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前回までの主な議論


社会保障の機能・役割

 
 社会保障は、所得の再分配、リスクの分散を通じた社会の安定、経済の成長への寄与を含め、セーフティネットとして機能している。

 社会保障はライフサイクルに応じた生活、生命、健康の安全保障と位置づけられるものであり、これを共通認識として議論すべきではないか。

 社会保障が充実してきたにもかかわらず、貯蓄率が高いことに示されているように一般の国民に対して必ずしも安心をもたらしていない面があるのではないか。

 社会保障は、一定のリスクや事故が起こった時にカバーするセーフティネットとしての役割だけでは不十分であり、より広く、次世代育成支援、健康増進、疾病予防なども社会保障としてカバーすべき範囲ではないか。

 社会保障は、消費や経済を安定させ、労働力の確保に資するとともに、高齢社会に対応した新たな産業や雇用機会を創出するということが期待されている。


社会保障改革の基本的視点
(総論)

 
 社会保障の給付と負担で国民が何を望んでいるかについての集約が必要ではないか。

 公民の適切な組合せによる適正給付・適正負担という福祉社会の実現を目指すことが、国民のコンセンサスを最も得やすい方向ではないか。

 個人の自立支援と制度横断的な再編成等により社会保障全体を効率化すべきではないか。

 社会保障・雇用施策については、(1)高齢社会への対応についての年金・医療・介護などの制度改革、(2)働き方の見直しといった雇用施策、(3)次世代育成支援、が3つの大きな柱と考えられ、それぞれ固有の政策目的を持つとともに、それぞれがお互いに支え合っている。これらを強力に進めることにより、全体として、世代を超えて、時代を超えて国民生活の構造的な改革を可能にしていくという大きな目標の達成につながっていくのではないか。さらに、経済・財政、住宅・生活環境、教育・科学技術との関係でみても、大きな意味でお互いに支え合っており、日本の社会全体を生活構造の改善という観点から、より豊かなものにしていく可能性もあるのではないか。

 社会保障・雇用政策を考えるに当たっては、従来の価値観を引きずっていてはなかなか進まない。「競争社会」から「共生社会」へといった理念をきちんと持つべきではないか。

 公平性の問題は、世代間、世代内に限られるものではなく、男女間、制度間、子どもを持つ持たない家庭間の公平もあるのではないか。

 年金、医療、介護いずれにも所得再分配の部分と生活扶助の部分が入っているが、所得再分配には、所得のある人からない人への再分配と、所得のある人の間での再分配がある。生活扶助の部分と所得がある人の間での再分配の部分をきちんと整理すべきではないか。

 社会保障全体でみて給付と負担がどうなるのかなど、パッケージとして示し国民の理解を得ることが必要。制度の持続可能性の問題、財源の在り方、経済社会との関係、世代内・世代間の公平性の問題など課題は多い。

 パッケージという議論があったが、家計ベース、ライフサイクルでみれば、まさにパッケージであり一体的な議論ができる。

 パッケージで議論すべきという観点は大変重要。財源論、特に公費の問題を議論していくと税の議論は避けられない。政府税調など関連の審議会も見極めつつ、税制も含めた議論をすべきではないか。

 リスクには予想されるリスクと予想され難いリスクがあり、これまでは社会保障においては老齢、疾病、介護など予想されるリスクに対して備えてきたが、今後は、失業、離婚など予想され難いリスクの増大が予想されることから、このリスクに対しても国民が安心できる体制をつくるべきではないか。

 いろいろな意味で不安を抱える国民に安心を与える意味で社会保障を充実させることは重要であるが、一方で、手厚くし過ぎるとモラルハザードが発生する。このモラルハザードをどのように回避するかについても議論が必要ではないか。

 社会保障改革を進めるに当たっては、社会福祉法人改革など供給体制の在り方をどうするかということも重要な課題ではないか。

 社会保障制度は一見すると分立しているが、やはり年金を基本に据えつつ、それとの関係で医療や介護の負担を考えるべき。

 年金の議論を進めていく上でも、こうした制度横断的な議論は必要。一つの切り口として、「公的関与」の必要性という観点があるが、これは市場の失敗との関連で考える必要がある。そういう意味では医療や介護については逆選択が生じやすく公的関与の必要度は高い。


社会保障給付の在り方

 
 社会保障給付の在り方については、(1)社会経済情勢の変化への対応、(2)世代間、世代内の公平性の確保、(3)制度間の機能の重複の調整、という3つの大きな視点から検討することが必要ではないか

 公的年金を削減するという施策をとった場合、医療や介護の保険料、自己負担、上乗せ給付をどのように設計するかという問題が生じ、現役世代からみれば、公的年金が削減され老親の生活が不自由となった場合には、保険料、自己負担の他に私的に扶養していくことが必要となってくるという問題が生じる。

 モデル年金を受給している世帯では、在宅でも施設に入所している場合であっても、保険料と自己負担とを合わせてモデル年金の中で夫婦2人生活できる水準であるが、今後、年金、医療、介護の見直しが具体の政策課題に乗っていく中で、相互の関係をどのように考えていくかが大きな課題である。

 諸外国においては、介護施設等の入所者に係る居住費用は、原則的に給付の対象となっておらず、低所得で負担ができない場合には何らかの形で社会扶助をしてカバーするという仕組みがとられている。

 年金は所得代替率、生活保護は最低生活費という仕分けをしてきたが、こういうことで国民が理解できるのか。基礎年金の水準と生活扶助費の水準をどのように考えるのか。

 社会保障は、年金、医療等の社会保険だけでなく、児童手当、生活保護などもある。社会保障を総合的に考えるに当たっては、社会保険だけではなく、それらの組合せであることを明確にして議論すべきではないか。

 制度の相互関係という意味では、福祉ビジョンで示されたような給付構造の在り方も改めて議論すべきではないか。


社会保障負担の在り方
(マクロベース)

 
 平成8年の「社会保障関係審議会会長会議」の報告においても、「国民負担率が高齢化のピーク時において50%以下」ということが一つのメルクマールとされており、行政としても一つの政策的なメルクマールとして対応してきた。

 我が国の国民負担率は30%台後半で米国とほぼ同水準、欧州諸国に比較してかなり低い水準となっているが、財政赤字を含めた潜在的な国民負担率で見れば、50%近くなっているのではないか。

 安心の確保、経済活力の維持、持続可能な制度を改革の方針としつつ、将来の潜在的な国民負担率を50%程度に抑制するため、社会保障給付の抑制と効率化に取り組むべきではないか。

 高齢化が急速に進行することに伴い、企業の社会保障負担が重くなっていけば、国際競争力の維持・向上、雇用の場の確保に大きな問題が起こってくるのではないか。

 社会保障全体の財務状況を把握した上で、負担の問題を議論すべきではないか。

 社会保障財政を論ずる場合、国民の負担限界をもう少し精緻に分析する必要があるのではないか。

 我が国の負担が低いというのは支出が少ないことの裏返しであり、特に低いのは失業給付と生活扶助である。今後、労働市場や生活構造が変化していけば、社会保障の支出と負担も変わってくるのではないか。

 社会保障制度の費用を賄う方法は、社会保険方式を主として、これに公費負担を従として、利用者・保険料・公費の適切な組合せにより確実かつ安定的なものとする必要がある。

 近年、欧州諸国では、税財源の確保を進めて公費負担割合を上昇させている傾向が見られるが、既にかなりの保険料負担をしている状況の中でのものであり、我が国の保険料・税負担の水準を考えれば、そのことを十分に考慮しなければならない。

(家計・ライフサイクル)

 
 社会保障等の給付と負担をライフサイクルでみると、給付面では、特に高齢期に年金、介護、医療という形で集中して給付を受け、負担面では、年齢に応じて所得が増大することから、社会保険料・税などの負担も重くなっている。

 我が国の給与収入に占める社会保険料・個人所得課税の実効負担率は、欧米諸国と比較して相対的に低い水準となっている。

 家計の支出の中身をもっと吟味すべき。そうしていくと、日本人全体の生活態度を見直すことにつながるのではないか。

 社会保険料・税の負担が増大することから、有業人員が1人の世帯においては、家計が厳しくなると想定される。

 この30年間で、家計に占める社会保険料・税の負担は約2倍になるとともに、生活様式の多様化を反映して、基礎的消費支出の割合が低下し、交通・通信費や住宅費の割合が増大している。

 高齢者も能力に応じた負担を分かち合うべきではないか。

(低所得者)

 
 家計からみれば、保険料も患者負担も負担であることには変わりはない。負担の問題はトータルで考えることが必要。その際、低所得者への配慮ということが必要ではないか。

 我が国の低所得者層の実態がどのようになっているのか、何故そうなったのかということを把握することが必要ではないか。そうした現状を把握した上で、フリーター、労働条件の低い層などに社会保険の仲間になってもらうにはどのようにすべきかを考えるべきではないか。

(社会保障と民間部門)

 
 社会保障給付を今後基礎的なものに限定していくとした場合、私的保険への加入等の自助努力が求められることになることから、家計支出を見る際にはその点に留意が必要ではないか。

 私的保険の種類が増えてきており、社会保障を代替するものとして、把握しておく必要があるのではないか。

 社会保障が発展していくと、国際的にみても、預貯金や私的保険が抑えられてくる。将来を見通す場合には、この点を視野に入れる必要があるのではないか。

 政府として対応できる部分、あるいは負担の限界もあるので、民間との役割分担がいかにできるかという視点からも考える必要があるのではないか。

(その他)

 
 制度の持続性や将来世代の負担という切り口からみると、各種推計が現在2025年となっているが、2050年まで視野に入れて考える必要がある。

 社会保障を考えるに当たっては、資産という観点も重要な鍵になるのではないか。


社会保障と雇用

 
 若年世帯については、従来、年金を支える、あるいは、子育てをするといった視点から見られがちだが、若年世帯にも生活リスクはある。こうした生活リスクに対し、失業給付、生活保護、福祉サービスの組合せをどのように考えていくのかという視点も重要。

 世帯モデルと政策パッケージの問題を考えるとき、高齢者世帯についてみれば、年金・医療・介護というパッケージになるが、もう一つ、勤労世帯、特に若年世帯にとっては、生活保護を含めた福祉と雇用というパッケージになるのではないか。

 社会保障政策と雇用政策は車の両輪のようなもので、お互いに補い合っているものではあるが、社会保障政策は、労使が一定のルールの下で決めるべき働き方に対して直接関与しない形をとるべきである。

 失業は近年大きな問題になっており、社会保障の基盤を弱化させている。親の賃金水準が低いほど、子どもはフリーターになる可能性が高いなど社会の階層化が進んでいるという研究もある。こうした雇用問題が社会保障の基盤を弱化させている。

 これまでの社会保障の議論は給付中心であり、労働問題はあまり議論されてこなかった傾向にある。具体的な政策になると、厚生労働省だけでは対応できない部分もあるかもしれないが、生活者の視点から議論は幅広くすべきではないか。

 育児休業を取得できるのは一部の恵まれた社員のみであり、若者には過剰な労働というしわ寄せが来ている。若者の就労の在り方についても取り組むべきではないか。

 社会現象との関係という観点から、殺人率を一つの指標にとってみると、若年層の現在の生活リスクの高さや将来に対する展望と殺人率の間には密接な関係があるのではないかと考えている。我が国は諸外国と比べると殺人率、特に若年層の殺人率が低いが、これは雇用が安定していたということと関連があるのではないか。

 人口構造の変化に対応して、女性、障害者、高齢者、外国人の問題もあわせて考えるべきではないか。

 社会保障の質や効率化・コストを考えるに当たって、外国人労働者の雇用問題も議論すべきではないか。

 外国人労働者の問題は、労働関係法規を厳格に、内外無差別的に適用する前提の上で、議論すべきものではないか。

 我が国が外国人労働者を受け入れようと思っても、国際競争力が働くことにより、本当に働いてほしいと思う者が我が国に来るというような甘い状況にはないんではないか。


社会保障と次世代育成支援

 
 社会保障の支え手を増やすべきではないか。

 社会保障を支えるのは現役世代であり、その基となるのは子どもである。社会保障制度の長期的な維持の根幹に関わることであるから、社会保障改革に当たっては、子ども、家族についても基本的な視点として十分に留意すべきではないか。

 これまでの社会保障の議論は年金、医療、介護が中心であり、少子化の問題は付け足しであった。しかし、少子化の問題は社会保障制度の持続可能性に関わってくるものであり、その克服は重要な問題ではないか。

 子どもを社会保障の担い手としか考えていないところがあるが、社会保障を考えるに当たっては、生まれてくる子ども自身が良い人生を送れる社会とするためにどうしたら良いかを考えるべきではないか。

 高齢者のために子どもを産むという考え方は若者は考えておらず、高齢社会を支えるために次世代を育成しようという考え方は根本的に誤っているのではないか。一番大切なことが次世代育成支援ではないか。

 社会保障の中には、例えば、子どもが多く生まれるほど老健拠出金が増えるなど、ある意味の矛盾を抱えており、そういった点についても議論すべきではないか。

 我が国の社会保障給付費の構成は、高齢者関係給付の割合が非常に高く、児童・家族関係給付の割合が非常に低い。

 次世代育成という観点から、児童・家庭関係に力点を移していくべきではないか。


その他
(他の関連分野との連携)

 
 我が国の家計の消費支出では、欧米諸国と比較して、教育関係の支出の割合が高い。

 家計の中でも教育費の問題は大きい。最近は塾の費用などが家計の教育費を圧迫しているが、義務教育とは何かという議論になる。塾に投資している費用を使って義務教育をもっと充実させるという考え方もあるのではないか。

 社会保障を考えるに当たっては、住宅についても併せて考えるべきではないか。


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