1 | 通勤の範囲を拡大する必要性 現行の通勤災害保護制度は、通勤が業務と密接な関連を有するものであるとしてこれを保護しており、その場合の通勤とは、住居と就業の場所との間を合理的な経路及び方法により往復することと規定されている(労災保険法第7条第2項)。 しかしながら、現行制度においては通勤とされないものの、近年進展している就業形態の多様化等により、業務と密接な関連を有すると認められる移動が増加しており、これらについて現行の通勤と同様の保護を講ずる必要性が高まっている。 例えば、二重就職者の動向をみると、昭和62年には55万人であったものが、平成9年には89万2千人と、62%増加している(総務庁統計局「就業構造基本調査報告」)。このような二重就職者が、一の事業場から他の事業場へ移動する間に被災しても、現行制度においては住居と就業の場所との間の往復ではないという理由で通勤災害とならないが、当該他の事業場への移動は業務と密接な関連を有するものであり、しかも、今後、企業におけるワークシェアリングの導入等により、二重就職者の一層の増加が見込まれることにかんがみれば、事業場間を移動するときの災害の危険に対処する必要があると考えられる。 また、単身赴任者の動向をみると、昭和62年には男性で41万9千人であったものが、平成9年には同じく68万8千人と、64%増加している(同調査報告)。単身赴任者についても、帰省先住居と赴任先住居との間を移動するときに被災しても、現行制度においては住居と就業の場所との間の往復ではないという理由で通勤災害とならないが、当該移動の中には、翌日の勤務に備えるためのもののように業務と密接な関連を有すると評価することができるものもあり、単身赴任者の増加にかんがみれば、業務と密接な関連を有すると評価することができるような帰省先住居・赴任先住居間の移動の際の災害の危険についても対処する必要があると考えられる(参考 能代労基署長(日動建設)事件 秋田地裁平成12年11月10日判決)。 さらに、近年、在職中に求職活動をする者が急増しており(在職中の新規常用求職者数をみると、平成4年5月で1万9千人、平成13年5月で4万8千人と約2.5倍となっている。)、公共職業安定所における午後5時以降の職業相談・職業紹介を受ける者も増えていることや終業後にボランティア活動をする者も増加していること等一日における労働者の活動範囲が拡大していることにかんがみると、通勤の合理的な経路を逸脱・中断してもその後合理的な経路に復したときは、必要に応じてその後の移動について災害の危険に対処することができるようにすべきであると考えられる。
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2 | 通勤の範囲の拡大に当たって考慮すべき事項 |
(1) | 保護の必要性 通勤の範囲の拡大について検討を行うに当たっては、まず、通勤災害保護制度が通勤災害を「ある程度不可避的な社会的危険」ととらえて発足したことを踏まえると、通勤とすべき移動は、業務と密接な関連を有するものであることはもとより、今日の社会情勢からみて現実に保護の必要性が大きいと認められるものであることが必要である。 また、通勤は、就業に関し行われるものと規定されており(労災保険法第7条第2項)、ある移動が就業に関するものであるかどうかを判断するためには、その移動が就業との関係で反復継続性のある移動であることが必要であると考えられる。 さらに、大量迅速な処理が求められる保険制度の趣旨からは、できる限り定型的に処理することができるようにする必要があり、そのためには、ある程度通勤の範囲を限定して通勤であるかどうかの認定が容易になるようにする必要もある。 |
(2) | 通勤の始点又は終点としての住居 上記(1)のほかに、通勤の始点又は終点を住居に限る必要があるかどうかについても問題となり得る。 この点については、通勤として保護される理由は、業務と密接な関連を有する移動であることによるものであるから、反復継続性のある移動とされるために一定の場所からの移動に限定されることはあっても、必ずしも通勤の始点又は終点を住居に限る必要はない(住居としてもよい)と考えられる。 一方、通勤はそれが住居と就業の場所とを結ぶ移動であるからこそ保護されるという考え方に立つならば、通勤の始点又は終点は、住居でなければならないということとなる。 なお、通勤の始点又は終点を住居としつつ通勤の範囲を拡大するときは、それを住居と就業の場所との間の合理的な経路の拡大の問題としてとらえることとなる。 また、合理的な経路の拡大は主に解釈上の問題となるが、通勤の始点又は終点を住居以外にも拡大するとなると法律改正の必要が生ずる。 |
3 | 具体的な拡大の範囲 |
(1) | 通勤として保護すべき移動 通勤として保護すべき移動は、これまでに述べたとおり、
これらの要件を満たし得るものとして現在考えられるのは、下記(2)〜(4)に述べるとおり、次の移動であり、これらを中心に対応方法等を検討するのが適当と考えられる。
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(2) | 事業場間の移動 事業場間の移動については、
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(3) | 住居間の移動
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(4) | 逸脱・中断後に合理的な経路に復した以降の移動
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4 | 通勤として保護するときの対応方法 |
(1) | 対応方法 事業場間の移動等を通勤として保護するに当たっては、以下に述べるように解釈等による方法と法律改正による方法とがあり、法律改正によれば明確であるという利点があるが、今後更に検討することとする。 | ||||||||
(2) | 事業場間の移動
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(3) | 住居間の移動
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(4) | 逸脱・中断後に合理的な経路に復した以降の移動 通勤として保護するときは、その方法として、「日常生活上必要な行為」と認められる範囲内で逸脱・中断の特例的取扱いを拡大する方法と法律改正を行って更にこれを拡大する方法とがある。いずれにせよ、どのような考え方でどのような範囲に拡大すべきか検討する必要がある。 |
5 | 給付基礎日額の見直し 事業場間の移動を通勤災害保護制度の対象範囲に加えることとした場合には、被災労働者の給付基礎日額をどのように定めるのかを検討する必要が生ずる。 |
(1) | 給付基礎日額の算定方法 保険給付の額の基礎となる給付基礎日額は、原則として労働基準法第12条の平均賃金(以下「平均賃金」という。)に相当する額とされている(労災保険法第8条第1項)。 ただし、平均賃金に相当する額を給付基礎日額とすることが適当でないと認められるときは、厚生労働省令で定めるところによって政府が算定する額とされている(同条第2項)。 なお、「適当でないと認められるとき」とは、保険給付の趣旨、内容等からいって、平均賃金をそのまま給付基礎日額として用いるのは適当でないときをいう。 |
(2) | 二重就職の場合における現行の算定方法と見直しの方向
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(3) | 業務災害における給付基礎日額との均衡 通勤災害について上記のように給付基礎日額の算定方法を見直すときは、均衡を失しないよう、業務災害の場合についても同様の取り扱いとする必要がある。 この場合、メリット制の適用があるのは、業務災害の発生した事業場とする方向で検討することとする。 |
(4) | 労働基準法上の平均賃金による補償範囲との関係 上記の結果、労働基準法上の使用者の災害補償に用いられる平均賃金と、労災保険法における業務災害及び通勤災害に用いられる給付基礎日額とが異なり、補償の範囲が両者で異なることとなるが、(1)労働基準法の使用者の災害補償は、個別の使用者の無過失災害補償責任に基づくものであるので、使用者の責任の範囲としては災害の発生した事業場において支払われる賃金のみを基礎とした方が妥当であるのに対し、(2)労災保険制度は、事業主の相互扶助の考え方に基づいて被災労働者の必要かつ十分な保護を図るための制度であることから妥当な取扱いと考えられる。
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