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別添


今後の化学物質の審査及び規制の在り方について



平成15年1月30日


厚生科学審議会化学物質制度改正検討部会化学物質審査規制制度の見直しに関する専門委員会
産業構造審議会化学・バイオ部会化学物質管理企画小委員会
中央環境審議会環境保健部会化学物質審査規制制度小委員会


目次

I.検討の背景

II.環境中の生物への影響に着目した化学物質の審査・規制について
 
1. 基本認識
2. 審査・規制の基本的考え方及び枠組みについて
(1) 生態毒性の審査の基本的考え方
(2) 生態毒性がある化学物質に対する規制の基本的考え方及びその枠組み
(3) 既存化学物質について
3. 関連事項
(1) 試験実施体制の整備
(2) 調査研究の推進
(3) 良分解性物質への対応

III.リスクに応じた化学物質の審査・規制制度の見直し等について
 
1. 基本認識
2. 難分解性及び高蓄積性の性状を有する既存化学物質に関する対応
3. 暴露可能性を考慮した新規化学物質の事前審査制度の見直しについて
(1) 暴露の管理による対応
(2) 製造・輸入数量の少ない化学物質に対する段階的な審査による対応
4. 事業者が入手した有害性情報の取扱いに関する対応
5. 既存化学物質の有害性評価・リスク評価の推進

IV.その他関連事項
 
(1) 関係制度間の連携等
(2) リスクコミュニケーションの促進のための化学物質に関する情報の整備

略語一覧

別紙1 環境中の生物への影響に着目した化学物質の審査・規制の概要
別紙2 難分解・高蓄積性物質に係る新たな管理措置の概要
別紙3 化学物質審査規制法の審査制度における新たな確認制度の概要
別紙4 化学物質審査規制法における事前審査制度の見直しの概要
別紙5 化学物質審査規制法の見直しの概要
別紙6 新たな化学物質の審査・規制制度のイメージ
委員名簿


I.検討の背景

 化学物質は、その優れた機能性により幅広い産業において基幹的基礎資材として使用され、国民生活にも密着した存在となっている。一方、化学物質の中には、その固有の性状として何らかの有害性*1を示す化学物質も少なくなく、その取扱いや管理の方法によっては、人の健康や環境への影響をもたらす可能性がある。
 我が国では、昭和40年代初期に発生したポリ塩化ビフェニル(PCB)による環境汚染問題により、このように有用な化学物質の利用に起因する人の健康へのリスクが顕在化した。PCBのように難分解性・高蓄積性であり、継続的に摂取される場合に人の健康を損なうおそれ(長期毒性)がある化学物質が環境中に放出された場合には、長期間環境中に残留することにより環境汚染を生じ人の健康に被害を及ぼすおそれがあることから、それらの化学物質の製造・使用等について厳格に管理をすることが必要であることが明らかとなった。このため、我が国においては、PCBに類似した性状(難分解性、高蓄積性、長期毒性)を有する化学物質による環境汚染の防止を目的として、昭和48年(1973年)に「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化学物質審査規制法)」が制定され、新規の化学物質が難分解性等の性状を有するかどうかを審査する制度を設けるとともに、PCBに類似した性状を示す新規の化学物質及び既存化学物質の製造、輸入、使用等に関する規制が導入された。その後、化学物質審査規制法は、トリクロロエチレン等のように、高蓄積性ではないものの難分解性及び長期毒性を有する化学物質による環境汚染を防止するため、昭和61年(1986年)に改正され、化学物質の性状等に応じた規制*2が導入された。新規の化学物質については、年間約300件が届け出られており、昭和62年(1987年)以降は、その約2割が指定化学物質と判定され、約8割が化学物質審査規制法の規制対象とならないと判定されている。なお、既存化学物質については、化学物質審査規制法の制定以降、国による安全性点検が行われており、これまでに分解性・蓄積性については1279物質、人の健康に係る毒性については191物質の点検結果が公表されている。

*1  ここでいう「有害性」とは、人又は生物に対する毒性のほか、難分解性や高蓄積性を含むものとして用いる。

*2  ここでいう「規制」とは、化学物質の管理や取扱いに関する法的措置を広く指すものであり、化学物質の製造・使用等について、定量的な管理目標値等に基づいた制限(禁止を含む。)による直接規制だけではなく、製造量等の届出、指針の策定・遵守、表示の義務付けなどの措置も含まれうるものとして用いている。

 一方、我が国における取組に続いて、国際的にも、新規の化学物質等の安全性確保のための取組が進められ、米国においては有害物質規制法(TSCA)、欧州においては危険な物質の分類、包装、表示指令(67/548/EEC)に基づき、新規の化学物質について、その性状や暴露可能性を考慮に入れた審査・規制が行われているところである。
 また、こうした各国における個別の取組に加え、国際的に取引される化学物質の審査制度に関する政策協調や協力が進められている。具体的には、1970年代から、経済協力開発機構(OECD)を中心に、非関税障壁の防止の観点から化学物質の評価に関するデータの相互受入れを図るため、有害性に関する試験方法を標準化するためのテストガイドライン、試験実施機関に関する優良試験所基準(GLP)、各国の審査制度における評価項目に関する上市前最小安全性評価項目(MPD)が策定されてきた。さらに、平成4年(1992年)の国連環境開発会議で採択されたアジェンダ21や「環境と開発に関するリオ宣言」、平成14年(2002年)8月に行われた持続可能な開発に関する世界首脳会議で採択された実施計画においては、(1)人と環境の保護をその目的とすること、(2)透明性のある科学的根拠に基づくリスク評価・管理の手法を用いること、(3)その際、予防的取組方法(precautionary approach)に留意すること等が化学物質管理の基本的な考え方として国際的に確認されている。これを踏まえ、OECDにおいては、各国の届出・審査に係る国際的な調和を更に進める方向で議論がなされているところである。
 このような諸外国における化学物質の審査・規制制度や取組においては、人の健康の保護と並んで環境(生物及びその生息環境を含む。)の保全の観点が含まれているのが一般的であり、また、リスク評価に基づく適切なリスク管理の重要性の認識のもとで各種の施策が行われてきている。
 こうした中で、我が国の化学物質管理政策に関しては、平成14年(2002年)1月のOECDによる環境保全成果レビューにおいて、生態系保全を含むよう規制の範囲を更に拡大することや化学物質管理の効果及び効率性を更に向上させること、化学産業界の自主的取組を強化するとともに、既存化学物質等の安全性調査においてより積極的な役割を与えること、化学物質に関する公に利用可能なデータベースの整備を継続するとともに、リスクコミュニケーションを強化すること等が勧告されたところである。
 このような状況等を踏まえ、我が国の化学物質の審査・規制制度においても、化学物質の環境中の生物への影響に着目した新たな対応を検討するとともに、更に効果的かつ効率的な化学物質の評価・管理を行うため、現行の制度等についての見直しを検討したものである。


II.環境中の生物への影響に着目した化学物質の審査・規制について

1.基本認識

 化学物質の中には、人の健康への影響のみならず、環境中の生物への影響を示すものがあり、その程度は不明であるが、これらの化学物質が生態系に何らかの影響を及ぼす可能性は否定し得ない。一方、環境中の生物や生態系の本質的な多様性に起因して、保全すべき生態系、保全対象とすべき生物の範囲や保護の程度についてはさまざまな議論があり、化学物質による生態系全体への影響そのものを評価する手法が確立していない中で、現状では、個別の試験生物への毒性の評価を活用して生態系への影響の可能性をできる限り考慮しようとされているところである。
 国際的には、人の健康と環境の保護を目的とすることを基本として化学物質管理に係る各種の政策協調や協力が進展しつつあり、近年採択された国際条約や諸外国における化学物質の審査・規制制度においても、人の健康の保護だけでなく環境の保全の観点が含まれているのが一般的となっていることは、前述のとおりである。
 我が国においては、環境基本法及び環境基本計画において、生態系の保全は環境保全施策の重要な目標の一つであると位置付けられ、化学物質対策を推進していく上でも、生態系に対する化学物質の影響の適切な評価と管理を視野に入れることが必要であるとしている。これらを踏まえ、国は化学物質による環境中の生物への影響に関する試験の実施等を推進するととともに、環境基本法の生活環境*3の保全の観点から、水産動植物の保全のための農薬の評価手法の見直し、有用動植物及び餌生物等を対象とした水生生物保全に係る水質目標の設定など、環境中の生物への影響に着目した様々な取組を進めているところである。
 化学物質管理に係る法令においては、平成11年(1999年)に新たに制定された「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(化学物質排出把握管理促進法)」のPRTR制度やMSDS制度の対象化学物質には、人の健康を損なうおそれがある化学物質とともに、動植物の生息又は生育に支障を及ぼすおそれのある化学物質も選定されている。しかしながら、化学物質の審査・規制に関して昭和48年(1973年)に制定された化学物質審査規制法は、「人の健康を損なうおそれがある化学物質」による環境の汚染防止を目的としており、新規化学物質の事前審査をはじめ、環境中の生物や生態系への影響に関する法的措置は講じられていない。

*3  人の生活に密接な関係のある財産並びに人の生活に密接な関係のある動植物及びその生育環境を含む。

こうした状況等を踏まえると、政府部内における他の環境保全のための化学物質対策に係る取組も考慮に入れ、生態系への影響との因果関係に関する科学的不確実性に留意しつつ、各種の制度において整合性のとれた考え方の下で、化学物質の審査・規制制度においても、化学物質の環境中の生物への影響に着目した何らかの対応が必要である。


2.審査・規制の基本的考え方及び枠組みについて

(1)生態毒性の審査の基本的考え方

 生態系は、多様な生物と、それらの生息と生育の基盤となる大気、水、土などの自然的構成要素の総体として成り立っているものであり、それらの間の物質循環やエネルギーフローといった複雑な過程を通じて相互に作用し、動的に複合したものとされている。
 生態系への影響には様々な態様があり得るが、こうした生態系の構造と機能を損なうことと考えることができる。しかし、生態系を構成する要素と要素間の関係は複雑で、地域によっても多種多様であり、また、時間的にも推移するものであるため、ある個別の要因による生態系に対する影響については、科学的因果関係を含めその寄与の程度を具体的に把握することは容易ではない。また、この意味で、特定の化学物質による生態系全体への影響を客観的に評価・把握するような手法は確立したものとはなっていない。
 一方、生態系を構成する生物に注目すると、ある生物種を用いた試験結果において強い毒性を示す化学物質もあり、特定の生物個体群への重大な影響が生じる場合には、生態系の構造と機能に何らかの影響を及ぼす可能性を否定し得ない場合がある。このような点に着目して、化学物質による特定の生物に対する個体群レベルでの致死、成長、繁殖等への影響(生態毒性)を評価することにより生態系に何らかの影響を及ぼす可能性が示唆される化学物質を特定することは可能と考えられ、この考え方を基本とする生態毒性試験が国際的にも活用されているところである。

上記の認識を踏まえれば、個別の化学物質が生態系に及ぼす影響については、これを客観的・定量的に評価することは困難であるものの、生態毒性試験を活用することにより、生態系への何らかの影響の可能性が示唆される化学物質を特定できると考えられる。このため、現行の化学物質審査規制法における審査の枠組みの中で、新規化学物質等につき、生態毒性試験結果を用いて、環境中の生物への影響について一定の評価を行うことが適当である。

生態毒性の評価の方法としては、欧米等における審査の初期段階での生態毒性の評価方法や化学物質排出把握管理促進法の対象物質選定時の考え方を参考にしつつ、試験の実施可能性・容易性や国際整合性を踏まえて設定すべきである。

具体的な評価の方法としては、生態系の機能において重要な食物連鎖等の関係に着目し、生産者、一次消費者、二次消費者等の生態学的な機能で区別して、それぞれに対応する生物種をモデルとして用いるとの考え方に基づき、試験実施が容易な藻類、ミジンコ類、魚類の急性毒性試験の結果を用いて評価することが適当と考えられる。なお、評価に用いる試験の項目や対象生物種に関しては、化学物質の環境中における挙動等も考慮しつつ、今後の科学的知見の充実や国際的な動向を十分踏まえ、将来において、必要に応じその内容について見直すことを可能とするような柔軟な仕組みとすることが適当である。また、今後、(定量的)構造活性相関((Q)SAR)の活用の可能性について検討する必要がある。

(2)生態毒性がある化学物質に対する規制の基本的考え方及びその枠組み

 生態毒性試験において一定の毒性を示す化学物質のうち、特に難分解性の性状を有するものについては、環境中へ放出された場合、長期間環境中に残留する性格を有することから、製造や使用等の状況によっては、回復困難な環境汚染を引き起こし、実際に環境中の生物の生息・生育に影響を及ぼす可能性を否定し得ない。このような難分解性で生態毒性を有する化学物質による環境汚染を未然に防止する観点からは、これらの性状が明らかとなった化学物質に対しては、人の健康の保護に係る措置と同様に、科学的知見に基づいて、その性状や環境中における残留状況に応じて必要な措置を講ずることが適当と考えられる。
 また、具体的な措置の内容については、生態系あるいは環境中の生物への影響について現状において如何なる評価が可能かを十分に考慮しつつ、検討することが必要である。例えば、製造・輸入数量の制限や使用の制限等、環境中の濃度を管理するために環境への放出量を制限する措置(直接規制)を講ずる場合には、定量的評価に基づきリスク管理に必要な目標値等が合理的に設定されることが必要である。一方、直接規制以外の手法により化学物質の環境への放出を抑制するための適正管理を促す措置を講ずる場合には、必ずしも定量的な目標値等の設定を前提とする必要はないと考えられる。

このような点も考慮すると、生態系への化学物質の影響の適切な評価と管理を視野に入れた化学物質対策を推進する中で、生態毒性を有する難分解性の化学物質に対する規制としては、以下の枠組みとすることが適当である。

(1)適正管理を促す措置

    生態毒性を有する化学物質であっても、その環境放出と生態系への影響との因果関係に関する科学的知見は不十分であり、また、生態系への影響を定量的に評価することは困難である。このため、生態毒性を有する化学物質であっても直ちに生態系を保護の対象として数量制限を行うなどの直接規制を講ずることにはつながらない。しかしながら、生態系への影響の可能性を考慮すれば、環境放出を抑制することが望ましいことから、難分解性で生態毒性を有する化学物質については、環境汚染の防止のための適正管理が行われるよう、これを取り扱う事業者が生態毒性等に関する情報を提供するための措置を導入する*4

   *4  人への長期毒性が疑われる化学物質について情報を提供するための措置の在り方についても、同様の見地から検討すべきである。

(2)定量的な管理のための直接規制

    難分解性で生態毒性を有する化学物質については、保護の対象を一定の範囲に限定することによって、それらの動植物に対し被害を生ずるおそれについて定量的に評価することが可能となる場合もある。このような場合には、リスク管理に必要な目標値等が合理的に設定できるため、被害の未然防止の観点から、直接規制の導入を検討することも可能であると考えられる。
 直接規制の導入を検討する場合には、その保護の対象となる生物の選定、影響の程度など保全すべき水準や範囲をどのように考えるかが問題となる。この点については、他の制度的な取組において、生態毒性を有する化学物質による生活環境に係る一定範囲の動植物に対する被害の発生を防止するために、直接規制を念頭に置きつつ化学物質の環境中での許容レベルについての定量的な評価がなされていることや、生活環境に係る動植物は人間の生活に関係が深くその被害が認知されやすいこと等を踏まえると、生活環境の範囲内の保護対象や保護水準をその評価指標とすることが適当であると考えられる。
 これらを踏まえ、難分解性で生態毒性を有することが明らかにされた化学物質のうち、生活環境に係る動植物への被害を生ずるおそれがあるものについては、その被害の発生を未然に防止するため、定量的な目標値等に基づく直接規制措置を導入するものとする。なお、こうした措置は、生態系への影響の可能性を視野に入れた対策の推進にも資するものと考えられる。
直接規制が必要な場合としては、現在の化学物質審査規制法における管理対象化学物質の要件の考え方を考慮して整理すれば、以下の二つが考えられる。
(i) 難分解性で生態毒性を有する化学物質については、それが生活環境に係る動植物に対しても一定の毒性を有し、相当広範な地域の環境に相当程度存在しているか、又は近くその状況に至ることが見込まれる場合には、それらの動植物に被害を生ずる可能性があるものもある。このため、環境中の濃度をそうした被害が生じないレベルに管理するため、こうした性状が明らかになった段階で、監視を行うとともに、必要な場合には放出を直接抑制することが必要となる。

このため、難分解性で生態毒性を有する化学物質については、製造・輸入実績数量及びその用途の把握等を通じて環境汚染の状況を推定し監視することが必要である。

難分解性で生態毒性を有する化学物質について、生活環境に係る動植物に対しても一定の毒性を有し、それらに被害を生ずるおそれが認められる状況に至った段階では、現在の第二種特定化学物質と同様に、さらに製造・輸入予定数量を併せて把握し、被害の発生を防止するため必要な場合には製造・輸入予定数量の制限等を行うことが必要である。

また、数量制限が必要となるような環境汚染の状況を生ずることのないよう、事業者において環境放出量を抑制することが重要であり、個別の化学物質ごとに、その取扱いに当たってとるべき管理のための措置を指針として示し事業者に遵守させるとともに、表示を義務付けるといった措置を講じることが必要である。

生活環境に係る動植物に被害を生ずるおそれの判定においては、環境中での残留に伴う低レベルでの長期的な暴露による影響を判断するために、人の生活に密接な関係のある動植物のうち、暴露を受けやすく、実際に被害を受ける可能性があるものに係る慢性毒性試験により毒性を確定した上で、その結果と、モニタリング調査またはモデル予測に基づき予測される環境濃度を用いて判断することが適当である。

(ii) 難分解性に加え高蓄積性を有する化学物質については、食物連鎖を考慮すると、特に高次捕食動物が、環境中の化学物質による直接的な暴露よりも食物となる生物の摂取を通してより高い暴露を受け、さらにそのようにして体内に取り込んだ化学物質を体内に蓄積してしまうこととなるため、その影響を最も受けやすいと考えられる。鳥類や哺乳類といった高次捕食動物の中には人の生活に密接な関係のある動物が含まれることから、難分解性・高蓄積性を有する化学物質がそれらの高次捕食動物に対して一定の毒性を持つものである場合には、これが一般的に製造、使用等された場合、生活環境に係る動植物への深刻又は不可逆な被害を生ずるおそれが高いと認められ、環境への放出をできるだけ防ぐことが必要となる。

このため、難分解性・高蓄積性であって生活環境に係る動植物のうち高次捕食動物に対する一定の毒性を有する化学物質については、現在の第一種特定化学物質と同様に可能な限り環境中へ放出されることがないよう厳しく管理する制限措置を講じることが必要である。

判定の指標としては、被害を受ける上記の高次捕食動物に関して、技術的対応可能性も踏まえつつ生物種や試験法を選定する必要があり、具体的には、例えば、哺乳類、鳥類の繁殖や発生等に係る慢性毒性試験の結果を用いることが適当である。

(3)既存化学物質について

既存化学物質についても、以上の枠組みにしたがって、既存の知見や点検結果を活用して判定を行い、必要な場合には規制対象とすべきである。


3.関連事項

 環境中の生物への影響に着目した化学物質の審査・規制に関連して以下の事項についても対応を図ることが必要である。

(1)試験実施体制の整備

 現在、国内において生態毒性試験を実施可能な機関が少ないなど、今後、生態毒性の審査制度を導入するに当たって必要となる体制の整備は必ずしも十分でないと考えられる。

このため、今後、生態毒性試験の実施が円滑に進むよう、試験機関の能力向上に向けた支援、試験生物の供給体制の整備等により、生態毒性試験を実施可能な試験機関を拡充し、円滑な審査・規制の実施に必要な体制の構築に取り組むことが必要である。

(2)調査研究の推進

 化学物質による生態系や環境中の生物への影響に関する知見としては、藻類、ミジンコ類、魚類の急性毒性以外のものについては必ずしも十分とは言えない状況にある。

このため、生態系や環境中の様々な生物の生息又は生育への化学物質の影響に関し調査研究が進展するよう、各種生態毒性試験の実施、調査研究体制の整備、生態毒性に係るデータベースの整備、トキシコゲノミクス*5や化学物質の複合的な影響に係る調査研究等を推進していくとともに、化学物質のモニタリングや生物学的なモニタリング等に総合的に取り組むことにより実環境における化学物質と生物の生息又は生育状況との因果関係の把握に努める必要がある。

     *5  遺伝子の発現技術等を用いたゲノム科学手法による毒性の評価方法

なお、内分泌かく乱作用が疑われる化学物質については、国際的な動向も踏まえながら、引き続き作用機序の解明、試験法の開発、有害性やリスクの評価など科学的知見の集積等に努めていく必要がある。

(3)良分解性物質への対応

 現行の化学物質審査規制法においては、新規化学物質について事前審査制度を設け、環境中に長期的に残留するおそれのある難分解性の化学物質については蓄積性、長期毒性に関する審査・判定を行うまでは製造・輸入を認めないこととする一方、良分解性と判定された化学物質については、その段階で製造・輸入を認めている。また、難分解性の化学物質のうち環境汚染を生じ人の健康を損なうおそれがある化学物質を対象として、製造・輸入等の規制措置を講じている。
 良分解性で生態毒性を有する化学物質の中には、生産量や使用形態、環境への放出状況等によっては環境中に継続的に存在し、環境中の生物へ何らかの影響を及ぼす可能性を有するものがあると考えられる。このため、このような化学物質による環境汚染の未然防止に取り組むことが必要となるが、良分解性の化学物質は、本質的に環境中で分解・消失しやすいものであるため、その環境汚染を防止するための取組は、難分解性物質とは異なるものとなる。
 また、分解性の如何を問わず、化学物質による環境汚染の防止のため、これまでにもさまざまな自主的取組や法的規制により排出抑制対策が講じられ、一定の成果を上げてきていることにも留意する必要がある。

こうしたことを踏まえると、良分解性の物質については、必要に応じ、リスク評価を行っていくとともに、PRTR制度の対象とする等の自主的な管理の改善措置、他法律や条例に基づく排出規制等の排出段階での措置により対処することを基本とすることが適当である。

なお、良分解性物質の毒性に関するデータの取得については、高生産量の物質を中心に、国際的にも協調しつつ官民が共同でこれを把握し評価を行う取組が進められていることから、このような取組を一層推進していくことが適当である。


III.リスクに応じた化学物質の審査・規制制度の見直し等について

1.基本認識

 我が国の化学物質審査規制法については、主として分解性、蓄積性、長期毒性といった化学物質の性状面に着目した審査・規制の体系が構築されている。例えば、難分解性、高蓄積性であり長期毒性を有する化学物質については、第一種特定化学物質として製造・輸入を事実上禁止し、また、難分解性で長期毒性が疑われる化学物質については、リスク評価に基づく定量的な直接規制の前段階として指定化学物質として製造・輸入数量の届出を義務付けるなどにより、化学物質の性状等に応じた適切な管理が実施されてきたところである。
 一方、前述のとおり、欧米の化学物質の審査・規制制度においては、化学物質の性状に加えて個別の物質の暴露可能性を考慮に入れたリスク評価・管理が行われており、平成14年(2002年)に開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議等においても、透明性のある科学的根拠に基づくリスク評価・管理の手法を用いることについて合意がなされているところである。
 また、既存化学物質については、前述のとおり、国により化学物質審査規制法の有害性項目に係る安全性点検をはじめとした個別の化学物質についての有害性評価が行われており、個別の事業者や事業者団体においても自主的な取組として有害性情報の収集や毒性試験等の安全性確認が行われている。さらに、OECDにおいては、国際的な分担の下で高生産量化学物質(HPV)の有害性評価が進められており、日米欧の化学産業界も国際化学工業協会協議会(ICCA)の下で協調してOECDにおける取組に参加・協力しているところである。

かかる状況にかんがみれば、届出・審査に係る国際的な動向も踏まえながら、これまでの化学物質審査規制法における新規化学物質の審査、国による既存化学物質の安全性点検、化学産業界等における有害性評価の実施を通じて得られた科学的知見等に基づき、我が国の化学物質の審査・規制制度を見直し、有害性とともに暴露もあわせて考慮したリスク評価・管理の観点から更に効果的かつ効率的な制度とすべきである。

また、化学産業界等における有害性評価の自主的な取組の状況を踏まえ、国はその成果を最大限に活用する枠組みも整備すべきである。


2.難分解性及び高蓄積性の性状を有する既存化学物質に関する対応

 現在、国は、既存化学物質の点検を実施し、難分解性及び高蓄積性を有するもの(以下「難分解・高蓄積性物質」という。)については長期毒性に関する調査(文献調査や慢性毒性試験等)を実施することとしている。これまでに難分解性、高蓄積性及び長期毒性を有すると判断された13物質について、化学物質審査規制法に基づく第一種特定化学物質に指定している。また、難分解・高蓄積性物質については、現時点では管理に関する法的枠組みはないものの、国は以下の対応を行っている。

 しかしながら、(1)長期毒性の有無を判断するまでに数年を要すること、(2)実態調査だけではその化学物質の製造・輸入事業者をもれなく捕捉できない可能性があること、(3)難分解・高蓄積性物質について、必要に応じ、事業者に対する行政指導を行うこととしているものの、これらの措置には法的拘束力がないこと等の諸事情から、その化学物質が長期毒性を有するものであった場合には、長期毒性に関する調査を開始してから具体的な措置を講ずるまでの間に環境汚染が進行し、人の健康への被害が生ずるおそれがある。また、環境中の生物への影響についても、同様のおそれがある。

*6  長期毒性を有する疑い等があることから第一種特定化学物質であると疑うに足りる理由がある場合には、化学物質審査規制法第29条に基づき、製造・輸入、使用の制限に関し必要な勧告をすることができる。

上記を踏まえると、難分解・高蓄積性物質について、その製造・使用実態等から判断して必要な場合には、人の健康に係る長期毒性又は生活環境に係る動植物のうち高次捕食動物への慢性毒性(以下「長期毒性等」という。)の有無が明らかになるまでの間も、法令に基づく一定の管理の下に置く必要がある。

具体的には、現行の指定化学物質と同様に、製造・輸入事業者に対する製造・輸入実績数量、用途等の届出を義務付け、実態を適切に把握するとともに、物質名、数量、用途を公表すべきである。

法令に基づいて実態を把握した難分解・高蓄積性物質については、暴露可能性がある場合には、後述の報告制度を通じて製造・輸入事業者から報告される有害性情報等も活用しつつ、国が予備的な毒性評価を行い、それらの結果に基づきリスクが懸念される場合には、事業者に対して環境放出量を抑制するための指導・助言(開放系用途の使用の削減等のリスク低減措置)を行うこととすべきである。

こうしたリスク低減措置によっては暴露可能性を低くすることができないと判断される場合には、現行の指定化学物質に関する有害性調査の指示と同様に、事後的な追加試験等の実施は製造・輸入事業者に求めるとの考え方に基づき、その化学物質の製造・輸入事業者に対し、長期毒性等に関する調査を指示し*7、長期毒性等がある場合には速やかに第一種特定化学物質に指定すべきである。

なお、人の健康に係る長期毒性に関する判断を行うための手法としては、現行のOECDテストガイドラインを踏まえた毒性試験法の他に、最近の科学技術の進展を踏まえ、国際的に他の分野で認められている新たな試験法について、現行の試験法と同等の取扱いが可能と考えられる場合には積極的に活用することを検討すべきである。

     *7  調査の指示に際しては、現行の化学物質審査規制法第29条に基づき、製造・輸入、使用の制限に関し必要な勧告をすることができる。


3.暴露可能性を考慮した新規化学物質の事前審査制度の見直しについて

 現行の化学物質審査規制法に基づく審査・規制制度は、事前審査の段階においては化学物質の有害性(分解性、蓄積性、長期毒性)の確認に重点を置いている。このため、試験研究のための化学物質、試薬、医薬品中間物や国内の製造・輸入総量が年間1トン以下の少量新規化学物質以外の新規化学物質については、試験の実施を伴う事前審査の対象としている。他方、欧米の事前審査制度においては、化学物質のリスクの評価を中心に審査を実施しているため、暴露可能性がないもの又は低いものについては事前審査の対象から除外したり、あるいは、提出すべき試験データ等の範囲を暴露可能性に応じて設定する等により段階的な審査を実施したりしている。また、国内の化学物質の管理に関する他の法令においても(例:労働安全衛生法)、その法目的等に応じて、暴露可能性を考慮した事前審査の対象範囲の設定を行っている場合がある。
 以上を踏まえ、暴露可能性が低い化学物質を試験の実施を伴う事前審査の対象としている我が国の現行制度は、リスクを評価・管理するといった観点から合理性に欠ける厳しい制度であるとの指摘がある。一方、暴露可能性が低いことを事前・事後において担保する枠組みや、新たに試験を実施することは求めないものの既知見等に基づいて化学物質の有害性を確認する枠組みがなければ、適切なリスク管理ができないとの指摘もある。

これらを踏まえ、後述するように、環境汚染を通じた暴露可能性が低いことについて一定の条件を満たす新規化学物質については、これを事前に確認するとともに、事後の監視を行うことによってその遵守が確実に担保されることを前提として、届出対象から除外したり有害性項目に係る審査を段階的に行うといった柔軟な対応を可能とすべきである。

さらに、事前の確認や事後の監視に係る制度の運用については、審議会等においてリスク評価・管理の観点から適切に検証し、必要な場合には見直しを行うこととすべきである。

なお、こうした制度の導入に当たり、事業者においては、制度の適用を受ける新規化学物質について、従来にもまして厳格な管理を行うための体制整備やその化学物質を取り扱う関係者と情報を共有することが求められる。

(1)暴露の管理による対応

新規化学物質について、暴露可能性がない又は極めて低くなるような方法で取り扱われることが確実な場合には、現行の事前審査制度をそのまま適用しなくとも、その化学物質により人の健康や環境中の生物の生息・生育に対するリスクを問題のないレベルに抑えることができると考えられる。具体的には、以下のものについて、適切な事前の確認及び事後の監視を行うことを前提に、事前審査の対象外とできるようにすべきである。

(i)中間物

中間物(化学反応を通じて全量が他の化学物質に変化する化学物質)については、製造・輸入事業者及び使用する事業者において全量が中間物として取引され使用されることが事前の確認及び事後の監視によって個別に担保される場合には、事前審査制度の対象外とできるようにすべきである。

具体的には、事前の確認としては、現在の医薬品中間物の取扱いに係る手続を参考として、例えば、当該新規化学物質が他の化学物質に変化するまでの反応プロセス、製造及び使用する事業者を特定する情報等の提出により、中間物である旨の確認を行うとともに、当該化学物質の製造から消費に至るまでの取扱方法に関する情報や取引の相手方において適切な取扱いを行う旨の確認文書の提出により、環境中に放出される可能性が極めて低くなるよう管理されることを確認することが考えられる。事後の監視としては、確認がなされた製造・輸入事業者に対して、製造・使用に関する実績や取扱時の管理状況等に関する報告を求めたり、製造及び使用する事業所において実地に確認を行うことが考えられる。

(ii)閉鎖系等環境放出の可能性が極めて低い用途で使用される化学物質

閉鎖系で使用される化学物質その他の環境放出の可能性が極めて低い用途で使用される化学物質については、当該化学物質を使用する事業者において全量がそれらの用途で使用されること及び具体的な管理状況(廃棄時の処理方法を含む。)を個別に把握することにより、環境中への放出の可能性が極めて低くなるよう管理されることが事前の確認及び事後の監視において担保される場合には、事前審査制度の対象外とできるようにすべきである。

具体的には、事前の確認としては、例えば、閉鎖系等の当該用途における環境放出の防止に関する技術的事項、当該化学物質の製造から閉鎖系等での使用に至るまでの具体的な取扱方法や使用後の廃棄の際の処理方法等を示す資料、取引の相手方において適切な取扱いを行う旨の確認文書等の提出により、環境中に放出される可能性が極めて低くなるよう管理されることを確認することが考えられる。事後の監視としては、確認がなされた製造・輸入事業者に対して、製造・使用に関する実績や取扱時の管理状況等に関する報告を求めたり、製造及び使用する事業所において実地に確認を行うことが考えられる。

(iii)輸出専用品

輸出専用品については、当該化学物質による人の健康に係る被害や環境中の生物の生息・生育に支障が生じることを防止する必要がある一方、我が国と輸出相手国における二重規制を避ける必要がある。このため、輸出相手国において新規化学物質の審査制度が整備されている場合には、事前審査制度の対象外とできるようにすべきである。

具体的には、事前の確認としては、当該化学物質の全量が上記の特定の輸出相手国向けの輸出であることを明らかにする資料等の提出を求めこれを確認すること、事後の監視としては、確認がなされた製造・輸入事業者に対して、輸出に関する実績等に関する報告を求めたり、その輸出に係る事業所において実地に確認を行うことが考えられる。なお、具体的な制度設計に当たっては、相手国側において環境汚染が生じることのないよう、十分に配慮されるべきである。

(2)製造・輸入数量の少ない化学物質に対する段階的な審査による対応

 我が国においては、従来、国内の製造・輸入総量が年間1トンを超える新規化学物質について、事前審査の対象としてきた。これは、仮にその新規化学物質が第一種特定化学物質に該当する性状を有する場合には、年間1トンを超えれば、環境汚染による人の健康への被害を生ずる可能性は否定できないとの判断を踏まえたものである。

この点を踏まえ、第一種特定化学物質に該当する性状を有する化学物質による環境汚染を防止する観点から、今後とも国内の製造・輸入総量が年間1トンを超える場合には事前審査の対象とすることが適当である。

 現行の事前審査制度においては、新規化学物質について、その分解性等の性状に応じ、事実上以下のような段階的な対応がなされている。

 また、これまでの環境モニタリングにおける化学物質の検出状況を見ると、製造・輸入数量が少なくなるほど環境中で検出されるものの割合は小さくなる傾向にあり、さらに、製造・輸入数量が年間10トン未満である物質については、一般環境中から検出された実績はないことが示されている。

これらを踏まえれば、事前審査の結果、難分解性ではあるものの高蓄積性ではないと判定された新規化学物質については、製造・輸入総量が年間10トン程度までは、広範囲な地域の環境中に残留することによる環境経由の暴露の可能性が極めて低いと考えられる。このため、従来の対応に加え、以下のような対応を可能とする制度設計を行うことが適当である。
(1) 事前審査の過程において難分解性であるものの高蓄積性ではないと判定された化学物質については、製造・輸入総量が年間10トン以下であることを事前の確認と事後の監視により担保できる場合には、人の健康に係るスクリーニング毒性試験及び生態毒性試験(以下「スクリーニング毒性試験等」という。)のデータの提出を求めず、その製造・輸入ができることとする。

(2) 具体的には、年間の製造・輸入予定数量の提出により事前に年間総量が10トン以下であることを確認するとともに、事後の監視として、製造・輸入実績数量の報告を求めたり、必要に応じ製造・輸入する事業所において実地に確認を行うこととする。

(3) また、事前の確認に際しては、その時点での科学的知見等に基づき、当該化学物質による環境汚染により人の健康を損なうおそれ又は環境中の生物の生息・生育に支障を及ぼすおそれの有無を確認するものとし、そのおそれがあると認められる場合には、直ちにスクリーニング毒性試験等のデータの提出を求めることとする。さらに、製造・輸入を認めた後に、後述の報告制度を通じて製造・輸入事業者から長期毒性等に係る有害性情報が報告される等により得られた新たな知見に基づき必要であると判断される場合には、直ちにスクリーニング毒性試験等のデータの提出を求める又は審査・判定を行うこととする。

4.事業者が入手した有害性情報の取扱いに関する対応

 欧米においては、新規化学物質の届出者や既存化学物質の製造・輸入事業者が有害性に関する新たな科学的知見を得た場合に、行政庁への報告を義務付ける制度が整備されている。
 一方、現行の化学物質審査規制法においては、新規化学物質の届出時に届出者がその新規化学物質の分解性、蓄積性及び人の健康に係る毒性に関するデータを提出できるとしているのみであり、化学物質の製造・輸入事業者が、仮に有害性情報を取得したとしても(例えば、輸出相手国における新規化学物質の事前審査へ対応する際に有害性情報を入手した場合)、現状では国への報告は事業者の自主的な判断に委ねられている。このため、国は、こうした有害性情報が公開され公知のものとなれば、国自らが行う有害性情報の収集を通じ内容を把握できるものの、有害性情報が公開されない場合には、かかる情報を新規化学物質の判定の見直しや既存化学物質の点検等に活用できない。

このため、化学物質審査規制法の審査項目に係る一定の有害性を示す情報を製造・輸入事業者が入手した場合には、国への報告を義務付ける制度を創設すべきである。また、事業者が有害性を否定する情報を入手した場合については、報告を義務付ける必要はないものの、事業者から国への報告を可能とする仕組を整備すべきである。

このような制度の下、製造・輸入事業者においては有害性情報の積極的な収集に努めることが期待される。また、国は、事業者から有害性に関する情報の報告を受けた場合には、その内容に応じて適切な対応をすべきである。例えば、既に判定を行った化学物質について、判定結果を否定する情報その他審査項目に関する追加的な情報が得られた場合には、必要に応じて判定を見直すべきである。

その際、国は、事業者が入手した一定の有害性を示す情報について報告を義務付ける以上、報告すべき情報に該当するかどうかについては製造・輸入事業者が容易に判断できるよう判断基準を明確化すべきである。


5.既存化学物質の有害性評価・リスク評価の推進

 既存化学物質の評価に関する取組としては、国においては、化学物質審査規制法の有害性項目に係る安全性点検をはじめとして、従来から有害性・リスクの評価に関する施策を実施してきている。また、事業者においては、国際的な協力の下での高生産量化学物質に関する有害性情報等を把握する取組のほか、個別事業者や事業者団体を通じた有害性情報の収集、毒性試験等の安全性確認の自主的取組が行われている。
 しかしながら、対象とすべき既存化学物質の数は非常に多く、欧米を含め各国においてこれまで取組が進められているものの、これまでに評価がなされた化学物質は国際的にも多くはない。
 こうした状況を踏まえ、OECDにおいても、国際的な協調の下で、評価の優先順位が高いと考えられる高生産量の化学物質に関する有害性評価の取組(HPV点検プログラム)が進められてきた。近年では、事業者の自主的取組と連携・協力する形で、プログラムの加速化が図られている。

化学物質全体のリスク管理を考えれば、これまでの国による既存化学物質の安全性点検や事業者による高生産量の既存化学物質に関する国際的な協力の中での取組などを踏まえ、事業者及び国は、相互に十分連携しつつ、既存化学物質の有害性評価等を計画的に実施していくべきである。このような考え方の下、事業者及び国は、それぞれの役割に応じて以下のような取組を進めることが必要である。
(1) 事業者は、実際に化学物質を製造し取り扱っている者として、既存化学物質の有害性評価についても、速やかに取組を進めることが期待される。その際、その取組を一層実効あるものとするため、国際的な取組で得られた情報を活用しながら、生産量等に応じた適切な優先順位付け、簡易評価手法を活用した対象化学物質の絞り込み、関係事業者間の適切な分担等を行いつつ、積極的に取組を進めることが重要である。また、その取組の成果等は関係者におけるリスク評価・管理の取組に資することとなることから、事業者は、その対外的な公表を進めることが重要であるとともに前述の有害性情報の報告制度を通じて国に対し適切に報告することが求められる。

(2) 国は、多数の関係者が多種多様な化学物質を広範多岐にわたり利用していることを踏まえ、総合的にリスク評価・管理を進めるべきである。このため、既存化学物質の有害性評価についても、全体の取組が円滑かつ効率的に進むよう、関係省の緊密な連携の下、既存化学物質の安全性点検等を速やかに進めるとともに、簡易評価手法も含めた更なる有害性評価手法の開発、評価に必要な人材の育成・試験機関の充実強化等の環境整備を進めるべきである。また、国は、既存化学物質のリスク評価の推進のため、環境モニタリングの充実、暴露予測モデルの開発、リスク評価手法の整備等の取組を一層促進すべきである。さらに、事業者の取組によって得られた情報と国自らが収集・取得した情報を関係者が広く共有できるよう体系的にデータベースの整備等を行うべきである。

IV.その他関連事項

(1)関係制度間の連携等

 今般の化学物質審査規制法における審査・規制制度の見直しも踏まえ、政府における化学物質の管理に係る各種制度間の一層の連携や整合性のある運用が求められる。例えば、新規化学物質の事前審査や既存化学物質の有害性評価の取組を通じて一層の知見が得られることから、他の制度においてもこれらの知見を適切に活用すべきである。特に、相当広範な地域の環境において継続して存在し、人の健康を損なうおそれ又は動植物の生息・生育に支障を及ぼすおそれがある化学物質等を対象としている化学物質排出把握管理促進法については、運用面での一層の連携を図ることが重要である。

(2)リスクコミュニケーション促進のための化学物質に関する情報の整備

 化学物質に係るリスクコミュニケーションとは、化学物質に関する正確な情報を市民、NGO、事業者、行政等のすべての者が共有しつつ相互に意志疎通を図ることであり、化学物質による環境汚染に関して安全で安心な社会を実現するには、その推進が不可欠である。
 OECD環境保全成果レビューにおいても、国が化学物質に関する公に利用可能なデータベースの整備を継続するとともに、有害化学物質に関するリスクコミュニケーションを強化する必要性についても指摘されているところである。
 このような状況から、関係者間のリスクコミュニケーションを促進するため、国においては、化学物質に関する正確な情報の整備や対話の推進等に努めることが求められている。
 このため、化学物質に関する正確な情報をより容易に共有できるよう、国は化学物質の審査・規制制度の運用に際して得られた情報の取扱いについて検討することが必要である。具体的には、新規化学物質の審査に当たって提出された情報や新たな制度の下で報告される情報等、国が事業者から取得した情報については、国の情報公開制度における企業秘密の取扱いとの整合性にも留意しつつ、公表の在り方について検討していくべきである。また、国が行った評価内容については、これを関係者にわかりやすい形で公表していくべきである。


略語一覧

GLP:Good Laboratory Practice (優良試験所基準)
HPV:High Production Volume (Chemicals) (高生産量化学物質)
ICCA:International Council of Chemical Association 国際化学工業協会協議会)
MPD:Minimum Pre-marketing Set of Data (上市前最少データセット)
MSDS:Material Safety Data Sheet 化学物質安全性データシート)
OECD:Organization for Economic Co-operation and Development (経済協力開発機構)
PCB:Polychlorinated biphenyls (ポリ塩化ビフェニル)
PRTR:Pollutant Release and Transfer Register (環境汚染物質排出移動登録)
QSAR:Quantitative Structure-Activity Relationship (定量的構造活性相関)
SAR:Structure-Activity Relationship (構造活性相関)
TSCA:Toxic Substances Control Act (米国有害物質規制法)



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