行われたが、出血など明らかな異常は見られなかった。また鎮静薬や筋弛緩薬なしでもバッキングなどの反応はみられず、脳ヘルニアが不可逆的になったと判断された。受傷約8時間後の脳波検査で平坦脳波であることが明らかになり、15:50に臨床的脳死と診断された。約5時間後の10月5日20:30に第1回法的脳死判定開始(終了6日1:40)、6時間20分後に第2回法的脳死判定を行った(終了6日11:43)。
 本症例は、上述の経過概要の記述にあるように、脳死判定の対象としての前提条件を満たしている。すなわち
1)深昏睡及び無呼吸で人工呼吸を行っている状態が継続している。
 10月5日、当該病院に到着時から深昏睡であり、挿管後しばらくして無呼吸になり人工呼吸が行われている。気管挿管から臨床的脳死の診断までには約12時間経過している。
2)原因、臨床経過、症状、CT所見から脳の一次性、器質的病変であることは確実である。
3)診断、治療を含む全経過からすべての適切な治療を行っても回復の可能性は全くなかったと判断される。

 2.2 臨床的な脳死の診断
 〈検査所見及び診断内容〉
検査所見〈10月5日10:00から15:50まで〉
体温 33.6℃(直腸)  血圧132/80mmHg
JCS300
自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右5.0mm 左5.0mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射のすべてなし
脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm記録)
施設における診断内容
以上の結果から臨床的に脳死と診断した。

2.2.1. 脳波
 平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm)。
 平成15年10月5日(11:08−11:47)に行われた脳波の電極配置は、国際10-20法のFp1,Fp2,C3,C4,CZ,T3,T4,O1,O2,A1,A2で、記録は単極導出(Fp1-A1,Fp2-A2,C3-A1,C4-A2,O1-A1,O2-A2)、双極導出(Fp1-C3,Fp2-C4,C3-O1,C4-O2,T3-Cz,T4-Cz,)とで行われている。さらに頭部外モニター(前腕内側に装着)、心電図モニターも同時に行われている。刺激としては呼名・疼痛刺激が行われている。心電図と僅かな静電・電磁誘導が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

 2.3 法に基づく脳死判定
 〈検査所見及び判定内容〉
検査所見(第1回) (10月5日20:30から10月6日1:40まで)
体温:35.2℃ 血圧:106/70mmHg 心拍数:82/分
JCS:300
自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右5.5mm 左5.5mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm記録)
無呼吸テスト:陽性
  (開始前)  (5分後)
PaCO2(mmHg) 36 65
PaO2(mmHg) 454 452
SpO2(%) 100 100
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない。
検査所見(第2回) (10月6日8:00から11:43まで)
体温:36.3℃ 血圧:104/70mmHg 心拍数:102/分
JCS:300
自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
瞳孔:固定し瞳孔径 右5.5mm 左5.5mm
脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm記録)
無呼吸テスト:陽性
  (開始前)  (5分後)
PaCO2(mmHg) 40 67
PaO2(mmHg) 397 391
SpO2(%) 100 100
聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない。
施設における判定内容
 以上の結果より、第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定(10月6日1:40)
 以上の結果より、第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定(10月6日11:43)

2.3.1. 脳波所見について
 第1回法的脳死判定
 平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm記録)。
 平成15年10月5日(23:01−23:48)に記録されており、臨床的脳死診断時の脳波記録と同条件である。心電図と僅かな静電・電磁誘導が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

 第2回法的脳死判定
 平坦脳波(ECI)に相当する(標準感度10μV/mm記録、高感度2μV/mm記録)。
 10月6日(9:29−10:12)に記録されており、第1回法的脳死判定時の脳波記録と同条件である。心電図と僅かな静電・電磁誘導が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

2.3.2. 聴性脳幹誘発反応
 臨床的脳死診断、法的脳死判定(1,2回目)のいずれにおいても、I波を含むすべての波を識別できない。

2.3.3. 無呼吸テスト
 2回とも必要とされるPaCO2レベルを得てテストを終了している。

 2.4 まとめ
 本症例の脳死判定は脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。以上から本症例を法的に脳死と判断したことは妥当である。


第2章 ネットワークによる臓器あっせん業務の状況の検証結果


(注)枠内は、ネットワークから聴取した事項及びネットワークから提出された資料等により、本検証会議として認識している事実経過の概要である。


1 初動体制並びに家族への脳死判定等の説明及び承諾
 平成15年10月5日3:20、軽乗用中に4トラックが追突。3:59救急車にて当該病院に搬送される。入院時、意識レベルJCSIII-300、瞳孔径両側7mmにて散大・固定、対光反射なし。所持品より臓器提供意思表示カードが発見される。4:07気管挿管、4:20呼吸回数10回/分、アンビュー施行。4:57人工呼吸器装着。5:30血圧90台、ノルアドレナリン使用。5:45血圧60台、ノルアドレナリン・DOA使用にて血圧上昇。7:45血圧40台(触診)。その後、昼前に平坦脳波を確認し、前庭反射を除いた脳幹反射の消失を確認、ABR施行。
 同日12:30頃、主治医が家族と話し合った結果、家族より臓器提供を希望するとの返事を受け、13:02、病院は中日本支部に連絡。
 同日14:38、ネットワークのコーディネーター2名が病院に到着し、院内体制等を確認するとともに、医学的情報を収集し一次評価等を行っている。
 同日15:50、カロリックテストを実施し、当該病院は臨床的に脳死と診断。
 同日17:00に、ネットワークのコーディネーター2名が家族(患者の長男、次男)に面談。遅れて都道府県コーディネーター1名が到着し、脳死判定、臓器提供の内容、手続き等につき文書を用いて説明。その際、家族構成等を十分に確認している。
 同日19:00、再度家族(患者の長男、次男、前妻、実兄)と面談。19:30に患者の前妻と次男が代表して脳死判定承諾書、および臓器摘出承諾書に署名捺印。家族の総意であることを確認し、コーディネーターがこれらを受理している。

【評価】
 コーディネーターは、病院から家族への臓器提供に関する説明依頼を受けた後、院内体制等の確認や一次評価等を迅速かつ適切に行っている。
 家族への説明についても、コーディネーターは、脳死判定、臓器提供等の内容、手続きを記載した文書を手渡してその内容を説明し、家族から承諾書を受理している等、コーディネーターの家族への説明等は適正に行われたものと評価できる。


2 ドナーの医学的検査及びレシピエントの選択等
 10月5日20:28より、心臓、肺、肝臓のレシピエント候補者の選定を開始。膵臓と腎臓についてはHLAの検査後、10月6日2:53よりレシピエント候補者の選定を開始している。また、法的脳死判定が終了した後、同日12:30より各臓器別にレシピエント候補者の意思確認が開始された。
 心臓については、第1候補者の移植実施施設側が心臓の移植を受諾。第2候補者は、候補者の全身状態が安定しており、ドナーとの体格差が大きいことを理由に移植実施施設側が心臓の移植を辞退。第1候補者への移植については、最終的にドナーの医学的理由(長時間不整脈及び低血圧が持続したため)により心臓の移植が見送られることになった。
 肺については、第1候補者の移植実施施設側が両肺の移植を受諾。第2候補者の移植実施施設側が両肺の移植を受諾し、順位通り第1候補者に両肺の移植が実施されている。
 肝臓については、第1候補者の移植実施施設側が肝臓の移植を受諾。第2候補者は、候補者の症状が改善傾向にあるとの理由にて移植実施施設側が肝臓の移植を辞退。第3候補者の移植実施施設側が肝臓の移植を受諾。第4候補者の移植実施施設側が肝臓の移植を受諾し、順位通り第1候補者に肝臓の移植が実施されている。
 膵臓・腎臓の同時移植については、第1候補者、第2候補者、第3候補者の移植実施施設側が膵臓・腎臓の同時移植を受諾し、順位通り第1候補者に膵臓・腎臓の同時移植が実施されている。
 右腎臓については、第1候補者は、本人に移植の意思がなく移植実施施設側が右腎臓の移植を辞退。第2候補者の移植実施施設側が右腎臓の移植を受諾し、第2候補者に移植が実施されている。
 小腸については、登録患者不在のため、移植が見送られることとなった。
 また、感染症検査やHLAの検査等については、ネットワーク本部において適宜検査を検査施設に依頼し、特に問題はないことが確認されている。

【評価】
 今回の事例においては、適正にレシピエントの選択手続きが行われたものと評価できる。
 ドナーの医学的検査等は適正に行われている。


3 脳死判定終了後の家族への説明、摘出手術の支援等
 10月6日11:43に脳死判定を終了し、主治医は脳死判定の結果を家族に説明。その後、ネットワークのコーディネーターより、情報公開の内容等について家族の確認を得ている。
 また、同日、ネットワークのコーディネーターより家族に対して、心臓移植については医学的理由にて、小腸移植については登録患者不在にて移植が見送られることとなった旨を報告している。

【評価】
 法的脳死判定終了後の家族への説明等に特に問題はなかった。


4 臓器の搬送
 10月6日にコーディネーターによる臓器搬送の準備が開始され、参考資料2のとおり搬送が行われた。

【評価】
 臓器の搬送は適正に行われた。


5 臓器摘出後の家族への支援
 臓器摘出手術終了後、コーディネーターは手術が終了した旨を家族に報告し、摘出チームや病院関係者等とともにご遺体をお見送りしている。
 10月7日、ネットワークのコーディネーターが、すべての移植手術が無事に終了し、腎臓はすぐに機能し始め利尿があったことを電話にて報告。「提供できたことだけで満足です。」と言われる。
 10月18日、ネットワークのコーディネーターが、電話にて移植後の経過が順調であることを伝え、今後の経過報告やサンクスレターの受領も了解される。厚生労働大臣の感謝状は額に入れてドナーの前妻へ送付することを希望された。葬儀や会社で臓器提供の話をしたところ、「良いことをしたね」と支持されたとのこと。マスコミからの問い合わせ等もなく、家族全員が通常の生活に戻っているとのことであった。
 10月20日、ネットワークのコーディネーターより、厚生労働大臣の感謝状とともに移植後の経過を手紙にしたため送付。
 前記した連絡、報告以外にレシピエントの退院状況や近況報告等、ネットワークのコーディネーターが適宜対応と報告等を行っている。

【評価】
 コーディネーターにより、ご遺体のお見送り、家族への報告やサンクスレターの送付等適切な対応がとられている。

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