検討会、研究会等  審議会議事録  厚生労働省ホームページ

平成15年8月14日
照会先:厚生労働省雇用均等・児童家庭局
     母子保健課
宮本(7933) 柏木(7939)
電話 03−5253−1111(代)
    03−3595−2544(直)

「神経芽細胞腫マススクリーニング検査のあり方に関する
検討会報告書」について

 「神経芽細胞腫マススクリーニング検査のあり方に関する検討会」においては、平成15年5月より、神経芽細胞腫マススクリーニング検査の今後のあり方について検討を行ってきたところであるが、この度、別添のとおり最終報告書が取りまとめられたので、公表する。


神経芽細胞腫マススクリーニング検査のあり方に関する検討会報告書

平成15年7月30日(水)

 小児がんの一種である神経芽細胞腫を早期に発見し、できるだけ早い段階で適切な措置を講じることを目的として、生後6〜7ヶ月の全ての乳児を対象に、尿によるマススクリーニングを行う事業(神経芽細胞腫検査事業)が昭和59年度以来実施されてきたところである。
 近年、欧米において神経芽細胞腫マススクリーニングの有効性に関して疑問があるとの報告がなされ、日本においても本事業の実施が与える影響について検討する必要性が指摘された。このため、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長が招集する検討会が開催され、神経芽細胞腫マススクリーニング検査の今後のあり方について検討を行った。

 神経芽細胞腫検査事業の経緯

 神経芽細胞腫は、カテコラミン(ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン)を産生することが知られており、尿に含まれるカテコラミンの代謝産物である、VMA(バニールマンデル酸)、HVA(ホモバニリン酸)を測定することにより、神経芽細胞腫を早期に発見し、早期治療に結びつけようと考えられた。
 1歳未満で発見される神経芽細胞腫は予後が比較的良好であったのに対し、1歳以降で発見される神経芽細胞腫は、治療が困難であり、死亡に至る例が多いことも、マススクリーニングが必要であると考えられた基礎となった。
 このような考え方に基づいて、わが国では、昭和48年に神経芽細胞腫検査事業が京都市で開始され、その後、いくつかの自治体が続いて実施するようになった。
 旧厚生省は、昭和58年に医師、検査技術者、保健師を対象とした「神経芽細胞腫研修会」を開催し、その翌年から、都道府県・指定都市を実施主体とする神経芽細胞腫検査事業に対する補助を開始した。近年では、対象者の約9割が受診し、毎年約200名の神経芽細胞腫の患者が発見されている。本事業で発見された患者累計は平成13年度までで2913人である。

 神経芽細胞腫検査事業の有効性の評価について

 一般にマススクリーニングの評価においては、(1)死亡率減少効果があるか、(2)マススクリーニングによる不利益がないか、が最も重要である。

(1)神経芽細胞腫マススクリーニングの死亡率減少効果について

(海外で実施された介入研究の結果)
 ・ ドイツとカナダにおいて実施された2つの介入研究(ドイツで実施された研究では生後12ヶ月時に検査を実施。カナダで実施された研究では生後3週間と6ヶ月時に検査を実施)では、死亡率減少効果について否定的な結果が2002年に発表されている。

(わが国における観察研究の結果)
 ・わが国において、現行の神経芽細胞腫検査事業の実施前と実施後の死亡率の比較を行った観察研究は7件であったが、必ずしも結果は一致していない。2件で統計的に有意な死亡率の低下が見られている。
 ・神経芽細胞腫検査事業の実施前と実施後の比較については、化学療法の改善など、治療法の向上による死亡率の減少も含むと考えられるため、結果の解釈には慎重な態度が必要である。
 ・また、わが国において、現行の神経芽細胞腫検査事業の受診者と未受診者の比較を行った観察研究は5件あり、このうち、統計的に有意な差をもって、受診群の神経芽細胞腫による死亡が未受診群よりも低いという結果を示したのは、25都道府県における後ろ向きコホート研究と、現在も進行中の全国を対象とした前向きコホート研究の平成13年度中間報告の2件がある。この2件は、厚生労働科学研究事業として行われている。
 ・マススクリーニングの受診者と未受診者の比較を行う観察研究の結果は、医療を受ける態度などが受診者と未受診者で異なる可能性があるなど、様々な要因の影響を受ける可能性が高く、罹患率や致命率が受診者と未受診者で異なる可能性があることから、一般に、研究デザインとしては、介入研究に比較して劣るとされており、すでに介入研究の結果が示された現在、その結果の解釈には慎重な態度が必要である。

(現在進行中の全国を対象とする受診者と未受診者を比較する前向きコホート研究の意義)
 ・現在、全国を対象とする受診者と未受診者を比較する前向きコホート研究が進行中であり、平成13年度の中間報告では、統計的に有意な差をもって、受診群の神経芽細胞腫による死亡が未受診群よりも低いという結果を示している。これは、全国を対象として実施されていることなど、これまでに実施された研究よりも優れている点があり、その結果は参考になる部分があると考えられる。しかし、これまでにわが国で行われた観察研究と同様、その結果の解釈には慎重な態度が必要であり、今後、最終結果として受診群の神経芽細胞腫による死亡が未受診群よりも低いという結果が得られた場合であっても、この研究だけをもって、現在行われている神経芽細胞腫検査事業によって死亡率減少効果があるとする確定的な証拠とすることはできない。

(2)現在行われている神経芽細胞腫検査事業による過剰診断と不利益について

(現在行われている神経芽細胞腫検査事業による患者数の増加と過剰診断)
 ・一般的に、がんのスクリーニングに伴う過剰診断がなければ、スクリーニングの開始によって一時的に罹患率が上昇するが、その後継続すると、以前の水準に戻り罹患率は一定する。
 ・これに対し、神経芽細胞腫についての多くの研究結果は、現在行われている神経芽細胞腫検査事業が開始された後、神経芽細胞腫の累積罹患率が2倍程度に増加することを示している。増加分の患者は、神経芽細胞腫検査事業が行われなければ、特段の対応が必要とならなかったと考えられる方々であり、この点から見ると「過剰診断を受けた」ということができる。
 ・また、神経芽細胞腫マススクリーニングによって発見された例では、積極的な治療を行わなくても、自然に腫瘍が退縮する場合があることが観察されている。2002年に日本小児がん学会が発表したデータによると、1998年に無治療で経過が観察されている82 例が登録され、このうち、2001年まで無治療のままの例は59例あった。残りの23例は、方針を変更して手術を受けており、その理由は、家族の希望や、腫瘍の増大や縮小しないことなどであった。手術を受けた例の病理組織を検討すると、予後不良の兆候を示すものはなかった。

(治療による合併症)
 ・1999年に日本小児がん学会が発表したデータによると、1976年から1996年までに神経芽細胞腫マススクリーニングによって発見された1453例のうち、1226例に手術が行われ、このうち、132例に治療による合併症が認められた。また、1025例に化学療法が行われ、このうち、49例に治療による合併症があったことが報告されている。治療の合併症による死亡は手術について8例、化学療法について10例あったことが報告されている。

(その他の不利益)
 ・このほか、治療そのものによる子どもの身体的負担の他、家族にとっても、子どもが疾患を抱えることの心理的負担や、治療中の付き添いなどの負担などがあると考えられる。

(3)有効性の評価についてのまとめ

(死亡率の減少効果の有無について)
・現行の生後6ヶ月時に実施する神経芽細胞腫検査事業による死亡率減少効果の有無は、現在、明確でない。

(不利益について)
 ・現行の神経芽細胞腫検査事業によって発見される例の中には、相当程度、積極的治療を必要としない例が含まれていると考えられている。また、治療そのものによる負担の他、治療によって合併症を生じる場合があるなど、現在行われている生後6ヶ月時に実施する神経芽細胞腫検査事業によって不利益を受ける場合があることは否定できない。

 神経芽細胞腫検査事業の今後のあり方について

 現在行われている生後6ヶ月時に実施する神経芽細胞腫検査事業は、事業による死亡率減少効果の有無が明確でない一方、自然に退縮する例に対して手術などの治療を行うなどの負担をかけており、このまま継続することは難しいと判断される。

(1)検討

(死亡率減少効果が確立する可能性)
 ・現在、わが国で進行中の全国を対象とした受診者と未受診者を比較する前向きコホート研究はすでに、平成13年度において中間報告を出しており、受診群の神経芽細胞腫による死亡が未受診群よりも低いという結果が示されているが、わが国で行われた他の観察研究と同様に、この解釈には慎重な態度が必要である。
 ・海外において実施された複数の介入研究が神経芽細胞腫マススクリーニングの死亡率減少効果について否定的な結果を示している現在、わが国において現在行われている神経芽細胞腫検査事業の死亡率減少効果を確立するためには、わが国においても対照群を適切に設定した介入研究を実施することが必要である。しかし、すでに受診者が約9割にも及び、適切な対照を設定することができない状況となっており、現在の神経芽細胞腫検査事業をこのまま継続する限り、わが国では、海外から示された研究結果よりも精度の高い研究結果を示すことができる見通しはない。つまり、このままでは、現在の生後6ヶ月時に実施する神経芽細胞腫検査事業の死亡率減少効果の有無を示す十分な証拠が得られることは難しい状況にある。

(不利益が解消する可能性)
 ・現行の神経芽細胞腫検査事業で発見された例に対し、化学療法を施行する率が減少するなど、治療の負担を軽くする傾向にある。また、一部の施設では、条件に合う症例を対象に経過観察を行い、無治療の方針で対応している。しかし、現在のところ、無治療とするという方針は、実施を含めて関係者の一致した考え方となっておらず、結果として本来治療を受ける必要がない人にも治療を行っている状況にある。したがって、少なくとも短期間のうちに、これらが解消される見通しは立っていない。

(神経芽細胞腫マススクリーニングで発見されることの保護者にとっての意義)
 ・現行の神経芽細胞腫検査事業で発見された後の対応方針が必ずしも一定していない現状では、神経芽細胞腫に罹患しているという検査結果は保護者の不安を強めるものであり、一方、保護者が自ら対応策を判断することも困難である。かかる状況では、保護者にとって、現在の生後6ヶ月時に実施する神経芽細胞腫マススクリーニングで発見されることの意義は明らかであるとは言えない。

(2)現在行われている生後6ヶ月時に実施する神経芽細胞腫検査事業の休止
 これらの状況を勘案すると、現在の生後6ヶ月時に実施する神経芽細胞腫検査事業をこのまま継続することは困難であり、新たな知見により有効性が確立されない限り、以下の対応をできるだけ速やかに行うことを条件に、いったん休止することが適切である。また、引き続き、神経芽細胞腫に関する状況を評価し、これに基づいた適切な対応をとることが必要である。

(1)神経芽細胞腫の罹患と死亡の正確な把握
 今後、神経芽細胞腫検査事業休止の影響の確認や、神経芽細胞腫の治療成績の改善を図るための取組を評価するには、神経芽細胞腫の罹患と死亡を正確に把握することが必要となる。そのため、神経芽細胞腫の罹患と死亡を継続的に把握する体制を早急に確立する。

(2)神経芽細胞腫マススクリーニングの実施時期変更等、新たな検査方法の検討・評価
 神経芽細胞腫マススクリーニングの実施時期については、現在の生後6ヶ月よりも遅い時期に変更することによって、過剰診断例を減少させながら、早期発見が有益な症例の発見を増加させる可能性があるとの指摘がある。この他、神経芽細胞腫マススクリーニングの有効性向上が期待される新たな方法について、今後十分検討し、これらの新たな方法の神経芽細胞腫マススクリーニングの死亡率減少効果について、介入研究などを行う可能性を検討する。

(3)神経芽細胞腫による死亡の減少を目指した、臨床診断と治療の向上のための研究の推進と実施体制の確立
 進行した神経芽細胞腫は、現在においてもなお、治療の難しい疾患である。神経芽細胞腫検査事業も、このような状況に対応して実施されたことを鑑み、更なる有効な診断法や治療法の開発及び、それらの診断法や治療法を普及する仕組みの確立など、神経芽細胞腫による死亡の減少を目指した取組を行う。

 神経芽細胞腫検査事業についての総評と今後新たなマススクリーニングを導入する際の留意点

 神経芽細胞腫検査事業は、神経芽細胞腫が難治性の疾患であり、この予後の改善を目指して、多くの関係者の努力によって実施されたものである。この事業の実施により、神経芽細胞腫の自然史をはじめとする多くの有益な知見が明らかとなり、治療にも大いに生かされることとなったことは評価すべきである。
 しかし、スクリーニングの有効性を確認する十分な研究が実施されないまま、事業として導入されたことが、わが国で実施されている神経芽細胞腫検査事業の死亡率減少効果の有無が明確となっていない大きな要因となっており、この点は大変残念なことである。
 今後、この教訓を生かし、新たなマススクリーニングを公的施策として導入する際には、有効性の評価を事前に十分に尽くす必要があることに、留意するべきである。

 まとめ

 これまでに発表された神経芽細胞腫スクリーニングの有効性に関する文献的検討を行った。この結果に基づき、現在行われている神経芽細胞腫検査事業は、(1)神経芽細胞腫の罹患と死亡の正確な把握、(2)神経芽細胞腫マススクリーニングの実施時期変更等、新たな検査法の検討・評価、(3)神経芽細胞腫による死亡の減少を目指した、臨床診断と治療の向上のための研究の推進と実施体制の確立、を条件として、いったん休止することが適切であり、引き続き神経芽細胞腫に関する状況を評価し、これに基づいた適切な対応をとることが必要であると考えた。
 また、今後新たなスクリーニングを公的施策として導入する際には、有効性の評価を事前に十分に尽くす必要があると考えた。
 今後、行政がこの報告に基づき適切に対応することを望む。


○神経芽細胞腫マススクリーニング検査のあり方に関する検討会委員名簿

(敬称略、五十音順)
氏名 所属
うめだ  まさる
梅田  勝
千葉県健康福祉部長
つぼの  よしたか
坪野 吉孝
東北大学大学院公衆衛生学助教授
はしづめ こうへい
橋都 浩平
東京大学医学部教授
はた  じゅんいち
秦  順一
国立成育医療センター研究所長
ひさみち  しげる
久道  茂
宮城県病院事業管理者
まえの  かずお
前野 一雄
読売新聞社医療情報部次長
やなぎだ  きみこ
柳田 喜美子
日本医師会常任理事
よしむら たけすみ
吉村 健清
産業医科大学産業生態科学研究所臨床疫学教授


○開催状況

第1回 平成15年5月28日
第2回 平成15年6月26日
第3回 平成15年7月14日
第4回 平成15年7月30日


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