04/07/01 第20回厚生科学審議会科学技術部会ヒト幹細胞を用いた臨床研究の在り方に       関する専門委員会議事録            第20回厚生科学審議会科学技術部会        ヒト幹細胞を用いた臨床研究の在り方に関する専門委員会                   議事録            平成16年7月1日(木)15:00〜17:10            厚生労働省 17階 専用第21会議室 〇事務局  第20回厚生科学審議会科学技術部会「ヒト幹細胞を用いた臨床研究の在り方に関する 専門委員会」を開催いたします。  まず、事務局より資料の確認をさせていただきたいと思います。  一番上が厚生科学審議会科学技術部会ヒト幹細胞を用いた臨床研究の在り方に関する 専門委員会の第20回の議事次第です。そこから委員名簿と席表、その後に資料がありま す。  資料1−1、1−2、1−3ということで資料1については3つ。それから資料2、 ということで2つのかたまりを入れさせていただいております。参考資料もあります。  お手元のクリップですが、これに関しては資料2の参考資料というところで分厚いの で委員の先生方だけに机上配付させていただいております。  それと長沖委員より、私見ということでまとめて提供いただいております資料を付け ております。  資料に関しては以上でございます。途中に不備等がございましたら事務局までお申し つけください。では、議事進行を委員長にお願いしたいと思いますので、よろしくお願 いいたします。 〇中畑委員長  本日の議題に入ります。前回に引き続きまして死亡胎児の利用について、ということ できょうの議論を進めたいと思います。  前回の議論に基づきまして、今回、少し整理したほうがいいだろうという御指摘があ りましたので、事務局と御相談しまして資料を整理させていただきました。それについ てあとで議論をしていただきたいと思います。  長沖委員から本日資料が提出されました。本日はそれについても、長沖委員からのお 手元の資料について議論をしたいと思います。  前回、本委員会あてに提出されていた福島先生の意見書というものがありました。長 沖委員からそれについて議論をしてほしいという御要望がありましたので、それも資料 としてお手元に配ることにしました。では前回の資料に基づきまして、事務局から資料 の説明をお願いします。  その前に長沖委員の御意見を先にお聞きしたほうがよろしいでしょうか。きょう出さ れたので僕もよく読んでないのです。長沖委員から簡単に御説明いただきたいと思いま す。 〇長沖委員  時間をいただきありがとうございます。今までの議論を聞いていて、私自身が考える ところがありました。どういうようにしたらいいのかということで、意見をきちんと書 いて出したほうがいいと思いまして出させていただきました。順番に説明させていただ きます。  最初に書いた趣旨は何かというと、中絶胎児を認めるか認めないかということに関し て、きちんとした倫理的な議論が行われなければいけないだろうということが趣旨です。 読ませていただきます。  あらゆる技術の応用に関して、その技術が生命体または人・身体の尊厳にどのように 関与するのか議論されなければならないのは言うまでもない。これは言いかえれば、人 体のモノ化・資源化・道具化への抵抗であり、その技術の科学的合理性や有用性だけで はなく、社会的な意義が問われなければならないと考えます。  今まで死亡胎児の利用に関して時間をかけて議論してきたと、前回、ほかの委員の方 もおっしゃっておりましたが、今まで委員会で議論をしてきたことは、例えば社会的な 意義ということではなく、利用するためにはどういう条件が必要なのかという条件を議 論してきたと私は思っております。  前回、事務局のほうが、中絶する女性の配慮とか、誘発しないか、というような条件 をまず考えて、それがクリアされなければ撤回もあり得るという見解をおっしゃってお りましたが、それはまさにそういうことであると思います。  「ヒト胚性幹細胞を中心としたヒト胚研究に関する基本的考え方」という中で、死亡 胎児の組織を用いたEG細胞の樹立に関しては、「人工妊娠中絶の意思決定とEG細胞 樹立のための死亡胎児組織の提供の意思決定との関係や、我が国で行われている中絶方 法など死亡胎児組織の利用に独自の倫理的・技術的問題に対する考慮が必要であり、こ れらについて検討が行われるまでの間は樹立は行われないこととすべき」と書かれてい ます。  そのためにES細胞のガイドラインはできたわけですが、EG細胞に関してはそこで ストップしております。  そのような議論をここできちんと行ったのであろうか、というのが根本的な疑問です。 それについて議論が行われるまでは、やるべきではないというものを覆すだけの議論を ここでされてきたのだろうか、ということがあります。  「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」では、ヒト授精胚は人の生命の 萌芽として扱われ、尊重されなければいけないと位置づけられていますが、いまもし胎 児の利用を決めるとすれば、胎児はどのように位置づけられるのか。そのことが議論さ れなければいけないだろうと思っています。  そもそもこの委員会のメンバーというのは、胎児利用の倫理的議論をすることを想定 して集められてはいないのではないか、と私は認識しております。それは今まで皆さん もそのようにおっしゃっていらしたと思います。もしそれをするのであれば、委員会の メンバーの設定の仕方そのものも考えなければいけない。例えば、女性の数がどのくら いいないといけないとか、もし関係する研究者だけを集めるとすれば、そういうことは 決定してはいけないと思うので、その比率というのは考えられなければいけなかったと 思っています。  今後、もしここが日本で最初に中絶胎児の利用ということを決定したとすれば、それ は後世に歴史的に残ることであって、そういう議論なしに決定したということであった とすると、それは将来に禍根を残すのではないかと思っております。  これが根本的な議論としてある上に、もし手続き、条件としての議論だけを考えると しても、以下のものが足りないだろうと思っています。  一つは、ヒアリングのまとめというところで、それぞれの人がヒアリングの中で一番 重要であるとおっしゃったと私が思っているところが、全く取りあげられていないとい うところがあります。それは2番です。  3番に関しては、死亡胎児という表現の仕方そのものが、私自身は不適当であると思 っております。死亡胎児というのは、ここしばらくでは基本的に中絶胎児を使うという ことが考えられていて、中絶胎児はいつ死亡しているのかということを考えると、死亡 した後に同意を取るのかというと違うわけです。死亡胎児という言い方は不適当である と思っています。  4番目に関しては、中絶の条件としていろいろなことが合意されていきましたが、そ のためには、現場で何が起こっているのかということがきちんと把握されなければいけ ないと思います。一つは、きちんと行われているインフォームド・コンセント自身の中 に、既にバイアスがかかっている可能性がある。インフォームド・コンセントを行って いないというのはもってのほかです。行っていると言っている中で、バイアスがかかっ ている可能性があります。そのことが誘導を引き起こしかねない。  もう一つは、丸本さんの意見書の中でインフォームド・コンセントの難しさというこ とが書かれておりました。塚本久美さんという方は、中絶当事者の心的外傷のことを書 かれている中で、研究利用の説明自身が胎児の存在をリアルにしてしまうから、心的外 傷をさらに大きくする可能性がある、ということを書いていらっしゃいます。  こういうことがありますから、もし認めるとしても、きちんと議論されなければいけ ない。そのためには、1人ではなく複数の産婦人科のお医者さんからインフォームド・ コンセントのヒアリング、どこで何が考えられてどういうことを行うのか。  もう一つ重要なことは、今まで胎児の研究利用を行ってきたところで、胎児をどこか ら得てどのような手続きが行われてきたのか。国立大阪医療センターだけではなく、ほ かのところで実際に何が行われてきたのかというのは、これは絶対にはっきりさせない といけないと思います。  5番目に書かれたことは、これも申し上げてきたことですが、基礎研究がまずあって 臨床研究だろうと思います。基礎研究に関して胎児利用を行っていいかどうかというこ とですらどこにも決まってないわけです。そういう積み重ねがあって臨床研究が行われ るのであろうと思われますから、まず基礎研究の場面で胎児利用をどう認めるのか、と いうことが議論されなければいけないと思っています。ですから、基本的には包括的な 議論が必要であろうと思っています。  こういう理由から、取りあえず胎児の利用に関してここで決めるのではなく、例えば、 ここの中の別の作業部会のような形でも、または全く別の委員会でもいいのですが、そ ういう形できちんと社会的に認めるのか、認めないのか、という倫理的な議論を行わな ければいけないと思っております。  この委員会自身は、胎児のところは留保した形で早急に指針を出す、ということをも う一度提案したいと思っています。これに対して皆さんの御意見がありましたが、その ことに関してモラトリアムをするということは、厚生労働省が何らかの手を打つという ことはできると思います。そうでなければ厚生労働省が作っているガイドラインに意味 がないということになってしまうので、それはできるだろうと思っています。  最後に書いたのは、いろいろなところから意見書が出ていると聞いておりますが、そ れをどう取りあげるのかは別として、ほかの人たちがこの委員会をどう見ているのかと いうことに関しては、私たちは知っていないといけないと思います。それなので私自身 はすべての意見書を配付してほしいと思っております。  例えば今回の福島さんの件に関しては、新聞報道がされていて、すでにウェブ上で公 開されているにもかかわらず、ここの委員がそれに関して読んでもいないということは 良くないことであると思います。福島さん自身の意見書は、胎児を利用することへの擬 議だけではなく、研究の有用性も問うているのであって、そういう意見書の中から聞き 取らないといけないものというのを、私たちは見ないといけないと思っております。福 島さんに関してはぜひ参考人として話をお伺いしたいと私は思っています。以上です。 〇中畑委員長  ありがとうございました。ただいまの長沖委員の御意見に対して、どなたか御意見ご ざいませんか。 〇西川委員  僕は神戸にいて福島さんと同じところにおります。福島さんについては対談もしたこ とがあります。基本的には一つの意見として、福島さんがこういう意見を持つからとい っても先端医療財団全体の意志とは関係ないということです。  ただ大事なことは、いま長沖さんがおっしゃったテクニカルな問題と、より中絶胎児 の本質の問題に関しては、分けて考える必要があると思いますが、逆に、例えば福島さ んは割と、僕も対談などをして知っているのですが、クリアな言明をされる人です。例 えばこの中絶胎児が生きているという側面にもし注目するとしたら、例えば人工中絶自 体がある国では女性の自由のシンボルであり、福祉のシンボルになっているということ を全く無視してしまうという側面があるわけです。  ですから、少なくとも中絶するということが決められた存在についてあるべきであっ て、福島さんの場合には、これも対談でやったので読まれていると思いますが、そこに 関しての配慮というか、世の中が多元主義であるという配慮が逆に欠けているのかなと 僕自身は感じております。  ですから、もちろんどんどんと聞かれればいいのですが、ただもし僕らが一番現実的 に議論ができるのではないかと思うのは、中絶ということを認める、母体保護法の上だ けかどうかはともかくとしても、基本的にはどういう中絶胎児が対象になるべきである か。あるいは、いま御指摘になった塚原さんとか、そういう人たちの懸念をどういうふ うにテクニカルに取り除けるのか。  昨日もいろいろなところで話をしたのですが、意外とボランティアという問題に対し て、この国の中にはいろいろな人がおられて、そういうものが出ないと思うものすらボ ランティア精神がある。ですから、ここで議論できるのは、あくまでもテクニカルでイ ンフォームド・コンセントが明らかにバイアスをもっているかどうか。あるいは実際に 募集の仕方です。募集の仕方が極めてボランタリーであるのかというのは、テストして もいいと思います。  例えば、胎児に意思があるとか、最近も出ておりましたが、例えばエコーなどで調べ ればいくらでもいろいろな表情が出たりするという問題について、例えばシリアスに考 えるとすると、人工中絶自体を認めないという方向で本当にそこまでぼくらに覚悟があ るのか、という問題については議論されるべきです。  今の日本、私自身もそうですが、多分、認めないという方向ではないか。その意味で はここは一回切り離せるのではないかと思います。 〇石井委員  ここで中絶の是非を論じることはしないと思います。いま生きているのか生きていな いのかということを言われた。福島先生から私のところにも送っていただいたので拝見 しました。最初に「中絶胎児は生きています」と書いてあったのです。そこが一番気に なりました。中絶前に生きているのは確かですが、私たちがいま議論しているのは死亡 胎児の利用ということです。本当に利用しようといっている対象が死亡しているのか生 きているのか。そこのところは、はっきりしていただきたいと思います。胎児一般とい うことではなく、どの発達段階の胎児をどのように利用しようとしているのか、という ことをはっきりしていただく必要があると思っております。 〇西川委員  多分、もうちょっとしたら朝日新聞に出ると思います。これは極めて生物学的な話を して申し訳ないのですが、私たちはたくさんの細胞からできている多細胞生物です。単 細胞生物の場合には体と細胞が一致しております。ですから体が死んだときには細胞が 死んだときです。ところが多細胞になるということは、部分と全体が分かれるというこ とです。ですから、体としては死んでいても細胞は生きている。あるいは細胞は死んで いるのだが体が生きている、という状況が生まれているわけです。  いま、物の生死というものを問うときに、もし体の生死を問われるとしたら、中絶胎 児は体の生死としては死んでいると判断せざるを得ないと思います。すなわち部分とし て生きているが、全体としては生きる権利及び掻爬された段階では、体制を失っている わけです。それは言明していいと思います。  ところが福島さんがおっしゃっているのは、部分が生きているという話です。ですか らもしそれを問うなら、あらゆる部分の利用ということが不可能になるわけです。  はっきりいうと、今私たちが持っている文化というものと、生物学あるいは私たちが やっている幹細胞研究から出てくる事実というものが、確かに齟齬を来しているのは事 実です。その齟齬を私たちはきちんと解決していく、あるいは新しい文化に繋げていく ということの重要性は感じます。事実としては、部分と全体というものを、もう一度、 石井先生にも考えていただけると、基本的には掻爬が行われた段階で、全体としての生 が絶たれたと言えるのではないでしょうか。 〇石井委員  それは成人した人も死体も同様のことがある。そういう意味で死体と考えられる胎児 なのかということです。私は、胎児も死んでいるという前提で話が始まっていると思っ たのです。 〇中畑委員長  ひとつ論点整理をしておきたいのは、この委員会は中絶の是非について議論をする委 員会ではないということです。その意味で死亡胎児という形で取り扱う。死亡胎児とい うのは、西川先生がいわれたような個体として、少なくとも現在の科学あるいは医療と いうレベルでは生きることは絶対にあり得ない存在として死亡胎児という形でいま胎児 をここでは取りあげていると思います。  部分が生きているというような議論になりますと、それはどこまでいっても結論が出 ないということになります。個体として死亡しているという形のとらえ方でそういうこ とになるのではないかと思います。私は小児科医ですが、未熟児医療というのは年々進 歩してきました。以前は、例えば24週未満であれば、今の科学とか医療では生き残れな いというのがだんだんにそれが下がってきています。  少なくとも21週未満の胎児については、少なくとも体が母親から出た時点で、それは 今の科学医療では絶対に生きることはありえない、ということで法律的にそういう形で 決まってきているのではないかと思います。そういう理解でよろしいのではないかと思 います。 〇西川委員  人工中絶時期の掻爬された胎児は、法的にはどう扱われるのですか。 〇石井委員  死産の定義があります。その定義で死が確認される段階かどうかということがひとつ あると思います。それ以前においては、そもそも生きているか否かの判定ができない状 態である胎児が死んでいるということも逆に言えないと思います。法的に町野先生どう ですか。中畑先生がおっしゃった点では、何週未満であれば絶対に生きないということ があっても、生きて生まれたら、それは人として存在することになると思います。 〇西川委員  母体保護法で人工中絶を行うということが決まりますね。人工中絶を行って、例えば、 法的には胎児の生き死にということが判断されるのか。例えば人工中絶を行うという時 点で、例えば死亡と認めるのか。 〇町野委員  胎児は、法的には人ではありません。また、胎児が死んでいたということであったら、 そもそも堕胎の概念に当てはまらないということです。胎児が生きているという前提で はじめて堕胎の問題があり、それが人工妊娠中絶として母体保護法によって合法となる ということです。 〇橋本委員  この問題は死体腎移植と同じように考えたらどうかと思います。亡くなられた患者さ んの腎臓をいただいて腎不全の患者さんに移植する、つまり臨床応用です。明らかに亡 くなっているわけです。そういうふうに考えるのはいかがでしょうか。死亡胎児ですか ら亡くなったという決定のもとに組織をいただく。一方は腎臓という臓器をいただくわ けです。  もう一つ大事なことはドナーの意思だと思います。この場合は母親であるわけです。 先ほどボランタリーという言葉が出ました。その母親の意思を尊重する。インフォーム ド・コンセントということも論議されておりますが、この母親の意思を尊重することを 大きく謳うことによって、この問題はある程度はクリアされるのではないかと思います がいかがでしょうか。 〇中畑委員長  貴重な御意見をありがとうございました。確かにこの委員会の議論では、死亡胎児と いう形でずっと議論がきました。結局、途中から中絶胎児と死亡胎児と一部混同されて いる感じのところがありまして、その意味で、お配りした資料の1−2にも関係します。 資料を少し整理させていただきました。  あくまでもこの委員会では、死亡胎児の利用が是か非かという形で今まで議論をして きたということを、もう一度確認していただきたいと思います。 〇長沖委員  ちょっと誤解されているようです。私自身は、福島さんの意見と同じということは全 くいっておりません。ここで中絶の是非を議論するとは私も思っていません。中絶した 胎児を使ってよいか。中絶した胎児を死亡胎児と呼んで使っていいのかどうかというこ とに関して、今まで日本の中では中絶胎児にしろ死亡胎児にしろ、それを使ってよいと いうルールはどこにもなかったわけです。それを新たに使うときに、中絶胎児をどうい う意味があってほかのことに使ってよいのかということに関して、きちんとした議論が 必要である。使い方ではなく、私たちがなぜ中絶胎児を利用してよいのか。  それは例えば、脳死した脳死体を利用してよいのかということと同じだし、胚をほか の目的で使ってもよいのかということと同じように、中絶胎児を他のことに利用すると いうことをやって良いのか良くないのか、ということはきちんと倫理的議論としてやら ないといけない。  それとは別に、使い方としてどうしないといけないのか、というのはきちんと決めな いといけない。ここがやってきたのは、使い方としてきちんと使わないといけないとい うことはやってきたのですが、そもそもどうして私たちが胎児を使って良いのかという のは、議論をされてこなかったし、ここでは議論できないだろうということが、私が一 番申し上げたいことです。 〇中畑委員長  その点についてどなたか御意見ございますか。 〇橋本委員  死体腎は使って良いのか悪いかという議論はどうなのですか。死亡胎児には特殊性が あるというのですか。 〇長沖委員  はい。つまり死体腎に関して使って良いか良くないかということは、議論されてきて、 それはそれなりのルールが作られてきた。それから胚に関しても議論が行われてきた。 クローン胚を議論する中で、胚をどう位置づけるかということは議論されてきたのです。 胎児に関して、胎児を利用するときに、どういうものとして私たちが位置づけるのかと いうことは、今おっしゃったように死体として位置づけるのか。それとも胚の延長とし て位置づけるのか。どっちかも決まってないのです。それで胎児を使ってよいと決めて よいのか、ということを申し上げました。 〇西川委員  誤解がある。中絶胎児と胎児というのは分けて考えるべきです。胚に関しては、位田 先生もおられますが、子宮に戻せば、完全な個体になるという部分があるわけです。こ の中絶胎児に関しては、多分、いまのところは多分戻しようもないし、戻しても完全な 個体にならないという意味では胚の延長ではない。  ですから中絶胎児を使って良いのかどうかに関して、あとはどういうコンセンサスを 取ればいいのかということは議論をしないといけない。ですから、長沖先生も、中絶胎 児は全体としての生命が絶たれているということに関しては、多分、議論の余地がない と思われていると思います。  そこに関して、例えば日本の文化というのは、僕はいつもいいますが多元主義なので すが、中絶胎児にはいろいろな考え方があると思います。例えば、アイルランドではこ れをやってはいかんわけです。すなわちカソリックの国のアイルランドでは、人工中絶 は全く認められていないわけです。こういうことすら議論にもならないわけです。です から、一つの文化論を、あるいは日本の文化のコンセンサスをどう取るのかということ に関しては、この委員会でやっても意味はないと思う、それはどこかでやったらいいの ではないかと思います。 〇中畑委員長  死亡胎児の利用ということについては、ここでもヒアリングがあったと思います。今 までは産科婦人科学会の会告という形で、それに関することが出されている。それが一 昨年に改正された、それにのっとった形で研究利用ということは行われてきた。それと 医療への応用ということについては、全くそういうものがありませんでしたので、幾つ かの例を挙げましたが、胎児の胸腺を移植するとか、胎児の肝臓を移植するとか、ある いは胎児の皮膚を使った医療とか、どなたかにお聞きしたら、胎児の心臓を使った医療 ということも実際に行われた例があるということをお聞きしております。そういう形で 今まで医療としても行われてきたという形です。  諸外国については、前回ヒアリングで玉井委員その他、いろいろな諸外国のそれぞれ の事情があるという形で今までずっと議論をしてきたと思います。この委員会では先ほ ど長沖委員がいわれたように、全くそれが議論されてきていないということではなく、 もちろん時間の制限とかいろいろな問題はありますが、ある程度は今まで議論はされて きているのではないかと私自身は受け取っております。 〇西川委員  ぼくはほとんど来ていないので時間をちょっと取らせていただきます。きょう急にこ ういう話になっているというのでびっくりしました。  例えば、僕自身はどう考えているのかというと、いろいろな考え方の方がおられて、 多分、日本は一つのドグマであるとか教条で律せられない国であろうと思います。その 時に、例えば自分の人工中絶した胎児を使っていいと考える人もいるし、それは絶対に 許せないという人もおられる。多分、様々な人がおられると思います。  そういう多元主義の中で一番重要なことは、本当はいけないと思っている人が、そう いうサークルの中に入ってくるのが多分一番問題で、それがインフォームド・コンセン トであったり、ディスクロージャーがいま最も、こういう多元主義の中で唯一物事を解 決する一つの手段となっているのではないかと思います。  ですから、もし長沖委員が日本の国が決して多元主義ではなく、胎児の利用というこ とについても一つのコンセンサスがあり、大多数がこうであるからやめたほうがいいの かというのは、僕は、小数でもいる限りはそれが認められる社会であってほしいといつ も思っております。  ただ、やるというふうに位置づけられている人たちが、やってはいけないという人に 対しての懸念に対して、何か答えるというルートは持っていけるように国の中で考える べきであると思っております。  もちろん、例えば僕がアイルランドにいたらこういう議論には参加しないというのは よくわかりますから、長沖委員を中心に、例えば死亡胎児あるいは人工中絶胎児につい て、日本のコンセンサスで法的な規制がきちんと作られるのであれば、それは私たちは 粛々と従うべきであると思います。  ただ、そういうものが多数決で決まるものであるとは僕は思っていません。そこにつ いてどういうコンセンサスを取っていくのかということについては、もう少し具体的な イメージを示していただいて、ここではその上で、なおかつそれをやってもいいという、 あるいはあげてもいいという人たちが、本当にボランタリーに集まってくるような仕組 みを皆で監視できる仕組みを考えていただきたい。  両方の意見については、長沖さんのおっしゃるのもわかります。ですからそこはいろ いろな形でやればいいが、ここではちょっと難しいかなという感じはしますし、メンバ ーも適当ではないというのは僕もアグリーです。 〇中畑委員長  そういういろいろな意見がある中で、ある程度、今までアンダーグラウンドで行われ てきたものを、この委員会としては、ある一定の基準にのっとって、一応、社会に見え るような形で進めようという形で取り扱ってきたと思います。そのために中央審査をす るとか、ある一定の死亡胎児から細胞をいただく場合の一定の決まり、インフォームド ・コンセントをどのようにして取っていくかということも、場合によっては、そういう ことによってある程度は施設が限定されてくるのではないか。きちんとできる施設はそ うは多くはないということも議論されてきたと思います。  ですから、多元主義とか、公開性とかということを担保するためのいろいろな方策を、 今までずっと話をしてきてここまで来たと思います。私はそう理解をしております。  そういう中で、昨年の暮れから「死亡胎児を使った臨床研究は禁じるものではない」 ということで合意を得た、その禁じるものではないといったときに、どういうものであ ればいいのかということで、いま少しテクニカルなことになるということで長沖委員か ら御意見があろうかと思いますが、こういうきちんとしたインフォームド・コンセント を取るべきである。最終的な合意というのは、いつの時期にやるのかということについ ても、今まで話し合いをしてきたと思います。 〇石井委員  ここでは、禁じるものではないということの合意がある、そこは了承します。私も何 回か休んでいるのでどこまできちんと議論をしたのか全部をフォローしているわけでは ないのですが、長沖先生の意見を私は支持したいと思います。  中絶胎児を利用するという場合には、特殊な検討を必要とするということは、皆が認 めていると思います。その議論をきちんとしたか。結論が出ていれば、議論をしなくて もいいということではなく、どういう問題があるのかということをきちんと明らかにす る必要がある。そこが十分でないという批判があちこちから出ていることを、私たちは 真摯に受け止めないといけないと思う。  もう一つは、私たちは死亡した胎児といっているが、福島先生はそれに異議があり、 生きているのだと送られてきたのではないかと思います。そうすると、私たちは死亡を 前提にして議論をしているが、それに異議がある人があれば、その人の意見はきちんと 聞いて決めないといけないと思う。  しかし今、できないとすれば、長沖先生もおっしゃっているように、私は前にもそれ には賛成をしたと思っているのですが、取りあえず全体について決めて、胎児の利用と いうことも禁止するものではないということであれば、それについては詳細を別に定め る、ガイドラインを別に設けるような形のシステムを考え、新たな委員会でちゃんと詰 めるということをしたほうがよいのではないかと思います。 〇西川委員  論理的によくわからないのは、多分福島さんは部分的に生きているとおっしゃってい ると思います。もし全体として生きているなら、法的にこれは問題になります。ですか ら石井先生がおっしゃった、福島先生が生きているとおっしゃるなら考えないといけな い、というのは全然おかしな話です。人工中絶をするという行為自体の中に、死が含ま れているわけです。行為そのものにね。ですからそれを議論するのはどうしょうもない。  もう一つ、長沖先生がおっしゃることは全部わかりますが、では何を議論するのかと いう議題を、この場である必要はないが、例えば日本として中絶胎児と死体の利用はど う違うのかという問題で、何となく違うというふうに石井先生や長沖さんは決めつけら れているが、僕は同じだと思うのですが、同じと感じる人も多いのではないか。  はっきり言うと、生物学的な教育を受けてきたりすると、多分そういうことであって、 そこのギャップがあることは自然であるし、共に話し合う必要はあると思いますが、何 を議題として議論するのか。生物学者と一般の人とのギャップを議論したいのか、それ とも日本の文化というものを議論したいのか、その辺がよくわからないのです。 〇長沖委員  幾つかあると思います。一つは、文化の話です。宗教的なことはかなり影響してきま す。例えばキリスト教だとどう考えるのかということです。日本の中で中絶がどういう ふうに考えられ、どういうふうに受け入れられてきたのか。その意味では、私は日本人 は、キリスト教的な考え方に比べて、中絶ということを割と受け入れてきた文化がある と思います。  その時にどういうふうに胎児を考えていたのか、ということをきちんと見ないといけ ない。だとすれば認めていたにもかかわらず、なぜ水子供養のようなものが近年になっ て急に伸びてくるのか、水子供養がはやり始めるのは70年代以降です。これは逆に中絶 に対する個々人が感じている罪悪感があるわけです。文化的に中絶をどう見てきたのか。 そういう文化の話です。  もう一つは、それぞれの個人がどう受け止めてきたのかというのは重要なことです。 胎児というのは女性にとってみたら両義的です。つまりある意味では自分の一部であり 一方では他者であるわけです。反対に、子どもを産もうと思っている人には、とてもい とおしいものであり、反対に妊娠が本人にとって思わぬものであったり困ったものであ れば、それは邪魔者になってしまう。すごく両義的なものです。なおかつその両義的で ありながら、女性自身がそこの決定権を持っているわけです。  私自身は中絶は支持しております。女性には必要なものであると思っていますが、そ のものはある部分では物であり、ある部分では生き物であるわけです。自分の子どもで あったりする。その両義的な二つの状態を行き来しているものを、どっちを見るか。こ れはもう死亡したものであるから物として扱ってよいと考えるのか、それとも自分の体 の一部であれ子どもになったかもしれない気持ちを込めたものとして見るか。どっちと 整理するのか、という過程が女性にとっては重要であると思っています。  そこをどう考えていくかということをきちんと議論した上で、例えば、胚の場合、E S細胞の場合、生き物として何らかの形で敬意を表するというような議論がありました よね。では胎児に対して私たちはどのような形の思いをそこに込めて実験に使っていく のかとか、そういう議論は必要だろうと思っております。 〇中畑委員長  その点については、この会議でも何回も出てきたと思います。だからそれは単なる物 として死亡胎児を扱うということではない。そこにはしっかり礼節をもって取り扱うと いうことで、今まで何回かこの会議でも議論をしてきましたので、単なる物ということ ではないという形で皆さんの意見は統一されていると思います。礼節をもってしっかり 取り扱うということで先生自身もそれは了解されたと思います。 〇長沖委員  ですからそれは何が礼節なのかということです。 〇西川委員  それは実際には死体についてもそうですよね。例えば日本では仏教であるがお墓です。 例えば多くの原始仏教では鳥葬とかあって、外にほっておくわけです。一方、死体が何 かをするのではないか。あるいは死体に対する感覚というのは文化の問題で、ある程度 は当たり前の話です。それは決して胎児であるからとか、あるいは普通のぼくらが死ん でしまった後の死体であるからというような区別ではなく、日本文化が元々持っていた ものです。しかしそうでない人もいるということも事実で、それが日本ではないかと思 います。  ですから、そういう文化論にしてしまうと、多元主義で終わるような気がするのです。 実際、世の中を調べていくとね。ですからいろいろな文化をもっている人は結局は日本 の中にいるというふうになる。  長沖先生がおっしゃるような、いとおしい気持ちをもっている人に対して、それを病 院に引っ張ってきて、無理やりインフォームド・コンセントを取ってということが起こ らないような、いろいろな方策をインベンティブに考えるほうが本当は生産的です。例 えばインフォームド・コンセントだけをおっしゃっているが、いつも思うのですが、普 通の最もボランタリーというのは、何か自分で見てそれに対して応募するということを やったことはない。どうしてもインフォームド・コンセントから物は始まるが、例えば、 さい帯血であったり、それから治験の応募者などというのは、ビラを見てやろうとかと いうことになる。そういう少し仕組みのインベンションを考える方が生産的な気はする のです。  もちろん、文化論をやるのは大事だが、それは政府として本当にやっていいのかとい うのは、もう一つ議論としてやってほしい。 〇中畑委員長  ほかに全く別の角度からの御意見ございますか。 〇町野委員  遅れて来たのでまだよくわからないのですが、ここでは死亡胎児だけを議論するとい う前提ですよね。ガイドラインの対象もそうですね。また、「中絶胎児」といっており ますが、法律的にいうと、胎児が死亡しなくても中絶というのはあり得ます。外に出し た段階で中絶です。しかし皆さんがここで前提にされているのは、死亡した胎児ですね。 また、「部分的に生きている」という概念は私にはわからない、部分的に生きていると いうことは生きているということですよね。 〇石井委員  いや細胞が生きている。 〇町野委員  細胞と個体の死は別の問題ですので、それを議論する意味は、その点ではないと思い ます。そんな議論はナンセンスであると思います。臓器移植だって臓器が生きているか ら移植するわけです。その時に生きている人からの移植とは言いません。生と死の概念 はそういう問題ではない。 〇石井委員  福島先生は部分として生きているということだけで、そこは本当にそうかどうかとい うのは、わたしが読んだときの印象としては違ったということです。 〇町野委員  わかりました。でも、もし石井委員の言われるようなことであれば、ナンセンスな議 論であると思います。もう一つは、ここでの議論は、私としては非常に意外ですが、死 亡中絶胎児の使用は、原理的には拒否できないというのが参考人のすべての方の意見で もありました。私は絶対にだめだという意見が出るのではないかということを半分くら い期待していたのですが。  きょうの長沖委員の御意見は私はよく理解できないのです。原理的に絶対にだめだと いう御議論なのかどうかです。もし絶対に駄目であるといわれるのなら、もう一回議論 をしても結構だと思います。しかしそうではなく、ある範囲で、このようなことがクリ アされるなら許されるということの御議論であるとすれば、私はこれは既にここで何回 もされたことであると思います。石井委員がいわれるようなことではないと思います。  原理的に許されるかどうか、絶対にだめかどうかについての議論は、ここではされて いなかったので、それはそうだと思います。 〇中畑委員長  その点について長沖委員御意見ございますか。 〇長沖委員  おっしゃっている意味がよくわからないのですが、私は前から申し上げておりますが、 感情的には認められないということは前から申し上げております。原理的には拒否でき ないといってしまえば、すべてのことは原理的には拒否できないとなってしまいます。  私は現段階で、これは参考人の方もそういう形であったと思いますが、現段階で死亡 胎児または中絶胎児を研究に用いることに対して私は反対です。これが未来永劫そうで あるかどうかということに関しては、私はそこまではわかりません。現段階の議論及び 現段階でそれを使うことによって得られる有益性を考えると、私は反対という意見です。 〇高坂委員  今の長沖先生がおっしゃることもわからないこともないのですが、非常にナイーブな 質問をさせていただきます。実は前回・前々回も含めて、かなり議論をしました。禁ず るものではないという一応の合意ができたという形で、それを詰めていくために、今回 資料1と2を作りながら、ある程度細かい条件というものを考えていこうとなりました。 それを考えた末に、これは不都合があったという場合には元に戻ってキャンセルという こともあり得るかもしれないということを議論して、きょうはその細かいところを議論 するはずであったと僕は理解しております。  それが、この福島先生の意見であるとか、長沖委員の私信というものが突然に出てき て、従来の議論が元に戻った形になる。いつもそうです。これは私は一人の委員として 許せない。  議論があるなら、今までの2年間の議論の中でおっしゃっていただければいいし、大 部分のものは議論してきたと思っております。あなたはいま感情論として許せないとい いましたが、それはよくわかります。私も別の感情を持っております。ですが一つのル ールにのっとって議論を進めていただきたい、というのが委員としての希望です。 〇長沖委員  一つだけ、何度も私は提案して来たが、基本的なところでこういう議論を詰めてやっ ていくという形に今までなってこなかったというのは事実であろうと思います。この前、 禁じるものではないということで合意ができて、具体的な形で進めていこうということ であったので、きちんと私の意見をここでいっておかないと、合意したものとして前に 進んでしまうということに対して、私は危機感を持ったのでこういう形で出させていた だきました。  今まできちんとした議論をしてきたということをおっしゃることに対して、私自身の 意見はこの中に書いてあるつもりです。 〇中畑委員長  では、禁ずるものではない、ということで先生自身もいったん合意されたということ はお認めになっていただけるわけですね。  さらに細かいところを詰めていって、最終的にそういうところでは合意できないとい う形もあり得るということは、先生がこの委員会でもおっしゃっていたと思います。そ れにしたがって、今まで、死亡胎児を扱う上での問題となるようなところを整理してき ましたので、前回の場合、文書がしっかりないからなかなか議論としてまとまっていか ないのではないかという御指摘がありましたので、文書とこのポンチ絵にして先生方の お手元にお配りしました。それにしたがって議論を進めたいと思います。  事務局から資料の御説明をお願いします。 〇事務局  資料1−1と1−2につきまして御説明させていただきます。この資料は委員長から もございましたように、前回、文書化することと、もう少し細かな手順の形ということ で、委員長と御相談させていただきながら作らせていただいたものでございます。  まず資料1−1でございます。「ヒト幹細胞を用いた臨床研究における死亡胎児利用 の在り方について」ということです。こういう形で区切らせていただいて、今までお話 いただいたことを盛り込んでいるという形になっております。  (1)が死亡胎児利用の要件。  (1)基本理念。(2)手続面での要件。という形で今まで御論議いただいたことを入れて おります。(3)施設面での要件ということで、ES細胞を含めて書かせていただいており ます。これについては施設面ではほかの要因もあるのではないかということで、ここで は特出しではございません。  (2)同意の手続のところです。  (1)インフォームド・コンセントを受ける者です。こういうくだりにさせていただいて おります。これはa)からg)までございますが、これはオプションであってまだディ スカッションしていただいていないかなと思います。玉井先生に出していただいた諸外 国の例にそろってa)からg)までリストアップしているということでございます。  (2)インフォームド・コンセントを実施する者ということで、コーディネーターという 形でお話をされていたということで、こういう形にさせていただいております。  (3)同意の手続の際の手順です。(ア)同意のタイミング。(イ)同意の要件。(ウ)そ の他という形にさせていただいております。これに該当しますのが、資料1−2になっ ております。「インフォームド・コンセントの実施方法について」というポンチ絵の形 で作らせていただいております。  (4)インフォームド・コンセントの内容でございます。この内容につきまして、ES細 胞のところの指針から、資料1−2の後ろ2枚という形で、もし準用するならこういう 形かなということでたたき台を作らせていただいております。資料1−2のポンチ絵は、 委員長と相談をさせていただきまして、前回の論議に基づきまして手順を多少は詳しく 作って書いたということでございます。事務局からの説明は以上です。 〇中畑委員長  ありがとうございました。では資料1−1です。前回インフォームド・コンセントの 取り方というのがかなり議論になりましたので、論点整理の意味もありまして、そこを 資料1−2という形で資料を作らせていただきました。  今までの議論を総合するとこういう流れでいくのではないか。これにつきましては、 前回、産婦人科の実際に現場にいらっしゃる医師の意見も伺ったほうがいいのではない かという長沖委員の意見もありましたので、数名の産婦人科医の意見も伺いました。そ れで一部加えるところがありますので、それもこの図の中入れていただきたいと思いま す。  資料1−2について説明をさせていただきます。  (1)妊娠中絶の手術の説明をする。  (2)中絶の意思確認・中絶の意思決定。これは当然ながらパートナーと一緒にやるとい う形です。ここにパートナーが抜けております。パートナーと一緒に最終的に意思決定 を行う。  (3)研究協力の説明をうけるかどうかの意思を確認する。  (4)そういう説明をうけていいですよ、ぜひうけたいという方についてだけコーディネ ーターに連絡する。  (5)コーディネーターが説明文書を渡して、研究協力についての説明を行う。  (6)再度中絶手術の説明をする。  (7)研究協力の同意書、パートナーへのお話です。  (8)この段階では研究協力の意思を確認するということにとどまるのではないか。最終 的に中絶手術が行われる。  (9)研究協力の意思の決定、最後のインフォームド・コンセントのコンセントについて は、死亡胎児ということになりますので、中絶が行われたあと、最終的なコンセントが 取られて、研究に用いられるという形です。  死亡胎児を臨床研究に利用するということでは、今までの議論はこういう形に整理で きるのではないかということです。今まで中絶胎児と死亡胎児というように、それぞれ の先生方の使う意味合いがかなりニュアンスがいろいろとありましたので、こういう形 で整理をさせていただきました。この図についてどなたか御意見ありますか。 〇西川委員  先ほど長沖先生に対していいましたが、(3)をこれからもう少し考えていかないといけ ないのではないかといつも思っております。もちろん、医師が言うということも難しい 問題ですが、このプロセスがボランタリーになるのかというのが重要で、パンフレット が病院に置いてあるというのか、どういう仕組みが良いのかわかりませんが、最初の意 思確認が聞かれたからではなく、自発的に話が出てくる。もちろんある程度の知識は絶 対に必要ですからわかりますが、病院で聞かれたからというのはちょっと難しい問題が あるので、ここをもう少しインベンティブに考えていく、ということがこれからのいろ いろな懸念に対する答え方かなと僕自身は思っています。 〇中畑委員長  ありがとうございます。その点についていかがでしょうか。ここは研究協力の説明を うけるかどうか、是非うけたいという方だけが次のステップに回るわけです。私はそう いう説明はうけたくないという方は、その段階ではいかないわけです。いま先生が言わ れたような方法もうまい形で作ることができれば非常にいいと思います。 〇位田委員  死亡胎児は、死亡する前はまだ胎児でお腹の中にいるわけです。その時に、例えば産 婦人科のところで死亡胎児の研究はこういうことですよというパンフレットの説明が、 あらかじめそういう形で置いてあると、それは死亡胎児の研究利用を奨励してしまう方 向にいかないとも限らない。そういうものがあったら、罪悪感をコンペンセイトするよ うなものとして受け取られる。私はそういうパンフレットを置いてまで死亡胎児の利用 をするべきではないと思います。もしそういうパンフレットを置いたりするのであれば、 先ほどの長沖先生の御意見に賛成しますが、一般的に死亡胎児を本当に利用して良いの かどうか、むしろなぜ利用して良いのかという問題がきちんと議論されないといけない。 ここでは幹細胞の臨床研究ということに限って利用を認めるということで、少なくとも 禁じるものではないということで合意をしているので、それ以上でもないし以下でもな い。  西川先生のおっしゃることは、研究をするという意味ではわからないわけではないの ですが、現状においてはそれは不必要であると思うし、やってはいけないと思います。 〇西川委員  位田委員のおっしゃる話になると、ここで意思決定がされると、誰かが聞くことにな りますよね。はっきりいうと一種の密室というのはおかしいのですがね。もちろんコー ディネーターが入るのですが、将来の話としてどう言っているのか、そこを僕らはもう 少し考えてもいいのではないか。今はこれでいいのです。  例えば病院にパンフレットを置くのはいけないのかもしれないが、一般的な問題とし て私たちが普通のいろいろな形で宣伝をしていく。それに賛同される人がいるかどうか が、すごくゼネラルな形で拾い上げられるかどうかというほうが、もともといろいろな 形でインフォームド・コンセントに対する疑念が出されているときに、それをどうクリ アするのかというのは、僕のアイデアが良いか悪いかは別にしても、もう少し考えても いいのかなという意味です。 〇中畑委員長  今までこの委員会で議論されてきたものは、最初の幹細胞の臨床研究のための死亡胎 児の利用ということについては、かなり限定された使い方になる。そのために中央審査 というものもしっかりやって、その研究計画が本当に倫理的にも科学的にも正当なもの であるかどうかということを、施設の倫理委員会だけではなく中央でも審査をしよう。  例えば死亡胎児から採った幹細胞の細胞株のようなものを作るにしても、そういうこ とができる施設というのを、かなり限定して行うべきであろうという形で議論がなされ てきました。確かに広いボランタリーな気持ちから出発するという考え方は、非常に大 事だと思いますが、今回のこの指針と今までの議論の流れからすると、それは将来的な ものは別として、現時点ではここに書いたような、今の位田委員のような意見で進める ほうが、私自身も良いと考えます。 〇加藤委員  私も委員長のおっしゃることに全くの同意です。(3)について非常に大事だとおっしゃ る西川先生の御意見は、この国全体の問題として、これから議論をしていかないといけ ないと思います。どちらかというとこの委員会としては、この図でいえば(7)(8)(9)が 一体どういう問題をはらんでいるのかということに対して、委員長は2〜3人の先生に 聞かれたとおっしゃいましたが、そのことについて、実際にどういうことが話題になっ て、この全体について何か問題の指摘はなかったのか、ということをお聞きしたいので す。 〇中畑委員長  (2)中絶の意思確認・意思決定のところで、パートナーが必ず同席をする。こういう 臨床研究に使われるような死亡胎児というのは、少なくともパートナーがしっかりそろ って合意されたものを使うべきであろうということで、最初からパートナーが一緒に意 見を聞くというのは、当然、必要だろうということです。  死亡胎児についての全体のものが出来上がったところで、できれば日本産科婦人科学 会のほうに一回意見を求めてほしいという御意見でした。 〇長沖委員  (2)の場面というのは、まったく中絶のことだけに関して行われている。まだ研究に 参加するかどうかわからない段階ですよね。その段階でパートナーと一緒に中絶の説明 をうけて、意思決定。意思決定の部分は一緒ですが、中絶の説明の部分というところに 2人そろって行っているケースが、実際には現場ではどのくらいあるのでしょうか。  ほとんどのケースは、女性が一人で病院に行って、妊娠しているかどうかを知り、中 絶の説明を聞いて、帰ってきて、同意書に両方がサインをして、次に病院に行く、とい うことなのです。2人そろって来ている人たちが対象になるとすれば、その時点でほと んどいなくなることになりますよね。 〇中畑委員長  いなくなるのか、いなくならないのかわかりませんが、こういう形での死亡胎児の利 用というのは、できるだけたくさんそういう人を集めて、こういう形で協力してもらう という趣旨で今までは来てはいないわけです。10人あるいは何十人に1人であっても、 そういう形でぜひ協力をしたいという方の意思を重んじて臨床応用という形で利用させ ていただく、という形で来ていると思います。  最初の中絶の意思確認・意思決定のところにパートナーが実際には来られないのでは ないかという御意見でしたが、それは現実はこの産婦人科の多くの聞いた先生、大学病 院の先生ですが、その先生の話ですと、これは当然パートナーが中絶の意思決定という ところで一緒に参加するべきであるという御意見でした。 〇西川委員  僕も実際に幹細胞バンクで関わっていますが、実際のシチュエーションというのは、 産科で中絶をされるということがインフォームド・コンセントの対象になることはほと んどなくて、お母さんのほうが乳がんであったりとか、子どもの異常が確実にわかると か、いろいろな状況で人工中絶を病院の中で決意される。その場合にはもちろんパート ナーがおられる。そういう状況でほとんどの材料が、少なくとも大阪病院の場合にはそ うです。  ですから普通の産科のところでどんどんとそういうことが起こるとは、僕も全く思っ ていません。  逆にそういう状況であればあるほど、(3)がイメージとして何かあってもいいのかなと 思ったということです。 〇中畑委員長  もう1人私が意見を求めた方では、例えば心臓の病気でどうしても妊娠を継続できな いという親は、それは中絶して出てきた子どもを何とか使ってほしい、という希望が現 実にある。もちろん中絶される場合には、パートナーと一緒にこられるわけです。そう いう方はこの流れでいくと、非常に協力をしたいという方が出てくるのではないか。是 非協力をしたいという方が出てくるのではないか、という御意見でした。 〇位田委員  ここで死亡胎児を使うという、提供するというのかもしれませんが、ここで提供され る施設というのが大病院もしくは大学病院であって、したがってお母さんに何らかの原 因があって中絶をせざるを得ないような状況ばかりであれば、わからないわけではあり ません。多分、全体の中絶ということについて、お母さんの原因ではなく、その他の非 常にあいまいな条件がありますので、そういう人たちについてどうするのか、そこのほ うがもっと大きな問題があると思います。  西川先生がおっしゃる例もよくわかりますし、中畑先生がおっしゃる例もわかります が、では大病院もしくは大学病院ではなく、中小の施設というべきかもしれませんが、 そういうところからの利用はあり得ないというふうにするのか。  この規定ではあり得ないとは書けないですよね。いろいろな条件があるから、事実上 はできないということにはなりますが、事実上できないからそこは別に議論をしなくて もいいという話ではないと思います。母体に影響があるということ以外の条件で、この 条件がもし中小の産科婦人科で満たされるのであれば可能なわけです。そこまで視野に 入れて議論をしておかないといけないのではないでしょうか。 〇中畑委員長  そういう意味もあって、実際に私が意見を求めたのは、日本産科婦人科学会の今の会 長先生に意見を求めました。そういうこともあって、(2)の中絶の意思確認・中絶の意思 決定というところでは、最終的に意思決定というところでは、パートナーがそろった形 で行われるものしか対象にするべきではないか。  母親だけが同意をしたというものは、現時点では対象にしないほうがいいのではない かという御意見でした。私もそれについては賛成です。  その他にも幾つかの条件がそろいますので、そういう中で実際にできる施設は、ある 程度は限定されてくると私自身は考えております。例えばこのコーディネーターとして 別の人を置ける施設ということで、もう一つのハードルがあると思います。 〇位田委員  この場合のパートナーというのは、法律上の夫婦に限るのか、事実上の夫婦でもいい のか。ES細胞については法律上の夫婦という限定がありますが、胎児の場合にはそれ を広げるのかどうか。 〇中畑委員長  その辺については先生方の御意見を伺ったほうがよろしいかと思います。どちらがい いのでしょうか。 〇高坂委員  (2)に関してはあくまでも中絶の意思決定ですよね。これに関しては確かヒアリングの ときの方もおっしゃっておられたと思います。インフォームド・コンセントを受ける者 として母親だけでいい。あるいは両方を含めたものが必要である。いろいろな議論が出 ておりました。  例えば、父親のほうの合意も取らないといけないとなると、それは逆に母親にプレッ シャーを与えることになる、むしろ母親だけというところもある。幾つかの可能性をお っしゃっていたと思います。  ただこの(2)の中絶というステップにおいては、別のページの(1)に書いてあるような 可能性をこれから議論をしていけばいいことです。パートナーの同意も同時に必要であ るとすることがあれば、(8)の研究協力の意思確認というか、協力しますというところで は両方の確認が必要になる。それがベターであると思います。 〇町野委員  私も今の御意見が妥当だと思います。中絶の意思決定と提供の意思決定は分けて考え ないといけませんから、提供の意志決定を予め考慮にいれて、最初からパートナーに来 ていただくというのは理屈が通らないし、それは絶対にするべきことではないと思いま す。  中絶するかどうかは、基本的に女性が決定をする、それについて後でアセントを配偶 者が与えるという建前になっております。女性の中絶の権利はそこで保障されないとい けないと思います。  提供のところでどう考えるかということは、確かに問題です。ES指針では、余剰胚 の提供についての問題で、ESの樹立の問題そのものではありません。そちらでは法律 上の夫婦に限っているというのは、どういう経緯であるかについては私も記憶しており ませんが、それはこちらの問題として一回考えないといけないと思います。しかしこち らのほうでは、恐らく、提供者が両方ともパートナーが知れているときには両方を必要 とせざるを得ないのですが、それを法律上の夫婦に限る必然性がどこにあるのかは、考 えてみないといけないと思います。 〇中畑委員長  ありがとうございました。その点について別の御意見ございませんか。 〇西川委員  質問です。実際に日本の場合、例えばフランスなどの場合にはいろいろな事情で法的 にも進んでいて4割以上が籍を入れないという話になっておりますが、日本の場合には 今は何%ぐらいはどうなっていますか。  日本の場合にはあり得ないのでしょうか。政府がそういう形態を認めてないからとい うことですね。フランスの場合には認知に関しての権利は。 〇位田委員  認めているかいないという話ではなく、法律上の婚姻をしている人は何人いるのかと いうのは当然わかります。同棲状態にある人たちが何人いるのか、もしくは何カップル いるのかというのは、統計のとりようもないと思いますし、無理だと思います。 〇土肥委員  私も質問です。パートナーの存在が必要であるというのは、この中絶、この過程がし っかり行われているという以外に、臨床応用するわけですから、後でそういう情報が必 要になるかもしれないという意味でもパートナーが必要ではないかと想像するのですが、 後から情報をいただくということに関して、正式に婚姻関係にあるのかないかというこ とで、あるということで情報が増えるのでしょうか。それがないのであれば、その意味 では、あまり意味がないのではないかという気がします。 〇町野委員  西川先生の話ですが、事実上の婚姻の数がどうかは、統計がないのはそうでしょうが、 厚生労働省の方にお聞きします。中絶の届に配偶者の承諾を記載するところがあると思 います。あれは法律では配偶者になっていましたか。そうだとするとその統計はあり得 ると思います。 〇中畑委員長  その点についていかがでしょうか。 〇事務局  数はわからないのですが、母体保護法では、配偶者には届出をしていないが、事実上 婚姻関係と同様の事情にあるものを含むと定まっております。 〇石井委員  これはインフォームド・コンセントを誰から得るのかという問題ですね。母親の同意 が必要なことは確かですが、それだけでいいのかという議論は必要だと思います。こと に胎児の組織を使うということですが、母親は胎児の死を決定した人でもあるのですか ら、その人の意思だけで本当に良いのかということは、きちんと議論をする必要がある と思う。 〇中畑委員長  資料1−1の(2)の同意の手続でインフォームド・コンセントを受ける者というとこ ろで議論を細かくする。欧米の諸外国の例から、日本ではではどういうことで限定する のかということで議論をしたいと思いますので、その問題はちょっと後にしていただき たいと思います。 〇町野委員  確認です。今のは提供の問題ですね。 〇石井委員  はい。元々1人の同意だけではだめだとなると、パートナーのいる人、そもそも説明 する対象が誰になるのかということも問題となってくると思います。 〇町野委員  私が問題にしたのは、最初の中絶の段階でインフォームド・コンセントを受ける人に そのパートナーを入れることはできないだろうということでした。これは中絶の意思と 提供の意思は確実に切り離さないといけないわけですから、最初から、「あなたは提供 してくれるということを予定している」ということで2人連れてくるわけにはいかない。 〇石井委員  2人できた人しか説明をしない、というのが先程の説明の仕方であったのです。 〇町野委員  この話はもう終わっているということです。 〇石井委員  終わってない。 〇中畑委員長  そのように決めたわけではなく、そういう意見が述べられた、産婦人科学会の会長か らはそういう意見が述べられた。少なくとも最初から中絶の意思確認・意思決定という ところが、日ごろからパートナーがいる条件でやられているような施設で行われたもの に限定するべきではないか、という御意見であったということです。  今回の幹細胞の臨床研究への利用ということを考えて、特別にパートナーと一緒に最 初の段階からインフォームド・コンセントをパートナーと一緒に取るということではな く、日ごろからこういう体制で行われているような施設もある。そういうところで行わ れた死亡胎児を対象にしたほうがいいのではないかという御意見であったということで す。その論理は私にも理解がある程度はできます。そういう具合に限定してしまうのが いいのかというのは、この会議で御議論をいただきたいということで先ほど述べました。 〇西川委員  現実にはそうなると思います。実際にいろいろなケースを見ていると、中絶の意思決 定のときから、パートナーがいるようなケースでないと提供までいかない。いま町野先 生がおっしゃったような判断で、女性1人で中絶すら決め兼ねられないという状況のほ うが多いのが事実であれば、もし施設認定をしてしまうといろいろな問題が出てくると 思います。  なぜかというと、これはさい帯血移植でそうですが、今あのように全体で宣伝をしま すと、病院でさい帯血を提供したいとおっしゃる方が多いのです。ところがネットワー クに入っていないと、これはできませんという話をせざるを得ない。そうするとそこの 病院はあまり大した病院ではないのではないか、ということを考えられたりする心配が ある。現実は、そういうことになるようにインフォームド・コンセントの仕組みをきち んとしておく必要がありますが、こういう施設だけに限定しますということ自体は、今 の日本の在り方でもいけないし、多分、医師会の委員の方もかなり反対されるのではな いかと思います。 〇中畑委員長  施設認定のようなものにするのかどうという議論はあったのですが、そういう形では なく、条件を一つずつきちんと決めていくことによって、そういうことがクリアできる ような施設がある程度は限定されてくるだろう、という議論で前回まで来たと思います。  こことここの施設はいいです、というような施設認定にはしないということで、合意 はされているのではないかと思います。  先ほどの(2)にパートナーが入るかどうかというのは、資料1−1で議論をします。 全体の流れとして、こういう形で中絶手術が行われた後に最終的な研究協力への意思決 定がなされるという形での整理ということです。死亡胎児がその時点ではじめてインフ ォームド・コンセントを完全に取られたものだけがその後に研究に利用され、またその 同意はいつでも取り消せるという流れの形です。これについてはよろしいでしょうか。 〇長沖委員  質問です。それぞれが大体何日の期間の中で行われるのでしょうか。全部がそうなる わけではないのですが、平均的には(1)から(5)までは何日とか時間的な流れを説明して いただきたいと思います。 〇中畑委員長  ケースバイケースによって少し違うのではないかと思います。それは後で御議論にな ると思いますが、何週までの胎児を認めるのかということもあります。全体が遅れると いうことによって、母体にほんのわずかでも影響がでるといういうことが出ては絶対に いけないわけです。ですからその辺を厳密にある程度個々の例でシミュレーションでき るかということも問題になると思います。  少なくとも例えば8週から12週という形でやるとすると、全体的には例えば1週間とい うようなある程度の余裕があるのではないかと思います。  橋本先生その辺で御意見ございますか。 〇橋本委員  ケースバイケースだと思います。これはもっと後で具体的なところで決めればいいの ではないかと思います。今は大きな流れだけを議論しておくべきだと思います。 〇石井委員  質問です。(8)と(9)の関係です。研究協力の意思確認を行った上で中絶をする。その 後で幹細胞を採るために何らかの措置を行う。そして幹細胞が確保できた上でそれを用 いて良いかどうかの確認を(9)でするという趣旨ですか。 〇中畑委員長  具体的にはそうなるのではないかと思います。といいますのは、この最終的な中絶手 術の前の研究協力の、私は研究に協力してもいいですよということが確認されないと、 死亡して出てきた胎児をそのまま通常の胎児と同じような状態に置かれるのか、例えば 培養液の中にいったん漬けておくとか、組織が損傷しないような処理をするとか、その 辺の細かいことはわかりませんが、少なくともこの研究協力をしてもいいですよという 意思が確認されない以上は、今まで行われてきた中絶の手術と特別のことをやっては絶 対にいけないと思います。  だからそのためには、ある程度ここで研究協力をしてもいいですという意思が、最終 確認ではないのですが、是非私は協力したいですという、胎児についてだけ、そういう 形の処置がとられる。その段階で最終的な意思決定をする。 〇石井委員  それは胎児についてですか。中絶した後に処置はとられるのですね。生きている胎児 に対して、何か行うことはない。 〇中畑委員長  そういうことは全くありません。ある程度私は協力をしてもいいですよ、ということ が元々にないと、次の中絶手術が行われたあとに特別のことをやるというのは絶対に許 されないわけです。 〇北村委員  この(9)というのは(8)の段階では賛成をしたが、やはり嫌ですという人に当てはまる ことではないのですか、(9)については。やはり嫌です、やめてくださいということ以外 にはないような気がするのです。 〇中畑委員長  最終的にインフォームド・コンセントということになりますと、最後の段階では文書 でサインをしていただくということになると思います。それは中絶が行われたあとに、 この(9)の段階で最終的な意思確認ということでサインをしていただくということではな いかと思います。どうでしょうか。 〇位田委員  (7)で研究協力の同意書を渡してパートナーにお話をして、(8)でいったん研究協力の 意思決定をするのだと思います。そうでないと中絶手術をしてすぐに後に処理をすると いうことは、決定もまだしていないのにできないだろうと思います。ですからいったん は、言葉づかいの問題であると思いますが、研究協力の意思決定は(8)でやる。それで外 に取り出す胎児のそれなりの処置をして、中絶手術のすぐあとに死亡胎児を取り出して、 (9)で研究協力の意思の再確認する。再決定とかいってもいいと思うのですが、意思決 定は2回やる、そういう話であると思います。  だから、ある程度意思が確認されたらという話では(8)はないと思います。(8)は意思 決定であると思います。同意書はここで取ると思います。 〇町野委員  同意書は(8)で取らないといけないと思います。中絶の意志決定があってから提供の意 思があるという順番をとることが必要である。しかしそうかといって前のところで何も 聞いてなくて実行をしてしまうということはできないわけですから、(8)はある程度その 点は聞いておくということだと思います。そして最終的な決定は(9)で行われるというこ とになると思います。  法的に見ると、何の意思に基づいて、どの段階の意思に基づいて提供を受けたのかと いうと、(9)の段階の意思に基づいてということです。ですからここは再確認ではなく、 まさにここが決定です。 〇石井委員  提供の意思決定を(9)でするとした場合、(8)では提供を前提とした処置をすることの 意思決定をきちんと同意書として得ておかないといけない。 〇町野委員  それはそれで必要かもしれない。 〇石井委員  だからある程度の確認では困る。 〇町野委員  いや提供の意思決定が(8)ということになると問題があるということです。 〇位田委員  細かい法律議論をすれば、仮に(8)も(9)も意思決定であるとすると、意思決定の中身 は違うということになりますが、法律を離れて実質的な意思決定は(8)だろうと思います。 そこで措置をするということを前提にして決定をして、その後、最終的に措置された死 亡胎児を前にして、本当に提供しますということは(9)だと思いますから、私が申し上げ ているのは町野先生と意見は違わないと思います。言葉が違っていただけだと思います。 〇中畑委員長  その辺は文書を整理していただくという形でよろしいかと思います。少なくともこの 中絶手術が行われて死亡胎児という形での最終的な再確認か最終決定なのか、この時点 で決定をされて、次の段階に移るということでよろしいかと思います。では、流れはこ れでよろしいでしょうか。 〇橋本委員  先ほど西川委員がおっしゃった(3)、具体的にどうするのかということは別にしまして も、(3)は実は大変大事なことだろうと思います。前回も申しましたように、これが患者 さんにとって最初にこのことを知る機会になるわけです。具体的にどうするのかという ことは別にしましても、この報告書をお書きになるときにぜひ付け加えていただきたい と思うことを申し上げたいと思います。  先生方も御存じであると思いますが、最近、科学思想論の上で public understanding of science という概念が出てきています。つまり一般の人、国民に科学の進歩を十分 によく理解してもらう。PUSという言葉が大変盛んに言われております。つまり科学 技術政策の意思決定に国民も参加するということです。それには国民が十分にその科学 の進歩を理解していないといけないということです。  ですから実際にパンフレットを配るということではなく、こういう死亡胎児の臨床応 用、それが科学の進歩、人類に貢献するというようなことをぜひこの委員会、あるいは 親委員会があるのでしたら、そういうことを国民によく知ってもらい、献血や骨髄移植 に皆が参加していくような体制を、長い年月をかけて作っていくというようなことが大 事ではないかと思います。それが自然にいつの間にかボランタリーの精神を国民に植え つけていくということを、ちょっと申し添えたいと思った次第です。最後の報告書のと ころで結構ですので書いていただきたい。これが随分年月がかかると思いますが大事な ことだと思います。 〇長沖委員  今のことはまさしく最初に私が申し上げたことで、そういうことをここで議論をして、 中絶胎児を使うということが人類の進歩のためになるのだ、ということをここで決定で きるのでしょうかという話です。もしそれをおっしゃるとすれば、それの議論しないと いけないという話になります。 〇橋本委員  人類の進歩という表現は大げさであるとしてもです。 〇中畑委員長  言われていたのは、できるだけ情報を公開して、日本の中でも少なくともここの議論 についても当然ですが、できるだけ多くの人に知っていただき進めていくという、そう いう方向性を述べられたと解釈していただければと思います。 〇鍋島委員  (3)のところは、実は余剰胚を使う場合とは決定的に違うと僕は思います。余剰胚の場 合には医療行為が終わった後に残っていたものをどうするのかというものであって、し かも胚を使って妊娠しようとするときには、あれはどういうシステムなのかというのは、 非常によく本人だって勉強しているし、いろいろな説明をうけていろいろな過程を経た 後に起こることです。  ところがこれは突然に中絶をせざるを得ないというような事態が起こって、はじめて 説明をうけるので、恐らくなんの予備知識もなく説明をうけることになるので、このス テップは非常に重要です。ただコーディネーターがいればというのは、単なるコーディ ネーターがいることが免罪符になっているに近いという状況が起こらないようにするに はどうするのかというのは、すごく重要であると思います。  ですからこの(3)(4)のところは、余剰胚と同じように議論をしないほうがよいと思っ ています。もっと具体的にきちんとここは考えないといけないと僕は思います。 〇中畑委員長  前回にもここはちょっと議論されたと思います。柴田委員から研究利用に協力すると いうことを絶対に誘導してはならない。そこはだからこの(3)で研究協力の説明をうけま すかということについては、再生医療ということについて特別の知識をもった人が必要 ではなくて、むしろ一般的な形の人が、ここではそういうお話をできるだけその後の過 程とは切り離すべきである、という柴田委員のはっきりした御意見が前回あったわけで す。それは前回ほぼ合意されたと思います。 〇鍋島委員  切り離すことには賛成ですが、(3)を行うことによって、この患者さんと医師との信頼 関係が損なわれたり、次の医療に問題が起こるようでは、それは全く本末転倒であると 思うのです。それが起こらないようにどう保障するかということで、保障してきちんと コーディネーターに引き渡せるかという、そこが問題であると言っているのです。(3)と (4)を別々の人がやること自身が問題であると言っているわけではないのです。 〇中畑委員長  それは十分よくわかります。そういうこともあってコーディネーター方の研究協力の 説明とか、文書を渡された後、もう一度中絶に当たられる医師がここで説明をするとい う形をここに入れてあると御理解いただけるかと思います。  ほぼこの流れというのは大体合意されて、パートナーをどうするのかという細かい点 については議論があると思いますが、全体としてはほぼこういう流れで進めるというこ とで合意された。個々の問題についてはそこで御意見をいただければと思います。 〇長沖委員  ひとつ確認しておきます。中絶の意思を覆せるのはいつまでですか。この表でいうと どこまでが中絶の意思そのものが覆せるのですか。手術の前日までですね。ラミネリア とかの処置をする前日までですね。それは、研究協力の意思の確認のあとに当たるのか 前に当たるのですか。 〇中畑委員長  それはどちらでもいいと思います。常に中絶自身もいつでもコンセントは撤回できる。 研究の利用についてもいつでも撤回できる。それが元々のインフォームド・コンセント の精神です。それはいつでも撤回できるわけです。それは死亡胎児となって実際に細胞 が例えば神経幹細胞が作られていくという段階においても、私はそれをやめてほしいと いう形であれば、せっかく神経幹細胞として樹立されていたとしても、それは廃棄され るということになるわけです。それは常に同意の抹消という形ではいつでもです。 〇長沖委員  研究協力のほうは確認されておりましたが、中絶そのものの撤回というのがどこの段 階まで可能なのかというのは、まだ話が出てきてなかったと思います。ですから確認し たかったということです。 〇中畑委員長  それは中絶の行われる寸前までできるということです。 〇長沖委員  研究協力に同意した後でもということですね。 〇中畑委員長  それは当然のことです。では一応、きょうはほぼこの図の流れでいくということです。 あとはこの資料1−1で細かいところをつめていきたいと思います。時間もちょうどに なってしまいました。  皆さんせっかくきょう大勢お集まりいただきましたので、もう少し延ばしてもよろし いでしょうか。では時間はしっかり決めて5時半までということで30分延ばさせていた だきます。 〇石井委員  私は5時で失礼しないといけないのですが、先程長沖先生の意見にあった点の一つで す。私のところに昨日、玉井先生から意見を出されたということで同じ文書がファック スされてきました。そのように意見が出されたものについては、すべてここに出してい ただいたほうがよいと思いますので、よろしくお願いします。 〇事務局  コンセンサスを作っていただきましたら、もちろん我々はおっしゃる通りにさせてい ただきたいと思います。 〇中畑委員長  その点はいかがでしょうか。実際はいろいろなところから御意見がこういう委員会に は来ると思います。それをその都度すべての委員に渡すということにするのか、あるい は委員長にお任せいただくとか、あるいは各委員に特別のコンタクトがあって、その委 員からこの委員会に申し出がある場合だけに限るとか、どうでもいいと思いますがどう しましょうか。 〇高坂委員  基本的にはそのためのパブリックコメントがとってあると思います。それでいいと僕 は思います。非常に重要な意見か漏れているからこういうことを考えてほしいというも のが出てきたときには、委員長が御判断されて机上配付するかどうかを決めていただけ ればいいと思います。必ず全員にその都度渡すということは必要でしょうか。 〇位田委員  悪い意味でいうわけではないのですが、委員長の恣意が入るというのは避けるべきで あると思います。もしパブリックコメントがあるからという理由であれば、いかなるも のでもここには配付しないという選択肢もあり得ると思います。各個人の先生に来たも のまでここで配付しないといけないのかというと、それは必要はないと思いますが、委 員会あてにきたものは委員全員が知っておくべきことであると思います。それをどのく らい忖度するのかというのは次の話です。委員長がこれは皆に見せる、これは見せない でもいい、という判断をされるのは恣意的であろうと思います。悪い意味でいっている わけではないのです。 〇中畑委員長  よくわかりました。ではそういう形で委員、あるいは委員長あてに来たものについて は、資料としては皆さんにお渡しする。それについて、事務局はいかがでしょうか。 〇事務局  了解しました。あとは事務局あてとか厚生労働大臣あてに来たものの処置はどうさせ ていただければよろしいでしょうか。 〇中畑委員長  この委員会にいろいろな意見がいっぱい来ると思います。だからそれをすべて、特殊 な意見にこの委員会が振り回されるというか、左右されるというのは逆の意味で危険を 伴います。その範囲というのはどの範囲にしたらよろしいでしょうか。 〇町野委員  私は委員長に一任で結構であると思っております。委員長は恣意的にされることはな いということは信頼申し上げております。もう一つは物理的な量の問題があります。こ れは重要かどうかということは恐らく委員長が判断されずに、これはダブっているとか、 あるいは資料が膨大であるということで判断されると思いますから、その範囲内で結構 であろうと思います。  例えば私あてに資料が送られてくることがありますが、その時には委員長にそれをま わして、必要と判断されれば配付してくださいという具合にしたいと思います。 〇長沖委員  私も位田さんと同じ意見です。この委員会で委員長がどうかということではなく、一 般的に誰かが判断するということに判断が入ってくるわけです。私が例えば判断をして、 私に都合のよいもの、私の琴線に触れた意見だけを提出するということは十分にあり得 るわけです。委員長も人間であったりするわけです。  その判断はそれぞれがやる、だから出てきたものを全部を議論しようということでは なく、材料として私たちはいただいた上で、委員がこれは重要なものであるから議論を しようと思うものを議論するということにしないと、何がどこで起こっているのかわか らないという不透明なことになってしまうと思います。 〇中畑委員長  私自身は、できるだけ幅広くいろいろなことを公平に聞いて運営していきたいと心が けております。どちらでも結構であると思います。 〇柴田委員  私も委員長に一任したいと思います。すべての資料についてです。この委員会あてで も大臣あてでも事務局あてでも、それをどうするかについての判断は委員長に一任した いと思います。かなりの時間がたっておりますし、かなりの議論もしている。各委員が それぞれこの場で自由な発言が許容されているわけですから、しかも公開されているわ けですから、その点で全部を配らないといけないというわけではないと思います。委員 長の判断に一任したいと思います。 〇橋本委員  私も委員長一任で結構です。委員長が判断されて、これを全委員に配ったほうがいい という場合にお配りいただきたいと思います。 〇西川委員  関係のないところで位田先生のひんしゅくをかってしまいました。僕は委員長一任で ある必要はないと思います。ただデポジットをしておいていただいたら、それを長沖先 生が見に行くようにしておけばいいわけです。わざわざ配る必要もない。ともかくデポ ジットしておいて、自分でほしい資料を自分で取りに行くというようにしていただける のが一番ありがたいです。 〇石井委員  少なくともどういう意見が出てきたということのリストぐらいは示していただきたい。 〇西川委員  しかしそれも本当に責任を感じておられる場合は、今回来るときに例えばそこに置い てあれば、見て次のときに議論をすることだってできるわけですから、何か形式で決め てしまう必要はないと思います。ですから一言で、例えばサマリーを作ること自体が恣 意的になるから絶対に問題になる。 〇石井委員  そうではなく、誰から意見書が出ましたということです。恣意的であるということで はなく、判断の是非でもなく、パブリックコメントがあるからいいということでもない と思います。なるべく多くの人の意見を聞いて、議論をしたほうがいいと思うので、意 見をすべて示してほしい。そしてあまりにも膨大になり、私たちが悲鳴をあげるように なればやめればいいのではないかと思います。 〇中畑委員長  では今の御意見を参考にして、こういう意見書があったというリストは作っていただ く。それでよろしいでしょうか。 〇事務局  了解しました。そのリストを皆さんにお配りをする。 〇中畑委員長  その問題はそういうことにします。では、資料1−1の(1)から進めていきたいと思 います。(1)死亡胎児利用の要件。  (1)基本理念。科学的な妥当性(十分な動物実験の実績、代替の研究方法がない等)。 両親あるいは母親の自由な同意。これは後での同意の手続に関係します。関係者に対す る良心的拒否の機会の保障。死亡胎児への礼意の保持。胎児組織の売買禁止。その他に 基本理念としてこれは絶対に盛り込むべきである、という要件があれば付け加えていた だきたいと思います。 〇位田委員  (1)死亡胎児利用の要件となっておりますが、要件としておいて基本理念となってく ると、長沖先生がおっしゃったようになぜ利用してよいのかというのが、当然基本理念 としては出てくると思います。ただ、そこは議論をしないということであれば、基本理 念というよりは、これは死亡胎児利用の基本的要件であろうと思います。もっとも、私 は基本理念があったほうがいいと思いますし、なぜ死亡胎児を利用していいのかという ことをできれば書いておいたほうがいいとは思います。 〇中畑委員長  その点はいかがでしょうか。基本的理念というよりも要件としておいたほうがいいの ではないかという御意見です。要件の中にここに書いてあるような幾つかの項目が含ま れる。当然、こういうことが満たされているような臨床研究がなされる。要件にしてお いたほうがいいのではないか。それは私自身もそれでいいのではないかと思います。よ ろしいでしょうか。  では、基本的要件として盛り込むこれ以外のものがありましたらまたお願いします。 〇長沖委員  一つは何度も確認されていることですが、死亡胎児を利用することによって中絶の方 法や時期に変更が加えられてはいけない、ということはなければいけない。自由な同意 というのは、自由でいいのかどうかよくわかりません。 〇中畑委員長  自由意思に基づくということです。 〇長沖委員  一つは中絶そのものが研究のために行われてはいけない。研究のための中絶が行われ てはいけないし、中絶をする人がその研究に誘導されてもいけない。それを自由な同意 といってしまえば自由な同意ですが、本当にそれを自由な同意ということで意味を持た せられるのかどうかということに疑問があります。 〇中畑委員長  これはまた後で同意の手続のところで議論になると思いますので、そこで御議論いた だきたいと思います。今は(1)の基本理念を基本要件にするということで、そこに盛り込 む項目として、中絶の方法の変更がない、という項目もここに入れたほうが良いという 御意見です。 〇町野委員  中絶の意思決定と提供の意思決定とが峻別されねばならないことをはっきりと書く、 それは基本理念ですがそれは入れたほうがいいですね。 〇中畑委員長  そうですね。私はそういう文面のほうがいいと思います。中絶の意思決定と、この研 究利用に対する意思決定は全く別物であるということを入れる。そうしますと中絶の方 法の変更がないうんぬんという言葉は、要件の中に入れる必要がなくなってきます。そ こをむしろ明確にしておくことが非常に必要ではないかと思います。 〇土肥委員  この前もお話をさせてもらいましたが、死亡胎児利用の基本的要件として、死亡胎児 を使うことを奨励するものではない、ということであるとか、死亡胎児組織を使うこと が最終的な治療方法となるような研究を、この指針では目指していない。そういう要件 もここに入っていたほうがいいのではないかと思います。  その意味で、私は実は橋本委員とか西川委員のおっしゃった啓蒙活動に関しては承服 できないということを申し添えておきます。 〇中畑委員長  ここに代替の研究方法がないということで入れてあります。それをもう少し強化をし たほうがいいということですね。文書的にね。 〇土肥委員  はっきり書いていただく。胎児の利用というのがありますので、はっきり書いていた だきたいと思います。 〇中畑委員長  その辺は文書的な問題になりますので、参考にさせていただきたいと思います。 〇位田委員  3つ目の良心的拒否という言葉は、拒否はわかりますが、良心的というのはどういう 意味でしょうか。 〇中畑委員長  これはどこから来た文書ですか。 〇町野委員  それと関係者というのはよくわからないのです。 〇事務局  ヒアリングのときの玉井先生の表現をそのまま使わせていただいております。 〇中畑委員長  この辺の文書を少し直す。常に拒否の機会が保障されている、ということにしたいと 思います。 〇町野委員  すると関係者というのは、結局は両親あるいは母親を言い換えたに過ぎないというこ とですか。医療関係者もそうですか。それがはっきりしない。 〇中畑委員長  そうですね。ここの拒否の機会の保障という文書であれば、それは限定された両親、 あるいは母親とパートナーにするのか、母親だけでいいのか、その問題に限定されると 思います。この関係者というのは、文言的に、拒否の機会の保障ということではどうで すか。 〇町野委員  それは後でお調べいただきたいと思います。恐らく意図としては、例えば医療スタッ フがカトリックの信者であるとか、そういうときには協力をしない、というような全然 別のコンテクストがこの中に入っているかもしれないので、それははっきりさせていた だきたいと思います。 〇事務局  玉井先生に確認します。それを参考に、またここで御論議いただければと思います。 〇中畑委員長  次の手続面での要件です。  インフォームド・コンセントの必要性、中絶の意思決定と胎児細胞提供の意思決定と の分離。これは先ほども出てきました。胎児組織提供の意思決定に対する中絶の意思決 定の先行。中絶の時期や手技が、胎児組織を提供するからといって変更されてはならな い。ここはダブりますが、胎児組織の提供先指定の禁止。倫理委員会の承認。同意の撤 回がいつでもできるようにする。こういうことが手続面では盛り込まれるべきであると いうことです。 〇事務局  申し訳ございません。いま委員の方が帰られて、定足数を切ってしまいました。 〇中畑委員長  では、ここで終わりにしたいと思います。次回の日程調整をしますのでできるだけ早 く進めていきたいと思います。よろしくお願いします。きょうはありがとうございまし た。                         ○照会先                         厚生労働省健康局疾病対策課                         tel 03−5253−1111                         担当:菊岡(内線2353)