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(結核医療に関する検討小委員会/2004年5月14日)

結核医療に関する課題と展望
― 入院制度や公費負担医療の課題を中心に ―

山形県村山保健所長 阿彦 忠之

<要点>
1) 入所命令制度(法第29条)の目的は「感染拡大防止」だが,命令に強制力がない。

2) 入所命令の適否の診査に関する結核診査協議会の機能が発揮しにくい。
(個別の「事前診査」が困難,診査前の「応急入院」の制度がないなど)

3) 命令による入所を含めて,患者登録時の入院率には地域格差が著しい。また,入院期間が全体として長く,地域格差も大きい。入院や退院の基準,及びその適用(診査会の機能)に関する課題がある。

4) 命令入所中の結核医療(法第35条)の質に関する診査制度が曖昧(結核診査協議会が適正医療普及の観点から医療内容を診査できるのは,法34条による「一般医療」に限定。)

5) 強制力のある入院制度は,現行の29条/35条とは別枠で検討すべき。感染拡大防止目的の強制力のある入所命令制度は必要だが,強制力を行使すべき対象患者は,現行の第29条による入所患者のごく一部に限定される。

6) 強制力のある入所命令制度の創設にあたっては,対象患者の範囲を限定したうえで,感染症法に準じた「応急入院」や「移送」の制度を付加し,入所の「勧告」を前置しての命令制度とすべき。

7) 感染拡大防止の観点とは別に,「治療中断の防止」(多剤耐性菌の増加等の脅威を抑止するための将来に向けた社会防衛)を主目的とした公費負担医療(福祉)の制度は今後も堅持すべきである。

8) 結核診査協議会は,役割の異なる2つの部会制組織とする方法もある。(→ (1)強制力のある入所命令制度を創設した場合に,命令の適否を診査する部会,(2)結核の適正医療普及の観点から公費負担医療の内容を診査する部会)

<メモ>
1)強制力のない入院制度
 結核予防法第29条では,結核患者が家族等に結核菌を感染させるおそれがある場合,都道府県知事は患者に対して,結核療養所への入所を命ずることができるとしている。法第35条による公費負担医療(命令による入所後の結核医療費の自己負担分を全額公費負担。但し,高額所得者は一部負担あり)は,この命令に対する代償措置といえる。
 法第29条による入院を「入所命令」と呼ぶので,「強制力」があると思われがちだが,まったくそうではない。入所命令の手続きをみても,「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)のような人権上の配慮はなく,それゆえに法第29条には罰則もなく,強制的な執行はできない。
 なお,入所命令に強制力はないが,接客業等(結核予防法施行規則第18条)に従事する患者に対しては,法第28条による「従業禁止」の命令が可能であり,この命令には罰則による間接的な強制力がある。

2)入所命令の適否の診査と結核診査協議会の役割
 法第29条による入所命令の権限を行使するにあたって,都道府県知事は「あらかじめ」結核診査協議会(診査会)の意見を聴かなければならないと規定されている。しかし,保健所が塗抹陽性肺結核患者の届出を受理した時点で,当該患者は既に結核療養所に入所済みの場合が実際には多い。また,診査会の開催頻度も月2回程度の保健所が多く,しかも感染症法に準じた「応急入院」(診査会の開催前に,期間を限定して入院勧告・措置ができる)の制度もないため,入所前に感染性結核患者の届出を受理した場合でも,入所の必要性を個別に事前診査するのは困難な状況である。
 実際は,都道府県主管部局や保健所から結核療養所に対して入所命令の対象基準を明示することにより,いわゆる包括的指示下で,入院の必要性を療養所の主治医に判断してもらっているのが実情である。

3) 高い入院率と長い入院期間,及びその地域格差
 わが国の結核患者は,登録時に(診断直後から)入院して治療を受ける者の割合が全体的に高い。結核発生動向調査(2002年)によれば,「菌陽性」肺結核患者の登録時入院率(全国値)は77.5%であり,都道府県別には最高が97.3%(福井県),最低が58.6%(富山県)で地域格差が大きい。また,高齢の結核患者,あるいは他に合併症を有する結核患者の割合が高まったことを反映して,「菌陰性」肺結核でも登録時に入院している者の割合(全国値)が34.0%に達している。これについても都道府県格差が大きく,最高は73.9%(奈良県),最低が11.0%(富山県)であり,地域格差が著しい。
 一方,わが国の肺結核患者の平均入院期間(2002年,全国値)は 5.2か月であり,欧米諸国に比べて著しく長い。国内での地域格差も大きく,都道府県別には最短の3.8か月(富山県,奈良県)から最長の6.8か月(青森県)まで,約3か月の格差が認められている。法第29条による入所命令の期間が入院期間全体の何割くらいを占めているかは不明であるが,周囲への感染防止を目的として長期入院が必要な例はそれほど多くない。
 法第29条/第35条による入院期間にも大きな地域格差があるとすれば,それは保健所の結核診査協議会の機能(診査基準等)のバラツキが原因の一つと考えられる。
 入所命令の期間については,最近の検査技術の進歩等を踏まえた見直しも必要である。最近は,結核療養所に入所直後の喀痰検査(核酸増幅法等による迅速検査)で,喀痰中の菌が結核菌ではなく「非結核性抗酸菌」と判明し,入所命令を数日間で解除される例が珍しくない。診査協議会がこのような例を的確に把握するシステムになっているか,あるいは検査技術の進歩を反映した退院基準を示して医療機関側に協力を求めているか否か,などが入所命令(35条公費負担医療)の期間にも影響していると思われる。
 入院後の感染性の早期評価システム(迅速検査による菌種の同定,喀痰塗抹検査の実施間隔の標準化等を含む)を構築するとともに,公費負担(法第35条)に係る1回当たりの承認期間の上限を短縮するなどの方策も,入院期間の短縮には有効であろう。

4) 入所命令患者の公費負担医療と診査会の役割
 保健所の結核診査協議会の役割は,次の二つである。
 (1) 従業禁止(第28条)と入所命令(第29条)の必要性を審議
 (2) 適正医療の普及を目的に,結核の一般医療(第34条)の公費負担の適否を審議
 入所命令となった結核患者の公費負担医療(第35条)の内容(薬剤の組み合わせや期間等)については,診査会で審議し答申する権限が法的にはなく,適正医療の普及の観点からは不釣り合いな診査システムになっている。

5) 強制力のある入院制度は,29条/35条とは別枠で!
 強制力を行使して入院させたい結核患者としては,多剤耐性結核菌を大量排菌しているにもかかわらず,患者が入院を頑なに拒否し,公共の場に頻繁に出入りするなど,対応に苦慮した例などが最近も報告されている。しかし,このような対応困難例は決して多くないので,人権制限的な制度を創設するにあたっては,勧告・措置等の対象基準の明確化が前提になる。本当に「命令」が必要な患者を確実に入院措置できるように,「感染症法」に準じた人権上の配慮と入院手続きを盛り込むなど,結核予防法の改正が必要である。
 精神保健福祉法による入院制度を参考にした場合,強制力のある「措置入院」相当の対象患者は,結核でもごくわずかである。大部分は「任意入院」または「医療保護入院」相当の患者であり,入院の必要性は指定医療機関の判断に任せてよい患者である。つまり,現行の29条/35条による入院患者の大部分には強制力を行使する必要がないので,強制力のある入院制度を創設するのなら,現行制度とは別枠の制度として検討したほうがよい。

6) 強制入院には感染症法に準じた入院の手続きが必要
 強制力のある入所命令については,その対象を,喀痰塗抹陽性で感染危険度が高いにもかかわらず入院の勧めに応じることなく,かつ,家族や公衆への感染拡大の恐れが高いと判断される患者等に限定した制度として創設すべきである。その際には,感染症法に準じた文書による理由等の提示の手続きを準備すること,いわゆる「応急入院」の制度を付加すること,公的関与による患者の「移送」制度を付加すること,及び入所の「勧告」を前置しての命令制度とすること,などが必要である。

7) 「治療中断の防止」を目的とした公的治療支援(公費負担)制度の必要性
 現行の法第29条は,「入所命令」といっても実際は,患者本人に対して入院すべき理由と入院のメリットを十分説明し,納得してもらったうえでの入院が原則となっている。たとえば,「喀痰塗抹陽性」肺結核患者の場合,外来治療では家族や同僚等への感染の危険が高いこと,および最近の標準的な結核治療(PZAを含む4剤併用の初期強化療法)では,規則的な服薬と副作用チェックのために,特に最初の2ヶ月間は入院のメリットが大きいことなどを説明し,患者が自主的に入院を選択するのが理想である。このように考えれば,法第35条による公費負担医療は,「感染防止のための入所命令に従ってもらうことに対する代償」というだけでなく,患者の経済的負担を軽減し,最新の強化療法を安全かつ確実に実施するための「福祉的な支援」という側面があることを念頭に置いて,今後の制度改革を検討すべきである。
 結核の治療では,他の感染症に比べて長期(最低6ヶ月間)にわたる規則的服薬を必要とする。しかし最近は,患者の社会的・経済的要因(ホームレス,アルコール依存,不況に伴う生活困窮等)を背景とした治療中断例が目立ち,これに伴う薬剤耐性結核の増加が懸念されている。薬剤耐性例等が増加した場合の社会防衛上の脅威を考慮すると,いわゆる生活困窮者でも結核の治療に専念できる(治療を完遂できる)ように,公的な治療支援制度を維持すべきある。単なる福祉的な公費負担医療ではなく,「社会防衛目的の福祉的な支援策」という位置づけで,治療中断(治療失敗に伴う耐性菌の出現等)の防止を主目的とした公費負担医療(入院だけでなく,通院医療を含めて)の制度を検討すべきである。

8) 「結核診査協議会」は部会制も考慮
 前述したとおり,今後の公的関与(公費負担等)に基づく入院治療は大きく分けて,(1)「感染拡大防止」を主目的とした強制力のある入院,及び(2)多剤耐性菌の増加等の将来的な脅威を抑止するために「治療中断の防止」(治療完遂)を主目的とした入院の二つに区分できると思われる。目的が大きく異なる二つの入院について,入院の要否や医療内容の適否の診査を一つの結核診査協議会で審議するのは困難であり,目的別の部会を組織して診査するのが現実的と考える。たとえば,(1)感染危険度が高いにもかかわらず入院の勧告に応じないような対応困難例の通報があった場合に,緊急に診査会を開催して命令の要否を審議する部会,(2)従来の診査会と同様に定期的に開催し,結核の適正医療普及の観点から公費負担医療の内容を診査する部会,といった構成が考えられる。

(文責:阿彦忠之)


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