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はじめに

  私たちは、2003年1月に公表した新ビジョン『活力と魅力溢れる日本をめざして』において、「多様性のダイナミズム」と「共感と信頼」を基本理念としてシステム・制度の改革に取り組み、日本の社会・経済に活力を取り戻すことを提案した。
 戦後の日本は、労働力の同質性を力に驚異的な経済発展を実現したが、少子化・高齢化の進展に直面し、専ら労働力の"マス"の力に頼って経済を発展させることはもはや困難になっている。日本では2006年から総人口が減少に転じる。もちろん少子化・高齢化の進展は、企業の事業活動やマクロ的な経済に影響を及ぼす。しかし、2025年度までの期間において労働力人口の減少が潜在成長率を押し下げる程度は年平均で0.2%程度であり、(注1)技術革新を通じてイノベーションを着実に進めていけば十分克服できよう。したがって今後は、国民一人ひとりの“付加価値創造力”を高めていくことが必要であり、そのプロセスに外国人がもつ力を活かすことができれば、経済のさらなる発展につなげていくことは可能である。新ビジョンにおいて提起したように、外国人に「行ってみたい、住んでみたい、働いてみたい、投資してみたい」と思われるような「活力と魅力溢れる日本」をいかにしてつくりあげるかが、その重要なポイントになろう。
 世界的には1990年代以降、グローバル競争が巻き起こるなかで高度人材の獲得競争が激しさを増しており、モノ、カネのみならず、ヒトが国境を越えて自由に移動する状況となっている。各国で行なわれている優秀な人材を惹きつけるための取り組みは多様であり、いわゆる「移民法」を制定している国もある。また、1995年に発効したWTOサービス貿易一般協定は、人の移動について規定した初めての多角的な国際協定であり、その後の交渉を通じて自由化が進められてきている。加えて、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)の締結が時代の波となっており、そのなかでも人の移動の自由化が議論されている。しかしながら、日本では外国人がもつ力を発揮させる状況を戦略的につくり出そうという取り組みは必ずしも十分なされていない。国は、専門的・技術的分野の外国人労働者の受け入れをより積極的に推進する方針を打ち出しているが、実際の取り組みは遅れている。関係省庁には、その現実を真摯に受け止め総合的に施策を展開するとともに、受け入れのためのインフラ整備を急ぐよう求めたい。
 一方、企業においては既に、異文化経営(Transcultural Management)の重要性が認識されている。市場の多様化、細分化等に伴い、企業内部の多様性が収益力の源泉となり得ること、また組織に多様性が確保されていることで構成員の想像力、寛容性が高まり、問題の未然防止、あるいは発生した問題の円滑な解決が図られることなど、企業経営上のメリットが期待されていることなどがその背景にある。
 したがって、そうした日本企業の期待などを踏まえ、第一に日本に魅力を感じている専門的・技術的分野の外国人、とりわけ研究者、専門家、企業人などの高度人材の受け入れについては、その多様な能力、意欲、技能、知識を発揮できる環境を整えることが必要である。具体的には、大学や官民の研究機関における研究・執務環境や待遇の改善、企業などにおける合理的かつ透明度の高い人事制度の確立、インターナショナルスクール等の子女教育の環境整備、住宅環境の改善、医療サービスの充実などが重要である。
 第二に、いわゆる現場で働く外国人の受け入れについては、経済社会と国民生活に多大な影響を及ぼすとの理由から、国は国民のコンセンサスを踏まえて慎重に対応するという方針を打ち出している。しかし、日本企業による海外への生産拠点の移転が加速するなかにあっても、日本国内の製造分野を含め日本人では供給不足となる分野で労働力を確保することは必要である。また介護・福祉分野を中心としたサービス産業、農業などにおいては、女性や高齢者の力を最大限活用するとしても、今後労働力不足が深刻化するという見方もある。加えて、事実上の外国人労働者として既に日系人が日本国内の製造やサービスの現場で働き、厳しい生活を強いられているという現実もある。そうした状況を踏まえ、目下直面している日系人を巡る問題を解決に導き、あわせて将来、日本人では供給不足となる分野で外国人を受け入れる際に無用な摩擦や混乱を表面化させないよう、今から検討を進め、透明かつ安定的な受け入れのシステム・制度を確立することが求められる。その方向としては、在留資格の細分化による受け入れ分野の限定、二国間協定の締結による受入国・人数の限定、いわゆる労働市場テストの実施による日本人の求職者との競合回避などが考えられる。また受け入れに伴う社会的コストを誰がどのようなかたちで負担するかについても検討が急がれる。
 日本全体の競争力を高めるために、今後、3年、5年と期限を区切り、施策の展開を図る必要がある。その観点から、専門的・技術的分野の外国人、現場で働く外国人のいずれの場合においても、秩序ある受け入れのために制度改革を急ぐべきである。また昨今、日本国内における若年層の失業率が上昇し、外国人の受け入れは彼らを取り巻く環境をさらに悪化させるのではないかとの声も聞かれる。若年層の雇用促進のためには、より高度な専門知識、技術、技能を彼らが身につけられるよう、産官学が連携してその職業能力・意識の向上に取り組むことが求められる。さらに外国人の受け入れは、日本と近隣諸国との共存共栄の関係を崩すようなものであってはならない。
 そうした前提のもと本中間とりまとめでは、まず共通する重要課題について問題提起としてその基本的な方向を示すことにした。今後、企業関係者のみならず、広く国民の間で議論を尽くす必要があると考える。その意味で、本中間とりまとめが一つの契機となり国民的議論が深まることを期待するとともに、日本経団連としても、それを踏まえた上で、本年度末の最終報告において結論を得ることとしたい。また、コンセンサスが得られた分野の受け入れについては、人材開国という観点から、国や地方自治体、さらには企業、大学、NPO・NGOなどの課題を整理した。今後の社会・経済環境の変化や世論の動向を見極めつつ関連諸制度を運用し、随時、それらを柔軟に見直すことを期待したい。



 (注1)
日本経団連が試算したところ、2003〜2025年度の潜在成長率(実質)における労働力の寄与度は、女性や高齢者を中心に就業率が今後ある程度上昇することを前提としてマイナス0.2%であった。


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