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資料2−2

微生物に係るリスク論について

(担当主査:遠藤委員)


 本資料は、前回委員会の指摘を受けて、クリプトスポリジウムに関するリスク論等についてとりまとめたものである。


1. 米国EPAによる微生物許容感染リスクに基づく評価

 Haasらによれば、クリプトスポリジウムの用量-作用(cases/particle)に関する計算式は、次のとおり与えられる。

P(N) = 1 - exp ( - N / k ) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ (1)
  N: 摂取オーシスト個数
  k: パラメータ(= 238.6)
Pn = 1 - ( 1 - P1 )n    ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ (2)
 Pn: 反復暴露による感染確率
  n: 反復回数
 P1: 単回暴露による感染確率
上記式によるとオーシスト1個を摂取した時の感染確率は(1)より
P(1) = 1 - exp ( - 1 / 238.6 ) = 0.0042

Haas CN et al., Accessing the risk posed by oocysts in drinking water. Journal of American Water Works Association 88(9):131-136,1996.

 米国EPAによれば、微生物許容感染リスク10-4/年以下を満足することを目標にしている。この目標を満たすための条件を一日の水道水の飲用量を1Lとして試算すると、 (2)式より、Pn = 1 - ( 1 - P1 )n ≦10-4(P1 ≒ 2.7×10-7)を満たすことが求められる。ここより(1)式からNを求めると、N≦6.51×10-5となり、6.51×10-5個/L以下,すなわち15.4t当り1個(100,000L当り,6.5個)と計算される(飲用量が2L/dayであれば,30tあたり1個)。

2. WHOの提起するReference Level of Acceptable Risk(参考許容値)による評価

 WHOはクリプトスポリジウムを含む微生物による汚染に対しては、原水の汚染状況の把握と汚染量を許容できる範囲(Reference Level of Acceptable Risk:参考許容値)にまで低減できる浄水処理工程の導入により対応するよう提言している。したがって、WHOの水質基準にクリプトスポリジウム等に関する項目は含まれない。

 疾病ごとの健康影響は多様で、比較に際しては共通の尺度が求められることから、WHOでは感染症に限らず全ての疾病による健康影響度を『Disable Adjusted Life Years(DALYs:損失余命)』で表現している。ちなみに、DALYsは疾病によって失われた寿命(Years of Life Lost:YLL)と障害を持って過ごす時間(Years of Life Lived with a Disability: YLD)の和で、以下の式で表される。

DALYs = YLL + YLD

 ところで、水道水中の臭素酸の摂取による腎細胞癌(Renal cell cancer)の発生を例にすると、本症は平均65歳で発生(平均余命19年)し、その死亡確率は60%である。本症から派生するあまり重要でない健康影響を捨象すると YLL=1×60%×19年=11.4年≒DALYs となる。人の寿命を80年とし、WHOの発がん物質(臭素酸)による癌の許容発生率10-5(1/100,000人)をDALYsで表すと、

10-5×11.4DALYs/80 = 1.4×10-6 DALYs注1

と計算される。

 現行の「水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策」では、原水の汚染濃度把握のために概ね10Lの試料水中のオーシスト数を測定している。仮に、原水10L中に1個のオーシストが存在するものとした場合、無処理水および浄水処理でオーシストを2 ~ 3log (99~99.9%)除去とした場合の感染リスクをDALYsで示すと表1の値となる。試算によると、無処理ではWHOのReference Level of Acceptable Risk を大幅に上回るが、上水処理で2log除去が保障されれば概ねWHOのReference Level of Acceptable Riskを満たすことが判る。

3.クリプトスポリジウム汚染への対応

 クリプトスポリジウム等の汚染に対しては通常時の汚染への対応と、異常事態への対応を分けて考えるべきである。

3.1.通常時におけるクリプトスポリジウム対策(水質基準設定にあたっての考え方)

 水道法第4条では、水道により供給される水は病原生物に汚染されたことを疑わせるような生物を含むものではないこととされている。仮に、米国EPAで用いている微生物許容感染リスクの考え方を用いて水質基準を設定するにしても、上記1のとおり、その値は極めて小さな値となり、きわめて多量(15t/30t)の試料水を用いて検出されないことを確認することが求められるところとなり、現実的ではない。したがって、水質基準の設定には馴染まないと判断される。

 一方、上記2のとおり、原水中に1個/10Lのオーシストが検出された場合、ろ過等の措置を行わない場合には、WHOのReference Level of Acceptable Risk を大幅に上回ることとなり、このような場合には、適切な浄水操作を行うことが必要と考えられる。したがって、水道法第22条に基づく措置として、消毒に加え、塩素耐性微生物に係る措置(原水の汚染状況に応じた適正なろ過操作を行うべきこと)を加える方向で検討すべきであると考える。

3.2.異常事態への対応

 これまでのクリプトスポリジウムの集団感染事例から学ぶものは、高濃度汚染が一過性、あるいは間欠的に発生する点である。このような異常事態を原虫そのものを対象にして常時連続監視することは非現実的である。原水濁度の急激な変化(上昇)などを指標として適正な取水管理により対応すべきものと考える。

 長期的には着水井の容積を拡大することで緩衝能力を高めることもあわせて検討すべきである。
異常事態への対応措置として、発生した事故への速やかな対応が求められる。集団感染の汚染源の特定は被害を最小限にとどめるための必須条件である。そのため、各浄水場においては配水の一部あるいはその沈渣を一定期間保存する制度の導入を検討すべきであると考える。その概略は以下の通り。


別表1. クリプトスポリジウムの感染リスク (1個/10Lの場合)

原水中のオーシスト濃度 1個/10L
除去率 3 log 2.5 log 2 Log 無処理
水道水中の濃度 10-4個/L 3×10-4個/L 10-3個/L 10-1個/L
飲用日量 1L/日
曝露量/日 10-4個/日 3×10-4個/日 10-3個/日 10-1個/日
用量-作用(cases/particle) 4×10-3/oocyst*
DALYs/case (Crypto) 10-3 DALYs**
感染リスク/日(Crypto)*** 4×10-7/日 1.2×10-6/日 4×10-6/日 4×10-4/日
感染リスク/person year#
(Cryptosporidium)
1.6×10-7DALYs 4.8×10-7DALYs 1.6×10-6DALYs 1.6×10-4DALYs
* Haas CN et al., Accessing the risk posed by oocysts in drinking water. Journal of American
Water Works Association 88(9):131-136,1996.(別に、Messner et al., 2001 : Dose-Response: 1.8-2.8 x 10-2 とする報告有り。)
** WHOより
*** 曝露量/日×用量-作用=(10-4個/日)×(4×10-3/oocyst)=4×10-7/日
#
感染リスク/日×DALYs/case×365(≒400) =(4×10-7/日)×(10-3 DALYs)×(400)
≒1.6×10-7DALYs / person year


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