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神経芽細胞腫マススクリーニング検査のあり方に関する検討会報告書(案)

平成15年7月30日(水)

 小児がんの一種である神経芽細胞腫を早期に発見し、できるだけ早い段階で適切な措置を講じることを目的として、生後6〜7ヶ月の全ての乳児を対象に、尿によるマススクリーニング検査を行う事業(神経芽細胞腫検査事業)が昭和59年度以来実施されてきたところである。
 近年、欧米において神経芽細胞腫マススクリーニングの有効性に関して疑問があるとの報告がなされ、日本においても本事業の実施が与える影響について検討する必要がある。このため、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長が参集する検討会が開催され、神経芽細胞腫マススクリーニング検査の今後のあり方について検討を行った。


 神経芽細胞腫検査事業の経緯

 神経芽細胞腫は、カテコラミン(ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン)を産生することが知られており、尿に含まれるカテコラミンの代謝産物である、VMA(バニールマンデル酸)、HVA(ホモバニリン酸)を測定することにより、神経芽細胞腫を早期に発見し、早期治療に結びつけようと考えられた。
 1歳未満で発見される神経芽細胞腫は予後が比較的良好であったのに対し、1歳以降で発見される神経芽細胞腫は、治療が困難であり、死亡に至る例が多いことも、マススクリーニングが必要であると考えられた基礎となった。
 このような考え方に基づいて、わが国では、昭和48年に神経芽細胞腫検査事業が京都市で開始され、その後、いくつかの自治体が続いて実施するようになった。
 旧厚生省は、昭和58年に医師、検査技術者、保健師を対象とした「神経芽細胞腫研修会」を開催し、その翌年から、都道府県・指定都市を実施主体とする神経芽細胞腫検査事業に対する補助を開始した。近年では、対象者の約9割が受診し、約200名の神経芽細胞腫の患者が発見されている。累計では平成13年度までに2913人が発見されている。


 神経芽細胞腫検査事業の有効性の評価について

 一般にマススクリーニングの評価においては、(1)死亡率減少効果があるか、(2)マススクリーニングによる不利益がないか、が最も重要である。

(1)わが国において実施している神経芽細胞腫検査事業の神経芽細胞腫に対する死亡率減少効果について

(海外で実施された介入研究の結果)
 ・ 2002年、ドイツとカナダにおいて実施された2つの介入研究において、死亡率減少効果について否定的な結果が発表されている。

(わが国における観察研究の結果)
 ・ わが国において、神経芽細胞腫検査事業の実施前と実施後の死亡率の比較を行った観察研究は7件であったが、必ずしも結果は一致していない。2件で統計的に有意な死亡率の低下が見られている。
 ・ 神経芽細胞腫検査事業の実施前と実施後の比較については、化学療法の改善など、治療の向上による死亡率の減少も含むと考えられるため、結果の解釈には慎重な態度が必要である。
 ・ また、わが国において、神経芽細胞腫マススクリーニングの受診者と未受診者の比較を行った観察研究は5件あり、このうち、統計的に有意な死亡率の低下を示したのは、25都道府県における後ろ向きコホート研究と、全国を対象とした前向きコホート研究の平成13年度報告の2件がある。この2件は、厚生労働科学研究事業として行われている。
 ・ マススクリーニングの受診者と未受診者の比較を行う観察研究の結果は、診療行動などが受診者と未受診者で異なる可能性があるなど、様々な要因の影響を受ける可能性が高いことから、一般に、研究デザインとしては、介入研究に比較して劣るとされており、すでに介入研究の結果が示された現在、その結果の解釈には慎重な態度が必要である。

(現在行われている全国を対象とする受診者と未受診者を比較する前向きコホート研究の意義)
 ・ 現在、全国を対象とする受診者と未受診者を比較する前向きコホート研究が実施されており、平成13年度報告では、統計的に有意な神経芽細胞腫の死亡率の低下を示している。これは、全国を対象として実施されていることなど、これまでに実施された研究よりも優れている点があり、その結果は参考になる部分があると考えられる。しかし、これまでにわが国で行われた観察研究と同様、その結果の解釈には慎重な態度が必要であり、今後、最終結果として死亡率の低下を示す結果が得られた場合であっても、この研究だけをもって、死亡率減少効果を示す確定的な証拠とすることはできない。

(2)神経芽細胞腫検査事業による不利益について

(神経芽細胞腫検査事業による患者数の増加)
 ・ 一般的に、がんのスクリーニングは開始すると一時的に罹患率が上昇するが、その後継続すると、以前の水準に戻り、長期的に見て罹患率は一定する。これに対し、多くの研究結果は、神経芽細胞腫検査事業が開始された後、神経芽細胞腫の累積罹患率が2倍程度に増加することを示している。
 ・ また、神経芽細胞腫マススクリーニングによって発見された例では、積極的な治療を行わなくても、自然に腫瘍が退縮する場合があることが観察されている。2002年に日本小児がん学会が発表したデータによると、1998年に無治療で経過が観察されている82 例が登録され、このうち、2001年まで無治療のままの例は59例あった。残りの23例は、方針を変更して手術を受けており、その理由は、家族の希望や、腫瘍の増大や縮小しないことなどであった。手術を受けた例の病理組織を検討すると、予後不良の兆候を示すものはなかった。

(治療による合併症)
 ・ 1999年に日本小児がん学会が発表したデータによると、1976年から1996年までに神経芽細胞腫マススクリーニングによって発見された1453例のうち、1226例に手術が行われ、このうち、132例に治療による合併症が認められた他、1025例に化学療法が行われ、このうち、49例に治療による合併症があったことが報告されている。治療による合併症による死亡は手術について8例、化学療法について10例あったことが報告されている。

(その他の不利益)
 ・ このほか、治療そのものによる子どもの身体的負担の他、家族にとっても、子どもが疾患を抱えることの心理的負担や、付き添いなどの負担などがあると考えられる。

(3)有効性の評価についてのまとめ

(死亡率の減少効果の有無について)
 ・ 現行の神経芽細胞腫検査事業による死亡率減少効果の有無は、現在、明確でない。

(死亡率の減少効果の有無が今後、明確になる可能性について)
 ・ 現在、わが国で行われている全国を対象とした受検者と未受検者を比較する前向きコホート研究はすでに、平成13年度報告を出しており、死亡率の減少効果を示しているが、この解釈には慎重な態度が必要である。そのため、現状のままでは、今後、わが国で神経芽細胞腫検査事業の死亡率減少効果の有無を示す十分な証拠が得られることは難しい状況にある。

(不利益について)
 ・ 神経芽細胞腫マススクリーニングによって発見される例の中には、相当程度、積極的治療を必要としない例が含まれていると考えられている。また、治療そのものによる負担の他、治療によって合併症を生じる場合があるなど、神経芽細胞腫マススクリーニングによって不利益を受ける場合があることは否定できない。


 神経芽細胞腫検査事業の今後のあり方について

 神経芽細胞腫検査事業は、死亡率減少効果の有無が明確でない一方、自然に退縮する例に対して手術などの治療を行うなどの負担をかけており、このまま継続することは難しいと判断される。

(1)検討

(死亡率減少効果が確立する可能性)
 ・ わが国では今後、海外から示された研究結果よりも精度の高い研究を実施できる見通しはなく、このままでは、わが国において実施されている神経芽細胞腫検査事業の死亡率減少効果の有無を示す十分な証拠が得られることは難しい状況にある。

(不利益が解消する可能性)
 ・ 神経芽細胞腫マススクリーニングで発見された例に対し、化学療法を施行する率が減少するなど、治療の負担を軽くする傾向にある。さらに、一部の施設では、条件に合う症例を対象に経過観察を行い、無治療の方針で対応している。しかし、現在のところ、無治療とするという方針は、実施を含めて関係者の一致した考え方となっておらず、結果として本来治療を受ける必要がない人にも治療を行っている状況にあり、少なくとも短期間のうちに、これらが解消される見通しはない。

(神経芽細胞腫マススクリーニングで発見されることの保護者にとっての意義)
 ・ どのように行動すればよいのかが確定していない状況では、検査結果は保護者の不安を強めるものであり、一方、保護者が自ら対応策を判断することも困難である。かかる状況では、保護者にとって、神経芽細胞腫マススクリーニングで発見されることの意義は明らかであるとは言えない。

(2)検査事業の休止

 ・ これらの状況を勘案すると、現在の神経芽細胞腫検査事業をこのまま継続することは困難であり、新たな知見により有効性が確立されない限り、以下の対応をできるだけ速やかに行うことを条件に、いったん休止することが適切である。また、引き続き、神経芽細胞腫に関する状況を評価し、これに基づいた適切な対応をとることが適切である。

(3)検査事業休止の条件

(1)神経芽細胞腫の罹患と死亡の把握
 今後、神経芽細胞腫検査事業休止の影響の確認や、神経芽細胞腫の治療成績の改善を図るための取組を評価するには、神経芽細胞腫の罹患と死亡を正確に把握することが必要となる。今後、神経芽細胞腫の罹患と死亡を継続的に把握する体制を早急に確立することが望まれる。

(2)神経芽細胞腫マススクリーニングの実施時期変更の検討
 神経芽細胞腫マススクリーニングの実施時期については、現在の生後6ヶ月よりも遅い時期に変更することによって、発見すべき例の把握が向上する可能性があるとの指摘がある。これについては、今後十分検討し、実施時期を変更した神経芽細胞腫マススクリーニングの死亡率減少効果について介入研究などを行う可能性の検討が望まれる。

(3)神経芽細胞腫の治療成績を改善するための研究の推進と治療体制の確立
 進行した神経芽細胞腫は、現在においてもなお、治療の難しい疾患である。神経芽細胞腫検査事業も、このような状況に対応して実施されたことを鑑みると、更なる有効な治療法の開発や、有効性が認められた治療法を普及する仕組みの確立など、神経芽細胞腫の治療成績を改善するための取組が望まれる。


 神経芽細胞腫検査事業についての総評と今後新たなマススクリーニングを導入する際の留意点

 神経芽細胞腫検査事業は、神経芽細胞腫が難治性の疾患であり、この予後の改善を目指して、多くの関係者の努力によって実施されたものである。この事業の実施により、神経芽細胞腫の自然史をはじめとする有益な知見が明らかとなり、治療にも大いに生かされることとなったことは評価すべきである。
 しかし、有効性を確認する十分な研究が実施されないまま、事業として導入されたことが、わが国で実施されている神経芽細胞腫検査事業の死亡率減少効果の有無が明確となっていない大きな要因となっており、この点は大変残念なことである。
 今後、この教訓を生かし、新たなマススクリーニングを導入する際には、有効性の検討を十分に尽くす必要があることに、留意するべきである。


 まとめ

 これまでに発表された神経芽細胞腫スクリーニングに関するデータを検討した。この結果に基づき、神経芽細胞腫検査事業は、(1)神経芽細胞腫の罹患と死亡の正確な把握、(2)検査の実施時期変更の検討、(3)治療成績を改善するための研究の推進と治療体制の確立、を条件として、いったん休止し、引き続き神経芽細胞腫に関する状況を評価し、これに基づいた適切な対応をとることが適切であると考えた。
 また、今後新たなスクリーニングを導入する際には、有効性の検討を十分に尽くす必要があると考えた。
 今後、行政は、この報告に基づき適切に対応することを望む。


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