はじめに
本報告書は、平成14年8月下旬に行われた第21例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果を取りまとめたものである。
ドナーに対する救命治療、脳死判定等の状況については、まず医療分野の専門家からなる「医学的検証作業グループ」において評価を行い、その結果を基に検証を行った。その際には、臓器提供施設の担当医から救命治療、脳死判定等の状況を聴取するとともに、当該施設から提出された診療録(カルテ)、CT写真等の各種検査結果などの関係資料を参考に検証している。また、社団法人日本臓器移植ネットワーク(以下「ネットワーク」という。)の臓器のあっせん業務の状況については、ネットワークから提出されたコーディネート記録、レシピエント選択に係る記録その他関係資料を用いつつ、ネットワークのコーディネーターから一連の経過を聴取し、検証を行った。
本報告書においては、ドナーに対する救命治療、脳死判定等の状況の検証結果を第1章として、ネットワークによる臓器あっせん業務の状況の検証結果を第2章として取りまとめている。
1.初期診断・治療に関する評価
(1) | 脳神経系の管理について |
1) | 発症から治療方針決定 |
(1) | 経過 当該患者は8月15日に分娩し、産科に入院中であったが、8月18日23時30分、突然意識障害が出現した。数分後に意識回復し、激しい頭痛と吐気を訴え不穏状態を呈したため、ジアゼパム10mg筋注、ペンタゾシン7.5mg静注が施された。注射後、呼吸抑制がみられ酸素投与が開始された。注射の約30分後には「頭が痛い」と話し始めた。 発症から1時間20分後の頭部CTでは、全脳底槽に、び慢性かつ高度のくも膜下出血を認め、第4脳室、第3脳室には血腫の逆流を認めた(Fisher分類Group 3)。 以上のCT所見から脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血が疑われ、産科から脳神経外科に転科となった。意識レベルはJCS3であり、四肢の麻痺や瞳孔不同は認めなかった。降圧剤(塩酸ニカルジピン)、鎮静剤(ミダゾラム)、鎮痛薬(塩酸モルヒネ)が投与され、血圧は130/70mmHg程度に維持され、酸素投与によりS pO2(動脈血中酸素飽和度)は100%に保たれた。 8月19日9時に、再度、頭部CTが施行されたが、再出血はみられなかった。軽度の脳室拡大が認められた。同日、13時30分、脳血管撮影(DSA)が施行された。右椎骨動脈撮影では、右椎骨動脈は頭蓋外で高度狭窄像を呈し、頭蓋内の部分はやや拡張しているように見えるが全体的に造影不良であり、対側椎骨動脈との合流部直前で途絶えていた。左椎骨動脈撮影では、左椎骨動脈は正常であったが、脳底動脈本幹部のほぼ中央に紡錘形の膨隆が認められた(最大径、約1cm)。両側内頸動脈撮影では動脈瘤は認められなかった。 以上の血管撮影の結果から、動脈瘤の部位、形態が特異であり、急性期手術の適応はないと判断し、保存療法を継続することとした。 8月19日夕刻より舌根沈下、呼吸抑制がみられ、18時に気管内挿管が施され、静脈麻酔剤(プロポフォール)持続点滴下に持続陽圧呼吸(CPAP)が開始された。 8月20日、頭部CTおよび3D-CTAが施行された。頭部CTでは脳室拡大(水頭症)の進行が認められた。3D-CTAでは右椎骨動脈には動脈解離の所見は乏しく、脳底動脈本幹部紡錘状動脈瘤の方が責任病巣の可能性が高いと考えられた。水頭症の進行に対し、腰部脊髄腔ドレナージが施行された。ドレナージの圧設定は20cmH2Oとした。8月19日より開始されたグリセオール(200mlx3回/day)、エダラボン(30mgx2回/day)、 降圧剤(塩酸ニカルジピン)、鎮静剤(ミダゾラム)、鎮痛薬(塩酸モルヒネ)の投与が継続され、補助呼吸管理のための静脈麻酔剤(プロポフォール)持続点滴も適宜量を調節しながら継続された。 8月22日の頭部CTでは脳室拡大は改善していた。意識レベルはJCS20から30と判定され、刺激により開眼がみられた。8月23日午後からは刺激により体動は示すも開眼しなくなった。意識レベルは、8月24日にはJCS100であり、8月25日にはJCS200となった。瞳孔は左右差なく、3.0mm大であった。 8月26日13時30分、再度、脳血管撮影を施行した。頭蓋内のすべての主幹動脈に高度の脳血管攣縮を認め、脳底動脈本幹部の動脈瘤は前回の血管撮影と同様の形態を呈していた。同日15時30分に施行した頭部CTでは明らかな脳梗塞巣は認めなかった。 8月27日も意識レベルはJCS200のままであったが、血圧は140/90mmHg程度で安定しており、塩酸ニカルジピンの点滴は中止された。 8月28日0時頃より血圧が上昇傾向を示し、塩酸ニカルジピンの投与が再開された。同日2時に血圧がさらに上昇し180mmHg台となった。自発呼吸はあり、呼吸数はCPAP下に24回/分であった。3時に血圧が96/40mmHgまで低下し、深昏睡(JCS300)となり、自発呼吸が停止し、両側瞳孔が散大した。調節呼吸を開始し、塩酸ニカルジピン、ミダゾラム、塩酸モルヒネ、プロポフォールの投与を中止し、マンニトール300mlの急速点滴静注を行った。 同日3時50分に頭部CTを施行したが、大脳、小脳、脳幹を含め脳全体が低吸収域に変化し、全脳槽の消失、脳室の狭小化が認められた。4時より、塩酸ドパミンの点滴静注が開始され、6時には尿量増加(1300ml/2hr)に対し、バゾプレシンの点滴静注が行われた。 |
(2) | 診断の妥当性 以上の所見及び臨床症状から、直ちにCTを行いくも膜下出血と診断し、脳血管撮影、3D-CTAにより脳底動脈本幹部の紡錘状動脈瘤の破裂による出血と診断しているが、本症例における診断法の選択及び診断は妥当である。 |
(3) | 保存療法を行ったことの評価 本症例での責任病巣は脳底動脈本幹部の紡錘状動脈瘤であるため、待機手術の方針をとったことは妥当である。 その後急性水頭症に対する腰椎ドレナージ術を施行し、循環呼吸管理と脳圧下降剤の投与を行った判断も妥当である。 |
(2) | 呼吸器系の検査治療について 8月19日18時より、鎮静化による呼吸抑制および多量の喀痰の排出に対して呼吸管理、気道確保目的で気管挿管と人工呼吸器が装着された。8月27日まではPaO2 100-140mmHg、PaCO2 35-40mmHg、自発呼吸数14-20回/分で安定していた。8月27日からは自発呼吸数23-25回/分と増加し、PaCO2 45mmHg前後でややhypercapnia気味であった。8月28日からはFiO20.3、TV500、呼吸回数は12回/分に調節している。8月28日の胸部X線像では下肺野に若干の炎症像を認めるも特に問題はないものと思われる。全経過を通じて呼吸管理に問題はないと考える。 |
(3) | 循環系の検査治療について 8月27日まではペルジピンの投与量は1-5mg/時で血圧は安定していたが、一旦投与を中止すると27日22時頃より血圧が160mmHgまで再上昇し23時頃よりペルジピンを再投与し、8mg/時まで増量したが血圧のコントロールは難しかった。この血圧上昇は急激な頭蓋内圧亢進によるものであり、降圧剤に反応しないのはやむを得ないと思われる。28日の3時、深昏睡となり自発呼吸が停止した時点で血圧が96/40mmHgまで低下し、ペルジピンの投与を即中止し、血圧は120/70mmHg程度で安定した。ドパミンは8月28日の呼吸停止・血圧低下直後と8月30日の朝に急激に血圧低下がみられた後から臓器摘出まで約10時間投与している。二回目のドパミン投与は増量し、さらに albumin 液を投与することにより血圧を100/40mmHg程度に維持した。28日から30日まで、神経原性の血圧の変動を来しやすい時期において、循環管理としては出来る限り適切な処置がなされたと考える。 |
(4) | 水電解質の検査治療について 臨床的に脳死状態に陥ったと思われる28日早朝から臓器摘出までの水バランスは-820ml、また第2回目の法的脳死判定から臓器摘出までの水バランスは+780mlで特に問題はないものと思われる。 8月28日だけNaが148mEq/lと一過性に上昇している。脱水による可能性があるが、経過を通して水電解質管理について特に問題はないもの思われた。 |
2.臨床的脳死の診断及び法に基づく脳死判定に関する評価
(1) | 脳死判定を行うための前提条件について 本症例は平成14年8月18日23時30分に突然、意識障害にて発症し、頭部CTにてくも膜下出血と診断された。脳血管撮影では、脳底動脈本幹部の紡錘状動脈瘤と椎骨動脈の解離性動脈瘤を示唆する所見が認められたため、急性期外科的治療は困難と判断され保存的治療が行われた。保存療法中、薬剤による鎮静化のため意識状態の正確な判定は困難であったが、8月23日頃より開眼がみられなくなり、この頃より意識レベルは確実に悪化傾向を示した。8月24日には意識レベルはJCS100であったが、8月25日以降はJCS200の状態が続いた。8月26日に施行された脳血管撮影では高度かつ広範な脳血管攣縮の出現が確認された。8月28日午前3時に急激な血圧低下とともに深昏睡(JCS300)となり、自発呼吸の停止、両側瞳孔散大が現れ、直ちに施行された頭部CTにて脳全体の低吸収域化が認められた。8月28日午前11時に臨床的脳死と診断され、ついで法に基づく脳死判定が行われている。 本症例は、上述の経過概要ならびに前章の記述にあるように、脳死判定の対象としての前提条件を満たしている。 すなわち
|
(2) | 臨床的な脳死の診断及び法に基づく脳死判定について |
1) | 臨床的な脳死の診断 〈検査所見及び診断内容〉
脳波
聴性脳幹反応 |
2) | 法に基づく脳死判定 〈検査所見及び判定内容〉
|
(1) | 薬剤の影響について 治療としてミダゾラム、塩酸モルヒネ、プロポフォールが約9日間投与されているが、中止後32時間後に法的脳死判定を実施しており、薬物による影響はないと考えられる。 |
(2) | 電気生理学的検査について
|
(3) | 無呼吸テストについて 2回とも必要とされるPaCO2レベルを得て、テストを終了している。テスト前及び60mmHg以上のPaCO2を得た時点でのPaO2は十分高く維持されており、テスト中SpO2も100%であり問題はない。 |
(4) | まとめ 本症例の脳死判定は、脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が脳死判定を行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。 以上から本症例を法的に脳死と判定したのは妥当である。 |
(注) | 枠内は、ネットワークから聴取した事項及びネットワークから提出された資料等により、本検証会議として認識している事実経過の概要である。 |
1. | 初動体制並びに家族への脳死判定等の説明及び承諾
【評価】
|
2. | ドナーの医学的検査及びレシピエントの選択等
【評価】
|
3. | 脳死判定終了後の家族への説明、摘出手術の支援等
【評価】
|
4. | 臓器の搬送
【評価】
|
5. | 臓器摘出後の家族への支援
【評価】
|