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報告書(素案)


1. 患者の生活の質の向上のための専門性の高い看護判断とその実践に向けて

(1)看護をめぐる現状と課題

 人口の高齢化、疾病構造の変化、国民の意識の変化、医療技術の進歩など医療をめぐる環境の中で、入院時を含めて、生活の質を向上させ、また、住み慣れた地域の中で療養生活を送りたいという患者のニーズが増大してきている。
 看護知識の増加、看護技術の発達、看護教育の高度化等により看護師等の知識・技能は大きく向上してきている。一方、医療に対する国民のニーズは拡大、多様化し、看護師等に期待される役割は拡大しつつある。
 また、患者の生活の質を向上させるための療養上の世話に関する判断と実践については、教育の現場では、看護基礎教育におけるカリキュラムの大半を占めており、看護判断により適切なケアが行えるよう、重点的な教育が行われている。しかしながら、医療現場においては、看護師の判断を生かした適切なケアが行われているとは、必ずしも言えない実情がある。
 特に、病院内における看護の実情を見ると、法的に医師の指示を必要としない療養上の世話についても、看護師の側から医師の指示を求めているという状況もある。これらは、法律や医師による要請があるというわけではなく、むしろ、単なる慣習として行われていたり、看護師等の役割や責任についての認識の不足など様々な背景があると考えられる。
 また、在宅医療においては、訪問看護の開始や継続は、医師の訪問看護指示書に基づいて行われるが、指示の内容や範囲が明確でない場合には、患者の病態等の変動があったとき、新たに個別具体的な指示を必要とすることとなる。このため、多くの在宅療養者の主治医と連携して活動している訪問看護ステーションでは、必要なケアの提供までに時間を要し、患者・家族の切実な要望に応えられない場合もある。
 こうした国民のニーズ、看護をめぐる現状と課題を考えると、これからの時代の要請に応じた看護のあり方や医師等の他の医療関係職種との連携のあり方などについて、我が国の医療提供体制において、患者・家族のためにより良いケアを如何に提供するかといった視点で改めて検討し、明らかにする必要がある。
 また、平成13年度厚生労働科学研究「諸外国における看護師の新たな業務と役割」によれば、看護師の裁量の範囲、役割・業務が変化し拡大しつつある諸外国も少なくないことにも留意が必要。

(2)時代の要請に応じた看護のあり方、医師等との連携のあり方

 患者のニーズに応じて、より良い医療・看護サービスを提供していくためには、看護師等は、医師、薬剤師その他の医療関係職種とともに、それぞれの専門性を十分に発揮しながら、相互の信頼関係の下に密接に連携することが重要である。
 その中で、看護師等は、患者の生活の質の向上を目指し、療養生活支援の専門家として、その知識・技能を高め、適切な看護判断を行い、それを実践していくことが求められている。
 患者の生活の質の向上を図るためのケアを迅速かつ適切に提供するという観点からは、医師と看護師等の十分な連携と信頼関係の下で、医師が患者に起りうる病態の変化を予測して、指示を行い、それに基づき、看護師等が患者に対して適切な看護を行うことが望ましいと考えられる。
 この場合、看護師等は、その後の患者の状態についての観察結果や看護の立場からの判断を医師等に適切に伝えることが必要である。
 こうした医師と看護師等の連携のあり方を、医師の指示の在り方として「包括的指示」と称するかどうかはともかく、医師と看護師等の関係、医師等の指示の仕方、看護師等から医師への報告のあり方については、それぞれの資格、経験、専門性、患者の病態、医療行為の内容等に応じて異なるものであることに十分留意しながら、療養生活の支援について、看護師等が、知識・技能を高め、医師等との適切な連携のもとに、その専門性、自律性を発揮し、患者の生活の質の向上に資する看護判断を行い、それを実践していくことが求められている。
 また、療養上の世話を行う場合にも医学的な知識に基づく判断が必要となる場合もあり、このため、患者に対するケアの向上という観点に立てば、療養上の世話と診療の補助についての法的な区別を論ずるよりも、医療の現場において、療養上の世話を行う際に医師の意見を求めるべきかどうかについて適切に判断できる看護師等の能力、専門性を養っていくことが重要である。
 例えば、食事(一般病人食)の形態、安静度、清潔の保持の方法などについては、治療方針を踏まえ、患者の状態に応じて、看護師等が判断し、行うべきものである。
 また、苦痛の緩和が看護の重要な機能のひとつであるという観点から、便秘、不眠、発熱、呼吸困難等の諸症状の緩和のため、療養生活の実態を最も把握している看護師等が症状の観察や判断を行うとともに、まず、様々な看護技術を駆使して、患者の安楽を確保することが重要である。
 更に、医薬品等による症状緩和が必要である場合においては、医師により処方された医薬品等の使用方法の範囲内において、患者の症状を観察した看護師等が症状に応じて医薬品等の量を増減するなど適切な服薬を支援することが望ましい。
 なお、療養上の世話については、用語が適切かどうか検討の余地はあるが、看護師が行うことができる業務を個別に限定列挙するよりも、抽象的な枠組みの中で、時代の要請に応じて中身を充実させていくことの方が、看護の自律性、専門性を考え、より良いケアを提供する上で適当であろう。
 また、これからの医療においては、インフォームド・コンセントが重視されている現状を踏まえると、看護師等は、患者・家族と十分にコミュニケーションを行い、治療の内容や選択についてわかりやすく丁寧に説明するとともに、患者・家族の意向を汲み取る役割を担うなど、患者・家族が医療を理解し、より良い選択ができるよう支援することが重要である。
 更に、こうした患者・家族との十分なコミュニケーションとそれに基づく信頼関係のもと、専門的な看護を提供するとともに、家族でなければ担えない患者に対する精神的な支援機能や患者の自己回復力を最大限引き出し、生かせるような看護師の関わり方が、これからの看護のあり方として重要である。

(3)望ましい看護のあり方の普及に向けて

 看護師等が、こうした要請に応え、その役割と責任を果たしていくためには、今後ますます、看護師等の判断力や責任能力を向上するとともに、更には、豊かな人間性の涵養、人権感覚の育成、コミュニケーション能力の向上が求められており、看護師等の養成のあり方についての様々な課題に取り組んでいく必要がある。
 また、看護業務の複雑・多様化、国民の意識の高まり、医療安全に関する意識の向上の中で、学生の看護技術の実習の範囲や機会が限定される傾向にあること等から、卒前の看護技術教育についての水準の低下という懸念にも対応する必要がある。
 このため、まず、看護師の養成については、適切な臨地実習を行うための条件整備を進めるとともに、さらに、到達すべき看護技術教育の内容と範囲を明確にしていくことが必要である。
 また、看護師等として学ぶべき知識・技術の増大とあわせて、看護師の資質の向上が求められていることから、大学教育の更なる普及・拡大など、看護基礎教育の期間を延長していくことも検討していく必要がある。
 更に、卒後の教育研修についても、更に充実し、専門性を高めていくことが必要であり、技術研修をどのようにとり入れていくか、制度化の必要があるのではないかということも検討課題である。
 あわせて、特定の看護領域について、より専門的な知識・技能をもっている専門看護師や認定看護師などを普及し、その能力が積極的に活用されるような基盤づくりを行っていくことも重要である。
 看護師が国民のニーズにあった質の高いケアを提供するためには、生涯にわたる教育・研修が必要であることから、出産・育児などにより一時的に就業を中断した看護師等を含めて、再教育や継続的な生涯教育を推進するための仕組みが重要であり、このための学習プログラムの普及・充実がなされるべきである。
 また、看護教育の内容や水準と臨床看護の実践とが乖離しないようにするとともに、施設看護と訪問看護の現場とがお互いの課題やそれぞれの場において担うべき看護の役割について共通認識をもつことができるよう、相互の交流や連携を深めていくことも有益である。
 患者・家族に対して医療・看護サービスの内容について十分な情報提供を行い、信頼関係を築くとともに、医療関係職種が共通の認識のもとに十分に機能を果たして、適切なサービスの提供できるようにするためには、入院診療計画(いわゆるクリティカルパス)や在宅療養患者を支援するための看護プロトコールの普及を図るべき。
 これらの導入や具体的な内容については、個々の医療機関により異なるものであるが、その医療機関に適したものの作成を支援するため、標準的なプロトコールなどの開発を進めていく必要がある。


2 看護師等の専門性を活用した在宅医療の推進

 今後ますますニーズが拡大する在宅医療においては、医療ニーズの高い在宅療養者に対する看護ケアや増加するがん末期患者に対する在宅での疼痛緩和ケア等に対応するためには、在宅医療に対して医師が更に積極的に取り組むこととあわせて、看護師等が患者の病態の変化に対応した看護判断を適切に行うことにより、患者が看護ケアを迅速に受けられるようにしていくことが必要である。

(1)在宅がん末期患者の適切な疼痛緩和ケアの推進

 看護師等の専門性を活用した在宅医療を進める上で、在宅がん末期患者に対して疼痛の適切な緩和を行うことが課題となっている。
 がん患者の疼痛に対しては、当然のことながら、看護師等は、様々な看護技術や精神的ケアにより疼痛の緩和を図ることが重要であるが、その一方で、今後、在宅のがん患者の増加が予測されることから、医師が適当と判断した場合には麻薬製剤を適正に使用した疼痛緩和を看護師等ができるよう、専門的な知識・技術の向上や他の医療従事者との連携を強化していく必要がある。
 このため、EBMに基づく薬物療法を主体とするがん疼痛治療の実践的なガイドラインである「がん疼痛治療ガイドライン」の普及を図ることが必要である。
 在宅がん末期患者の疼痛緩和ケアを含め、適切な在宅医療を提供するためには、医師、看護師、薬剤師等が、それぞれの専門性を十分に発揮しながら、相互の信頼関係の下に密接に連携することが重要である。
 従って、疼痛緩和を適切に推進するためには、患者の生活の質の向上を高めるということを基本的な視点としながら、麻薬の適正管理の必要性を考慮しつつ、医師、訪問看護ステーション、薬局等の関係者の対応や連携のあり方を検討していくことが必要である。
 まず、医師が患者に起りうる疼痛の変化を予測して、疼痛の増悪時の麻薬の投与量などについて具体的な指示を行い、その範囲内で、看護師等が患者の疼痛の状況に応じて適切な麻薬投与を行うとともに、看護師等から医師への報告を適切に行う必要がある。
 この場合、医師と看護師等の連携のあり方は、資格、経験、専門性等に応じて個々に異なるものであり、それぞれの場合に相応しい対応が求められる。また、いずれの場合であっても、麻薬による治療開始の決定や種類の選択については、医師が責任をもって判断すべきであることは当然である。
 また、医師、看護師等、薬剤師、患者・家族等の関係者が相互の信頼関係の下に、適切なケアが行われ、患者・家族が疼痛の管理を不安や無理なく自分の生活に取り込むことができるよう、がん末期疼痛管理等についての標準的な在宅療養プロトコールについて、関係者の望ましい連携のあり方を踏まえた見直しを行うとともに、医療機関の個別性に十分配慮しながら、その普及を行っていくことが必要。
 更に、医療関係者それぞれの対応としては、地域によっては麻薬施用者となる診療所を普及するなど、医師も在宅医療に更に積極的取り組むべきである一方、
看護師については、がん疼痛緩和に関する専門的知識と技術を有する看護師を育成し、その活用を推進していくべき。
また、麻薬製剤供給のための薬局の24時間対応や麻薬製剤の廃棄の際の立ち会いを徹底すべき。
 麻薬の取扱いについては、その適正な管理との調和を考慮しつつ、供給、処方、運搬、管理、使用、廃棄方法を示し、必要に応じ見直しを行った上で、医療現場に周知していくことが必要。
シリンジポンプ式のものについて、最近、シリンジの取り外しや流量の設定にセーフティロックを備えた仕様のものが認可されたところであり、その普及を図ることが望ましい。
内服薬の場合も、医師がレスキュードーズ(急激に疼痛が増悪した場合の追加薬)として使用することが必要であると判断した場合における適正使用・管理、その他の取扱いについて更に具体的に検討すべき。

(2)在宅医療を推進するためのその他の関連諸制度の見直し

 我が国の医療制度は、病院や診療所で医療が行われることを前提に構築されてきた経緯もあり、今後一層在宅医療を推進していく上では、関連諸制度の見直しを行っていくことが必要。当検討会としては、上記のほか、問題提議があった以下の諸点について、次のように考える。

(1) 在宅で死を迎える患者への対応

 現状においては、医師と看護師等の連携が十分でないことや、死亡診断書に係る医師法解釈が十分に周知されていないこと等により、在宅患者の死亡に際した対応が適切でない場合があり、患者や家族が安心して臨終まで在宅療養を継続できない要因のひとつになっていると指摘されている。
 患者や家族が安心して在宅療養を行うことができるようにするためには、患者・家族、医師と看護師等が、他の医療関係職種を含め、相互の信頼関係の下に密接に連携することが重要である。
 その一環として、患者の死亡に関係する制度、役割、責任について十分に理解するとともに、患者の死亡が近いと予期される場合には、家族を含めて、事前に、患者の死亡に際しての連絡方法や対応について十分に確認を行っておくことが必要。
 まず、在宅医療に取り組む医師は、医師としての責任の重さを自覚し、診察中の患者の死亡に際しては、求めに応じて、速やかに、現場に駆けつけるべきであり、関係団体においては、こうした医師による対応の徹底を図るべきである。
 その上で、他の患者の診察中であるなど、やむを得ず医師が直ちに現場に駆けつけることができない場合は、事前に確認されていた連絡方法や対応に即して、看護師等が、医師に連絡をとって状況を報告し、医師の判断に沿って、患者の尊厳や家族の気持ちに十分に配慮し、点滴の抜去、身体の清拭等の適切な対応を行うことが望ましい。
 また、患者の死亡に際しての死亡診断書、死体検案書の趣旨や取扱いや、警察署への届出は異状があると認めたときのみ必要であることなど医師法の解釈の周知、理解の促進が必要
 これらの点を踏まえ、看護師等が、関連制度を十分に理解した上で、医師と連携をとりながら、在宅患者の死亡に際して適切な対応ができるよう支援するためのマニュアルを作成、普及することが有益である。

(2) 必要な医療機器・衛生材料の供給体制の確保

 医療機器・衛生材料についての供給が十分でなく、ケアの質に影響したり、患者・家族の負担になっている場合がある。
 医療機器・衛生材料については、患者の状態に併せて医師が必要かつ十分に患者に提供することとなっている。訪問看護師等が患者宅を訪問した際、それらの不足があれば、その旨を医師に伝えることにより、十分な衛生材料等が提供されるようにすべき。
 また、地域によっては医療機器、衛生材料の供給に問題がある場合もあり、その場合は、薬局、薬剤師等を含め、関係者が連携をとりながら、必要な医療機器、衛生材料が適切に供給できるシステムづくりを進めることが適当である。

(3) 在宅における注射の取扱い

 看護師等による静脈注射の実施が可能になったが、医師の指示を受けて看護師等が単独で訪問して、静脈注射、筋肉注射等を行っても、医師は診療報酬を請求できないことになっており、これを見直すべき。


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