<じん肺有所見者の健康管理の在り方について(提言)>
1)基本的考え方
今回の検討から、確認できることは、じん肺有所見者に有意な肺がんリスクの上昇が認められることであり、結晶質シリカを含む粉じんのばく露を受けたがじん肺所見がない者には肺がんリスクが上昇することを示す知見は得られなかった。また、動物実験や肺がん発生機序に関する病理学的知見から、肺がんの発生にじん肺病変という肺組織の変化そのものが関与している可能性を否定できない。
これらの知見からは、じん肺に肺がんが併発した場合、ただ単にじん肺と肺がんが併存していると考えるよりも、肺がんはじん肺病変が客観的に確認できる程度に進展した後にじん肺病変を介して発生したと考えることに妥当性があり、じん肺と肺がんは医学的関連性を有しているといえる。このため、じん肺が業務上発生したものであるため、肺がんも業務上発生したものとみなすことができ、この観点からじん肺有所見者の健康管理を行うべきである。
健康管理を行うに当たっての基本的考え方は、肺がんの発生リスクの上昇を前提とした健康管理は、じん肺所見が確認される者に対してのみ行うべきであり、それ以外の者に行う根拠は現在のところないといえる。また、今回の検討の契機は、結晶質シリカと肺がんの関係の検討であったが、現在でも、厳密にじん肺の原因物質を特定してそれに応じた肺がんリスクの検討が行われた知見はなく、今回の検討では、じん肺と包括した集団に肺がんリスクの上昇が認められること、肺がん発生にじん肺病変そのものが関与する可能性があること、けい肺と混合じん肺では肺がん合併率に有意の差がないとする剖検例報告(Honmaら(1997年))があることなどを考えると、じん肺であれば肺がんリスクが上昇する可能性があるとして、健康管理に当たるべきである。実際の粉じん作業は殆どが結晶質シリカを含む混合粉じんばく露であり、臨床医学的にじん肺を特定することは確立しているが、その原因に遡って区別する手技がないことから、じん肺所見の有無を基準として健康管理の対象者を特定することが合理的である。
2)肺がんの合併を念頭においた健康管理
(1) 肺がんの予後と治療
肺がんの生存率は、国立がんセンターにおける治療成績では肺がん切除例全体の5年生存率は38.2%であるが、病期別の5年生存率はそれぞれ、I期:67.5%、II期:49.6%、IIIA期:26.7%、IIIB期:10.8%、IV期:12.1%となっており、がんの進行度の程度によって予後が大きく異なっており、I期内でも直径2cm以下、あるいは気管支の壁内に限局している早期がん446例について5年生存率を79.6%と報告している調査研究もある(厚生労働省がん検診の適正化に関する調査研究事業「新たながん検診手法の有効性の評価」平成12年度報告書)。
肺がんは、進展範囲の狭い病期で発見されればされるほど、手術等の治療方法の選択範囲が広がり、治療成績や治療後の生活の質が向上することは医学界が一致して認めているところであり、更に早期がんで発見されれば、根治の可能性もある。
(2) じん肺有所見者の健康管理
一般に、肺がんは、ある程度増大、進展しなければ症状を呈することがないため、症状が無い場合でも肺がんが存在する場合があり、この段階で肺がんに気づき、治療に結びつけば、放置することによって生じる重篤な健康障害を予防あるいは軽減する可能性がある。じん肺有所見者の場合には、一般人口に比べて、肺がん発生リスクが高いため、このことがより当てはまるといえる。更に、肺がんと類似する胸部陰影所見として現れるじん肺病変があり、肺がんと見分ける必要があることから、じん肺有所見者は肺がんを念頭においた検査を定期的に受けることが必要である。
(3) 肺がんを見つけるための検査の実施
上記の場合にどのような検査を行うべきかは、じん肺有所見者が示すじん肺病変を肺がんと見分ける観点から、現在の医療技術に照らし、胸部らせんCT検査がもたらす診断情報の質を考えれば、この検査が優先して選択される。また、肺がん発生の頻度を考えれば、肺がんでない者が検査を受ける場合が多いため、検査は侵襲性がないことが必要であり、この点からも胸部らせんCT検査が適当である。
従来、CT検査は精密検査及び病期診断に用いられていたが、最近、わが国で、らせんCT装置を低線量で用いた肺がん検診が行われ、これにより肺がん発見率が上昇し、発見される肺がんのうち病期がI期の割合が約80%になるという結果がほぼ一致して得られ(胸部CT検診研究会原著論文集第8巻(2001年)、同第9巻(2002年))、根治の可能性が増していることが示されている。
らせんCTによる肺がん検診は、最近開始されたばかりであり、これによる肺がん死亡率減少の実証は今後の疫学研究などを待たなければならないが、じん肺有所見者の場合には肺がん発生リスクやじん肺病変との鑑別が必要な点を考慮すると、胸部らせんCTによる肺がん検査を定期的に受けることが必要である。また、CTによる診断は確立した医療技術であること、らせんCT装置が全国の医療機関に普及していることを考えれば、胸部らせんCT検査による定期的な健康管理は、現在の医療水準から当然求められるといえる。
現在、わが国で胸部単純エックス線検査と喀痰細胞診が組み合わせて肺がん検診が行われているが、喀痰細胞診については、らせんCT検査を補完するものとしてじん肺有所見者にも行うべきである。
(4) 肺がんを見つけるための検査を必要とする者
今回の検討でじん肺有所見者には重症度の関わらず肺がん発生リスクの上昇が認められるため、じん肺有所見者全ての者(管理2以上の者)に対して、定期的な肺がん検査を行う必要がある。
また、じん肺に併発する肺がんの症例研究などでは、肺がんの好発年齢が高齢であり、現在粉じん作業に従事していない者からの発生が多いことが認められるため、過去に粉じん作業に従事したじん肺有所見者に対しても定期的な肺がん検査を行う必要がある。肺がん検査の頻度については、日本肺癌学会肺癌取扱い規約が最低年1回の経年受診を勧奨するとしており、これに基づくことが適当と考えられる。
以上のことから以下のことを提言する。
・ | じん肺有所見者全て(管理2以上)に年1回の胸部らせんCT検査と喀痰細胞診を行うこと。 |
・ | 離職者に対して、健康管理手帳の交付対象を管理2の者まで拡大し、これに基づき年1回の胸部らせんCT検査と喀痰細胞診を行うこと。 |
3)じん肺に合併する肺がんの療養
じん肺に肺がんを合併した者は、じん肺法第23条に規定する、「合併症にかかっていると認められる者として療養を要するもの」に該当すると考えられ、これに基づいて適切な療養の確保が必要である。
4)粉じんばく露防止対策の徹底等その他の対策
肺がん発生防止の観点からは、じん肺の発生を予防できれば、肺がんの過剰発生をほぼ予防できると考えられることから、粉じんばく露防止対策を徹底し、じん肺の発生防止に努めるべきである。
また、今回の検討で、じん肺有所見者には肺がん発生リスクが高まることが認められるが、喫煙が加われば、更に、発生リスクが上昇することが疫学的に推定されるため、じん肺有所見者に対して喫煙による健康障害について周知、教育を行うことが求められる。
なお、じん肺有所見者が肺がん発生リスクを過大・過小に受け取らず正確に理解し、特に離職後に適切な健康管理を受けることの重要性を認識できるよう、じん肺の随時申請制度を含めて、新たな健康管理の考え方を十分周知することが望まれる。