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第1章 救命治療、法的脳死判定等の状況の検証結果

1.初期診断・治療に関する評価

(1)脳神経系の管理について
(1)診断の妥当性
 頭痛を主訴として他院を受診し、CT検査にてくも膜下出血が疑われたために、平成12年10月23日に来院した。
 来院時意識レベルはJCS20で四肢麻痺を認め、CT上橋前槽に高度で、迂回槽、四丘体槽等に拡がるくも膜出血と第4脳室、第3脳室内の出血を認めた。CT所見から脳動脈瘤破裂、特に椎骨動脈瘤破裂を疑い脳血管撮影を施行した。左椎骨動脈撮影は椎骨動脈へのカテーテル挿入ができなかったため施行していないが、他の部位には脳動脈瘤、脳動静脈奇形などの出血源となる疾患は見いだせなかった。
 そのため、脳血管撮影後に3次元CT血管撮影を施行したが、左椎骨動脈が後下小脳動脈分岐部より末梢で造影されないという所見が認められたのみで、出血源を示す所見は得られなかった。出血源が不明なため、10月24日及び10月30日に脳血管撮影、10月25に頚部MRIを追加施行しているが、出血源を示す所見は得られなかった。
 以上のように、本症例では出血源を確定すべく脳血管撮影を時期を変えて3回施行し、3次元CT血管撮影、頚部MRIも行っている。したがって、くも膜下出血の原因検索に必要な現在考えられる全ての検査を行っており、出血源の同定ができなかったことはやむをえない。
 事実、本症例では剖検により左椎骨動脈閉塞を伴った血栓化左椎骨動脈瘤が認められており、この所見は主治医が検査結果から予想していた所見であり、また諸検査を行っても出血源の同定は不可能であったことを示している。
 さらに臨床症状の変化が認められた時にはCT検査を随時行っており、意識レベルが低下した10月27日にはCT検査上水頭症の存在を認め腰椎ドレナージを施行した。10月30日には、一旦改善した頭痛と片麻痺が出現し、血性の髄液が流出したため再出血と診断されたが、CT検査上は新たなくも膜下出血を認めなかった。
 さらに突然の呼吸停止、意識レベルの低下(昏睡)及び瞳孔散大を認めた11月3日にもCT検査を施行してくも膜下出血及び脳室内出血の再出現を認め、脳動脈瘤の存在部位は不明ながら3回目の出血が生じたことを確認している。
 以上のように、本症例における診断法の選択、及び施行時期は適切であり、診断は妥当である。

(2)保存的治療を行ったことの評価
 前項(診断の妥当性)で述べたように、本症例では、諸検査にも関わらずくも膜下出血の原因を同定することができなかったため、手術を行っていない。しかし、検査所見から椎骨動脈瘤破裂によるくも膜下出血を疑い、再出血予防の目的で、不穏状態に対し鎮痛剤(ミダゾラム)を投与し、血圧コントロールのために降圧剤(ペルジピン)を投与している。さらに頭蓋内圧上昇に対し脳圧下降剤(グリセオール)の投与と腰椎ドレナージを行い、脳血管攣縮予防のためにエリル、低分子デキストランを投与している。
 以上の治療を行いつつ脳血管撮影を繰り返し行って、出血源が同定できた場合に手術を施行するとした判断は妥当であり、再出血予防、頭蓋内圧コントロール及び脳血管攣縮予防のために行われた治療法も病態に応じ適切に行われている。また、11月3日の3回目の出血後には自発呼吸停止、深昏睡、瞳孔散大が認められたため、循環、呼吸管理を治療の中心とした判断も妥当である。

(2)呼吸器系の検査治療について
 意識障害で来院後、意識レベルはII-20程度であったが自発呼吸は維持されており、酸素投与がなされた。その後いびき呼吸や舌根沈下が観察された時には、一時的にエアウエイで気道が確保されている。気管内挿管の適応に関しては、気管チューブの刺激で血圧や頭蓋内圧が不安定になる可能性、意識レベル等を考慮すると、あえて気管内挿管を行う必要はなく本気道確保で妥当である。
 血圧コントロールと不穏状態に対して鎮静剤ミダゾラムが持続投与されていたが、呼吸は身体所見観察、呼吸様式と呼吸数の観察、経皮的酸素飽和度(SpO2)、動脈血ガス分析検査でモニターされていた。妥当な治療と経過観察がなされていたと考えられる。
 11月3日の突然の意識レベル低下と呼吸停止では、気管内挿管で気道確保され酸素を用いた人工呼吸が施行された。その際の人工呼吸器の設定(FiO2 0.45, TV 500 ml, RR 14 /min)は、成人女性に対する初期設定として妥当な値である。また、経皮的酸素飽和度測定で経時的にモニターされ、動脈血ガス分析結果のpH 7.460, PaCO2 31mmHg, PaO2 134 mmHg, BE -1.0 mMは頭蓋内圧亢進に対する過換気療法としても妥当な値であった。
 意識障害や鎮静に伴う誤嚥性肺炎に対して、呼吸状態や喀痰の観察、口腔内清浄化や体位変換、肺理学療法、単純X線検査が施行されていた。10月27日には 39℃台の発熱と末梢血白血球数増加11300/μlがみられたが、投与されていたペニシリン系抗菌剤(ユナシンSR)は誤嚥性肺炎に対するものとして適正な選択であった。しかし、その後も発熱や白血球増加は持続しており、変更された第3世代セフェム系抗菌剤(ロセフィンR)も妥当な選択である。
 10月30日の咽頭粘膜からの細菌検査でMRSAが検出されたが、これが肺炎の起炎菌であったかどうかは明らかではない。いずれにしても病状の推移に大きく影響した可能性は少ない。

(3)循環器系の検査治療について
 血圧・脈拍・尿量・水分バランス等が来院時から定時的にモニターされ安定した状態が維持されており、妥当な経過観察と治療がなされていたと考えられる。血圧上昇は、降圧剤ニカルジピンと鎮静剤ミダゾラムでコントロールされていた。入院後の輸液量及び、中心静脈栄養輸液の選択も妥当であり、尿量も適正に維持されていた。11月3日以降の血圧低下に対してドパミンとドブタミンさらにはノルアドレナリンで血圧が維持されている。さらには血漿製剤で細胞外液が補充されており、高Na血症の状態であったことを考慮すると、これ等は妥当な治療であったと考えられる。

(4)水電解質の検査治療について
 来院時より頭蓋内圧亢進を予防するため、ゼロから負に近い水分バランスを維持する輸液療法が緻密に行われている。尿量増加に対しては輸液量を増加させ対処している。10月27日以降には尿量が著増しているが、これは頭蓋内圧管理のためのグリセオールあるいは脳血管れん縮予防のための低分子デキストラン投与に伴う多尿、さらに脳障害、水頭症等に伴う中枢性尿崩症の疑いが想定され、これに対しては水分バランスを維持すべく輸液を追加し対処している。11月3日の血圧低下後の生化学検査で、Na 149 mM、K 3.5 mM、Cl 115 mMと高Na、高Cl血症がみられた。その原因は中枢性調節機能障害等、重症患者に一般的にみられる異常と思われる。11月4日以降1日7316mlと多量輸液がなされているが、これは、高Na血症を補正するため、主に5%ブドウ糖液を中心に輸液を投与したためで、妥当な治療であったと考えられる。この高Na血症は、治療に抵抗して持続しているが、予後に大きな影響を与えたとは考え難い。

(5)全体的な評価
 本症例は、後頭蓋窩のクモ膜下出血で意識障害をきたして入院し、保存的治療を行った。入院当初は意識レベルが保たれていたが、入院12日目に3回目の出血で重症脳障害に至った。これに対し呼吸、循環、水・電解質等全身管理は、適正に行われていた。特に、3回目の出血を起こしたと思われる11月3日以降も水・電解質異常の治療も含め適正な全身管理が充分なされたと思われる。


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