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看護学演習、看護学実習教育における学生の権利の考え方

話題提供:兵庫県立看護大学 内布敦子


1.看護学演習、看護学実習における身体提供の必要性
 看護学の演習や実習においては、学生が自分自身の身体を提供して看護の技術を習得する場面が数多くあります。精巧に作られたモデルであっても本物の人体にはほど遠く、特に生体の反応を必要とする測定技術や看護介入技術などは、実際に現場で病気をもった人々に用いる前に、是非とも健康な人体で体験、訓練しておくことが必要になります。コミュニケーションなど直接身体に介入を加えない演習もありますが、それについても最近は社会経験のない閉ざされた人間関係の中で十分な社会的コミュニケーションの訓練を受けていない学生の状況が現実にありますので、現場に出る前に実際の人間を使って演習することが望まれます。

2.演習における学生の人権の考え方
 教育を受ける権利を学生は持っておりますが、そのために自分自身の身体を提供する義務はありません。もちろん教育側が学生に対して身体を提供するよう強要する権利はありません。
 例えばヘルスアセスメントの授業で胸部を診察されることに嫌悪感を感じる学生Aがいて、聴診の技術を学生がお互いの身体を使って行うときに「自分の身体は提供できない」と主張する場合があります。この場合、身体を提供しないことは権利として認められます。しかし相手の学生B(セクシャリティを考慮して同性をあてる)は、本物で技術を習得する機会が奪われますので、他の学生に協力を依頼するか、シュミレーターで行うことになります。この場合、学生Bも学生Aがそのように主張するならAには提供しないが、提供してくれる他の学生には自分も提供すると主張したとします。そうすると学生Aも本物での技術習得はできません。その場合、学生Aはシュミレーターで学習することになります。
 人体に直接の侵襲がある注射の場合、このような人体提供拒否の権利の他に事故発生時の責任についても明らかにしておく必要があります。
 また、人体そのものへの侵襲はないけれども、精神的な負担となるコミュニケーションにおける自己を確認することや自分の生活を振り返って分析するなどの演習はプライバシーの侵害について特に注意が必要です。

3.学生の人権擁護のための措置
 教育の機会を保証する義務が教員にはありますが、学生の人権を侵してまで教育を行うことはできません。そこで人権を配慮して学生の承諾を書面で取る事が必要になります。その際には、人体を提供することによって得られる教育効果とそうでない場合の教育効果について学生に情報を提供することが必要です。ここでまちがっても将来患者さんに提供するのにそんなことでいいのかといった看護倫理もどきの説得をすべきではありません。もちろん、人体の提供がなくても成績評価に影響しないことを保証しなければなりません。

4.事故への対応
 人権への対応と同時に事故発生時の対応についても学生と共有しておくことが必要になります。授業時間内に起こる事故については学生が加入している保険の範囲でカバーできるどうかを事前に検討します。もしカバーできない場合は正規の授業時間内では限界がありますので人形などのモデルを使って演習することになります。それによって出てくる教育効果の限界については、やむを得ないと思います。しかし、授業時間外で学生の希望が強く、実際に人体を用いて演習をして欲しいので指導して欲しいという場合には、正規の授業枠の外で学生の希望に応じることはできると思います(もちろん希望があっても教員がそれに応じる義務はありません)。兵庫県立看護大学では、看護の実務経験のある社会人学生以外に採血、注射の人体での演習希望が強く、ほぼ100%の学生が希望を申し出ますので、事故発生時の対応を取り決めて実施するようにしています(別紙)。
 ただし、この場合学生2名に対して1名の教員が対応することを原則として課外演習を組み、事故が起こりえないような配慮を保証しております。これまでに事故が起こったことはありません。このような教員の体制を組むことは現在の教員体制ではほとんど不可能であります。この課外演習は教員の相当な努力(無報酬での教育提供)と学生の熱心な学習意欲がなければ実現しません。



誓約書

兵庫県立看護大学 実践基礎看護学II
助教授 内布 敦子 殿


 採血・注射の実技指導を受けるにあたり、感染の可能性のある事故が生じたとき、実施した私(学生)○○△△の責任の元に適切な事後処理を行うことを約束します。



 平成14年◇月◇日
兵庫県立看護大学 3回生
学生番号 012345
 ○○△△ 印


医学的治療に伴って患者の治癒力を支援する技術 演習の進め方


【演習A】静脈内採血、筋肉注射 (実習室A)

◆演習のねらい・目的
注射・採血という技術について、患者にとっても自分にとっても安全・安楽に提供する方法を知り、体験できる。
安全に器具を取り扱い、清潔操作を守ることができる体験をすることで、学生自身の達成感と自信につなげる。
◆準備物品
ベット、人形、採血訓練モデル、処置準備用テーブル
筋肉注射:注射伝票、準備用トレイ、注射薬(生理食塩水)、酒精綿、膿盆、未滅菌手袋、注射器(2.5ml)、注射針(23G)、針捨て容器、ゴミ袋、ごみ箱、水絞り用バケツ
静脈採血:検査指示伝票、準備用トレイ、酒精綿、肘枕、駆血帯、注射器(5ml)、注射針(21G)、検体容器、スピッツ立て、針捨て容器、テープ、ゴミ袋、ごみ箱
  * 下線のものは人数分用意する。(注射:人形4体ずつ配置、採血:採血訓練モデル2組ずつ配置)
◆演習の動き方
 指導 : 教員4人(荒尾、滋野、宇野、大塚)
→デモ、演習、筋注自己練習指導
採血自己練習指導:教員1人(内布)+TA(大西、山端、亀山、井沢、成松)または編入生
 学生 : 53〜56人(4グループに分かれて行う)

時間   教員A/Bのグループ 教員C/Dのグループ
 
14:10 4グループに分かれ、
2グループは筋注→採血の順に、2グループは採血→筋注の順に演習を行う。
筋肉注射のデモ 採血のデモ
16:00
グループに分かれて各教員が行う。
(準備から人形に注射するまで通して行う)
(学生13-14人)
 ↓
各グループに分かれて各教員が行う
(準備をし、採血モデルで採血を行うところまで通して行う)
(学生13-14人)
 ↓
 50分 筋肉注射の演習
全員で一緒に注射の準備を行う。
実施は半分に分かれ、交替で行う。

採血の演習
全員で一緒に注射の準備を行う。
実施は半分に分かれ、交替で行う。

 1/2 人形に筋肉注射を行う。
(三角筋、中殿筋両方行う)
教員1人→学生6〜7人
 1/2 採血モデルで採血を行う。
教員1人→学生6〜7人
 1/2 空いているベッドを使って学生同士で筋肉注射を行う部位の確認を行う
アンプルカット、薬液を吸う練習(何度も行う)注射器から気泡を出す練習
 ※ 2人組になり、チェックリストを用いて練習する
→学生(6〜7人)
 1/2 学生同士で駆血帯を巻き、お互いの血管を探す。
'けっかんくん'で練習する真空採血の説明をする
 ※ 2人組になり、チェックリストを用いて練習する
教員1人(内布)+TAまたは編入生
→学生(6〜7人)
簡単に片づけをして、教員C /Dグループと交替 *パッドの水を絞る 簡単に後かたづけをして教員A/Bグループと交替
15:00   採血のデモ 筋肉注射のデモ
16:50      ↓    ↓
 50分

  採血の演習 筋肉注射の演習
15:50
17:40
  終了、後かたづけ 終了、後かたづけ

◆演習の動き方


【演習B】 注射針(304)・輸液ポンプ(実習室B)

◆演習のねらい・目的
ME機器や器具について、その原理や役割を理解し、使い方を考える。
◆準備物品
  ・実習室B 輸液ポンプ2台、シリンジポンプ2台《各3台テルモさんに準備してもらう》、
点滴スタンド6本、テーブルタップ2個(三つ又用)、三つ又ソケット3個、
テーブル、汚水用バケツ5〜6個、ごみ袋、レーザーポインター
《輸液セットと輸液はテルモさんに準備していただく》
スクリーン(301 or 302)
  ・304 実物投影機、針廃棄容器、レーザーポインター、ごみ袋
《注射針とシリンジはテルモさんが準備してくれる》

◆演習の動き方
時間配分 (1)(2)/(5)(6)グループ (3)(4)/(7)(8)グループ
  4限目 5限目
0:00

45分
14:10


14:55
16:00


16:45
輸液ポンプ演習
 テルモさんに行ってもらう。
注射針演習
 テルモさんに行ってもらう。説明後、3グループに分かれて演習
0:50

50分
1:40
15:05


15:50
16:55


17:40
注射針演習
 テルモさんに行ってもらう。説明後、3グループに分かれて演習
輸液ポンプ演習
 テルモさんに行ってもらう。
      後かたづけ 後かたづけ



薬液の準備チェックリスト
学籍番号(      )名前(          )

(1) 手洗いをする。

(2) 注射カードの確認をし、必要物品を注射用トレイに準備する。注射器をセットする。

(3) 注射薬を手に持ち、指示通りであるか声を出して確認する。
(薬剤名、濃度、用途、量)

(4) アンプルの頸部より上にある薬液を体部の方へ集める。

(5) アンプルの首の部分をアルコール綿で軽く巻き、印の所に親指を当てアンプルを折る。

(6) 薬液を吸い上げる。
針がアンプルの口や外側に触れて、不潔にならないように、アンプル内に針を挿入できたか。
注射器の内筒に手が触れないように吸引できたか。
必要量の薬液を吸い上げることができたか。

(7) 注射器をまっすぐ上に向けて注射器に入っている空気を抜く。


筋肉注射手技チェックリスト
学籍番号(      )名前(          )

(1) 注射カードに記されている患者の名前を読み上げ、本人であることを確認する。
また、薬物アレルギーはないかの確認をする。

(2) 日時、薬剤、量、方法が指示通りであるか注射カードで確認する。

(3) 患者に注射の必要性や方法を説明して、スクリーンをする。

(4) 注射する薬物の量と性質および患者の状態により注射部位を選ぶ。(中殿筋・三角筋)

(5) 筋肉が弛緩するような体位をとるよう説明する。

(6) 手袋を装着する。

(7) 注射部位をアルコール綿で拭いて消毒し、乾燥させる。

(8) 注射器を真っ直ぐに上を向けて空気が残っていないか確認する。

(9) 注射器を右手の中指、示指、母指で持ち、消毒した部位が中心になるように刺入部位を左手で皮膚を伸展させるかつまみ上げるようにする。

(10) 刺入の角度を、筋肉が皮膚表面から浅い部分では皮膚と注射器の角度を45度くらいにするか、深い部分では90度くらいにし、刺入する。

(11) 左手で内筒を静かに引き、血液の逆流を確認する。また、放射状の疼痛やしびれを患者に確認する。

(12) 薬液をゆっくり注入する。

(13) 全量注射したら注射部位にアルコール綿をそえて注射器を速やかに抜く。

(14) 数秒マッサージを行った後、患者を元の体位に戻し、安楽にする。

(15) スクリーンをあけ、トレイは準備室に持ち帰り、後始末をする。


静脈内採血チェックリスト
学籍番号(      )名前(          )

(1) カーデックスと検査指示箋を照合し、必要物品を準備する。手洗いをする。

(2) 患者の状態を確認した後、患者に採血の必要性や方法、量を説明し、スクリーンを立てる。患者に袖をまくったり、採血しやすい体位をとるなど準備をしてもらう。

(3) 採血する血管を選ぶ。(血管の走行、太さ、皮膚からの深さを確認する)

(4) 採血部位の下に必要時、治療用シーツを敷き、施行者の安全を守るために手袋を装着  する。

(5) 駆血帯を注射部位よりやや上部にしめ、母指を中にして手を握ってもらう。正中静脈などに行う場合は、肘を伸ばし、肘枕を当てる。

(6) 注射部位をアルコール綿で拭いて消毒する。

(7) 針先の切断面を上に向けて、利き手に注射器を持ち、反対側の手で選んだ血管が針先から逃げないように血管を固定する。

(8) 針の角度は20〜25°くらいになるように注射器を持ち、針を挿入する。

(9) 針が血管に入ったら、注射器を皮膚とほぼ並行になるまで下げ、針をすすめ固定する。

(10) 注射器の内筒を血液の流入に従うようにゆっくり引いて、必要量の血液を採取する。

(11) 刺入部位より末梢のしびれ感がないか、患者の状態を観察する。

(12) 採血したら駆血帯をはずし、患者が手を開いてからすばやく針を抜き、アルコール綿を採血部位にあてて、肘関節を屈曲し、止血する。

(13) 血液を指示された検体容器に入れる。

(14) 注射針の刺入部位、止血の確認、一般状態の異常の有無を確認する。患者を安楽にし、スクリーンを元に戻す。

(15) 使用した物品を片づける。血液のついたものは医療廃棄物として取り扱う。


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