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第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1.初期診断・治療に関する評価

(1)脳神経系の管理

  (1)経過
 平成13年1月1日頭痛を生じ、1月5日救急外来を受診して筋緊張性頭痛と診断された。
 1月7日、頭痛が増強したため再受診し、CTにてくも膜下出血と診断され入院した。同日施行した脳血管撮影にて前交通動脈瘤と左中大脳動脈に高度、両側前大脳動脈に中等度のび漫性脳血管攣縮を認めた。このため手術は行わず、脳圧下降剤(グリセオール、1月7日〜1月20日)、副腎皮質ホルモン(デカドロン、1月10日〜1月19日)、抗痙攣剤(アレビアテン、1月7日〜1月9日、1月11日〜1月19日・デパケン1月9日〜1月11日)、鎮静剤(ドルミカム、レペタン、セレネース、1月7日〜1月18日)及び補液による保存的療法を行った。
 しかし、1月9日頃より不隠行動、1月15日より失語、1月12日には右片麻痺が出現し、1月11日及び1月15日に行ったCTで左前頭・側頭葉に広範な脳梗塞が認められた。
 1月18日0:30、突然意識レベルがJCS 200となり、両側瞳孔散大、対光反射消失が認められ、CTでは著明なび漫性くも膜下出血と左前頭葉内の2×2×5cmの血腫、脳室内出血を認め、正中構造が左から右へ7mm偏位していた。

(2)診断の妥当性
 1月5日の初診時には訴えが多く、頭痛発症時の正確な情報を述べなかったことに加え、頭部硬直などの髄膜刺激症状も認めなかったことから、CTを行わなかったことはやむを得ない。
 1月7日、再来時にCTと脳血管撮影を行い前交通動脈瘤破裂によるくも膜下出血に脳血管攣縮が合併していると診断したことは妥当である。
 その後、症状の変化に合わせCTを施行し、脳血管攣縮による脳梗塞及び動脈瘤破裂による再出血を診断したことも妥当である。

(3)保存的治療を行ったことの評価
 脳血管撮影にて前交通動脈瘤が認められたが、中等度から高度のび漫性脳血管攣縮が存在したため、待機手術とし、鎮静剤、脳圧下降剤及び副腎皮質ホルモンの投与により再出血予防と脳血管攣縮による神経症状出現防止を試みたことは妥当である。しかし、脳血管攣縮により広範な脳梗塞が出現したため、再出血予防効果のある直達手術を行えず、再出血を来したことは、やむを得なかったと考えられる。その後、呼吸循環管理と脳圧下降剤の投与を行った判断は妥当である。

(2)呼吸器系の管理
 
1.  入院(HCU、high care unit入室)より再出血直前(1月7日〜1月17日)までの管理
 HCU入室当初には経鼻カニューレ下にO2 2 L/分、1月10日以降はマスク下にO2 8 L/分の酸素投与が行われた。この間、呼吸状態は良好に経過している。なお、容体急変直後の17日に施行された血液ガス所見で、PaO2 43 mmHgと低酸素状態に陥っていた時をのぞくと、PaO2は100 mmHg前後に維持されている。

2.  再出血後ICU入室(1月18日〜1月20日)までの管理
 再出血による急変後の気道確保は、気管挿管のもと酸素投与、人工呼吸器による調節呼吸が施行されている。呼吸条件はFiO20.4、TV 500 ml、RR 15回/分、PEEP 0 cmH2Oと設定されており、血液ガス分析ではPaO2 112〜190 mmHg、PaCO2 25〜47 mmHgと全経過を通じそれぞれ適正に維持されていた。
 呼吸管理は入院後全経過を通して概ね妥当である。

(3)循環器系の管理
 
1. 入院再出血直前(1月7日〜1月17日)までの管理
 HCU入室後より、一過性に収縮期血圧 200 mmHgを越える高血圧が認められたが、アダラート等の降圧剤と、ドルミカム、セレネース、コントミン、ロヒプノール等の鎮静剤が適宜そして継続的に投与され、血圧160〜170 mmHgと、やや高血圧を維持するよう管理されていた。
 これは、脳血管攣縮による脳梗塞に対するhyperdynamic therapy (高拍出、高血圧療法)を考慮したためと考えられ、妥当な治療である。

2. 再出血後ICU入室(1月18日〜1月20日)までの管理
 再出血による急変後、収縮期血圧は200 mmHgから、触知不能に近い20 mmHgというhypotensive attack があり循環不全に陥った。
 これに対し、ペルジピンによる降圧や、ドパミン、ドブタミンによる昇圧がはかられ、数時間後に循環は安定した。
 循環管理は入院後、循環動態が不安定な中、降圧剤、昇圧剤、及び鎮静剤を適宜使用し妥当な治療がなされている。

(4)水電解質の管理
 
1. 入院(HCU入室)再出血直前(1月7日〜1月17日)までの管理
 HCU入室後より、脳圧降下を目的としてグリセオール200 ml×4〜6本/日が基本輸液され、電解質維持輸液と細胞外液補充剤が500 ml×3〜4本/日投与されている。
 この間、尿量は平均50〜150 ml/時間であり、適正時間尿量をやや上回る尿量が得られ、脳圧降下を目的とした脱水療法が適正に行われていたと考えられる。なお、この間血清Na、K値ともに正常範囲に維持されている。来院時、低K血症2.7mEq/lが認められたが、K補充により血清K値は適正に維持されている。来院時の血清K値の低下は、重症救急患者にみられる特有なものと推測される。

2. 再出血後ICU入室(1月18日〜1月20日)までの管理
 再出血による急変後、中枢性尿崩症と考えられる尿量増加(平均110 ml/時間〜250 ml/時間)が認められ、グリセオールは中止されている。その後、臨床的脳死診断がなされた後は、治療に抵抗し、164 mEq/Lの高Na血症と2.6 mEq/Lの低K血症に陥っている。

入院後、水・電解質管理は脱水療法を中心に適正に行われたと考えられる。

2.臨床的脳死診断及び法的脳死判定に関する評価
(1) 脳死判定を行うための前提条件について
 本症例はくも膜下出血にて平成13年1月7日入院し、脳血管撮影にて前交通動脈瘤と中等度から高度のび漫性脳血管攣縮が認められた。
 このため、手術を行わず再出血予防と脳血管攣縮による病態進展防止のための保存療法が行われたが、1月18日0:30再出血を生じ、両側瞳孔散大、対光反射消失が認められた。その後も、保存療法による神経系の管理、血圧・血液酸素化の継続を始めとする循環呼吸管理が行われたが、0:50には自発呼吸が消失し、2:30には深昏睡となった。
 本症例では1月19日18:26に臨床的脳死と診断され、7時間5分後に第1回脳死判定を行い(終了1月20日3:54)、6時間37分おいて第2回脳死判定を行った(終了1月20日12:45)。
 本症例は前章で詳述したことから、脳死判定対象例としての前提条件を満たしている。すなわち
 
1)  深昏睡で人工呼吸を行っている状態が継続している。1月18日0:50に人工呼吸器により機械的換気を開始してから、臨床的脳死の判断を開始するまでに、40時間40分経過しており、深昏睡となってから39時間経過している。
2)  臨床経過、症状、CT所見から脳の一次性、器質的病変であることは確実である。
3)  診断、治療を含む全経過から、現在行いうる全ての適切な治療手段をもってしても回復の可能性は全くないと判断される。

(2)臨床的脳死診断及び法的脳死判定
  1)臨床的脳死診断
 〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(1月18日17:30から1月19日18:26まで)
 体温:36.6℃ 血圧:135/60 mmHg 心拍数:107/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右6.0mm   左6.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
施設における診断内容
 以上の結果から臨床診断に脳死と診断して差し支えない。
脳波について
 平坦脳波(ECI)に相当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)。
 平成13年1月19日(17:00〜17:38)に行われた脳波の電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、Fz、C3、C4、T3、T4、O1、O2、A1、A2で、記録は単極導出(Fp1-A1、Fp2-A2、Fz-A1、Fz-A2、C3-A1、C4-A2、O1-A1、O2-A2、T3-A1、T4-A2、A2-A1)、双極導出(Fp1-C3、Fp2-C4、Fz-O1、Fz-O2、Fp1-T3、Fp2-T4、T3-Fz、T4-Fz、T3-O1、T4-O2、A2-A1)とで行われている。さらに心電図と頭部外導出によるモニターも同時に行われている。刺激としては呼名・疼痛刺激が行われている。心電図と静電・電磁誘導(周囲の人の動きなど)のアーチファクトが重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

2)法的脳死判定
 〈検査所見及び判定内容〉
検査所見(第1回)   (1月20日1:31から3:54まで)
 体温:36.0℃ 血圧:165/83 mmHg 心拍数:114/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右6.5mm   左6.5mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト:陽性
 (開始前) (2分後) (5分後) (終了後)
   PaCO2(mmHg) 41 52 61 62
   PaO2(mmHg) 573 552 529 504
   SpO2(%) 100 >99
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
検査所見(第2回)   (1月20日10:31から12:45まで)
 体温:35.8℃ 血圧:160/83 mmHg 心拍数:113/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右7.0mm   左7.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト:陽性
 (開始前) (2分後) (4分後) (6分後)
   PaCO2(mmHg) 40 52 54 65
   PaO2(mmHg) 474 430 424 443
   SpO2(%) 100 >99
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
施設における判定内容
 以上の結果より、第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(1月20日3:54)
 以上の結果より、第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(1月20日12:45)

1)電気生理学的検査について
 (1) 脳波について
第一回法的脳死判定
 平坦脳波(ECI)に相当する(感度10μV/mm、感度2μV/mm)。
 1月20日(2:30〜3:00)に記録されており、臨床的脳死診断時の脳波記録と同条件である。単極導出のうちT3-A1、T4-A2は電極間距離が7cm以下であるが、他導出が4導出以上あり問題はない。心電図と僅かな静電・電磁誘導以外に少量の筋電図が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

第二回法的脳死判定
 平坦脳波(ECI)に相当する。(感度10μV/mm、感度2μV/mm)
 1月20日(11:00〜11:30)に記録されており、第一回法的脳死判定時の脳波記録と同条件である。心電図と僅かな静電・電磁誘導が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

 (2) 聴性脳幹反応
 臨床的脳死診断・法的脳死判定(1・2回目)のいずれにおいても、I波を含む全ての波を識別できない。

2) 無呼吸テストについて
 2回とも必要とされるPaCO2レベルを得てテストを終了している。テスト前及び60mmHg以上のPaCO2を得た時点でのPaO2は十分高く維持されており、テスト中SpO2も99%以上であり問題はない。

3) まとめ
 本症例の脳死判定は脳死判断承諾書を得た上で指針に定める資格をもった専門医が行っている。法令に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の所載も適切である。
 以上から本症例を脳死と判断したのは妥当である。


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