第8回 |
資料3 |
第3条(最低賃金の原則) 最低賃金は、労働者の生計費、類似の労働者の賃金及び通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない。 |
この3原則は、最低賃金の決定に当たっていずれも考慮されるべき重要な要素であって、そのうちの何に重点があり、何はこの次というような順位はつけ難い。3つの観点から総合勘案して最低賃金を決定すべきものである。
○ | 「労働者の生計費」 労働者の生活のために必要な費用をいうが、最低賃金決定の際の基準として労働者の生計費が考慮されるべきことは、最低賃金制が労働者の生活の安定を第一目的としていることから当然である。この場合、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定する憲法第25条、「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」と規定する労働基準法第1条の精神が尊重されるべきことはいうまでもない。 ただ、労働者の生計費を算定する場合にも、本法の趣旨を生かす現実的な方法としては、一定の理論の下に最低生計費を算定し、それを絶対的なものとして利用することは、必ずしも妥当な方法ではない。たとえば、生活保護基準、人事院の標準生計費等も参考とされようが、生活保護基準は、交通費等も含まない要保護者の最低生計費を基礎としており、労働者の生計費とはおのずから異なるものである。また、人事院の標準生計費も、必ずしも最低生計費とはいえない等の問題もあるので、直ちにこれらを全面的に用いることはできない。 また、労働者の生計費として、単身の労働者の生計費を参考とするのか扶養家族のある労働者の生計費を参考とするのかということも問題であると考えられる。現在決定されている最低賃金には年齢階層別に決定されているものはなく、単身の労働者も扶養家族のある労働者もいずれも対象としていることから、直接に参考とされるのは若年単身労働者の生計費ということになる。 |
○ | 「類似の労働者の賃金」 例えば、業種別かつ地域別に決定される産業別最低賃金を決定する場合においては、当該地方における同種ないし類似の事業に従事する労働者の賃金水準、これらのないときは当該地方の労働者全体あるいは低賃金労働者の賃金水準、他地方の同種の事業に従事する労働者の賃金水準等であり、地域別最低賃金を決定する場合においては、当該地方の労働者全体あるいは低賃金労働者の賃金水準等である。 とくに、本法第11条の労働協約に基づく地域的最低賃金の決定の場合には、一定の地域内の事業場で使用される同種の労働者およびこれを使用する使用者の大部分に適用される労働協約がその基本となっていることから、当該原則が重要な意味を持っている。 「類似の労働者の賃金」を把握するための資料としては、厚生労働省で行っている「賃金構造基本統計調査」および「毎月勤労統計調査」等を参考にすることはもちろん、最低賃金を決定する際にこれと関連して必要な範囲において調査を実施して資料を得ることも必要であろう。 |
○ | 「通常の事業の賃金支払能力」 当該業種等において正常な経営をしていく場合に通常の事業に期待することのできる賃金経費の負担能力のことであって、個々の企業の支払能力のことではない。 一般的にいえば、業種等の賃金支払能力を概括的に把握するためには、経済産業省「工業統計」等によって出荷額、付加価値額等を検討することによって可能である。 |
第3条
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○ | 第3条の趣旨 本条は、最低賃金をどの程度の水準にするかを決定するにあたり考慮すべき要素には、社会的側面にかかわるものとして、国内の賃金の一般的水準等を考慮に入れた労働者およびその家族の必要を、また、経済的側面にかかわるものとして経済開発上の要請等を含む経済的要素を、国内慣行及び国内事情との関連において可能かつ適当である限り、含めなければならないとするものである。 かかる規定は、第26号条約にはなく、本条約においてはじめて設けられたものであるが、この問題が各国の社会的、経済的諸条件と密接に結びついているものであるため、本条は各国の事情等に応じうるよう弾力的に規定されているところである。 |
3 | ILO事務局ジェラルド・スタール「世界の最低賃金制度」(「Minimum wage fixing」, 1981)(労働省賃金時間部訳)による整理 |
第5章 最低賃金の決定基準
賃金水準の決定の指針となる意義ある基準を明確にすることは、最低賃金行政にとって最も厄介な局面の1つとなってきている。このような基準は、しばしば、最低賃金がその目的にかない、かつ、政策決定が独断的ではなく、原則に基づき、合理的に行われることを確保するために、死活的な重要性を持つものであるとみられている。さらに、ときには、その決定過程に関与しているものの間の避けることのできない見解の相違を歩み寄らせる一手段とも考えられる。しかしながら、一般的に適用でき、かつそれにもかかわらず明快であるという基準を定めるということは、よく知られているように至難の技である。あらゆる段階で最低賃金の決定に関連していると考えられるさまざまな要素をカバーするために、その基準は、結局ある程度抽象的な概念で表現されがちである。これらの一般的な概念を運用する手法も簡単に得られるものではない。そこで、まず本章においては、最低賃金関係法令の中に規定されているさまざまな基準を検討することから始めることとし、そして、最も広く認められている基準に関する主要な問題と、これらの基準と既に述べた最低賃金の果たす役割との関係について考察することとし、最後に、その基準が実際にどのように適用されるかについて若干の解説を加えることとしたい。実例とその特徴
明らかに難しいことであるにもかかわらず、多くの国では、多かれ少なかれ法令の中で最低賃金の決定に当たって考慮すべき基準を明らかにしている。例えば、細部にわたって規定することなく、単に、最低賃金は最低限の必要を十分に満たすべきであるということを規定しているにすぎない事例がいくつかある。そのうちの1つであるコスタリカの1949年憲法は、同一労働同一賃金の要求は別にして、すべての労働者にその健康と人間としての尊厳を保証する最低限の賃金が与えられなければならない、と宣言している。これに関連するその他の指針は、1949年最低賃金法の中に見いだせるのみで、賃金の決定は「その家族の幸福に寄与し……富の公正な配分を促進するものでなければならない。」と規定している。国によっては、法律で何を最低限の必要とするかについて簡潔に規定されている。例えば、イラクの労働法典は、賃金は、衣食住に関してはその最低限の必要が満たされる人間らしい生活を労働者に保証するに十分なものでなければならない、と規定している。ブラジルにおいては、最低賃金の水準に関する唯一の指標として、いついかなるところにおいても、食事、住居、被服、保健衛生および交通に関する労働者の通常の要求を満たさなければならないと規定している。同様に、アルゼンチンにおいて、法律の中に規定されている唯一の基準は、最低賃金は、単身の労働者に、十分な食事、適当な住居、教育、被服、医療、交通、レクリエーション、休暇および保険を保証しなければならないということである。メキシコにおいては、考慮に入れるべき最低限の必要についてさらに詳細に規定している。すなわち、憲法と連邦労働法の双方において、最低賃金は、世帯主の社会的、文化的な通常の必要を満たし、その扶養する子弟に義務教育を与えるに十分なものでなければならないと規定しており、連邦労働法が全国最低賃金協議会の専門部会において検討しなければならないと義務付けている事項としては、1世帯人員に応じた生計費、消費市場における経済状況ならびに各世帯における「なかんずく、住宅、家財、食糧、被服および交通のような物質的必要;娯楽、スポーツ、学習、図書館や他の文化施設のような社会的・文化的必要;子弟の教育費」といった必要を満たすに不可欠な経費が挙げられている。賃金決定機関は、最低賃金水準を適正に決定するためには、いかなる場合にあっても、当該労働者に適正な生活水準を維持させなければならないということを考慮しなければならない。この目的のためには、十分に労働者が組織され、効果的な労働協約が締結されている業種における類似の労働者に支払われている賃金水準にまず注目しなければならず、もし、そのような参考となるべき水準が周囲から得られない場合にあっては、国全体あるいは特定地域で一般的となっている平均賃金水準を参考にしなければならない。 |
最低賃金の水準の決定にあたって考慮すべき要素には、国内慣行および国内事情との関連において可能かつ適当である限り、次のものを含む。
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労働者の必要
多くの国において、生活賃金という概念は最低賃金ができた当初より最低賃金という概念に密接に結び付いており、多くの憲法と法律において、生活賃金は最低賃金を決定するための重要な目的であり、かつ、基準であると宣言されてきた(例:アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、コスタリカ、イラク、メキシコおよびパナマ)。法律が目的や基準について何も規定していない国においてさえも、労働者の必要という概念は、最低賃金の水準に関する国の議論の中おいてしばしば重要な要素であった(例:インドおよびインドネシア)。いくつかの国においては、経済開発戦略の1つとしての基本的必要の充足というものに対して次第に関心が高まるにつれ、この概念に対する関心が再燃した。したがって、当初多くの最低賃金決定機関が、とりわけ最低賃金制度の適用範囲が広い開発途上国において、労働者の必要を満たすに不可欠であると考えられる財とサービスの量を具体的に明確にしようとし、かつ、必要な所得を計算するためにこの“バスケット”に値段をつけることを仕事としてきたということは驚くべきことではない。最低賃金の水準を決定するためのこのような具体的な率直な取り組みには無視できない魅力があるけれども、この適用に当たっては多くの困難に遭遇する。このため、必要性の基準は他の基準よりもおそらく最低賃金または生活賃金の本来の概念に近いものであろうが、実際には最も議論があり、かつ、とらえ所のない基準指標となっている。比較可能な賃金と所得
「比較可能な賃金と所得」という概念は、法律の中に規定されている他の最低賃金の決定基準と同じような注目を集めることはめったにないが、実際には政策決定において支配的でないとしてもしばしば重要な事項である。当該最低賃金の影響を直接受けそうな労働者の賃金と所得水準に関する入手可能なすべての指標について、比較可能と判断される他の労働者グループのそれと同様に、詳細な調査を行うことが、最低賃金決定当局の審議の出発点である。既存の賃金と所得に関する資料だけでは不十分と考えられる場合には、特別な調査が頻繁に実施される。この確認された実際の賃金と所得のパターンに対しては、引き続いて、どう修正すべきかが産業経営者の支払い能力や労働者の必要のような他の基準を考慮することによって判断されるのである。第3表 | 日本における産業別および都道府県別改定後の 最低賃金未満労働者の割合(1975年) |
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支払い能力
すでに述べたように、「支払い能力」および生産性もしくは雇用の維持というようなそれに関連する概念、または単に「経済情勢」は、最低賃金の決定基準を規定する法律の中でしばしば言及されており、たとえそうでない場合も、明らかに最低賃金の決定に当たって常に重要な影響を与えている。しかしながら、これらの概念の正確な意味と相対的にどの程度重要とすべきであるかは絶えず議論の的となっている。この点に関して、最低賃金決定当局における労使の代表の間で、最も明白に見解の相違が生ずる。使用者の代表は、労働者の必要あるいは比較すべき賃金に基づく、人件費の増大をもたらすであろう引き上げ要求に直面した場合に、「経済的制約」または「支払い不能」を相当強調するものと通常予想され得る。他方、労働者の代表は、経済的考慮をすることの適切さは否定しないものの、概してこのような主張に対して非常に懐疑的である。これらは、十分実証されていないとしても、使用者の側の、周囲の状況を無視した、あらゆる賃金要求に抵抗するための戦術的な策略に過ぎないように見られがちなのである。加えて、支払い能力はそれ単独では議論できないとしばしば主張される。その国の一般的水準に比較してほどほどの賃金を支払うことのできない産業は存在する権利がない、と考えられる傾向にあるのである。(a) | 国勢調査統計局が用意したリストの中から、無作為にまたは特定の産業の事業場をすべて抜き出すという方法で事業場のサンプルを選定。 |
(b) | それらの企業で支払われた賃金と当該企業の財務状況を調査、ただし、前者については質問票による調査により企業家から直接得られたデータに、後者については法人税の申告にそれぞれ基づいて行う。 |
(c) | 以下のものを分析するような形の統計表に取りまとめての資料の編纂と発表:(1)支払われた賃金、(2)当該産業の1時間当たり平均賃金、(3)売上高に対する賃金比率、(4)過去5年以上にわたる売上高と課税対象利益との関係、(5)売上高または資本金に対する課税対象利益の比率のような他の経済指標、(6)種々の最低賃金の設定により直接影響を受ける労働者数、それに関連する給与総額の増大および利潤の削減、ならびに(7)生産、輸出、輸入、生産物の価格、税金の免除または特典、経済見通しおよび競争状況のような当該産業の他の全体的特質。 |
経済開発上の要請
この基準は、実際のところ、最低賃金の引き上げにより経済全般に引き起こされる反射的効果のすべてをカバーする非常に広い概念である。この概念の広さは、最低賃金決定当局は、その決定が総雇用と総失業に対して及ぼす影響と同様に、経済の成長と安定のような国家目標に対する影響についても考慮する必要があると広く認識されていることに端を発している。適用手順
以上の、最低賃金の決定のために広く用いられている基準の考察から非常に明らかになることは、それらの基準はすべて、実際に適用しようとすると最低賃金の水準を決定しなければならない者に対する指針としての効果を減殺するほど深刻な問題に直面するということである。比較可能な賃金と所得という基準は、特に最低賃金制度の役割が現行の賃金構造の改善に限定されているところにおいて他の基準より問題が少ないとはいえ、裁量の余地を広く残しすぎている。最低賃金の設定を、既に決まっている明白なルールを容易に入手できるデータに適用するという機械的手順でできたところは、どこにもないのである。第4表 | コスタリカ全国最低賃金評議会の審議過程における主要議題 (1962年及び1972年) |
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