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資料番号
No.4−3

労働者の健康情報の保護に関する
検討会報告書のポイント


個人情報保護にかかる現状

 個人情報の保護に関する法律が成立し、平成17年4月から施行。
 健康情報は個人情報の中でも特に厳格に保護されるべき。
(労働安全衛生法で規定された労働者の健康情報には、健康診断結果、保健指導の記録、THPにおける健康測定結果等がある。)
  →  労働者の健康情報の保護の強化が必要


取り組むべき施策の方向

 基本的考え方
 健康情報は個人情報の中でも特に機微な情報であり、特に厳格に保護されるべき。

 健康情報を取り扱うに際しての事業者の責務等
【利用目的の特定】
 事業者は、労働者の健康情報を利用するにあたっては、その目的をできる限り特定し、法令に基づく場合等を除き、本人の同意なく、その目的を超えて取り扱わないことが必要。

【健康情報の収集に当たっての本人の同意】
 事業者は、健康情報を収集する際には法令に基づく場合等を除き、利用目的を明らかにした上で、本人の同意が必要。

【秘密の保持】
 健康情報に関する秘密の保持については、事業場内の産業保健スタッフはもとより、健康情報を記録して人事・労務上の権限等を行使する者や、事業場から委託を受けて健康診断を実施する外部の健診機関にも適正に秘密を保持させることが必要。

【情報の開示】
 特殊健康診断の結果についても、一般健康診断と同様に労働者本人への通知義務を規定することが必要。

【健康情報の第三者への提供に当たっての本人の同意】
 事業者は、法令に基づく場合等を除き、本人の同意を得ないで健康情報を第三者に提供しないようにすることが必要。
 合併等事業継承に伴う労働契約の継承の場合には、第三者への提供には当たらない。

【特に配慮が必要な健康情報の取扱い】
 HIV感染やB型肝炎等の慢性的経過をたどる感染症の感染状況に関する情報や、色覚検査等の遺伝情報については、原則として収集すべきでない。
 結核等職場に蔓延する可能性が高い感染症については、本人のプライバシーに配慮しつつ、必要な範囲の対象者に必要な情報を提供すべき。

 健康情報の保護に向けた取組
【事業者によるルールの策定】
 国は、健康情報の保護について指針を示すことが必要であり、事業者は、国の示す指針に依拠しつつ、労働者の健康情報の取扱いについて、衛生委員会等において労働者に事前に協議した上で、ルールを策定することが必要。

【小規模事業場への対応】
 小規模事業場においては、産業医の共同選任の促進、地域産業保健センターの活用等を通じて、健康情報を保護する体制の整備を進めることが必要。

【健康情報保護についての啓発】
 健康情報の保護を進めるに当たっては、国が関係者に対して健康情報保護の必要性について啓発を行うことが重要。


労働者の健康情報の保護に関する検討会


報告書


目次

1. 労働者の健康情報の範囲について
2. 労働者の健康情報保護についての基本的な考え方
3. 労働者の健康情報を取り扱うに際しての事業者の義務等
(1) 目的の特定と利用目的による制限
(2) 事業者による収集
(3) 秘密の保持
(4) 情報の管理
(5) 本人への開示
(6) 事業者から第三者への提供
(7) 特に配慮が必要な健康情報の取扱いの留意点
4. 労働者の健康情報の保護に向けた取組
(1) 国の取組
(2) 事業者によるルールの策定


はじめに

 労働安全衛生法(昭和47年法律第57号。以下「安衛法」という。)に基づき労働者に対して行われる健康診断の結果や、任意に事業者が労働者について得た健康に関する情報に対して、個人情報保護の観点から適切な措置を講ずることが必要であることから、「労働者の健康情報に係るプライバシーの保護に関する検討会」(以下、「検討会」という。)(座長:保原喜志夫北海道大学名誉教授)が平成11年3月に設置され、平成12年7月に「中間取りまとめ」が行われた。

 本検討会は、その後、平成15年に個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号。以下「個人情報保護法」という。)が成立し、平成17年4月1日に全面施行されることから、同法を踏まえ、平成16年4月に改めて労働者の健康に関する個人情報(以下「健康情報」という。)の保護の在り方について検討を再開することとしたものである。

 個人情報の保護に関しては、私生活はみだりに公開されるべきでないという従来の伝統的なプライバシーの概念があり、さらに、近年の情報化の進展した社会においてその侵害を未然に防止する観点から、自己に関する情報の流れを自らが管理するという考え方が出てきている。労働者の健康情報は特に機微な情報であることから、この新たな考え方は非常に重要である。

 さらに、「中間取りまとめ」では将来的な課題とされた事項もあり、当検討会においては、これらの視点からも労働者の健康情報の保護の在り方についての検討を行った。



1. 労働者の健康情報の範囲について

 「個人情報」とは、個人情報保護法において、「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)」(同法第2条第1項)とされている。

 労働衛生の分野で、個人情報保護法にいう「個人情報」に該当するものは、安衛法に規定する、産業医が行う労働者の健康管理等を通じて得られる情報(同法第13条)、作業環境測定結果の評価に基づいて労働者の健康を保持するため必要があると認められる時に実施される健康診断の結果(同法第65条の2第1項)、一般健康診断、特殊健康診断、臨時健康診断の結果及びそれについて医師等から聴取した意見と就業上の措置(同法第66条〜第66条の5)、保健指導の記録(同法第66条の7)、心と身体の健康づくり(トータル・ヘルスプロモーション・プラン:THP)を通じて得られた情報(健康測定結果、健康指導内容等)(同法第69条)、及び労働者災害補償保険法に規定する、労働者から提出された二次健康診断等給付に関する情報(二次健康診断の結果、特定保健指導の記録等)(同法第26条、第27条)がある。
 それ以外の健康情報としては健康保険組合が実施する保健事業(人間ドッグ等)を通じて得られた情報、療養の給付に関する情報(受診記録、診断名等)、医療機関からの診療に関するその他の情報(診断書等)等が挙げられる。

 労働者の健康情報は、労働者の健康の保持増進を目的とする場合以外にも、安衛法第2条第3号に規定する事業者(事業を行う者で、労働者を使用するものをいう。以下「事業者」という。)によって収集される場合がある。例えば、労務管理のために疾病による欠勤の際に提出される原因疾病に関する届出等があり、こうした労働者の健康確保以外を目的として収集される健康情報であっても保護されるべき健康情報であることに変わりはない。



2. 労働者の健康情報保護についての基本的な考え方

 健康情報は、個人情報の中でも特に機微な情報であり、労働者の権利として、特に厳格に保護されるべきものであることから、事業者は、情報提供する範囲を必要最小限にするなどの配慮を行い、その適正な取扱いが図られなければならない。

 しかし、事業者は、安衛法やその他の関係法令により、労働者の安全と健康の確保のために必要な措置を講ずる責任を有するとともに、裁判における判例等によれば、民事上の安全配慮義務を果たすことを期待されているため、法の許す範囲で、労働者の健康状態、病歴に関する情報など医療上の個人情報を幅広く収集し、必要な就業場所の変更、労働時間の短縮等の措置、作業環境測定の実施や施設・設備の設置・整備等の措置を講ずるために活用することが求められている。

 事業者は、以上のように労働者の健康を確保するために、健康診断等を実施し、労働者の健康情報を取得するだけでなく、その結果に基づき適切な措置を講じるために、その健康情報を医師等のほか、必要に応じて関係者に対して提供し、対応を協議することが求められる場合もあり、その際に労働者のプライバシーに抵触する可能性がある。

 以上のことから明らかなように、事業者が健康情報を取り扱う際には、労働者の健康保持のために健康状態を把握する義務と、不必要に労働者個人のプライバシーが侵害されないように保護する義務との間での均衡を図ることが求められている。

 こうした基本的考え方を具体化するため、検討会は、事業者が労働者の健康情報を取り扱う際に遵守すべき事項や方向性について引き続き検討を行った。



3. 労働者の健康情報を取り扱うに際しての事業者の義務等

(1) 利用目的の特定とそれによる制限

ア.利用目的の特定

 個人情報の「利用の目的をできる限り特定しなければならない」という個人情報保護法第15条第1項の規定は、労働者の健康情報においても当然にあてはまる。その「できる限り特定」とは、抽象的、一般的な特定ではなく、具体的かつ個別的な特定である。

 法定の健康診断は、その結果に基づき、事業者が適切な措置を講じることにより、労働者が健康を確保しながら就業できるようにすることを目的としている。

 法定外の健康診断やその他の健康情報の利用は、それぞれ目的が異なる場合があることから、それぞれ具体的かつ個別的にその目的を特定するべきである。そして、利用目的の特定は、事業者が策定したルールに従って行わなければならない。

イ.利用目的による制限

 個人情報保護法第2条第3項によると、個人情報取扱事業者とは、個人情報データベース等を事業の用に供している者((1) 国の機関、(2) 地方公共団体、(3) 独立行政法人等、(4) 地方独立行政法人、(5) その取り扱う個人情報の量及び利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして政令で定める者を除く。)をいう。
 個人情報保護法施行令2条では「過去6ヶ月以内のいずれの日においても、原則として、その事業の用に供する個人情報によって識別される特定の個人の数が5000を超えない事業者」は、同法に規定する個人情報取扱事業者にならないこととされている。

 個人情報保護法第16条によると、個人情報取扱事業者は、(1) 法令に基づく場合、(2) 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき、(3) 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき、(4) 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるときを除き、あらかじめ本人の同意を得ないで、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を取り扱ってはならないこととされている。また、合併その他の事由により、他の個人情報取扱事業者から事業を承継することに伴って個人情報を取得した場合は、あらかじめ本人の同意を得ないで、承継前における当該個人情報の利用目的の達成に必要な範囲を超えて、当該個人情報を取り扱ってはならないとされており、この原則は、事業者が労働者の健康情報を取り扱う場合にも適用されるべきである。

(2) 事業者による収集

 事業者は、労働者の健康情報を収集する際には、上記の個人情報保護法の趣旨にのっとり、(1) 法令に基づく場合、(2) 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき、(3) 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき、(4) 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき、等の特別な場合を除き、利用目的を明らかにした上で、本人の同意を得なければならない。

 労働者から提出された診断書の内容以外の情報について医療機関から健康情報を収集する必要がある場合においても同様である。

 このような場合に備えて、事業者はあらかじめ衛生委員会等の審議を踏まえて、医療機関から必要な情報を収集するための本人の同意の取り方や基本的な項目と手続き等を定めておくことが望ましい。

 安衛法では、事業者に対して健康診断の実施(同法第66条)、その結果の記録(同法第66条の3)とその結果に基づく必要な措置(同法第66条の5)を義務付けており、さらに、労働者に対しても受診義務(同法第66条第5項)が規定されているため、事業者に対して労働者の健康情報が当然に提供されることになっていることから、労働者に対する健康診断の受診の義務化について個人情報の保護の観点から検討を行う必要があるとの意見があった。

 すなわち、(1) 安衛法の趣旨・目的と労働者のプライバシーの保護や選択権とを比較した場合、労働者に対する健康診断の受診の義務化は妥当かどうか、(2) 仮に義務化は妥当であったとしても、現行制度の義務化の方策が妥当かどうか、についての以下のような議論があった。

 労働者に健康診断受診を義務付けるという方向を変えるべきとの意見として
(1) 労働者に健康診断の受診義務を課して、その結果として個人情報の提供を義務化している現行の安衛法の規定は、個人情報保護の観点からは適当でなく、別個の方法を考えるべきではないか。例えば、一般健康診断に限り同法第66条第5項の労働者の受診義務を削除し、これと引き換えに事業者の健康診断の実施義務に対応する労働者の健康診断を受ける権利を明確化することが考えられる。
(2) 安衛法第66条第5項は、国が労働者に対して健康診断の受診を義務化したものであって、この規定に基づいて事業者は労働者に対して受診を命ずることはできないとの見解もあり、この見解によれば安衛法における労働者の受診義務の規定をはずし、就業規則等に明記することにより、事業者は労働者に対して直接受診を命ずることができるようになり、労働者の権利と義務が一層明確になるとともに、受診率との関係でも現在の法定健康診断の制度が実効化していくと言える。
といった意見があった。

 労働者に健康診断受診を義務付ける方向を変えるべきでないとする意見として
(1) 労働者の受診義務の規定をはずしても、事業者が健康診断を実施しなければならない義務が残ることから、労働者は自らの義務ではなく事業者の法遵守のために健康診断を受けなければならないこととなり、事業者として労働者に健康診断を受診させなければならない義務は重くなり、受診を望まない労働者への説得は難しくなる。その結果として、健康診断の受診率が上昇するとは考えにくく、むしろ低下する懸念がある。
(2)安衛法で労働者に義務付けられている一般健康診断には、個々の労働者の健康を確保する目的、労働者を集団としてとらえて健康を調査する目的、そして、伝染性の疾患、具体的には結核等の疾病の蔓延から職場を守る目的の三つがあり、労働者の受診義務をなくした場合、事業者はこれらの目的を果たすことが困難となる。
(3)過重労働による健康障害がなお存在するというわが国の現状から、現時点で労働者の健康診断の受診義務をはずすことには危険が大きすぎる。
などとする意見があった。

 この件に関しては、将来の課題であるなどの様々な意見が出されたが、結局現行制度を変更することには、現時点では消極的な見解が大勢であった。

 しかし、このように国が労働者に対して健康診断の受診を義務付けている結果、本人の意思に関わらず、個人の特に機微な情報といわれる健康情報が事業者に把握されることから、その情報保護の措置も、国によって適切に講じられる必要があると考えられる。

 また、法定の健康診断において、国が健康診断の項目を定め、また事業者が検査値そのものを収集するよう運用している点をどのように考えるべきかとの議論もあり、
(1) 健康診断の項目を国で定めなければ、事業者によって健康診断に格差が生じるので、現状どおり定期健康診断において、標準の項目を設けるべき。
との意見が大勢であったが、一方で
(2) 労働者が自らの権利として、事業者の費用負担により、一定の検査を受け、健康の維持に必要な情報を得るとの観点からすれば、国が健康診断の項目を義務付けるより、労使関係の問題として取り扱うべきではないか。
との見解も提示された。

(3) 秘密の保持

 安衛法においては、「健康診断の実施の事務に従事した者」に対して「その実施に関して知り得た労働者の心身の欠陥その他の秘密を漏らしてはならない」(同法第104条)とされている。

 健康診断の結果以外にも、健康情報には、「1.労働者の健康情報の範囲について」で述べたようなものがあり、これらの情報についても、適正に秘密が保持される必要がある。

 健康診断をはじめとする労働者の健康確保については、産業医等(安衛法に規定する、産業医(同法第13条)及び労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識を有する医師(同法第13条の2)以下「産業医等」という。)の役割はもとより、産業看護職や衛生管理者・衛生推進者等の役割も大きい。また、健康診断の実施に関する業務の全部又は一部を、医療機関等の外部の健診機関に委託する場合もある。これらの者には適正に秘密を保持させる必要がある。また、健康情報を記録したり、具体的な人事・労務上の権限等を行使する者(安衛法第66条の3及び第66条の5)にも適正に秘密を保持させる必要がある。

(4) 情報の管理

ア.安全管理体制の整備

 事業者は、その取り扱う労働者の健康情報が機微であり、労働者の権利として特に厳格に保護されるべきものであることに鑑み、漏えい、滅失又はき損の防止その他個人データの安全管理のために、人的、組織的、技術的な安全管理措置を厳重に講ずる必要がある。

 事業者は、健康情報の取扱いに当たって、個人情報保護の観点から利用目的に合致した情報の取扱いに関する安全保護措置等、一定のルールを策定しておく必要がある。

 事業者は、健康情報の管理責任者や健康情報を取り扱う者に対して、その責務を認識させ、具体的な健康情報の保護措置に習熟させるため、必要な教育及び研修を行う必要がある。

 事業者は、健康診断の実施に関する業務の全部又は一部を、医療機関等に委託したり、メンタルヘルスサービスを提供する民間機関を利用したりして、健康情報の取扱いを外部機関に行わせる場合には、契約に際して、健康情報の安全管理が図られるよう労働者のプライバシーの保護方策を盛り込む等、委託先に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。

イ.取扱いについてのルールの策定

 事業者は、健康情報を取り扱う者及びその権限を明確にした上で、その業務を行わせなければならない。
 また、健康情報の取扱いについて権限を与えられる者及びその取り扱う健康情報の範囲は最小限度とすべきである。具体的には、産業医・産業看護職や衛生管理者等の産業保健スタッフ、人事労務担当者・管理監督者等が、それぞれの責務を遂行するうえで必要な範囲の情報に限定して取り扱うことを原則とすべきである。
 事業者は、このような取扱いについてのルールの策定において、あらかじめ労働者の意見を聞く必要がある。

 「中間取りまとめ」で検討が必要とされた、労働者の健康情報の取扱いを産業医等が中心となって行うことについては、労働者の健康情報に関する秘密保持や適正な取扱いを徹底するため、健康診断の結果である生のデータは、産業医等の手許に集中され、労働者の就業上必要と判断する限りで、加工されたデータが事業場の中でその情報を必要とする者に伝えられる体制が望ましいということができる。ただし、実際には月に1回職場を訪れる非常勤の産業医が多い中では、情報の伝達が滞る可能性があり、また、50人未満の産業医の選任義務がない事業場も多数存在することから様々な課題も指摘された。

 健康情報に基づく診断、医学的な判断により事業者へ意見を述べることなどは、産業医等が行わなければならない。
 しかしながら、健康情報が記載された文書の授受・整理・保管などを行う者は、必ずしも産業医等である必要はなく、事業場の常勤職が関与することにより実務を滞りなく処理することができると考えられる。

 今後、事業場において健康情報を取り扱う際には、産業医等が中心となって実施するような体制を備えた事業場が増えるよう取り組んでいく必要がある。

 このほか、健康情報の取扱いに関して、法定の健康診断など特別な場合を除いて、収集の段階で本人の同意が必要であり、また、収集された情報の利用停止や廃棄についても、本人の意思が最大限尊重されなければならない。
 このような取扱いについても、事業者は、労働者と合意した上で、ルールで具体的で実効的な対応方法を取り決めておく必要がある。

ウ.労働者とのトラブル

 個人情報保護法は、「個人情報取扱事業者は、個人情報の取扱いに関する苦情の適切かつ迅速な処理に努めなければならない。」(同法第31条第1項)とし、さらに「個人情報取扱事業者は、前項の目的を達成するために必要な体制の整備に努めなければならない」(同条第2項)としている。労働者の健康情報に関しても、個人情報保護法の趣旨にのっとり、事業者はあらかじめ労働者との間で不適切な取扱いが行われた場合の苦情処理の方法等について合意しておく必要がある。

(5) 本人への開示

 安衛法上、一般健康診断については、健康診断の実施後にその結果を本人へ通知する義務が規定されているが(同法第66条の6)、特殊健康診断の結果についても、労働者の権利として同様の通知義務を規定するべきである。

(6) 事業者から第三者への提供

 事業者は、個人情報保護法の趣旨にのっとり、(1) 法令に基づく場合、(2) 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき、(3) 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき、(4) 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるときを除き、あらかじめ本人の同意を得ないで健康情報を第三者に提供してはならないと考えられる。

 合併等事業承継に伴う労働契約の承継の場合には、労働契約から生じた安全配慮義務も引き継がれると考えられることから、健康情報だけを排除するというのは合理性がなく、この場合は、労働契約を包括して継承した者は第三者には当たらないと考えるべきである。ただし、労働者の一部のみを継続して雇用する場合は必ずしもこの包括承継には当たらず、また、健康情報を基に労働者を選別すること等は健康情報の目的外使用に相当することを事業者や人事担当者などに認識させておく必要がある。

(7)  特に配慮が必要な健康情報の取扱いの留意点

 HIV感染症やB型肝炎等の慢性的経過をたどる感染症の感染状況に関する情報や、色覚検査等の遺伝情報の取扱いは、特に慎重に検討を要する課題である。これらについては、事業者が就業上の配慮を行う必要性がない場合が多いので、職業上の特別な要求がある場合を除いて原則として収集すべきではないと考えられる。

 HIV感染に関する情報は、感染者に対する社会的偏見と差別の契機となるおそれがあり、極めて秘密性の高い情報に属するものである。本人の同意を得てHIV検査を行う場合であっても、真に自発的な同意を得られるかの問題があり、本人の同意があっても検査は行わないことが望ましい。

 また、労働者を海外に派遣する際に、渡航先からHIV感染の有無等、特定の感染症に関する個人の健康情報の提供を要求される場合には、労働者本人の任意の対応に委ねるべきである。
 具体的には、労働者の派遣にあたって、事前にこれらの健康情報を渡航先から求められることを周知した上で派遣の希望を確認することが望ましく、派遣を拒否したことにより、HIVに感染していることが疑われるような事態を生じることを避けるような配慮が望ましい。

 その他の感染症情報については、それぞれの感染症の内容を考慮し、その情報の取扱いについて産業医・産業看護職・衛生管理者等の産業保健スタッフが協議した上で判断することが必要である。この場合、職場において感染する可能性の低い感染症に関する情報まで収集する必要性はないと考えられる。

 一方、結核など職場において感染し、職場に蔓延する可能性が高い感染症の情報については、感染の拡大を防止するために、本人の承諾を得ることなく情報を取り扱う場合も生じ得るが、その場合であっても、本人のプライバシーに配慮し、必要な範囲の対象者に必要な範囲の情報を取り扱わせることとすべきである。

 メンタルヘルスに関する健康情報のうち、精神疾患を示す病名は誤解や偏見を招きやすいことから、特に、慎重な取扱いが必要である。
 また、周囲の「気付き情報」の場合、当該提供者にとっても個人情報であり、当該提供者との信頼関係を維持する上でも慎重な取扱いが必要となる。
 メンタルヘルスに関する情報の取扱い方が不適切であると、本人、主治医、家族などからの信頼を失い、健康管理を担当する者が必要な情報を得ることができなくなるおそれがある。

 したがって、メンタルヘルスに関する健康情報の収集や利用等その取扱いについては、産業医等がその健康情報の内容を判断し、必要に応じて、事業場外の精神科医や主治医等とともに検討することが重要である。
 なお、メンタルヘルス不調の者への対応にあたって、職場では上司や同僚の理解と協力が必要であるため、産業医・産業看護職・衛生管理者等の産業保健スタッフは、本人の同意を得て、上司やその職場に適切な範囲で情報を提供し、その職場の協力を要請することも必要であると考えられる。



4. 労働者の健康情報の保護に向けた取組

(1) 国の取組

ア.基本的な考え方

 労働者の健康情報については、特に機微な情報であることから、保有するデータ数によって対象となる事業者を区別することは適当でないと考えられる。

 安衛法では、労働者の健康確保の責務を事業者に課しており、その一つとして健康診断の実施を義務付けているところから、その際に収集される情報に対して適正な保護が図られなければ、健康情報管理の問題で労働者の信頼を失うことになり、同法の目的を果たせなくなるおそれがある。このことから労働衛生分野において健康情報の性質を踏まえた仕組みを構築していくことが必要と考えられる。

 個人情報保護法においては、「個人の権利利益の一層の保護を図るため特にその適正な取扱いの厳格な実施を確保する必要がある個人情報」について、政府に対し「必要な法制上の措置その他の措置」を講ずべきことを義務付けている(同法第6条第3項)。

 国は、個人情報保護法の趣旨にのっとり、事業者が健康情報を取り扱うにあたって依拠するべき指針を示し、普及指導をはかる必要がある。

 しかし、国が一律に基準を示すことが難しい事項や、適当とは言えないような事項等、事業者と労働者の合意に委ねるほかないと考えられる事項もあり、こうした事項に関しては、事業者が労働者に事前に協議した上、収集・利用等その取扱いについて一定のルールを策定することが必要である。

イ.小規模事業場への対応

 小規模事業場であっても、労働者の健康情報は適正に保護されるべきである。特に、常時使用する労働者数が50人未満の小規模事業場においては、産業医及び衛生管理者を選任する義務がないため、どのように労働者の健康管理や健康情報を保護する体制を整備するかが課題となっている。

 そのため、複数の小規模事業場が産業医を共同して選任し、労働者の健康管理を行うことを推進し、充実させることが望ましい。また、地域産業保健センターを活用し、産業保健に関する情報(産業医名簿・健診機関名簿等)の提供を受けて、産業医等による健康管理や職場の巡視を行うことを通じて、労働者の健康情報を保護する体制の整備を進めたり、健康情報の適正な取扱いに関する教育・啓発、相談などを行うことも考えられる。

ウ.個人情報保護についての啓発

 労働者自らも、事業場内で自己の健康情報がどのように取り扱われているのかについて関心を持ち、健康情報の保護の必要性について認識を持つべきである。また、事業者も、事業場で取り扱っている健康情報すべてが、労働者の個人情報であることに留意し、その保護の必要性を認識する必要がある。

 このため、国は、関係者に対して労働者の健康情報保護の必要性について啓発を行うことが重要である。具体的には事業者及び労働者双方への啓発や産業医・産業看護職・衛生管理者等の産業保健スタッフに対して、健康情報の取扱いの在り方等を研修等を通じて周知させ、さらに、外部の健診機関等に対して、各種の健康情報の保護の重要性を周知させる必要がある。

(2) 事業者によるルールの策定

ア.取扱いについてのルールの策定とその策定への労働者の参画

 国の示す指針に依拠しつつ、事業者が健康情報の取扱いについてのルールを策定するに際しては、産業医、衛生管理者及び労働者等が参画する衛生委員会等で審議される必要がある。

 事業者は、事業場で取り扱う健康情報の保護の必要性や、事業者が必要とする健康情報は必ずしも検査値や病名そのものではなく、就業上の措置や適正配置の観点から必要最小限の情報であることを理解し、健康情報の取扱いについてのルールを策定する必要がある。

イ.ルールに盛り込まれるべき事項として、以下のようなものが考えられる。
  ・保護されるべき健康情報のレベルに対応した、適切な担当者の選任
  ・利用目的の通知方法
  ・労働者の同意の取り方
  ・労働者への健康情報の開示、訂正及び削除の方法
  ・健康情報の安全な管理・保管体制
  ・廃棄等に関すること
  ・苦情の処理方法


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