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さらに積極的な化学予防の実施について(案)

日本結核病学会予防委員会


 従来わが国では結核の化学予防については、初感染結核に対する化学療法(いわゆるマル初)として、若年者を対象として行われてきた。しかし結核の発病者は圧倒的に中・高齢者に偏在しており、さらに対象となる結核既感染者はいっそう中・高齢者に集中している。従って結核の発病をより効果的に防止するためには、これら中・高齢者に対しても化学予防をより積極的に実施することが必要である。若年者とちがって中・高齢者においては最近結核感染を受けた者よりも過去に感染を受けた者が多いが、このような者に対する化学予防の効果については既に広く認められているところである。米国胸部疾患学会・疾病予防管理センターは、最近これに関する従来の政策をさらに強調して、「単なる将来の発病リスクに備えての投薬としてではなく、現存の「潜在性結核感染」の治療として行う」ことが必要であると述べている。
 近年、わが国の中・高齢者の結核発病は糖尿病をはじめいくつかの免疫抑制要因を持った者に集中する傾向を強めており、その中には副腎皮質ステロイド薬や最近開発されたいくつかのTNFα阻害剤なども含まれている。これらに対してはさらに積極的な結核発病予防策および早期発見策を講じることが必要である。そこで本委員会は下記のような方策を関係医療関係者に勧告する。また厚生労働省はこれらの治療(化学予防)が、従来の29歳以下の者に対してと同様に、健康保険の適用および結核予防法による適正医療の対象となるよう、早急に制度を改定することを希望する。
 結核発病の危険性を低減するために、以下のような者に対してイソニアジドの単独治療を6または9ヶ月間行う。この際、対象者がイソニアジド耐性結核菌による感染を受けていることが知られている場合には、代わりにリファンピシンにより4または6ヶ月間行う。リファンピシンおよびイソニアジド双方に耐性の結核菌による感染の場合には治療の要否を含めて別途考慮する。
 化学予防の適応を決定するにあたっては、間診、胸部X線検査(必要に応じて過去の所見との比較や結核菌検査、CT検査なども含む)およびツベルクリン反応検査を行い、注意深く活動性結核を除外し、その結果に応じて以下のように対応する。
 なお、化学予防の対象者に対しては、確実に服用がなされるよう、十分な配意を行うことが重要である。

○化学予防の適応となる者
1. 喀痰結核菌塗抹陽性患者と最近概ね6ヶ月以内に接触があり、感染を受けたと判定された者。
2. 胸部X線上明らかな陳旧性結核の所見(胸膜癒着像や石灰化のみの者を除く)がある者であって、ツベルクリン反応が強い陽性で、結核の化学療法を受けたことがない者。
3. 医学的な結核発病リスク要因を持った者においては、それぞれの要因のツベルクリン反応に対する影響を勘案し、以下の条件を持っており、しかも結核の化学療法を受けたことがない者。
3.1 HIV感染者およびその他の著しい免疫抑制状態の者:ツベルクリン反応の結果にかかわらず胸部X線上結核感染の証拠となる所見のある者(胸膜癒着像や石灰化のみの者も含む)、ツベルクリン反応陽性で感染性結核患者との接触があり結核感染を受けた可能性が大きい者、ツベルクリン反応陰性でも最近感染性結核患者と濃厚に接触した者。
3.2 免疫抑制作用のある薬剤を使用している者(具体例は註1のとおり):ツベルクリン反応陽性の者、あるいは胸部X線上結核感染の証拠となる所見のある者(胸膜癒着像や石灰化のみの者も含む)、あるいはその他結核感染を受けた可能性が大きい者(例えば年齢が60歳以上の者など)で、医師が必要と判断した者。これらの薬剤による治療は、化学予防が終了した後に導入することが望ましいが、対象疾患の状態によっては化学予防と並行して導入することもやむを得ない。また問題とする薬剤によって適応は弾カ的に考えるべきである。
3.3 結核の発病リスクは高いが著しい免疫抑制状態ではない者(具体例は註2のとおり):ツベルクリン反応が強い陽性で胸部X線上結核感染の証拠となる所見のある者(胸膜癒着像や石灰化のみの者を除く)。

註1:副腎皮質ステロイド薬については、1日に10mg以上のプレドニゾロンと同等量の投与を1ヶ月以上予定している場合、同時あるいは可及的早期にイソニアジドの投与を開始する。TNFα阻害剤についてはイソニアジド3週間投与の後開始を考慮する。その他としてはシクロスポリン、タクロリムス(FK-506)、メトトレキサート、メルカプトプリン、アザチオプリン、ミゾリピン、抗リンパ球抗体、OKT3など。

註2:糖尿病、塵肺、白血病、ホジキン病、頭頸部癌、重症の腎疾患(透析中の患者を含む)、低栄養(標準体重より10%以上の低体重)、胃切除後、空腸回腸バイパス
(参考:American Thoracic Society, Diagnostic Standards and Classification of Tuberculosis in Adults and Children. Am J Respir Critical Care Med  2000;161:1376-1395.Table7)

[注意]
(1)ここで「化学療法を受けたことがない者」における化学療法とは正規の抗結核薬の組み合わせを用いて必要十分な期間なされた治療(化学予防を含む)をいう。また化学療法を受けたのが1975年以前の者については「受けたことがある者」として扱うが、より慎重に扱うこととする。
(2)高齢者では胸部X線上明らかな陳旧性結核の所見がある者であっても、ツベルクリン反応が強い陽性を示さないことがあり、この場合ツベルクリン反応の解釈はより弾カ的に行う。たとえば「強い陽性」の代わりに「陽性」とするなど。


結核医療に関する検討小委員会  2004.11.29
NHO 東広島医療センター 重藤えり子

日本結核病学会予防委員会による 「さらに積極的な化学予防の実施について」 の 背景


 日本における結核は、中高年者中心であって、しかも医学的弱者に偏在する傾向がますます強くなっている。このような中で、抗リウマチ薬として使用されるようになった抗TNFα薬使用時の結核の多発が注目され、早急に注意を喚起し、結核予防策を具体的にたてる必要性も生じた。

1.提言のポイント
 (1)発病高危険群の増加への対応
 (2)接触者検診における対象者の範囲、特に年齢制限の廃止
 (3)治療方法の選択肢の増加

2.これまでの問題点
1)日本における現在の化学予防は条件として挙げられているのは
ツ反応発赤径(BCG接種歴の有無により異なる基準を設定)、感染源となりえる患者との接触歴、年齢(原則として29歳以下)
(平成元年 厚生省)
塗抹陽性
結核患者
との接触
  BCG未接種 BCG既接種
あり ツ反発赤径10mm以上 発赤径30mm以上 かつ最近の感染が
強く疑われる場合
なし   発赤径30mm以上
再検査で20mm以上
発赤径40mm以上
2)化学予防実施の現状
 統計で把握できている化学予防は、全て接触者検診(一部健康診断)における若年者におけるものである。 しかし、行政が把握できない化学予防もある。成人におけるハイリスク者に対する抗結核薬の投与は、それぞれの主治医の判断により個々に実施されている。血液疾患において化学療法を行う場合にはINHを併用することが推奨されている。最近では関節リウマチに抗TNF-α薬であるinfliximabを使用した場合に高率に結核の発病が認められることが報告され*、欧米各国では既に抗TNF-α剤使用時の結核発病防止のための指針が発表されている。これらは各専門分野における情報にもとづいた主治医の判断によるものであり、日本では過剰や不足、不適切な薬剤の使用もあると考えられる。一方、このような患者に化学予防を行いたいとして、公費負担申請がされることもあり、結核診査協議会でも対応に苦慮する場合が多くなった。
 米国における報告:結核罹患率(10万対)一般のRA患者で6.2に対し、infliximab投与中のRA患者では24.4
3)結核発病者のうち予防可能例
 結核医療においては、前もって結核への注意を払えば発病予防可能であったと考えられる例はよく経験する。基礎疾患があり明らかな結核高危険群であっても、結核に対する警戒が全くされていないことが多い。さらに発病後の診断の遅れも加わると結核も重症となって診断されることが多く、院内感染が危惧される例が多い。
 接触者検診における発病予防の対象年齢は29歳以下とされている。しかし、ひとつの感染事例のなかで、29歳以下には化学予防が行われ発病者はなかったが、30歳以上からは発病者が続出する事例がしばしばみられる。
4)ツベルクリン反応の意義
 接触者検診においてツ反応検査は重要な判断基準であるが、その判断には限界があり、過小、過大な判断がありえることは周知のことである。特に、免疫抑制者においてはツ反応が減弱することが多く、ツ反応を絶対的な適応の基準とすることは適切とは考えられない。正常免疫者であってもBCG接種後はツ反応による感染診断は困難であることが多い。免疫状態、感染の状況等も加味して総合的に判断する必要がある。
5)治療方式
 ATS/CDCの指針では、INHは6ヶ月以上(9ヶ月が望ましい*)、免疫抑制状態では9〜12ヶ月が勧められている。また、RFP 4ヶ月も選択肢として示されている。INH 9ヶ月よりもRFP 4ヶ月の方式の方が治療完了率も高く副作用も少なかったとの報告がある。現在日本での治療方式はINH 6ヶ月間のみが認められている。INH耐性菌の場合にはRFP使用が必要である。
 *Bethel Isoniazid Studies の結果による


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