戻る

資料No.4

国が行う化学物質等による労働者の健康障害防止に係るリスク評価について(案)


 リスク評価の概要
(1) 趣旨
 我が国の産業界では、5万種類を超える化学物質が使用されているが、これらの物質の中には労働者に健康障害を生ずるおそれのあるものも多く存在している。
 また、近年、国際的には「化学品の分類及び表示に関する世界調和システム」(以下「GHS」という。)の推進、EUにおいては化学物質に対する厳しい規制の検討がなされているほか、我が国でもダイオキシン、石綿、シックハウス症候群等の化学物質による健康問題が社会的に大きな関心を集めるようになっている。
 このような人への健康障害を生ずるおそれのある化学物質、化学物質を含有するその他の物(以下「化学物質等」という。)のうち法令で規制されていないもの(以下「未規制化学物質」という。)をすべて法令で規制することは現実的ではないことから、未規制化学物質の管理は事業者自ら、当該物質の有害性等と労働者が当該物質を吸入又は吸収した量(以下「ばく露量」という。)から、ばく露量に応じて生ずる健康障害の可能性及び程度について評価(以下「リスク評価」という。)を行い、必要な措置を講ずる自律的な管理が基本である。
 しかしながら、現に発生している職業性疾病のうち、未規制化学物質によるものが半数程度を占めていること、中小企業等では自律的な化学物質管理が十分でないこと等を考慮すると、労働者が有害性の高い物質を取り扱う作業であって、ばく露量が大きくリスクが高いと想定されるものについては、国自らリスク評価を行う必要がある。
(2) リスク評価の方法の概要
 リスク評価においては、化学物質等の有害性の種類及び程度の特定、ばく露量に応じて生ずるおそれのある健康障害の可能性及びその程度(以下「量―反応関係」という。)、労働者の当該物質へのばく露量について把握(以下「ばく露評価」という。)することにより、スクリーニング的なリスクの判定を行う。その結果、リスクが高いと判定された場合には、データ等について詳細に検証し、再度リスクの判定を行う(別紙「リスク評価の進め方」参照)。
 有害性の種類及び程度の特定
 事業場において、取り扱われる化学物質等の有害性に関する情報を信頼できる主要な文献等(以下「主要文献等」という。)から入手し、当該化学物質等のGHSにおけるクラス及び区分に係る有害性の種類及び程度を特定する。
 量―反応関係の把握
 ばく露量に応じて引き起こされる健康障害の可能性及びその程度について、主要文献等からばく露限界等の有害性データを把握する。
 ばく露評価
 化学物質等を製造し、又は取り扱う作業(以下「取り扱い作業等」という。)に従事する労働者のばく露量を、作業環境中における空気中の濃度の測定結果等から把握する。
 リスクの判定
 ばく露限界等の有害性データとばく露量を比較することによってリスクを判定する。
 詳細な検証等
 リスクが高いと判定された化学物質等の取り扱い作業等については、ばく露限界等の有害性データ及び作業環境中の空気中の濃度の測定結果等を再検証又は追加して、再度リスクの判定を行う。
(3) 考慮すべき事項
 リスク評価の実施に当たっては、次の事項について考慮する必要がある。
 不確実性
 ばく露量は、作業環境中の空気中の濃度の測定結果から推測していること、量―反応関係から得られるばく露限界等の有害性データは、多くの場合動物実験から得られた結果から外挿法を用いて算出していること等の不確実性があることを考慮する必要がある。
 科学的評価
 科学的知見に基づいて実施することが重要であり、また、専門的な事項を多く有することから、実施に際しては必要に応じて学識経験者の意見を聴く必要がある。

 有害性の種類及び程度の特定
 主要文献等を利用することにより、調査対象化学物質等の有害性について把握する。有害性はGHSのクラス分けに従い、急性毒性、皮膚腐食性・刺激性、眼に対する重篤な損傷性・刺激性、呼吸器感作性・皮膚感作性、発がん性、生殖毒性及び臓器毒性・全身毒性とする。
 主要文献等から、日本産業衛生学会の提案している許容濃度(以下「許容濃度」という。)、米国産業衛生専門家会議(ACGIH)で定める時間加重平均濃度(以下「TLV―TWA」という。)、無毒性量(NOAEL)、最小毒性量(LOAEL)、無影響量(NOEL)、最小影響量(LOEL)、有害性に係るGHSの区分等の量―反応関係に係る有害性データに関する情報を把握する。

 量―反応関係の把握
(1) 臓器毒性・全身毒性又は生殖毒性
 物質が臓器毒性・全身毒性又は生殖毒性を有することを把握し、ばく露限界等について調査を行う。
 許容濃度等が存在する場合
 許容濃度、TLV―TWA、生物学的ばく露指標(BEI)がある場合には当該値を把握する。
 許容濃度等が存在しない場合
 無毒性量(NOAEL)、最小毒性量(LOAEL)、無影響量(NOEL)、最小影響量(LOEL)、ベンチマーク用量(BMD)等の情報について収集する。
(ア) 最小毒性量等から無毒性量等への変換
 無毒性量(NOAEL)等を得ることができず適当な最小毒性量(LOAEL)が得られた場合には、スクリーニング的評価であることを踏まえ、安全サイドにたち、最小毒性量(LOAEL)を10で除して、無毒性量(NOAEL)とする。また、最小影響量(LOEL)から無影響量(NOEL)への変換も同様に取り扱う。
(イ) 経口による無毒性量等から吸入による無毒性量等への変換
 経口による無毒性量等(mg/kg/day)から吸入による無毒性量等(mg/m3)へ変換する必要が生じた場合には、次の換算式により、呼吸量10m /8h、体重60kgとして計算するものとする。また、経口による無影響量から吸入による無影響量への変換も同様に取り扱う。
 吸入による無毒性量等= 経口による無毒性量等 ×  体重
 ―――
 呼吸量
(ウ) 無毒性量等の設定
 主要文献等から得られた無毒性量等のうち、信頼性のある最小値を採用することにより、評価に用いる無毒性量等を設定する。
 また、動物実験等から得られた値においては、ばく露状況に応じて無毒性量(NOAEL)等の補正を行う。
 長期間にわたる試験以外の試験から得られた無毒性量等を評価に用いる場合は、その無毒性量(NOAEL)値を10で除することとする。
(2) 急性毒性
 急性毒性については、動物実験等のデータから得られた急性毒性に係るGHSの区分、LD50 又はLC50 の値、蒸気圧等のばく露に関係する物理化学的性状について把握する。
(3) 皮膚腐食性・刺激性又は眼に対する重篤な損傷性・刺激性
 物質が当該性質を有することを把握する。
 皮膚に対する不可逆的な損傷、若しくは可逆的な刺激性又は眼に対する重篤な損傷、若しくは刺激性を生じさせる有害性に係るGHSの区分について調査する。
(4) 呼吸器感作性又は皮膚感作性
 化学物質等を吸入の後で気道過敏症を誘発する性質、又は当該物質との皮膚接触の後でアレルギー反応を誘発する性質について把握する。
(5) 発がん性
 発がん性を有することを把握し、閾値が存在する場合には、無毒性量(NOAEL)等を、閾値が存在しない場合にはがんの過剰発生率を把握する。
(6) データの検討
 量−反応関係等から得られる有害性データについて、動物実験から得られたデータと人から得られたものがある場合には、原則として人のデータを優先的に用いる。
 また、当該データを使用する場合には、これらのデータが適切な手法を用いて得られたものであること等データの信頼性について十分調査する。

 ばく露評価
(1) ばく露評価の手順
 ばく露評価に用いるばく露量は、事業場において化学物質等の取り扱い作業等に従事する労働者が、1日の労働時間中に当該物質を吸入又は吸収する量とし、当該作業環境中の空気中の濃度の測定又は個人ばく露濃度の測定により把握する。
 ばく露量の把握の手順は次のとおりとする。
 化学物質等の有害性、取扱量、用途等により、調査対象とする物質の優先順位を付ける。
 化学物質等を取り扱うばく露量が大きいと判断される作業について、用途、ばく露データ等から、作業環境の測定等の対象とする作業を選定する。
 選定した作業について作業環境の測定等により、ばく露量を把握する。
(2) 調査対象物質及び取り扱い作業等の優先順位付けのための分類
 有害性 対象となる化学物質等の物理化学的性状に応じた分類を行う。
(ア) GHS等による分類
(イ) 発塵性、揮発性等の大小による分類
 取扱量等
 国内における取扱量により次の通り分類を行う。また、ばく露労働者数が把握できる場合は類似の取り扱いを行う。
(ア) 10トン/年未満
(イ) 10トン/年以上から1000トン/年未満
(ウ) 1000トン/年以上
 用途・作業形態等
 ばく露量が大きいと判断される化学物質等の取り扱い作業等について、用途・作業形態等に応じて次の分類を行う。
(ア) 合成原料、溶剤等の用途による分類
(イ) 作業工程における密閉系又は開放系による分類
(ウ) 気体、液体等の取り扱う状態による分類
(エ) 開放系で取り扱われる場合、労働者が直接従事する作業時間による分類
(オ) 屋内作業又は屋外作業による分類
 優先順位付けのための選定
 上記のア〜ウから、次の条件に該当する化学物質等を優先的に選定する。
(ア) 有害性の程度の大きい物質
(イ) 取扱量、用途、作業形態等から、ばく露量が大きいと推定される取り扱い作業等に使用されている物質
(3) 作業環境の測定の対象とする作業の把握
 ばく露データの収集
(ア) 選定した化学物質等の取り扱い作業等に関する文献、災害事例等に係るばく露関係のデータ
(イ) 作業内容や物理化学的性状が類似した化学物質等に係るばく露関係データ
(ウ) 一般環境に関して把握されている関連するデータがある場合には当該データ
 ばく露量が大きいと想定される作業等の把握
 選定された化学物質等を取り扱っている作業を把握する。さらに、当該作業のうち換気設備等の作業環境の状況からばく露量が大きいと想定される作業を選定する。
 ばく露を推定するモデルによる算定
 選定された化学物質等の取り扱い作業等について、既存のばく露を推定するモデル(以下「ばく露モデル」という。)を用いて、作業環境における空気中の濃度又はばく露濃度を算定する。
(4) 予測ばく露量の把握
 作業環境の測定等の実施
 ばく露モデルによる空気中の濃度等の算定から、当該化学物質の取り扱い作業等のうち、労働者のばく露の程度が大きいと推定される代表的な作業を有する事業場を対象に、作業環境中の空気中の濃度の測定又は個人ばく露濃度の測定を実施する。
 作業環境の測定を実施するばあいには、作業環境測定基準(昭和51年労働省告示第46号)に規定する測定方法に準じたA測定及びB測定を行う。
 予測ばく露量の把握
 作業環境中の空気中の濃度の測定等から、次の式により労働者の1日の労働時間中の予測ばく露量を求める。
 吸入による予測ばく露量(mg/kg)
  =作業環境中の濃度(mg/m3)×一時間あたりの呼吸量(1.25m/h)×
作業時間÷体重(60kg)
 ばく露モデルによる算定結果の活用
 作業環境の測定又は個人ばく露濃度の測定により空気中の濃度等を得ることが困難な場合には、ばく露モデルにより算定した値を参考に、ばく露量の把握を行う。

 リスクの判定等
(1) 判定の概要
 リスクの判定は、発がん性以外の場合には、原則として作業に従事する労働者の化学物質等へのばく露量と、許容濃度、無毒性量 (NOAEL) 等を定量的に比較することにより行い、無毒性量 (NOAEL)等の値を文献等から把握できない場合には、評価対象としての優先順位を繰り下げる。発がん性の場合は、閾値のある場合と閾値のない場合とに分けて判定する。
 スクリーニング的なリスク評価において、リスクが高いと判定された場合には、有害性データ、作業環境中の空気中の濃度の測定結果等のデータの検証、又は追加を行い学識経験者の意見を聴き詳細な検討を行う。
 さらに、詳細な検討においてリスクが高いと判断される場合には、ばく露を防止するための必要な措置を講ずる。
(2) 判定の手順
 リスクの判定に際しては、許容濃度、人に対する無毒性量(NOAEL)等を優先的に用いるが、当該値が存在しない場合には、動物実験等から得られた値を外挿して用いる。
 無毒性量等を得ることができない種類の有害性の場合には、量―反応関係、有害性等、ばく露労働者の数等を考慮することにより総合的にリスクの判定を行う。
 発がん性以外のリスクの判定方法
(ア) 許容濃度等が把握できる場合
 リスクの判定は、許容濃度又はTLV―TWAの値とばく露量の把握から得られた予測ばく露量を比較することにより行う。
(イ) 無毒性量(NOAEL)等を把握できる場合
 量−反応関係の調査から得られた無毒性量(NOAEL)等と予測ばく露量を比較することにより行う。
 無毒性量(NOAEL)等が得られた場合には、次の式により求めたmargin of exposure(以下「MOE」という。)を算定する。
 MOE= 無毒性量等
――――――
予測ばく露量
 なお、MOEの算定に当たっては、作業環境の測定におけるA測定又はB測定、個人ばく露濃度の測定等から算出した予測ばく露量を用いる。
 MOEは人に対する無毒性量(NOAEL)等を予測ばく露量の最大値で除した値として算出する。
(ウ) 許容濃度等、無毒性量(NOAEL)等が把握できない場合
 許容濃度等や無毒性量等が把握できない場合には、物理化学的性状、有害性等を勘案して総合的に判定する。
 発がん性のリスクの判定方法
 発がん性のリスク評価では、発がん性に関する閾値の有無を判別する手法については、国際的に統一された標準的な手法は確立されていない状況にある。
 また、閾値がある前提のもとで評価を行う場合でも、評価方法の詳細については国により異なる手法が用いられている。このため、スクリーニングとして行われるリスク評価においては、情報収集を行って得られた評価手法をすべて活用することとする。
(ア) 閾値が存在する場合
 腫瘍発生に係る無毒性量(NOAEL)、最小毒性量(LOAEL)、無影響量(NOEL)、最小影響量(LOEL)又はベンチマーク用量(BMD)に関する主要文献等の知見を踏まえ、発がん作用の閾値を設定し、当該値と1日の労働時間中におけるばく露量の最大値との比により判定する。
(イ) 閾値が存在しない場合
 国際機関等において量―反応関係から求められた1μg/m の物質に生涯ばく露された時の生涯過剰発がんリスクであるユニットリスクを用い、可能ならば次の式によってがんの過剰発生率を計算する。
 がんの過剰発生率=ユニットリスク(μg/m-1 ×
  吸入ばく露量(μg/m
(3) 判定基準 リスクは次の基準に従い判定し、必要な場合には詳細な検討の対象とする。
 発がん性以外の場合
(ア) 許容濃度等が把握できる場合
 許容濃度又はTLV―TWAが予測ばく露量より小さいか又は等しい場合には、詳細な検討を行う対象とする。
(イ) 許容濃度等が把握できない場合
 無毒性量(NOAEL)等を使用してMOEを算定する場合には、次により判定するものとする。
a MOE<1の場合には詳細な検討を行う対象とする。
b 1<MOE<5の場合には、今後とも情報収集に努めるものとする。
 発がん性の場合
(ア) 閾値が存在する場合
 アの(イ)の場合と同様とする。
(イ) 閾値が存在しない場合
 がんの過剰発生率を算定する場合には、当該値が概ね1×10―4 を目安とし、これより大きい場合には、詳細な検討を行う対象とする。
 がんの過剰発生率を算定することができない場合には、有害性の区分、作業の状況、ばく露量、ばく露労働者の数等を勘案し、学識経験者等の意見を参考に総合的に判定を行う。
(4) 詳細な検討の手順 詳細な検討は次の手順によって行う。
 追加データ等の検証
 詳細な検討の対象となった物質を取り扱う作業については、その作業態様を検証するとともに、必要な場合には追加的な作業環境測定等を実施し、ばく露の程度についてデータを追加する。
 また、根拠となった量−反応関係に係る無毒性量(NOAEL)等の有害性データの検証を行うとともに、文献等の追加的な調査等を行う。
 リスクの再検証等
 追加情報の調査の結果等を勘案して、リスク判定の再検証を行い、リスク低減の措置を講ずる必要性、講ずべき措置等について学識経験者等の意見を聴くものとする。


別紙

リスク評価の進め方


トップへ
戻る