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II 胸膜及び腹膜以外の中皮腫についての検討

 1  胸膜及び腹膜以外の中皮腫
 胸膜及び腹膜以外に中皮腫が発生する部位としては心膜及び精巣鞘膜がある。
 心膜は心臓及び大血管の起始部を覆い、臓側心膜と壁側心膜の2層からなる。
 男の生殖腺を精巣(睾丸)といい、精巣及び精巣上体を被う鞘膜を精巣鞘膜と呼び、心膜と同様、2層からなる。
 心膜原発の中皮腫は『疾病、傷害などの死因統計分類提要 ICD-10 準拠』では『C45.2 心膜中皮腫』に分類され、精巣鞘膜原発の中皮腫は後腹膜や縦隔原発の中皮腫とともに『C45.7 その他の部位の中皮腫』に分類される。1995年から2001年までの7年間の死亡数はそれぞれ37例、103例であり、同期間の胸膜中皮腫 2,739例、腹膜中皮腫 369例に比べても少ないことがわかる(表1)。

表1 厚生労働省人口動態統計による中皮腫の部位別死亡数(平成7〜13年)
部位 (ICD-10)
胸膜中皮腫 (C45.0) 2,148 591 2,739
腹膜中皮腫 (C45.1) 220 149 369
心膜中皮腫 (C45.2) 25 12 37
その他の部位の中皮腫 (C45.7) 76 27 103
中皮腫、部位不明 (C45.9) 787 337 1,124
中皮腫、全部位 (C45) 3,256 1,116 4,372

 Hillerdal(1983)は欧米の医学雑誌に1982年までに報告された4,710例をレビューしているが、それによると、中皮腫の発生部位は、胸膜 4,181例(88.8%)、腹膜 454例(9.6%)、胸腹膜 30例(0.6%)、心膜 33例(0.7%)、精巣鞘膜 9例(0.2%)、不明 3例(0.1%)であったと述べている。
 Murai(2001)は1956年から1996年までの日本病理剖検輯報に報告された中皮腫の発生部位は、胸膜 1,213例(68.0%)、腹膜 431例(24.1%)、心膜 108例(6.0%)、精巣鞘膜 6例(0.3%)、その他 28例(1.6%)であったと報告している。
 佐々木ら(1999)は1981年から1995年まで大阪中皮腫パネルで中皮腫と診断された117例の発生部位は、胸膜 96例(82.1%)、腹膜 15例(12.8%)、胸腹膜 1例(0.9%)、心膜 4例(3.4%)、精巣鞘膜 1例(0.9%)であったと報告している。
 Yatesら(1997)はイギリスの南東海岸地区における1987年の中皮腫の死亡272例(98%が剖検されている)のうち、257例(94.5%)が胸膜、14例(5.1%)が腹膜で、心膜は1例(0.4%)のみであり、精巣鞘膜はなかったと報告している。
 Iscovichら(1999)は1961年から1992年までの間にイスラエルのがん登録に登録された279例を再調査し、診断精度の確かな223例の中皮腫のうち、心膜は 2例(0.9%)、精巣鞘膜は 3例(1.3%)であったと報告している。
 Neumannら(2001)は1987年から1999年までの間にドイツのがん登録に登録された1,605例の中皮腫のうち、胸膜は 1,548例(96.4%)、腹膜は 53例(3.3%)、心膜は 4例(0.2%)であったと報告している。
 Kjargaardら(2001)は1943年から1993年までにデンマークのがん登録に登録された中皮腫、男性1,341例中、胸膜1,200例(89.5%)、腹膜123例(9.2%)、心膜18例(1.3%)であり、女性571例中、胸膜407例(71.3%)、腹膜154例(27.0%)、心膜10例(1.8%)であったと報告している。
 以上のことから、心膜や精巣鞘膜原発の中皮腫の発生頻度は胸膜原発の中皮腫に比べて、はるかに少なく、非常にまれな疾患であるといえる。

 2  心膜中皮腫と石綿ばく露との関連について
 石綿ばく露によって心膜中皮腫が発症したとの報告はさほど多くないが、主として海外の文献で幾つか報告されている(表2)。

表2 石綿ばく露歴のある心膜中皮腫症例
報告者(年) 年齢 石綿ばく露歴
Eckら(1978) ドイツ 45 鉄屑回収
Churgら(1978) カナダ 61 心膜癒着術(石綿、ガラス繊維使用)
Kahnら(1980) アメリカ 62 第2次大戦中、造船所勤務
Beckら(1982) 東ドイツ 77 石綿紙の取り替え
    63 断熱材の取り壊し、修繕
    48 タルク(石綿含有)使用
Kishimotoら(1989) 日本 79 海軍工厰、肺内石綿小体(+)
Kheitov(1989) ソ連 50 石綿工場勤務
Loireら(1993) フランス 58 化学工場
    67 自動車解体
    81 自動車機械工
    67 暖房産業
Kaulら(1994) アメリカ 46 27年前に石綿ばく露歴あり

 Beckら(1982)は東ドイツで1970年から1978年までの間に登録された心膜中皮腫の3例(すべて剖検例)には石綿ばく露が証明された、と述べている。第1例は化学工場で働く77歳(男性)の元技師で、1923年から1950年までアルカリ−塩素の電解隔膜に使用していた石綿コードの取替え作業に従事していた。なお、胸膜プラークは認められなかった。第2例は63歳(男性)で1939年から1947年まで実質的には72ケ月、褐炭から練炭を製造する工場にエンジン操作士として勤務しており、修理及びメンテナンスや古いプラントの解体のために石炭の乾燥工程及びプレス工程に従事していた。乾燥工程では石綿コードが使われており、乾燥工程で使用する機械の改修やプラントの解体等の際には短期間ではあるが高濃度の石綿ばく露があった。第3例は48歳(男性)で1958年から1967年までウール織物工場で働いていた。それ以前は鉱山で12年間働き、珪肺症に罹患していた。この労働者は梳綿工程で機械が円滑に動くようにタルク粉を手で振りかけていた。この作業後の清掃作業の際に、タルク粉じんの高濃度ばく露があった。種々のタルク粉を分析した結果では、石綿が2〜5%、幾つかの例ではさらに高濃度の石綿が含まれていた。Kishimotoら(1989)は呉共済病院での10年間に経験した18例の中皮腫のうち1例が心膜中皮腫で、海軍工廠に10年働き、40年後に発症した例を報告している。肺組織内に石綿小体が確認されている。Kheitova(1989)は1978年から1987年までの10年間に剖検された7,184例のうち、中皮腫は11例(0.15%)であり、胸膜8例、腹膜1例、心膜1例、胸膜・腹膜・心膜のすべてが侵されていた1例あり、心膜中皮腫例は石綿工場労働者に発症していた。Loireら(1993)は1970年から1992年末までに経験した10例の心膜中皮腫のうち、職歴の検討から4人が石綿ばく露が確認され、また2例については疑われた、と報告している。Kaulら(1994)は27年前に石綿ばく露歴のある心膜中皮腫例を報告している。Neumannら(2001)は1987年から1999年までの間にドイツのがん登録に登録された4例の心膜中皮腫のうち1例は胸膜プラークが、別の1例は石綿肺(1型)の所見があった、と報告している。
 Mirabella(1993)は1982年以降に発表された心膜中皮腫 109例を文献レビューし、(1)まれな疾患であるにもかかわらず、日本(25例)とソ連(21例)でより頻発する、(2)心膜中皮腫は概してより若年の患者に発症する傾向がある、(3)石綿が心膜に悪影響をもたらすことを立証する症例が増加した、ことを指摘している。特に石綿との関連について、確かにばく露歴のある患者は10人で、その平均年齢は57.3歳であったと述べている。Hoch-Ligetiら(1986)はヒトに対してもマウスやラットに対しても石綿によって心膜中皮腫が発症することは立証されている、と述べている。Warren(2000)も「心膜中皮腫は長年石綿ばく露とは関連がないと思われてきた。多くの例で石綿ばく露を同定できなかった。多くの例は、石綿ばく露があったとしてもごく僅かである子供に発症している。しかし、動物実験やヒトの事例で、少なくとも幾つかの例は石綿ばく露が心膜原発の中皮腫の発症の有意なリスク要因であると考えるべきである」と述べている。
 ところで、Wadlerら(1986)は剖検で胸膜中皮腫と診断された19例のうち14例(74%)に心膜への半分以上の浸潤が認められ、心筋への浸潤も1/4以上に認められた、と述べている。Ozerら(2000)も42例の胸膜中皮腫のうち19例(45.2%)に心膜への浸潤を認めたと報告しており、中皮腫の原発部位が胸膜であるか心膜であるかを同定するのに困難な例があることが推測される。

 3  精巣鞘膜の中皮腫と石綿ばく露との関連について
 精巣鞘膜原発の中皮腫を初めて報告したのは1955年のBaileyらである。その後、Carpら(1990)が発表された文献を調べた結果、世界で36例しか報告例がなかったと述べているように、精巣鞘膜中皮腫自体が珍しい疾患であり、石綿ばく露によって精巣鞘膜原発の中皮腫が発症したとの報告も心膜中皮腫同様、非常にまれであると言って良い(表3)。

表3 石綿ばく露歴のある精巣鞘膜中皮腫症例
報告者(年) 年齢 石綿ばく露歴
Fligielら(1976) アメリカ 68 40年間配管工
Japkoら(1982) アメリカ 30 精油所で8年間配管工(石綿断熱)
Antmanら(1984) アメリカ 63 配管工
    73 海軍造船所(5年)、鉛管工(20年)
    58 機械工(20年石綿ばく露)
    43 石綿ばく露16年
Karunharanら(1986) サウジアラビア 40 化学工場でメンテナンス作業20年
Prescottら(1988) スコットランド 61 剖検で胸膜プラーク所見有り
Groveら(1989) デンマーク 66 大工(10年石綿ばく露)
Tyagiら(1989) アメリカ 79 造船所で断熱作業、両側胸膜プラーク
Edenら(1995) イギリス 76 化学者(10年石綿ばく露)
Huncharekら(1995) アメリカ 45 発電所勤務
Kanazawaら(1999) 日本 68 工場の空調設備のメンテナンス20年
Poggiら(2000) イタリア 47 職業性石綿ばく露あり
Attanoosら(2000) イギリス 71 造船所でクレーン運転
Schneiderら(2001) ドイツ 70 建設業(外装工事)で石綿セメント板の切断
    62 配管工、溶接時石綿版使用

 Fligielら(1976)は配管工として40年間働き、石綿に定期的なばく露を受けてきた68歳の症例を報告し、石綿ばく露と関連がある、と述べている。Japkoら(1982)は入院する2年前までの8年間に精油所で配管工として働いていた30歳の症例を報告している。Antmanら(1984)は6例の精巣鞘膜中皮腫を報告し、うち4例に職業性石綿ばく露歴を認めたと述べている。Karunharan(1986)は1950年代から1960年代にかけておよそ20年間、フェノールホルムアルデヒド工場でメンテナンス作業に従事していた40歳の症例を報告している。Prescottら(1988)は61歳の石綿ばく露歴のない精巣鞘膜中皮腫例で、剖検により胸膜プラークを多数見つけた症例を報告している。Tyagiら(1989)も79歳の精巣鞘膜中皮腫例で、胸部エックス線写真で両側胸膜プラーク所見を認めたので、詳しい症例調査をした結果、造船所で働き石綿を使用していたことが判明した、と報告している。
 Groveら(1989)も3例の精巣鞘膜中皮腫例のうち1例に10年間の石綿ばく露歴を認めたと報告している。また、Edenら(1995)も2例の精巣鞘膜中皮腫のうち、76歳の1例は化学分析に従事し、10年間石綿ばく露を受けていたと報告している。Kanazawaら(1999)は工場で空調のメンテナンスに20年間従事し、定期的に石綿ばく露を受けていたとする68歳の症例を報告している。
 Poggiら(2000)も職業性石綿ばく露歴のある47歳の精巣鞘膜中皮腫例を報告しているが、詳細な石綿ばく露歴については述べていない。Attanoosら(2000)は1968年から1992年までのイギリスの衛生安全庁(HSE)の中皮腫登録で集められた腹膜中皮腫883例のうち、死亡診断書から10例の“精巣鞘膜”又は“陰嚢”中皮腫と3例の“卵巣”中皮腫を見つけた。10例の精巣鞘膜及び陰嚢の中皮腫例のうち2例については生検又は剖検での組織標本が得られ、さらに通常の外科症例から1例の生検例を集めた。また前述の3例の卵巣中皮腫のうち、2例については組織標本が検索され、さらに剖検標本から2例の卵巣中皮腫(この2例ははじめは腹膜中皮腫と報告されていたが、卵巣以外への病巣の拡がりが認められなかった)を認め、合計7例の生殖腺中皮腫例を報告し、うち71歳の男性の精巣鞘膜中皮腫例と61歳及び66歳の女性の卵巣中皮腫例に石綿ばく露歴を認めたと報告している。
 Plasら(1998)は過去30年間に学術雑誌に報告された73例の精巣鞘膜中皮腫をレビーし、その多くの患者は55〜75歳であるが、10%は25歳以下の若年層にも発症していること、石綿ばく露歴を有するものが34.2%いたことから、過去の石綿ばく露はリスク要因である、と述べている。Groveら(1989)、Carpら(1990)、Amin(1995)は精巣鞘膜中皮腫のリスク要因に、石綿ばく露と外傷をあげている。

 4  病理診断の重要性
(1)  発生部位について
 中皮腫はヒトにおいて正常に漿膜が存在する部位、すなわち胸膜、腹膜、心膜又は精巣鞘膜から発生する。今日の腫瘍学の立場からは、腫瘍の命名は腫瘍細胞の分化像、すなわち、その腫瘍細胞が正常組織のいずれの細胞に類似が求められるかで行われる。上皮性腫瘍の場合は、腺上皮、扁平上皮などへの類似のもとに、腺がん、扁平上皮がん、未分化がんなどと診断される。非上皮性腫瘍の場合は、その分化像はほぼ発生母組織に存在する細胞のいずれかの特徴を示すので、発生母細胞に基づいた命名、すなわち骨肉腫、軟骨肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫などの名称が用いられる。発生母組織には認められない細胞への分化像を示す場合は、脱分化あるいは“先祖がえり”とされ、まれにしか起らない現象として把えられている。こうした腫瘍の名称の立場からは、中皮腫は腫瘍の発生母細胞に基づいた命名であり、中皮細胞が存在する組織以外からは生じないと考えられる。
 胸膜、腹膜、心膜及び精巣鞘膜以外では卵巣又は精巣原発の中皮腫の報告がまれにある。このうち卵巣については、卵巣表面の被覆上皮(表層上皮細胞と呼ばれる)は発生学的に元来、体腔上皮であることから、卵巣から中皮腫が発生すると考えることも可能であるが、卵巣の腫瘍分類の立場からは表層上皮性腫瘍と扱うことができる。すなわち、卵巣に生じた中皮腫様の腫瘍を、中皮腫と呼ぶか、表層上皮性腫瘍と呼ぶかは、発生母細胞をどう解釈するかの問題である。また、この表層上皮は実質内へしばしば陥入嚢胞をつくるので、この嚢胞から腫瘍が発生した場合、実質から中皮腫が発生したとみえる例もあるかもしれない。
 一方、精巣については精巣鞘膜との連続性を欠く例ではその存在は極めて疑わしい。中皮腫は初期段階、すなわち周囲への進展の少ない段階で診断されることはまれであり、多くの場合、広い範囲へ進展している状態で原発巣を推測する必要がある。臓側胸膜に発生した場合は早晩、肺内への進展を示すことから、肺原発の中皮腫とされることがあるかもしれないが、肺内に生じる中皮腫は理論上ありえない。従前、肺内腫瘤をつくるとされた限局型の良性中皮腫は、現在では、アデノマトイド腫瘍(adenomatoid tumor)と呼ばれ、中皮腫ではないことが明らかとなっている(別添参考資料1)。壁側胸膜に発生した場合は、縦隔側へ進展して腫瘤をつくると縦隔中皮腫と呼ばれることがあるが、これも初期像は胸膜発生であることはまず間違いない。
 ところで、中皮腫のなかでも心膜原発と診断することが難しい場合がある。胸膜中皮腫は末期になれば心膜へ進展するので、胸膜に全く病変がないか、あるいは心膜での進展に比べて胸膜の腫瘍の範囲が狭いことがその根拠となる。臨床経過上、早期から心嚢水の貯留がみられ心不全を呈するなどの症状もある程度参考となる。心膜か胸膜かいずれとも決め難い例は胸膜原発の可能性が高いと考えるべきである。
 腹膜でも胸膜と同様、ある部分に中皮腫が限局している場合、その臓器・組織名を診断名につけることがある。例えば、腸間膜中皮腫、大網中皮腫、回腸中皮腫、骨盤中皮腫などであるが、これらはいずれも腹膜中皮腫であることに変わりはない。卵巣については前述したように、腫瘍細胞が明らかに表層上皮細胞より中皮細胞の特徴を示す場合は、卵巣に限局する腹膜中皮腫と診断すべきと考える。
 精巣鞘膜原発の中皮腫の診断については、心膜原発の中皮腫とする際の問題点がそのまま当てはまる。陰嚢の腫大で精巣とその周囲組織が手術的に摘除され、腹腔内には腫瘍がないとされた場合は、精巣鞘膜原発とするのは容易である。しかし、腹腔内と精巣鞘膜は連続性があることから、両者に中皮腫を認めた場合は、原発巣をいずれかに決めることは難しくなる。腹腔内の中皮腫がごく少量で限局性であるなどの場合を除いて、腹膜原発である可能性が高いと考えるべきである。

(2)  組織診断について
 中皮腫の診断には、腫瘍の発生部位とその進展様式の確認が重要である。発生部位としては、前述したように胸膜、腹膜、心膜又は精巣鞘膜のいずれかに発生したことを確認又は推測できることが必要である。進展様式としては漿膜の拡がりに沿って、すなわち、胸腔、腹腔、心嚢腔で臓器への浸潤よりもむしろその表面に沿って臓器を囲繞するように進展することが特徴である。限局性の場合、局所での浸潤傾向が強い場合もあるがまれである。
 組織型には、上皮型、肉腫型、二相型があり、その比率はおよそ6:1:3である。上皮型は中皮細胞の特徴を保ち、上皮様に配列して腺腔をつくるか、あるいは、乳頭状に増生し、その像からは腺がんとの鑑別が必要となる。この場合、粘液染色を行うと、中皮腫では酸性粘液多糖類の産生がみられ、腫瘍細胞の細胞質内とともに、表面を被うように粘液が存在することが特徴的である。さらに免疫組織化学的染色によって、中皮腫ではカルレチニン、低分子ケラチン、EMAなどが陽性であり、腺がんではCEA、TTF-1などが陽性であることが鑑別点となる。こうした免疫組織化学的染色の結果は多くの抗体を組み合わせて総合的に判断することが求められる。また、電子顕微鏡的観察で細くて長い微絨毛をみることが参考になる場合もある。
 肉腫型では、軟部組織に原発する肉腫との鑑別が難しい例がある。特に、紡錘形細胞からなる肉腫として線維肉腫、線維性組織球腫、平滑筋肉腫、Gostrointestinal stromal tumor(GIST)などとの鑑別には、それぞれの肉腫細胞に特異的に陽性所見を示す抗体による免疫組織化学的染色を用いるとともに、中皮腫では、低分子ケラチンが陽性となることが最も良い指標となる。また、線維形成型(desmoplastic type)の肉腫型は、陳旧性肥厚性胸膜炎との鑑別が必要となるが、この場合も低分子ケラチンが陽性となる紡錘形細胞が存在することが診断には重要である。
 二相型を示す中皮腫は、腺がん様組織像と肉腫様組織像の混在からなる腫瘍との鑑別が必要となる。滑膜肉腫、がん肉腫、多形細胞がん、肉腫様がんなどがあげられるが、いずれも発生部位やその組織像に特徴があり、免疫組織化学的染色などを駆使して慎重に鑑別する必要がある。
 中皮腫はまれな腫瘍であり、病理診断をつける病理医が頻繁に遭遇する腫瘍ではない。したがって、その診断に際しては、中皮腫である可能性を念頭において、肉眼的及び組織学的な精査に加えて粘液染色や免疫組織化学的染色などを用いて総合的に判断する必要がある。

 5  小括
 今回の検討会における文献調査によって、石綿ばく露歴のある心膜中皮腫は少なくとも我が国での報告例も含めて十数例報告されていることが判明した。また、ラットやマウスの動物実験でも石綿ばく露により心膜中皮腫を発症することが認められていることから、今後においては、業務上の石綿ばく露歴の明らかな心膜中皮腫についても、認定基準に例示することが妥当である。
 また、精巣鞘膜中皮腫についても、今回の検討会における文献調査によって、石綿ばく露歴のある精巣鞘膜中皮腫は、我が国での報告例を含めて十数例報告されていること等から、心膜中皮腫と同様に認定基準に例示する疾病に含めることが妥当である。
 中皮腫の発生部位は、体腔において漿膜のある部位、すなわち胸膜、腹膜、心膜、精巣鞘膜であるが、実際の発生例の多くは胸膜、腹膜であり、心膜に発生した中皮腫は全体の数%にすぎず、精巣鞘膜はごくまれとされている。同じ漿膜の存在する部位でありながら中皮腫の発生頻度に差異が生じる理由は、石綿の体内への侵入から移動して臓器・組織へ沈着する経路や解剖学的に胸膜・腹膜、心膜、精巣鞘膜の順に漿膜の面積が小さくなることに関連すると思われるが、確定的な知見はない。
 従来から、心膜及び精巣鞘膜に発生する例は本省りん伺とされてきたが、現在の認定基準を検討した当時の検討会の頃には、これらの部位に中皮腫の発生する頻度が少なかったこと、また、石綿ばく露歴のある症例報告がほとんどなかったためと思われる。
 中皮腫の診断については、病理組織学的検査の裏付けが必須である。従来の中皮腫の診断は、発生部位とその肉眼所見を重視し、病理組織所見と粘液組織化学的所見を加えて総合的に判断されてきた。現在においても、これらの肉眼的所見と病理組織所見は重要である。しかし、近年、中皮腫に特異性の高い抗体が開発され、免疫組織化学的所見が診断の中でより重要な位置を占める状態にある。したがって、中皮腫の病理診断では、幾つかの重要な抗体を用いた免疫組織化学的染色の結果を含めて総合的に判断することが望ましい。
 なお、確定診断が難しい事例については中皮腫パネル*1による検討が望まれる。


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*1(複数の病理医を中心に実施する症例検討による診断の蓋然性を決める審査会:欧米各国で存在するが、我が国では全国規模のパネルはない)


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