戻る

資料1

家族が行う「たんの吸引」に関する整理


刑罰関連規定の適用について

1.医師法第17条について
 医業を医師に独占させ、一般人に対してこれを禁止することを規定したもの。本条の規定に違反し無免許で医業をなした者に対する罰則は、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金。
 医業とは、(1) 当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は及ぼすおそれのある行為(「医行為」)を、(2) 反復継続し、またはその意思をもって行うこと(「業として行うこと」)。【医師法第17条違反の"構成要件"】

2.刑法が適用される手順について
※ 学説による差異を捨象したイメージ図
図

  (1)構成要件
 犯罪定型として法律に規定された違法・有責な行為の定型。
 これを充足する違法・有責な行為が犯罪ということになる。
  ※ 構成要件該当性:構成要件に該当すること。構成要件に該当する行為が違法性、有責性の判断を受ける。
  (2)違法性阻却事由
 刑法上、構成要件に該当し、違法と推定される行為について、特別の事由のため、違法性の推定を破る事由。違法阻却原因ともいう。刑法は、正当防衛、緊急避難、正当行為の3つを明記する(第35条〜第37条)が、このほかにも法秩序全体の精神からみて違法性の阻却が認められるとの見解も有力である。
  (3)責任能力
 刑事責任を負担し得る能力。
  ※ 責任阻却事由:責任の成立を妨げる事由のこと。責任無能力、錯誤及び期待可能性の欠如がこれに当たる。

出典:「法律用語辞典」内閣法制局法令用語研究会編、有斐閣、1993


実質的違法論について

1.基本的な考え方
 ○ ある行為が処罰に値するだけの法益侵害がある(構成要件に該当する)場合に、その行為が正当化されるだけの事情が存在するか否かの判断を実質的に行い、正当化されるときには、違法性が阻却されるという考え方
 ○ 形式的に法律に定められている違法性阻却事由を超えて、条文の直接の根拠なしに実質的違法性阻却を認める
 ○ 具体的には、生じた法益侵害を上回るだけの利益を当該行為が担っているか否かを判別する作業を行うこととなる
 「当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否か」(最判昭50・8・27 刑集29・7・442他)

2.正当化されるための要件
 (1)目的の正当性
 行為者の心情・動機そのものを問題にするのではなく、「行為が客観的な価値を担っている」という意味で解すべき
 (2)手段の相当性
 最も重要な要件
 具体的事情を基に「どの程度の行為まで許容されるか」を検討
 犯罪類型ごと、事案の類型ごとに、「このような目的のためには、この程度の行為まで正当化される」という類型的基準を設定すること
 (3)法益衡量
 特定の行為による法益侵害と、その行為を行うことにより達成されることとなる法益(その行為を行わないことによる法益侵害)とを、比較衡量
 「手段の相当性」の判断の過程で、合わせて行われることとなる
 (4)法益侵害の相対的軽微性
 特定の行為による法益侵害が相対的に軽微であること
 その行為による法益侵害の程度が大きければ、正当防衛や緊急避難といった違法性阻却事由に該当することが求められる
 (=補充性など、さらに要件が付加される)
 (5)必要性・緊急性
 法益侵害の程度に応じた必要性・緊急性が存在するか否かを検討


家族が行う医療行為について

1.関係通知について
 家族が行う医療行為に関連しては、インシュリンの自己注射について、以下の通りの解釈を示している。
○ インシュリンの自己注射について



昭和五十六年五月二十一日医事第三十八号
各都道府県衛生主管部(局)長あて
厚生省医務局医事課長通知



 標記について、別紙一により国立小児病院長から照会があり、これに対し別紙二のとおり回答したので、関係方面への周知徹底について、よろしくお取り計らい願いたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

別紙一



昭和五十六年四月二十五日国小児発第一七十四号
厚生省医務局医事課長あて国立小児病院長照会


 糖尿病患者のうちには、毎日インシュリンの注射をしつづけなければならない者がおり、注射をしていれば、通常の社会生活ができるが、注射を中断すれば生命に係る大きな危険があります。しかし、その為に毎日医療機関に通院しなければならないことは、患者にとって大きな支障となっております。
 そこで、インシュリンの自己注射が考え出され、欧米諸国では常識化されており、我が国でも普及しています。しかし、担当する医師の中にはインシュリン自己注射が医師法第十七条違反にならないかどうかに不安をもつ者もあるので、左記について医務局の見解を伺います。
 医師が継続的なインシュリン注射を必要と判断する糖尿病患者に対し、十分な患者教育および家族教育を行った上で、適切な指導及び管理のもとに患者自身(又は家族)に指示して、インシュリンの自己注射をしても医師法第十七条違反とはならないと考えるがどうか。

別紙二



昭和五十六年五月二十一日医事第三十八号
国立小児病院長あて厚生省医務局医事課長回答


 昭和五十六年四月二十五日付け国小児発第一七四号をもって照会のあった標記については、貴見のとおりである。

2.この通知の考え方
 (1)「インシュリンの自己注射」という行為に対する評価
インシュリン注射は、医行為に該当し、これを反復継続すれば医師法違反となること
 (2)違法とされない考え方
(1) 目的の正当性
 ○ 患者の治療目的のために行うものであること
(2) 手段の相当性
 ○ 医師が、継続的なインシュリン注射を必要と判断する糖尿病患者に対し、十分な患者教育及び家族教育を行った上で、適切な指導及び管理の下に行われるものであること
(3) 法益衡量
 ○ 相当な手段により行われた法益侵害と、患者が注射のために毎日医療機関に通院しなければならない負担の解消とを比較衡量
(4) 法益侵害の相対的軽微性
 ○ 侵襲性が比較的低い行為であること
  行為者は、患者との間において「家族」という特別な関係(自然的、所与的、原則として解消されない1)にある者に限られていること(公衆衛生の向上・増進を目的とする医師法の目的に照らして、法益侵害は相対的に軽微であること)
  1 「家族と医療 その法学的考察」唄孝一・石川稔編、弘文堂、1995
(5) 必要性・緊急性
 ○ 医師が、インシュリン注射を必要とすることを判断していること
 ○ 患者が注射のために毎日医療機関に通院しなければならない負担を軽減する必要性が認められること


家族が行う「たんの吸引」に関する違法性阻却の考え方

 家族が行う「たんの吸引」について、当該行為の違法性が阻却される場合の要件としては、下記のようなことが考えられるのではないか。
 (家族が行うことについて患者が同意していることが前提)

(1) 目的の正当性
 ○ 患者の療養目的のために行うものであること

(2) 手段の相当性
 ○ 次のような条件の下で、「たんの吸引」を実施
医師・看護師による患者の病状の把握
医師・看護師による療養環境の管理
「たんの吸引」に関する家族への教育
適正な「たんの吸引」の実施と医師・看護師による確認
緊急時の連絡・支援体制の確保

(3) 法益衡量
 ○ 「たんの吸引」が家族により行われた場合の法益侵害と、在宅療養を行うことによる患者の日常生活の質の向上を比較衡量

(4) 法益侵害の相対的軽微性
 ○ 侵襲性が比較的低い行為であること
 ○ 行為者は、患者との間において「家族」という特別な関係(自然的、所与的、原則として解消されない)にある者に限られていること(公衆衛生の向上・増進を目的とする医師法の目的に照らして、法益侵害は相対的に軽微であること)

(5) 必要性・緊急性
 ○ 早急に「たんの吸引」を行わなければならない状況が不定期に訪れるが、医療資格者がすべてに対応することが困難な現状にあり、「たんの吸引」を家族が行う必要性が認められること


家族が行う「たんの吸引」の手段の相当性について

項目 具体的な方策
患者の病状把握
 患者の主治医等は、個々の患者について、定期的な診療等を行い、病状が安定していることを確認する
 患者の主治医等は、個々の患者の病状について、家族に対し、的確に伝達する
療養環境の管理
 患者の主治医は、患者が入院から在宅療養に移行する前に、個々の患者について、家族や、訪問看護師等ケアを行う者の状況を把握・確認する(質・量両面)
 患者の主治医は、患者や家族に対して、事前に「説明と同意」を適正に行う
 家族は、患者の在宅療養への移行に備え、必要な準備を行う
 患者の主治医や、訪問看護師、家族等患者の在宅ケアを行う者は、患者が在宅療養に移行した後も、相互に緊密な連携を確保する
 在宅ケアを行う家族の負担軽減のために、適切にレスパイト・ケアを行う
家族への教育
 家族は、たんの吸引行為が伴う危険性について、事前に十分に習得する
 家族は、自らの知識・手技に自信をもって行うことができるまで訓練を行う
 患者の主治医等は、家族がたんの吸引行為を適切に行うことができるかを確認する
適正な「たんの吸引」の実施と医師・看護師による確認
 患者の主治医等は、家族が行ったたんの吸引行為について、医学的見地から評価を加える
 患者の主治医等は、定期的に、家族がたんの吸引行為を適切に行うことができているかを確認する
緊急時の連絡・支援体制の確保
 主治医や専門医等と家族との間で、緊急時の連絡体制を取る
 主治医は、空床を確保する


トップへ
戻る