VI まとめ
1 胸膜、腹膜以外の中皮腫の取扱いについて
本検討会では、石綿による疾病の一つである中皮腫について、過去3年間の労災認定事例及び国内外の文献をもとに、胸膜又は腹膜以外の心膜や精巣鞘膜の中皮腫について、石綿ばく露との関連を詳細に検討した。
その結果、認定基準においては、心膜中皮腫、精巣鞘膜中皮腫についても、胸膜や腹膜の中皮腫と同様の取扱いとすべきであると判断した。
なお、胸膜、腹膜、心膜及び精巣鞘膜以外の部位の中皮腫は、極めて稀であることから、診断書において、「部位不明(記載無し)の中皮腫」や「肺中皮腫」等と記載されている場合には、診断精度そのものに疑義がある場合も想定される。中皮腫の診断に際しては、病理組織学的所見は必須であり、中皮腫の原発部位も明記されるべきである。
2 中皮腫に係る石綿ばく露期間について
過去3年間の労災認定事例等の詳細な検討を行った結果、中皮腫の石綿ばく露開始から発症までの潜伏期間の平均は35〜40年(最短11.5年)、発症年齢は60〜65歳であった。石綿ばく露を受ける職種の従事期間の平均は概ね15〜20年(最短2.3年)であった。
また、石綿ばく露の形態は、石綿製品製造業に従事して定常的作業ばく露を受ける形態のみならず、保温・断熱作業や補修・メンテナンスなどの非定常的作業ばく露による場合も見られた。短期間高濃度ばく露と思われる事例もあった。また、石綿ばく露歴を有する胸膜中皮腫例のうち、99.6%に1年以上のばく露期間が認められた、との報告もある。
これらのことから、中皮腫の認定要件の一つである石綿ばく露作業従事期間については、1年以上とすることが望ましい。なお、ばく露状況等によっては、1年より短いばく露期間での中皮腫発生も否定しえないものと考える。
3 石綿ばく露による良性石綿胸水及びびまん性胸膜肥厚について
良性石綿胸水の約半数では胸痛、呼吸困難等の自覚症状がある。一方、自覚症状がなく、胸部検診等により胸水が発見される場合もある。いずれの場合であっても、精密検査が必要となる。たとえ、胸水が自然消退した後でも、びまん性胸膜肥厚となり、対側あるいは同側に胸水貯留を繰り返すこともある。また、稀にではあるが、明らかな胸水貯留を呈さずに、徐々にびまん性胸膜肥厚が進展する場合がある。
進展したびまん性胸膜肥厚では、著しい肺機能障害をきたす場合があること、また、良性石綿胸水でも稀には胸水が被包化されて消退しない場合がある。このような場合、肺機能障害が改善しない。
以上のことから、石綿への職業ばく露により生じた良性石綿胸水及びびまん性胸膜肥厚で、著しい肺機能障害等に対して適切な療養が必要な事案については、労災補償の対象とすべきである。
なお、我が国では、過去石綿ばく露による良性石綿胸水及びびまん性胸膜肥厚の報告例が余り見られないこと、さらに、療養の範囲は、個々の事案ごとに判断する必要があること等から、専門家による判断に基づき、業務上外の判断を行うべきである。
4 石綿ばく露の医学的所見について
胸膜プラークは、過去(おおむね15〜40年前)の石綿ばく露の指標として非常に重要である。胸膜プラークは、胸部エックス線写真よりも胸部CT(HRCTや螺旋CTを含む)の方がより検出率は高く、また、胸壁軟部陰影や肋骨随伴陰影との鑑別も容易であり、胸部悪性腫瘍の確定診断のための内視鏡検査や開胸手術及び剖検時に肉眼で観察することもできる。このことから胸膜プラークは、認定基準において、過去の石綿の職業ばく露歴を判断する上での一つの重要な認定要件である。
肺組織切片標本中に認められる石綿小体も石綿ばく露の指標として考慮しなければならない。石綿肺、胸膜プラークの認められない中皮腫事例については、肺組織切片標本とは別に、手術肺や剖検肺を用いて石綿小体を検索する方法が推奨される。この方法(別添参考資料)は、いずれの医療機関等でも実施可能である。
また、石綿の職業ばく露の機会があっても、石綿小体が検出されない場合には、分析透過型電子顕微鏡による石綿繊維の検索が必要になる場合もあることに留意しなければならない。
以上、中皮腫の労災認定に際しては、職業上の石綿ばく露歴、石綿肺の所見とともに、胸膜プラークの有無及び石綿小体(石綿繊維)の同定が、認定要件として重要である。
5 結語
(1) | 石綿ばく露との関連が明らかな疾病として掲げられている「胸膜又は腹膜の中皮腫」に、「心膜、精巣鞘膜の中皮腫」を追加すること。 |
(2) | 石綿ばく露との関連が明らかな疾病として、「良性石綿胸水」及び「びまん性胸膜肥厚」を追加すること。 ただし、業務上外の判断は、個々に行うこと。 |
(3) | 石綿ばく露指標として重要な「胸膜プラーク」を、認定要件として独立させること。 |
(4) | 肺組織内の石綿小体(石綿繊維)も重要な石綿ばく露指標であることの周知徹底を図ること。 |
(5) | 中皮腫について、認定要件の一つである石綿ばく露作業への従事期間を「5年以上」から「1年以上」にすること。 中皮腫は、肺がんに比べ、低濃度の石綿ばく露によっても発生するおそれがあることに注意しなければならない。 |
(6) | 石綿ばく露作業の例示の見直し、整理を行うこと。 中皮腫については、低濃度の石綿ばく露によっても発生のおそれがあることから、石綿製品等を取扱う作業に直接従事していなくても、間接ばく露を受けた可能性のある同一場所における周辺作業等についても留意しなければならない。 |
(7) | 肺がんについては、石綿ばく露作業への従事期間を除き、中皮腫の認定要件見直しに合わせて、整理すること。 |
(8) | 石綿関連疾患及びその労災補償上の取扱いについて、関係労使のみならず、中皮腫の診断・治療に携わる全ての医療機関及び医療関係者等への周知、徹底を図ることが肝要である。 |