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労災保険制度の在り方に関する研究会中間とりまとめ
─ 通勤災害保護制度の見直し等について ─




2004年7月
労災保険制度の在り方に関する研究会


目次

I 検討の経緯

II 通勤災害保護制度の概要等
 1 通勤災害保護制度の発足の経緯
 2 通勤災害保護制度の内容
 3 通勤災害の場合の給付基礎日額

III 問題意識
 1 二重就職者の事業場間の移動について
 2 単身赴任者の赴任先住居・帰省先住居間の移動について
 3 二重就職者に係る給付基礎日額について

IV 二重就職者や単身赴任者に係る移動の実態
 1 二重就職者について
 2 単身赴任者について

V 見直しの方向性
 1 二重就職者の事業場間の移動について
 2 単身赴任者の赴任先住居・帰省先住居間の移動について
 3 二重就職者に係る給付基礎日額等について

VI 引き続き検討すべき課題


I 検討の経緯

 近年、ワークシェアリングの推進、企業における副業解禁の動き、短時間労働者の増加及びその均衡処遇のための取組みや就業意識の変化等により、就業形態の多様化が進展する中、二重就職者の数が増加しているものと考えられる。
 また、子供の教育への配慮や持家の取得の増加、経営環境の変化に応じた企業の事業展開等により、単身赴任者の数も増加しているものと考えられる。
〔二重就職者(本業が雇用者であり、かつ、副業が雇用者である者)の数〕
 昭和62年 55万人 → 平成14年 81万5千人
〔単身赴任者(男性のみ)の数〕
 昭和62年 41万9千人 → 平成14年 71万5千人  (参考1

 このような変化を踏まえ、労災保険制度がどう対応すべきかという課題について、特に通勤災害保護制度の在り方を中心に、平成14年2月以降本研究会において9回にわたり検討を行ってきたところであるが、検討事項のうち二重就職者及び単身赴任者に関する部分については一定の結論を得るに至ったので、ここにとりまとめを行うこととする。
 なお、検討事項のうち結論を得るに至らなかった事項については引き続き検討を行うものとする。



II 通勤災害保護制度の概要等

 通勤災害保護制度の発足の経緯
(1) 労働者災害補償保険法は、労働基準法の事業主の災害補償責任について保険の方式で担保することにより、事業主の一時的補償負担の緩和を図り、労働者に対する迅速かつ公正な保護を確保するため、昭和22年に創設されたものである。したがって、創設当初においては保護の対象となるのは、「業務上の災害」による負傷、死亡等に限られており、通勤災害については保護の対象とされていなかった。

(2) その後、昭和48年に、労働者災害補償保険法が改正され、通勤災害保護制度が発足し、通勤災害についても保護の対象とされたが、その際保護の対象とした理由は以下のようなものであった。
(1) 企業の都市集中、住宅立地の遠隔化等により通勤難が深刻化しており、通勤途上の災害が増加していること
(2) 通勤は、労働者が労務を提供するために不可欠な行為であり、単なる私的行為とは異なったものであること
(3) 通勤災害は、社会全体の立場からみると、産業の発展、通勤の遠距離化等のためにある程度不可避的に生ずる社会的な危険となっており、労働者の私生活上の損失として放置されるべきものではなく、何らかの社会的な保護制度の創設によって対処すべき性格のものであること

 通勤災害保護制度の内容
(1) 通勤災害とは、労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡であり、これに対しては、業務災害の場合と同様に労災保険から必要な給付がなされることとされている(給付内容については別紙参照)。

(2) この場合の通勤とは、労働者が「就業に関し、住居と就業の場所との間を、合理的な経路及び方法により往復すること」をいい、「業務の性質を有するものを除く」ものである。
(3) 労働者が、往復の経路を逸脱し、又は往復を中断した場合には、逸脱又は中断の間及びその後の往復は通勤とされないが、逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、逸脱又は中断の間を除き通勤とされる(以下「逸脱・中断の特例的取扱い」という。)。
 上記のものとして具体的に省令に定められているものは以下のとおりである。
(1) 日用品の購入その他これに準ずる行為
(2) 職業能力開発促進法に規定する公共職業能力開発施設において行われる職業訓練、学校教育法に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発に資するものを受ける行為
(3) 選挙権の行使その他これに準ずる行為
(4) 病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為

 通勤災害の場合の給付基礎日額
 通勤災害に係る労災保険の給付の中には、休業給付、障害年金、遺族年金等被災前の労働者の賃金をもとに給付額が定まるものがある。
 このような給付について保険給付の額の基礎となる給付基礎日額は、原則として労働基準法第12条の平均賃金に相当する額とされている。ただし、平均賃金に相当する額を給付基礎日額とすることが適当でないと認められるときは、厚生労働省令で定めるところによって政府が算定する額とされている。この場合の「適当でないと認められるとき」とは、保険給付の趣旨、内容等からいって、平均賃金をそのまま給付基礎日額として用いることが適当ではない場合をいうこととされている。



III 問題意識

 二重就職者の事業場間の移動について
 ワークシェアリングの推進、企業における副業解禁の動き、短時間労働者の増加及びその均衡処遇のための取組みや就業意識の変化等により、就業形態の多様化が進展している中で二重就職者が増加しており、また、今後も増加することが見込まれる。
 二重就職者の場合、ある事業場の業務が終了した後、別の事業場の業務を行うため、事業場間の移動を行わなければならない場合があり、このような場合は二重就職者の増加に伴い増加するものと考えられる。
 しかしながら、現在の通勤災害保護制度の保護の対象とされる通勤は前述のように住居と就業場所の往復に限られているため、事業場間の移動は保護されないこととなるが(参考2)、そのような取扱いを続けていくことが適当であるのかという点について検討が必要である。

 単身赴任者の赴任先住居・帰省先住居間の移動について
 単身赴任者についても増加傾向にあるが、単身赴任者については月に数回程度、家族のいる帰省先住居に戻ることが多いものと考えられる。
 このような場合、就業の場所から直接帰省先住居に移動を行う場合においては、当該往復行為に反復・継続性が認められるときは、帰省先住居も労働者災害補償保険法第7条第2項の「住居」に該当するものと解されており、通勤災害保護制度の保護を受けることとされている。一方、就業の場所から一旦赴任先住居に戻ったのち、帰省先住居に移動する場合は、1と同様に現在の通勤災害保護制度の保護の対象とされる通勤に含まれないため、保護されないこととなる(参考2)。
 赴任先住居と帰省先住居の間の移動に関し、就労日の前日に帰省先住居から赴任先住居(宿舎)に移動する間に被災した事案について、
(1) 工事現場と一体となった付帯施設である当該赴任先宿舎は「住居」である一方、「就業の場所」と同視しうること
(2) 業務に備えて体調を整えるため、就労日の前日に赴任先宿舎に移動することは、業務に密接に関連するものであると解すべきであること
から、通勤災害に該当するとされた裁判例(参考3)があるが、これは「住居」が「就業の場所」と同視できる場合であったことから、このような裁判例の考え方に立つとしても、赴任先住居と帰省先住居との間の移動が一般的に保護されるわけではないと考えられる。
 したがって、単身赴任者の赴任先住居と帰省先住居の間の移動について、このような取扱いを続けていくことが適当であるのかという点について検討が必要である。

 二重就職者に係る給付基礎日額について
 労災保険は労働基準法上の災害補償の事由が生じた場合に保険給付を行うものとして発足したものであり、保険給付の基礎となる給付基礎日額は、原則として、労働基準法の平均賃金により算定されている。
 このため、2つの事業場で働き賃金を受け取っている二重就職者が業務災害にあった場合には、業務災害の発生した事業場から支払われていた賃金をもとに平均賃金が算定され、それが保険給付の額の基礎となる給付基礎日額となる。通勤災害についても、現在保護されるものは住居と就業の場所の往復に限定されるので、給付基礎日額は業務災害の場合と同様である。
 一方、労災保険制度は、労働者が被災したことにより喪失した稼得能力を填補することを目的としており、このような目的からは、労災保険給付額の算定は、被災労働者の稼得能力をできる限り給付に的確に反映させることができるものであることが求められる。
 したがって、二重就職者についての給付基礎日額をいかに定めるかという点についての検討が必要である。



IV 二重就職者や単身赴任に係る移動の実態

 二重就職者について(参考4
(1) 二重就職者のうち事業場間移動を行う者の割合
 二重就職者についても第一の事業場から一旦自宅に戻り、その後第二の事業場に出勤する場合は現在でも通勤災害保護制度により保護されるが、二重就職者の移動の実態をみると、第一の事業場と第二の事業場の間を直行する者が30.1%、第一の事業場と第二の事業場の間を直行することの方が多いものが16.1%となっており、現在保護の対象とされていない事業場間の移動が相当程度行われていることが窺われる。

(2) 事業場間移動の際の経路や交通機関
 また、事業場間の移動を行う者の移動経路や利用する交通機関については、毎回同じとするものが45.4%、ほぼ一定とするものが32.4%となっており、多くの者が一定の移動経路や交通機関により移動を行っていることが窺える。

 単身赴任者について(参考5
(1) 帰省の頻度
 単身赴任者が帰省する頻度については、「月に2、3回」とするものが31.2%、「ほぼ毎週」とするものが29.9%、「月に1回」とするものが28.6%となっており、単身赴任者の大半が月1回以上は家族のもとへ帰省していることが窺える。

(2) 帰省の経路
 帰省する際の経路としては、短期休暇の場合には、「直接仕事場から帰省する方が多い」とするものが32.6%、「ほぼ毎回直接仕事場から帰省する」とするものが26.2%と直接仕事場から帰省先住居へ移動する者が多数を占めるが、「ほぼ毎回自宅(赴任先住居を指している。以下同じ。)へ戻る」とするものが24.6%、「自宅へ戻る方が多い」とするものが14.8%と赴任先住居から帰省先住居へ移動する者も一定程度いることが窺える。また、長期休暇の場合は、「直接仕事場から帰省する方が多い」とするものが25.8%、「ほぼ毎回直接仕事場から帰省する」とするものが22.3%であるのに対し、「ほぼ毎回自宅へ戻る」とするものが29.0%、「自宅へ戻る方が多い」とするものが19.5%となっており、直接仕事場から帰省先住居へ移動する者と赴任先住居から帰省先住居へ移動する者とがほぼ拮抗している。

(3) 勤務に戻る際の帰省先からの経路
 帰省先住居から勤務に戻る際の経路としては、短期休暇の場合は「ほぼ毎回自宅へ戻る」とするものが57.7%、「自宅へ戻る方が多い」とするものが10.2%と帰省先住居から赴任先住居へ移動する者が多数を占めている。また、長期休暇の場合も、「ほぼ毎回自宅へ戻る」とするものが60.1%、「自宅へ戻る方が多い」とするものが11.3%と同様の傾向を示している。

(4) 帰省の出発までの行動
 帰省の際一旦赴任先住居に戻る者が帰省の出発までに通常行うこととしては、短期休暇の場合には、多いものから順に「帰省の準備」83.8%、「掃除・洗濯等の家事」35.2%、「食事」25.8%、「睡眠」16.3%(複数回答)となっており、多数の者が日常生活に必要な最小限度のことを行っていることが窺える。また、長期休暇の場合もほぼ同様の傾向にある。

(5) 帰省先住居から赴任先住居に戻った後の出勤までの行動
 出勤の前に一旦帰省先住居から赴任先住居に戻る者が出勤までに通常行うこととしては、短期休暇の場合には、多いものから順に「睡眠」67.4%、「出勤の準備」66.3%、「食事」51.2%、「掃除・洗濯等の家事」34.9%、「日用品の購入」10.4%(複数回答)となっており、多数の者が日常生活に必要な最小限度のことを行っていることが窺われる。また、長期休暇の場合もほぼ同様の傾向にある。

(6) 帰省に要する時間
 帰省の際に要する時間については、短期休暇の場合、「2〜4時間」50.7%、「4〜6時間」25.1%、「2時間未満」16.6%、「6〜8時間」5.5%となっており、2時間以上を要する者が8割を超えており、4時間以上を要する者が3割を超えている。
 また、長期休暇の場合もほぼ同様の傾向にある。

(7) 赴任先住居に戻ってから帰省先住居へ出発するまでの所要時間
 勤務先から赴任先住居に一旦戻ってから帰省先住居へ向けて出発するまでの所要時間については、短期休暇の場合、「2時間以内」71.3%、「2〜6時間」16.2%、「6〜12時間」6.7%、「12〜24時間」4.6%となっており、勤務日の当日に出発する者が多数であるが、翌日に出発する者も一定程度いることが窺える。また、長期休暇の場合もほぼ同様の傾向にある。

(8) 赴任先住居に戻ってから出勤時間までの時間
 帰省先住居から赴任先住居に出勤時間のどの程度前に戻るかについては、短期休暇の場合、「2時間前以内」15.0%、「2時間前〜出勤同日」9.0%、「1日前」74.5%となっており、勤務日の前日に赴任先住居に戻り翌日の勤務に備える者が多数であることが窺える。また、長期休暇の場合もほぼ同様の傾向にある。



V 見直しの方向性

 二重就職者の事業場間の移動について
(1) 保護の必要性
 二重就職者については、住居から事業場までの移動が当該事業場(以下「第一の事業場」という。)へ労務を提供するために不可欠な行為であるのと同様に、第一の事業場から第二の事業場への移動についても、第二の事業場へ労務を提供するために不可欠な行為であると評価できるものである。また、通常第一の事業場から第二の事業場へ直接向かう場合には、私的行為が介在せず、住居から事業場までの移動に準じて保護する必要性が高いものと考えられる。
 また、前述のように、二重就職者が今後も増加することが見込まれる中で、二重就職者の事業場間の移動はある程度不可避的に生ずる社会的な危険であると評価できることからすれば、労働者の私生活上の損失として放置すべきものではないと考えられる。
 さらに、二重就職者の事業場間の移動は、自宅と事業場の間の移動と同様に反復継続性があり、認定も容易であると考えられる。
 以上のことから、二重就職者の事業場間の移動についても通勤災害保護制度の保護の対象とすることが適当である。
 なお、第一の事業場又は第二の事業場の就業規則等で兼業禁止が定められている場合についても、民事上の問題を公的保険である労災保険の保険給付に当たって考慮することには疑問があること、兼業禁止の効力についての裁判所による最終的な判断が確定するまでには相当な期間を要する場合があり、その判断を待っていたのでは、被災労働者や遺族の迅速な保護に支障をきたすおそれがあることから、特段異なった取扱いを行うことは適当ではないと考えられる。

(2) 保険関係の処理
 第一の事業場から第二の事業場への移動を通勤災害保護制度の保護の対象とする場合、当該移動中に発生した災害についていずれの事業場の保険関係により処理をすべきかについての検討が必要となる。
 この場合、第一の事業場で就業を終えた労働者は、本来、自宅へ帰る、買い物に行く等様々な行動を選択できるはずであるが、第二の事業場で就業しなければならないために、第一の事業場から第二の事業場への移動を余儀なくされるのであるから、当該移動は第一の事業場での就業を終えたことにより生ずるという性質よりも、第二の事業場での就業のために生ずるという性質が強いものと考えられる。
 したがって、第一の事業場から第二の事業場への移動は、第二の事業場での労務の提供に不可欠であるからこそ保護されるととらえることが適当であり、当該移動中の災害については、第二の事業場の保険関係により処理することが適当であると考えられる。

 単身赴任者の赴任先住居・帰省先住居間の移動について
(1) 保護の必要性
 単身赴任という形態は、労働者を住居からの通勤が困難な場所で就労させなければならないという事業主側の業務上の必要性と、持家があることや子供の転校を避けること等の労働者側の事情を両立させるためやむを得ず行われる場合が多いものと考えられる。
 この場合、単身赴任者が赴任先住居と帰省先住居との間を移動することは、
(1) 勤務先において労務を提供するため赴任先住居に居住していること
(2) 労働者の家族が帰省先住居に居住していること
からすれば必然的に行わざるをえない移動であると考えられるが、上記のように事業主と労働者の双方の事情から、単身赴任という形態を選択することは不可避であると考えられ、赴任先住居と帰省先住居間の移動はある程度不可避的に生ずる社会的な危険であるという評価ができることからすれば、単に労働者の私生活上の損失として放置すべきではないと考えられる。
 また、赴任先住居と帰省先住居との間の移動は、通常、自宅と事業場の間の移動ほどではないにしても一定の反復継続性があると考えられ、そのようなものについては、認定も容易であると考えられる。
 したがって、単身赴任者の赴任先住居と帰省先住居との移動については、業務との関連性を有するものについては、通勤災害保護制度の対象とすることが適当であると考えられる。

(2) 保護の範囲
 赴任先住居と帰省先住居との移動を通勤災害保護制度の対象とする場合、どの範囲の移動を業務に関連性のある移動として保護の対象とするかが問題となる。
 赴任先住居から帰省先住居への移動については、
(1) 勤務日当日又はその翌日に移動が行われることが大半であるとともに、赴任先住居では、帰省の準備や家事等日常生活に必要な最小限度の行為を行って出発していることが多いという実態があること
(2) 業務終了時間や交通事情等により当日の移動ができない場合もあること
(3) 現行制度において、直接事業場から帰省先住居へ向かう場合は通勤災害保護制度の対象としていること
から、勤務日当日又はその翌日に行われる赴任先住居から帰省先住居への移動は、原則として通勤災害保護制度の対象とすることが適当である。
 また、帰省先住居から赴任先住居への移動については、
(1) 勤務日当日又はその前日に移動が行われることが大半であり、特に前日に移動が行われることが多いという実態があること
(2) 単身赴任者の帰省先住居・赴任先住居間の移動時間は2時間以上かかる場合が大半であることからすれば、勤務日の前日に赴任先住居に戻り翌日の勤務に備えるという行為には合理性があると考えられること
(3) 現行制度において直接帰省先住居から事業場へ向かう場合は通勤災害保護制度の対象としていること
から、勤務日当日又はその前日に行われる帰省先住居から赴任先住居への移動は、原則として通勤災害保護制度の対象とすることが適当である。
 ただし、急な天候の変化により交通機関が運行停止になるといった外的要因等により勤務日当日又はその翌日に赴任先住居から帰省先住居へ移動することができない場合や勤務日当日又はその前日に帰省先住居から赴任先住居へ移動できない場合等については、例外的な取扱いを検討することが必要であると考えられる。

 二重就職者に係る給付基礎日額等について
(1) 給付基礎日額について
 労働者が2つの事業場で働き、賃金の支払いを受けている場合、通常はその合算した額をもとに生計を立てているものであると考えられるが、そのような場合であっても、現在は、業務災害又は通勤災害によって障害を負って労働不能になった場合や死亡した場合の障害(補償)年金や遺族(補償)年金等に係る給付基礎日額は、前述のように発生した災害に関わる事業場から支払われていた賃金をもとに算定されることとなる。
 その結果、業務災害又は通勤災害による労働不能や死亡により失われる稼得能力は2つの事業場から支払われる賃金の合算分であるにもかかわらず、実際に労災保険から給付がなされ、稼得能力の填補がなされるのは片方の事業場において支払われていた賃金に見合う部分に限定されることとなる。特に、賃金の高い本業と賃金の低い副業を持つ二重就職者が副業に関し業務上又は通勤途上で被災した場合には、喪失した稼得能力と実際に給付される保険給付との乖離は顕著なものとなる。
 また、既に厚生年金保険法の老齢厚生年金等や健康保険法の傷病手当金については、同時に複数の事業所から報酬を受ける被保険者については、複数の事業所からの報酬の合算額を基礎とした給付がなされることとされている。
 前述のように労災保険制度の目的は、労働者が被災したことにより喪失した稼得能力を填補することにあり、このような目的からは、労災保険給付額の算定は、被災労働者の稼得能力をできる限り給付に的確に反映させることが適当であると考えられることから、二重就職者についての給付基礎日額は、業務災害の場合と通勤災害の場合とを問わず、複数の事業場から支払われていた賃金を合算した額を基礎として定めることが適当である。

(2) 労働基準法第12条の平均賃金について
 労働基準法上の使用者の災害補償は労働基準法第12条の平均賃金に基づき行われるので、二重就職者の業務災害に係る労災保険法の給付基礎日額について(1)の考え方をとった場合、労働基準法の平均賃金についてどう考えるかが問題となるが、
(1)
(2) 平均賃金は、労働基準法上の災害補償の算定の基礎としてのみならず、労働者を解雇する場合の予告に代わる手当、使用者の責に帰すべき休業の場合に支払われる休業手当、年次有給休暇の日について支払われる賃金等の算定の基礎としても用いられるものであること
を踏まえると、(1)のような二重就職者に係る労災保険の給付基礎日額の算定方法とは異なり、従来どおり、業務災害の発生した事業場の使用者が支払った賃金を基礎として算定することが適当である。

(3) 二重就職者に係る給付基礎日額と平均賃金の関係の整理
 以上のことから、二重就職者に係る給付基礎日額については、労働基準法第12条の平均賃金に相当する額とすることが適当でないとして整理することとし、上記の考え方を踏まえた算定方法を規定することが適当である。

(4) メリット収支率の算定の際の取扱い
 労災保険においては、事業主の負担の公平性と災害防止努力の促進の観点から、一定の要件を充たす事業場について、個々の事業場の業務災害に係る労災保険の保険給付の額に応じ、保険料の額を一定の範囲で増減させるメリット制が採用されている。この場合のメリット収支率の基本的考え方は以下のとおりである。

メリット収支率 = 業務災害に係る保険給付
────────────
非業務災害分を除く保険料
 × 100

 (1)の考え方により業務災害に係る二重就職者の給付基礎日額を見直した場合、メリット収支率の算定について何の措置も行わない場合には、二重就職者に係る業務災害が発生した事業場においては、メリット収支率の算定の分子となる業務災害に係る保険給付が従来より増加することによりメリット収支率が悪化し、保険料の負担が従来より重くなる場合が生ずることとなる。
 しかしながら、二重就職者に係る給付基礎日額の見直しは、労働者の稼得能力の補填という目的を果たすために必要なものではあるが、(2)で述べたように、業務災害が発生した事業場以外の事業場において支払われる賃金に見合う部分を個別事業主の負担に帰せしむることは適当ではないと考えられる。
 したがって、二重就職者の給付基礎日額の見直しを行う場合には、メリット収支率の算定に当たって、業務災害が発生した事業場が従来より重い負担を負うことのないようにするための措置を講ずることが必要である。



VI 引き続き検討すべき課題

   労働者の働き方の多様化、各種労働時間制度の導入、能力開発等のために働きながら教育機関へ通学する労働者の増加、ボランティア活動等社会的に有益であると考えられる活動に参加する者の増加等の中で、一日における労働者の活動範囲が拡大していると考えられる。
 また、社会の変化に伴い、労働者の生活スタイル自体も通勤災害保護制度の創設当時とは大きく変化しているものと考えられる。 このような中で、逸脱・中断の特例的取扱いに係る考え方や具体的範囲についての取扱いが現在でも妥当なものであるかが問題となる。 仮に、これらを変更することが必要な場合の対応としては、
(1) 逸脱・中断から元の経路に復して以降は逸脱・中断の事由を問わず通勤として保護する
(2) 特例的取扱いの対象を日常生活上必要な行為以外にも広げる
(3) 日常生活上必要な行為として省令に追加して定める
等が考えられるが、いずれにせよ、出勤前や退勤後の労働者の行動の実態を踏まえ、逸脱・中断の特例的取扱いの考え方及び具体的範囲について引き続き検討を行うことが必要である。また、併せて、逸脱及び合理的な経路の捉え方等についても検討することが必要である。


労災保険給付一覧(通勤災害関係)

保険給付の種類 支給事由 保険給付の内容 特別支給金の内容
療養給付 通勤災害による傷病により療養するとき(労災病院や労災指定医療機関等で療養を受けるとき)。 必要な療養の給付  
通勤災害による傷病により療養するとき(労災病院や労災指定医療機関等以外で療養を受けるとき)。 必要な療養費の全額  
休業給付 通勤災害による傷病の療養のため労働することができず、賃金を受けられないとき。 休業4日目から、休業1日につき給付基礎日額の60%相当額 休業4日目から、休業1日につき給付基礎日額の20%相当額
障害給付 障害年金 通勤災害による傷病が治った後に障害等級第1級から第7級までに該当する障害が残ったとき。 障害の程度に応じ、給付基礎日額の313日分から131日分の年金 (障害特別支給金)
障害の程度に応じ、342万円から159万円までの一時金
(障害特別年金)
障害の程度に応じ、算定基礎日額の313日分から131日分の年金
障害一時金 通勤災害による傷病が治った後に障害等級第8級から第14級までに該当する障害が残ったとき。 障害の程度に応じ、給付基礎日額の503日分から56日分の一時金 (障害特別支給金)
障害の程度に応じ、65万円から8万円までの一時金
(障害特別一時金)
障害の程度に応じ、算定基礎日額の503日分から56日分の一時金
遺族給付 遺族年金 通勤災害により死亡したとき。 遺族の数等に応じ、給付基礎日額の245日分から153日分の年金 (遺族特別支給金)
遺族の数にかかわらず、一律300万円
(遺族特別年金)
遺族の数に応じ、算定基礎日額の245日分から153日分の年金
遺族一時金 (1) 遺族年金を受け得る遺族がないとき
(2) 遺族年金を受けている方が失権し、かつ、他に遺族年金を受け得る者がない場合であって、すでに支給された年金の合計額が給付基礎日額の1000日分に満たないとき。
給付基礎日額の1000日分の一時金(ただし(2)の場合は、すでに支給した年金の合計を差し引いた額) (遺族特別支給金)
遺族の数にかかわらず、一律300万円
(遺族特別一時金)
算定基礎日額の1000日分の一時金(ただし(2)の場合は、すでに支給した特別年金の合計額を差し引いた額)
葬祭給付 通勤災害により死亡した方の葬祭を行うとき。 315,000円に給付基礎日額の30日分を加えた額(その額が給付基礎日額の60日分に満たない場合は、給付基礎日額の60日分)  
傷病年金 通勤災害による傷病が療養開始後1年6ヶ月を経過した日又は同日後において次の各号のいずれにも該当することとなったとき
(1) 傷病が治っていないこと
(2) 傷病による障害の程度が傷病等 級に該当すること
障害の程度に応じ、給付基礎日額の313日分から245日分の年金 (傷病特別支給金)
障害の程度により114万円から100万円までの一時金
(傷病特別年金)
障害の程度により算定基礎日額の313日分から245日分の年金
介護給付 障害年金又は傷病年金受給者のうち第1級の者又は第2級の者(精神神経の障害及び胸腹部臓器の障害の者)であって、現に介護を受けているとき 常時介護の場合は、介護の費用として支出した額(ただし、104,970円を上限とする)。
ただし、親族等により介護を受けており介護費用を支出していないか、支出した額が56,950円を下回る場合は56,950円。
随時介護の場合は、介護の費用として支出した額(ただし、52,490円を上限とする)。
ただし、親族等により介護を受けており介護費用を支出していないか、支出した額が28,480円を下回る場合は28,480円。
 

 注1)表中の金額等は平成16年4月1日現在。
 注2)給付基礎日額とは、原則として被災前直前3カ月間の賃金総額をその期間の暦日数で除した額(最低保障額4,180円 平成15年8月1日より)である。
 注3)算定基礎日額とは、ボーナス等特別給与の一定額を365で除した額である。


二重就職者数及び単身赴任者数の推移


 二重就職者数(本業が雇用者であり、かつ、副業が雇用者である者の数)

昭和62年 平成4年 平成9年 平成14年
男性
女性
383
167
473
284
483
409
399
416
合計 550 757 892 815


 単身赴任者数(雇用者で、単身、かつ、有配偶である者の数)

昭和62年 平成4年 平成9年 平成14年
男性
女性
419
481
688
103
715
119
合計 791 834

※1 単位:千人
※2 資料出所:総務省統計局「就業構造基本調査」


二重就職者及び単身赴任者に係る通勤災害保護制度の現状



1 二重就職者の場合

図



2 単身赴任者の場合

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現行の通勤災害保護制度の対象・・・(1)、(3)、(4)、(5)
現行の通勤災害保護制度の対象外・・・(2)、(6)


自宅に家族を残し建設工事に従事する者の
通勤災害に係る労災訴訟事件の概要


 判決年月日等
 平成12年11月10日 秋田地方裁判所(国敗訴)

 事案の概要
 平成5年3月13日、秋田県男鹿市内において、自宅に家族を残し建設工事に従事する鳶職人3名が、休日を利用して会社所有のワゴン車で自宅に帰り、就労日の前日に自宅から赴任先宿舎へ戻る途中、橋梁から車が転落し、全員死亡したもの。

 裁判のポイント
 就労日の前日に自宅から赴任先宿舎に移動する行為を通勤災害と捉え得るか否か。

 判決の概要
(1) 被災者の赴任先宿舎は、通勤災害における「住居」であるとしつつ、その一方で、自宅から本件工事現場と一体となった付帯施設である赴任先宿舎に向かう行為は、まさに「就業の場所」に向かうのと質的に異なるところがないというべきであるから、「就業の場所」と同視できるものである。
(2) 鳶職という危険な業務に従事することに備えて、十分に体調を整えるため、就労日の前日に赴任先宿舎に帰任しようとしていた場合には、その移動は業務に密接に関連するというべきで、「就業に関して」行われたものと解すべきである。
(3) したがって、原告の亡夫等3名が被災した交通事故は、通勤災害に該当する。


二重就職者について



図1 二重就職者のうち事業場間移動を行う者の割合

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図2 事業場間移動の際の経路や交通機関
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単身赴任者について


図1 帰省の頻度

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図2 帰省の経路

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図3 勤務に戻る際の帰省先からの経路

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図4 帰省の出発までの行動

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図5 帰省先住居から赴任先住居に戻った後の出勤までの行動

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図6 帰省に要する時間

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図7 赴任先住居に戻ってから帰省先住居へ出発するまでの所要時間

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図8 赴任先住居に戻ってから出勤時間までの時間

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「労災保険制度の在り方に関する研究会」参集者


氏名役職等

加藤 智章 新潟大学法学部教授

島田 陽一 早稲田大学法学部教授

土田 道夫 同志社大学法学部教授

西村 健一郎 京都大学大学院法学研究科教授

保原 喜志夫 天使大学教授

水町 勇一郎 東京大学社会科学研究所助教授

山川 隆一 慶応義塾大学大学院法務研究科教授


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