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通勤災害保護制度の見直しに当たっての論点とそれに対する考え方
(たたき台)


〔検討すべき論点〕

1-1 二重就職者の事業場間の移動を通勤災害保護制度の対象とすることについて

1-2 二重就職者の事業場間の移動中の災害の保険関係の処理について

2-1 単身赴任者の住居間の移動を通勤災害保護制度の対象とすることについて

2-2 単身赴任者の帰省先住居・赴任先住居間の移動のうち保護すべき範囲について

3-1 二重就職者に係る給付基礎日額について

3-2 メリット制の適用について

4 逸脱・中断の特例的取扱いの範囲について


論点1-1 二重就職者の事業場間の移動を通勤災害保護制度の対象とすることについて

 現在の通勤災害保護制度の対象となる通勤は、住居と就業場所との間の往復に限られているため、二重就職者の事業場間の移動は保護されないが、このような移動についても、通勤災害保護制度の対象とすべきか。

 二重就職者については、ワークシェアリングの推進、企業における副業解禁の動き、短時間労働者の増加及びその均衡処遇のための取組みや就業意識の変化等により、就業形態の多様化が進展している中で増加傾向にあり、また、今後も増加することもあり得る。
(参考)二重就職者数(本業が雇用者であり、かつ、副業が雇用者である者の数)の推移
昭和62年 55万人  →  平成14年 81万5千人
  (総務省統計局「就業構造基本調査」)
 二重就職者の場合、ある事業場の業務が終了した後、別の事業場の業務を行うため、事業場間の移動を行わなければならない場合があり、このような移動は二重就職者の増加に伴い増加するものと考えられる。
(参考)事業場間を移動する者の割合
毎回直行する 30.1%
直行することの方が多い 16.1%
(三和総合研究所「二重就職に係る通勤災害保護制度創設のための調査研究(平成13年1月)」)

 二重就職者については、
(1) 住居から事業場までの移動が当該事業場(第1の事業場)への労務を提供するために不可欠な行為であるのと同様に、第1の事業場から第2の事業場への移動についても、第2の事業場への労務を提供するために不可欠な行為であると評価することができ、また、通常、第1事業場から第2事業場へ直接向かう場合には、私的行為が介在せず、住居から事業場までの移動に準じて保護する必要性が高いものと考えることができる。
(2) また、上記1のように、その数が今後も増加することが見込まれる中で、二重就職者の事業場間の移動はある程度不可避的に生ずる社会的な危険であると評価できることからすれば、労働者の私生活上の損失として放置すべきものではないと考えられる。
(3) さらに、二重就職者の事業場間の移動は、自宅と事業場間の移動と同様に反復継続性があり、認定も容易であると考えることができる。

 以上のことから、二重就職者の事業場間の移動についても、通勤災害保護制度の対象とすることが適当であると考えられる。


論点1-2 二重就職者の事業場間の移動中の災害の保険関係の処理について

 第1事業場から第2事業場への移動中の災害について、第1事業場又は第2事業場のいずれの保険関係により処理すべきか(第1事業場からの退勤と捉えるべきか、あるいは、第2事業場への出勤と捉えるべきか。)。

 第1事業場から第2事業場への移動中の災害について、第1事業場又は第2事業場のいずれの保険関係により処理すべきか(注)を検討するに当たって、当該移動の性格を検討する必要がある。
(注) 通勤災害に係る保険給付の申請に当たって、当該被災労働者の所属する事業場の事業主の証明が必要である等、第1事業場あるいは第2事業場のいずれの保険関係により処理されるのか明らかにする必要がある。

 第1事業場で就業を終えた労働者は、本来、自宅に帰る、買い物に行く等様々な行動を選択できるはずであるが、第2事業場で就業しなければならないために、第1事業場から第2事業場への移動を余儀なくされるのであるから、当該移動は、第1事業場での就業を終えたことにより生ずるという性質よりも、第2事業場での就業のために生ずるという性質が強いものと考えられる。

 したがって、第1事業場から第2事業場への移動は、第2事業場での労務の提供に不可欠なものであるからこそ保護されるととらえることが適当であり、当該移動中の災害については第2事業場の保険関係により処理することが適当であると考えられる。


論点2-1 単身赴任者の住居間の移動を通勤災害保護制度の対象とすることについて

 現在の通勤災害保護制度の対象となる通勤は、住居と就業場所との間の往復に限られているため、単身赴任者の住居間の移動は保護されないが、このような移動についても、通勤災害保護制度の対象とすべきか。

 単身赴任は、労働者を自宅から通勤が困難な場所で就労させなければならないという事業主側の業務上の必要性と、持ち家があることや子供の転校により進学への影響が生ずること等の労働者側の事情を両立させるためにやむを得ず行われる場合が多いと考えられものであり、近年、増加傾向にある。
(参考)単身赴任者数の推移
〔男性のみ〕昭和62年 41万9千人 → 平成14年 71万5千人
〔男女合計〕 平成9年 79万1千人 → 平成14年 83万4千人
(総務省統計局「就業構造基本調査」)

 単身赴任者の場合、当然に、赴任先住居と帰省先住居との間の移動(住居間の移動)が行われるものであるが、単身赴任者の増加に伴い、住居間の移動も増加するものと考えられる。また、このような住居間の移動は、月に数回程度、行われていることが多い。
(参考)帰省の頻度
ほぼ毎週帰省  29.9%
月2〜3回帰省  31.2%
月1回帰省  28.6%
(産労総合研究所「単身赴任に係る実態調査報告書(2001年1月)」)

 単身赴任については、
(1) 勤務先において労務を提供するために労働者が赴任先住居に居住していること及び労働者の家族が帰省先住居に居住していることからすれば必然的に行わざるを得ない移動と考えられるが、上記のように事業主、労働者双方の事情から、単身赴任という就労形態を選択することは不可避であると考えられ、赴任先住居と帰省先住居間の移動はある程度不可避的に生ずる社会的な危険であると評価できることからすれば、単に労働者の私生活上の損失として放置すべきではないと考えられる。
(2) また、赴任先住居と帰省先住居との間の移動は、通常、自宅と事業場間の移動ほどではないにしても一定の反復継続性があると考えられ、そのようなものについては、認定も容易であると考えられる。
(3) なお、このような赴任先住居と帰省先住居間の移動については、赴任先住居の近辺のレジャー施設に家族と一緒に行くため、帰省先住居から赴任先住居に立ち寄る場合など、業務との関連性のない移動もあると考えられる。通勤災害保護制度において通勤災害を労災保険の保護の対象としているのは、通勤という行為が労務を提供するために不可欠な行為であり、単なる私的行為とは異なったものであること等を理由とするものであるから、赴任先住居と帰省先住居との移動についても、制度の趣旨からは、保護の対象は業務と関連性のある移動に限定することが適当であると考えられる(論点2-2参照)。


論点2-2 単身赴任者の帰省先住居・赴任先住居間の移動のうち保護すべき範囲について

 単身赴任者の赴任先住居と帰省先住居との間の移動のうち、通勤災害保護制度の対象とすることが適当なのは、どのような場合か。

 通勤災害保護制度において通勤災害を労災保険の保護の対象としているのは、通勤という行為が労務を提供するために不可欠な行為であり、単なる私的行為とは異なったものであること等を理由とするものであるから、赴任先住居と帰省先住居との移動についても、制度の趣旨からは、保護の対象とするのは業務と関連性のある移動に限定することが適当であると考えられる。

 単身赴任者の帰省先住居と赴任先住居間の移動の実態を、「単身赴任に関する実態調査報告(2001年産労総合研究所)」でみると、
(1) 帰省の頻度については、ほぼ毎週帰省する者、月に2〜3回帰省する者及び月に1回帰省する者の割合は約3割ずつであり、約9割が月に1回以上帰省している。
 また、帰省に要する時間は、2時間以上かかる場合が8割程度であり、さらに、4時間以上の場合が3割程度である。
(2) 帰省する際の経路については、一度赴任先住居に戻ってから帰省する者が4〜5割程度いる。
 赴任先住居に戻ってから帰省の出発までに通常行うことは、帰省の準備、家事、食事、睡眠を行う者が多い。
 また、赴任先住居に戻ってから出発までの時間は2時間以内が6〜7割程度であり、また、当日又は翌日の出発が9割程度である。
(3) 勤務に戻る際の経路については、一度赴任先住居に戻ってから出勤する者が約7割程度いる。
 また、赴任先住居に戻るのは、出勤当日が2割程度であり、前日が7割程度である。

 このような実態にかんがみると、
(1) 赴任先住居から帰省先住居への移動については、
(1) 当日又は翌日がほとんどあるとともに、赴任先住居では、帰省の準備や家事等日常生活に必要な最小限度の行為のみを行って出発していることが多いこと、
(2) 業務終了時間や交通事情等により当日の移動ができない場合もあると考えられること、
(3) 現行制度において、直接事業場から帰省先住居へ向かう場合は通勤災害保護制度の対象としていること、
から、当日又は翌日に行われる赴任先住居から帰省先住居への移動を通勤災害保護制度の対象とすることが適当である。
(2) 帰省先住居から赴任先住居への移動については、
(1) 出勤当日又は前日がほとんどであるが、この場合、帰省に要する時間が2時間以上かかる場合が8割程度であることを勘案すると、出勤に備えて移動していると考えることができること、
(2) 現行制度において直接帰省先住居から事業場へ向かう場合は通勤災害保護制度の対象としていること、
から、当日又は前日に行われる帰省先住居から赴任先住居への移動を通勤災害保護制度の対象とすることが適当である。

 なお、通勤災害保護制度の趣旨からは、当日又は翌日に行われる赴任先住居から帰省先住居への移動及び当日又は前日に行われる帰省先住居から赴任先住居への移動であっても、明らかに業務と関連しない目的であるものについては保護の対象とすることは適当でないと考えられる。


論点3-1 二重就職者に係る給付基礎日額の合算について

 二重就職者の業務災害又は通勤災害に係る保険給付を行う際の給付基礎日額の算定に当たっては、二つの事業場から受ける賃金を合算したものを基礎とすべきか。

 二重就職者が業務災害にあった場合には、業務災害の発生した事業場から支払われていた賃金をもとに平均賃金が算定され、それが保険給付の額の基礎となる給付基礎日額となる。通勤災害についても、現在保護されるものは住居と就業の場所の往復に限定されるので、給付基礎日額は業務災害の場合と同様である。
 ところが、仮に二重就職者の事業場間の移動を通勤災害保護制度の保護の対象とした場合には、いずれの事業場から支払われる賃金を基礎として給付基礎日額を算定するのかが問題となる。
 また、そもそも、労働者が被災したことにより喪失した稼得能力を填補するという労災保険制度の目的からすれば、業務災害の場合も含め、二重就職者についての給付基礎日額をいかに定めるかという点についての検討が必要である。

 労働者が2つの事業場で働き、賃金の支払いを受けている場合、通常はその合算した額をもとに生計を立てているものであると考えられるが、そのような場合であっても、現在は、労働災害によって障害を負って労働不能になった場合や死亡した場合の障害(補償)年金や遺族(補償)年金等に係る給付基礎日額は、前述のように災害が発生した事業場から支払われていた賃金をもとに算定されることとなる。その結果、労働災害による労働不能や死亡により失われる稼得能力は2つの事業場から支払われる賃金の合算分であるにもかかわらず、実際に労災保険から給付がなされ、稼得能力の填補がなされるのは片方の事業場において支払われていた賃金に見合う部分に限定されることとなる。特に、賃金の高い本業と賃金の低い副業を持つ二重就職者が副業に係る事業場において被災した場合には、喪失した稼得能力と実際に給付される保険給付との乖離は顕著なものとなる。
 なお、厚生年金保険法の老齢厚生年金等や健康保険法の傷病手当金については、同時に複数の事業所から報酬を受ける被保険者については、複数の事業所からの報酬の合算額を基礎とした給付がなされることとされている。

 労働者が被災したことにより喪失した稼得能力を填補するという労災保険制度の目的からは、労災保険給付額の算定は、被災労働者の稼得能力をできる限り給付に的確に反映させることが適当であると考えられるため、二重就職者についての給付基礎日額は、複数の事業場から支払われていた賃金を合算した額を基礎として定めることが適当である。

 労働基準法上の使用者の災害補償は労働基準法第12条の平均賃金に基づき行われるので、二重就職者に係る給付基礎日額について3の考え方をとった場合、労働基準法の平均賃金についてどう考えるかが問題となるが、
(1) 労働基準法上の災害補償が個別の使用者の無過失責任に基づくものであり、その違反には刑罰が科されるものであること、
(2) 平均賃金は、労働基準法上の災害補償の算定の基礎としてのみならず、労働者を解雇する場合の予告に代わる手当、使用者の責に帰すべき休業の場合に支払われる休業手当、年次有給休暇の日について支払われる賃金等の算定の基礎としても用いられるものであること、
を踏まえると、労働者の稼得能力の補填を目的とする社会保険である労災保険の給付基礎日額とは異なり、従来どおり、業務災害の発生した事業場の使用者が支払った賃金を基礎として算定することが適当である。

 以上のことから、二重就職者の労働災害の場合は、法第8条第2項の「労働基準法第12条の平均賃金に相当する額を給付基礎日額とすることが適当でないと認められるとき」として、厚生労働省令において上記の考え方を踏まえた算定方法を規定することが適当であると考えられる。


論点3-2 メリット制の適用について

 二重就職者に係る業務災害の場合の給付基礎日額について、二つの事業場の給付基礎日額を合算することとした場合、メリット制の適用はどのように行うべきか。

 労災保険においては、事業主の負担の公平性と災害防止努力の促進の観点から、一定の要件を充たす事業場について、個々の事業場の労災保険の保険給付の額に応じ、保険料の額を一定の範囲で増減させるメリット制が採用されている。この場合のメリット収支率の基本的考え方は以下のとおりである。
メリット収支率 = 業務災害に係る保険給付
――――――――――――
非業務災害分を除く保険料
× 100

 論点3-1の考え方により二重就職者の給付基礎日額を見直した場合、メリット収支率の算定について何の措置も行わない場合には、二重就職者に係る業務災害が発生した事業場においては、メリット収支率の算定の分子となる業務災害に係る保険給付が従来より増加することによりメリット収支率が悪化し、保険料の負担が従来より重くなる場合が生ずることとなる。
 しかしながら、二重就職者に係る給付基礎日額の見直しは、社会保険である労災保険が労働者の稼得能力の補填という目的を果たすために必要なものではあるが、論点3-1の4で述べたように、災害発生事業場以外の事業場において支払われる賃金に見合う部分を個別事業主の負担に帰せしむることは適当ではないと考えられる。

 したがって、メリット収支率の算定に当たって、業務災害が発生した事業場が従来より重い負担を負うことのないようにするための措置を講ずることが必要であると考えられる。


論点4 逸脱・中断の特例的取扱いの範囲について

 1日における労働者の活動範囲の拡大や生活スタイルの変化の中で、通勤災害保護制度における逸脱・中断の特例的取扱いが認められる範囲を見直す必要があるか。

 現在、労働者の働き方は、パート労働者やフリーターが増加する等多様化がみられるが、これは、短時間で自分の都合の良い時間に働き、より自らの自由な時間を求める者が増加していると考えることができる。
 また、変形労働時間制、フレックスタイム制、裁量労働制等各種労働時間制度の導入により、多様な就業環境で働く労働者が増加していると考えられる。
 このように、就業形態や就業意識、就業環境が多様化する中で、1日における労働者の活動範囲が拡大していると考えられる。
 また、社会の変化に伴い、労働者の生活スタイルも通勤災害保護制度の創設当時とは大きく変化しているものと考えられる。

 現行の通勤災害保護制度では、就業に関し、住居と就業の場所との間を、合理的な経路及び方法により往復することをいうが、往復の経路を逸脱し、又は往復を中断した場合には、逸脱又は中断の間及びその後の往復は「通勤」とはならない。
 ただし、逸脱又は中断が日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、逸脱又は中断の間を除き「通勤」とされ(以下「逸脱・中断の特例的取扱い」という。)、具体的に省令に定められているものは、日用品の購入その他これに準ずる行為等である。

 通勤災害保護制度における逸脱・中断の特例的取扱いを拡大する場合には、
(1) 逸脱・中断から元の経路に復して以降は逸脱・中断の事由を問わず通勤として保護する、
(2) 特例的取扱いの対象を日常生活上必要な行為以外にも広げる、
(3) 日常生活上必要な行為として省令に追加して定める、
等の考え方があり得るが、出勤前や退勤後の労働者の行動の実態を踏まえ、逸脱・中断の特例的取扱いの考え方及び具体的範囲について検討する必要がある。


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