戻る

資料1−4

有機物の指標について(TOCの基準値案について)

(担当主査:安藤委員)


1. これまでの経緯

1−1 水道における有機物指標について
 我が国における水道水あるいは水道原水の有機物指標には、過マンガン酸カリウム消費量が利用されてきた。その始まりは、有機物の指標として提案されたもので、その根拠には、1885年のブルッセル会議で10mg/lが設定されたとされている。我が国では、過マンガン酸カリウム消費量は、1877年コレラの発生に伴う井戸水の水質判定として用い、これを1886年に日本薬局方における常水の有機物指標として用いられたことが始まりである。1906年、日本薬学会飲料水検査法に定められて以来、1957年に水道法の水質基準省令に示され、1985年にはおいしい水の要件として3mg/lが示され、さらに1992年には快適水質項目の目標値として定められた。

1−2 有機物指標(過マンガン酸カリウム消費量)の質の変化
 過マンガン酸カリウム消費量は、古く、大腸菌群の検査方法が一般的でなかった時代においては、微生物汚染の指標としての有用性が極めて重要であった。しかしながら、水系感染症としての大腸菌群の検査方法の一般化と、簡易化による専門性の消失などによって、過マンガン酸カリウム消費量は、従来の目的である微生物等の代替法としての衛生性の役割は既に失われてきた。
 一方、水道水源における汚濁の進行は昭和40年代から深刻となり、工程管理としての浄水処理の重要な指標としての意味合いが増していった。さらに、トリハロメタン問題の発生に端を発した消毒副生成物の問題は、過マンガン酸カリウム消費量という指標を表舞台に登場させた。すなわち、工程管理としての指標の位置づけに変質していった。

1−3 過マンガン酸カリウム消費量の課題
 過マンガン酸カリウム消費量は、30〜40年前から有機物の指標として以下のような多くの問題が指摘されてきた。
  1) 水中有機物の指標としては不十分ではないか。
  2) 水道水における有機物と環境水における有機物の指標が比較できない。
  3) 我が国におけるCOD(KMnO4)と諸外国におけるCOD(K2Cr2O7)と比較できない。
  4) 環境水のCODが正しく評価できない。
  5) 水中有機物の種類によって値が変動する。
  6) 有機物の過マンガン酸カリウムの酸化力に依存して値が変わる。
  7) 個人差が大きい。
  8) 同一人が実施しても精度が悪い。

1−4 その他の背景
 1−3で挙げた課題に加えて、現在、水道法20条の指定制度から登録制度への変更が求められている。このことは、登録要件として、ISO17025やISO9000の品質保証と精度保証が求められることとなり、すなわち、精度は検査方法として不十分なものを採用することはできない。従って、100年以上前の目視による検査方法を見直し、人為的裁量が入らない方法を検討する必要がある。
 水域における有機物の環境基準の試験方法は、河川・湖沼にはBOD、海域にはCODが使用されている。BODやCOD測定における問題点は以前から指摘され、TOCに変える提案もなされ、相関性が明らかである場合にはTOCの利用も認めているものの、現在もBODやCODが使われている。これは、個々の河川や湖沼にはTOCとの間に有意な相関があっても、TOCに置き換えるための普遍的な関係式を設定することが難しく、過去に蓄積された膨大なデータや今までの規制値との整合性が障害となることによると考えられる。

2. 過マンガン酸カリウム消費量からTOCへの移行

2−1 過マンガン酸カリウム消費量とTOC
 有機物の指標には、水道水では過マンガン酸カリウム消費量が用いられてきた。一方、環境水では、化学的酸素要求量(COD)としてKMnO4を用いる指標とK2Cr2O7を用いる方法 、生物化学的酸素要求量(BOD)等の有機物を化学的あるいは生物学的に酸化して酸素を消費する量で評価する方法とTOC計による有機物を酸化分解して全炭素を直接的に計測する方法がある。TOC型を用いた方法およびBOD以外の酸化剤による酸素消費量で評価する方法は、同様な原理である。
 これらの問題が山積してきた状況から、過マンガン酸カリウム消費量に変わって実質的な全有機炭素量を計測できるTOCを導入すべきであり、その検査方法として、TOC計による方法が最適であると考えられる。
 しかしながら、100年を超えて利用されてきた指標を改正することはほとんど新たな指標を加えることに等しいと考えられる。そこで、従来の過マンガン酸カリウム消費量とTOCとの関連性を評価することを既往の文献並びに水道水および水道原水での評価を行った。
1) モデル化合物を用いた過マンガン酸カリウム消費量とTOCとの関係
 モデル化合物約10化学物質を用いて10水道事業体で両検査法によって測定したところ表1のようである。その結果、異なる化合物でもTOCでは理論値に近い値であったのに対して、過マンガン酸カリウム消費量では理論値を大きく逸脱していた。また、その変動も大きかった。
2) 環境水における比較
 水道原水や河川や湖沼を対象に過マンガン酸カリウム消費量またはCODMn とTOCとの比較検討がなされている各種の調査・研究の相関性を表2に示した。溶解性や懸濁体のCODMn やTOCで比較しているデータも含まれるが、全データとも相関係数の検定で、相関性は有意であることは明らかであると考えられる。しかしながら、その相関性は、その水質の地域性がみられた。
3) 水道原水および水道水
 水道原水および水道水についても実施したところ、水道原水では、相関性がみられたが、水道水では、相関性を評価するだけの統計的な分布を示さなかった。また水道水でのTOCは、大規模の水道事業体における多数の検体の結果でも2mg/lを超えるものはほとんど存在しなかった。(一部:表4

2−2 過マンガン酸カリウム消費量と有機物指標
 水道法における検査方法と環境水におけるCODおよび各国の薬局方の試験法とを比較すると表3のようである。上水試験が逆滴定法で消費した過マンガン酸カリウム消費量を求めるのに対して、その他では、過マンガン酸カリウムまたは重クロム酸カリウムにより直接に求める方法で、硫酸酸性下で過マンガン酸カリウムまたは重クロム酸カリウムで検水を酸化させて求める原理は同様である。
 薬局方では、以前には過マンガン酸カリウムを用いていたが、1990年代に既にTOC計による方法に変更した。

表3 有機物を化学的な酸素消費量で評価する試験方法
  水道法 環境基準 水質汚濁
防止法
USEPA JP USP
・EP
  水質基準値 環境基準 排水基準 排水基準 注射用水 注射用水
検水量 100ml 100ml 50ml 50ml 100ml 100m
             
KMnO4濃度 0.002M 0.025M K2Cr2O7 K2Cr2O7 0.02M 0.02M
      0.25M 0.25M    
             
煮沸時間 5分 30分 2時間 2時間 10分 5分
KMnO4 10mg/l       0.1ml 0.1ml
             
KMnO4消費量換算 10mg/l       3.16mg/l 3.16mg/l
             
TOC限度値 1.58mg/l       0.5mg/l 0.5mg/l

 薬局方の規格値であるTOC限度値を水道水基準のKMnO4試験限度値に当てはめると、水道水基準10mg/lはTOCで1.58mg/l、快適水質項目3mg/lは0.474mg/lとなる。

2−3 過マンガン酸カリウム消費量のTOCへの換算
 以上のことから、水道水の有機物指標としてTOCを採用することには大きな問題は生じないものと考えられるが、検査方法は明らかにその原理を異にすることから、水道原水や水道水の調査結果あるいは既往の文献によって、基準値設定を以下のように考えた。
1) 自然水域における過マンガン酸カリウム消費量とTOCの関連性からの算定
 我が国における18水域のCODMn とTOC比率(CODMn /TOC)で見ると、全データの平均を求めると、CODMn /TOC=1.29になった。
 CODMnの過マンガン酸カリウム消費量の概略の換算式は、
   COCMn(mg/l)=0.25×過マンガン酸カリウム消費量(mg/l)
を適用した場合、
   TOC =0.25/1.29×過マンガン酸カリウム消費量(mg/l)
=0.194×過マンガン酸カリウム消費量(mg/l)
≒0.2×10=2mg/l
となる。
2) 水域における過マンガン酸カリウム消費量とTOCの回帰式からの算定
 また、水道水源および環境水におけるKMnO4消費量(COD)とTOCの相関性をみると表4のように、TOCは過マンガン酸カリウム消費量の1/2〜1/5で約1/3で有ると推定され、TOCとして3〜4mg/lとなる。

表4 各種の水域におけるKMnO4消費量(COD)とTOCの相関性
水道原水 環境水
地点 回帰式 R2 地点 回帰式 R2
A Y=2.07x -1.18 0.2156 G y=4.36x +1.36 0.93
B y=3.608x -3.052 0.3054 H y=4.40x +3.20 0.933
C y=3.690x -1.371 0.7067 I y=2.60x +21.20 0.796
D y=5.230x -2.667 0.4801 J y=3.24x +22.2 0.686
E y=2.122x-0.271 0.5751 K y=3.56x +0.56 0.956
F y=3.342x +0.272 0.5074 L y=3.44x +1.12 0.676
y:過マンガン酸カリウム消費量 x:TOC

3) 薬局方で利用された過マンガン酸カリウム消費量とTOCからの換算
 薬局方の規格値であるTOC限度値の関係を水道水基準のKMnO4試験限度値にあてはめると、水道水基準10mg/lはTOCで1.58mg/l、快適水質項目3mg/lは0.474mg/lとなる。

3. 結論

3−1 有機物指標としてのTOCの導入
 以上のことから、有機物指標は以下のように考えられる。
  (1) 従来の有機物指標である過マンガン酸カリウム消費量は、水中の有機物を定量的に酸化しておらず、水中に存在する有機炭素化合物の被酸化性によって大きく変動した。
  (2) 水中の有機物の指標としては、TOCが精度、感度のいずれにおいても最も有効であった。
  (3) 過マンガン酸カリウム消費量とTOCとの相関性は、同一水源では良好な相関関係が認められた。
  (4) 過マンガン酸カリウム消費量とTOCとの相関性は、水域や水系が異なった場合、相関性が良好でなかった。
  (5) 環境水におけるCODMn からTOCの概略を換算すると約2mg/lであった。
  (6) 水質基準の改定にあわせて実施した調査および既往の文献における過マンガン酸カリウム消費量とTOCとの回帰式の調査から、TOCは過マンガン酸カリウム消費量の約1/3程度の3〜4mg/lであった。
  (7) 薬局方における過マンガン酸カリウム消費量10mg/lはTOCとして1.58mg/l、快適水質項目3mg/lは0.474mg/lであった。
  (8) 水質基準としては、TOCについては5mg/l、目標値として2mg/lとすべきである。
  (9) 従前の過マンガン酸カリウム消費量については、水質管理評価設定項目として当面の間10mg/l、目標値3mg/lとすべきである。

3−2 留意事項
 有機物指標としての過マンガン酸カリウム消費量は、古い時代の衛生性の観点の項目あるいは健康に関連した項目というより、工程管理の指標としての意味合いが極めて強くなっていることには疑う余地はない。このことから、継続的なデータの集積によって水質の変動を予測することが重要な項目となっている。
 したがって、過マンガン酸カリウム消費量の情報は、長期にわたり継続性が重要であることから、TOC測定の経験を持たない水道事業体にあっては、従来の過マンガン酸カリウム消費量による有機物の指標を直ちにTOCに変更することは、水道事業体の浄水管理上、混乱を招くこともあるので、それぞれの水源における過マンガン酸カリウム消費量とTOCとの関連性が把握できる当面(1〜3年程度)の間、水質管理として利用することが望まれる。


表1 標準液を用いたKMnO4消費量とTOCの比較

標準液の種類 過マンガン酸カリウム消費量 TOC
平均値
(mg/L)
標準偏差
(mg/L)
室間変動(%) 理論炭素濃度に
対する割合(%)
平均値
(mg/L)
標準偏差
(mg/L)
室間変動(%) 理論炭素濃度に
対する割合(%)
河川水A 7.17 0.828 11.5 2.75 0.397 14.4
河川水B 7.43 0.772 10.4 2.30 0.284 12.3
デンプン溶液 4.91 2.43 49.5 24.6 20.4 2.38 11.7 102.0
フミン酸ナトリウム 8.60 0.438 5.1 1.45 0.28 19.3
メチオニン 9.35 0.714 7.6 232.6 4.34 0.432 10.0 108.0
フェニルアラニン 20.1 4.66 23.2 12.3 364 139 38.1 222.6
トリプトファン 5.93 0.603 10.2 918.0 0.786 0.149 19.0 121.7
ペプトン 4.91 0.561 11.4 7.00 0.318 4.5
ラウリル硫酸ナトリウム 1.66 1.97 119.0 33.3 3.27 1.95 59.7 65.5
ノニルフェノール 5.88 1.39 23.6 12.0 57.9 9.57 16.5 117.9
安息香酸ナトリウム 4.28 0.786 18.4 1.5 299 31.4 10.5 102.5
サリチル酸 9.19 0.53 5.8 10.6 1.16 0.133 11.5 83.9
ラクト-ス 36.9 10.7 29.0 115.0 32.0 4.70 14.6 100.0
フタル酸水素カリウム 1.40 0.380 27.7 17.5 9.20 1.16 12.7 115.0
(10水道事業体による測定結果の集計)


表2 環境水におけるCODとTOCの関係

資料
番号
試料の特性 検体数 COD濃度範囲 平均COD TOC 濃度範囲 平均TOC 相関係数
(r)
COD/DOC比率 換算式 使用TOC計 平均SS濃度
1 ダム有 26/1ヶ月 2.2~9.1ppm 4.0ppm DOC1.8~7.5ppm DOC3.4ppm 0.936 1.18   燃焼/NDIR 4.9ppm
2 都市河川 23/1ヶ月 9.1~38.4ppm 23.9ppm DOC7.6~30.5ppm DOC20.7ppm 0.77 COD/DOC1.15   燃焼/NDIR 33.5ppm
3 河川 52/3ヶ月 2.7~43.0ppm 9.4ppm DOC4.6~41.1ppm DOC10.7ppm 0.902 COD/DOC0.88   燃焼/NDIR 9.1ppm
4 河川 107/10ヶ月 6.3~38ppm 18.7ppm DOC2.5~16.1ppm DOC7.3ppm 0.651 COD/DOC2.56   燃焼/NDIR 29.2ppm
3.5~39.2ppm 15.7ppm 0.865 COD/TOC1.19  
5 河川 96/2年間       1.2~4.0ppm* 2.0ppm 0.854        
6 都市河川 70/2年間       2~21.7ppm* 4.5ppm 0.972        
7 都市河川 22/1年間 18~78ppm*   14~60ppm*   0.807     酸化/NDIR  
8 都市河川 22/1年間 3~15ppm*   3~19ppm*   0.892     酸化/NDIR  
9 都市河川 22/1年間 2.5~12ppm*   2.6~14ppm   0.659     酸化/NDIR  
10 都市河川 22/1年間 7~31ppm*   7.2~38ppm*   0.869     酸化/NDIR  
11 都市河川 22/1年間 6.7~26ppm*   6.4~27ppm*   0.873     酸化/NDIR  
12 都市河川 21/10日 2~21.4ppm 3.83ppm 1.23~6.19ppm 1.92ppm 0.959 COD/TOC1.99 COD=3.68TOC−3.41 燃焼/NDIR  15.5ppm
13 地方河川 12/3日間 2.7~7.3ppm 3.6ppm 2.0~6.1ppm 3.0ppm 0.93 COD/TOC1.2 COD=1.09TOC+0.34 燃焼/NDIR  22.7ppm
14 湖沼 108         0.933 COD/TOC1.25±0.12 COD=1.10TOC+0.80    
15 湖沼 36/3年間         0.796 COD/TOC1.02±0.24 COD=0.65TOC+5.30    
16 湖沼 36/3年間         0.686 COD/TOC1.29±0.28 COD=0.81TOC+5.55    
17 湖沼 36/3年間         0.823 COD/TOC1.32±0.21 COD=1.03TOC+2.95    
18 湖沼 96 DCOD2~8ppm*   DOC1.7~5.4ppm*   0.813 1.29±0.22 DCOD=1.10DOC+0.55    
PCOD0.8~8.7ppm*   POC1.3~8.1ppm*   0.956 0.93±0.12(P) PCOD=0.89POC+0.14    
19 河川 40 DCOD1.5~5.6ppm*   DOC1~5.6ppm*   0.944 1.15±0.12 DCOD=1.00DOC+0.43    
PCOD0.3~6.7ppm*   POC 0.5~6ppm*   0.676 0.94±0.46(P) PCOD=0.86POC+0.28    
20 湖沼 18 DCOD1.5~2.8ppm*   DOC1.3~1.8ppm*   0.96 1.35±0.11 DCOD=2.49DOC-1.66    
21 湖沼 21 DCOD0.9~5.8ppm*   DOC0.7~3.7ppm*   0.961 1.22±0.22 DCOD=1.59DOC-0.55    
DCOD: 溶解性COD、 PCOD:懸濁体COD、 DOC:溶解性TOC、 POC:懸濁体TOC *印の数値は、文献にある散布図から読み取った数値。


トップへ
戻る