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田中誠二先生追悼論文集『企業の社会的役割と商事法』
703頁ー718頁(経済法令研究会、1995)より

規制緩和と消費者法の課題
− 消費者取引における自己決定と自己責任

松本恒雄 一橋大学教授

  一 はじめに

 行政改革は、過去数年めまぐるしく変わった歴代内閣の最重要課題の一つとされてきた。そして、規制緩和は、国営企業の民営化、特殊法人の統廃合などと並んで行政改革の一環として位置づけられている。
 平成五年一一月八日に、経済改革研究会(平岩外四経団連会長を座長としたいわゆる平岩委員会)が当時の細川首相に提出した規制緩和についての中間報告では、公的規制を需給調整の観点から行われる経済的規制と安全・健康の確保、環境の保全、災害の防除などの社会的観点から行われる社会的規制に分けている。中間報告は、前者の意味での参入規制、設備規制、輸入規制、価格規制については「原則自由・例外廃止」を基本として、できるだけ速い時期に廃止することを求めている。後者の社会的規制については、「自己責任」を原則に、本来の政策目的に沿った必要最小限な規制内容とし、その透明な運営を行なうことを求めている。とりわけ、消費者保護との関係では、「消費者保護のために行われる規制は、自己責任原則を重視し、技術の進歩、消費者知識の普及などを踏まえ、必要最小限の範囲、内容にとどめる」、「安全・環境保全の見地から行われる規制も同様最小限にとどめる」とし、また、製造物責任との関係では、「基準認証は、製造物責任の制度化と併せて可能な限り自己認証制度に移行する」としている。このような立場は、その後の政府においても基本的に受け継がれている(1)。
 なぜ規制緩和が必要かについて、同中間報告は、企業に対する新しいビジネスチャンスの提供、雇用の拡大、消費者にとっては多様な商品・サービスの選択の幅の拡大、内外価格差の縮小などを挙げ、規制緩和が「内外を通じた自由競争を促進し、わが国経済社会の透明性を高め、国際的に調和のとれたものとする」と指摘している。要するに、一番重要なのは、自由競争の促進ということであり、それが結果として、わが国の経済社会の透明性を高め、すでに透明性の高い先進諸国の経済社会と調和のとれたものになるであろうということである。
 消費者の利益は、基本的には、安全で品質のよい商品やサービスを安価に提供されることにあるから、自由競争の促進は同時に消費者の利益でもあるはずである(2)。しかるに、政府の規制緩和の方針に対して、消費者団体側には、規制緩和によって消費者の利益がおびやかされるとして反対する声が大きい。わが国の消費者団体の従来の取り組みには、ある消費者問題の発生に対して政府による規制の強化を求めるというスタイルが多かった。そのため、規制強化=消費者保護、規制緩和=消費者保護の後退という硬直的な発想を払拭しきれていないきらいがある。しかし、規制といっても種々のものがあり、一律に判断するわけにはいかない。その上、政府による規制に依存した消費者運動は、消費者の真の自立を妨げる危険性をはらんでいる。
 そこで、本稿では、規制緩和と消費者保護の問題について、消費者取引における自己決定と自己責任という近代市民法の基本原則との関連において検討したい。

 二 「規制」の諸相

1 経済的規制と社会的規制

 右の平岩委員会の中間報告では、公的規制が経済的規制と社会的規制に分けられている。消費者団体側の規制緩和に対する危惧は、消費者保護や安全のための社会的規制の緩和に対する不安感に基づいている。
 ところで、各種の規制を右の二種の規制のいずれに分類するかは明確でない場合が多い。たとえば、書籍の再販売価格維持制度の場合において、書籍を通しての全国への文化の普及を促進するためという目的が掲げられ、価格競争を制限するための正当化が行われるように、経済的規制であっても社会的規制の外観がかぶせられているのが普通である。経済的規制であることを赤裸々にして行われている規制は、少ないものと思われる。正当な社会的目的の存在しないような公的規制は撤廃されるのが当然ながら、社会的目的を標榜する規制であっても、それによって犠牲にされる利益と対比することによってその目的の優位性の有無を問うとともに、目的自体は適切であっても目的達成に役立っていないもの、目的達成のためにより効果的な別の手段のあるものについては撤廃する必要がある。
 前述のように規制緩和の目的が自由競争の促進にあると考えると、独占禁止法による規制は、自由な競争を促進させるための規制であり、経済的規制にも社会的規制にも分類されない第三のタイプの規制として独自の意味をもつ(3)。そのため、平岩委員会の中間報告でも、規制緩和の効果を高めるために独占禁止法の厳正運用の徹底が求められている。
 さらに、同中間報告では、これに加えて、規制緩和を促進するために製造物責任制度を含む総合的消費者被害防止・救済制度の確立、金融・証券・保険における自己責任を重視した競争原理の徹底をはかるためにディスクロージャーの徹底も求められている。ここで独占禁止法と並んで挙げられている製造物責任制度とディスクロージャーは、自由競争を促進するためのインフラストラクチャーとして共通の役割を有している。製造物責任制度は、同中間報告でも自己認証制度への移行という規制緩和とのからみで挙げられており、それ自身が規制であるとは意識されていないが、被害を受けた消費者による事後的な規制(後述の民事規制)であり、被害救済という私的目的とともに、安全性を軽視する製造業者に市場外のコストを課すことによって競争条件を確保するという競争政策的側面も有している(4)。
 また、平岩委員会の中間報告では、ディスクロージャーも規制とは考えられていない。たしかに、対契約相手方向けのデイスクロージャーが行政の許認可の要件ではなく、企業倫理の問題としてとらえられている限りは、規制とは無関係である。しかし、取引相手の事業者の経営内容や契約内容を十分に知らされるということは公正な競争にとっての基本的条件であり、また、取引当事者に当該取引から生じる損失を負担させるという意味での自己責任を求めるための前提でもある。その意味では、開示された内容が不実であったり、不十分であったりした場合には、行政的制裁が課されたり、あるいは、取引の相手方からの損害賠償や契約の解除といった民事規制が可能となるように、(事後的)規制として強化する方向が必要である。
 したがって、自由で公正な競争の確保という点では、規制緩和と並んで規制強化の必要な事項もあることが明らかである。もっとも、これらの強化されるべき規制の多くは、行政改革論議の中で主として念頭におかれている許認可的事前規制とは異質である点に注意が必要である。そこで、次の23では、多様な意味で用いられる「規制」という用語を、消費者行政との関係で、規制主体と規制手法、規制の時期によって分類し、経済的規制と社会的規制という枠組みとは別の枠組みにおいて検討する。

2 規制の主体による分類

 規制をある事業者の自由に対する他者からの何らかの制限であるとすると、理念的には、規制主体別に、行政規制、自主規制、刑事規制、民事規制の四タイプが考えられる。
(1)行政規制
 行政規制の多くは、業界育成のための業法の中に消費者保護のための特別の規定が入れられ、当該業界を所管する官庁がその施行を担当している。たとえば、証券取引については証券取引法(大蔵省所管)が業者の免許や行為規制を行い、不動産の仲介については宅地建物取引業法(建設省所管)が業者の免許や行為規制を行い、割賦販売については割賦販売法(通産省所管)が割賦購入あっせん業者の登録や書面交付義務を定めている。クレジットカードで商品を購入して分割払いをする場合は、割賦販売法が適用されるが、同じカードでキャッシングをする場合はローン契約となって貸金業法(大蔵省所管)が適用され、大蔵大臣または知事への登録が必要で、取立行為の規制を受ける(5)。
 行政規制には、特定の業界を所管するのではない官公庁・独立行政委員会・オンブズマン・準司法機関等による規制の場合もある。わが国でいえば、公正取引委員会による規制や、地方自治体の消費者行政担当課による規制(調査や指導のみで権限は弱いが)がある。
 規制の内容としては、そもそも一定の取引をするにあたって免許・許可・認可を必要としたり、特定の資格の取得者が事業主体であることや雇用されていることを要件とする参入規制、製造や取引行為にあたっての基準や遵守事項を定める行為規制の二タイプが主流である。
 違反に対する制裁の種類としては、主務大臣による指示や業務の停止命令、公正取引委員会による排除命令、免許や資格の更新の際の拒絶といった強い措置がとれることになっているものが多いが、これらの発動自体は希である。民事罰や課徴金の納付といった金銭的制裁が課される場合もあるが、経済的な意味での抑止力をもつに足る額が課されないのが普通である。このような明確な法規に基づき違反に対する制裁が明定されているハードな規制とは別に、行政機関の設置法などに基づく違反に対する制裁の定めがない行政指導によるソフトな規制もある。地方自治体の消費者保護条例違反の場合には、事業者名の公表程度の制裁しか規定されておらず、事業活動を禁止されるわけではないが、実質的にはハードな規制に近い作用を営む可能性もある。
(2)自主規制
 自主規制は、個別企業や業界単位で安全基準を定めたり、行為準則を定めたり、モデル契約書を定めたりすることによって行われる(6)。
 自主規制には、法規の裏付けのあるもの、行政指導にもとづいて行われるもの、自発的に行われているものなどがあり、それぞれ行政規制との関連性に濃淡の差がある。たとえば、景表法に基づく公正競争規約、証券・商品取引所の受託契約準則、旅行業標準約款などは、いずれも法規のバックアップを受けた自主規制であり、違反に対しては、なんらかの形で行政規制が発動されることになる。
 これに対して、たとえば、最近エステティック研究財団によって制定されたエステティックサロンの標準契約書約款や(社)全国学習塾協会によって制定された自主規制規約は、行政指導によるものではあるが、違反に対する行政規制のバックアップはなされていない(7)。このような場合、自主規制は、結局は、事業者のモラルに依存するわけであるから、その実効性は、自主規制機関への事業者の加盟率、自主規制機関の能力や権限、自主規制機関メンバーのモラルの高さなどに依存することになる。
 自主規制の主体としては、個々の事業者、事業者団体、事業者と消費者その他を含めた独立機関などがある。事業者団体による自主規制は、運用しだいでは、競争制限の結果となるおそれもある。また、自主規制は、基準が妥当かどうか、運用は適正に行われているかどうかを外部からチェックする制度によって補完されなければ、不十分に終わるおそれがある。
 先進諸国のうちでは、イギリスが、自主規制中心でうまくいっていると言われている(8)。
(3)刑事規制
 刑事規制は、行政法規中の安全規則違反や禁止行為違反に対する罰則規定を適用して行われる場合や、独自に刑法を適用して行われる場合がある。前者の場合は、マルチ商法の摘発に見られるように、訪問販売法中の書面交付義務違反などの形式違反で摘発する事例が多い。これは、有罪の証拠の収集の容易さとも関連している。刑事規制の抑止効果はきわめて大きいが、悪質で社会に与える影響が大きい場合に限られる。
(4)民事規制
 民事規制とは、規制を当該事業者以外の競争事業者や取引の相手方たる消費者といった私人による執行に委ねるもので、このような私人が規制のイニシアティブをとるためには司法手続を利用しなければならないから、司法的規制とも呼ばれる。規制の内容としては、被害者に取消権や解除権、損害賠償請求権を与えて間接的に不当な事業活動を抑止する方法と、差止請求権を与えて直接的な抑止を認める方法とがある。
 民事規制の典型例は、不正競争防止法による競争事業者の差止訴権や損害賠償訴権である。不正競争防止法は、一九九三年の全面改正によって、不正競争とされる行為類型の整備拡充がはかられたが、訴訟を提起する権限を事業者団体、個々の消費者、消費者団体へも拡大するという案は採用されなかった。消費者保護にかかわる不正競争において競争事業者が訴訟を提起した事例は過去において一件を数えるのみであり、このままでは民事規制としての実効性は期待できない。この点で、ドイツでは、一定の消費者団体にも訴権が認められている。また、アメリカの州法では、損害賠償についてクラスアクションが認められ、被害にあった州民を代表して損害賠償訴訟を起こす権限(父権訴訟)が州の司法長官に与えられていることが多い。FTCにも類似の訴訟権限がFTC法上で与えられている(9)。
 わが国では、消費者を主体とした民事規制を許す法規はあまり存在しない。クーリングオフ(訪販法六条)や損害賠償額の制限(割販法六条)、抗弁の対抗(同三〇条の四)、瑕疵担保特約の制限(宅建業法四〇条)といった業法中に含まれている消費者保護目的の私法規範が活用されているが、適用範囲は限定される。そのため、判例・学説は、民法の一般条項である信義則(一条二項)や公序良俗違反(九〇条)、「契約締結上の過失」理論を活用し、あるいは法律行為の瑕疵に関する規定(九三条以下)を消費者取引の実態に即して解釈適用するという方向で努力している(10)。
 このような中で、一九九四年六月に成立し、一九九五年七月一日から施行されている製造物責任法は、欠陥製品事故の被害者に製造者に対する損害賠償を請求する権利を与え、事故の費用を加害者に負担させることによって加害行為を間接的に抑止しようとするもので、消費者による民事規制を許す法規として重要である(11)。

3 規制時期による分類

 事業者に規制が課される時期については、ある事業活動を行う前に課される事前規制と、行った事業活動が違法、不当、不正であった場合に課される事後的規制とに大別される。参入規制は、必然的に事前規制である。行為規制は、事業者がそれを遵守しようと意識する限りで事前規制であるが、行為規制に違反した場合に何らかのサンクションが科されるという側面では、事後的規制ということになる。サンクションの主体やその内容如何によっては、事前規制的色彩の強い行為規制になる場合もあれば、事実上事後的規制としてしか機能しえない行為規制もある。
 一般に監督官庁による行政規制は、事前規制として行われることが多い。そして、行政改革の一環としての規制緩和の動きでもっぱら対象とされているのは、この行政による事前規制である。同じ行政規制でも、公正取引員会による規制は、合併や営業譲渡の届出の場合を除き、事後的規制である。自主規制は、事前規制的にも、事後的規制的にも働く。刑事規制はことがらの性質上事後規制のみである。民事規制は、差止が認められない限り、事後的規制としてしかなしえない。

  三 消費者取引における自己決定と自己責任

 近代市民法の原則によれば、取引が当事者の自由な判断に基づいて行われた以上、結果としてそれによって不利益をこうむったとしても当事者が甘受しなければならない。契約法の基本原則である私的自治、意思自治、契約自由といった考え方は、当事者を拘束するのはその当事者の自由な意思であり、いったん自由な意思に基づいて契約を締結した後は、ごく限られた場合にしか契約の拘束力から一方的に逃れることはできないことを意味している。ドイツ法でよくいわれている自己決定(Selbstbestimmung)に基づく自己責任(Selbstverantwortung)である。
 その反面、近代市民法は、自由な意思に基づかない契約については、錯誤、詐欺、強迫などの意思表示の瑕疵を理由とする無効や取消を認め、そのような瑕疵ある意思表示に基づく契約の拘束力を否定することを許している。正当な自己決定があったとはいえないから、自己責任を問えないということである。したがって、その限りでは、前述の平岩委員会の中間報告が取引の当事者の自己責任を強調しているのは、近代市民法として当然のことを確認しているにすぎない。
 しかし、近代市民法から現代市民法への転換において、自己決定と自己責任の内容に変化が現れている。たとえば、売買契約における、「買主注意せよ」の原則から「売主注意せよ」の原則への転換がその一例である(12)。「買主注意せよ」とは、売主としては虚偽のことを言ったり、欺罔行為を働くのはよくないが、商品の品質・内容を積極的に説明・開示する必要はなく、不良品をつかませられないように買主の方で用心しろという意味で、買主の自己責任、消費者取引においては消費者の自己責任のみを強調する考え方である。その後、大量生産、大量宣伝、大量消費の時代になり、事業者と消費者との間の情報・知識の差が顕著になると、売主に黙示の保証責任や社会的品質を基準とした瑕疵担保責任を課したり、あるいは商品の品質・内容・取引条件について積極的説明義務や開示義務を課すという考え方が有力になってきた(13)。すなわち、売主の側の自己責任の強調である。
 このように、取引における自己責任は、売主・買主、事業者・消費者の両当事者について問題になるが、時代によって重点が変わってきている。現代においては、買主(消費者)に自己責任を負わせる前提として、売主(事業者)の説明義務や情報提供義務が強調されており、結果として売主の側の自己責任が以前より相対的に重くなってきている。
 ところで、消費者の自己責任とは、ある結果に対して、消費者が事業者に法律上の責任を問えないことの裏返しの表現でもある。たとえ、事業者の自己責任が強調されるようになったとしても、それを実現するための法的手段が整備されていなければ、結果的に消費者の自己責任のままで終わってしまう。そもそも、消費者取引において、消費者保護のために行政規制がなされるのは、消費者の自己責任のままに放置しておくことが望ましくないという判断があったからのはずであり、規制を緩和して自己責任の原則を重視するということが、消費者の自己責任にのみ逆戻りしてしてしまうのならば、消費者保護の理念の放棄になる。自己責任の原則の重視には、事業者の自己責任を追求するための手段を消費者に与えることも含まれていなければならない。
 このように考えてくると、平岩委員会の中間報告のいう「規制緩和と自己責任原則の重視」とは、「行政規制中心主義から民事規制の重視への転換」ということを意味していることになる。
 以上は、契約法について述べたのであるが、不法行為法においても近代法から現代法へ類似の展開をとげている。すなわち、加害者(事業者)の責任を過失のある場合にのみ限定し、結果として被害者(消費者)の自己責任となる領域を広く認めていた過失責任主義から、加害者の自己責任の成立する範囲を拡大する無過失責任主義への転換がそれである。製造物責任法における過失責任から欠陥責任への転換もこの一種と見ることができる。

  四 消費者利益の実現と規制

 わが国では、今までのところ、規制というと行政規制プラス自主規制というやり方が主流である。そして、規制緩和論の中で対象とされている規制は、行政による事前規制であった。たしかに、監督官庁による規制がうまく働けば効果的であることは否定できない。しかし、すべての事業について監督官庁があるわけではないし、すべての経済活動について行政が事前にチェックすることも不可能である。これでは、次々と生じてくる消費者問題を後追い的に、しかも不十分な形で処理することしかできない。また、官僚と既存業者の癒着から、消費者保護を名目とした規制が、競争制限的に濫用される危険性もある。そこで、このような監督官庁による行政規制の欠点を補い、濫用の危険性を避けるためには、民事規制や行政規制の中でも一般規制をもっと活用すべきである(14)。

1 民事規制の活用

 現代社会は企業の経済活動を中心とした社会であり、企業は営利を目的とした組織体であるから、正当な手段で利潤をあげること自体は否定されるべきではないが、そこには企業が経済社会で活動するにおいて守るべき企業倫理がある。監督官庁をはじめ、企業の株主、監査役、労働組合、メインバンク、マスコミなどには、企業の倫理からの逸脱を監視し、警告する機能が期待されている。しかし、これらがほとんど機能していないことは、最近の東京の信用組合理事長による乱脈融資事件からも明らかである。
 右のような企業に対する各方面からの監視機能の一つとして、事業者と直接あるいは間接的に契約関係に立つ消費者からの監視が考えられる。そのためには、消費者が、単に市場において製品を選択するという受動的な位置に押し留められるだけではなくて、危険な製品や悪質・欺瞞的な商法を排除するために積極的に行動することができるようにすることが必要である。不幸にして消費者に被害が生じた場合には、その損害賠償の請求を可能にすることによって、外部不経済を内部経済に組み込ませ、事業者として悪質なことを行って利潤を挙げても、損害賠償として全額掃き出させられ、不公正なことをしても得をしないというメカニズムを消費者のイニシアティブで実現できるような仕組みを作っていく必要がある。
 また、個々の企業や業界団体による自主規制をうまく機能させるためにも、消費者による民事規制が不可欠である。
 ただし、消費者個人には、経費的にも能力的にも訴訟は期待できない上に、消費者被害の多くは、集団としての消費者に及んでいるものであるので、消費者団体に訴訟遂行権を与えることを考慮する必要がある(15)。たとえば、ドイツの消費者団体は、国から財政援助を受けたうえで、不正競争防止法や約款規制法に基づく差止訴訟を起こしている。これは、行政当局が行政的な観点から規制をかけるよりは、民間レベルの消費者団体に任せて規制させる方が効率的であり、そのための経費は行政のコストを削減してまわせばよいという見方が背景にあるのではないかと想像される。国民の税金を原資とした国の資金を、行政官庁が規制のための経費をかけて人員を配置してやるのがいいのか、それとも消費者団体に補助金として与えて活動させ、民間レベルで活動させて、質の悪い事業者を淘汰していくのがいいのかという選択の問題である。
 このような民事規制の活用論に対しては、行政規制の役割を低くすれば行政のコストは下がるが、消費者の権利行使をめぐる民事裁判が増えるから、裁判所のコストが増大し、裁判という非効率的な方法のために結局国にかかるコストは行政規制によるよりも大きくなるのではないかという批判が予想される。しかし、裁判を通じての民事規制(司法的規制)は、監督官庁による行政規制よりもはるかに公開されており、透明度の高いものであるから、平岩委員会の中間報告でも指摘されている「透明度の高い経済社会」を実現するために必要なコストとして多少の増加はやむをえないと考える。また、実際のところ、すべての消費者クレームが裁判になるわけではないから、消費者に具体的権利を与えたとしても、裁判所が対応できないほど事件が殺到することはないであろう。おそらく、交通事故の被害者救済において経験されたように、しかるべき権利のバックアップを受けた裁判外の交渉でかなりのクレームは解決するであろうから、現実には裁判のコスト増大にはつながらないと思われる。

2 一般規制の活用

 消費者保護基本法によれば、消費者保護のために国がとるべき具体的施策として、危害の防止、計量の適正化、規格の適正化、表示の適正化、公正自由な競争の確保、消費者啓発・教育の推進、消費者の意見の反映、試験・検査施設の整備、苦情処理体制の整備が列挙されている。これらの諸事項のうち、危害の防止、計量の適正化、規格の適正化、表示の適正化、公正自由な競争の確保が規制と関係しているが、計量の適正化、規格の適正化、表示の適正化の三つは、必ずしも参入規制型の事前行政規制を必要としていないように思われる。行政規制を行うにしても、行政としては行為基準のみを提示しておいて(ルール設定)、ルールが遵守されているかどうかだけを監視し、ルールからの逸脱があれば、個々の消費者や消費者団体からの通告に基づいて制裁を課すという事後的一般規制でも十分な場合が多い。
 次ぎに述べるような特別の理由から事前規制の要請される場合を除いて、事業者が公正な競争のルールから逸脱したときにはじめて、行政的制裁を課したり、消費者による民事責任追及を認める法整備を進める方が、自由な競争の促進の点でも、行政のコストの点でも、また、消費者の自立を促進する点でも望ましいと思われる。

3 消費者のために必要な規制

 消費者の利益は、基本的には、安価で品質のよい多種多様の商品・サービスを得る機会が与えられることによって実現されるものであり、自由な競争のめざすところと同一であることは冒頭で指摘した。このような自由な競争を抑制してでもなされるべき消費者保護のための行政規制は、次のような三つの場合になお必要であると考える。
 第一は、消費者の自己責任の前提としての事業者の開示規制である。前述の平岩委員会の中間報告でも、金融・証券・保険における自己責任を重視した競争原理の徹底をはかるためにディスクロージャーの徹底が求めらている。事業者の経営内容や契約内容・条件、商品のデメリット、取引のリスクなどを取引相手に十分に知らせることは、消費者に自己責任を負わせる前提であるから、金融関係以外の取引においても必要である。
 第二は、公正で自由な競争を促進するための規制である。これを実現するための独占禁止法や不当表示防止法による規制は一層強化される必要がある。
 第三は、自由競争にまかせておくことが消費者に回復不可能な被害を及ぼすおそれがある場合の規制である。欠陥製品やずさんなサービスによって生命や身体が侵害された場合、たとえ後で賠償金が支払われても、被害者にとってはとりかえしがつかない。製造物責任制度は公的な安全規制に完全に代替できるものではなく、行政による安全規制と車の両輪の関係にある(16)。また、有料老人ホームの倒産などのように、高齢者に高額の金銭的被害が生じた場合も、回復不可能になりがちである。このように、競争メカニズムによる将来の是正や損害賠償責任の追及による損失の回復を待つことに意味がないような場合に、行政による事前の規制が求められる。
 ただし、これらの消費者の利益のために必要な規制であっても、規制のためのルールを明確にし、不透明な運用によって経済規制に利用されないように行政を監視する必要がある。

  五 むすび

 消費者取引の分野で自由な競争を許すと消費者に不利益が生じるおそれがあるとして公的規制を課すことは、消費者に対する行政のパターナリズムである。したがって、公的規制が競争を阻害する結果となる場合には、それは不可逆的な損害が消費者に発生するおそれがある場合、他に効果的な抑止方法がない場合などに限定されるべきである。
 規制のためのシステムとしては、一般的には、次のような三面的な構造をとることが望ましいと思われる。すなわち、監督官庁による社会的規制(危害の防止中心)と、公正競争維持を目的とした官庁(公正取引委員会など)による一般的行為規制と、消費者・消費者団体による民事規制とである。それぞれが異なった観点から一部重複的に規制を行うことが消費者被害の効果的抑止につながる。
 本稿では、右のような規制の三面的構造の中で、民事規制の強化の必要性を強調してきたが、それには消費者ないし消費者団体が規制主体として行動できるだけの情報と能力と資金力とを備えていることが前提となる。残念ながら、現在の消費者および消費者団体にはこれらは十分備わっているとはいえない。行政に期待されている役割の一つは、消費者および消費者団体を民事規制の主体として耐えられるまでに育成し、援助することである。そのための法の整備という点では、製造物責任法が制定された現在、情報公開法の制定が次の大きな課題である(17)。


(1) たとえば、平成六年七月五日の閣議決定「今後における規制緩和の推進等について」や、最近では平成七年三月三一日の閣議決定「規制緩和推進五カ年 計画」。
(2) ただし、本間重紀「規制緩和の基本的考え方」ジュリ一〇四四号二八頁(一九九四年)は、このようなテーゼに根本的な疑問を提起する。
(3) この点について、正田彬「規制緩和と国民生活」ジュリ一〇四四号三六頁、金子晃「規制緩和と独禁法」ジュリ一〇四四号四三頁(一九九四年)参照。なお、舟田正之「公益事業の規制緩和」ジュリ一〇四四号一〇六頁は、社会的規制を「競争にとって中立的な規制」と位置付けている。
(4) この点については、松本恒雄「市場経済における消費者私権と企業責任」ビジネスレビュー四〇巻三号三〇頁(一九九三年)参照。
(5) 消費者信用の法規制の問題については、松本恒雄「クレジット社会と消費者問題」都市問題研究四四巻一〇号三頁(一九九二年)、同「包括的消費者信用法制」月刊消費者信用一二巻二号一四(一九九四年)参照。
(6) 自主規制についての一連の研究として、長尾治助「公正競争規約の規範性」立命館法学二一五号、同「不動産取引の自主規制」民商一〇五巻三号二七九頁(ともに一九九一年)、同「個人信用情報の自主規制」NBL四八九号一四頁(一九九二)がある。
(7) これらの自主規制の背景について、松本恒雄「企業倒産と消費者保護―継続的役務提供契約を中心に」法律のひろば四五巻一二号一八頁(一九九二年) 、同「継続的役務取引における自主規制と標準約款」消費者情報二五〇号三〇頁(一九九四年)参照。
(8) 松本恒雄「イギリスの不正競争法制と消費者保護」一橋論叢一〇七巻一号二〇頁(一九九二年)参照。
(8) 松本恒雄「不当顧客誘引行為」判タ七九三号四三頁(一九九二年)参照。
(10) わが国の消費者私法の現状については、松本恒雄「消費者私法ないし消費者契約という観念は可能かつ必要か」椿寿夫編・講座『現代契約と現代債権の展望6』三頁(一九九一年)参照。
(11) この点については、松本恒雄「生活者重視の観点からみた製造物責任法」公正取引五三五号一五頁(一九九五年)参照。内田貴「現代不法行為法における道徳化と脱道徳化」棚瀬孝雄『現代の不法行為法』一三七頁(一九九四年)は、不法行為法の事故抑止効果については実証されていないとし、同「管見『製造物責任』(一)−(四)」NBL四九四号六頁、四九五号六頁、四九六号一四頁、四九七号三一頁(一九九二年)は、製造物責任立法に消極的な立場を表明しているが、法の施行前にすでに立法の影響は現れている。
(12) 長尾治助『英国消費者私法の研究』(一九七四年)参照。
(13) この点について、松本恒雄「金融商品の開発と銀行の説明義務」手形研究 四四三号四頁(一九九〇年)、同「変額保険の勧誘と説明義務」金法一四〇七号二〇頁(一九九五年)参照。
(14) この点について、松本恒雄「消費者の権利と『民活』のススメ」法時六五巻一二号二頁(一九九三年)参照。
(15) 消費者に実体法的権利を与えてもそれを実現するための手続法的手当がなされなければ権利は画餅に帰する。この点については、松本恒雄「消費者法における私権の役割とその手続保障」石部雅亮=松本博之編『法の実現と手続』一二七頁(一九九三年)参照
(16) この点について、根岸哲「規制緩和と消費者の安全」ジュリ一〇三四号三六頁(一九九三年)参照。
(17) 東京都健康茶判決(東京地判平成六年一一月一五日判時一五一〇号二七頁)はこの点で重要である。評釈として、宇賀克也「企業情報と情報公開条例」NBL五六四号二八頁(一九九五年)参照。


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