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資料No.3-2

化学物質等による労働者の健康障害防止に係る
リスク評価に関する方法及び考え方について
(中間報告)




平成16年12月
中央労働災害防止協会


はじめに


 平成16年5月に出された「職場における労働者の健康確保のための化学物質管理のあり方検討会報告書」においては、「職場における化学物質は、その種類が多様で、かつ化学物質を取り扱う作業も多岐にわたり、また変化する傾向にあること等を踏まえると、事業場において、事業者が自らの責務として、個々の事業場でのばく露状況等に基づきリスクを評価し、その結果に基づき、ばく露防止対策を講じること等の自律的な化学物質管理が重要であり、また、化学物質管理の基本である。
 しかし、これらの自律的な取組は、現状においては、化学物質管理体制の整備状況等から見て中小企業等を中心に必ずしも十分でないこと、労働者がばく露すると重篤な健康障害発生のおそれがある物質が多数存在すること等を考慮すると、全ての化学物質管理を事業者の自律的な対応に委ねることは困難であり、国自らも、必要に応じて、リスク評価を行い、健康障害発生のリスクが特に高い作業等については、製造等の禁止、特別規則による規制を行うなどの国によるリスク管理の実施が必要である。」とされ、国自らも必要に応じ、リスク評価を行うべき事が提言されている。
 これらの状況の中で、国において実施する法令等で規制していない化学物質に関して、リスク評価を行う際の、基本的な考え方及びその方法について検討することとされたところである。
 中央労働災害防止協会においては、厚生労働省から委託を受け、学識経験者、業界代表からなる検討委員会を設け、鋭意検討した結果ここに中間報告として提出する。

平成16年12月

中央労働災害防止協会


職場における化学物質のリスク評価委員会委員名簿
(五十音順)


嵐谷 奎一 (あらしだに けいいち)
 産業医科大学 産業保健学部 第2環境管理学 教授
内山 巌雄 (うちやま いわお)
 京都大学大学院 工学研究科 都市環境工学専攻 環境衛生学講座 教授
江馬 眞 (えま まこと)
 国立医薬品食品衛生研究所 安全性生物試験研究センター 総合評価研究室 室長
太田 久吉 (おおた ひさよし)
 北里大学 医療衛生学部 衛生管理学・産業保健学 教授
大西 純一 (おおにし じゅんいち)
 (社)日本化学物質安全・情報センター 調査部長
大前 和幸 (おおまえ かずゆき)
 慶応大学 医学部 衛生学公衆衛生学教室 教授
小西 淑人 (こにし よしひと)
 (社)日本作業環境測定協会 調査研究部長
小宮山 勝志 (こみやま かつし)
 (株)トウペ 品質環境部 部長 ((社)日本塗料工業会推薦)
菅谷 芳雄 (すがや よしお)
 (独)国立環境研究所 化学物質環境リスク研究センター 生態リスク評価研究室
    主任研究官
中西 良文 (なかにし よしふみ)
 (独)産業医学総合研究所 有害性評価研究部 主任研究官
福光 保典 (ふくみつ やすのり)
 (社)日本化学工業協会 環境安全部 部長
宮川 宗之 (みやがわ むねゆき)
 (独)産業医学総合研究所 企画調整部 主任研究官
吉田 喜久雄 (よしだ きくお)
 (独)産業技術総合研究所 化学物質リスク管理研究センター リスク解析研究チーム
    チームリーダー

(○は委員長)


目次


 はじめに

 委員名簿

 化学物質等による労働者の健康障害防止に係るリスク評価に関する
 方法及び考え方について(中間報告)
   第1 リスク評価の概要等
   第2 ばく露の程度の把握
   第3 ばく露に係る考え方
   第4 量―反応関係等の把握
   第5 リスクの判定等
   第6 リスク判定等の考え方


化学物質等による労働者の健康障害防止に係るリスク評価に関する
方法及び考え方について(中間報告)

第1 リスク評価の概要等
 趣旨及び目的
 我が国の産業界では、多数の化学物質、化学物質を含有する製剤その他のもので労働者に健康障害を生ずるおそれのあるもの(以下「化学物質等」という。)が使用されているが、これらの化学物質等の中には労働者がばく露することにより健康障害を生ずるものも存在する。
 一方、我が国においては、法令で規制していない化学物質等(以下「未規制物質」という。)による職業性疾病はその半数程度を占めおり、また、近年、国際的には化学品の分類及び表示に関する世界調和システム(以下「GHS」という。)の推進、化学物質に関する条約の締結、EUにおける化学物質に対する厳しい規制の検討等、化学物質による健康問題が社会的に大きな関心を集めるようになっている。
 このような状況のもと、人への健康障害が懸念される未規制物質を取り扱う事業者は、あらかじめ有害性等を調査し、対策を講ずることが求められているが、中小企業等においては、自律的な管理が必ずしも十分に行われていない状況にある。
 このため、国等において、これらの未規制物質について事前に労働者の当該化学物質等が人体内に取り込まれる量(以下「ばく露の程度」という。)と、ばく露の程度に応じて生ずる健康障害の可能性について評価(以下「リスク評価」という。)し、必要な措置を講ずることとされている。
 当中間報告においては、事業場等において製造し、又は取り扱われる既存の未規制物質のうち、労働者への健康障害が懸念されるものに関するリスクの評価を行う際の考え方及びその方法を検討する。

 リスク評価の方法の概要
 リスク評価においては、化学物質等の有害性の特定、労働者の当該物質へのばく露の程度の把握(以下「ばく露評価」という。)、ばく露の程度に応じて生ずるおそれのある健康障害の可能性及びその程度(以下「量―反応関係」という。)について把握することにより、スクリーニング的なリスクの判定を行う。その結果、リスクが高いと判定された場合には、データ等について詳細に検証し、再度リスクの判定を行う。
 リスク評価等に係る各項目の概要は次のとおりであり、その流れを別紙に示す。
(1) 有害性の種類及び程度の特定
 事業場において、取り扱われる化学物質等の有害性に関する情報を一定の既存の評価文書、文献等から入手し、当該化学物質に係る有害性の種類及び程度(GHS区分、証拠の確からしさ)を特定する。
(2) 量―反応関係の把握
 ばく露の程度に応じて引き起こされる健康障害の可能性及びその程度について一定の既存の評価文書、文献等からばく露限界等の有害性データを把握する。
(3) ばく露評価
 有害な化学物質等を製造し、又は取り扱う作業(以下「取り扱う作業等」という。)に従事する労働者が当該物質を吸入又は吸収等した量(以下「ばく露量」という。)を、作業環境中における空気中の濃度の測定等により把握する。
(4) リスクの判定
 ばく露の程度とばく露限界等の有害性データを比較することによってリスクを判定する。
(5) 詳細な検証等
 リスクが高いと判定された化学物質を取り扱う作業等については、ばく露限界等の有害性データ及び作業環境中の空気中の濃度データ等を再検証又は追加し、再度リスクの判定を行う。

 考慮すべき事項
 リスク評価に際しては次の事項について考慮する必要がある。
(1) 不確実性
 リスク評価に際しては、ばく露量を作業環境中の測定データから推測していること、量―反応関係から得られる有害性データは、多くの場合動物実験等から得られた結果から外挿法を用いて算出していることから不確実さが含まれること、また、その手法については各国において、より精度を高めるよう検討中のものが含まれること等を考慮する必要がある。
(2) 科学的評価
 リスク評価は、科学的知見に基づいて実施することが重要であり、また、専門的な事項を多く有することから、実施に際しては必要に応じて学識経験者の意見を聴く必要があるものである。
 なお、中間報告はリスクに係る評価手法等の国際的動向を踏まえ、適宜改訂を行うものである。

第2 ばく露評価
 ばく露評価の概要
 ばく露評価に用いるばく露量は、有害な化学物質等を製造し、又は取り扱う労働者が、事業場において通常の作業に従事する場合に、1日の労働時間中に当該物質を吸入又は吸収する量とし、作業環境中の空気中の濃度の測定又は個人ばく露濃度の測定等により把握する。
 次の手順によりばく露量を把握する。
(1) 調査の対象とする化学物質等の、有害性等、使用量、用途等により優先順位を付ける。
(2)  当該物質を取り扱うばく露の程度が大きいと判断される作業について、用途、ばく露データ等から、作業環境測定等の対象とする作業を選定する。
(3) 選定した作業について作業環境の測定等により、ばく露量を把握する。

 調査対象物質の優先順位付けのための分類(第1段階)
(1) 有害性等
 対象となる化学物質等の物理的・化学的性状に応じた区分を行う。
 対象物質のリスクフレーズ(Risk Phrase )又はGHSによるもの
 発塵性、揮発性等の大小によるもの
(2) 取扱量等
 国内における取扱量により次の分類を行う。また、ばく露労働者数が把握できる場合は類似の取扱いを行う。
 10トン/年未満
 10トン/年以上から1000トン/年未満
 1000トン/年以上
(3) 用途等
 ばく露量が大きいと判断される化学物質等の取り扱い作業等について、用途、作業形態に応じて次の分類を行う。
 合成原料、溶剤等どのような用途に使用されるか。
 密閉系又は開放系において気体、液体等のいずれの状態で取り扱われるか。
 開放系で取り扱われる場合、労働者がどの程度取り扱い等の作業に従事するか。
 屋内又は屋外で行われる作業であるか。
(4) 優先順位付けのための選定
 上記の(1)〜(3)から、次の条件に該当する化学物質等を優先的に選定する。
 有害性の程度の大きい物質であり、かつ取扱量等が多い物質であること。
 用途、作業の形態等から、ばく露量が大きいと推定される作業を有すること。

 作業環境の測定等の対象となる作業の選定(第2段階)
(1) ばく露データの収集
 選定された作業に関連する次のデータを収集する。
 選定した化学物質等を取り扱う作業等に関する文献、災害事例等に係るばく露関係のデータ
 作業内容や物理化学的性状が類似した化学物質に係るばく露関係のデータ
 一般環境に関して把握されている関連するデータがある場合には当該データ
(2) ばく露作業の把握
 選定された化学物質等を取り扱っている作業を把握する。さらに、当該作業のうちからばく露の程度が大きいと想定される作業を選定する。
(3) ばく露を推定するモデルによる算定
 選定された化学物質を取り扱う作業について、既存のばく露を推定するモデル(以下「ばく露モデル」という。)を用いた数値計算等により、作業環境における空気中の濃度又はばく露濃度を算定する。

 予測ばく露量の把握
(1) 作業環境の測定の実施等
 ばく露モデルによる空気中の濃度の算定から、当該化学物質の取り扱い作業等のうち、労働者のばく露の程度が大きいと推定される代表的な作業を有する事業場を対象に、作業環境中の空気中の濃度の測定又は個人ばく露濃度の測定を実施する。
 作業環境の測定を実施するばあいには、作業環境測定基準(昭和51年労働省告示第46号)に規定する測定方法に準じたA測定及びB測定を行う。
(2) 予測ばく露量の把握
 作業環境中の空気中の濃度の測定等から、次の式により労働者の1日の予測ばく露量を求める。

 吸入による予測ばく露量(mg/kg)
  =作業環境中の濃度(mg/m3)×一時間あたりの呼吸量(1.25m/h)×
作業時間÷体重(60kg)
 ただし、作業環境中の濃度は、測定値の幾何平均濃度を用いる。また、安全を見込んで吸収率は100%とする。
 呼吸量は、平成10年7月中央労働災害防止協会における「廃棄物処理業務等における化学物質による健康障害防止に関する調査委員会報告書(特別報告)」においては、労働強度を考慮して10m/8hとしている。
 また、日本人の平均体重については、平成14年の「国民栄養調査」から、20歳以上64歳以下の日本人の平均体重は59.6kgであること、また他の調査でも類似の結果が出されていることから60kgを採用する。

(3) ばく露モデルによる結果の活用
 作業環境測定又は個人ばく露濃度の測定等実測値による空気中の濃度を得ることが困難な場合には、ばく露モデルにより算定した値を参考に、ばく露量を把握する。

第3 ばく露に係る考え方
 評価の対象とする作業について
 リスク評価は、化学物質等を取り扱う作業を全体として評価の対象としていることから、評価の対象とする作業は、通常行われている典型的で、定常的な作業とする。また、清掃、修理、点検等の非定常的な作業であっても、日常的に当該作業が行われ、その頻度が大きいときはリスク評価の対象とする。
 一方、プラントの改修等の大規模な作業はまれにしか行われないこと、改修等の工事は配管内の物質を排出した後、あるいは置換した後行われるが、配管内の濃度等を把握することが困難であることから、当該作業は評価の対象としない。

 事故等について
 事故の場合には、その発生形態が多様にわたること、事前にばく露濃度を予測できないこと等からリスク評価においては、事故時のリスク評価は想定しない。

 測定データについて
 作業環境の測定データ等を用いてばく露量を把握する場合には、当該データがばく露の大きいと考えられる代表性をもつ作業から得られたものであること、測定の対象となる作業が無作為に抽出されていることが重要であり、また、できるだけ多くのデータを利用できることが望ましいものである。
 このために、測定の対象となる事業場を選定するに当たっては、ばく露の程度が大きいと想定される典型的な作業を有する事業場を対象として、無作為に選定することを原則とする。作業の代表性については、別途聞き取り等の調査等により検証する。
 しかしながら、これらの条件を満足する事は容易でない場合が多いことから、これを補完するために、ばく露モデルによる算出等の方法について考慮する。

 ばく露の経路
 労働者が化学物質を取り扱う際に、ばく露する主な経路としては、呼吸器からの吸入によるばく露、皮膚からの吸収によるばく露及び経口ばく露が考えられるが、労働現場においては、吸入による経路が最も重要であることから、呼吸器からの吸入を主経路として考える。
 一方、皮膚からの吸収については、労働者は通常身体を衣服で覆って作業していることから、直接物質にふれる場合を除き、皮膚からのばく露は少ないと考えられること、これまでの災害事例等からみても呼吸器からのばく露による中毒が圧倒的に多いこと、皮膚吸収の割合を考慮する十分なばく露モデルが存在しないこと等から、当該ルートは原則として考慮しない。
 しかしながら、皮膚からの吸収等が無視できないと考えられる場合等においては、皮膚からの吸収によるばく露等のその他の経路によるばく露についても考慮する。

 保護具の考慮について
 作業環境中における有害な化学物質等にばく露することによって生ずる健康障害を防止するためには、空気中の濃度を一定以下に管理する作業環境管理によることが基本であり、保護具の使用は作業の方法等によりばく露を防止することができない場合にやむを得ず使用する等の補助的な手段とされている。
 また、呼吸用保護具は、それを装着している者のみ保護していること、使用方法が間違っている場合、又は顔面に密着しないで使用する場合には有害物を吸入する可能性がある等ばく露を十分防止することはできない。
 このためリスク評価においては、作業場における局所排気装置の設置の有無については考慮するが、保護具の装着の有無については原則として考慮はしない。

 作業環境の測定について
 作業環境の測定を実施する際には、適正な測定が行われることが重要であるため、作業環境測定基準(昭和51年労働省告示第46号)に規定するA測定及びB測定で行うこととする。また、作業環境の空気中の濃度測定については、統計的な見地から、測定対象事業場を原則として5程度以上選択して実施することが望ましい。

 ばく露データ等の取り扱いについて
 ばく露に係るデータとして、物理的・化学的性状又は作業内容等が類似した作業場所から類推したもの、ばく露モデルから算出したもの、バイオロジカルモニタリングから得られたもの、作業環境の空気中の濃度測定から得られたもの及び個人ばく露濃度の測定から得られたものを活用することができる。
 リスク評価において、ばく露モデルによるデータを用いる場合には、ばく露状況の再現性等に係るモデルの信頼性、作業形態の多様性や作業場の複雑さを考慮して、その有用性が実証されたものを用いる必要がある。
 しかしながら、ばく露モデルの完成度等を考慮するとばく露モデルによるデータから算定した値よりも、作業環境の空気中の濃度を測定したデータを優先的に用いることが望ましい。

第4 量―反応関係の把握等
 有害性の種類及び程度の特定
 信頼できる主要な文献等を利用することにより、調査対象物質の有害性について把握する。有害性はGHSのクラス分けに従い、急性毒性、皮膚腐食性・刺激性、眼に対する重篤な損傷性・刺激性、感作性、生殖細胞変異原性、発がん性、生殖毒性及び臓器毒性等とする。
 信頼できる主要な文献等から、日本産業衛生学会の提案している許容濃度(以下「許容濃度」という。)、米国産業衛生専門家会議(ACGIH)で定める時間加重平均濃度(以下「TLV―TWA」という。)、無毒性量(NOAEL)、最小毒性量(LOAEL)、無影響量(NOEL)、最小影響量(LOEL)、有害性に係るGHSの区分等の量―反応関係に係る参考となる有害性データに関する情報を把握する。

 量―反応関係
(1) 臓器毒性等又は生殖毒性
 物質が臓器毒性等又は生殖毒性を有することを把握し、次の事項について調査を行う。
 許容濃度等が存在する場合
 許容濃度、TLV―TWA、生物学的暴露指標(BEI)がある場合には当該値を把握する。
 許容濃度等が存在しない場合
 無毒性量(NOAEL)、最小毒性量(LOAEL)、無影響量(NOEL)、最小影響量(LOEL)又はベンチマーク用量(BMD)等の情報について収集する。
(ア) 最小毒性量から無毒性量への変換
 無毒性量(NOAEL)を得ることができず適当な最小毒性量(LOAEL)が得られた場合には、スクリーニング的評価であることを踏まえ、安全サイドにたち、最小毒性量(LOAEL)を10で除して、無毒性量(NOAEL)とする。
(イ) 経口による無毒性量等から吸入による無毒性量等への変換
 経口による無毒性量等(mg/kg/day)から吸入による無毒性量等(mg/m3)へ変換する必要が生じた場合には、以下の換算式により、呼吸量10m /8h、体重60kgとして計算するものとする。
吸入による無毒性量等=経口による無毒性量等 ×  体重
 ―――
 呼吸量
(ウ) 無毒性量等の設定
 一定の既存の評価文書、文献等から得られた無毒性量等のうち、信頼性のある最小値を採用することにより、評価に用いる無毒性量等を設定する。
 また、ばく露状況に応じて無毒性量(NOAEL)等の補正を行う。
 長期間にわたる試験以外の試験から得られた無毒性量等を評価に用いる場合はその無毒性量(NOAEL)値を10で除することとする。
(2) 急性毒性(致死作用)
 急性毒性については、動物実験等のデータから得られた急性毒性に係るGHSの区分、LD50 又はLC50 の値、蒸気圧等のばく露に関係する物理化学的性状について把握する。
(3) 皮膚腐食性・刺激性又は眼に対する重篤な損傷性・刺激性
 物質が当該性質を有することを把握する。
 皮膚に対する不可逆的な損傷・刺激性及び眼に対する重篤な損傷・刺激性を生じさせる有害性に係るGHSの区分について調査する。また、有害性について可能ならば、当該作用を及ぼさない空気中の濃度等を把握する。
(4) 呼吸器感作性又は皮膚感作性
 化学物質等を吸入の後で気道過敏症を誘発するか、または当該物質との皮膚接触の後でアレルギー反応を誘発する物質であるかについて調べる。
(5) 発がん性
 発がん性を有することを把握する。
 発がん性については、閾値が存在する場合には無毒性量(NOAEL)等を把握する。閾値が存在しない場合には、がんの過剰発生率を把握する。
(6) 生殖細胞変異原性
 生殖細胞変異原性を有することを把握する。

 データの検討等
 量−反応関係等から得られる有害性データについて、動物実験から得られたデータと人から得られたものがある場合には、原則として人のデータを優先的に用いることとする。
 また、当該データを使用する場合には、これらのデータが適切な手法を用いて得られたものであること等データの信頼性について十分調査するとともに、学識経験者の意見を聴く等により対処するものとする。

第5 リスクの判定等
 判定の概要
 リスクの判定は、発がん性以外の場合には、原則として作業に従事する労働者の化学物質等へのばく露量と、許容濃度等、無毒性量 (NOAEL) 等を定量的に比較することにより行い、無毒性量 (NOAEL)等の値を文献等から把握できない場合には、評価対象としての優先順位を繰り下げる。発がん性の場合には、閾値が存在する場合と存在しない場合に分けて判定する。
 スクリーニング的なリスク評価において、リスクが高いと判定された場合には、有害性データ、作業環境測定データ等のデータの検証、又は追加を行い学識経験者の意見を聴き詳細な検討を行う。
 さらに、詳細な検討においてリスクが高いと判断される場合にはばく露を防止するための必要な措置を講ずるものとする。

 判定の手順
 リスクの判定に際しては、許容濃度等、人に対する無毒性量(NOAEL)等を優先的に用いるが、当該値が存在しない場合には、動物実験等から得られた値を外挿して用いる。
 無毒性量等を得ることができない種類の有害性の場合には、量―反応関係、有害性等、ばく露労働者の数等を考慮することにより総合的にリスクの判定を行う。
(1) 発がん性以外のリスクの判定方法
 臓器毒性等又は生殖毒性の場合
(ア) 許容濃度等が存在する場合
 リスクの判定は、許容濃度又はTLV―TWAが存在する場合は当該値とばく露量の把握から得られた「予測ばく露量」を比較することにより行う。
(イ) 許容濃度等が存在しない場合
 量−反応関係の調査から得られた無毒性量(NOAEL)が存在する場合には当該値とばく露量の把握から得られた「予測ばく露量」を比較することにより行う。
 無毒性量(NOAEL)が得られた場合には、次の式により求めたmargin of exposure(以下「MOE」という。)を算定する。
MOE= 無毒性量
――――――
予測ばく露量
 なお、MOEの算定に当たっては、作業環境測定におけるA測定又はB測定、個人ばく露濃度の測定等から算出した予測ばく露量を用いる。
 MOEは人に対する無毒性量(NOAEL)を予測ばく露量の最大値で除した値として算出する。
 急性毒性
 GHSにおける急性毒性の区分とLC50又はLD50値との比較、LC50 又はLD50 とTLV―TWAの相関関係、蒸気圧等の物理化学的性状、有害性等を総合的に勘案してリスクの判定を行う。
 呼吸器感作性又は皮膚感作性
 許容濃度又はTLV―TWAを把握できる場合は当該値を用いるが、把握することができない場合の有害性については総合的に判断する。

(2) 発がん性のリスクの判定方法
 発がん性のリスク評価では、発がん性に関する閾値の有無を判別する手法については、国際的に統一された標準的な手法は確立されていない状況にある。
 また、閾値がある前提のもとで評価を行う場合でも、評価方法の詳細については国により異なる手法が用いられている。このため、スクリーニングとして行われるリスク評価においては、情報収集を行って得られた評価手法をすべて活用することとする。
 閾値が存在する場合
 腫瘍発生に係る無毒性量(NOAEL)、最小毒性量(LOAEL)、無影響量(NOEL)、最小影響量(LOEL)及びベンチマーク用量 (BMD)に関する主要な評価文書の知見を踏まえ、発がん作用の閾値を設定し、この閾値とばく露の把握における1日労働時間中におけるばく露量の最大値との比により判定する。
 閾値が存在しない場合
 国際機関等において量―反応関係から求められた1μg/m の物質に生涯ばく露された時の生涯過剰発がんリスクであるユニットリスクを用い、次の式によってがんの過剰発生率を計算する。

 がんの過剰発生率= ユニットリスク(μg/m-1 ×
  吸入ばく露量(μg/m


 判定基準
 リスクの判定については次の基準に従い実施し、必要性な場合にはさらに詳細な検討の対象とする。
(1) 発がん性以外の場合
 許容濃度等が存在する場合
 許容濃度又はTLV―TWAは、当該有害物質の平均ばく露濃度がこの数値以下であれば、ほとんどすべての労働者に健康上悪い影響がみられないと判断される濃度であることから、安全性を考慮して設定した値であることから、許容濃度等が予測暴露量より小さいかまたは等しい場合には、詳細な検討を行う対象とする。
 許容濃度等が存在しない場合
無毒性量(NOAEL)等を使用してMOEを算定する場合には、次により判定するものとする。
(ア) MOE<1の場合には詳細な検討を行う対象とする。
(イ) 1<MOE<5の場合には、今後とも情報収集に努めるものとする。
(2) 発がん性の場合
 閾値が存在する場合
 (1)のイの場合と同様とする。
 閾値が存在しない場合
 がんの過剰発生率を算定する場合には、当該値が概ね1×10―4 を目安とし、これより大きい場合には、詳細な検討を行う対象とする。
 がんの過剰発生率を算定することができない場合には、有害性の区分、作業の状況、ばく露の程度、ばく露労働者の数等を勘案し、学識経験者等の意見を参考に総合的に判定を行う。

 詳細な検討の手順
 詳細な検討は次の手順によって行う。
(1) 追加データ等の検証
 詳細な検討の対象となった物質を取り扱う作業については、その作業態様を検証するとともに、必要な場合には追加的な作業環境測定等を実施し、ばく露の程度についてデータを追加する。
 また、根拠となった量−反応関係に係る無毒性量(NOAEL)等の有害性データの検証を行うとともに、文献等の追加的な調査等を行う。
(2) リスクの再検証
 追加情報の調査の結果等を勘案して、リスク判定の再検証を行い、リスク低減の措置を講ずる必要性、講ずべき措置等について学識経験者等の意見を聴くものとする。

第6 リスク判定等の考え方
 MOEの値の検討
 労働現場においてMOEの値をリスクの判定に用いる際に、その値を一般環境における値よりも小さくすることは次の理由により合理的と考えられる。
(1) 事業場において作業に従事する労働者は、比較的均一性のある健康な人々の集団であり、有害物に対して特別に感受性の高い人々を含んでいる確率が低いと考えられること。
(2) ばく露を受ける可能性のある労働者に対しては、ばく露防止対策を講ずることができ、また、その後の健康影響についても継続的に観察できることから継続的に健康管理ができる可能性が高いこと。
(3) 許容濃度が存在しない場合のMOEについて
 MOE<1について
 無毒性量(NOAEL)等を使用する場合に、当該値が人から得られ、十分信頼に足る値である場合には、MOEの判定基準を1とすることは合理的であると考えられる。
 動物実験から得られた無毒性量(NOAEL)等を使用する場合には、不確実係数で除することにより種の相違を考慮した安全性を確保していると想定できる。
 MOEの算定がスクリーニング的評価であることから、判定基準は簡潔でわかりやすいものである必要があること、許容濃度等を用いる際の判定基準との連続性を考慮する必要があることを考慮するとMOEの判定基準を1とすることは妥当と考えられる。
 1<MOE<5について
 事業場における労働者は一般人に対して比較的均一性のある健康な人々の集団である等の(1)及び(2)の考え方を考慮してもNOAEL等の不確実性、人の間の感受性の違いを考慮すると、MOE については今後とも情報収集に努める必要があると考えられる。
 なお、前述の廃棄物処理業務等に係る調査委員会報告書においても、「労働者の耐容1日摂取量(TDI)が一般人の耐容1日摂取量(TDI)の等倍から5倍の範囲に収まっている。」とされている。

 がんの過剰発生率について
 がんの過剰発生率については、次の理由により10―4を採用している。
(1) 日本産業衛生学会の許容濃度提案理由書に次の物質等についてリスクを算定している。
 ベンゼン(1997年)
 「40年間のベンゼンばく露による白血病の過剰死亡リスクを10―3以下に抑えるための評価値として1ppm、10―4以下に抑えるための評価値として0.1ppmを提示する。」
 なお、TLVは0.5ppmとなっている。
 ヒ素及びヒ素化合物(2000年)
 「ヒ素を発がん分類第1群とし、過剰死亡リスクを10―3に対して3μg/m3 ,10―4に対して0.3 μg/m3 を提案する。」
 なお、TLVは0.01mg/m3 となっている。
 石綿(2000年)
 「日本人の石綿ばく露による肺ガンと悪性中皮種の合計生涯リスク評価値として、暴露がクリソタイルのみのとき、10―3リスクを0.15繊維/ml(10―4  0.015繊維/ml)とすることを勧告する。また暴露がクリソタイル以外の石綿繊維を含むときは、値の単純化も考慮して10―3リスクを0.03繊維/ml(10―4  0.003繊維/ml)を勧告する。」
 なお、TLVは石綿全種類に対して0.1f/cc となっている。
(2) 環境省の「化学物質の発がん性評価」において、閾値のない場合のがんの過剰発生率において10―5以上を「詳細な評価を行う候補と考えられる。」としている。
(3) 労働災害による死亡者は平成13年から15年までは平均1692人となる。
 常用労働者は約4100万人とすると労働災害による生涯リスクは労働の年数を40年とすると1.6×10―3となる。 また、日本人の事故等による生涯リスクについては次のような試算がある(平成15年)。
 交通事故; 死亡率 8.5×10―5  生涯リスク 6.6×10―3
 煙、火・火災;
 へのばく露
 死亡率 1.2×10―6  生涯リスク 9.0×10―4
(4) 一般環境のばく露対象者と労働環境における労働者の違い、一般的な交通事故等のリスクを考慮すると、がんの過剰発生率について、概ね10―4以上について詳細な評価の対象とすることは妥当と考えられる。

 リスク判定後の措置に係る検討
 スクリーニング的なリスク評価の後、リスクがあると判定された場合にはデータ等には不確実さが含まれることから、これを詳細に検討し、学識経験者による検証等を行い、総合的に判断すべきものとされている。
(1) ばく露量の把握に用いるデータは、一般的に信頼性を確認できる十分な数がない可能性が高いことから、データの代表性の判断に専門的な知見が必要であること。
(2) 作業環境の状況は、設備の状態により作業場毎に異なっており、従って、空気中の濃度は、それぞれ異なっているのが一般的であり、労働者のばく露の程度の多様性を考慮する必要があること。
(3) 量―反応関係から得られる人に対する有害性データは多くなく、また、多くの場合当該データは動物実験から得られたものを利用していることから、人に対してこれらを適用する場合には、種による感受性の違い等から生ずる不確実さが含まれる等の理由により、その適否について専門的な判断が必要とされること。


別紙

リスク評価の流れ


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