03/07/17 障害者(児)の地域生活支援の在り方に関する検討会(第4回)議事録         障害者(児)の地域生活支援の在り方に関する検討会                   (第4回)           日時:平成15年7月17日(木)14:00〜17:00           場所:厚生労働省(中央合同庁舎5号館共用第7会議室)  江草座長  ただいまから第4回の障害者(児)の地域生活支援の在り方に関する検討会を始めさ せていただきたいと思います。委員の皆様方、大変お暑い中、またお忙しい中をお運び いただきましてまことにありがとうございました。それではまず事務局から本日の委員 の出欠状況、本日の進め方と資料についての御説明をいただきたいと思います。  高原課長  お忙しい中をお集まりいただきまして、事務局からも御礼を申し上げます。まず出欠 の状況ですが、本日は大森委員、竹中委員、室崎委員、森貞述委員、渡辺委員が御欠席 でございます。また、高橋紘士委員、佐藤進委員は後ほど遅れてお見えになる予定でご ざいます。  次に今日もたくさんの方に傍聴をいただいておりますが、今回も多数の御希望をいた だきましたので、心苦しいことですが抽選をさせていただいておりますので、御報告を 申し上げます。  今日の進め方でございますが、お手元の資料の議事次第を御覧いただきたいと思いま す。まず、議題の1といたしまして、関係者の方からお話を聞かせていただくというこ とで、最初は重症心身障害児(者)の関係で、全国重症心身障害児(者)を守る会の北 浦会長からお話をいただく予定にしております。  次に知的障害者の御本人の関係で、ピープルファースト、全日本手をつなぐ育成会の 2グループからお話をいただくということで、ピープルファーストにつきましては大澤 たみさん、佐々木信行さん、小田島栄一さんからお話をいただきます。  それから育成会の関係でございますが、今日は御都合でこの議事次第に書いておりま すお三方のうちお二方の変更がございました。準備が整わなくて資料が用意できており ませんが、お手元の資料の中で申しますと、多田宮子さんの他に岡部さんのお二方を書 かせていただいておりますが、今日お越しいただいております阿部八重さん、それから 山田憲二郎さんのお二人からお話を聞かせていただくということでございます。  それから地域ケアネットワークの実践例として、滋賀県社会福祉事業団の中島秀夫企 画事業部副主幹からお話をいただくという予定にいたしております。  それからお断りですが、前回自閉症の関係でお話を聞かせていただくということを申 し上げておりましたが、お話いただく予定の御本人がお仕事の関係でどうしても都合が つかないということで、今日は急遽地域の実践例の中島さんのお話とチェンジをさせて いただいております。それで自閉症の関係は次回30日にお話をいただく予定にしており ます。ヒアリングの進め方ですが、それぞれの方、あるいはそれぞれのグループのお話 は20分程度でお願いしたいと思っております。その後、それぞれ質疑を10分程度いただ くということで進めたいと思っております。  それから大きな議題の2としましては、データ収集の進め方についてということで、 事務局からお諮りをさせていただきたいと思っております。  それからお手元にお配りしている資料ですが、1〜4までが今日お話をいただく皆様 から事前に御提出いただいた資料でございます。資料5につきましては事務局からの提 出資料、資料6、7は前回の議事概要等々でございます。それから本日の議題との関係 で、中西委員から資料の御提出をいただいておりますので、資料7の後ろに中西委員提 出の資料をお配りしております。資料の不足等がございましたら御指摘をいただければ と思います。以上でございます。  江草座長  ありがとうございました。それではただいまからお話を聞く方へ移っていきたいと思 いますが、まず最初に全国重症心身障害者を守る会の北浦雅子会長にお願いを申し上げ たいと思います。ほぼ20分程度お願いいたします。  北浦氏  ただいま御紹介をいただいた全国重症心身障害児(者)を守る会の北浦でございま す。今日は障害者(児)の地域生活の在り方に関する検討会に発言の場を与えていただ きまして、誠にありがたく存じております。  まず私どもの全国重症心身障害児(者)を守る会と申しますのは、昭和39年6月13日 に発足いたしました。当時の国の姿勢は、障害が重くて社会の役に立たないものに国の お金は使えませんということでございました。私たちは、たとえどんなに障害が重くて も、この生きている命を守っていただきたいということと、社会の一番底辺の弱いもの を切り捨てる考え方は、その次に弱いものも切り捨てられていく、社会の幸せにつなが らないのではないですか、これは私たちが常に強く訴えた言葉でしたが、そうやって運 動をいたしました。  それからまた昭和42年に重症児施設法制化の問題の時に、やや職員の方の主義主張が いろいろとございまして、私も振り回されてまことに苦労いたしました。そういうよう ないろんな体験から、会は三原則を作りました。その一つが、決して争ってはいけな い、争いの中に弱いものの生きる場はない、親個人がいかなる主義主張があっても、重 症児運動に参加するものは党派を超えること、最も弱いものを一人ももれなく守る、こ うした三原則を大切にしながら私たちは運動をし、また事業を行なっております。事業 の内容については会のあらましで御覧いただけると御理解いただけるかと思います。  また、ある程度施策が進んでまいりましたら、親の方々が権利の主張ばかりをして、 これは本当に子供に代わり意見の言える、子供の立場に立った意見の言える親になりま せん。親の感情でものを言ったのでは子供は捨てられていってしまうんですね。そうい う意味で親というものの心構えを会員みんなで決めました。その一つは親はどうやって 生きたらいいか、そしてその次には親はどういう務めをしましょう、それから子供たち は、重症児はものが言えませんから、ものの言えない子供に代わって正しい意見の言え る親になりましょう、そして親の運動はボランティアとして純粋に子供の命を守ってい きましょう、こうした親の憲章を作りまして、今でもこれはブロック会議とか支部長会 議で皆さんそんなに抵抗もなくこれを唱和すると落ち着くわと言っております。  重症心身障害児について御説明申し上げますと、ここに書いてございますように、重 度の知的障害と重度の肢体不自由児が重複したものということで、大体全国でおよそ 37,000人、そのうち在宅が約19,000人と今は言われております。この大島分類というの を御覧になっていただきますと、このIQが0から20、35、そしてこの1、2、3、4 が重症心身障害児なんですね。  皆さんこれを御覧になった時に、何だこれはIQが0では何も分からないんじゃない かというふうにお思いになると思いますが、これがいわゆる知識というのはないのです が、何か本能的に知恵というのをいただいておりまして、まことに細やかな反応をする んですね。ですから私たちは逆にその言葉の言えない無言の顔からいろんなことを学ば され、教えられ、こちらの方が育てられるような思いでございます。  最近、超重症児と申しまして、重症心身障害児の中でもどうしても医療管理の下に置 かなければならないお子さんが急増しております。この方々は一般病院に入りますと、 3カ月ぐらいで出なければならない、在宅を余儀なくされるか、あるいはうまくいけば 重症児施設に入所できますが、今のところ在宅でお母さん方が一生懸命守り育てている 姿を見ると、私などは涙が出てくるぐらい感動してしまうんですね。  それはレスピレーターをつけて呼吸管理をしていて、その上に気管切開をしていて、 その気管切開から痰が年中出ますから、それを吸引しなければならないんですね。その 上に食事をとりますので、経管栄養はまだいい方で、経管栄養でもダメで胃ろうになっ ているお子さんがいます。胃に穴を開けてそこから栄養をとっているんです。そういう お子さんで、また自分で尿を排泄することができなくて、導尿をしている方もあって、 こうした超重症児の方々が医療なしでは命が守られないわけなんですね。  ですから重症心身障害児というのは、本当に医療がなくては生きていかれないので、 一般的にはこんなに重い障害を持っていたら生きていない方がいいんじゃないか、いっ そあの世へ行った方が幸せじゃないかという考えをお持ちになる方が多いんですが、私 どもはその体験の中からあらゆる角度から彼らに教えられております。  そのことにつきましては、また詳しく後ほどお話をさせていただきますが、施設がい ま民間施設が105カ所、10,301床です。国立療養所の重症児病棟が75カ所の7,640床で す。この施設に入所いたしますと、まず医療がありまして、その医療と生活を守る福 祉、それと教育が一体になって療育を行なっております。  実は私の次男が昭和21年に生まれました。丸々肥った元気な赤ん坊でしたが、種痘を 接種したために右半身が麻痺して言葉が困難で、知恵も遅れて、そういう重症児になっ てしまったんです。私は何も対策がなかったから、家族の中で一生懸命育てておりまし た。24才まで育てましたが、主人がまた難病にかかりまして、その看病と両方でどうに もならなくなってやむなく施設にお願いしました。  お願いしましたら、この子たちはデリケートですから、環境が変わりますとご飯を食 べないんです。拒食して1カ月ぐらい何も食べないんです。その上に骨折してしまっ て、もうダメかなと思うところまでいきましたが、それを越えましたらその環境に慣れ て、本当に楽しく元気に過ごすようになりました。要するにお友達ができることと、た くさんの方と出会う、そういうチャンスを与えられたから彼はあんなに成長したのかな と思いますが、40才になった時にコロコロと寝返りを打つようになって、先日もプレー ルームに連れていきましたら、コロコロコロと転がっちゃったということで、職員から 「やったわよ、お兄ちゃんやったわよ、転がったわよ」という電話がかかってきまし た。  そしてまたなお驚いたのは48才で、うつぶせになって左手でおもちゃを送っている遊 びをしていたんですね。そうしたらこの左手の指の動きを見て、絵心のある指導員が、 絵が書けるんじゃないかと思いついたんですね。それでうつぶせに胸に座布団をあてま して、画用紙のこんな大きいものを与えましたら、絵筆を見て色を選んで、それをバー バーと書くようになったんですね。それが絵心があるわけでもないし、何かグラジオラ スらしきものがあったり、キリギリスみたいな絵になったり、見たこともないんです が、その書いた絵から何か与えるわけなんですね。それで職員の方もとても喜んで、そ れが職員の方の張り合いにもなるんですね。そういう職員と彼の心が響き合って、そし て互いに助け合っているということで、昨日もちょっと職員から電話がありましたが、 全くルンルン気分でいま元気に過ごしております。  この重症児施設は医療で命を守りながらも、生活を豊かにする医療ということを言っ てくださいますので、行事もありますし、園外活動もありますし、1日外泊もあります し、順番にお出かけするんですね。うちの子もディズニーランドへ1泊旅行で行ったり しましたが、そういう施設といってもいろんなことをなるべく体験するようにもって いっていただいている。私もちょっと年もとりましたので、65才で定年を与えましょう と言ってくださいましたが、そんなに面会に外泊の時にどうしても連れて帰れともおっ しゃらないし、本当に優しく私にも対応してくださって、本当にありがたいなと思って おります。  しかしこの施設というのは限られておりますし、だんだん重症児の数が増えて、一昨 日でしたか、肢体不自由児の養護学校のお母さん方がアンケート調査をなさったのです が、これから卒業してくる子はどうも全部重症心身障害児になってしまうんじゃないか と思うんですね。ですからそういう意味で在宅支援というのは非常にこれから大切なこ とになってくると思います。  一応施設で外来を持っているところが多いですし、外来に通えますし、それから超重 症児には訪問健診、東京都では訪問健診、訪問看護、そしてカニューレの入れ方とか、 それからいろいろな道具の使い方とか、看護師が来ていただいている間にお母さんが ちょっと横になって休むとか、そういうサービスが行われ、ある意味ではホームヘルパ ー、デイサービス、それから短期入所、通園事業ですが、これは一応項目としてはあげ ておりますが、この重症心身障害児の在宅支援事業というものが、在宅の支援だけでは できないんですね。つまり医療機関である重症児施設があってこそ在宅支援事業ができ るのです。  在宅の支援には専門家の先生方がいっぱいいらっしゃいますから、外来で相談をして みたりしますし、この重症児がライフステージとしてそれぞれ幸せになっていくことは 本当に保障して欲しいと思うんですが、それが今の世の中のように脱施設で施設は要ら ないんじゃないかというのでは全く私どもはついていけない面がありますね。やっぱり 施設というものを大事にしながら、その子供たちが個々にどういうふうにやっていった らいいか、ですから在宅支援と施設とが互いに連携して、お互いにいろんなことを組み 合わせて、そしてその在宅支援事業というのが行なわれております。  そういうお子さんたちのお母さんが、これが本当に真剣なんですね。しかし、在宅で 重症児が病気になった時、これが一般病院では全然わかりません。一般病院では入れて もらえないんですね。ですからどうしても重症児施設に病気になっても医療入院といっ て入るわけです。それからお母さんが看病でくたびれて病気になった時、あるいはちょ っと休息して1週間ぐらいどこか行きたいという時も、短期入所として受け入れていた だいています。たまにはお母さんたちもハワイに行ってきたわとか、そういう声を聞く と私もホッとするんですが、そういう休息を与えるためにも施設というものがあってで きることなんですね。ですからお母さん方はこの短期入所がなかったら、私たち生きて いかれない、この施設の重要性をものすごくおっしゃいます。この点がちょっと一般の 皆様の対策とやや異なるところではないかなと思います。  あとは在宅としては、幼児の時は通園で通えますが、養護学校へみんな通えるように なる、先程のカニューレを入れている子とか、吸引する子とか、そういう子も全部養護 学校へ通うようになったんですね。そうしますと養護学校には医療がありませんから、 お母さんが待機していなければいけないんです。経管栄養の時とか、それから痰をとる 時とか、そういうのを全部待機をしているので、お母さん方がこれが辛いから何とかし てくれということで、文部科学省の方にも厚生労働省の方にもお願いしまして、ようや く今連携をとって、そして看護師がうまく派遣できるような方向に行きつつある。これ もずいぶん長いこと運動をしております。ALS、そういう難病の方の吸引が認められ れつつありますが、まだ重症心身障害児のところまでは認められていないということで ちょっと私も心配をしているところでございます。  重症心身障害児というのは、入所の方は措置制度を残していただいているんですね。 これは全く時代遅れじゃないかとおっしゃられるかもしれないんですが、地方に行きま すと施設が何もないところがあるわけですね。そういう何もないところで利用しよう、 契約しようといったって、お母さんとして行き場がないわけです。ですから措置制度を もうちょと残してほしいということで、これは中西さんの御意見にもございましたが、 児童福祉法の施設ですので、そういう意味で措置制度を残していただいているというこ とになるわけです。  在宅支援のサービスなどを見ておりますと、これからの心配事は地域格差ですね。東 京なんかは訪問看護、訪問健診といろいろありますが、地方に行ったら訪問看護ステー ションというのがありますが、それが本当に重症児のところまで行き渡っているのかど うかわかりませんので、その点がちょっと気になっております。  それからこの脱施設化ということで、皆さん方がいろいろと流れをお持ちのようで、 もちろんこの社会福祉法の改正でノーマライゼーションの理念のもとにその人格が尊重 され、個人が尊重される、これもすごく大切なことですから、できるだけ地域で生活で きる方があれば、それはできるだけそれを支援してあげていただきたいし、そうあるべ きだと思います。そうした流れがいまずっとございますよね。  ただ、その時に私が心配なのは、たとえば重度の知的障害者が入所しているのに、そ こから脱施設なんだから、あんたどこか行きなさいと言われても、簡単に行くところは ないわけですね。そしてある脱施設論を唱えている方のお子さんが施設に入っていて、 じゃああなたのお子さんはどうやって在宅になるんですかと伺ったら、うん子供がね、 施設がいいと言って嫌がるんだよと、そういう脱施設論の流れというものを障害者じゃ ない者が流れを作って、それにもし適用させようとするのであれば、その一人一人の個 人を尊重して、それに対する具体論がないと、具体策を決めてあなたがこういうふうに なさいと言うのならいいんですが、ただ何かムード的に脱施設です、何人これは出て 行ってください、これでは今そういう問題はみんな私のところに悩みを訴えて来られる んですね。  ましてその親の方も老齢になっていますから心配しているのと、それからお母さんが 亡くなってしまって兄弟が面倒を見ている、そういう方はもしこの脱施設でうちの子が 出されたら心中する以外にない、これはどうなるんでしょうということは、この重度の 知的障害の方々の方でも盛んに私どもの方へ相談が来るわけです。  ですからそういう意味で、もちろん施設でないところで豊かな生活ができれば、これ のおできになる方はお幸せなんで、ぜひやっていただきたいと思うのですが、そうでな い、施設にいま入っている人達はそれにどう対応してその流れに乗せてあげるのか、そ の具体論を本当に先生方で十分に御検討をいただきたいなと思っております。  実は私どもの会が最初に申し上げたように、IQは低いし、こんな役に立たない人間 をなんで生かしておくのかというのは、これは当然あるわけです。ですけれどもそこで 私どもは社会の共感を得ることこそ大切だということをいつも言っております。それで 私どもの方で運営していますあけぼの学園という通園事業があるのですが、そのすぐ近 くに保育園があり、その保育園の子供と幼児同士で交流をしているんです。そうします と初めは変な子と言って眺めているのが、だんだん車椅子を押してくれるようになった り、アッ手を上げてくれたよとか、そう言ってくれるようになりました。  この間一つ嬉しかったのは、山形県の寒河江市の中学生の16名がインターネットで探 してホームページで私どものあけぼの学園を見つけたらしいんですね。それで修学旅行 で東京に出てきて、あけぼのを見つけましたから訪問させてくださいというんですよ ね。それで16名の方が見えて、子供と一緒になって、はじめは固くなっていましたけど も、だんだんお歌を歌っているうちに仲良くなって、何ちゃんが手を握ってくれた、何 ちゃんが笑ってくれたと言って喜んで帰ったんですが、その感想文がまいりました時 に、障害が重くても感受性が強くて結構魅力がある人だとか、生きる勇気を与えられ た、それから命って尊いんだねとか、どんなに障害が重くても役に立たない人間なんて いないんだよねという、そういう感想文を送ってくださったんですね。私は本当に涙し てしまいましたが、こういうこれからの子供たちに障害者をどう理解していただくか、 このことも共に考えていかないと、これは大きな問題だと私は考えております。  うちの子供が先程申し上げたように絵を書いたので、施設の廊下に貼り出してくださ ったんですね。その下に感想を書くところを置いてありましたら、その感想文に「僕は 絵の専門学校に行こうと思った、だけどもう自信がなくなったからやめようと思う。で もこの絵を見たら勇気を貰った、やはり受験します」ということが書いてあったんです ね。この絵が立派な絵でも何でもないのに、その無言の、この無言というのが私は意外 と言葉でお説教するよりも、この無というものが、相手の心を変えていくんだなという ことを学びましたが、その方も受験をするようになってくださったようです。  そういう意味でこの重症児というのは、言葉はないんですが、表現がすごく豊かです から、優しい言葉をかければニッコリ笑って手を出して握手しますし、ちょっと面白く ないことがあるとパッと横を向きますし、そういう表現の中から職員も生きるとは何 か、幸せって何なんだと、そういうことを職員も共に学びとってくださって、相互の関 係の中でやはり重症児に教えられるという言葉を最近聞くようになりました。私自身も 今日ここにこうしておりますのは、重症児から教えられた数々のことが今日の私を作っ ていると思うんですが、やはりこの社会の共感を得る運動ということが大切だというこ とを委員の先生方にも十分ご理解いただいて、具体論を何か考えていただいたらありが たいと思います。大変失礼いたしました。  江草座長  大変ありがとうございました。いま全国重症心身障害児(者)を守る会の北浦会長か らのお話がございましたが、ただいまの御意見の御発表に御質問の方がありましたら、 先に御質問をお願いします。御意見はあとにさせていただきます。  中西委員  質問をさせていただきます。北浦さんのところは施設を運営しながら、その中での重 心の生活機能を作っていくという活動を長くされたと思うんですが、この場合に在宅支 援の場として施設を使うことは重要であろうとおっしゃいましたが、そういう手立てと して現実にお子さんが施設に入る時に、地域でもうちょっと頑張れないのかというふう にきっと考えられたと思うんですが、そのあたりのお話を聞かせていただけますか。  北浦氏  これはいろいろ御質問の中にもありますが、資料に図表を書いてくださっています ね。こういうことができれば嬉しいんですが、それがうちの子供でも、それだけ成長し ていましても、無呼吸で夜はエアウェイを入れるんです。それからすごい激しい痙攣が あります、また、ちょっとしたストレスで十二指腸潰瘍になってしまうのです。それか ら子供さんの中にはお母さんが外泊で面会に来ますね、そうすると嬉しいんです。そし て嬉しくなった途端に呼吸が苦しくなってしまうんですよ。それは見てくださらないと わからないんですが、だからお母さんも面会に来るのはいいけれど、あの子また呼吸が 苦しくなってしまわないかしらと、外来の玄関まで行ったらまたすぐに戻ってくる。そ れからうちのあけぼの学園の子供さんでも、明日はディズニーランドへ旅行をしましょ うといった途端におかしくなっちゃうんですよ。  そういう意味でこの小規模通所更生施設って、いろいろアイデアで考えていただいた と思うんですが、いまのところこれは私たち親としては心配なんですね。やっぱりここ に特別のお医者さんとか何かがいてくだされば別ですが、そういう経費が出る場所があ りませんしね。それからこの中西さんの資料でちょっと気になったのは、重症心身障害 児施設は終末期であると書いてらっしゃいますが、これは絶対に終末期でホスピスみた いな気持で入れているところではないんですね。やっぱりその子がそこで生活して、豊 かな人生を送るための施設であるということです。  もう一つこの御意見の中で気になりましたのは、法律のことを言ってくださってます でしょう。重症心身障害児は何才になっても児童扱いで、者の定義が明確でない。これ はたしかにそうなんです。ただ、こういう法律を重症者の法律を別に作ればいいんじゃ ないかという御意見があります。ただ、重症心身障害児というのは幼児の時に脳の脳幹 から脳を侵されちゃうんですね。そうするとそれは小児神経の先生しかわからないわけ です。20才になったからといって、神経内科の先生を呼んできても、さらさらわからな い。僕らはお手上げですと言われる。ですから基本のところは小児神経の先生がずっと 脳を見ておいていただいて、者になった時にやっぱり一般のお医者様のお世話になる。  ですからこの児者一本化ということは非常に問題であるということも私もわかるんで すが、この間も委員会がありまして、福祉というのはお饅頭で例えれば皮をとるか、あ んこをとるかということだったんですね。たしかにこの重症者というものが児童福祉法 の中で守られているということは、お饅頭でいえば皮の方で、結局みっともないわけで すよ。おかしいんですよ。だけど私たちはあえてあんこをとるわけですね。そしてそこ で医療を受けながら平和に生きていって欲しい、ですからこの者の法律ということはい まのところちょっと考えていないんです。  それとこの資料を拝見してちょっと気になりましたのは、入所施設100万円と書いて くださってますね。これは大体健康保険が半分なんですね。健康保険ですから、児童は 親が健康保険で払いますし、者も本人が健康保険で払っているんです。その他の公的な 資金は34万、そしてその健康保険と合わせて約80万というぐらいで、費用負担も本人が ちゃんと払っています。ですからこのただ100万という数字になりますと、ちょっと私 も気になったものですから、でもこんないい資料を作ってくださってありがとうござい ました。  中西委員  重心の方で北浦さんの方では家庭でやりきれない時に施設に入れた、こちらでもそう いう例があったわけですね。施設に入れて口もきかなくなる、食事も食べなくなる、そ こで親は大変なことをしてしまったということで、施設からすぐに1週間で連れ戻して きたんですね。それでもう施設に入れるのはやめよう、在宅で何とかやり抜こうという ことで始まったのがこのスペースらせり・ろばの家というものなんですね。  ここでは重心の人達、利用会員51名で、肢体5人、知的21人、重複25人ということ で、大勢の皆さんが一カ所の日中通う場で暮らされる。ここでは日中暮らす場だけでは なくて、体験の宿泊の場も設けていこうということで、この個別宿泊体験プラン日中利 用を含んだ形でやるもの、それから日中にレクリエーションをやったり、それから緊急 一時保護的に親が先程のように具合が悪い時にはすぐでここで受けるよ、緊急ベッドも 市から委託を受けてやっております。  介助者はここは数多く38名使っておりまして、年間斡旋時間は1,032日活動している。 これ自身非常に安い費用でやっておりまして、次の頁ではコーディネーター、人件費が 常勤1人、非常勤6人と、564万、担い手の報酬費、これは介助なさる方々のものなん ですが400万、1,000万ぐらいのお金で運営されているということです。  そしてこの個人宿泊の中でいろいろ定期的な利用が多くなって、週一回から二回、そ ういう形で定期的に泊まるので会社もだんだん慣れてくる、そして学齢期前の重複利用 があって、地域サービスが少なく家族活動のために見てくれる人がいないということ で、この学齢期の人の利用も増えている。親のレスパイトが地域支援はないので、ニー ズとしては非常に今後も増えていくだろう。  次にこのらせりを発展させて、ろばの家というのを作りました。これは宿泊メンバー を中心に、親が亡くなったあとのことを考えて、そこで一室で生活ができるようにして いこうということで、1カ月単位の体験宿泊ができる場を設けたわけです。それでいま は4名の方がグループホームを作り、ここから独立して重度生活寮という制度の中で暮 らしてらっしゃいますが、今ろばの家ではこの段階へ向かう前の皆さんの生活訓練の場 ということで、かなり長期のものを利用者20人、利用件数720件、プログラムは個別宿 泊、日中活動と泊まりを含めてグループで宿泊体験するものをやっております。  介助者が28名、そして10,000時間の介助で、この人件費についても常勤1人、非常勤 5人で616万、担い手報酬費400万という形でやっておりまして、このグループ体験の中 の、今お二方ですが、親が突然お亡くなりになりました。こういう経験をふまえて自分 自身自立生活をしたいということで、2人の方は地域で暮らされるということに移行し て、施設行きはしなくて済みました。  次の3頁を見ていただくと、利用の特徴、本人のエンパワメントをつけてくるという ことを目的にしていますので、少しでも本人ができることは自分で決定してもらおうと いうようなことで、絵文字とか、それからいろんな本人の意思決定を理解できるような 道具を作成しております。1カ月以上の宿泊体験をする人は4人と増えてきた。このぐ らいになると親が亡くなっても地域で暮らしていく道筋がすでにできているということ ですね。介助者との関係も出来上がって、市のホームヘルパーの利用関係もここで出来 上がっているということです。  重度障害者はグループホームづくりを取り組んでいって、グループホームをここで作 り上げていったわけです。一人暮らしへ移行する人も出てきていまして、これは家探し をして、自立生活センターも協力しながら、いま介助者が派遣されて独立していってい る。支援費制度になりましてから、このらせりのチームも支援費の介助サービスをスタ ートさせましたので、ここでそのサービスが利用できるようになりました。重度重複の 地域支援のスタイルというのはグループホームや一人暮らしという形で実践できるよう になってきています。  もう一つは名古屋の事例です。これは重心の方々の援助をされておりまして、名古屋 市の単独事業ではいま重度心身障害者小規模通所援護事業というので、一カ所あたり 973万、利用人数5人以上で週5日以上開いて、2人以上の職員を配置する。いま21カ 所やって、通所者は105名というような実績をもっております。これは2名の職員では 実際には運営が難しいので、非常勤職員を雇っていること、それから借家などでも可能 なこと、それから法人格を有さなくてもやれることなど、緩い規定でできているという ことです。現在100名を超す重心の方が利用なさっているということでは、重心の方の 地域での暮らしというのはこういう形で支えていくことも可能ではないかというふうに 思っております。  重心の方がいる場合にヘルパーを利用してという図を5頁に掲げてありますが、この 終末期という言葉は僕もよくないと思いますので、これはそうじゃなくて重心の中で一 時的に在宅が不可能になった場合にこういう病院併設の施設を利用なさるということは 確かに必要なことだと思います。今東京でも島田療育園とかありますが、非常に病床が 限られていて入ることが難しいということなどで、一旦入られるともうそこから出るの が怖いというような状況で、出入りがなかなか自由にできないということが問題だと思 います。そして訪問看護ステーションとか、自立生活センターも含めて、これは支援し て、そして福祉ホーム、小規模更生施設等へつなげていくというような形で、一人暮ら しができるような方もこの中で生み出していこうということです。  次の6頁を見ていただくと、日中活動の場と生活の場と二つ並べてあるわけですが、 どうしても日中通われる場所と生活の場というのは欠かせない。もう一つここに宿泊体 験の場のようなものが中間にあるというのが最初の構想ですが、ここでは重心の小規模 通所更生施設という形で、ここも重心の方、日中通うために使われる、5人規模の利用 者で週5日指導員が常勤2人の非常勤1人、看護師1人というふうな体制で、重心の通 園事業のB型施設に準ずると大体1カ所年額1,500万ぐらいというような金額で運営で きるかと思います。  それから日常生活の場として、これは住み込む場ですが、期限を設けて3年程度、こ ういう重心の福祉ホームという形で住まわれる場を作っていく。利用人数4名で世話人 2名の看護師、調理員1名ずつということで、1,200万ぐらいの運営費です。職員一人 324万ということで、ここではこの場合一人当たり月額75万、その根拠は1,500万の宿泊 施設のところと1,200万のデイの部分で5人がそこへ通われる。それで12カ月として45 万、ヘルパー料金が1日1万として1カ月30万、合計金額として75万ということで、十 分今までのものと比較してもやっていける金額ではないかという根拠を示したもので す。ありがとうございます。  江草座長  それでは北浦さん、ありがとうございました。中西さんの御発言もありがとうござい ました。それでは次に移らせていただきます。次にピープルファーストの方からお話を 伺うことにいたしたいと思います。どうぞ。  大澤氏  ピープルファースト東京の代表をしております大澤といいます。私は東京都の八王子 市で都営住宅で一人暮らしをしています。ヘルパーさんが入ってくれて、週に2日とい う感じで来ていただいています。1カ月5人の方に入ってもらっています。私が自立し たのは3年前ですが、入れ替わり祖母と祖父が住んでいたところだったのですが、おじ いちゃんが亡くなって、おばあちゃんが病気になって、家族のもとに戻っているという ことになって、それで私がその都営住宅を借りて住むことになりました。  やっぱり中程度の知的障害者ということで、いろいろできるのに支援はそんなに要ら ないんじゃないかというふうに思われることが多いのですが、やっぱり一人で生活をす るのに自分で何でもできることだけが自立じゃないと思うんです。私たちは障害者だか ら当然介護や支援を必要としながら生きているわけです。やっぱりそういうホームヘル パーさんに家事手伝いをしていただき、どこかへ出かける時にはガイドヘルパーを使っ て、講演とか呼ばれた時に場所がわからないので、一緒に出かけていってるわけなんで す。そういう講演の仕事とか、いろんな所へ出向くことが多いし、泊まりで会議をしに 行く時もありますので、やっぱりガイドヘルパーの時間をもっと増やしていったらいい んじゃないかなと思うんです。  都営住宅は家族世帯というふうになっていますが、知的障害者はお金がないので、分 譲住宅だとか、当然一戸建ての家には住めませんし、そういう施設とかそういうところ へという考えは、施設はこれ以上増やしてほしくないと思うんです。やっぱり障害者は 地域で生きていった方がいいと思います。  江草座長  ありがとうございました。それでは佐々木さん、お願いします。  佐々木氏  こんにちは。僕はピープルファースト東京で事務局長をやっている佐々木信行です。 何で当事者活動が必要かと言えば、知的障害者も当たり前だけど人間だから、自分の生 活を自分で決めたいと思います。ピープルファーストというのは、まず人間だという意 味です。知的障害者である前にまず人間だということで、仲間を集めて当事者運動をし てきました。いろんな運動をする中で、入所施設の仲間を地域に出して自立生活の支援 をしてきました。この中にも親や専門家の立場や大学の先生とかいっぱいいるけど、ま ずは僕たちの生活を考えるのはやっぱり自分自身だということです。  僕も12月に初めて親から自立を始めました。1日おきの3時間ヘルパーを入れながら 生活しています。ヘルパーを入れればどんな重度の人も1人で自立生活ができると思い ます。これから施設にどんどん入れないで、まずは地域へ地域へとヘルパーを使える知 的障害者が増えるといいなと思っています。ありがとうございました。  江草座長  ありがとうございました。それでは次は小田島さんお願いします。  小田島氏  東久留米から来ました小田島です。僕も小さい時に施設に入れられました。長い間施 設で暮らしました。それはなぜかというと、親の会がもう昔から用がないやつはみんな 端から端まで施設に入れろといって、まさに今戻ってきて、今になって施設に今度は 戻って来いよというのは、帰って来いよというのは、これは全く親の会の人達が先に なって施設を壊していかないと、僕たちは後からきたピープルファーストなんですか ら、施設に入れたのは親の会なんだから、親の会が納得して、何とかこれを変えていき たいなということがあります。  今入っている人達も学園でも1人亡くなっているし、そういうことを親の会は知らな いのかと僕は思っています。なんでこれをピープルファーストが運動でやらなきゃあい けないということは、何でも親の会が先に作ったものだから、俺たちはいいとか悪いと かということじゃなくて、これもお互いだから、障害者は同じだし、僕たちも知的障害 者だし、親の会も知的障害者だと僕は思っています。それでみんなで力を合わせて出し 合っていった方が僕はいいと思います。  これからも会議でそんな話をどういうふうに持っていこうかなと僕は思っています。 だから親の会が作ったんだから、親の会の責任も考えてほしいと僕は思います。そうで ないとこれは親の会がやったんだから、後にたピープルファーストはこれをやれとか、 決められたって、僕たちも今1人出しているんですが、なかなか片がつかないんです よ。お兄さんが来るからお兄さんに怒られるからというばかり施設で言っていて、一個 も出す気がないんですね。それなのに地域で暮らそうといったって、なかなかこの地域 でどういうふうに施設を壊していくのかというのが問題だと僕は思っています。  ピープルファーストの定例会でもいろんなことを僕たちはやっています。多分自分も 親が入れたんだから、あまりそういうことは言いにくいんだけど、でも親の会が本当に これをやったのなら、親の会の責任としてやっていくべきじゃないかなと僕は思いま す。ピープルファーストは本当に後からできたもので、もう親の会が出すのだったら俺 たちも追っかけて出します。それはピープルファーストも約束できます。僕たちは永年 その話を言っていました。  都営住宅のことについても、なんで僕たちは施設から出て、若い人達がこれから入れ るのに、入ってはいけないとか、いろんな文句を言われなきゃあいけないのかなと思い ます。これから施設から出てきたら、若い人もやっぱり住むところがないと生きていか れない、お金のこと、栄養のこと、家庭のこと、全部かけてこれからも僕たちは考えて いかなきゃあいけないと思います。  いま僕はグッドライフのセンターにいます。グッドライフのセンターの中にもやっぱ り知的障害者がいて、どんどん出していこうというのはみんなで決めています。それで 自分でもこれからの成り行きにとって、親の会の方が本当に先に決めていって欲しいと 思います。あとから僕たちが追っかけていくということで、いいかなと思います。都営 住宅だって同じに若い人も入れて欲しいということは、本当にもう4年間これをやって いますので、いま大澤たみちゃんが言ったようなことなんです。  なんでたみちゃんが出されなきゃあいけないのかというと、おばあちゃんが死んだか ら若い人が入ってはいけない、知的障害者は全部ダメだと言われたら、僕たちは行くと ころもなくて、本当に乞食みたいな生活を送るのは嫌だなと僕たちは思っています。  江草座長  ありがとうございました。いまお3人の方の御発表をいただきましたが、皆さんいろ んな気持でお聞きになったと思うんですが、御意見あるいは御質問がありましたらどう ぞ。  早崎委員  ピープルファーストの方々の相談をしていただける人達というのは、どういう団体か 機関があるんですか。ピープルファーストの方々を支援してくれている人達というのは あるんですか。相談をする機関とか。  大澤氏  ピープルファーストの会は上下関係がありませんので、健常者の支援者の方は行き届 かないところを支援していただいている立場の方なんで、私たちは対等な立場で活動を 運営しています。もちろん仲間同士でも支援者の方にもわからないことがあったりした ら、どうしたらいいかということは仲間とも支援者とも相談し合っています。  江草座長  ありがとうございました。他にございませんか。  笹川委員  皆さんのお話を聞いていたら大変素晴らしいと思いましたが、いまピープルファース トの会員の方は何人ぐらいいらっしゃるのか、それから皆さんお仕事を持っておられる のか、その二つをお尋ねします。  佐々木氏  会員は25名います。僕と代表の大澤がピープルファースト東京で毎日働いています。  笹川委員  他の職場で働いている方はいらっしゃらないんですか。  佐々木氏  それもいます。作業所などに行ってる人もいます。  江草座長  いまお話が進んでいるところですが、実はピープルファーストさんから資料が出てい ます。その資料の御説明を続けてやっていただけましょうか。  寺本氏  寺本と申します。少し資料の補足説明をしたいと思います。まず4頁目からですが、 これは私たちの方で施設や親元から自立をする際のモデルケースを図式化してみまし た。いきなり施設や親元から一人暮らしということができるわけではなくて、たとえば ヘルパーだとかグループホームだとかという、それ以外の、しかも専門家ではないだけ ということではなくて、支援というものが非常に大事になってくる。  それで何が大事かというと、特に施設なんかにいると情報が入って来ないということ とか、地域との関係が持てないということがあって、まずそこを越えていくということ が必要になってくる。その中で単に例えば施設で訓練したから自立ができるというわけ ではなくて、むしろ地域での仲間であるとか、すでに自立をしている手本となるような 人がいるということが重要です。私どもの方でもまず小田島の方が施設から地域へ出た ということが、その周りの施設や親元にいる障害を持つ仲間にとって非常に大きな意味 があったということで、小田島さんもできるのだったら僕もできるんだというふうな勇 気が持てるということがある。そういうところで当事者活動とか当事者運動というもの が大事になってくるということがあります。それが一つです。  次の5頁以降は、東京の多摩地区のいくつかの市ですでに自立生活をしている、もし くはグループホームに住んでいる人達がいて、それの事例を載せています。地域で暮ら すといってもいろんな形があって,昼間はデイサービスや通所施設に通う、もしくは当 事者活動をするといったことがここではあげています。  ここでポイントとして指摘しておきたいのは、特に知的障害の場合、ADL的にはい ろんなことができる方も多い、歩けるし多少の家事ならできる、近くだったら動けると いうこととか、ADL的にはいわゆる障害が軽いというふうに見られてヘルパーがなか なかつきにくいとか、制度がつきにくいということがあるのですが、たとえばそれ以外 のADL的にできるできないということ以外のところで非常に支援が必要になってく る。  たとえば見守りであるとか、あとは一緒に何かをする、極端に言うと一緒に誰かヘル パーがいるということで、本人が何かできるということがある、非常に安心できるとい うことも含めて、できるということがあって、そういう部分での支援が必要ではないか なというふうに考えています。  ただ、現状ではそのあたりの制度が出ないということがあって、たとえば5頁目6頁 目などは、実質夜中とかを中心としてヘルパーがつかない時間で、ここはヘルパーを派 遣している団体が負担をして介護者がつけられているという、それによってほぼ24時間 の支援をしているわけですが、特に6頁ですが、土日は昼間も制度がついてないという ことがあって、でもこの方たちは自分で歩けたり自分で食べられたりもするのですが、 24時間の見守りというのが必要な方であるということで、24時間支援がついているので すが、制度としてはつけられていないということがあります。  あともう一つは、最後の11、12、13頁あたりの方は当事者活動に参加されている方な んですが、こういった形で何かデイサービスとか、そういったものだけではない当事者 活動、昼間の居場所であるとか仲間づくりとか、あとは働くだけではない当事者活動の 意味というものがあるというところです。これによってたとえば最後の13頁の例である と、ヘルパーだけで言えば1日おきで3時間なんですが、当時者活動をすることによっ て全体的な生活が成り立っているという事例です。以上です。  江草座長  ありがとうございました。ピープルファーストさん、御発表はこれでいいですか。そ れではどうもありがとうございました。大谷委員さん、どうぞ。  大谷委員  いま追加の説明をいただいたんですが、非常にいい資料が出されたと思います。5頁 からのそれぞれの事例ですが、団体の負担によりということなんですが、これは支援費 の申請としては出されたのでしょうか、それとも初めからいわばこれは団体があるんだ からという形で申請を差し控えられたところなんでしょうか。そのあたりをお伺いでき ればと思います。  寺本氏  申請はしているけれど、決定量が少なかったということです。  大谷委員  はい、わかりました。  江草座長  ありがとうございました。それでは次は手をつなぐ育成会の方の御発表に入らせてい ただきたいと思います。  山田氏  全日本手をつなぐ育成会の山田憲二郎です。この資料に基づいて、思いが強いところ を3人一緒で答えますのでお願いいたします。私は1、2、7、9を答えます。また順 番に回しますので、よろしくお願いいたします。  私たちに関することを決める時は私たちの意見を聞いて下さい。検討委員会の委員に 知的障害のある人を入れてください。また会議は私たちにもわかるように、わかりやす い言葉で話してください。  私は昨年まで中西さんとケアマネージャーの検討委員会というところで、東京都では 委員になれたんです。それで委員をやらさせていただきました。また今年は障害基礎検 査検討委員という東京都の委員もさせてもらっています。そういうところで知的障害者 が話ができる、そういうことは素晴らしいことだと思うし、またこういう場所で本当に 地域生活のことについてお話をするのになぜ知的障害者が参加できないのか、前回やっ とオブザーバーという形で少しずつやらさせていただいておりますが、委員の中には前 回ではお茶の件とかサービスの件でいろいろ応援してくださったり、また中西さんみた いに質問を投げかけてくださる委員もいらっしゃいます。そのようにして知的障害者も この委員の中にぜひ入れてもらいたい。  そして、私たちのことを決める時は私たちを交えて決めてください。これは我々知的 障害者の本人大会というのが年に一回あるんですが、それが各県ぐるぐる回っていろん なところでやるのですが、その会の中で必ず一番最初の決議文というものの中の一番最 初はこの言葉なんです。私たちのことを決める時は私たちを交えて決めてください。こ れは私たちの思いが詰まっている文だと思います。  そして2にいきます。軽度の人にも年金を貰えるようにしてください。年金66,417円 プラス授産施設や作業所などで働いている、いわゆる福祉就労、その方は10万以下なん ですね。10万以下で暮らさなければならない、またもっともっと増やして欲しいものな んですね。その生活の基本である年金が削減されてしまっています。少しずつ下がって きています。これは生活している部分ですごく苦しい部分も出てくると思います。また 我々が生活する中では必要な部分だと思います。  続きまして7番です。療育手帳を全国共通にし、使えるサービスもわかりやすくして ください。特にカード、小さくしてポケットに入れる、財布に入れる、これは日本全国 で使えるようにしてくださいというお願いをしています。私は東京都知的障害者育成会 本人部会友愛会というところの代表ですが、東京都にも要望として毎年毎年これを出し ております。その中でいろいろ聞きます。昨年厚生労働省の郡司課長さんとお話をする 場面がありました。その中で聞くとやっぱり、これは東京だけのことじゃなくて、各都 道府県が頑張ってとった部分、とってサービスにした部分があるので、それを統一にす るというのは難しいという御意見をいただきました。  確かに各県でサービスが、そこの地域でしかできない部分というのもあるのかもしれ ませんが、でも我々がたとえば東京の愛の手帳を持ってどこかへ行った、他の県に行っ た場合、愛の手帳は使えないようになってしまう部分もあります。それをなくして欲し いんです。全国で使えるように、全国が共通でカードで、これを見せればいろんなとこ ろでサービスが受けられるようになればありがたいな、また嬉しいことだなと思いま す。  今度は9です。支援費制度が始まりました。各地で制度について行政から説明されて いません。パンフレットを配るとか、説明会はやっている。確かにあるんだと思うんで すが、それが本人にまだ届いていない部分が多いと思うんです。その部分をもっともっ と広げて欲しい。  それからサービスの地域格差ですね。東京都の中でもサービスの時間の短いところも ありますし、またたくさんのところもあるのかもしれません。たとえば少ないといって 自分の家から、たとえば都会に出て映画を見て帰るまでがサービスだと思うんですが、 時間の中で帰って来れない場合があるんですね。サービスが足りなくて、その部分で足 りなくなっちゃったよ、そこから先のサービスはどうなるんですかみたいな部分を出し ても、それは全部個人負担でやってくれ、たとえばこれは当たり前のように言われてし まうのは、例えば映画を見に連れていってくださいと言った場合、その人の交通費、そ れから映画を見るお金、もしかしたらお食事をすればお食事の関連、それは全部連れて いってもらっている本人が負担するということだそうなんですが、そういうところもも う少し何とかなれば、もっともっと知的障害者がいろんなところで生活ができる、また 楽しく活動ができる部分が出てくるのかなと私は思います。以上です。  阿部氏  東京さくら会の阿部と申します。どうぞよろしくお願いします。3番のことについて 喋らせていただきます。私たち町で暮らせるよう公団住宅や市営住宅を貸して欲しい。 なぜかというと、国で定められたことによって知的障害者は火事を起こすからダメだと か、いろんなことをいいますが、そういう火の始末などはやればちゃんとできると思い ます。そういうことや何かでゴチャゴチャもめて、いろんなことを言うから、貸してく れません。なぜかというと、私たちは自分たちで地域で暮らしたいと思っています。な ぜかというと、町の地域で暮らせればいろんなことができます。地域の人達と一緒に勉 強したりいろんなことができます。夜回り当番もできます。なぜかというと、私たちは 地域で暮らすことが夢です。そういう公団住宅や市営住宅を貸して欲しいです。  多田氏  彼女が言った3番について補足します。収入も少ない人もいるので、グループホーム に入ると大体一般就労している人のお給料はそれでほとんど飛んで、残ったお金という のは数百円か数千円という人もいます。グループホームを一軒家とかマンションを借り てやっているので、公営住宅や都営や県営のスペースをいくつか貸してもらえればそこ でグループホームになったり、一人暮らしや結婚してそういうアパート生活をしている 人も困るので、そういうのも住めるようにして欲しいということを言っています。  6番と地域で暮らすグループホームや、あと結婚しているカップル、山田さんも似た ようなことを言ったと思うのですが、地域で暮らしていてグループとか親元で暮らして いて、どこか出かけたいという時はガイドヘルパーを使うのですが、時間が足りなくな ると困るというのもあるので、ガイドヘルパーとかは知的障害者には無論使えるのです が、人数が少ないのと、結婚しているカップルがいて、そういう人達もヘルパーさんを 使うのですが、週に二回ぐらい結婚したカップルとかが使っているのですが、もうちょ っと使いたくても人数が圧倒的に少ないので、老人の方には多いが、知的障害者の方に はそういう訪問するヘルパーが少ないからそれを増やして欲しいのと、ガイドヘルパー を使った時に無論交通費とか食事代とか、映画は我々が見たくてもガイドヘルパーは見 たくないのも一緒に見てくれたりとかもするのですが、なお映画館まで連れて行って、 その席まで連れて行ったら見たくなかったら映画が終わる頃に迎えに来て一緒に帰ると いうことができなくなっちゃったりすると困るので、そういうのも増やして欲しいと思 います。  阿部氏  次は10番です。知的障害者には仕事がないもので、不況で仕事がないもので、仕事を 増やして欲しいと思います。なぜかというと、いの一番に切られるのは知的障害者で す。なぜかというと、クビが切りやすいというのが主に多いです。私たちはちゃんと仕 事はするけれども、普通の人たちは仕事をしないでブラブラしていて、そういう人達が 主に多いと思います。そういう人達のことを考えて、知的障害者の人達がよくやるとい う言葉をいただきました。仕事に来ている仲間たちがそう言っております。だけども私 たちには仕事がありません。仕事をください。そういう場を増やして欲しいです。  11番、各都道府県の看板がわかりづらいもので、看板を見やすくして欲しいです。そ れに仮名をふって欲しいです。JRの運賃を書いてあるところに仮名をふってないと読 みづらいです。私たちは漢字が読めない人がいます。ひらがなで仮名をふってあれば読 めます。なぜかというと、各道路標識を見ていても、どっちへ行ったらいいのかとい う、地図を見ていてもわかりません。なぜかというと、仮名がふってあれば完全に読め ます。そういう看板を見やすくして欲しいと思います。それだけです。  多田氏  私もさくら会で本人部会の活動をしている多田宮子といいます。私は4番の、収入が 少ない人もいるのでグループホームやアパート生活者に家賃補助をしてくださいという ことなんですが、これは一般に会社に就職している人でも、先程も言ったように例えば 7万とか5〜6万貰っていたら、それが生活寮に入っていたり結婚していたりしたらそ れが全部家賃や生活費に消えて、足りない分は年金から出したりするので、全額は無理 なので、少しでもいいので家賃補助をして欲しいと思います。  次は5番目です。地域で暮らしているとすごい困ったことなどがたくさんあるので、 地域生活支援センターなどを作って相談にのってくれるところがあったら安心して暮ら せるようになるのでいいと思います。いま通勤寮の中に援助センターというか、何とか センターというのもあるのですが、そういうのは元いた通勤寮とか入所施設の中とか、 そういうところにできているので、困ったことがあったり相談したりするのは行けばい いことなんですが、何か行きづらくなるというのもあるし、行ったら何を相談しに来た のとか聞かれたりとか、もう既に新しい人とかが入っているので、古い人が来たとかと いう、そういう目で気にしすぎるのかもしれないんですが、でもそういうところへ行く と行きづらくなるというのは自分だけかと思ったら、仲間の中には同じことを考えてい た人がいたので、じゃあ自分だけではないんだなと思ったので、そういうのを支援セン ターを作る時はそういう施設や通勤寮の中には作らないで欲しいと思います。  あとは8番です。鉄道を100キロ以下について、障害の軽い人にも介助者が必要な時 は使えるようにしてください。また100キロ以下も割引にしてください。これは自分の お母さんがずっと入院していて、それがちょっと遠いというか、湯河原の方なんです が、電車を使って行くと割引がないので、一回行けばバスの乗り継ぎがうまくいかない 時はよく教えてもらってタクシーで行くとかするのですが、一回バスが行くと30分は来 ないので、電車だけでも往復4,000円近く飛んでしまったり、それで一回お母さんのと ころへ行くだけで5〜6,000円はかかるので、電話で聞いた時に100キロいかないので割 引がないというので、1カ月に一回ぐらいの割合で行きたくてもいけないので、2、3 カ月に一回ぐらいしかお見舞いにいけないのと、友達も出かける時に自分の分は何とか なるけど、そのついてもらう人のも負担するのが大変とかいうのがあるので、100キロ 未満にも割引は使えるようにして欲しいと思います。以上です。  江草座長  ありがとうございました。大変切実なお話をいただいて、考えなければならないこと がたくさんあることがわかりました。皆さん御質問はございませんか。  太田委員  4月からの支援費制度で、話に聞くところによれば、ガイドヘルパーが使えづらく なったということをある人から聞いたんですが、それはどうなんでしょうか。  山田氏  サービスで、たとえば中度軽度でとれるところ、たとえば4度の人だけしか使えない というお話は聞きますし、たしかに居宅のアレをとらないと使えないとか、そういう部 分もたくさんあると思います。  太田委員  支援費制度によっていままで個人的に頼めていた人が頼めなくなって、事業者さんに 頼まないといけなくなって、そこが不便だということを知的障害のお母さんから聞いた んですが、いかがでしょうか。  多田氏  そういうのは支援費制度が始まってすごい困っているという人は少しずつ耳に入って きているのですが、あまり多くは申請しても通らないということは、何だかんだ言われ て通らないというのはよく聞いています。  江草委員  他にございますか。  大熊委員  簡単なことなんですが、1番を非常に印象深く聞きました。というのは日本が戦争に 負けるまでは女は大体こういう状況におかれておりまして、女性に関することを全部男 性が決めていました。いまそんなことは許されなくなったわけで、知的なハンディキャ ップをもっている人についても、すぐに次の会ぐらいから正式なメンバーに入れていた だきたいなと私は思います。  山田氏  ありがとうございます。前々回は傍聴という形で聞かせていただきました。この前の 会でようやくオブザーバーということになりました。オブザーバーってどういう意味で すか。参考人でいいのかな。去年、内閣府の方からのお話で出た時は参考人という形で 呼ばれました。今年はオブザーバーです。皆さんと御一緒にこういうふうに、今回は同 じテーブルに並べさせていただきましたが、次回からは本当に委員としてどなたかでも 委員に1人でもなれたら嬉しいなと思います。よろしくお願いいたします。  佐藤委員  ちょっと私の意見を述べたいと思います。いま1番に私たちに関することを決める時 は私たちの意見を聞いてくださいというお話があって、もちろんこのスタンスそのもの に全く異論はないわけで、こうあるべきだというふうに考えていますが、あとその委員 の問題も今後いろいろ事務局と座長で協議をするということでしたので、その推移を見 守りたいと思っておりますが、ただこの委員会の性格そのものが、私自身どういうスタ ンスでこの委員会に望むかということを含めて考えるところを述べたいのですが、私自 身はまさに地域生活支援に関する検討会ということは、これからの日本の福祉システム 全体をどういうふうに地域生活支援ということを一つのテーマに組み換えていくかとい う問題であって、そのために議論の広がりは必ずしもここでは事業者とか当事者とか、 あるいは学識経験者とか、そういう立場の人達がいろんな経緯を経てここの場にいるわ けですが、しかしこの制度をどういうふうに運営していくかということに関して言う と、それは多分大げさな言い方をしたら、全国民的な問題だろうと思っているわけであ りまして、一般的に言うところの納税者も含めたことがまさに私たちということの中に 含まれていかないと、やっぱりちょっとしんどいんですね。  私たちということが、ここで言う私たちに限定されてしまうと、いろんな意見を言う 時に正直に言って多少やっぱり躊躇があります。ですからこれら自分はこの仕事にずっ と関わってきて、これからもこの仕事に関わっていく人間の1人としての私という部分 もあるし、それから普通の市民として税金を払い、この国のいろんなものを支えている という意味での私というものも参加した上で、私という概念を自分の中では構成したい と思っていまして、この私が今、たとえば友愛会の皆さんがおっしゃるような私と、そ れからこの私とがここで切れるような関係になると議論があまり生産的にならないん じゃないかというふうに思うんです。  非常に抽象的なものの言い方で恐縮ですが、そこはもう少しお互いにフラットにやれ たらいいなというふうに思っています。これは今日で4回目になるでしょうか。最初か ら私の中に多少あった気持なんですが、議論の展開とあまり関係ないかもしれません が、失礼しました。以上です。  太田委員  いま委員のおっしゃることは一般論においては理解できますが、この検討会ができた 経緯は、私はやはり支援費制度の開始によっていろんな問題が出てきた、それで具体的 にはホームヘルプサービスの上限設定の具体的な問題が浮上した。この地域生活支援の 在り方検討会は上限設定問題にとどまることなく、地域生活支援の在り方をみていこう ということで位置づけられたと思います。その場合、身体障害の委員が3人いて、知的 障害の委員がいないということについてどうお考えになっているのでしょうか。  佐藤委員  誤解があるようですから申し上げますが、この会に委員として参加することが反対だ というようなことを申し上げているわけではありません。そのことは最初に今後協議を しますというお話でしたから、その推移を見ている。さっき大熊さんは賛成だとおっ しゃいましたので、私もそういう意味で言えば委員の代表として参加されることは賛成 か反対かと言われれば、もちろん賛成です。そのことを言いたいわけではなくて、みん なが関わる問題を決めようよというのがこの会の主旨ではないかというふうに思ってい るわけでして、そこはちょっと誤解なさらないようにしていただきたいと思うんです が。  江草座長  それではこういうふうにさせてください。御両者のおっしゃることはよくわかりま す。たしかにこの検討会が開かれるきっかけとして支援費問題があったことは間違いな いのですが、それが中心であることは間違いないんですが、それを中心に障害者の地域 生活支援の在り方を全体的に考えようということがこの会が発足したのではないかと 思っております。  そういうことの中で今日委員であるかどうかということについてのお気持の微妙な部 分を私は理解しないで言っているわけではないのですが、ともかくこうして様々な立場 の方の御意見を伺っておる、先程は重症心身障害児関係の方、いまは知的障害関係の 方、この次は自閉症関係の方、できるだけ様々な方にお声を聞いて、みんなよく考えよ うではないかと、こういうことでありますので、私はこのまま佐藤さんの言葉を借りる と見守っていただきたいと、こういうふうに私は思っております。それでは少し休憩を させていただいて、滋賀県社会福祉事業団からの御意見を伺わせていただきたいと思い ます。                 ・・・休憩・・・  江草座長  それでは地域ケアネットワークの実践例としまして、滋賀県社会福祉事業団企画事業 部の中島秀夫副主幹からお話を聞かせていただきたいと思います。よろしくお願いいた します。  中島氏  皆さんこんにちは。ただいま御紹介いただきました滋賀県社会福祉事業団企画事業部 におります中島と申します。よろしくお願いいたします。先程来、当事者の方の声が聞 けまして、私は立場的にはずっと民間の相談業務をしていたものですから、そういう意 味では少し声が小さくなってしまうのですが、この間活動してきましたことを今日御報 告させていただければと思います。  自己紹介になるのですが、平成7年度から地域療育等支援事業のコーディネーター業 務をさせていただきました。滋賀県には7福祉圏域あるのですが、甲賀福祉圏域におき まして障害者コーディネーターということで活動させていただきました。平成13年から 今の社会福祉事業団に身を移しまして、ある意味滋賀県では甲賀福祉圏域がモデル地域 になっておりまして、その甲賀福祉圏域のノウハウを滋賀県下に広めるということで、 いま琵琶湖をグルッと回るような循環支援をさせていただいております。今日のお話は 甲賀福祉圏域でやってきました実践の中のお話が主になると思うのですが、よろしくお 願いいたします。  私はずっと入所施設で働いていたのですが、平成7年にコーディネーター事業を受託 したということで、相談業務をやりなさいということでやらせていただくようになりま した。その時に言われましたのは、地域のための事業なので、受託法人からもう離れな さいということで、施設に出て来なくていいですよということがありました。ですから 地域でフリーに動きなさいというのが一点目、それから施設は入所の法人でしたので、 地域のことはわからない、ですから施設の方に活動は報告しなくてよろしい、その代わ りに地域できちっとその報告をして評価を受けなさい、この二点を私の方に上司から命 令をしてくれました。  その時の活動の評価ということで、実は平成7年に甲賀郡域におけますサービス調整 会議というのが立ち上がりました。これは当時の県の出先であります福祉事務所が事務 局を持ちまして、甲賀福祉圏域にあります行政の方々や民間の法人や、あるいは相談活 動をしている人間、あるいは教育サイドで言いますと養護学校の進路指導の担当の先生 方を交えて会議が開かれるようになったのですが、そこに自分の1カ月1カ月の活動を 報告するという形で、そこで評価を受けるということでやってきました。  当初この仕事に入った時に思いましたのは、入所施設で仕事をしていた時と地域で仕 事をし始めた時の印象なんですが、何と地域で暮らす方々の支援に対する応援団が薄い なという実感がありました。入所施設は24時間フルタイム、ケアスタッフがいて、いろ んな支援をさせていただくわけなんですが、在宅で暮らす方々につきましては日中活動 はそこそこ支援があるのですが、生活の部分におきましてはほとんど御本人や御家族が 頑張って暮らしておられるという実態に出会いました。何とかその生活の部分に応援団 をたくさん作っていかないといけないなというのが実感でした。  平成7年にこの仕事を始めまして、一番最初に始めたのは、御本人や御家族のとにか くニーズを拾い集めないといけないというふうに思いまして、家庭訪問を中心に活動を させていただくようになりました。と言いますのは、行政の方々と一緒に仕事をするよ うになったのですが、特に甲賀郡は7町の町役場で形成されている福祉圏域なんです が、町役場の方々のスタンスが療育手帳をお持ちの方々の仕事は県の仕事である、当時 はそういうスタンスでしたし、私たちの町にはそういうニーズは入ってきていませんと いうようなお話が多かったものですから、やはりニーズを拾い上げるところからスター トしないといけないということで、町役場の方々や福祉事務所のケースワーカーさんも 巻き込んで家庭訪問を始めた記憶がございます。  その中でいろいろ課題が出てくるのですが、その課題に対して私たち個別サービス調 整会議と呼んでいるのですが、その課題にいろんな方々に入っていただいて個人の方々 の課題に対する支援のプランを作っていくということで、個別のケアプランの会議、ケ ア検討会ということでの積み上げをやってきました。  そこで明らかになった、当然すぐに解決できることはいいのですが、制度がない、 サービスがないというようなことにつきましては、毎月一回定例の会議が開かれていま して、そこに活動報告をする中で、いま我が圏域ではこういうことができてないんじゃ ないでしょうかということを7つの町の個々人のケアプランの集約から提案をさせてい ただくという形で、個別のプロジェクトチームを立ち上げまして新しいサービスを作り 出す作業も活動の主たる目標としてやってきました。  そんなことでサービス調整会議という会議をベースに相談業務をやってきたのです が、活動の中で一番思いましたのは、いろんな方々の課題を聞くにつき、やはり一人の 相談員の力、あるいは一つの法人の力というのは何もお役に立てないなということを実 感しました。これはやっぱりいろんな方々の力を借りながら、その地域で暮らしておら れる方々の課題に対して当たっていかないと限界があるなということを痛感いたしまし たし、私自身がずっと入所施設しか仕事をしておりませんので、地域で暮らしておられ る方々の実態もわかりませんでしたし、地域生活上の様々な課題を解決するノウハウも なかったものですから、とにかく地域におられるいろんな資源、マンパワーの方々と一 緒に仕事をやっていこうということでいろんな会議にも入っていただき、家庭訪問にも 巻き込みということで活動をやってきました。  そのことが結果として甲賀福祉圏域における地域資源のネットワーク化といいます か、一人の人の課題についていろんな方々が集まってくる、これは福祉に限らず医療、 保健、教育、労働の分野も含みまして、その課題課題に対しましていろんな分野の方々 に集まっていただいて話し合うというようなことをやってきたような思いがします。こ のことによって一人一人の生活の中で出てきた課題に対して、多少は応援団が増えてき たのかな、6年間やってきましたが、そんな思いでおります。  ある年に一体どれぐらいの方々が一人一人の課題について集まって来られたかなとい うことでデータ化したのですが、年間200人ぐらいの方々が一人一人のケースについて 関わりを持っていただくようになりました。分野は、当事者の方々はもちろんなんです が、民生委員さんの方々やドクターの方々をはじめ、福祉教育労働関係者の方々に集ま っていただいて話し合いを実施してきたというようなことがデータとして出てきまし た。  ですからサービス調整会議といいますのは、一言で言いますと、個別の課題を話しあ う個人のケアプランの会議、その積み上げによって定例会議の中で地域のサービス資源 等の開発をしていくという、その二つの柱がこのサービス調整会議の中にあったのでは ないかなというふうに思っております。調整会議イコール、一言でいいますとみんなで 話し合いながら、みんなで支えていく地域づくりということが言えるのではないかとい うふうに思っております。  いま実は事業団の方で支援費制度にかかる仕事をさせていただいております。滋賀県 は支援費制度を推進するために県の方に本部を置きまして、各福祉圏域にも推進本部を おいてやられているのですが、そこの各福圏域の、特に市町村の方々、担当者の方々が 支援費制度を推進するに当たってのいろんな課題を話し合われる場がありまして、甲賀 福祉圏域の会議に参画をさせていただいております。そのお話のやりとりを聞いていま して、自分なりに支援費制度の現状や課題ということで思いましたことをこれからお話 をさせていただきたいと思います。  今日の資料の4枚目なんですが、支援費制度になりまして、もともと滋賀県は平成7 年からホームヘルプサービスをはじめとします在宅福祉サービスの事業ということで、 各福祉圏単位で障害者生活支援センターを整備してきまして、相談とサービスの一体的 運用といいますか、ホームヘルプ、デイサービス、それから県単の事業でありますナイ トケアという三つのサービスと、それから地域療育等支援事業という相談事業を一体的 に運営しまして、相談を受けてすぐにサービスを届けるというような形でやられてきま した歴史があるのですが、その一つのホームヘルプサービスにつきましては、お手元の 資料のように、たとえば昨年平成14年の4月5月度と、今年度の4月5月度の各圏域に おきます利用者の拡大といいますか、数字の上からも読み取れると思うのですが、平均 しますと各圏域で実利用人数が、毎月の人数がプラス20人ぐらいに増えておりますし、 それから利用時間ももちろん圏域によってバラツキはあるのですが、100時間から、多 いところでは600時間ぐらい、月単位でもやっぱり増えているということで、これは支 援費制度になりましていろんな説明会があって、底辺がやはり拡大されたのかなという ふうに思っております。これまで使っておられた方はもちろんなんですが、これまで使 われてなかった方々がそういう制度の紹介によって、自分も使ってみたいというふうに リクエストを出されてきている証ではないかなというふうにとらえております。  それに伴いまして、当然当初出されました支給量の見直し作業もかなり頻繁に出てき ているという実態があると思います。これにつきましては当然なんですが、使い出して 当然足りないということで、申請を出されるのですが、どうも市町村の方々の行政のス タンスを見ていますと、やはり見直しをする際の事務的な手続きの面倒さというんです か、それを非常に感じておられるようでして、滋賀県の場合は国保連合会に一括県で事 務委託されていまして、端末を市町村においてデータを送り込むという作業をされてい るのですが、その支給量変更の手続き的なことがどうも面倒ということで、私はよくわ からないんですが、どうもそういうこともあるようで、支給量を変更することに対して 非常に時間を要するなという雰囲気は感じるのですが、そんなこともエピソードとして あるわけなんですが、そういう形でニーズがどんどん拡大してきまして、現状の供給体 制を見ますと、やはりサービスが届いてない、届かない方もたくさん出ておられるとい うことは事実だと思います。  圏域によりまして多少違うのですが、これまで障害者生活支援センターが中心になっ てきて運用してきたホームヘルプサービス等のサービスですが、介護保険事業所が参入 してこられましたし、それから新たに独自でNPOとかそういう団体がサービスに参入 されてきましたので、徐々にではありますが、サービス事業所も増えてきていると思い ます。しかしやはりまだまだサービス量が足りないなというのも実感として持っており ます。  それからホームヘルプサービスでいいますと、国の方がQ&Aを出されてくるのです が、実は私たち滋賀県にとりましてはあれは非常に厄介ものでして、もともと公的サー ビスで国の方で事業でとれない部分は県単の事業としてサービスをとろう、例えて申し ますと、今の障害児・知的障害者ホームヘルプサービス要綱に変わる前の要綱でした ら、中軽度の人は対象になってなかったということもございますし、それから移送の サービスにつきましてもなかなかしんどい部分もあったと思いますが、その辺も平成8 年から県の事業して県単のホームヘルプサービスとして国でできないところは県でやっ ていきましょうという形でやってきていました。圏域によって多少サービスの範疇は違 うのですが、圏域の中で市町村を中心に申し合わせ事項を決めまして、ここまではやり ましょうということでやってきていたのですね。ですから多分柔軟にやられてきたのだ ろうというふうに思います。  ところがQ&Aが出る度にその柔軟にやられてきたことが削がれていく実態がありま して、非常に困ったなあ、もう地方から国の方に問い合わせしないで欲しいというのが 私たち滋賀県の願いでもあるのですが、ただ、これまでやってきましたので、市町村の 方々と話し合いをもちながらQ&Aではそういう範疇と捉えられるけれども、我が圏域 ではこういうふうに捉えましょうということで、やられていることもあるのですが、し かし行政の方々はどうしてもQ&Aにも引っ張られるということがありまして、非常に その辺は苦労している部分もあります。  それからお話の中で一番感じていますのは、私自身がいろんな方々の相談を受けてい た印象で申しますと、Aという町のある人と、Bという町のある人の、たとえば障害の 状況や家庭の状況や環境なりがそんなに変わらない人が支給量が極端に違うということ があるのですね。たとえばAという町は100時間だ、Bという町は30時間だということ があるわけです。これは一体何だろうというふうに思いますと、やっぱり市町村の方が 決めておられますので、市町村の方の聞き取り、それからもっと言いますと担当者の方 のサービスに対するいろんな思いや判断、利用者の声の大小が支給量に反映しちゃって いるんですね。  どこまで公的なサービスとして支援していくかというところでは、その担当者の判断 でこの辺は御本人や御家族が頑張ってもらう部分だとか、あるいは担当者によりまして は、これは社会で支えていこうというふうに思われたり、その判断によって支給量が全 然変わってくるという実態がありまして、ああこれはまずいな、もちろん個人個人のケ アマネジメント、ケアプランがきちっとされて、支給量が決まっていけばいいのです が、何分人数も多いし、時間的にも余裕がなかったものですから、とりあえずその個人 のケアプランができるまでは、やはりどんな担当者が判断してもある程度の標準的な ベースは確保していかないといけないなということで、その標準的なスケールを作る必 要性があるのかなということで、いま甲賀郡圏域ではそのような提案もさせていただい ております。  もちろん個人個人のいろんな事情はそこに上積みしていって、プラスしていくわけな んですが、担当者の判断や声の大小で支給量が変わるというのはやっぱりちょっとまず いかなということを思っておりまして、標準的なスケールづくりがある程度できること でその辺のギャップは埋まるのではないかなということも思ったりします。  それからもう一つは、グループホームへのホームヘルプサービスの投入ということが 言われていますが、ここもやっぱり非常にわかりづらくて、たとえば区分1と区分2の 単価の違いが世話人さんにとってサービスがどう違うのであるかとか、あるいはその世 話人さんと言われる方が支援されているグループホームにおけるサービスの内容と、そ こには支援ワーカーとか権利擁護の支援員が入っているわけですね。その方々の支援と いうのは一体どういうものであるかというのが今ごっちゃになっていまして、たとえば 支援ワーカーが余暇のサービスをやったり、ひどい時には権利擁護のワーカーがお小遣 いを渡すついでにちょっと買い物に一緒に行くとか、そういう事態が起きているわけで すね。  やっぱりそこはきちっと整理していかないと、単にホームヘルプサービス投入と言い ましても、どこまで投入していいのか、なかなか見えにくい。もっと言いますと世話人 さんの業務の範疇って一体どこまでなんだろうということで、いまそこの整理をしよう ということで、世話人さんの業務や相談員さんの業務をいま全部分解しまして、グルー プホームにおける支援者の業務の棲み分けをしてホームヘルプサービスというのはこう いう範疇でやられるものだろうということを、甲賀福祉圏域なりに整理をしてホームヘ ルプサービスを投入をしていこうということで、いま話し合われているところです。  そういう意味では、本当に一人一人の方に必要なだけ支給量が投入されるというのが 原則だと思うのですが、先程申しましたように、本当にこの制度が、市町村が決定する と言うことになっておりますので、一人の担当者や支援者の判断によって大きく変わら ないようにするためにはということで、いま取り組んでおります。これはとりもなおさ ずやっぱりケアマネジメント機能が不在だということが大きいと思います。  滋賀県の、推進本部では市町村が決めにくいいろんな事情のある方については、生活 支援センターの相談員の情報や地域のサービス調整会議のケアマネジメント機能を使っ て決めていきなさいというふうにはなっているのですが、一人一人のケアプランを全て 立てていくというのは相当時間もかかりますし、困難な状況があると思います。  もう一つ思いますことは、市町村の方が決めるということになっているのですが、や はり事務的なことに追われているのですね。相談ということが本当にお留守になってい ます。実は支給量を決めるということは相談というところがきちっと機能しないと支給 量は決めれないはずなんですが、どうもやっぱりそこがなかなか難しい部分だなという ふうに思っております。もちろん調整会議という枠の中で市町村の方も含めて家庭訪問 をさせていただいたりということで、本当に利用者の生活の様子やらを掴んでいただく ようにはなっているのですが、なかなか実際は時間的な制約とか他の業務に忙殺されて いる中で難しいようです。  よく言うのですが、たかが支援費、ちょっと言葉は悪いかもしれませんが、私たち相 談をさせていただいておりまして、いまの支援費制度の支援の範疇というのは、本当に たかがなんですね。生活全体を考えてみましたら、本当に居宅のサービスの部分という のは一部だと思います。いろんな課題があって、支援費で全て対応できないということ におきましては、やっぱりたかが支援費かなというふうに思っているのですが、しかし されど支援費というところもあるのです。  それはやはり支援費制度という枠の中でいろんなことを考える、そして特に市町村の 方々を中心にして地域関係者がそういうところに目を向けて相談も含めてきちっとやっ ていくということができるようになれば、きっと生活全体の支援ということを市町村中 心に地域で考えていけるのではないかということを思っておりまして、そこがされど支 援費で、この支援費をうまく使いながら本当に地域で暮らしておられる方々の生活全体 の支援をできるようにというふうになったらいいなというふうに思っております。  それから私自身は民の相談の立場でした。行政の方は官の相談の立場です。やっぱり 官と民の特性を活かすというか、私は民の相談で24時間365日いつでも相談を受けます よみたいなことでやっていたのですが、官はやっぱり9時5時であったりと、土日休み であったりするわけですね。その辺はお互いに使い分けながら、お互いに役割を意識し ながら、しかし一緒にやっていきましょうというスタンスでやっていくことがいいので はないかなというふうに思ったりもしています。  いま滋賀県では民間の相談支援事業のポジションというか、立場をやっぱり中立性を いかに担保するかということが昨年辺りから地域療育等支援事業のコーディネーターの 部会のテーマになっております。受託法人が相談もやっている、サービスもやってい る、本当にこのことでいいのかどうか、やはり相談とサービスはきちっと切り離してい くべきではないか、そうした時の相談支援事業の在り方はいかがなものか、きちっと分 離して独立して運営的にもやっていけるのかどうかということも含めていま議論をされ ているのですが、まだ落としどころは見えないのですが、来年度に向けていま議論の最 中であります。  最後に支援費制度の理念的なことから申し上げたいのですが、もともと理念的には利 用者と事業者の対等な関係でありますとか、あるいはサービスが選べる時代に入ったと いうふうに言われていますが、実は私の地域でも京都に滋賀県から措置されている方な んですが、強度行動障害の方で、何年間か京都の施設で、もともと京都の方だったので すが、途中で家族が滋賀県に引っ越して来られた関係でいま滋賀県の措置になっている のですが。そういう方がおられまして、ところが支援費でもう契約しないという京都の 施設が出てきました。多分こういうことが全国的にひょっとしてあるのかなというふう に思うのですが、やはりまだまだ事業所が強いなあ、ちょっとうちの施設では手に負え ないから契約しませんと言われた時に、利用者は本当に困ってしまわれるという実態に あって、とにかくその方を滋賀県の施設でお受けするべくいま調整会議で動いているの ですが、そんな実態があります。  やっぱり対等な関係と言いましてもなかなか難しいなあ、それを崩すにはやはり選択 する時代を迎えないといけない。通所施設、入所施設に通っておられる方々というの は、帰属感があると思うのですね。この帰属感がすごく邪魔をしていると思います。一 方で安心感につながっているのも帰属感なんですが、なかなか施設に対してものを申せ ない、苦情も言えない、何か苦情を言うものならもう明日から来なくていいと言われて しまうのではないか、そういう関係性の中で対等な関係は生まれないんじゃないかなと いうふうに思っていまして、やはりきちっと選択できるというメニューというか、そう いうものを作り上げていくことでよい意味の緊張関係が生まれ、対等な関係性が構築さ れるのではないかと思っております。  滋賀県では最近流行りの福祉特区で、選択性を実現しようということで、月割りに なっています実績を日割り実績にして選べるようにしようと提案をされています。、私 自身が相談業務をさせていただいた時に、利用者の方々からこういう声をいただきまし た。たとえば入所施設に通っておられる方々は、夏・冬は長期の休みになります。その 時にお家に帰ってきた時に居宅サービスが使えない、それは入所に入っているから使え ない、でもお家に帰ってきた1週間というのは本当に本人は行くところもなく家の中で ずっといる、そういう時にたとえばホームヘルプサービスが使えたらという声があるん ですね。ところが使えない。  それから一方、通所施設におきましても、たとえば養護学校等を卒業されて通所施設 に行く場合に、その人の力が、たとえば作業能力5日間びっしりやれる人はそういう作 業所、通所施設に行かれるのですが、いや3日ぐらいは頑張って行けるのやけど、あと 2日はちょっとリフレッシュしないと5日まるまるは難しいんですよみたいな、やっぱ り具体的な方がおられるんですね。そういう場合もなかなかその2日と3日という使い 分けができない制度になっていますね。  今回の滋賀県の提案が実現すればこのような課題も解決できます。特区によってサー ビスを選ぶという時代が来る、そのことによって利用者と事業所が対等な関係になって いく、ぜひそういう時代が来ればいいなあ、滋賀県のこの特区が実現すればいいなとい うようなことを思っているのですが、これは県が示されているものですので、私たち相 談業務員は歓迎しているのですが、どこまで滋賀県が本気に取り組まれるかどうかわか りませんが、そんな期待もしながらいま活動をさせていただいているところです。以上 です。  江草座長  ありがとうございました。大変具体的に細やかな心遣いのある取組の御紹介をいただ きまして参考になりました。いかがでしょうか。どなたか御発言はありませんか。  谷口委員  京都から来ておりまして、京都で契約しないというのは大変なことだと思います。す みません。二つばかりお伺いしたいことがございます。まず一点は、知的障害者のケア システムをれがーとを中心としてやられているというのはよくお聞きして勉強させてい ただいておりますが、往々にしてその知的障害を持つ方々の場合、システムが構築する ほどその生活がパターン化していくというようなことがよく言われているし、私も感じ ているわけです。その辺、そのシステム優先になる、そのニーズ優先よりもシステム優 先になってしまうというのはもうやむを得ないことなのか、それとも何とかそれを打破 するような動きというのが今あるのかというのが一つ。  もう一つは、その相談支援事業がいまその立つ位置が非常に難しいということ、私も 京都で相談支援事業をやっているのですが、いま福祉事務所との対立構造なのか、協力 体制なのかということで、全国そういう方々が対立する気はないにしても、利用者側の 立場に立つということは、結局福祉事務所と対立してしまうこともあり得る、そんな時 に非常に苦しい立場に追いやられる、そういうふうなところは滋賀県はどういうふうに うまくやっておられるのかということでお聞きしたいなと思います。  中島氏  まず一点目なんですが、ニーズよりもシステムが優先されることによって、硬直した サービス提供になってしまうのではないかというお話だと思うのですが、システムが全 て決めるわけじゃないというふうに思っております。やっぱりシステムがないと行政の 方々はどんどん人も変わりますし、そういう意味ではチームのレベルというのは上がっ たり下がったりするものなんですが、それが一人にかかっていると本当にその時に相談 に行かれた方というのはかなりしんどい部分があると思うんですよ。  こういう形でシステムでやっていることでその辺は一定担保されるのかなという部分 と、それからそういう具体的な生活の中でシステム云々ということは、実はやっぱり相 談業務にかかっているのかな、その相談業務をしている人達が本当に生活、たとえば一 旦決めたプランでもそれでも放っておくのじゃなくて、本当にそのサービスそのプラン でいいのかどうかということをモニタリングし、そして必要ならばプランを変えていく という、そういう作業を怠らなければ、いまおっしゃっていただいたようなことはない のかなというふうに私自身は感じております。  それから二つ目につきましては、滋賀県の場合、甲賀モデルということで、サービス 調整会議の事務局機能は実は福祉事務所が担っているのですが、それはあくまでも事務 局機能なんですね。やっぱり調整会議といいますのは、いろんな方々が集まって合議の 中で話し合いをされていますので、福祉事務所の権限が最優先されるという場面は私自 身はあまり感じたことはなくて、福祉事務所も一機関としてそこに参画して話をされる というぐらいのことで、チーム合議制というんですか、もちろんそれは御本人から発信 されたニーズに基づいてということだと思うのですが、その辺は大事にしながら進めて きたつもりなんですが、例えば行政の方々と対立行動になるかならないかという、そう いう場面も実はあったりするんですね。本当にそこまでやれるのかというふうに言われ ますと、やってもらわないと困るということもありますので、その辺はたしかにあるの ですが、しかしそういう話し合いの中で合議しながらやってきたという、そんな実感で す。  中西委員  ちょっとこの資料を拝見させていただいて、グラフがありますが、これは大体今計算 してみると、各郡とも一人あたり平均10時間ぐらいの見当ですよね。それで黄色い線の 甲賀郡においては、最初に3月でボンと上がっているところを見ると、大体30時間ぐら い月に出ているという計算になりますね。そうすると郡ごとには大体10時間平均で出し てという平均的なサービス支給を考えられたのか、個別ニーズに応じての選択的なサー ビスという意味でやられたのは甲賀郡れがーとであって、他ではそこがしきれてないの か、これはどういうふうに説明されるのでしょうか。  中島氏  たしかに平均をとりますとそういうふうになると思うのですが、いま登録されている 人数、今回は支援費だと思うのですが、それとその実際に使われておられる方々の人数 はイコールじゃないというふうに思います。必要な人がたとえばたくさん使われる方も おられますし、今必要じゃないけれども、滋賀県の場合安心登録量みたいな形で、必要 ではないけれどもとおっしゃっている方には月5時間という、とりあえず支給量を打っ ておいて、それで必要になった時に跳ね上がってもすぐに対応できるようにということ でやられていると思うのですが、そういうことも含めての平均で、おっしゃっていただ きますとかなり低いことだと思うのですが、一人一人を見ますとかなり高い支給量の方 もおいでになりますし、ですから使われてない方も含めていいますと、必要な方に一応 支給量を打たれているという実態もあると思ったりしますが。  村上委員  最後におっしゃっていた特区のお話ですが、非常に関心を持ちました。と申しますの が、前回私は児童の措置で通園施設に通っている方で、施設に通わない日に母子ともに 大変な思いをしている、その時に居宅サービスが使えればという意見というか、矛盾点 とか、制度の問題を提案させていただきましたが、いまのように費用の二重使いをしな い形でいろんなサービスが使えたらいいな、それをまず国ではできなければ、我が県と か我が市、我が町でやれるといいなと思いながら今聞かせていただきました。ありがと うございました。  江草座長  それではこれで御発表を終わりたいと思います。ありがとうございました。今度は議 題の2に入らせていただきますか、支援費制度の施行状況等に関するデータの収集、実 態把握の進め方、これはこの前の会に事務方の方からお約束があったことについてであ りますが、その前に京極先生どうぞ。  京極委員  このデータと関係してくると思うのですが、今後の議論でまた深めていくことです が、若干の整理する論点としまして、脱施設化論について、これは実は内閣府の障害者 基本計画のずいぶん激論になったところなんですが、私は第一にノーマライゼーション =脱施設化という俗説がありますが、これはちょっと違うのではないか。  施設にいてもなるべく普通の生活ができるということも含めて考えなくちゃあいけな いことなので、ただノーマライゼーションがだんだん進んできますと、進行形ですの で、限りなく脱施設化に近くなるということももちろん言えるということ、それから二 番目に施設とは何かということをもう少し問い直さなくちゃあいけないので、欧米でい う脱施設化というのは、いわゆるinstitutionの脱なのでありまして、日本語では収容 施設から脱するということで、通常は大規模収容施設のことを言っている。  私たちが施設施設と言う時には、日本語的に言いますと、収容施設としての施設もあ るし、それから北浦さんがおっしゃったように医療施設としての施設もあるし、それか らケア付き住宅なんて言っておりますが、住宅施設としての施設もある、こういう三つ のニュアンスがあって、最初の収容施設としての施設は基本的には脱施設化の方向でい かなくちゃあいけないと私は思っているわけなんです。ただ、我が国では言葉が施設と 一言で言っておりますので、非常に誤解を招いてしまう恐れがある。  それから次に在宅とはという時、在宅在宅ということでも本当に居宅で自分の家でと いうこともあるし、中間施設みたいなグループホームみたいなものもあるし、いろいろ 多様だと思うのですね。その辺を少し議論整理して検討する。特に従来の施設在宅の峻 別論というんですか、これは少し改めて新しく切り換えていく必要があるのではないか なということをちょっと申し上げまして、論点とさせていただきます。  高橋委員  いま京極委員がおっしゃったことを私も基本的に、施設というとそこで議論が止まっ てしまっているという感じがあると思いますが、ぜひこれは障害ではなくて高齢者のこ とですが、6月末に高齢者介護研究会というところで、やっぱりその議論を高齢者介護 に即してとりわけ痴呆性高齢者ケアの問題を中心にケアのモデルを転換すべきであると いう、その中で施設の在り方を相当突っ込んで検討したものがございますが、これは障 害者の領域で御検討いただく上でも参考になるのではないかというふうに思いますの で、機会がございましたら、必要であれば私は委員をしておりましたので御報告させて いただきますが、それは追っての話ですが、情報提供として申し上げました。  江草座長  ありがとうございます。お二人の先生のお話は大変貴重なお話だったと思います。あ る程度今回までの皆さんの御意見をとりまとめていく、だんだんとそういう段階になっ ていくわけですが、その時に大きな示唆を与えられたというふうに思います。特に高齢 者の方でもある種のまとめがあるということでありますれば、また機会をとらえまして 高橋先生のお話をお伺いできれば大変参考になるのではないかと思っております。ま た、先生改めてお願いに上がりたいと思います。それでは次に移らせていただきます。  高原課長  お手元の資料5をご覧いただきたいと思います。これまでの検討会でもできるだけ データに基づいた議論をしていくことが大切だという御指摘をいただいておりまして、 事務局としてもできるだけ実のある議論をしていくために、データを収集していく必要 があると考えております。  私どもいくつかの柱でデータを収集していったらどうかという御提案を今日はさせて いただきたいと思っているわけですが、一つは私ども行政サイドで地方自治体の御協力 を得ながらデータを収集していく調査として二つ考えております。具体的には、全国を 対象にしました支援費の対象サービス、これは居宅のサービスを念頭においているわけ ですが、その全国的な状況を把握するための数量調査、それから注のところにも書いて おりますように、かなり調査をお願いする自治体に負担になる部分もございますので、 全国ということではなくて、一部の自治体を抽出した形で、もう少し突っ込んだデー タ、あるいは継続してデータをとっていくということで、やや詳細なデータ把握という ものをやっていったらどうかという、全国調査と抽出調査の二本立てで行政サイドの調 査をしたいと考えております。  それから、行政調査ですと、たとえば利用者の生活とかサービス利用の実態ですと か、あるいは今日滋賀の中島さんからお話のありましたような地域でのネットワークづ くりの、流れとか発展の経過ですとか、そういうのがなかなか突っ込んでは把握しにく いものですから、厚生労働科学特別研究費というのがございますので、それを使って研 究者の先生のお力を借りて調査をしていったらどうか、こういう三本柱で考えておりま す。  それから少し飛びますが、2頁目の下に書いておりますが、もう一つの柱としまして は、この検討会に御参加いただいている委員の先生方の中で実際事業を提供しておられ る先生方、あるいは例えばこの前自立生活センターの御報告の関連で、例えばどのよう な収支状況なのかどうなのかという御質問もあったかと思いますが、サービスの提供の 現状につきまして、サービス内容とか収支状況とか、そういうものにつきまして事業の 提供を行なっておられる検討会委員にデータの提供をお願いしてはどうかという、全体 そういう三本柱ないしは四本柱の形でデータ収集を進めていきたいと思っております。  3枚目、4枚目のところにデータ収集項目の案を付けさせていただいております。ま ず、これに関連して誠に申し訳ないのですが一点訂正をお願いしたいと思っておりま す。真ん中の内容のところで、上から四つ目の箱のところにデイ、ショート、グループ ホームの加算の状況というのがございますが、このグループホームにつきましては私ど ものミスで書いてしまったのですが、加算の仕組みというのはございませんので、加算 状況につきましてはデイ、ショートの二つについて把握をしていくということで資料を 修正させていただきたいと思っております。  データ収集項目にございますように、たとえば支援費対象サービス、項目のところの 上から二つ目ですが、利用状況で申しますと、サービスの種類ごとの支給申請、それか ら決定、実績ごとの人数、時間、回数、これを全数調査と抽出調査で調査をしていきた いと考えております。秋口からは実質的な議論が始まることになるかと思いますので、 できるだけその秋口からの議論に間に合わせるようにしたいと思っておりまして、全数 調査はやはりその集計にかなり時間がかかると思うのですが、できるだけ抽出分につき ましては9月末の検討会には御報告をできるようにしていきたいと考えております。  以下、全ての項目について御説明する時間はないのですが、他に左側のところを見て いただきますと、自己負担の状況、支給決定の変更状況、不服申し立ての状況、それか ら支援費対象サービスの提供状況、それからその次の頁にいっていただきますと、人材 養成の状況ですとか、単独サービスの実施状況、地域生活支援のネットワークの状況で すとか、在宅生活を行なっておられる障害者の実態、こういうことをそれぞれ一番右の 枠で書いております全数調査、抽出調査、あとは厚生労働科学の特別科学研究を使った 調査、それから各委員の御協力を得て実施する調査、こういうのに分けて実施をしてい きたいと考えております。  ただ最後の頁の、一番下の(注)ところに書いておりますが、私どもその抽出調査に つきましてはできるだけ継続的に少し掘り下げて調査をしたいと思っておりますが、実 際調査をお願いします自治体に本当に御協力が得られるのかどうか、それがかなり短期 間なり、継続的に調査をお願いできるのかどうかというのはちょっとまだ私どもだけの 判断ではわかりませんので、いま候補となっている自治体にお伺いをしているという状 況ですので、そういう中で少し精査をしていく必要があると思っております。いずれに しましても秋口からの議論に間に合いますように、遅くとも8月には実施に入って、調 査に入って行きたいなと考えております。とりあえずデータ収集につきましては以上で ございます。  江草座長  ありがとうございました。これがまとまりますとかなり前進するだろうと期待いたし ておりますが、しかし本当にいまおっしゃるように8月の終わりまでにということで、 受ける都道府県は大変熱心に協力してもらわないといけないので、必ずしも全部引き受 けていただけるかどうかわかりません。  高原課長  申し遅れましたが、この項目の中にはある程度年度を締めて把握したデータをとった 方がいい項目もあろうかと思いますので、いま申し上げました8月にその調査に入ると 言いますのは、ここにその資料で具体的にそのとりまとめ時期で書いておりますような ことにつきまして、項目については早急に調査をしたいということで、例えばその年度 を締めてみた調査というような、例えば支給決定の変更状況とか、不服申立ての状況な どにつきましては、少し年度を締めた段階で16年度当初に調査をした方がいいのかなと 思っております。  江草座長  わかりました。おそらく皆さんの方からもお聞きになりたい向きもあるでしょうし、 それからまた追加してもらいたいというのもあるだろうと思いますが、個々の御意見は 後ほどまたFAXなり何なりで障害福祉課の方へ御連絡をいただくということで、この お話を終わらせていただきたいと思います。では続きまして第5回及び6回検討会の問 題について、次回からの予定です。  高原課長  それではお手元の資料6をご覧いただきたいと思います。次回7月30日に予定させて いただいておりますが、この会につきましては、今日御都合が悪くてお越しいただけな かった自閉症の関係の佐藤裕さん、それからあとは地域の実践例ということで、横浜 市、長野県の北信圏域、この二つの地域からお話を聞きたいと思っております。  それから8月26日ですが、海外の動向でございます。前回はアメリカ、イギリス、ス ウェーデンについてお話を聞いたらどうかというふうに御提案を申し上げていました が、そのあと委員の先生から御意見を頂戴いたしまして、イギリス、アメリカといった アングロサクソン系だけじゃなくて、ヨーロッパの大陸系のドイツあたりの話も聞いた らどうかという御意見を頂戴いたしましたので、座長とも御相談の上、ドイツを追加さ せていただいております。それぞれここに書いております先生には日程調整もさせてい ただきましたので、このあと二回はこういう情報共有化のための勉強といいますか、お 話を聞かせていただくということで進めていきたいと思っております。  江草座長  それから次は議事録について、第3回の議事録の案を今お配りいただいておるようで ございますが、この点などについてどうでしょうか。  高原課長  資料7につきましては、これは第3回の議事概要ということで、これは座長とも御相 談いたしまして、すでにホームページで公表させていただいております。今回につきま しても、その概要版につきましてはできるだけ早くホームページで公表させていただく ようにさせていただきたいと思っております。詳細の議事録につきましては、各委員の 先生に見ていただいて、意見をいただいた上で修正して公表という、これは毎回そうい う扱いをさせていただいております。  板山座長代理  今日は滋賀県の中島さんのお話を伺っていると、私は昔を思い出して、いまから20年 前にこの7圏域のエリアの検討委員会の委員長をさせられて、東京から何回か滋賀県に 通った結果がこの7エリアを作る基礎になっている。今、ここまで発展をしてきており ますが、これから事務局の方でぜひ考えていただきたいのは、滋賀県のレベルに達して いる県なんていうのは全国にそんなにないんですよ。今日中島さんの話をなるほどと聞 いて、あるいはサービス調整会議だとか、ケアマネジメントに近いことまでやってらっ しゃる、こんな県は、特に市町村レベルまでこれをやっておられる県というのはほとん どないと言ってもいい。  今度、横浜市、長野県北信圏域の事例を聞く、あるいは調査をされる、いずれ障害者 の地域生活支援についての都道府県別のレベルを評価するメルクマールぐらい作ること を頭におきながら、あるいは今日の段階で私たちが参考にするこの具体的な事例のデー タ発表は日本のレベルでいうとどの辺にあるかということを委員の皆様方はぜひ頭にお きながら聞いていただきたい。  町村に行くと障害者の担当者もいない、係もない、その現実を私たちはしっかり見据 えた上でこれからの論議を進めて欲しいんです。あまりにも進み過ぎたところだけ議論 をしていきますと、宙に浮いた議論になってしまう、行政は困ると私は思うんですよ。 だから今日の中島さんの今日のこの御発表は、素晴らしい、その種をまいたのを我々だ と自信を持っておりますが、でもここまで行ってないことを大前提にしながら議論をし ていただきたいと思っているのです。  これまでの実態調査等に対する御意見も、例えばケアマネジメント制度をやっている かやってないか、サービス調整会議をやっているかどうか、地域生活支援センターを 持っている県がどのぐらいあるかを是非入れて欲しいんですね。そういった意味で委員 から後でもし御意見があれば、事務局に出していただきたいと思うんです。私は今中島 さんの説明を聞きながら昔を思い出しましたので、ちょっと申し上げた次第です。  大濱委員  先程からの知的の方の件ですが、検討委員にという知的の方本人の御発言もありまし た。そこで最初からずっとこの件が持ち越しになってはっきりしてないので、かと言っ て、この件で委員の方の皆さんに意見を聞くという時間は多分ないと思いますので、場 合によっては委員の方にペーパー1枚でもいいですから、知的の人が委員として参加し た方がいいのかどうかということを一回皆さんにペーパーで提出していただく。そこで 本来であれば当事者の方が入った形での地域支援の在り方というのはあるべきで、知的 の人が私は入った方がいいかなと基本的に考えておるのですが、いろんな委員の意見が あるでしょう。一回ペーパーを座長がまとめられて、それで判断されて皆さんの意見が 反映されるという形をとっていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。  江草座長  どういう形で判断するかということについても、含めて一つお任せいただけません か。いまここですぐに答えろと言われても、まだ中西さんも何か言いたいそうですし、 時間は約束の5時が来ておりますので、どうぞ中西さん。  中西委員  やはり知的障害者はなかなかこの会の中でどういう位置づけにするか決めにくいと思 うので、とりあえず気になったことを発言したことを知的障害者が手を上げていただい て、我々が手を上げてますよということで発言を促すとかいう形でもかまわないです し、まあ発言を封じるのではなくて、オブザーバー等で出られて発言したい時にはでき るようにということをまずさせていただきたいなと思います。  江草座長  ありがとうございました。私はたしかこの前の会の時に、必要に応じてお名前を申し 上げて御発言をいただきたいというようなことを申し上げたと思いますので、中西さん の今の御発言は大体似ておるのではないかと思います。これも含めて次回までにははっ きりさせていただきます。  大熊委員  資料に仮名をふられるようになったことは大変結構だと思うんですが、仮名をふれば いいというものではなく、「議論に資するとともに」とか、そういうのは普通の人には わからないので、仮名をふりながら、これは変な言葉だというのは直していただきたい し、それからこの項目を委員の皆さんいろいろ出してくださいというふうにおっしゃい ましたが、やっぱりユーザーである、いまオブザーバーになっている、そのサービスを 受ける方々からも項目を出していただいた方がいいのではないか。  それから入所施設は除くといとも簡単に書いてありますが、ここにある「もう施設に は帰らない」という本などによりますと、要するに待機者という言葉があるけれども、 施設の中で地域に帰りたいと思って待機している人がたくさんいるのだ、それを忘れて はいけないということを書いてありますので、何らかの形でその入所と地域との両方を 視野に入れるような工夫をしていただきたいと思います。  高原課長  表現につきましては私どももできるだけわかりやすい表現で工夫していきたいと思い ます。それからデータにつきましては、むしろ私ども事務局サイドでもちろん責任を もって調べる部分もございますが、たとえば利用当事者の方とか、やはりそれぞれ実態 を御存知でデータをお持ちなわけですから、むしろ、御協力いただいてそのデータをお 出しいただく部分もあるのかなと思いますので、そういう意味で御協力もいただければ と、逆にお願いでございます。  江草座長  それでは今日はこれで終わらせていだたきたいと思います。どうも御協力ありがとう ございました。 照会先 [障害者(児)の地域生活支援の在り方に関する検討会事務局] 厚生労働省社会・援護局 障害保健福祉部障害福祉課 川端、牧野(内線3043) TEL 03−5253−1111 FAX 03−3591−8914