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平成14年7月8日

通勤災害保護制度の見直しについて


 通勤の範囲を拡大する必要性
 現行の通勤災害保護制度は、通勤が業務と密接な関連を有するものであるとしてこれを保護しており、その場合の通勤とは、住居と就業の場所との間を合理的な経路及び方法により往復することと規定されている(労災保険法第7条第2項)。
 しかしながら、現行制度においては通勤とされないものの、近年進展している就業形態の多様化等により、業務と密接な関連を有すると認められる移動が増加しており、これらについて現行の通勤と同様の保護を講ずる必要性が高まっている。
 例えば、二重就職者の動向をみると、昭和62年には55万人であったものが、平成9年には89万2千人と、62%増加している(総務庁統計局「就業構造基本調査報告」)。このような二重就職者が、一の事業場から他の事業場へ移動する間に被災しても、現行制度においては住居と就業の場所との間の往復ではないという理由で通勤災害とならないが、当該他の事業場への移動は業務と密接な関連を有するものであり、しかも、今後、企業におけるワークシェアリングの導入等により、二重就職者の一層の増加が見込まれることにかんがみれば、事業場間を移動するときの災害の危険に対処する必要があると考えられる。
 また、単身赴任者の動向をみると、昭和62年には男性で41万9千人であったものが、平成9年には同じく68万8千人と、64%増加している(同調査報告)。単身赴任者についても、帰省先住居と赴任先住居との間を移動するときに被災しても、現行制度においては住居と就業の場所との間の往復ではないという理由で通勤災害とならないが、当該移動の中には、翌日の勤務に備えるためのもののように業務と密接な関連を有すると評価することができるものもあり、単身赴任者の増加にかんがみれば、業務と密接な関連を有すると評価することができるような帰省先住居・赴任先住居間の移動の際の災害の危険についても対処する必要があると考えられる(参考 能代労基署長(日動建設)事件 秋田地裁平成12年11月10日判決)。
 さらに、近年、在職中に求職活動をする者が急増しており(在職中の新規常用求職者数をみると、平成4年5月で1万9千人、平成13年5月で4万8千人と約2.5倍となっている。)、公共職業安定所における午後5時以降の職業相談・職業紹介を受ける者も増えていることや終業後にボランティア活動をする者も増加していること等一日における労働者の活動範囲が拡大していることにかんがみると、通勤の合理的な経路を逸脱・中断してもその後合理的な経路に復したときは、必要に応じてその後の移動について災害の危険に対処することができるようにすべきであると考えられる。

 (参考)能代労基署長(日動建設)事件 秋田地裁平成12年11月10日判決
 就労日の前日に帰省先住居から赴任先住居(宿舎)に移動する間に被災した事案について、 から、通勤災害に該当するとされた。
(1) 工事現場と一体となった付帯施設である当該赴任先宿舎は「住居」である一方、「就業の場所」と同視しうること
(2) 業務に備えて体調を整えるため、就労日の前日に赴任先宿舎に移動することは、業務に密接に関連するものであると解すべきであること



 通勤の範囲の拡大に当たって考慮すべき事項
(1)保護の必要性
 通勤の範囲の拡大について検討を行うに当たっては、まず、通勤災害保護制度が通勤災害を「ある程度不可避的な社会的危険」ととらえて発足したことを踏まえると、通勤とすべき移動は、業務と密接な関連を有するものであることはもとより、今日の社会情勢からみて現実に保護の必要性が大きいと認められるものであることが必要である。
 また、通勤は、就業に関し行われるものと規定されており(労災保険法第7条第2項)、ある移動が就業に関するものであるかどうかを判断するためには、その移動が就業との関係で反復継続性のある移動であることが必要であると考えられる。
 さらに、大量迅速な処理が求められる保険制度の趣旨からは、できる限り定型的に処理することができるようにする必要があり、そのためには、ある程度通勤の範囲を限定して通勤であるかどうかの認定が容易になるようにする必要もある。

(2)通勤の始点又は終点としての住居
 上記(1)のほかに、通勤の始点又は終点を住居に限る必要があるかどうかについても問題となり得る。
 この点については、通勤として保護される理由は、業務と密接な関連を有する移動であることによるものであるから、反復継続性のある移動とされるために一定の場所からの移動に限定されることはあっても、必ずしも通勤の始点又は終点を住居に限る必要はない(住居としてもよい)と考えられる。
 一方、通勤はそれが住居と就業の場所とを結ぶ移動であるからこそ保護されるという考え方に立つならば、通勤の始点又は終点は、住居でなければならないということとなる。
 なお、通勤の始点又は終点を住居としつつ通勤の範囲を拡大するときは、それを住居と就業の場所との間の合理的な経路の拡大の問題としてとらえることとなる。
 また、合理的な経路の拡大は主に解釈上の問題となるが、通勤の始点又は終点を住居以外にも拡大するとなると法律改正の必要が生ずる。


 具体的な拡大の範囲
(1)通勤として保護すべき移動
 通勤として保護すべき移動は、これまでに述べたとおり、
(1) 業務と密接な関連を有すること
(2) 社会的にみて保護の必要性が大きいものであること
(3) 反復継続性があり、実務的に通勤災害であるかどうかの認定も容易であること
の要件を満たす必要があると考えられる。
 これらの要件を満たし得るものとして現在考えられるのは、下記(2)〜(4)に述べるとおり、次の移動であり、これらを中心に対応方法等を検討するのが適当と考えられる。
@ 事業場間の移動
A 住居間の移動のうち単身赴任者等の行う一定の移動
B 逸脱・中断後に合理的な経路に復した以降の移動
 なお、これら以外についても、(1)〜(3)の要件を満たすと思われるものがあれば、適宜検討の対象に加えることとする。

(2)事業場間の移動
 事業場間の移動については、
(1) 通常、雇用契約に基づき労務を提供するために行う行為であるので、特段の理由のない限り業務と密接な関連を有すると考えることができること
(2) 前述のように、二重就職者等が今後とも増加することが見込まれ、社会的にみた保護の必要性が高まっていること
(3) 現行の通勤と同様に反復継続性があり、認定も容易であること
から、通勤として保護するのが適当と考えられる。

(3)住居間の移動
 住居間の移動については、必ずしもこれが業務と密接な関連を有するとは認められないことから、通勤として保護すべき範囲を以下のように個別に検討していく必要がある。

 住居間の移動のうち、単身赴任者等が、勤務先から赴任先住居に戻り、翌日そこから帰省先住居に移動する場合、及び帰省先住居から赴任先住居に戻り、翌日そこから勤務先に出勤する場合それぞれにおける帰省先住居・赴任先住居間の移動については、
(1) 勤務先において労務を提供するために単身赴任等を行っていることから必然的に伴わざるを得ない移動と考えられ、業務と密接な関連があるとみて差し支えないこと
(2) 前述のように、単身赴任者等が今後とも増加することが見込まれ、社会的にみた保護の必要性が高まっていること
(3) 一定の反復継続性のある移動のみを通勤として認めることにより、現行の通勤との均衡を確保しつつ認定も容易になること
から、通勤として保護するのが適当と考えられる。
 なお、この帰省先住居・赴任先住居間の移動に関しては、業務と密接な関連を有すると認めることができるような赴任先住居における宿泊は何日までであるのかについて、検討する必要がある。

 住居間の移動については、上記ロのほか、親の介護や看護をするために自宅と親の家又は病院との間を移動する場合等が考えられるが、これについては、単身赴任等の場合と異なり就業のために住居を他に持たざるを得ないものではないので、業務に密接に関連するとまではいえないのではないか、労働者が休日に自宅と親の家等との間を往復する純然たる私的行為との均衡をどうするか等の点について、更に検討する必要がある。

(4)逸脱・中断後に合理的な経路に復した以降の移動
 現行制度においては、通勤の合理的な経路を逸脱・中断した場合には、「日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合」(以下「逸脱・中断の特例的取扱い」という。)と認められない限り、逸脱・中断の間及びその後の往復は、通勤としないと規定されている(労災保険法第7条第3項)。
 このように逸脱・中断後はたとえ合理的な経路に復したとしても通勤としない理由は、逸脱・中断後の移動は、就業に関してするものというよりも、むしろ、逸脱・中断の目的に関してするものと考えられることによるものである。

 しかしながら、今日、労働者が求職活動、自己啓発、ボランティア等のために、あるいは生活スタイルの変化そのものから合理的な経路を逸脱・中断する場合が増加しているものと考えられ、そのような労働者が通勤の合理的な経路に復した以降は社会的にみても保護の必要性が高まっていると考えられるので、逸脱・中断後に合理的な経路に復した以降の移動を、業務と密接な関連がある通勤として保護するのが適当と考えられる。
 この場合、逸脱・中断がないとした場合における通勤の時間帯と逸脱・中断後の移動の時間帯が異なるので、移動に内在する危険の程度等が異なっているとも考えられるが、今日、労働時間がフレックスタイム制、変形労働時間制、裁量労働制、女性の深夜業の拡大等により多様化していること等にかんがみれば、その労働者の移動に内在する危険そのものが多様化しているともいえるので、通勤として差し支えないと考えられる。  また、元々の通勤の合理的な経路に復したものであるので、その合理的な経路については、反復継続性があり、認定も本来の通勤の場合と同様に容易であると考えられる。

 逸脱・中断後に合理的な経路に復した以降の移動を通勤として保護するとして、どのような考え方でどのような範囲を保護するか、例えば、求職活動や職業相談等多様化する就業に関わる活動を行った後に合理的な経路に復した場合とするかどうか等について、更に検討する必要がある。


 通勤として保護するときの対応方法
(1)対応方法
 事業場間の移動等を通勤として保護するに当たっては、以下に述べるように解釈等による方法と法律改正による方法とがあり、法律改正によれば明確であるという利点があるが、今後更に検討することとする。

(2)事業場間の移動
 事業場間の移動、すなわち、第1勤務先から第2勤務先への移動を通勤として保護するには、まず、住居から第1勤務先を経由して第2勤務先へ移動するその移動全体を第2勤務先にとっての合理的な経路とする解釈変更を行うことが考えられる。
 この場合、労働者が第1勤務先への出勤途上で被災したときは、そもそもこれが第1勤務先の通勤災害なのか第2勤務先の通勤災害なのかという点について考え方を整理する必要があるほか、次のような実務上の問題がある。
(1) 第1勤務先における勤務自体が、住居から第2勤務先への往路における中断と認められるので、その後の移動を通勤とするためには、第1勤務先における勤務を逸脱・中断の特例的取扱いの対象とするための省令改正が必要となる。
(2) 第1勤務先における勤務終了後、第1勤務先においてサークル活動を行うなどして相当時間過ごした後に第2勤務先に移動するときは、当該相当時間過ごしたことが中断となるが、これは、逸脱・中断の特例的取扱いの法律上の要件である「日常生活上必要な行為」には該当しないため、逸脱・中断の特例的取扱いの対象とするには法律改正が必要となる。

 また、事業場間の移動を通勤として保護するには、第1勤務先から第2勤務先への移動を通勤とする法律改正を行うことが考えられる。
 ところで、現行制度において住居と就業の場所との間の往復というときの当該就業の場所とは、業務を開始し又は終了する場所をいうとされており、通常は労災保険の適用事業場がこれに該当する。一方、事業場間の移動については、通勤として保護する必要があるのは第2勤務先との関係であるから、第2勤務先については現行の就業の場所と同じと考えてよいが、第1勤務先についてはどのような場所であるかが問題となる。
 この点については、反復継続性のある移動といえるような移動の拠点であれば十分であり、必ずしも労災保険の適用事業場である必要はないと考えられる。
 なお、その場合、第1勤務先が他制度の通勤災害の適用を受ける事業場であって他制度において第2勤務先への移動を第1勤務先からの退勤とするときには、他制度との調整をする必要が生ずる。

(3)住居間の移動
 住居間の移動のうち、単身赴任者等の行う帰省先住居・赴任先住居間の移動を通勤として保護するには、まず、赴任先住居を経由する帰省先住居と勤務先との間の往復を合理的な経路によるものとする解釈変更を行うことが考えられる。
 この場合、赴任先住居における宿泊が、勤務先から帰省先住居への往路における中断と認められるので、その後の赴任先住居から帰省先住居への移動を通勤とするためには、赴任先住居における宿泊を逸脱・中断の特例的取扱いの対象とするための省令改正が必要となる。

 また、単身赴任者等の行う帰省先住居・赴任先住居間の移動を通勤として保護するには、住居間の移動を通勤とする法律改正を行うことが考えられる。
 ただし、この場合、住居間の移動は、必ずしも業務と密接な関連を有するとはいえず、認定実務上の困難も生ずるので、当該住居間の移動のうち業務と密接な関連を有すると認められるものの基準又は具体的な範囲を政省令等に定めることとする必要があり、当該政省令等において単身赴任者等の行う帰省先住居・赴任先住居間の移動を通勤とする必要がある。

(4)逸脱・中断後に合理的な経路に復した以降の移動
 通勤として保護するときは、その方法として、「日常生活上必要な行為」と認められる範囲内で逸脱・中断の特例的取扱いを拡大する方法と法律改正を行って更にこれを拡大する方法とがある。いずれにせよ、どのような考え方でどのような範囲に拡大すべきか検討する必要がある。


 給付基礎日額の見直し
 事業場間の移動を通勤災害保護制度の対象範囲に加えることとした場合には、被災労働者の給付基礎日額をどのように定めるのかを検討する必要が生ずる。
(1)給付基礎日額の算定方法
 保険給付の額の基礎となる給付基礎日額は、原則として労働基準法第12条の平均賃金(以下「平均賃金」という。)に相当する額とされている(労災保険法第8条第1項)。
 ただし、平均賃金に相当する額を給付基礎日額とすることが適当でないと認められるときは、厚生労働省令で定めるところによって政府が算定する額とされている(同条第2項)。
 なお、「適当でないと認められるとき」とは、保険給付の趣旨、内容等からいって、平均賃金をそのまま給付基礎日額として用いるのは適当でないときをいう。

(2)二重就職の場合における現行の算定方法と見直しの方向
 現行の算定方法
(イ) 労働基準法上、二重就職をしている労働者であってもその者の平均賃金は、算定事由の発生した事業場で支払われる賃金のみに基づいて算定される。
 労災保険制度においては、このような平均賃金がそのまま給付基礎日額とされるので、二重就職をしている労働者が一の事業場への出勤途上に被災した場合にも同様の取扱いとなり、その結果、被災労働者の稼得能力が必ずしも適切に反映されないという不合理が生ずる。

(注) 二重就職とは、労働者が算定事由発生日において複数の事業場(労災保険に係る保険関係が成立しているものに限る。)から賃金の支払いを受ける関係にあることをいう。

(ロ) なお、上記(1)の厚生労働省令(平均賃金に相当する額を給付基礎日額とすることが適当でないと認められる場合の算定方法を定める厚生労働省令)には、現在のところ、二重就職の場合における給付基礎日額の算定方法は、規定されていない。

 見直しの方向
(イ) 二重就職の場合における給付基礎日額の算定方法を上記(1)の厚生労働省令で定めることとする。
 また、その際、労災保険法第8条第2項を改正して、二重就職の場合は「労働基準法第十二条の平均賃金に相当する額を給付基礎日額とすることが適当でないと認められるとき」であることを法律上明確化する必要があるかどうか併せて検討する。

(ロ) 具体的な算定方法
 各事業場において支払われる賃金ごとに平均賃金を算定し、その平均賃金の合計額を給付基礎日額とする。

(3)業務災害における給付基礎日額との均衡
 通勤災害について上記のように給付基礎日額の算定方法を見直すときは、均衡を失しないよう、業務災害の場合についても同様の取り扱いとする必要がある。
 この場合、メリット制の適用があるのは、業務災害の発生した事業場とする方向で検討することとする。

(4)労働基準法上の平均賃金による補償範囲との関係
 上記の結果、労働基準法上の使用者の災害補償に用いられる平均賃金と、労災保険法における業務災害及び通勤災害に用いられる給付基礎日額とが異なり、補償の範囲が両者で異なることとなるが、(1)労働基準法の使用者の災害補償は、個別の使用者の無過失災害補償責任に基づくものであるので、使用者の責任の範囲としては災害の発生した事業場において支払われる賃金のみを基礎とした方が妥当であるのに対し、(2)労災保険制度は、事業主の相互扶助の考え方に基づいて被災労働者の必要かつ十分な保護を図るための制度であることから妥当な取扱いと考えられる。

(参考)厚生年金及び健康保険における二重就職の取扱い
 厚生年金及び健康保険においては、同時に二以上の事業所で報酬を受ける被保険者について報酬月額を算定する場合においては、各事業所について報酬を算定した額の合計額をその者の報酬月額としている(厚生年金保険法第24条第2項及び健康保険法第3条9項)。


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