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(案)


「労災保険料率の設定に関する検討会」 報告書

−労災保険率、業種区分、メリット制−



2005年  月

労災保険料率の設定に関する検討会



目次


I はじめに
1.「労災保険料率の設定に関する検討会」について
2.労災保険制度について
3.検討の視点

II 現状と検討課題
1.労災保険率
2.業種区分
3.メリット制

III 今後の基本的な対応
1.労災保険率
2.業種区分
3.メリット制
4.今後の状況変化等への対応



I はじめに

1.「労災保険料率の設定に関する検討会」について

 労災保険率は、労働保険の保険料の徴収等に関する法律及び関係政省令(以下「徴収法令」という。)の定めにより、将来にわたる労災保険の事業に係る財政の均衡を保つことができるように過去3年間の災害率等を考慮して、業種別に設定することとされ、近年は新たな災害率等が把握される3年ごとに、公労使三者から構成される審議会での審議を経た上で改定を行っている。
 平成15年12月、総合規制改革会議(平成16年4月1日、「規制改革・民間開放推進本部」、「規制改革・民間開放推進会議」に組織変更。)の第三次答申(平成15年12月22日)においては、業種別リスクに応じた適正な保険料率の設定について、より専門的な見地から検討を行い、平成16年度中に結論を得べきこととされたところである。
 これを受けて、社会保障、保険(保険数理を含む。)、経済等を専門分野とする学識経験者を参集して、「労災保険料率の設定に関する検討会(以下「検討会」という。)」を平成16年5月12日の第1回以降○回にわたり開催し、近年の産業構造や就業実態の変化等を踏まえ、労災保険率の設定の具体的な方法等について検討を行った。


2.労災保険制度について

 労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかった労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、適正な労働条件の確保等を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的としている。
 労働基準法において、事業主の無過失賠償責任の理念が確立し、災害補償を受けることは労働者の権利であることが明確にされるのと、時を同じくして創設された労災保険は、業務上の災害に際し、事業主の一時的補償負担の緩和を図り、被災労働者等に対する迅速かつ公正な保護を確保するため、事業主の補償責任を担保する制度としての役割を果たすと共に、給付内容については充実が図られてきている。
 労災保険は、一部の事業を除き、労働者を使用する全ての事業に適用される強制保険であり、労災保険事業に要する費用は、事業主が負担する保険料及び若干の国庫補助金等によって賄われている。また、労災保険により被災労働者等に対する給付がなされた場合には、その範囲で事業主は労働基準法の補償責任は免れることとなる。
 保険料は、労働者に支給された賃金総額に労災保険率を乗じて得た額であり、労災保険率は、徴収法令の定めにより、将来にわたる労災保険の事業に係る財政の均衡を保つことができるよう、事業の種類ごとに、過去3年間に発生した保険給付等に基づき算定した保険給付に要する費用の予想額を基礎とし、過去3年間の災害率、労働福祉事業として行う事業の種類及び内容、事務の執行に要する費用の予想額その他の事情を考慮して定められている。
 また、労災保険は、保険料負担を調整することによって事業主の労働災害防止の自主的努力を促進する機能を有している。これは、業種区分ごとの災害率に応じて保険料率が上下する「業種別労災保険率の設定」と個別事業の災害率に応じて上下する「メリット制」により機能している。
 このように、労災保険は上述の被災労働者等に対する迅速かつ公正な保護を行うのみならず、労働災害防止のインセンティブをも併せ持つ制度である。


3.検討の視点

 労災保険率は、業種ごとに作業態様等の差異により、災害率が異なるという実態を前提として、事業主の労働災害防止のインセンティブ促進の観点から、業種ごとに設定されている。しかし、社会保険である労災保険制度においては、必ずしも厳密に業種別に収支均衡させる必要があるという考え方はとっておらず、労災保険率の算定の際には、給付の一部に相当する費用については、全業種一律の賦課によることとしている。このような中、労災保険率改定に関する基礎資料の公開、決定手順のより一層の透明化等が求められると共に、業種別のリスクを正確に反映した労災保険率の設定とはなっていないという問題提起がなされている。
 また、労災保険の業種区分については、現在51業種に区分されているが、長年にわたる産業構造の大幅な変動等によって、約1,000人規模の業種から、適用労働者数では全業種の6割(約2,858万人)を占める業種も現れるようになっており、このような現状を見直す必要があるのではないかと考えられる。
 さらに、近年、事業主団体の一部から労働災害防止努力をより一層保険料に反映させるため、メリット増減幅を拡大すべきとの要望がなされている。
 以上の問題意識等を踏まえて、労災保険料率の設定に関する主な論点(労災保険率、業種区分、メリット制)に関し、総合的に検討を行った。


II 現状と検討課題

1.労災保険率

(1)現状
 労災保険率は、51の業種区分ごとに過去3年間の労災保険の給付等に基づき算定した保険給付に要する費用の予想額を基礎とし、二次健康診断等給付に要する費用、労働福祉事業及び事務の執行に要する費用等の予想額その他の事情を考慮して定めることとされている。
 業務災害分にかかる料率の算定は、業務災害における短期給付分及び長期給付分について業種別に行うことを基本的な考え方としており、このうち業務災害における短期給付分については一定期間(3年間)の収支が均衡するように賦課する「純賦課方式」を、長期給付分については災害発生時点の事業主集団に年金給付等の将来給付費用を賦課する「充足賦課方式」を採用しているが、給付の一部に相当する費用については、全業種一律に賦課している(注)。
 その他、非業務災害分(通勤災害分及び二次健康診断等給付分)、労働福祉事業及び事務の執行に要する費用があり、これらは全業種一律の賦課としている。
 労災保険率の設定にあたっては、上記の基本的な考え方に沿って算定される率に基づいて、3年ごとに改定している。改定に際しては、労災保険率が過大に変動することがないように、また、産業構造の変動等を踏まえて、激変緩和措置(例えば、平成15年度においては、±4/1,000以内の改定とした。)等の配慮を行っている。

 (注)
 料率(業務災害分)の算定にあたって、以下の部分については、全業種一律の賦課としている。
(1) 短期給付分
 労働基準法第81条の打切補償の規定等をメルクマールとして、災害発生から3年を経ている短期給付については、全業種一律賦課として算定している。
(2) 長期給付分(過去債務分を除く。)
 労働基準法第81条の打切補償の規定、同法第77条の障害補償の規定等をメルクマールとして、被災後7年を超えて支給開始したものについては、全業種一律賦課として算定している。
(3) 過去債務分
 平成元年度当時における既裁定年金受給者に係る将来給付費用の不足額を、平成35年度まで全業種一律に賦課している。
 平成元年度当初、事業主が負担すべき過去債務分の料率は1.5/1,000であったが、平成7年度に1.1/1,000、平成10年度に1.0/1,000、平成13年度に0.6/1,000に引き下げられ、平成15年度(現行)に0.1/1,000となっている。

(2)課題
 労災保険率については、業種ごとの収支は必ずしも均衡しておらず、業種別のリスクを単純に反映したものとはなっていないが、事業主集団の労働災害防止へのインセンティブを有効に働かせるという観点からは、業種ごとに異なる災害リスクを正確に反映したものとすべきとの考え方がある一方で、社会保険として必ずしも業種別には収支が均衡する必要はないとの考え方もあり、これらの考え方を踏まえて適正な労災保険率のあり方について検討する必要がある。
 労災保険率を設定するルールについては、現状においては必ずしもその全てにわたって明確に示されているとはいえない状況があり、今後はより明確なルールを示す必要がある。その際、長年にわたる産業構造の変化に伴い規模が小さくなった業種においては、過去に発生した災害等により過大な負担となるという問題があるが、これをどう考えるか、また、保険料の水準が過度に変動することを避ける観点から行われている激変緩和の措置のあり方等について検討する必要がある。
 さらに、労災保険率改定のプロセスを通じての基礎資料の公開、決定手順の透明化についてもより一層の改善方策を検討する必要がある。


2.業種区分

(1)現状
 労災保険制度は、業種別に労災保険率を設定する制度を採用している。これは、業種ごとに作業態様等の差異により、災害率が異なるという実態を前提として、労働災害防止のインセンティブ促進の観点から、業種別に設定することが適切であるとの判断に基づくものである。
 労災保険の業種区分は、労働災害防止インセンティブを有効に機能させるという観点から、作業態様や災害の種類の類似性のある業種グループに着目して、当該グループごとの災害率を勘案して分類することとしている。その際には、費用負担の連帯性の下に労働災害防止活動を効果的に浸透させていくことのできる業界団体等の組織状況等についても斟酌することとしている。また、保険技術上の観点から、保険集団としての規模及び日本標準産業分類に基づく分類等について勘案することとしている。
 労災保険は、適用事業場数約265万、適用労働者数約4,819万人を擁しており、その業種は、現在51業種に区分されている。これまでは、上記の考え方に基づき、災害率の比較的高い製造業、建設業などでは区分が細分化されているが、サービス業を中心とする第三次産業等については、比較的大括りの区分となっている。

(2)課題
 現行の業種区分を見ると、各業種は概ね数万人から百数十万人程度の規模の保険集団として構成されているが、その中には、保険集団としての規模が相当縮小しているものが存在している(これには、(1)産業構造の変動により規模が急減したため、過去における災害等で収支状況が悪く労災保険率が高い業種、(2)規模は小さいが災害率が低いため、保険の収支状況と労災保険率が低く安定している業種、がある。)。また、一方では、「その他の各種事業」のように適用事業場数約132万、適用労働者数約2,858万人と、他に比して規模が大きく、かつ、卸売・小売業、医療、教育等の多様な産業が含まれる業種区分もある。
 以上の状況から、最近の産業構造の変動、技術革新の進展及び保険集団としての規模等の状況を踏まえ、業種区分に関する上記(1)の基本的な考え方に基づき、業種区分について改めて検討する必要がある。


3.メリット制

(1)現状
 労災保険のメリット制は、一定の要件(継続事業については一定の規模以上、有期事業については確定保険料又は請負金額等が一定額以上のもの)を満たす事業について、個々の事業の労災保険の収支(メリット収支率)に応じて、非業務災害分を除く労災保険率又は保険料の額を、継続事業については±40%の範囲で、一括有期事業及び有期事業については±35%の範囲で増減させる制度である。
 このほかに、特例メリット制として、中小企業である継続事業場が安全衛生措置(快適職場の認定事業場)を行い、その適用を希望した事業場に対して、メリット増減幅を±45%の範囲で増減させる制度がある。
 メリット収支率別の適用事業場の分布を見ると、メリット適用事業場の80%以上の事業場で保険料が減額されている。また、−40%又は+40%の最大の引下げ又は引上げの区分に事業場が集中している。
 −40%の事業場が多いのは、近年の労働災害の減少傾向を反映して、無災害事業場が増加しているためと考えられる。一方、+40%の事業場が多いのは、近年の労働災害の減少等による労災保険率の引下げに伴い保険料が低減し、分母にあたる金額が減少していることにより、小規模事業場にあっては、一度重篤な災害が発生すればメリット収支率が極端に悪化するためと考えられる。

(2)課題
 業務災害に係るメリット制は、業種区分が同一であっても、無災害の事業場と労働災害を発生させている事業場との間において保険料に差を設けることが、労働災害防止のインセンティブを促進するという点で必要である。このメリット制に関しては、適用事業場の要件とメリット増減率の幅とをどう設定するかという課題がある。
 これらを検討するにあたっては、全般的に災害率が低下している中で労働災害防止のインセンティブをより高めるという観点から、メリット制がどのような役割を果たし得るか考える必要がある。また、適用要件の緩和及びメリット増減率の拡大は財政面では保険料収入が減少する効果をもたらすことから、その減少分を確保するために全体の労災保険率が引き上がり、メリット制が適用されない事業にとって不利になることにも考慮する必要がある。
 継続事業と有期事業の間に、メリット増減率の幅に差があることについても検証する必要がある。
 また、特例メリット制については、充分活用されていない現状を踏まえ、中小企業の安全衛生水準の向上等に資する有効な政策として活用を推進する方策について検討する必要がある。


III 今後の基本的な対応

 労災保険率の設定については、これまでの制度運営を通じて定着してきた一定の考え方に基づいて行われているが、IIに示された課題を有しているところである。このため、当検討会において、これらの課題を含め、労災保険率の設定に関する主な論点(労災保険率、業種区分、メリット制)に関し総合的に検討を行った結果、新たに労災保険率の設定に係る今後の基本的な対応についての考え方を以下のとおり取りまとめた。
 行政においては、このとりまとめを踏まえるとともに審議会における検討等の所要の手続を経て、労災保険率の設定に関する基本的なルールを改めて策定し、これを明示することが必要であるものと考える。
 さらに、労災保険率の決定手順の一層の透明化を図るための改善方策が必要であることから、行政においては、今後における労災保険率改定のプロセスにおいて労災保険率の改定に係る検討の基礎となる資料を公開するとともに、これに基づいて審議会での検討を行うなど適切な手続きを経て、労災保険率の設定が行われることが必要であるものと考える。
 労災保険制度の今後の運営にあたっては、このように、労災保険率の設定に係るルールの明示及び手続きの透明化を図ることを通じて、制度の運営に対する信頼を高めるように努めることが重要である。その上で、労災保険制度が被災労働者等に対して迅速かつ公正な保護を行うために事業主に加入が義務づけられた強制保険であることを踏まえ、被災労働者等に対する保護機能を確実に果たすとともに、労働災害防止のインセンティブを促進するように労災保険制度が適切に運営されることが望まれる。


1.労災保険率

(1)基本的な考え方

 イ.業種別の設定
 労災保険率は、業種別に災害リスクが異なる観点及び労働災害防止インセンティブを促進し、かつモラルハザードを防止する観点から、業種別に設定することが適当である。
 労災保険率は、次に掲げる財政方式及び賦課方式に基づき、過去3年間の保険給付実績等に基づいて算定する料率設定期間における保険給付費等に要する費用の予想額を基礎とし、労働福祉事業及び事務の執行に要する費用の予想額を考慮して算定することが適当である。

 ロ.改定の頻度
 労災保険率は、労災保険財政の円滑な運営、保険料負担の不公平感の是正、労働災害防止インセンティブ促進の観点から、随時見直すべきであるが、事業主等に対する周知、事業主の事業運営の安定性確保、行政事務の効率化の観点からは、頻繁な改定は避ける必要があるため、原則として3年ごとに改定することが適当である。

 ハ.業種別の料率設定に係る基本的な財政方式
 業務災害分の料率については、業種別に短期給付分及び長期給付分に分けて算定することが適当である。
 短期給付の財政方式については、基本的には短い期間で給付が終了する性格のものであるため、一定期間(3年間)の収支が均衡するように賦課する方式(「純賦課方式」)によることが適当である。
 また、長期給付の財政方式については、長期にわたる年金等という形式での給付であるため、そのような労災事故を起こした責任は労災事故発生時点の事業主集団が負うべきであるという観点から、災害発生時点の事業主集団から将来給付分も含め、年金給付等に要する費用を全額徴収する方式(「充足賦課方式」)によることが適当である。

 ニ.全業種一律賦課
a.業務災害分
 短期給付のうち災害発生より3年を経ている給付分、長期給付のうち災害発生から7年を超えて支給開始されるもの及び過去債務分については、以下の理由から当該事業主の業種だけに責任を負わすことは適当ではなく、全業種一律で算定するのが適当である。

(1)短期給付分
 労働基準法第81条において、被災後3年を超えても傷病が治ゆしない労働者について、3年経過時点で打切補償を行い、当該事業主はそれ以後補償を行わなくてもよいとされていることから、災害発生から3年を経ている短期給付については、当該事業主の業種だけに責任を負わすことは適当ではなく、全業種一律賦課として算定することが適当である。

(2)長期給付分(過去債務分を除く。)
 労働基準法においては、概ね治ゆ後、労働者災害補償保険法での年金4年相当分の給付を事業主責任としており、短期給付分に係る事業主責任(上記(1))と合算して、災害発生から最高約7年相当分の給付が、労働基準法が定めた事業主責任分の最高額と考えるのが妥当である。このようなことから、長期給付分については、災害発生日(又は発症日)から7年を超えて支給が開始される年金等給付費用は当該事業主の業種だけに責任を負わすことは適当ではなく、全業種一律賦課として算定することが適当である。
 ※ (労働基準法第77条)治ゆした労働者に障害等が残り、労働基準法別表第2に基づく災害補償(第1級)は、平均賃金の1,340日分であり、労働者災害補償保険法の障害補償年金の額でみると4.28(=1,340/313)年相当分となる。

(3)過去債務分
 過去債務分は、平成元年度当時における既裁定年金受給者に係る将来給付費用の不足額を平成元年度から継続して積み立てているものである。
 (平成15年度以降の料率:0.1/1,000)
 積立金に関しては、平成15年度末現在において2,000億円程度の積立不足があり、今までの過去債務についての考え方を考慮すると、現時点においては、全業種一律賦課の考え方を継続すべきである。なお、今後における積立金の不足額の状況については、日本経済の動向を踏まえた今後の労災保険財政の見通しにも関係することから、これを踏まえて料率を設定することが適当である。

b.非業務災害分等
 非業務災害分(通勤災害分及び二次健康診断等給付分)、労働福祉事業及び事務の執行に要する費用については、以下の理由から全業種一律で算定するのが適当である。

(1)通勤災害分
 通勤という行為は労働者が労務を提供するために不可欠の行為であるが、業務と異なり事業主の直接の支配管理下になく、また、通勤に関する住居、通勤手段、経路の選択は基本的に労働者の側の事情によって決まる事柄であることから、通勤災害についての負担は、業種に関係なく全業種一律とすることが適当である。

(2)労働福祉事業及び事務費分
 労働福祉事業に係る費用(特別支給金を除く)については、労働福祉事業が被災労働者等を対象とする事業だけでなく、労働災害の防止、労働者の健康の増進等、全労働者を対象とした事業を展開しており、また、事務費についても、保険給付・徴収事務とも全ての事業場を対象としているため、これらの負担についても、全業種一律とすることが適当である。
 なお、労働福祉事業の内容及び負担水準等の問題については、労働福祉事業のあり方に係る政策論を踏まえて議論する必要がある問題であることから、別途の場において検討されることが望ましい。

(2)激変緩和措置等
 上記(1)の基本的考え方により、業種別に算定された数値を労災保険率とすることを原則とする。しかし、算定された数値が大幅に変動した場合に、これに対応して労災保険率を一挙に大幅に引き上げることについては、企業における対応が困難である場合も想定されることから、一定の激変緩和措置を講ずることもやむを得ないものと考えられる。この激変緩和措置の具体的な内容については、労災保険率の全般的な水準にも関連する問題であり、あらかじめ一義的に決めることは困難であることから、今後の料率改定時において、過去3年間の数理計算も踏まえて改めて設定する必要がある。
 さらに、過去に発生した災害等による給付が継続しているが、急激な産業構造の変化に伴って事業場数、労働者数の激減が生じたため、保険の収支状況が著しく悪化している一部の業種(「金属鉱業、非金属鉱業又は石炭鉱業」等)においては、業種別に算定された数値が現在の事業主の労働災害防止努力の結果として評価される水準を超えて過大に算定されるとともに、その数値は今後も悪化していくことが想定される。これらの業種の労災保険率については、通常の激変緩和措置を適用するだけでは料率改定時ごとに労災保険率が際限なく上昇することも想定され得ることから、労災保険率の水準に関するこれまでの状況や使用者の負担能力等をも勘案して、必要に応じて一定の上限を設けることが必要であるかを、過去3年間の数理計算を踏まえて具体的に検討を行うことが必要である。
 なお、激変緩和措置を講ずることにより財政的な影響が出る場合には、その必要な所要額については、全業種一律賦課とすることが適当である。


2.業種区分

(1)基本的な考え方
 労災保険制度は、業種ごとの作業態様等の差異により災害の種類、災害率が異なるという実態を前提として、労働災害防止のインセンティブ促進の観点から、業種別に労災保険率を設定している。
 労災保険の業種区分は、労働災害防止インセンティブを有効に機能させるという観点から、作業態様や災害の種類の類似性のある業種グループ等に着目して、当該グループごとの災害率を勘案して分類することが適当である。その際には、費用負担の連帯性の下に労働災害防止活動を効果的に浸透させていくことのできる業界団体等の組織状況等について斟酌しつつ、保険技術上の観点から、保険集団としての規模及び日本標準産業分類に基づく分類等をも勘案することが適当である。
 現行においては、災害率の比較的高い製造業、建設業などでは区分が細分化されており、サービス業を中心とする第三次産業等については、比較的大括りの区分となっている。しかしながら、産業構造の変化に伴い、第三次産業が中心となっている「その他の各種事業」については、リスクが異なる様々な業種が含まれていることから、上述の考え方に沿って業種の細分化を図ることが適当である。

(2)業種区分の見直し

イ.「その他の各種事業」の分割
 平成18年度労災保険率の改定に際しては、現行の「その他の各種事業」の業種区分を見直すこととし、まず、作業態様の面に着目して、事務従事者割合の比較的高い適用事業細目を取り出した上で、日本標準産業分類(大分類)に対応して、
 (1)「新聞業又は出版業」及び「通信業」
 (2)「卸売業又は小売業」及び「旅館その他の宿泊所の事業」
 (3)「金融、保険又は不動産の事業」
を分割し、新たな業種区分として設定することが適当である。
 現行の「その他の各種事業」のうち、上記(1)、(2)又は(3)に含まれない事業は、当面引き続き「その他の各種事業」として同一の業種区分とすることが適当であると考えられる。
 その際、各々の適用事業細目は、(1)について「新聞業」、「出版業」、「通信業」とし、(2)について「卸売業又は小売業」、「飲食店」、「旅館その他の宿泊所の事業」とし、(3)について「金融業」、「保険業」、「不動産の事業」として、各適用事業細目ごとの収支状況等のデータの収集を図ることが望ましい。
 また、災害率が大きく異なる産業分類が含まれていると考えられる適用事業細目(例、「医療保健、法務、教育、宗教、研究又は調査の事業」)については、今後、業種をさらに適切に分割することができるよう、日本標準産業分類を参考として適切に細分化するとともに、業種の分割に要する基礎資料のデータ収集・整備を行うことが適当である。

ロ.統合の検討
 労働者数が1万人を下回っている業種については、保険集団としての安定性を維持するため、今後の労働者数の変化等の動向を見つつ、統合の検討を行うことが望ましい。
 しかし、長年にわたる産業構造の著しい変化に伴い規模が小さくなり、過去に発生した災害等による給付が継続することによって保険の収支状況が著しく悪化している一部の業種については、他の業種との統合は困難と考えられることから、現状の業種区分を維持することとした上で、1の(2)の激変緩和措置等の必要な対応を行うことが適当である。


3.メリット制

(1)基本的な考え方
 同じ業種区分であっても、個々の事業場においては、作業工程、機械設備あるいは作業環境の良否、事業主の意識如何等によって、災害率に差が生じる。このため、労働災害の多寡により保険率(料)を増減させ、もって事業主の経営感覚に訴えることにより、労働災害防止のインセンティブを促進する機能を有するメリット制は、労災保険制度に必要なシステムである。

(2)メリット制の適用要件
 メリット制は、個々の事業場の保険収支率(メリット収支率)に応じて保険率(料)を増減させる制度であるが、労働災害防止インセンティブを促進するというメリット制の目的に照らし、メリット制適用の規模要件については、以下のように考えるのが適当である。
 災害の発生状況を考えると、一定の労働者数当たりの災害の発生確率が同じ場合であっても、一定期間当たりの災害発生確率は規模が小さい事業場ほど小さくなる。例えば、危険な作業を100人で行い、年に1件の割合で災害が発生するような場合、20人でこの作業を行うと5年間で1件となり4年間は無災害、10人では10年に1件で、9年間は無災害となることになる。
 ( 1件/(100人×1年)=1件/(20人×5年)=1件/(10人×10年) )
 したがって、小規模の事業がメリット制の対象となれば、無災害であることにより−40%が適用される期間が長くなるかもしれないが、ひとたび災害が発生した場合はメリット収支率が一気に悪化して+40%の適用となるような状況となる。このような場合、労働災害の増減の評価を通じて経年的に労働災害防止インセンティブを促進させるというメリット制の機能が有効に働かないと考えられることから、メリット制の対象として一定規模以上という要件を定めることは適当である。
 このような考え方を踏まえたメリット制の適用要件の具体的な基準としては、労働災害防止努力の差異を保険数理的に最小限有意に評価し得る水準の規模として「年に平均1件程度の災害が予想されるような規模」をメルクマールとすることが適当であると考えられる。
 以上のメルクマールにより定められた適用要件(注)( (労働者数)×(非業務災害を除く労災保険率)≧(災害度係数)を満たす労働者数のいる事業場 )について、最近の給付実績等から検証を行ったところ、災害度係数は現行の0.4と相違ない結果が得られた。
 また、現行の規模要件を拡大すると、無災害事業の割合が高まることにより保険料収入の減少が見込まれ、それを補填するため、労災保険率を全体として引き上げる必要があること等の影響もあることから、メリット制の適用要件は現状どおりとすることが適当である。

(注)
 メリット制の対象は、上記の「年に平均1件程度の災害が予想される規模」の事業場を念頭においており、そのような事業場についての「労働者数」と「労災保険率」との関係式を設定している。
 まず、保険料と保険給付額は、それぞれ、
  保険料=(労働者数)×(平均賃金)×(非業務災害を除く保険率)…(1)
  保険給付額=(労働者数)×(被災率)×(平均給付額)…(2)
と表すことができるが、保険の収支均衡の原則から保険料(1)=(2)とすると、被災率は
  被災率={(平均賃金)/(平均給付額)}×(非業務災害を除く保険率)…(3)
と表すことができる。また、被災者数(=(労働者数)×(被災率))を(3)式を用いて表し、1年間の被災者数が1(人)以上となるという前提より、
  被災者数=(労働者数)×{(平均賃金)/(平均給付額)}×(非業務災害を除く保険率)≧1…(4)
が得られるが、この(4)式を変形すると、以下の関係式が導かれる。
  (労働者数)×(非業務災害を除く保険率)≧{(平均給付額)/(平均賃金)}…(5)
 この式の右辺{(平均給付額)/(平均賃金)}により求められた数値を災害度係数と呼び、メリット制の適用範囲を労働者数と保険率(業種ごとに異なる)との関係式として定めているところである。

(3)メリット増減幅
 継続事業のメリット増減幅の拡大は、
  (1) 制度が導入された当時と比較して災害率が相当程度低下している現状においては、メリット増減幅の拡大による災害防止効果を明確に予測することは、過去に比べて難しくなっていること
  (2) 保険料収入の減少が見込まれ、それを補填するため、労災保険率のベースの引上げが必要であること
などの問題があることから、現状の水準(±40%)とすることが適当である。
 一方、有期事業については、継続事業とは異なり現行では±35%の範囲で保険率(料)を増減させている。その差が設けられたのは、有期事業へのメリット制の導入当時、当該業種においては重大災害が多発する傾向にあり、継続事業と同様のメリット増減率の幅の設定が、著しい保険料負担の増加とそれに伴う事業主の災害防止インセンティブの減退を招くおそれがあったためであり、それを避けるために有期事業と継続事業の間には増減幅に差が設けられたという経緯がある。
 しかしながら、建設事業における最近の災害発生状況を見ると、度数率及び強度率が有期事業へのメリット制度導入当時に比べ著しく低下し、継続事業が±40%の増減幅に拡大された昭和55年当時の全産業の災害発生状況と同程度にまで低くなってきていることから、これらの取扱いに差を設ける合理的な理由は無くなってきている。このため、有期事業(建設の事業)のメリット増減幅は、今後は継続事業と同じ増減幅にすることが適当である。
 なお、メリット増減幅の拡大については、「労災かくし」を助長することから拡大すべきでないという意見があるが、「労災かくし」については労働基準法及び労働安全衛生法に違反する事案として行政機関において厳正に対処されることは当然のことである。また、「労災かくし」の背景には、公共工事の指名停止等をおそれることなど複合的な要因が考えられるものであり、「労災かくし」に係る対応については、それ自体別途検討される必要があると考えられる。

 ※ 度数率= (労働災害による死傷者数/延実労働時間数)×100万
 強度率= (労働損失日数/延実労働時間数)×1,000

(4)特例メリット制
 特例メリット制については、中小企業である継続事業場が安全衛生措置(現行は「快適職場の認定」のみ)を講じた上で、同制度の適用を希望した事業場に対し、メリット増減幅を±45%の範囲で増減させる制度であるが、
  (1) 中小事業場では、ひとたび災害が発生するとメリット収支率が急激に悪化し、保険料が+45%になる可能性が高いこと
  (2) 対象となる安全衛生措置が「快適職場の認定」に限られていること
  (3) 特例メリット制の普及活動と企業への浸透状況が必ずしも充分ではないこと
などから、十分に活用されていない状況にある。
 このため、特例メリット制の普及活動に努めるとともに、更なる活用を図り、中小企業への安全衛生措置の導入を促進するため、対象となる安全衛生措置を追加することが適当である。
 また、中小の事業場への一層の適用促進を図る観点からは、政策的なインセンティブとしての有効な措置の導入を検討する必要があり、例えば−45%〜+40%のプラスマイナス非対称型の導入等が考えられる。


4.今後の状況変化等への対応

 今回、本検討会においては、基本的な事項について、上記のように考え方を取りまとめたが、今後とも、労働災害の実態、産業構造や技術変化等を踏まえた労災保険財政の健全な運営及び適時適切な見直しに資するため、専門家の参画も得て、次の課題等について継続的に検討していくことが望ましい。

(課題)
 業種区分に関しては、(1)産業構造や技術変化等を踏まえて、業種に関する情報を収集するとともに、業種区分に係るルールに基づき業種区分の見直しを行うこと、(2)保険集団が小規模であることに起因する料率改定での激変緩和措置がないような最低規模のあり方について検討すること、等が必要である。
 また、メリット制については、創設当時と比べ労働災害が大幅に減少しており、今後とも減少が期待される状況において、メリット制の機能を実効あらしめる手法等について検討しておくことが望ましい。また、あわせて、メリット制と保険財政の関係等についてさらに分析を行うとともに、労働災害防止努力をより適切に反映し得る手法など、メリット制のもつ労働災害防止インセンティブの促進機能を維持し、また、より高める方策について検討することが望まれる。



別紙


「労災保険料率の設定に関する検討会」参集者

氏名 所属機関・役職名
阿部 正浩 獨協大学助教授
座長 岩村 正彦 東京大学大学院教授
大沢 真理 東京大学社会科学研究所教授
岡村 国和 獨協大学教授
小畑 史子 京都大学大学院助教授
倉田 聡 北海道大学大学院教授
高梨 昇三 関東学園大学教授
(50音順)


「労災保険料率の設定に関する検討会」開催状況

第1回 平成16年 5月12日 (労災保険制度の概要)
第2回 5月31日 (労災保険率に係る論点)
第3回 6月14日 (メリット制に係る論点)
第4回 6月28日 (業種区分に係る論点)
第5回 7月23日 (各種論点に関する自由討議)
第6回 9月 8日 (論点整理)
第7回 10月 5日 (中間とりまとめ)
第8回 10月18日 (労災保険率に係る検討)
第9回 11月 1日 (業種区分に係る検討)
第10回 11月30日 (メリット制に係る検討)
第11回 12月20日 (報告書案の検討)
(第12回 平成17年 1月○日 (報告書の決定)


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