戻る

III 中皮腫と職業性石綿ばく露に関する検討

1 過去3年間の認定事例の検討

 平成11年度から13年度の過去3年間において、石綿による中皮腫として労災認定された件数は93件であった。部位別件数は、胸膜70件、腹膜23件(胸腹膜、精巣鞘膜の各1件を含む)で、全例男性であった(表4)。

表4 石綿による中皮腫の認定事例に係るばく露期間、年齢、潜伏期間
部位 調査項目 症例数 最小 最大 中央 平均 標準
偏差
胸膜
(男性)
ばく露期間・年 70 2.3 42.7 17.4 19.8 11.3
症状確認時年齢 30 95 59.5 60.0 11.0
ばく露開始から症状確認日(潜伏期間)・年 11.5 54.2 38.6 36.9 9.8
腹膜
(男性)
ばく露期間・年 23 4.3 47.0 20.3 21.3 11.2
症状確認時年齢 49.0 76.0 63.0 62.7 6.0
ばく露開始から症状確認日(潜伏期間)・年 27.3 52.2 42.0 41.1 6.0
中皮腫
合計
(男性)
ばく露期間・年 93 2.3 47.0 18.3 20.2 11.3
症状確認時年齢 30.0 95.0 61.0 60.7 10.1
ばく露開始から症状確認日(潜伏期間)・年 11.5 54.2 39.5 38.0 9.2

 胸膜中皮腫についてみると、ばく露期間の平均は19.8年、中央値は17.4年、最大42.7年、最小2.3年であった。症状確認時の年齢は平均値、中央値ともに60歳、最大95歳、最小30歳であった。石綿ばく露開始から中皮腫発症の症状確認日までの潜伏期間は、平均36.9年、中央値は38.6年、最大54.2年、最小11.5年であった。
 腹膜中皮腫についてみると、ばく露期間の平均は21.3年、中央値は20.3年、最大47.0年、最小4.3年であった。症状確認時の年齢は平均値、中央値ともに63歳、最大76歳、最小49歳であった。石綿ばく露開始から中皮腫発症の症状確認日までの潜伏期間は、平均41.1年、中央値は42.0年、最大52.2年、最小27.3年であった。
 両部位をあわせてみると、ばく露期間の平均は20.2年、中央値は18.3年、5年未満は7例であった。症状確認時の年齢は平均値、中央値ともに61歳、石綿ばく露開始から中皮腫発症の症状確認日までの潜伏期間は、平均38.0年、中央値は39.5年であった。
 労災保険加入業種別に調べた結果では、胸膜及び腹膜の93件のうち、船舶製造及び修理業が最も多く18件(19.4%)、次いでその他の各種事業17件(18.3%)、建築事業12件(12.9%)、その他の窯業又は土石製品製造業11件(11.8%)、輸送用機械器具製造業(船舶製造又は修理業を除く)7件(7.5%)、金属製品製造業又は金属加工業5件(5.4%)の順であった(表5)。

表5 石綿による中皮腫の認定事例に係る業種別件数
事業の種類 胸膜 腹膜 %
建築事業(既設建築物設備工事業を除く。) 10 2 12 12.9
既設建築物設備工事業 1 0 1 1.1
機械装置の組立て又は据付けの事業 2 0 2 2.2
その他の建設事業 1 1 2 2.2
食料品製造業(たばこ等製造業を除く。) 1 0 1 1.1
繊維工業又は繊維製品製造業 1 0 1 1.1
化学工業 0 1 1 1.1
ガラス又はセメント製造業 0 2 2 2.2
その他の窯業又は土石製品製造業 3 8 11 11.8
金属精錬業(非鉄金属精錬業を除く。) 3 0 3 3.2
金属材料品製造業(鋳物業を除く。) 1 0 1 1.1
金属製品製造業又は金属加工業(洋食器、刃物、手工具又は一般金物製造業及びメッキ業を除く) 5 0 5 5.4
機械器具製造業(電気機械器具製造業、輸送用機械器具製造業、船舶製造又は修理業及び計量器、光学機械、時計等製造業を除く) 1 0 1 1.1
輸送用機械器具製造業(船舶製造又は修理業を除く) 7 0 7 7.5
船舶製造又は修理業 17 1 18 19.4
その他の製造業 3 1 4 4.3
交通運輸事業 1 0 1 1.1
貨物取扱事業(港湾貨物取扱事業及び港湾荷役業を除く) 1 0 1 1.1
電気、ガス、水道又は熱供給の事業 1 0 1 1.1
倉庫業、警備業、消毒又は害虫駆除の事業
又はゴルフ場の事業
1 0 1 1.1
その他の各種事業 10 7 17 18.3
合計 70 23 93 100

 船舶製造及び修理業、石綿製品製造業11件、鉄道車両製造及び修理業7件を除き、職種別にみると、最も多かったのは断熱・保温作業の9件、次いで石綿吹付け作業の6件(うち4件は腹膜)、配管・板金作業の5件の順であった。また、吹付け石綿された空間で電気工事やエレベーター・変圧器の設置作業でのばく露が4件、倉庫内で石綿製品の保管や運搬2件、石綿含有建材の加工作業2件、溶接の際に養生のために石綿布を切断する作業2件、各種機器のメンテナンス時における石綿製品の取り扱い2件であった。

2 職業性ばく露事例の検討

 職業性石綿ばく露の機会は直接のばく露もあれば間接のばく露もある。直接の職業ばく露とは、石綿鉱山、石綿紡績・紡織工場、石綿セメント工場、石綿断熱材製造工場、断熱作業などで直接石綿や石綿を含有する製品を製造・取り扱うことによるばく露である。しかし、中皮腫を発症せしめる石綿のばく露形態は、過去3年間の中皮腫認定事例の検討結果からわかるように、多種多様である。
 間接的な職業ばく露とは、直接石綿を取り扱うことはないが、石綿を取り扱う現場で作業をすることによって石綿ばく露を受けることをいう。造船業での作業がそれに該当する。
 職業ばく露以外には、傍職業性家庭内ばく露として、石綿工場に働く夫の作業衣を洗濯することによりばく露を受ける妻や、空になった石綿袋を家に持ち帰り、子供がそれで遊んだりすることによるばく露がある。傍職業性ばく露とは家で石綿含有シートを切断したり、石綿入りのパウダーを壁に塗ったりする作業を自宅などで行うことによる、DIY(Do it yourself)によるばく露を言う。
 石綿肺を発症しない程度の職業性ばく露でも中皮腫が発症することは、よく知られている。また、胸膜プラークの所見がなくても、職業性石綿ばく露による中皮腫の事例はしばしば経験される。以下、主な業種別に、中皮腫が発症しうる職業性石綿ばく露の機会を、本邦での経験例も含めて記述する。

(1) 石綿鉱山の採石、粉砕作業、石綿原料の運搬作業、石綿製品の倉庫管理
 港湾労働者が石綿原料を運搬する際に石綿粉じんのばく露を受け、石綿肺を生じた例も知られている。船内や倉庫内という密閉された中で、過去には麻や紙袋入りの石綿原料を手づかみ、肩荷役する作業において、袋の破損による石綿原料の漏れとその粉じんへのばく露が、石綿肺の原因となったと考えられる。石綿原料の主な取り扱い港は東京・横浜・清水・新潟・名古屋・四日市・大阪・神戸・門司港であった。
 石綿工場に石綿原料を運搬していたトラック運転手に、石綿入り袋からの飛散などにより、中皮腫が発生した事例もある。

(2) 石綿製品製造・加工業
 石綿製品は多岐にわたるが、当然石綿製品を製造する工程に従事しておれば、石綿ばく露を受ける。石綿製品の主なものとしては、石綿紡織品(石綿糸、石綿布、石綿パッキンひも、リボンなど)、ジョイントシート、石綿紙、石綿板、摩擦材(ブレーキライニング、クラッチフェーシングなど)、保温材、吹付け材、石綿スレート、各種石綿セメント製品(石綿管、パルプセメント板など)などがある。特に、石綿入りの袋を開けて投入する作業や、石綿製品の切断工程は高濃度ばく露を受ける。
 石綿紡織での乾式作業は、他の石綿セメント製品製造や摩擦材製造に比べて、はるかに高濃度のばく露があった。

(3) 造船業・修理・解体業、車両製造・修理・解体業
 造船業従事者に石綿ばく露による肺がんや中皮腫が発症していることは我が国を含む世界各地から報告されている。
 造船業での石綿ばく露は、直接石綿を取り扱わない作業者、例えば塗装工や電気技師が石綿ばく露を受け、肺がんや中皮腫に罹患する例がある。
 車両への石綿の吹付けは1955年以降、当時の国鉄車両の不燃化として行われるようになった。造船業と同様、直接石綿を取り扱わなくても、吹付け後の電気艤装作業でばく露し、中皮腫に罹患した例は本邦でもある。1978年頃までは、車両に使われていた石綿含有断熱材等の補修による石綿ばく露はあったと推測される。

(4) 断熱・保温作業及びその補修作業
 石綿製品を用いて炉などの種々の施設への断熱作業や配管、その補修作業で石綿ばく露を受け、数十年後に胸膜プラークや肺がん、中皮腫が発症することも知られている。しかし、その具体的なばく露形態は様々である。
 石綿織布リボンは厚さ1mm以上のものは細い蒸気管の保温用に使われたり、ガスケット・テーブルとして高温高圧の箇所に使われてきた。厚さ1mm以下の薄いものは、発電機などの電気機器絶縁用に使われてきた。遠心ポンプ、水圧、油圧機及びパルプなど流体を扱う機械に必ず使用されているグランドパッキングヤガスケットにも石綿は使用されてきた。このような石綿使用機器の補修・メンテナンス作業で石綿にばく露した事例がある。また、化学工場や製油精製工場での配管被覆、貯蔵タンク、オートクレーブの保温用のラッキングに石綿材が使用されており、ラッキングの脱落補修作業での石綿ばく露がある。なかには、分配管の液漏れ点検作業のために、断熱用の石綿布団をめることにより破損を修繕する際にばく露を受けることもある。
 石綿作業服、石綿手袋は製鉄、金属、ガラス工場、化学工場などの高温作業時に常用されていた。これらのものを長期間使用してくれば、劣化がおこり、石綿ばく露を受ける。
 本邦でのボイラー技士会員を対象とした調査では、石綿を扱ったり触れたりしたことがあると答えたものが約67%、そのうちの大半は断熱配管被覆材の修理であったとする報告があり、中皮腫事例もある。
 パルプや製紙工場でこのような保温・断熱材の補修作業を行い、石綿ばく露を受けることによって中皮腫が発症することが明らかになっている。
 ビスケット工場やパン焼き工場従業員の中皮腫例がイタリアから報告されている。1980年代以前に製造されたオーブンには石綿含有の種々の断熱材が使用されており、これらの補修の際の石綿ばく露があった。我が国でも中学時代にアルバイトで菓子製造工場に働き、断熱材の補修に従事し胸膜中皮腫に罹患した例がある。
 清酒工場ではフィルタープレス型やリーフフィルター型の各種濾過機が使用されているが、この中には石綿フィルターが使われていたものがある。この石綿フィルター製造場で働いていた従業員に石綿肺が発生しており、また清酒工場で働いていた者に胸膜プラーク例があったとする報告もある。石綿フィルターが使用される以前は、石綿を直に酒で溶いて液状にし、濾過器の濾過膜に貼り付けて使用していたこともある。
 石綿フィルターは1976年頃国税庁の指導もあってまでには清酒用の濾過材としてはほとんど使われなくなった。1985年に日本酒造組合中央会は全面不使用の通達を出している。石綿フィルターは苛性ソーダ・塩素・水素・酸素などを製造する際にの電解糟の隔膜としても使用されてきており、これらの交換、補修の際にはばく露を受ける。

(5) 石綿吹付け作業、石綿吹付け場所での作業
 我が国では吹付け石綿は1956年頃より使用され始め、1964年頃からは防音用として航空基地周辺の学校や施設に、さらに1967年頃からは超高層ビル化、鉄骨構造化に伴い軽量耐火材として数多くのビル・建物に施工されてきた。この石綿吹き付け作業は短期間であっても高濃度ばく露なので、1975年に石綿吹付けの原則禁止措置がとられたが、1980年頃までは吹付けロックウールの一部(含有率5%以下)として石綿が使用されていた。
 石綿が吹き付けられてきた場所で電気配線やエレベーター・変圧器などを設置する際に、吹付け石綿を削ったり、穴空け作業をしたりすることにより石綿ばく露を受け、中皮腫に罹患した例も本邦で経験されている。一般にこれらの作業は換気の悪い、閉じこめられた空間での作業が多いだけに、短期間・間歇的作業であれ、高濃度の石綿ばく露と推測される。

(6) 建設業・解体業、石綿廃棄物取扱い
 石綿含有建材の裁断、穿孔、面取り、ヤスリかけなどの加工作業でも石綿ばく露を受ける。これらのことから建設労働者のなかには石綿ばく露による胸膜プラークや中皮腫の発症例が報告されている。
 石綿が吹付けられてきた建物を解体するハツリ作業では短期間であれ高濃度の石綿ばく露がある。これら石綿廃棄物のずさんな取り扱いでもばく露を受ける。

(7) 溶接・鋳物の際の石綿ばく露
 火力発電所、焼却場、浄水場などのプラント設備の建設や補修作業や、製缶作業での溶接時に、火気養生として石綿布や石綿布団を使用してきた。このようなばく露で肺がんや胸膜中皮腫が発症することが知られている。
 また、鋳物作業で鋳型に押湯枠を差し込む際、隙間ができるために、その隙間にシート状の石綿を詰め込む作業(シート状の石綿を鋳型の周長にあわせて切断し、隙間の程度にあわせて折り畳んで厚みをだし、ハンマー等で埋め込む)による石綿ばく露もある。

(8) 石綿を不純物として含有する粉じんへのばく露
 石綿を不純物として含む天然鉱物のうち、比較的利用されているのはタルク(滑石)、バーミキュライト(蛭石)、繊維状ブルサイト(水滑石)がある。なかでも1980年代後半まではタルクはクリソタイルやトレモライト−アクチノライトを不純物として含むものがあった。本邦では、このアクチノライトを不純物として含有するタルクをタイヤの仕上げ工程の際の塗布作業や、ケガキ作業で石綿にばく露し、肺がんや胸膜中皮腫が発生した事例がある。

(9) その他
 石綿にレジンなどの結合材、金属などより作られた摩擦材は電車・モノレール・自動車のブレーキライニング、クラッチフェーシングとして使用されてきた。
 自動車整備工はバスやトラックなどの大型車の石綿含有のブレーキライニング、クラッチフェーシングの清掃、補修、交換等の作業で石綿粉じんばく露を受け、軽度の石綿肺や胸膜プラークが発生していることが日本でも報告されている。自動車工場でも艤装作業中、近傍でのエンジンカバーの石綿張り作業による石綿ばく露を受け、胸膜中皮腫が発生した事例がある。
 歯科精密鋳造における緩衝材としても石綿リボンや石綿布は使われてきた。ばく露量は他の石綿製品使用と比べて多いとは言えないが、中皮腫による死亡例は本邦でも経験されている。

3 ドイツにおける職業性石綿ばく露による中皮腫事例

 旧西ドイツでは石綿による中皮腫(BK4105)は1977年1月1日から、労災補償の対象疾患になっている。1978年から1994年までの17年間の石綿による中皮腫の認定件数は 3,138件(胸膜 2,942、腹膜 196)、1978年から1997年までの20年間の石綿による中皮腫の認定件数は4,972件(胸膜 4,772、腹膜 198、心膜 2)であり、1995年から1997年の間に2例の心膜中皮腫が含まれている。

表6 石綿による中皮腫の産業分類別件数、1978〜2000(ドイツ)
産業分類 1978-94 1978-97 1978-2000
鉄鋼・金属 1,107 (35.3%) 1,759 (35.4%) 2,328 (33.9%)
化学 608 (19.4%) 850 (17.1%) 1,095 (16.0%)
精密機械・電気 419 (13.4%) 800 (16.1%) 1,148 (16.7%)
建設 360 (11.5%) 583 (11.7%) 821 (12.0%)
商業・管理 165 ( 5.3%) 217 ( 4.4%) 340 ( 5.0%)
繊維・皮革 140 ( 4.5%) 201 ( 4.0%) 271 ( 4.0%)
土石 61 ( 1.9%) 105 ( 2.1%) 188 ( 2.7%)
鉱業 82 ( 1.1%) 133 ( 2.7%) 206 ( 3.0%)
運輸 NC   NC   156 ( 2.3%)
木材 NC   NC   112 ( 2.3%)
食料・飲食 NC   NC   59 ( 0.9%)
ガス・熱供給・水道 NC   NC   56 ( 0.8%)
製紙・印刷 NC   NC   53 ( 0.8%)
保健 NC   NC   27 ( 0.4%)
その他 257 ( 2.6%) 195 ( 3.9%) NC  
3,199 (100%) 4,843 (100%) 6,860 (100%)
NC:分類なし

 全職業がんにおける石綿関連中皮腫の占める割合は26〜57%である。1978年から1994年までの17年間の認定件数は3,138件で、平均従事期間は18.3年、平均潜伏期間は35.2年、発症時平均年齢は63.2歳、発病から死亡までの期間は平均 1.8年である。認定件数は増加の一途を辿っている。観察期間を1997年までの20年間とした成績では、認定件数は4,972件で、平均従事期間は18.3年、平均潜伏期間は35.6年、発症時平均年齢は63.3歳、発病から死亡までの期間は平均 1.7年である。2000年までの観察では、認定件数は6,860件で、平均従事期間は18.6年、平均潜伏期間は36.4年、発症時平均年齢は65.0歳、発病から死亡までの期間は平均 1.8年である。
 産業分類別に認定件数を見ると、どの年代でも鉄鋼・金属産業が最も多く、約1/3を上回っている(表6)。次いで化学産業、建設業でこの3業種で全体の80%近くを占める。繊維・皮革、土石に含まれる石綿製品製造業での認定件数は全体の約7%前後である。
 主な職種別に認定件数を見ると、機械修理が最も多く、全件数の約15%を占める(表7)。次いで化学労働者が7〜8%を占めている。煉瓦積工・コンクリート工事工、板金工・据付工、大工・屋根職人・足場組工、家具師・型職人、建築材料組立工、塗装工などの建築関係者も肺がん同様、1978〜1994年では18.7%、1978〜1997年では22.5%、1978〜2000年では24.3%と多く、しかも増加傾向にある。また、金属接合(溶接)工や、金属製造・圧延工などの断熱が必要な工程での従事者、倉庫管理者・運輸労働者、電気工にも石綿ばく露による中皮腫の発生があることがわかる。機械関係者にも見られる(詳細は別添参考資料を参照)。

表7 石綿による中皮腫の主な職種別件数(ドイツ)
職種 1978-94 1978-97 1978-2000
機械修理 535 (17.0%) 789 (15.9%) 1,092 (15.9%)
化学労働者 265 ( 8.4%) 379 ( 7.6%) 517 ( 7.5%)
板金工・据付工 194 ( 6.2%) 285 ( 5.7%) 381 ( 5.6%)
電気工 174 ( 5.5%) 272 ( 5.5%) 393 ( 5.7%)
建築工事現場監督者 152 ( 4.8%) 267 ( 5.4%) 346 ( 5.0%)
煉瓦積工・コンクリート工事工 127 ( 4.0%) 194 ( 3.9%) 271 ( 4.0%)
倉庫管理者・運輸労働者 117 ( 3.7%) 138 ( 2.8%) 184 ( 2.7%)
機械係 115 ( 3.7%) 205 ( 4.1%) 343 ( 5.0%)
家具師・型職人 113 ( 3.6%) 181 ( 3.6) 253 ( 3.7%)
金属接合(溶接)工 NC   154 ( 3.1%) 220 ( 3.2%)
大工・屋根職人・足場組工* NC   192 ( 3.9%) 192 ( 2.8%)
技術者 NC   NC   160 ( 2.3%)
機械製造工 NC   NC   135 ( 2.0%)
建築材料組立工 NC   NC   125 ( 1.8%)
紡績工 NC   NC   111 ( 1.6%)
補助職工 NC   NC   110 ( 1.6%)
技師 NC   NC   109 ( 1.6%)
塗装職人 NC   NC   101 ( 1.5%)
金属製造・圧延工 NC   NC   100 ( 1.5%)
その他 1,346 (42.1%) 1,916 (38.5%) 1,717 (25.0%)
3,138 (100%) 4,972 (100%) 6,860 (100%)
NC: 分類なし、* 1978-2000年の分類では足場組工は除外

4 北欧諸国における中皮腫の職業病登録状況

 国レベルでのがん登録制度が整備されている北欧諸国では、中皮腫の罹患状況が把握されているが、職業病登録される中皮腫件数とのギャップが指摘されている。

(1) ノルウェー
 ノルウェーでは1960年から1979年までの20年間に190例(男155、女35)の中皮腫がノルウェーがん登録に登録されているが、1979年12月末現在、21人(全て男性)しか国民保険協会National Insurance Institutionに届出されていないことをMoweら(1984)が述べている。

表8 1979年末までに保険協会に告知された21例の中皮腫(ノルウェー)
  平均±標準偏差 範囲
ばく露開始年齢 27.1±10.3 16〜46
死亡年齢 62.0± 9.6 43〜77
ばく露期間(年) 21.4±11.7 4〜45
ばく露開始から死亡までの潜伏期間(年) 35.4±10.8 18〜53
ばく露終了から死亡までの潜伏期間(年) 14.1±12.9 0〜40
発病から死亡までの(生存)期間(月) 21.1±19.1 4〜76
肺内石綿繊維濃度(106本/g)* 算術平均 104±140 0.5〜490
幾何平均 30±7  
* 11例

 21人の職業は、断熱作業者が4人、石綿セメント製造労働者6人、化学工場労働者6人(保温作業者lagger 4、塗装社業者 1、管理保守作業者 1)、大工2、魚師1、電子工学労働者1、造船労働者1で、このうち、管理保守作業者の1人は、家庭でのばく露があったことから労災補償の対象外とされたが、残りの20人は全て職業病として労災認定されている。21人の石綿のばく露開始年齢は、平均27歳、死亡時平均年齢は62歳、ばく露期間は平均21年、ばく露から死亡までの潜伏期間は平均35年、発病から死亡までの期間は平均21月、11例の肺内石綿繊維濃度(SEMによる)は算術平均104x106本/g、幾何平均30x106本/gであった。
 1960年から1969年の間にがん登録に登録された中皮腫のうち僅か3例、1970年から1979年のでは12例だけが職業病と認定されていた(10%)にすぎず、さらに6例はがん登録に登録されず、国民保険協会に届出されていた。
 死亡前に届出されていたのは11例で、10例は死亡後に届出されていた。不完全な届出や届出の遅れは、恐らく確定診断の困難性、職業歴が完璧に把握できないこと、届出に関する種々の知識と関心の欠如にあると、著者は述べている。

(2) スウェーデン
 スウェーデンでは1940年代から1970年代中頃まで大量の石綿が使用されていたが、1976年に石綿の使用は禁止され、石綿の危険性に関する認知はスウェーデンでは高いことから、多くの胸膜中皮腫は職業がんとして報告されているものと思われる。スウェーデンでは職業がんが疑われた場合、地域社会保険事務所 Regional Social Insurance Officesに報告され、職業との関連が調査され、職業がんの認定が決定される。また報告例は全例、職業病登録Swedish Register of Reported Occupational Diseases (SRROD)に登録される。
 Andersonら(1995)はスウェーデンの西部に位置する4地域(1980年代の人口は約140万人、胸膜中皮腫の罹患率は男2.5/10万、女0.4/10万)を対象に以下の調査を行った。
 1980年から1989年までの10年間に214例の胸膜中皮腫ががん登録に登録されていた。うち6例は1992年の調査現在、生存が確認され、うち4例は良性中皮腫と思われたので対象から除外した。
 210例(男177、女33)のうち75例(36%、全例男性で42%)がSRRODに報告されていた。報告された例の平均年齢は62歳(31-85)で、報告されなかった例の70歳(37-93)に比べて、有意に若かった。

表9 中皮腫210例の性・年齢分布とSRRODの報告率(スウェーデン)
年齢 SRRODに報告された件数
(%)
≦50 19 3 22 14 (62%)
51-65 48 7 55 25 (45%)
66-74 56 10 56 26 (39%)
≧75 54 13 67 10 (15%)
177 33 210 75 (36%)
SRROD: Swedish Register of Reported Occupational Diseases

 年代別にみると、1980-84年は42%であったのに対し、1985-89年は29%と低下していた。何故報告率が低いのかについて、著者らは、ひとつの理由として、石綿ばく露歴がないことをあげている。職業がんの報告率をあげるためには、医師に全ての患者に対して石綿ばく露歴をもっと重要であることを知らせなければならない、と述べている。

(3) デンマーク
 デンマークの医師は、既知の、あるいは疑われる職業がんは全て労働監察事業Danish Labour Inspection Service(DLIS)に報告義務がある。これら報告された例は産業災害局National Board of Industrial Injuriesに廻され、そこで労災補償の対象となるかどうかが決定される。
 1968年から1976年までに356例の中皮腫ががん登録に登録されているが、僅か8例しか届出されておらず、そのうちの7例(2%)が職業病として認定されていない。
 1983年から1987年までにがん登録に登録された胸膜中皮腫は234例(男178、女56)であるが、そのうちの81例(34%)がDLISに報告されていた。男女別にみると、男性では178例中78例(43%)、女性では56例中3例(5%)であった。年齢分布別に報告率をみると20-39歳では22%、40-64歳50%、65歳以上25%であった。
 1986-87年の2年間の81例のうち51例(男31、女20)はDLIS/NBIIに報告されていなかった。内訳は、診断時に患者が生存しており、石綿ばく露歴が無しとされたもの10例(男8、女2)、ばく露歴の質が乏しいもの4例(男1、女3)、死亡後に診断さればく露歴が無いもの18例(男9、女9)、ばく露歴が否定されるもの8例(男4、女4)、で、医療記録を調べた結果、石綿ばく露歴が判明しているにもかかわらず報告されていなかったケースが3例(全例男性)あった。

表10 1983-87年に胸膜中皮腫と診断され労働監察事業DLIS/産業災害局NBIIに
報告された例(率)と労災認定状況
 
がん登録件数 178   56   234  
DLIS/NBIIへの報告数(率) 78 (43.8) 3 (5.4) 81 (34.6)
認定例 65   0   65  
ばく露無しの判定 4   2   6  
1人親方 2   0   2  
保留 7   1   8  
DLIS: Danish Labour Inspection Service, NBII: National Board of Indsutrial Injuries

 1988-90年での報告率は53%と上昇していることをDanoら(1996)が報告しているものの、依然としてundereportingであると結論している。

(4) フィンランド
 フィンランドでは1975年から1990年の間に中皮腫の罹患率は増加しているが、1990年以降は増加傾向は観察されていない。1984年から1995年までのフィンランドがん登録に登録された中皮腫件数とフィンランドの職業病登録Finnish Register of Occupational Diseasesに報告された割合(%)を年代別にみると、男性では 1984年から1986年の3年間では79例の胸膜中皮腫に対し9例(11%)しか職業病登録に報告されていなかったのが、1987-89年には55%、1990-92年には45%が職業病登録に報告されるようになっており、1993-95年には90%に達している(表11)。
 フィンランドでは1987年から1992年の石綿プログラムで石綿関連疾患の診断の改善に向けての全国規模のキャンペーンが行われた。

表11 がん登録の中皮腫件数と職業病登録の中皮腫件数のその割合(フィンランド)
 
胸膜 腹膜 胸膜 腹膜
A B C A B C A B C A B C
1984-86年 79 9 11% 13 - - 29 1 3% 11 - -
1987-89年 81 45 55% 11 - - 43 2 5% 12 - -
1990-92年 98 44 45% 7 2 29% 36 4 11% 16 1 6%
1993-95年 89 80 90% 12 6 50% 25 4 16% 9 - -
A: がん登録件数、B: 職業病登録件数、C: B/A x100

5 小括

 中皮腫の本邦での労災認定事例では、石綿ばく露開始から発症までの潜伏期間は平均35〜40年(最短11.5年)、発症年齢は平均60〜65歳であった。石綿ばく露を受ける職種の従事期間は平均15〜20年(最短2.3年)であったが、石綿ばく露の形態は、石綿製品製造業に従事して定常的作業ばく露を受ける形態のみならず、保温・断熱作業や、補修・メンテナンスなどの非定常的作業でのばく露による場合も多く、直接石綿ばく露作業以外の作業に従事していた者にも発生していた。また、ドイツでも同様の報告があった。
 石綿は、耐熱性・抗張性・化学的安定性に富むうえ、断熱性・電気絶縁性が高く、その優れた特性が広く工業原料として活用されてきたことから、石綿ばく露を受ける機会は様々な業種・業界で働く労働者に及んでいることがわかる。
 Bianchiら(2001)は造船業を主とする石綿ばく露歴を有する胸膜中皮腫例で、石綿ばく露従事年数が明らかな男性325例のうち323例(99.4%)は1年以上のばく露期間が認められた、と述べている。
 これらのことから、概ね1年以上の職業による石綿ばく露期間は、中皮腫発生の重要な要因の一つといえる。
 なお、我が国では全国規模の地域がん登録がなく、また中皮腫登録もないことから、真に労災補償の対象とすべき中皮腫の件数が把握できない状況にある。昭和53年度の検討会報告書でイギリスの中皮腫登録が紹介されているが、石綿ばく露によって発生する中皮腫をはじめとする石綿関連疾患に実際に遭遇する臨床医に対して周知徹底を図るとともに、全国規模での中皮腫登録の必要性も検討されるべきである。


トップへ
戻る