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第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1.初期診断・治療に関する評価
(1)脳神経系の管理
 (1) 経過
 平成13年7月23日19:00頃に頭痛、嘔吐で発症し、次第に意識が低下したため、20:50近医を受診し、21:15頭部CT検査が行われた。検査直後、ほぼ呼吸停止となり、直ちに気管挿管、人工呼吸が開始された。アンビューバックによる人工呼吸を受けつつ22:00に当病院救急外来に来院した。来院時、無呼吸、深昏睡(JCS300)、両側散瞳、対光反射消失が認められた。近医で施行された頭部CTでは、右側頭・頭頂葉に約104mlの円形の高吸収域を認め、右から左へ約10mmの正中構造の偏位と両側迂回槽、大脳縦裂にくも膜下出血を伴っていた。

 (2) 診断の妥当性
 以上の所見及び臨床症状とCT所見から、脳内出血と診断しているが、本症例における診断法の選択及び診断は妥当である。

 (3) 手術を行ったことの評価
 本症例は来院時JCS300で、瞳孔散大・固定、対光反射消失が認められ、無呼吸であった。来院直後に人工呼吸器を装着、低血圧に対して昇圧剤投与を開始した。マニトールを使用し頭蓋内圧の低下をはかったが、深昏睡、瞳孔固定の所見に変化はなく、神経所見の改善は認めなかった。
 以上の臨床所見及びCT所見から、手術などの積極的治療の適応はなく、当該病院到着以降、呼吸循環管理を中心とした治療を行ったことは妥当である。

(2) 呼吸器系の管理
 発症後約2時間で近医を受診し、ただちにCT検査が行われたが、その直後に呼吸停止状態に陥った。近医で直ちに経口気管挿管、人工呼吸が開始され、アンビューバッグによる人工呼吸を行いながら搬送された。この搬送に到るまでの近医の呼吸管理を含む処置はきわめて適切であり、致死的状態を回避し得たといえる。来院時、無呼吸であり入院後直ちに集中治療室に収容され、人工呼吸器による間欠的強制換気が16回/分、1回換気量480mlの条件下で適切な呼吸管理が行われた。
 なお、脳圧下降の目的で、ときに行われる中等度過換気療法を意識しては行われたわけではないが、その後の血液ガス分析でPaCO2が21mmHgと高度の低二酸化炭素血症となっており、ただちに人工呼吸器の分時換気量を低下させたが、結果的には、過換気療法が行われていたことになる。以上の呼吸管理は妥当と考えられる。

(3) 循環器系の管理
 来院時血圧はすでに69/47mmHgとショック状態であり、ただちに心血管作動薬のドパミン投与が5γより開始された。しかし、重症脳損傷にともなう難治性の低血圧状態であり、さらに尿崩症も合併したため、ドパミンの22γまでの増量とピトレシン投与が行われた。その結果、収縮期血圧は100mmHg以上に保たれるようになり、循環不全は回避され適正に管理された。

(4) 水電解質の管理について
 脳圧管理のためのグリセオール等の浸透圧利尿剤の投与による利尿に加え、重症脳損傷に伴う尿崩症により、血清Na値は170mEq/Lと高値を示した。これに対しピトレシンが繰り返し投与され、同時に補液が行われた。
これらの水・電解質管理は妥当なものと考えられる。

2.臨床的脳死診断及び法的脳死判定に関する評価
(1) 脳死判定を行うための前提条件について
 本症例は発症約3時間後、平成13年7月23日22:00に人工呼吸を受けながら当該病院に搬送された。この間、すでに気管挿管による気道確保・アンビューバックによる人工呼吸と酸素投与が行われていたが、到着時は、無呼吸、深昏睡、瞳孔は両側散大、対光反射は消失していた。
 以後、循環呼吸管理により血圧は維持できたが、深昏睡、瞳孔散大、対光反射消失が続き、自発呼吸もなかった。頭部CTでは右側頭・頭頂葉内出血と診断され、深昏睡及び無呼吸が持続した。
 7月25日13:50当該病院では臨床的脳死と診断し、23:56第一回法的脳死判定を終了し、約6時間後に第二回脳死判定を行って、26日8:20に第二回法的脳死判定を終了している。

以下に要約するように、本症例は脳死判定対象例としての前提条件を満たしている。

 1)  深昏睡及び、無呼吸で人工呼吸を行っている状態が継続している。
 7月23日当該病院救急外来到着以前から気管挿管、用手人工呼吸が行われ、来院後22:15からは機械的人工呼吸が開始されている。以後、深昏睡で人工呼吸が継続され、機械的人工呼吸開始から臨床的脳死の診断開始までに約36時間55分経過している。

 2)  原因、臨床経過、症状、CT所見から、原疾患が確定されている脳の一次性・器質性病変であることは確実である。

 3)  診断・治療を含む全経過から、現在行い得る全ての適切な治療手段をもってしても、回復の可能性が全くないと判断される(1「初期診断・治療に関する評価」参照)。

(2) 臨床的脳死診断及び法的脳死判定について
 1)臨床的脳死診断
〈検査所見及び診断内容〉
検査所見(7月25日11:10から13:50まで)
 体温:35.8℃ 血圧:93/48 mmHg 心拍数:103/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右7.0mm 左7.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
施設における診断内容
 以上の結果から臨床的脳死と診断して差し支えない。

 (1) 脳波について
 25日(12:10〜12:30)に行われた脳波の電極配置は、国際10-20法のFp1、Fp2、C3、C4、O1、O2、T3、T4、A1、A2、Czで、記録は単極導出(Fp1-A1、Fp2-A2、C3-A1、C4-A2、O1-A1、O2-A2、T3-Cz、Cz-T4)、双極導出(Fp1-C3、Fp2-C4、C3-O1、C4-O2、Fp1-T3、Fp2-T4、T3-O1、T4-O2)とで行われている。心電図と頭部外導出によるモニターは同時に行われている。心電図が重畳しているが判別は容易である。脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

 (2) 聴性脳幹反応について
 I波を含むすべての波を識別できない。

 2)法的脳死判定
〈検査所見及び判定内容〉
検査所見(第1回)   (7月25日21:27から23:56まで)
 体温:36.1℃ 血圧:91/44 mmHg 心拍数:103/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右7.0mm 左7.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト:陽性
(開始前) (1分後) (2分後) (3分後) (終了時)
   PaCO2(mmHg) 38 49 61 73
   PaO2(mmHg) 192 476 302 300
   血圧(mmHg) 95/43 122/82
   SpO2(%) 99 100 100 100
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
検査所見(第2回)  (7月26日6:02から8:20まで)
 体温:34.7℃ 血圧:196/120 mmHg 心拍数:101/分
 JCS:300
 自発運動:なし  除脳硬直・除皮質硬直:なし  けいれん:なし
 瞳孔:固定し瞳孔径 右7.0mm 左7.0mm
 脳幹反射:対光、角膜、毛様体脊髄、眼球頭、前庭、咽頭、咳反射すべてなし
 脳波:平坦脳波(ECI)に該当する(感度 10μV/mm、感度 2μV/mm)
 無呼吸テスト:陽性
(開始前) (1分後) (2分後) (3分後) (終了時)
   PaCO2(mmHg) 40 47 57 64
   PaO2(mmHg) 166 583 547 518
   血圧(mmHg) 94/53 112/74
   SpO2(%) 99 100 100 100
 聴性脳幹反応:I波を含むすべての波を識別できない
施設における判定内容
 以上の結果より、第1回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(7月25日23:56)
 以上の結果より、第2回目の結果は脳死判定基準を満たすと判定
(7月26日8:20)

 (1) 電気生理学的検査について
ア)脳波
 第一回法的脳死判定
   7月25日(22:20〜23:06)に記録されており、臨床的脳死判定時の脳波記録と同条件である。心電図が重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。
 第二回法的脳死判定
   7月26日(6:38〜7:31)に記録されており、臨床的脳死判定時の脳波記録と同条件である。心電図・脈波ならびに静電誘導のアーチファクトが重畳しているが判別は容易である。30分以上の記録が行われているが脳由来の波形の出現はなく、平坦脳波と判定できる。

イ)聴性脳幹反応
 臨床的脳死判定・法的脳死判定(第一・第二回目)のいずれにおいても、I波を含む全ての波を識別できず、無反応と判定できる。

 (2) 無呼吸テストについて
 呼吸テストは二回とも必要とされるPaCO2レベルを得ており、血圧、SpO2にも影響はなかった。

 (3) まとめ
 本症例の脳死判定は、脳死判定承諾書を得た上で、指針に定める資格を持った専門医が行っている。法に基づく脳死判定の手順、方法、結果の解釈に問題はなく、結果の記載も適切である。
 以上から本症例を法的に脳死と判定したのは妥当である。


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