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資料6

「痴呆」に替わる用語の候補例


 「痴呆」は、病気の診断の際の病名であるほか、日常生活の中での一般的な用語や行政上の用語としても用いられている。
 日常生活上における「痴呆」という用語は、高齢者の尊厳に欠く表現であり、また、その状態について誤解を招きやすい表現であることなどから、一般的な用語や行政上の用語として用いる場合の替わりとなる新たな用語の候補例を以下に検討する。
 なお、診断や医学上の研究等における病名としての「痴呆」をどうするかについては、こうした分野の専門家の判断による。


I 基本となる新用語候補の検討

 ○ 国内で一般的に用いられている定義やアメリカのDSM−IVの定義に基づいて、「痴呆」の内容をある程度正確に伝えることに配慮しつつ、かつ、端的に表そうとすれば、例えば、次のような表現になると考えられる。

『認知障害により、社会生活や職業上の機能に支障をきたす状態・症状』

(注)
 ・ DSM−IVでは、認知障害(cognitive deficits)は、記憶障害と記憶障害以外の認知障害(cognitive disturbances)(失語、失行、失認又は実行機能障害)の双方があることとされている。
「認知」…「記憶、見当識(人や状況の認識)、理解、思考、判断、言語、学習、計算などの知的能力」
「失語」…「言葉のやりとりができない」
「失行」…「道具を使うことができない」
「失認」…「物体や色、人の顔などの認識や同定ができない」
「実行機能障害」… 「手順をふむ作業ができない」

 ○ 痴呆の本質は、「認知障害」であり、こうした観点からは、痴呆に替わる新しい用語の案として、
 (1)「認知障害」
 (2)「認知症」
が考えられる。

 (1)に関して、「障害」を不快語であるとする指摘も見られるが、身体障害者・知的障害者・精神障害者など法令上での用例を含め幅広く用いられており、一般的には中立的な用語であると考えられる。「精神薄弱」を「知的障害」に替えた際にも「〜障害」という表現が適切であるかどうか検討されたが、不適切という結論にはならなかった。

 また、(1)の「認知障害」に関しては、
 統合失調症やうつ病など他の精神機能に障害が出る疾病においても、認知障害を伴うことがあり、「認知障害」では、こうした他の疾病・状態との区別において混乱を来すのではないか
 このために、また、「痴呆」を表す固有名詞としての位置づけを明瞭にするために、語頭に「進行性」や「生活」といった関連する修飾語をつけた用語(「進行性認知障害」あるいは「生活認知障害」)とする方がよい
とする考え方がありうる。
 しかし、認知障害が出現する疾病・状態は他にあっても、それが最も本質的・中核的にあらわれるのは痴呆であることから、痴呆に替わる用語を端的に「認知障害」としても適切な広報・啓発を行うことにより、現場での混乱を生じないようにすることは十分可能であると考えられる。
 したがって、「進行性」や「生活」を付した長い用語は避け、「認知障害」を候補とすべきである。

(注) 痴呆に似た状態を示す用語として「高次脳機能障害」がある。「高次脳機能障害」という用語は、学術用語としては、脳損傷に起因する認知障害全般を指し、この中には失語・失行・失認のほか記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などが含まれる。
 一方、平成13年度に開始された高次脳機能障害支援モデル事業(実施者:国立身体障害者リハビリテーションセンター)において集積された脳損傷者のデータが分析された結果、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などを主たる要因として、日常生活及び社会生活への適応に困難を有する一群が存在し、これらについては診断、リハビリテーション、生活支援等の手法が確立しておらず早急な検討が必要なことが明らかとなった。そこでこれらの者への支援対策を推進する観点から、行政的に、この一群が示す認知障害を「高次脳機能障害」と呼び、この障害を有する者を「高次脳機能障害者」と呼ぶことが適当であると提唱している。こうした状態が固定した脳障害の後遺症者については、「高次脳機能障害」という用語の普及が図られており、「痴呆」を「認知障害」とすることによる混乱は避けられると考える。(別紙参照)

 (2)の「認知症」に関しては、「症」を用いることにより、認知機能に関するなんらかの「症状」を有する状態(病気の状態)にあることを示すことになる。
 「〜症」を新しい用語とする場合には、病気の状態であることを前提とする表現となることから、医療現場の診断等において用いられる「痴呆」との同定に混乱を生じないよう、このことを含めて十分な広報を行う必要がある。また、痴呆の中には、正常圧水頭症による痴呆など一部治療により治癒するものがあることから「〜症」の方が「〜障害」という状態が固定した表現よりも優れている一面がある。

II 他の新用語候補の検討

 ○ 基本的には上記(1)又は(2)を中心に新しい用語を考えるべきであるが、以下、より幅広く、他の適切な用語の可能性について検討する。

(1) 痴呆の本質は認知障害であるが、この場合の認知障害の特徴として、必ず記憶障害を伴うことがあげられる。このことを踏まえ、
 (3)「記憶症」
 (4)「もの忘れ症」
という案が考えられる。ただし、(3)、(4)に関しては「痴呆」が記憶の障害だけではなく、失認や失行等の障害も伴うことについて表現できていないことに留意する必要がある。

(2) 痴呆には、一般的に、アルツハイマー型痴呆、脳血管性痴呆、その他の痴呆に分類され、このうち、最も症例が多いのはアルツハイマー型痴呆である。(約40%:平成7年東京都社会福祉基礎調査「高齢者の生活実態」より)
 「アルツハイマー」は、この病気を発見したドイツ人の名前であることから、この人名を用いて、
 (5)「アルツハイマー症」
とする案が考えられる。
 ただし、(5)に関しては、痴呆の中にはアルツハイマー型痴呆以外の、脳血管性障害や他の疾病を原因とする場合があることを表現できていないことに留意する必要がある。

(3) 英語圏では、dementiaと呼ばれていることから、これをそのままカタカナで用いて、
 (6)「ディメンシア」
とする案も一応考えられる。
 しかし、ディメンシアの語源「デーメーンス」(ラテン語)も「正気から離れること」、「正気がなくなること」という意味から来ており、呼ばれる人の気持ちを暗くさせる内容を潜在的にもつものであることから、新しい用語としては適切でないと考えられる。



 以上から、候補(案)としては、次の5つが挙げられる。

 (1)「認知障害」、(2)「認知症」、(3)「記憶症」、(4)「もの忘れ症」、(5)「アルツハイマー症」


(別紙)

 ○ 「高次脳機能障害」は、脳血管障害や頭部外傷等による脳損傷の後遺症として認知障害が生じ、これに起因して日常生活・社会生活に制約を受ける障害を指す用語であり、行政的な呼び方として命名されたものである。(平成13〜15年度国立身体障害者リハビリテーションセンター「高次脳機能障害支援モデル事業報告書」)。診断基準は確立した段階にはなく、上記報告書において案が提示されたところである。

 ○ 「高次脳機能障害」と「脳血管性痴呆」を明確に区分するメルクマールは現在のところ十分には整理されておらず、一部重なっている可能性も高いが、実際的には、進行性のものが「痴呆」であり、非進行性のものが「高次脳機能障害」としてとらえることが実態に近い区分であると考えられる。


(参考)

痴呆とは何か

 ○医学上の定義
(1) 発育過程で獲得した知能、記憶、判断力、理解力、抽象能力、言語、行為能力、認識、見当識、感情、意欲、性格などの諸々の精神機能が、脳の器質的障害によって障害され、そのことによって独立した日常生活・社会生活や円滑な人間関係を営めなくなった状態をいう。多くの場合、非可逆性で改善が困難であるが、ときに治癒可能なこともある。
(南山堂 医学大事典による)

(2) 生後の発達の過程で獲得された、認知、記憶、判断、言語、感情、性格などの種々の精神機能が減退、または消失し、さらにその減退または消失が一過性でなく慢性に持続することによって日常生活や社会生活を営めなくなった状態をいう。痴呆は、脳損傷によって生じることが多く、改善することはきわめて困難であるが、場合によっては治癒しうることもある。
(都立松沢病院 松下正明病院長による)

(3) アメリカ精神医学会による分類
DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)
 アメリカ精神医学会(The American Psychiatric Association, Washington D.C.)が発行する精神疾患の分類と診断の手引書。精神・神経疾患の定義及び診断基準として、多くの臨床家が利用している。

DSM−IV(1995年から採用、DSM−IVでは、痴呆そのものの定義ではなく、個々の疾患別定義に変わっている。)
 アルツハイマー型痴呆の定義
 A 以下の2つによって明らかとなるさまざまな認知障害
(1)記憶障害(新しいことの学習障害と以前に学んだ情報の想起障害)
(2)以下の認知障害のうち少なくとも1つ
(a)失語(言語障害)
(b)失行(運動機能が正常にもかかわらず運動活動を遂行することができない)
(c)失認(感覚機能が正常にもかかわらず物体を認知同定することができない)
(d)実行機能の障害(計画、組織化、筋道をたてること、抽象化の障害)
 B 緩徐な発症と持続的進行
 C 認知障害による社会・職業上の働きの障害、また以前の社会・職業上の機能水準からの有意な低下
 D Aにみる認知障害は以下のものにはよらない
(1)進行性の記憶や認知障害をきたす中枢神経系の状態(脳血管障害、パーキンソン病、ハンチントン病、硬膜下血腫、正常圧水頭症)
(2)痴呆をきたす身体状態(甲状腺機能低下症、ビタミンB12や葉酸の欠乏症、ナイアシン欠乏症、高カルシウム血症、神経梅毒、HIV感染症)
(3)物質惹起状態
 E この障害は、せん妄の間にのみ生じるということはない
 F 他のI軸障害によっては説明されない

 脳血管性痴呆の定義
 A 以下の2つによって明らかとなるさまざまな認知障害
(1)記憶障害(新しいことの学習障害と以前に学んだ情報の想起障害)
(2)以下の認知障害のうち少なくとも1つ
(a)失語(言語障害)
(b)失行(運動機能が正常にもかかわらず運動活動を遂行することができない)
(c)失認(感覚機能が正常にもかかわらず物体を認知同定することができない)
(d)実行機能の障害(計画、組織化、筋道をたてること、抽象化の障害)
 B 局所性の神経徴候と症状(深部腱反射の亢進、伸展性足底反応、仮性球麻痺、歩行障害、四肢の筋力低下)、脳血管障害を示唆する検査所見で、それが病因的にその障害と関連があると判断されるもの(皮質や白質を含んだ梗塞巣)
 C 認知障害による社会・職業上の働きの障害、また以前の社会・職業上の機能水準からの有意な低下
 D この障害は、せん妄の間にのみ生じることはない


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